絞殺、撲殺、刺殺、毒殺、圧殺、溺殺、焼殺、爆殺、そして射殺。
この不可解でありながらひどく魅力的な人形のことを上に報告する前に、ジンはあらゆる方法で人形を殺してみることにした。
人形の言葉が真実であれば、ジンが何をしようとも人形が死ぬことはない。
逆に、人形の言葉が嘘、或いは何らかの誤差が生じた場合、人形は死ぬ。
確かにジンはこの人形を利用しようと考えたが、不死身が完全なものでないのならそもそも興味も意味もない。殺し切ってしまったというのならそれまでだとも思っていた。
そうして一通りの方法で人形を殺し終えたところで、漸くジンは知る。
―――この人形は、本物だ。
正確には死ぬ。
首を絞めれば息が止まり、心臓が止まる。
鉄の棒で頭部を繰り返し殴れば、大量出血をして息絶える。
ナイフで滅多刺しにしても、出血多量で命を落とす。
猛毒を投与すれば、拒絶反応を起こす。
コンクリートに押し潰されれば、押し花のようにぺしゃんこになる。
水に沈めれば、肺に水が入って呼吸が出来なくなる。
灯油をかけて火を付ければ、人間の焼ける嫌な臭いを残して黒焦げになる。
すぐ傍に置いた爆薬を爆発させれば、粉々になって原型すら留めなかった。
そして銃で脳天を撃ち抜けば、脳漿をまき散らして壊れた操り人形のように崩れ落ちる。
どれもこれも間違いなく、死んだ。
けれど、死に切らない。
回復ではない、再生とでもいうのだろうか。
確実に心臓の動きは止め、脳すら破壊されたというのに、人形は瞬く間に元通りになるのだ。
その様子は形容しがたく、ジンをして吐き気を催すようなおぞましい光景だった。
ジンとともに人形を殺す作業をしていたウォッカは、途中で二度ほど吐いた。が、さすがのジンでもこの時ばかりはウォッカを叱る気にはならなかった。無理もないと思ったからだ。
ひたすらに人形を殺す作業を繰り返し行ったあと、一服しながらジンは云った。
「死なねぇな」
「そう作られました」
「そうか」
「はい」
機械的な返答。
頭は悪くないように思うが、意思のなさそうな簡素な答え。
本当に人形なのだとつくづく思う。
アッシュブロンドのロングヘアーに、濁った菫色の瞳。整った容姿とは裏腹な、生気のない表情。詳しい年齢は知らないが、真っ平でメリハリのない身体には、いくら目の前に素っ裸で座り込んでいてもジンの食指はこれっぽっちも動かなかった。
意思はなく、意志もない。
どこぞの金持ちが好きそうな案件だとふと思うが、金のために売るには少々惜しい物件だと考え直す。
組織には人体実験が必要な薬が多くある。それに利用してもいいし、作戦行動に使えるかもしれない。何せ死なないのだから、常人ならば出来ないような捨て身の作戦に投入すれば、作戦の可能性は随分と広がることだろう。
それに、この特殊な能力はおそらくこの組織にとって大きな収穫となるに違いない。
実は、ジンは組織の幹部格だが、組織の最終的な目的は知らない。というか、おそらく本当の目的はボス以外は誰も知らない。きっと、ベルモットやラムですらも。
けれどそれでいい。
目的を知らなければ貫けない忠誠などジンは持ち合わせていない。
あるのはただ、あの方のために動く意志。
求められたことを実行する行動力。
疑いなど持たない。
あの方のために働くと決めたときから、ジンはただひたすら忠誠を誓ってきたのだから。
少しぼんやりとしていたため、気付けばタバコの灰がぎりぎりまで迫っていた。
もったいないことをしたと軽く舌打ちしながら踏み潰していると。
「兄貴」
「…なんだ」
珍しく神妙な面持ちで口を開いた弟分に、少々驚いた。まるで幽霊でもみたように顔色を悪くして、大の大人が怯えている様だった。
ジンと違って頭を使うのが苦手なこの弟分は、考えるよりも先に行動することが多く、その考えなしな行動のおかげで尻ぬぐいをさせられた数は一度や二度ではない。
にもかかわらず自他ともに認める冷酷非道なジンが見捨てずにいるのは、失敗以上にジンや組織に対する忠誠心を評価しているからだった。あまり自覚はないが、実は一度懐に入れた相手に対してジンは少しばかり甘いのだ。
甘やかされている自覚はないだろうが、他のメンバーよりはジンの信頼を得ている自負のあるウォッカは、それでもジンに対して意見することはないし、求められた以上の口を利くこともほとんどない。
それでも今は、何でもいいから口にしたくて堪らなかった。
そうしなければ、身体の底から沸き起こる得体のしれない感情に飲み込まれてしまいそうだったのだ。
視線で先を促されたウォッカは、少し逡巡するように閉口したあと、思い切ったように云った。
「俺ぁ、こいつが不気味で仕方ないです」
思ったことを忌憚なく云うウォッカの率直さが、ジンは嫌いではない。
いくら殺しても死なないこの人形に良い感情を抱くほうが少ないのだ。ウォッカの意見は当然と云える。
だからジンは珍しく――そう、本当に珍しく――小さく笑って、云った。
「俺もだ」
けれどジンには、自分がこの人形を手放さないという確信があった。
根拠はない。
しかし、この確信には自信があった。
アッシュブロンドのロングヘアーに、濁った菫色の瞳。整った容姿とは裏腹な、生気のない表情。詳しい年齢は知らないが、真っ平でメリハリのない身体には、いくら目の前に素っ裸で座り込んでいてもジンの食指はこれっぽっちも動かなかった。
利用しよう。最大限に。
利用しよう。あの方のために。
利用しよう。己の忠誠のために。
利用しよう。間違えて生まれた、この哀れな人形のために。
ジンは笑った。嗤った。
この先待ち受けている未来のことなど知る由もなく、小さく、嗤った。
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ちょこっとずつ進みます。