真剣で神槍に恋しなさい!   作:むこうぶち

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第十話:九鬼財閥にて

季節は冬、良くも悪くも常に騒がしい九鬼極東本部は何時も以上に騒がしくなっていた。年に一度の恒例行事とでも言うべき日・・・・そう、『冬のボーナス支給日』である。

 

九鬼財閥の、特に従者部隊のボーナスは完全歩合制。そこには悲喜交々、様々なエピソードがあるわけで。

 

「ファック!?なんでオメーよりアタシの方が少ねーんだよ!」

「そこはシェイラちゃんの方がステ公よりも能力が上だった、って事で」

「アァ!?」

 

「ふむ、こんなものか」

「あれれれれぇ?何でエル君の方が俺よりボーナス多いのよ?」

「リコさんが不真面目すぎるだけでは?」

 

同僚同士でボーナスの多寡をめぐって揉めたり、部下の方がボーナスが多い事を理由に絡む上司がいたり・・・・うん、後者はマズイでしょうよリカルドさん。

 

そして・・・・

 

「先に伝えておくがな、お前にはボーナスの現金支給は無い」

 

ニコライさんから伝えられたのはその一言だった。

 

「まぁ本来なら学生ですしね、それは別に構いませんが」

「だが信賞必罰はしっかりしなけりゃならん、そう言うワケでお前には現物支給をする事になった」

 

そう言ってニコライさんは指を鳴らす、と2mほどの長さの包みを従者三人がかりで抱えて入室して来た。

 

「受け取りな、それが九鬼財閥からお前の働きへの対価だ」

 

受け取ると、ズシリと重みがある。うん、これを運んできた従者たちが「オイオイ、俺たち三人がかりで運んできたモノを一人で!?」とか「川神院産の従者はバケモノか!!」とか「九鬼財閥の技術力は世界一ィィィィィィ!!」とか叫んでるが気にしないでおこう。

 

それを包んでいた布を取り払う・・・・と。

 

「『槍』ですか」

「釈迦堂刑部から話を聞いてな、なんでも本来の適正は槍だと言うじゃないか。でだ・・・・帝様やヒューム、俺や他数名で協議の結果で作られたのがその槍だ」

 

重量は相当なモノだ、だが取り回しに問題は無さそうだ。基本的な身体能力も、力の活かし方も年月を重ねれば身についてくるだろう。そこを考えて見れば、しっくり来るんじゃなかろうかと思う。

 

「銘は『陽炎』」

 

形状は直槍、刃の身幅はやや通常のモノよりも大きめ。長さは石突から穂先までで約2mで、柄は黒。刃が僅かに赤みがかっているのが特徴と言えるだろう。槍と言うよりは斬る事も出来る分、矛に近しいかも知れないが俺としてはその方が良い。取り回しに幅が出るからな。しかし・・・・

 

「これ、普段は使えないですよね?」

「まぁそうだな、状況を限定しての使用を許可していく事になるわけだが・・・・」

 

嫌な予感がする。たった一年弱の付き合いだが、一桁代のジジババが面倒事を俺に投げつけてくる時には何故か全員が決まってこう言う笑い方をする。

 

「お前には中国に飛んで貰う」

「厄介事、なんですよね?」

 

無言で頷いたニコライさんが懐から書類を取り出し、こちらへと差し出してくる。それを受け取り、読み始める。

 

「チャイニーズマフィア、ですか」

「あぁ、無謀にも挑んできてな・・・・クラウディオが行ってるから楽勝、な筈だったんだがな」

 

クラウディオさんが行ってて手間取る、と言う事は相手側に相当な実力者がいる、と言う事か?

 

「『梁山泊』が絡んできた、ヒュームとゾズマは帝様とアフリカ、リカルドはヨーロッパ方面の根回し中、俺は他の一桁代が不在だからここを動くわけには行かん。現在フリーに動かせて、尚且つクラウディオの要望を満たせるのがお前だ、と言うわけだ」

 

『梁山泊』、噂で聞いた事はある。『水滸伝』の百八の英雄の名を代々冠し続けてきた傭兵集団であり、その多くが『異能』持ちであると言う事。また総じてレベルは高いが、その中にも壁越えやそれに準じる戦力が揃っていると言うのだから厄介な事この上無い。

 

「直ぐに行きますか?」

「悪いな、ただクラウディオと相性が悪すぎるヤツがいたらしくてな」

「?」

 

大抵の、それこそヒュームさんや爺さん、師匠やルー師範代、百代みたいな壁越えの中でもトップクラスでもなけりゃクラウディオさんなら相手に出来るはずなんだがな。あの人の『糸』を操る技術はちょっとやそっとの実力差を覆せるぐらいに汎用性に富み、高い制圧力を誇る。だからこそ、あの人が手を焼く相手と言うのがあまり思いつかないんだが・・・・

 

「炎を操るヤツがいたんだそうだ、さすがのクラウディオでも糸そのものを焼かれちまうと厳しいモノがある」

「・・・・」

 

炎、炎・・・・か。

 

「どうした?」

「いえ、直ぐに準備済ませて出ます」

「ああ、屋上にヘリを呼んである。三十分後に到着だ」

「了解」

 

受け取った『陽炎』を布に包み直し、肩に担いで部屋を出る。

 

「何かのヒントぐらいには、なるかも知れねぇな」

 

 

 

―中国・九鬼財閥大連支部―

 

「序列六百九十九位結城竜胆、着任しました」

「良く来てくれました竜胆」

「竜胆、お久しぶりですね」

 

大連支部に到着した俺を出迎えてくれたのはクラウディオさんと正式にクラウディオさんの部下になった李さん。恐らくだが他の人員は敵方の監視やらなんやらで手が離せないのだろう。

 

「しかし梁山泊を雇うとは、奴さん手段を選ばずに来てますね」

「ええ、世代交代をしたばかりだと言う話ではありますが何れも一騎当千。流石に相性の悪さと数の暴力には・・・・流石に抗い切れませんでした」

 

珍しく苦笑を浮かべるクラウディオさん。常に必ず余裕を持っている、もしくは実際は余裕が無くとも余裕の笑みを崩さないクラウディオさんが顔に出すと言うのは非常に珍しい事だ。

 

「以前にも梁山泊と戦う機会はありました、ですが目に付く限りほとんどの席次が入れ替わっていましたね」

「注意すべき相手は?」

「・・・・三人」

 

クラウディオさんがピッ、と指を三本立てる。

 

「林冲、武松、楊志・・・・卓越した槍術、炎を操る、総てを模倣する、と言った感じでしょうか」

 

『異能』持ちがほとんどを占めると言われる梁山泊だ、林冲に関してもネタが割れてないだけで必ず何かあるのだろう。

 

「竜胆、貴方には武松の相手を。楊志の相手は私がします」

「『模倣』ですよね?大丈夫なんですか?」

「ええ、ですが彼女が模倣するのはあくまで『技』。私の『糸』や貴方の『槍術』のような『技術』は盗んでもあまり意味が無いそうです、彼女の獲物は双剣ですし」

 

成る程。確かに双剣持って『糸』を操る技術やら『槍術』をマネたところで意味はない。間合いも、手さばきも全く違う武器なのだから。

 

「林冲はどうするんですか?」

「エルヴィンを呼んであります、作戦当日に現着するとの事です」

 

となれば李さんが他を指揮する形か。まぁ若手組でも将来を有望視されてるし、あずみさんの代わりを務める事もあるぐらいだから能力的には十分だ。また、エルヴィンも年齢は俺と同い年だが裏世界の曲者たちを相手に渡り合ってきた実力者だ。

 

「んじゃまぁ、エルヴィンが到着し次第、ってとこですかね?」

「ええ、そうなりますね。九鬼の名を背負う以上、二度の敗北は許されません」

 

それに無言で頷く俺と李さん。・・・・無言で頷いちゃうあたり俺もだいぶ染まって来てんなぁ。

 

ともかくだ、一丁やっちまいますか。




第十話でした。

お気に入りが気付けば千件の大台を突破、本当にありがとうございます。

今作の竜胆君は真面目な(?)槍兵です。そして何の気なしに梁山泊登場、もしやこれはフラグ?

次回は竜胆&従者部隊VS梁山泊、メインのカードは竜胆VS武松。

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