ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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【番外編】提督と鳳翔さんの欧州旅行 シチリア編

時を遡ること1ヶ月前。

 

東京で行われた大規模作戦に向けての提督会議の後。

提督は天草鎮守府の元声優提督と、別室に移ってカードゲームをした。

 

マジック:ザ・ギャザリング。

ジャンルの代名詞ともいえる、世界最大のプレイヤー人口を誇る人気トレーディングカードゲームだ。

 

なぜ会議に出るのに、そんなゲームのデッキを持ってきているのか?

それは提督としての当然の嗜みだからだ。

 

だって艦娘はカードから(それ以上はいけない)。

 

 

「僕の先手だね……マリガン」

「こっちはキープだよ♪」

 

自分のライブラリー(山札)から手札を7枚引いて、その手札が気に入らなければ、シャッフルし直して最後に引いた枚数より1枚少ないカード(つまりマリガン一回目なら6枚)を引ける、引き直しのルールがマリガンだ。

 

「再度マリガン」

「あらら~? 日頃の行いが悪いからじゃない、お兄ちゃん?」

 

今度は5枚の手札を引いてきて……。

 

「うん、日ごろの行いが良かったのかなぁ……今度はキープ。それじゃ、お願いします……と」

 

元から細い目をさらに細めて満足しながらゲームを始めようとする提督に、天草提督が露骨に胡散臭そうな顔をした。

 

一応、少女ボイスを作るのだけは忘れずに……。

 

「あれれ、お兄ちゃん、ライブラリートップは見ないでいいの?」

 

マリガンして手札が少ない状態でプレイを始めるプレイヤーは、自分のライブラリーの一番上のカード(つまり最初に引くことになる)を確認して、それをライブラリーの一番下に送るか選択できる。

 

「ああ、忘れてました」

 

白々しく、めくったカードに目をやってそのまま元に戻す提督だが。

 

山札の確認に意識がいかなかったということは、今そこに握っている手札5枚だけで相当有利にゲームを進められる自信があるからだと、天草提督は警戒する。

 

普通ここで「アンタップ、アップキープ」と宣言してプレイを開始する。

しかし、提督の宣言は別のものだった。

 

「ゲーム開始時に《別館の大長》を公開」

「はあ?」

 

見慣れないマイナーカードに、天草提督が思わず地声になり、慌ててカードを確認する。

一応強いことは強いが、呼び出すコストがかなり高く、あまり役立ちそうにもないクリーチャーのカード。

 

だが、カードの特殊効果に変なことが書いてある。

 

『あなたはあなたのゲーム開始時の手札にあるこのカードを公開してもよい。そうした場合、各対戦相手がこのゲームで最初の呪文を唱えたとき、そのプレイヤーが(1)を支払わないかぎり、その呪文を打ち消す。』

 

このゲーム特有の分かりにくい直訳文。

それを頭の中で整理していくと……。

 

「ヤバッ」

 

このゲームでは、クリーチャーを召還したり、相手を攻撃や妨害したりする呪文を唱えるのに、マナというコストが必要になる。

相手の最初の呪文に対する、そのコストを増加させるということは……。

 

「そう。これで、あなたは0マナ呪文が使えません」

 

提督たちがやっているフォーマット(ルール環境)には、マナ不要で使える妨害呪文もあり、天草提督も当然のように手札に握っていたのだが……。

 

「それでは、アンタップアップキープ。《金属モックス》で黒1マナを出し、《暗黒の儀式》を唱えて黒3マナに増やします。《猿人の指導霊》を手札から墓地に追放して赤1マナ、これで黒を含む合計4マナ」

 

チェシャ猫のように意地悪くニヤニヤ笑う提督。

このコンボを途中で妨害する魔法もあるのだが、ムカつくことにさっきの《別館の大長》で封じられている。

 

「4マナで《欄干のスパイ》を場に出し能力発動。能力の対象にとるプレイヤーは僕自身。ライブラリーの一番上から、土地カードが公開されるまでカードを公開し続け……ますが、当然このライブラリーに土地は入れていません。よって全て公開して墓地に落とします」

 

「"Oops! All Spells"」

 

天草提督が呻く。

それが、この友達なくす系コンボデッキの名前(日本ではそのキーカードの名前から"ザ・スパイ"とも呼ばれている)。

 

 

「ライブラリーから直接墓地に落ちたので《ナルコメーバ》の能力が誘発、4体復活し……3体を生贄に捧げて墓地から《戦慄の復活》を唱え、《栄光の目覚めの天使》を戦場に戻します。栄光の目覚めの天使が戦場に出たので能力誘発、墓地にいるヒューマンの《研究室の偏執狂》と《巻物の君、あざみ》も目覚めて戦場に出ますよ」

 

「お兄ちゃんて、提督になってなかったら詐欺師になってたと思うな♪」

 

提督の胡散臭いプレイを見ながら、嫌味たっぷりに笑う天草提督。

 

《研究室の偏執狂》のカード効果は、『あなたのライブラリーにカードが無いときにあなたがカードを引く場合、代わりにあなたはこのゲームに勝利する。』という電波系。

 

そして《巻物の君、あざみ》の効果は、『カードを1枚引く。』というもの。

 

「これで僕の勝ちですね。それじゃあ、また今度」

 

 

天草提督も《ライオンの瞳のダイアモンド》という生贄にして墓地に落とすと3マナを生み出すカードを捨てて、それを即座に《オーリオックの廃品回収者》というコスト2マナで墓地にあるカードを手札に戻せる回収カードで戻し、また捨てて拾い……という詐欺臭い無限マナ増殖コンボを仕込んでいた。

 

最終的に膨大に溜まったマナを使い、相手プレイヤーのライフにダメージを与える《黄鉄の呪文爆弾》を投げては回収し投げては回収し、また投げつけ……。

 

相手を爆殺するフィニッシュ手段から、コンボについた名前は"ボンバーマン"。

 

天草提督は「この手順を9999億9999万9999回繰り返す♪」と大人気ない決め台詞も用意していたのに、それが不発に終わった。

 

しかも、天草提督は自分が勝ったら提督に夕飯を奢らせてやろうと思っていたのに、マイホーム主義の提督は一勝するなり、さっさと帰って行ってしまった。

 

 

腹立ちが収まらない天草提督だったが、そこに仲の良い境港鎮守府の提督がやって来た。

 

提督歴1年ちょっと。

推定年齢は20歳未満。

前職無し、おそらく不登校の引きこもり。

 

せっかくの整ったアイドル級の美形を、腰まである長い髪で常に隠しているコミュ障の女提督だ。

 

「ん、なに?」

「……こ……これ……」

 

視線を外したまま、天草提督にグイグイとお土産を押し付けてくる。

境港が生んだ大漫画家による、国民的知名度の某妖怪ヒーローやその仲間のキャラクターをモチーフにした、妖怪饅頭。

 

天草提督はそれを受け取ると、スマホを取り出してコミュニケーションアプリを起動した。

 

天草:ありがとう

境港:先輩ちっすちーっす

境港:(●´∀`)ゞ

 

超無口でコミュ障なだけで、一度心を開いた相手にはネットでなら距離感0でグイグイ接してくる。

 

天草:今度の作戦、あんたも出る気なの?

境港:むーりぃー

境港:有明海域が最優先です!

境港:新刊のために、もう3日寝てません(゚∀゚)ノ

 

天草:なら何で来たの?

境港:男性提督たちの筋肉の『ス・メ・ル』を嗅ぎに(๑❛ᴗ❛๑ )

 

色々とこじらせている上にかなり腐っていて、人としてもうダメなほど過激な薄い本の描き手だったりするが、(可愛い……?)妹分だ。

 

天草:聞いてよ~、さっきここで○○の提督にひどいことされたぁ

境港:!?

天草:いきなり抵抗できないように手を縛られて……

境港:(@o@ !!

天草:目の前で一人でするところを延々見せつけられたった

境港:なんて高度なプレイ(*/▽\*)

天草:あの変態、気持ちよさそうにすっげー出し続けてた

境港:にゃは、リア充爆発しろ☆

 

嘘は何一つ言っていないが、真実を全く説明していない。

 

天草:部屋の匂いを嗅ぎまくるな!

境港:大きさは? 形は? 色は?

天草:その反応はどうなのよ……

境港:非リアの自分は興味津々であります!

境港:(*゚▽゚*)ワクワク

 

面倒くさくなってスマホはしまったが……。

もう少しサービスで色々と語ってやるか。

 

「そもそもね、あいつは、この“ねずみ男”みたいに卑劣で最低な奴で……いや、それどころかラ○スを超える鬼畜王だね。あいつの鎮守府の艦娘の子たちも気の毒にさあ……」

 

境港提督の持ってきたお土産の妖怪饅頭を食べながら、鬱憤晴らしに提督の悪口を脚色し続ける天草提督。

それを食い入るように聞き続ける境港提督(正座して机に長髪に隠れた顔だけを乗せているのが、ちょっと貞子チックで怖い)。

 

そして……。

 

 

シチリア島南西部の都市シラクサ。

 

古代から幾度となく世界史の重要場面に登場した地中海の要衝であり、かのプラトンを生み、太宰治の小説「走れメロス」の舞台となった地でもある。

 

ギリシャ時代の巨大な劇場や闘技場、アポロ神殿の跡。

それらの建築のための巨石を切り出した跡の洞窟、ディオニュシオスの耳。

バロック様式の壮麗な大聖堂や宮殿。

 

目を引く観光名所は多いが、提督が最も気に入ったのは、海に突き出したアルティージャ島に広がる旧市街。

くねくねと曲がる狭く砂と埃にまみれた石畳の路地、日に焼けてすすけた家々の壁、魚介や野菜の匂いが漂う市場……洋物RPG好きのオッサンにはたまらない。

 

「提督って、本当に変人よね。まったく意味が分からないわ」

 

美しい教会を無視し、その裏手の細い道に入っていき、ギリシャ調の鉢植えの横で眠る黒猫を喜んで写真に収めている提督に、護衛のローマが呆れている。

 

「ランチの時間よ。鳳翔さんたちが待ってるから行くわよ」

 

提督を石造りの建物が並ぶ海岸沿いのレストランへと引きずっていくローマ。

店内は高い丸天井に向けて巨大な石柱が建ち並び、まるで迷宮の奥のような空間。

 

「遅イジャナイ」

 

港湾夏姫がプンスカしている。

 

時間ぎりぎり。

もう前菜が運ばれてきているところだった。

 

サーモン、エビ、タコ、ムール貝が盛られた、さっぱりとした魚介のサラダ。

カリフラワーを小麦粉、水、塩、卵、パルメザンチーズの生地に浸して揚げた、フリッテッラ。

 

水も有料なので、ここは白ワインを合わせて。

 

パスタはシンプルな、トマトソースをからめたマッケロンチーニ。

要するに短く切っていないホース状のマカロニ。

 

イタリア人はとにかくトマトにこだわる。

野菜売り場には当然のように何種類ものトマトが並び、同じ種類でも産地で細かく分けられるぐらいだ。

 

トマソソースだけという、そのシェフの自信満々さを裏切らないシチリア産完熟トマトの芳醇な味。

上質なオリーブオイルと、バジル、オレガノ、タイム……いくつものハーブの複雑な香りがそれを支えている。

 

聞けば、オリーブオイルもハーブも、素材は全てシチリア産だという。

 

魚料理は、イワシの開きで松の実、レーズン、ケッパーなどを混ぜたパン粉を巻き、オリーブオイルをかけてオーブンで焼いた、イワシのベッカフィーコ。

 

肥沃な大地でなければ収穫できない小麦は、シチリア島では貴重品だ。

そんな小麦から焼かれるパンも、古くなっても決して捨てられることはない。

 

そんな環境の中から必然的に生まれた、独特のサクサクとした食感の最高のパン粉。

 

そこに染み込むのは、太陽に溢れる島シチリアの魅力が凝縮したような、鮮魚と果実の味。

 

口に入れた瞬間、笑顔がほころぶ味。

 

 

素晴らしい旅行を楽しむ提督はまだ知らない。

 

境港:金ちゃんやきそば食べながらラグビー中継を性的な目で観戦してたら

境港:地中海を哨戒中のうちの艦隊が○○提督の船を見つけました

 

境港:そんで艦隊を臨検に行かせてみたら……

境港:いきなりオニチクな言葉責めされたった

境港:噂通りのドSなお方(灬ºωº灬)

 

境港:しかも沢山の嫁に囲まれてバカンス中だとかいうメシマズ展開

境港:自分との落差に軽く吐きそうんなったっス

 

境港:うちの艦娘はいきなり服剥かれてボロボロんなって帰ってくるし

境港:喪女がリア充様に関わろうとか100億年早かったんや!

 

この時、嘘は何一つ言っていないが、ものすごく誤解を招くメッセージが、怒涛の勢いで送信されていることを……。


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