「…なんでだよ! どうして温泉地なのに温泉に入れねぇんだよ!」
宿へと戻ってきた俺達は一先ず、温泉で体を癒そうとしていたのだが、フロントの女性に止められそう半分怒鳴るように尋ねた。
「すみません……数日前から温泉に入ったお客様の体に不具合が起きておりまして……一応お部屋のお風呂でしたら使えるのですが……」
「…分かりました、それでいいです。」
俺の口を手で抑えながら、ブレットは女性にそう答え、部屋の方へと向かう。
流石、普段大鎌を扱っているだけあり、俺なんかの筋力ではビクともしなかった。
その状態のまま、俺が宿泊する予定の部屋に入ると漸く手を離された。
「プハッ!? 何すんだよ!」
「それはこっちの台詞だバカタレが!」
俺がブレットに抗議するように言うと、思いっ切り俺の頭が叩かれた。
「全く…前にも言ったが、今のこの街には魔王軍の幹部が来ている可能性があるんだ。 そのタイミングでこの騒ぎ。 …何かあるとは思わないか?」
そう言われて、俺は少し考える。
…そこで、ふと一つ思いついたことを尋ねる。
「…ブレット、この街の観光資源に温泉が関わらないものはあるか?」
「殆ど温泉が関わってると言っても過言じゃないな。 温泉は勿論のこと、温泉まんじゅうに温泉たまご…」
「…そんな街から温泉を奪ったらどうなる?」
「…そういう事だ。 だが問題は、その幹部がこの街に居るかどうかって事だ。 明日はこの街の中を調べて回ろう。」
ブレットの言葉に頷くと、彼は自分の部屋へと戻って行く。
…疲れたし、一先ず風呂でも沸かそう。
そう思い立ち、部屋に備え付けられた風呂の方へと向かう。
「…そういや、アクセルから来た奴らは大丈夫だったかな…」
ふと、昼間の出来事を思い出しそんなことを考える。
アクセルの町からの観光客と言うと、俺も知っている顔の可能性があるだろう。
あの時、人混みに紛れて顔でも見ていけば良かった。
そう思っても後の祭り、その一行が止まってる宿も知らないし、恐らく会う事もないだろう。
そんなことを考えていたら、いい感じに湯船にお湯が貯まってきたので、一度思考を止めて服を脱ぎ、風呂に身を落とした。
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翌日、俺は何故か宿泊していた部屋に正座させられていた。
「それで、どうしてお前はこんな時間に起きてきたのか聞こうじゃないか。」
「…それが昨日の夜、お風呂上がりに布団に入ったらそれがそれが気持ち良くてですね。 気が付いたら日が登り始めてたんですよ。 そろそろ起きなきゃなぁって思ってですね、布団から出ようと思ったら布団の中が大渋滞してましてね?」
そう言った瞬間、頭に強い衝撃が走った。
「お前はバカか! 今何時だと思ってやがる!」
「丁度お昼頃ですね!」
再び頭に強い衝撃が走った。
「…全く…お陰様で午前中、俺一人で街を回ることになったんだからな。」
「あっ、その節は本当に申し訳ありませんでした。」
目の前に立つブレットに、俺は全力で土下座をしていた。
「まぁいいけどさ、これと言って収穫があったわけじゃねぇし。 …ただ、広場の噴水で、女神アクアを名乗ってる変な奴なら居たなぁ。 あそこまで怪しいと、逆にあいつらは魔王軍の関係者じゃなくて愉快犯だろうし。」
……えっ?
俺は、ブレットの言葉に耳を疑った。
「…なぁ、そいつの近くに誰か居たか?」
「…近く? そういや、金髪でポニーテールの女性も居たな。 着てた服も結構いいヤツだったし、どっかの貴族の娘だったりしてな。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は頭を抱えた。
…もしかして、あの時街に来たアクセルの観光客ってカズマ達の事だったのか!?
「…どうしたんだ? 急に頭を抱えたりして…そいつらに何か心当たりでもあるのか?」
ありますよ!大有りですよ!と言うかそいつら、俺のパーティメンバーですよ!
…と心の中で叫ぶが、顔には出さずに答える。
「いや、なんでもない…知り合いにアクシズ教の奴がいて、もしかしたらなって思っただけだ。 だけどまぁ、多分人違いだろうな。」
「そうか…ならいいが…これからどうする?街の聞き込みはしたが、今のところ手掛かりはなしだ。」
ブレットの言葉に、俺は少し考え込む。
魔王軍は、ここの観光資源である温泉を奪おうとしている? 温泉と言っても、一つ一つの旅館の温泉を汚染するとしたら莫大な時間が掛かるだろう。
それに、今ある温泉を汚染したとしても新しい湯が入ってきたらダメに……ん?新しい湯…?
「…ブレット、この街の温泉ってどっかから湧き出してるのか?」
「…あぁ、そこにある活火山に源泉は集まっている筈だが…」
その言葉に、俺は魔王軍の狙っている場所を確信した。
「…もしかして、魔王軍の奴らは源泉を狙ってるんじゃないか?」
その言葉に、ブレットはハッとした表情をする。
「…確かに、源泉さえ押さえればこの街に流れ込んでくる温泉は全て支配できる。 アクシズ教の力を弱めたい魔王軍からしたら、利用しない手は無いな。」
「とりあえず、昼を取ったら源泉の方に向かおう。汚染し切られるまでに食い留めれば、何とかなるかもしれないしな。」
俺の提案にブレットは頷き、準備して来ると言って部屋を出ていった。
扉が閉じられたと同時に、俺はため息をついた。
「…はぁ。 まさか、あいつらが来てるなんてな。」
そう言って俺は首元のチョーカーを優しく撫でる。
久し振りにあいつらに会いたい気持ちもあるが、それはぐっと堪えて俺は準備を始めた。
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「すみません、この先ってこの街の温泉の源泉ですか?」
「ええ、そうですが…どちら様ですか?」
「私達はこういう者です。 ここを通して頂いてもいいですか?」
俺達は午後一番で源泉のある山へと向かっていた。
だが、その道の途中の門番に事情を説明していた。
俺達のことを怪しむ目で見る門番達に、ブレットは冒険者カードと共に一枚の紙を差し出す。
門番達はその紙を読み込むと、こちらに一礼してきた。
「なるほど、分かりました。 どうぞお通りください。」
門番は紙をブレットに返すと、門番の後ろにあった門が開かれた。
「なぁ、今何を見せたんだ?」
「依頼の証明書。 元々この街の冒険者じゃないから、身分証は必要だろ?」
ブレットの言葉に俺は納得し、成程と頷く。
そして俺達は再び源泉に向かって走り出した。
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「アキラ、そろそろ着くぞ。 『敵感知』を頼む。」
ブレットの言葉に俺は頷き、『敵感知』スキルを使う。
「…反応なし。 まだ源泉までたどり着いて居ないか、それとももう既に…」
「それだけでいい。 さっさと源泉まで急ごう。」
そう言っていると、段々と源泉が集まる場所が見えてくる。
だが、その源泉地帯には誰一人居らず、温泉を覗いても汚染された形跡はなかった。
「ふむ…まだここは大丈夫なようだな。 アキラ、警戒を続けてくれ。」
ブレットの言葉に頷き、引き続き『敵感知』スキルを使い続ける。
暫くすると、俺達の来た道から何か反応を掴んだ。
「…ブレット、何か来る…」
反応があったことを伝えると、ブレットはその手に武器を構える。
俺も能力を使い、手に持つ柄に刃を出現させる。
そうして警戒していると、目の前から一人の男性がこちらの方へと歩いてきた。