第一話 - この授かり物の能力に真の名を!
「…死に晒せ…ッ!」
俺は手に持ったナイフを目の前の一匹だけ残ったゴブリンに向かって振り下ろす。
旅に出て数日、出会ったモンスターと戦いながら俺は王都を目指していた。
「ふぅ。 …旅に出たはいいけど…本当にこれでいいのかなぁ…」
そんな事を呟いて、自らの冒険者カードに視線を落とす。
幾らかレベルは上がり、ステータスも魔力を中心に上がってはいるが、基本の攻撃スタンスは変わらない為、あまり成長したと言う実感がない。
「…そういや、めぐみんに能力の名前は無いのか。…なんて事言われてたなぁ…」
前にめぐみんに言われたことを思い出しながら、王都に向けての歩みを進める。
「『物質錬成』!…いや、普通過ぎるな…物に変換…うーん…」
そんなことを考えていると、目の前の木陰に包帯を巻いた少女が座っていた。
「…なんでこんな所に女の子が…?」
木陰に座る少女は、こちらの事を上目遣いで見てくる。
だが、そんな見た目とは裏腹に『敵感知』スキルは少女に対してハッキリと反応していた。
「…触らぬ神に祟りなし…か。」
そんなことを呟きながら、なるべく見ないように通り過ぎる。
「…イッチャウ…ノ?」
力の弱い声で言う少女に、再び俺は目を向ける。
先ほどとは変わらずに、少女は上目遣いで見続ける。
「えっと、君は一体…?」
俺の問いかけに何も答えない少女。 その少女に手を差し伸べようとした時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい!そこの君ー!ちょっと待ってくれー!」
その声の方向を向くと、鎧に剣を携えた男…ミツルギがこちらの方に向かって来た。
「おや、君は確かサトウカズマのパーティに居た…どうして一人なんだい?」
「コセキアキラだ、アキラとでも呼んでくれ。 今は色々あって、一度パーティを離れてる。…それで、あの女の子は何だったんだ?」
そう言って少女が居た木陰に目を向けると、さっきまでいた少女はそこには居なかった。
「…しまった、取り逃したか。 さっきのは安楽少女と言うモンスターで……」
ミツルギから先ほどのモンスターの説明を聞き、俺はゾッとした。
「うわぁ…こえぇ…なんでそんなモンスターがそこに?」
「元はこの辺りに生息して居なかったモンスターだったんだけど、逃げてきてこの辺りに住み着いたらしいんだ。 それで、討伐依頼を受けて探していたんだが…」
「そりゃ悪いことをしたな。俺が居なかったら仕留められていたんだろうけど…」
俺がそう言うと、ミツルギは首を横に振る。
「いや、目撃証言があるだけ有難いよ。 恐らくこの周辺に居るだろうからね。 …それにしても、間に合ってよかった。 あの安楽少女に魅了されてからだと、引き離すのが面倒だっただろうし。」
あの説明を聞くと、切実にミツルギに出会えてよかったと安堵する。
「…じゃあ、僕はあの安楽少女を追うけど…また会っても決して近付かないように!」
「ああ、分かった。 忠告ありがとうな。」
そう言って安楽少女を探しに行ったミツルギと別れて、再び王都を目指して歩く。
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さて、旅をする上で大切なものとは何だろうか。
食料、水、襲われた時の武器…確かにどれも重要なものだろう。
だが、今俺が困っているものはその中のどれでもなかった。
「…さてと、今日はどこで寝ようかな…っと。」
目の前には火の消えた焚き火の跡、周囲を見渡すと森とまでは行かないが、林と言えるには十分と言える程の木が生えている。
そう、俺が今悩んでいるのは寝床の確保だ。
この世界の住民と言うのは須らく逞しい。
故に、例え木の上で寝てようとも安全と言えないのが現状だ。
「一応『敵感知』で辺りに敵が居ないのは確認しているが…また鉄の上で寝るのか…」
はぁ。と溜息をついて能力を発動させ、寝袋の形をした金属を生成する。
最悪敵に襲われても大丈夫なようにと編み出したこの睡眠方法だが、弱点があり、地面が鉄だから翌日が非常に辛い。
嵩張るからと言って、毛布を荷物の中の入れなかった数日前の自分を思い切りぶん殴ってやりたい。
そんなことを思いながら、慣れ親しんだ鉄の寝袋に体を入れる。
その晩、俺は夢を見た。
目の前には自分自身が居て、黒い"何か"と対峙している。
俺の手には見慣れた柄だけの鎌が握られていた。
そして、目の前の俺は何かを呟きながらその鎌を振り、刃を表す。
俺自身が何を言ったのかは聞こえない。 …だがその瞬間、頭の中にとある言葉が浮かぶ。
『……モル、フェウス……』
その言葉を発した瞬間、俺の中で何かが割れたような気がした。
直後、俺はハッと目を覚ます。
背中には寝苦しい鉄の寝袋の感触、目の前には普段通り夜空が広がっている。
「…なんだ、夢か……」
そう思い再び瞳を閉じる。 …が、そこで違和感を感じた。
虫の知らせ、というものなのだろうか。その違和感が気になった俺は、ふと『敵感知』スキルを使う。
「…ッ!…ビンゴ…か。」
『敵感知』スキルを使うと、周囲の林から無数の気配を感じる。
一つ一つの反応はそこまで大きくない為、ゴブリンやコボルトと言った雑魚モンスターだろう。
だが、その量が尋常ではなかった。
「…十…二十…少なく見積もってもその位か…」
敵感知スキルに引っかかった数でそれ程。 恐らく、それ以上居るだろう。
このままやり過ごそうにも見つかれば相当危険な状態である。
「…しょうがねぇ…一丁やったりますか。」
そう言って俺は寝袋を魔力に戻し、横に置いていた柄をその場に立ち上がる。
周囲を見回すと、木々の隙間からこちらを見る無数の目玉。
全方向を囲むそれから逃げるには、それなりの数を倒す必要があるだろう。
俺はいつも通り鎌を振りながら魔力を刃に変換する。 …が、何故か勝手に口が動いていた。
「『
そう言って刃を出現させるが、普段とは違う違和感を感じる。
「(…いつもより…軽い…? それに、消費魔力も少なくなってる…!)」
普段扱っている鎌は力を入れて振りかぶらなければ行けないほど重いものだったが、たった今手に握られている鎌は今の俺でも十分振れる程扱い易い重さになっていた。
「…それじゃ…死にたい奴から掛かってきな。」
手に持った鎌を肩に担ぎ、挑発するように手招きをする。
直接言葉が通じる訳では無いが、馬鹿にされていると感じたのか、隠れていたコボルト達が俺に対して襲い掛かってくる。
その攻撃を躱しつつ、正面にいたコボルトの首目掛けて手に持った鎌を振るう。
…そこまで力を入れて居ない筈が、コボルトの頭と首を綺麗に二つに分けていた。
「(…うわぁ…)」
目の前に広がる惨状に内心ドン引きしつつ、再び鎌を構える。
…しかし、元々仲間意識が強いコボルトがあっという間に仲間の首が落とされたことに怖気付いたのか、一目散に群れは逃げ出した。
「…あ、行っちゃった…」
そんなことを言いながら、残党は居ないかと思い『敵感知』スキルを使う。
…瞬間、後ろから物凄い速さでこちらに向かってくる反応を掴んだ。
「…クッ! まさか初心者殺し!?」
昔、カズマ達がパーティを入れ替えた時に言っていたモンスターの名前を思い出す。
初心者殺し。 コボルトやゴブリンと言った、所謂雑魚モンスターを利用して初心者冒険者を狩る、非常に高い知能を持つモンスターだ。
「あのコボルト達が逃げたのもこいつの気配を掴んだからかッ!」
そう言って俺は急いで『潜伏』スキルを使い、木陰に隠れる。
その数秒後、俺が今までいた場所に初心者殺しがやってきた。
初見殺しは警戒しながら辺りを見回し、何も居ないのを確認するとコボルト達の群れが居た方向に歩いていく。
その方向は、王都がある方向とはまた別の方向であった為、一先ずどうにかなったことを安堵した。
「…危なかった…あんな奴がここにも居るなんてな、さっさと街を目指そうかなぁ…」
そんなことを呟きながら、俺は王都に向けて再び歩みを進める。
……その林が、王都に割と近い所にあり、翌朝には街に着いてしまったのはまた別のお話。