世界の果てで君を待つ   作:秋元琶耶

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1.絶対の支配者

邪魔になったものは即排除。完膚なきまで完全にこの世から消し去るのが、組織のやり方だった。

このときもジンは、そのやり方に則って、とある企業関係の排除作業の真っ最中だった。

すべてを破壊し、ゼロにする。

簡単な、それだけの作業であるはずだった。殊に、ジンにとっては。

しかし。

 

「………」

 

銃口を向ける。

一見少女のような姿をしたソレは、悲鳴を上げることも、逃げる素振りもなく、瞬きひとつせず、じっと銃口を見つめていた。少女の周りには資料やら壊れた機材に割れた研究道具の類が散乱しており、血を流してピクリとも動かなくなった研究者たちの骸もあるが、少女に動じた様子はない。むしろ、ジンには少女が落ち着き払っているようにすら見える。

部屋の中央に置かれた実験用ベッドの上で座り込んでいる少女はアッシュブロンドのロングヘア―に、濁った菫色の瞳。比較的整った容姿を持つ少女にはどこか生気というものが感じられず、まっすぐに銃口に向けられた視線には、不思議なことに光というものがなかった。

まるで人形だ、とジンは思う。

そしてややあって思い出す。そういえばこの企業では、薬剤実験が盛んにおこなわれていた。組織で開発した様々な薬のうち、8割ほどはここの研究室で実験が行われていたのだ。

そんなに大量の実験台をどこで捕まえてくるのかと聞いた時、一匹の優秀なモルモットを所有しているのだと、確かここの所長が話していたような記憶がある。

「お前がその、モルモットか」

モルモットは話さない。

ただ視線を銃口からジンにちらりと動かし、首を傾げただけだった。言葉を理解できないのかもしれない、とはたと気付く。理屈はよくわからないが、その小さな身体ひとつで信じられないほどの投薬実験を行われていたモルモットなのだ。人形のよう、ではなく、まさしく人形になっていても不思議ではない。

これは、人間の形をしただけのモノなのだ。

ジンには良心など微塵も存在していないが、それでも胸糞の悪くなる話だった。

投薬実験の末、ただの人形になりさがった少女。まるでB級映画のヒロインだ。

溜息を一つこぼしてから、躊躇いなく引き金を引いた。

 

パンッ

 

乾いた音が響き渡り、今この部屋に生存しているのはジンたった一人になった。

モルモットとなったモノに恨みはないが、同情もしない。哀れな人生だとは思っても、ジンには関係のないことなのだから。

脳天を撃ち抜かれた人形は反動に逆らうことなく倒れ、真っ赤な血を流す。人形ではなかった証拠だった。とはいえ、物言わぬ物体に変貌した今、そもそも彼女が生きていたのか否かなど問題ではなくなったが。

ともあれ、これでジンの任務は完了した。別行動しているウォッカがしくじっていなければ、この建物を脱出したのちに仕掛けた爆弾のスイッチを入れて、完全に終了だ。この研究所に残っていた実験データは、すでにシェリーに送信済みである。

用のなくなった場所に長く留まるのはジンの性分ではないため、さっさと踵を返し、出口に向かう。計画は予定通り進んでいた。

 

―――はず、だった。

 

「……!?」

 

足を止める。

仕舞いかけていたベレッタを、咄嗟に構えて振り返る。

おかしい。

ここにはもう自分しかいないはずだ、とジンは思う。

その通りだった。

何故ならモルモットだったものはもうジンによって殺害されたのだから。人間であれ動物であれ、頭が急所であることには変わりない。

ジンは獲物を仕留めるとき、必ず最後に頭を撃ち抜く。確実に息の根を止めるためだ。

だから例外なく少女の頭を狙い、弾は確かに命中したはずだ。わざわざ脈を確認するまでもなく、アレの生命活動は停止したはずだった。

そのはず、なのだ。

「…なんだ」

だと、いうのに。

「…なんなんだ、お前は」

信じがたいものを目にした気分だった。

きっと、音痴なオペラ歌手をみても、酒に溺れる神父を見ても、嘘をつく天使を見てもここまで驚きはしないだろう。

 

―――目の前で死んだはずの相手が、起き上がるなどという事象に比べたら。

 

 

***

 

 

仮定を立てる。

ひとつ、ジンの撃った弾は脳天を撃ち抜いたかに見えたが、実は額を掠めただけだった。昔流行った少年漫画で、そういう理由で生き延びていたキャラがいたのだと、いつかウォッカが話していたことを思い出したのだ。

だがこれは違うと即座に却下する。ジンは自分の腕を知っている。手応えを信じている。ジンの放った弾丸は、正真正銘、アレの額を貫通したはずだ。その証拠に、少女の背後の壁には弾痕があるのだから。

ひとつ、アレは人間ではなくロボットか何かで、頭が急所ではなかった。だから反動で倒れはしたが、機能停止するほどのダメージではなかったため、時間差で起き上がった。

しかし、これも違う。今なおアレの額から流れているのは、オイルではない。色、匂い、あの独特の固まり方。紛れもない本物の血痕である証拠だ。

そして考えられる、けれど最もありえない仮定。

 

―――不死身の身体である、などと。

 

 

***

 

 

息をのむ。

ホラーやオカルトには興味はないし信じてもいないが、こうして目の前で信じがたい光景が起こると、さすがのジンも驚く。いかに冷徹であっても、ジンとて人間なのだ。

銃を構えたまま、今度はじっくりとアレを観察する。

銃を脳天に撃ち込まれても起き上がるモノ。

とんだ奇跡としか思えない。

見た目だけなら普通の少女に見えなくもないというのに、どうやらこの研究所でモルモットにされていたのも伊達ではないようだ。

ひとまずここはあの方にお伺いを立てるべきか。

そう考え、空いていた手で携帯に手を伸ばそうとしたとき。

 

「―――新薬の実験は、終わりですか?」

 

少女が、声を発した。

思わず携帯に伸ばしていた手を止め、少女を注視する。

その軽やかな声で、少女は続けた。

「新薬は脳を貫通。即死の効果がありますが、体内に残らなかったため、それ以上の効果は期待できません。必要でしたら、体内に残る処置をおすすめします」

一瞬何を云っているのかと考えたが、果たしてこれを新薬実験と勘違いしているのだと思い至った。

おそらく彼女は、結果の報告をしているのだ。これまで、そうしていたように。

警戒は解かないまま、一度ジンは銃を下した。殺すのは後にして、情報を聞き出すことを優先することにしたのである。彼女には不可解な点が多すぎて、排除するのはそのあとにすべきだと判断したのだ。

「お前は何者だ」

「被検体157番。この研究所では、私が最後で最終の被検体です」

淡々と少女は答える。てっきり一番最初の問いに答えなかったのは口が利けないからかと思っていたが、どうも違うらしい。もしかすると、モルモットの意味を理解していなかったのかもしれない。まともな教育を受けてきたようには見えないし、無理もないが。

気を取り直して、質問を続けた。

「これまでされた投薬実験の数は覚えているか」

「1278です」

ぎょっとしたが、大なり小なり組織で開発した薬すべてと、この研究所独自の薬を合わせればそれくらいにはなるかもしれない。もっとも、何年かけてその数字に至ったのかは知らないが。

「そのすべての結果は記憶しているか」

「はい」

とんでもない。

呆れ半分、感嘆半分。途方もないということはよくわかった。

しかし、それだけ実験を重ねてきたというのに死なずに済んでいたというのが驚きだ。単なる風邪薬の改良実験ではない、あからさまに人体に害を及ぼす――端的に云えば、毒薬の実験が大半を占めていたであろうに。

ふと、ジンは気になった。

彼女が死なずに済んだ理由。

果たして彼女自身がそれを知っているかは知らないが、問うてみる価値はあるかもしれない。

「…お前は、なぜ死なない?」

問う。

期待していなかったはずの返答は、意外と簡単にあった。

「実験の副作用による痛覚の喪失、及び原因不明の細胞再生能力のせいです。マグマに落とすか、深海に沈めるか、宇宙に投げ放つ以外で私が死ぬことはありません」

納得できるような、出来ないような。

これではまるで、ではなく本当に、B級映画のようではないか。

痛覚がないということは、苦痛を伴うはずの実験において重要かつ有用だ。しかも、銃で脳天を撃ち抜いても死なないということは、ちょっとやそっとの傷を負わせたところで再生はすぐに可能であるということ。まさしくやりたい放題実験し放題、というわけだ。

そうなると、この企業を潰さなければいけなかったことを少しだけ惜しいと思えた。おとなしく指示通りのことだけをやっていれば消されることもなかったであろうに、妙な欲を出して情報を売ろうとするから根こそぎ潰されることになったのだから。まぁ、遅かれ早かれ潰される運命だったのだから、時期が早まっただけだといえばそれまでだが。

死なない、ということは。

少年のような輝く好奇心などはとうの昔に失くしていたが、それなりの好奇心は未だジンの中に存在している。

その好奇心が、再び首を擡げた。

「お前は」

これまでの質問よりも、さらに奥深く、そしておそらく、禁忌にも近い問い。

 

「―――人間なのか?」

 

「いいえ」

 

間髪入れず、即座の否定。

ジンは口角が上がるのを抑えられなかった。

そんなジンの心境など知る由もない少女は、続ける。

 

「いいえ。私は実験人形です」

 

人間の身体を持ちながら人間ではない。

人間の身体でありながら人間ではない。

痛覚はなく、死なずの生命を持つ少女。

原理も論理も知らないが、種も仕掛けもない不死身の身体。

これは、使える。

瞬時にジンは、そう判断した。

不要なものは手元に置かない主義だが、使えるものはゴミでも使うのがジンのやり方だ。

銃を仕舞い、足を踏み出す。カツンカツンと足音が反響するたびに、気分が高揚するのを抑えられなかった。

少女の目の前まで歩いたジンは、徐に手を伸ばして。

 

「ならばお前は、たった今から俺の所有物だ」

 

無慈悲に告げる。拒否など許すつもりはなく、答えは一つしか求めていない。そんな絶対的な声。

対する少女は、ゆっくりと応えた。

 

「―――はい」

 

少女はジンの、手を取った。

新しい世界が、少女に与えられた瞬間だった。

 

 

 

 

 

+++++

 

人形少女と冷徹男の出会い編。

 

唐突過ぎるコナンブームでアニメ見返してたら、やっぱりジンニキが好きだと確信。ジンニキに執着されるシェリーに軽く嫉妬するくらいには大好きで毎日楽しいです。もうコナン終わってもいいから黒の組織のスピンオフしてもらいたいくらい。

あと、ウォッカの話の某少年漫画と、1278という数字に心当たりのあるあなたはオトモダチ('ω')ノ


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