ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。
小さな漁港の隣にある、鎮守府のささやかな埠頭。
プロパガンダ放送で流されている、艦娘による軍楽隊と大勢の市民に見送られて大型輸送船で出撃していくような光景とは無縁の、こじんまりとした出陣。
「オーライ、オーライ、はい、天龍ちゃんストップ」
龍田の誘導で、4トントラックのクレーンを天龍が操作し、水面に立つ大和に46cm三連装砲装備の背負い式艤装を受け渡す。
「装着しました。フックを外しまーす!」
「おーう、念のため引き揚げる前に離れてくれよ!」
クレーン付の中型トラックは、大規模作戦遂行のために国道沿いのガソリンスタンドから借りてきた。
いつもの鎮守府の軽トラックに積んでいる貧弱なミニクレーンでは、戦艦級の艤装の上げ下げには時間がかかってしまい、大戦力での連続出撃には不便なのだ。
「えー、今回の出撃にあたり、有限会社○○牧場様より黒毛和牛50kg、農事組合法人△△△様よりコシヒカリ米1俵の御献納をいただきました」
提督の言葉に合わせて、「報國」と書かれた桐箱を龍田が掲げて中身を見せる。
細かいサシの入った見事な霜降り肉に、出撃前の艦娘たちから歓声が上がる。
「夕飯はこれを使って牛丼にするよ」
「やったね、提督! 明日はホームランだ!」
提督の牛丼宣言に、最上が牛丼チェーンの古いCMキャッチコピーを叫ぶ。
「最上、艦隊の状況をしっかり見て、損傷が激しい子がいたら撤退させてね。戦力は、基地航空隊の支援で十分足りるから、無理する必要はないよ」
「はーい! 任せてよ、提督!」
艦隊司令部施設を搭載した最上を旗艦に、羽黒、飛龍、蒼龍、千歳、航空艤装に切り替えて前海域に続けて出撃する鈴谷が、第一艦隊を形成する。
第二艦隊には、由良、古鷹、吹雪、照月、綾波、プリンツ・オイゲン。
吹雪には大破艦が出た場合、それを護衛して戦場を離脱する役目が課せられているように、それぞれに先制雷撃や対空射撃、
前衛支援艦隊は、金剛、榛名、大和、雲龍、夕雲、秋雲。
火力とともに、キラキラ具合で選考した絶好調のメンバーだ。
特に昨夜提督は金剛型の部屋に泊まったのでラブがバーニングしているし、秋雲も有明海域への遠征で持ち帰った戦利品により限界突破でキラキラしている。
向かう先はソコトラ島南方、アデン湾の橋頭堡を撃破するためにソマリアから北上中の、空母夏鬼が率いる機動部隊群の迎撃が目的だ。
中東から欧州方面にかけての深海領域での活動が活発化し、現実世界への大規模浸食が目前となったために急遽実施された今回の西方再打通作戦。
海外には妖精さんが見える提督適格者が少なく、全世界でも日本の鎮守府のような組織は数えるほどしか存在しない。
日本の鎮守府が救援に赴いて掃海を行わなければ、欧州全土が異世界に没する破滅的事態にもなりかねない。
中枢棲姫を倒して以来、平穏が続いていた太平洋方面と違って、欧州の現状は危機的だ。
そして、この方面の敵の首領の、執念深く一筋縄でいかない作戦指揮からは、強烈な「人類への憎悪」が感じられる。
あの横須賀鎮守府でさえ、北大西洋で大敗北を喫して進撃を停止してしまった。
天草鎮守府からも、スエズ運河の維持が困難なので急ぎ救援に来るようにと矢の催促がある。
今回ばかりは、いつものように他の鎮守府をあてにして、のんびりしている訳にはいかないかもしれない。
「ちょっと独自に情報収集しておくかなぁ……」
提督はつぶやき、大淀に命じて一本の暗号電文を発信した。
発:国境なき食堂
宛:ワルヅキ
本文:コンヤ、ギュウドンナリ
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艦隊を見送ったら、肝心の牛丼の調理。
いくら頂きものとはいえ、ブランド黒毛和牛ばかりをガツガツ食べられて、それを日常の味と思われたらたまらない。
大食艦対策に、無銘和牛の切り落としと、国産牛のバラ肉も買い足してきた。
バラ肉は牛脂で軽く焼き、赤ワインにダシ汁、醤油とみりん、裏技のコーラを混ぜて、玉ねぎ、にんにく、生姜とともに柔らかく煮込んで、しっかり味を染み込ませていく。
和牛の肉は最後にさっと熱を通して混ぜるだけ。
赤身の旨味と絶妙な脂の味をそのまま楽しんでもらうためだ。
このまま夕方まで、しっかり丁寧に煮込んでいって味を調整し……。
「提督、小鉢はこんな感じでどうですか?」
間宮が牛丼と一緒に出す小鉢の試作を持ってきてくれる。
斜め薄切りにされた、キュウリ、ナス、みょうがと、青じそ、刻み梅が塩もみされた、色鮮やかな柴漬け。
しつこくもなりかねない牛丼の脂を、さわやかに流しつつ、さらに肉の旨味を引き立ててくれるだろう。
茹でたオクラに削り節をまぶし、薄く醤油で味付けしたシンプルなおかか和え。
シンプルだが、自家製の自慢のオクラを丁寧に下処理し、加減よく茹でたそれは大地の味が濃く、肉にも負けないパワーを持っている。
味噌汁は、ごく当たり前の豆腐とワカメの味噌汁。
だが、その日の料理や具材、天候などに合わせて、ダシと味噌の加減を毎日変えている間宮の味噌汁。
今日の牛丼にビッタリとはまる味付けに、一口すすると魂が持ってかれそうなほどに美味い。
「さすが間宮、絶品だなあ。いつも間宮の料理が食べられて、僕もみんなも幸せだよ」
「提督、もう……口がお上手なんですから」
「いや、本当だよ。いつもありがとう」
提督が褒めて額にキスすると、瞬間でキラキラ輝いた間宮が嬉しそうに身をくねらせる。
と同時に……。
「紅生姜を漬けてきたのですけど、お味見よろしいですか?」
牛丼に欠かせない紅生姜を漬けて厨房にやってきた鳳翔さんから、ズモーンと重い空気が流れ出してきて……。
第252次正妻戦争勃発を予感した厨房妖精さんたちが、慌てて持ち場から逃げ出して行くのだった。
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「今日もみんな、お疲れ様。いただきます」
提督の挨拶で始まる夕食。
食堂内には牛丼の香りが満ちている。
「コレガ……ギュウドン?」
「すごい牛丼……た、食べても、いいんですよね?」
「うん、美味しいよ」
提督の右の座席には、鎮守府に招待された防空棲姫。
左の席には今日のMVPだった防空駆逐艦の照月。
防空棲姫は、まず味の染み込んだバラ肉の部分をご飯とともにつまんだ。
あっさりとしながらも、ダシや野菜、調味料の旨味を含んだ甘く複雑な味が、肉とご飯に染み込んでいる。
照月は、まず黒毛和牛のサシ肉をつまんだ。
あっさりとしながらも、濃密な肉の旨味が舌を驚かせ、さらに極上の脂が口いっぱいに広がる。
「おっ、美味しいです! 秋月姉さんと初月も、ちゃんと食べてますよね!?」
「コレハ……シュゴイ……」
猛烈に牛丼を食べ進める2人の嬉しそうな表情を見て、満足げに微笑む提督。
ただ、いつもの猫のような細目の下には、微妙なクマができていた。
第252次正妻戦争の火消しのため、昼から夜戦(意味深)を強いられていて、けっこう疲労しているのだが……。
「提督さん、今日も元気じゃねぇ~♪」
お茶を給仕しに来た浦風が言うように、照月の健康的な太ももと、防空棲姫の大胆にはみ出した下乳を眺めているうちに、提督の元気も回復していた。
「ご飯を食べ終わったら露天風呂に行こうか」
「え、えぇー!? えぇー……い、いいんですか?」
「ソ……ソレハ……私モイイ……ノ?」
宵の空には、美しい三日月が照っている。
防空棲姫様には尋ねたいことがたくさんあるが、夜はまだまだ長い。
「まぁ、ゆっくり……ね?」