「…ダメ。今日は調子が悪い。帰ってアニメでも見よ…」
簪の趣味、古今を問わないアニメ鑑賞。
ジャンルは決まってヒーロー・バトルもの。悪の軍団を主人公が打ち倒す。そのシンプルさがたまらない。
…決してこの前まで本物のヒーローがいただろとか、なんで気づかなかった?などと言ってはいけない。
「今日は、何を見ようかな…」
帰ってからの楽しみに、思いを馳せる簪。そして、たまに思い出すのが…
「カッコよかったな…あの時のウルトラマン」
自分達に向けてサムズアップをしてくれたウルトラマン。アニメでしか見た事がないような場面を、自分が経験するとは…
「よっ!」
「…」
一樹のいなくなった今、簪の専用部屋となりつつある第4整備室から出ると、そこには一夏がいた。
その手には、缶ジュースを持っている。
「緑茶とぶどうジュース、どっちがいい?」
「……」
そんな一夏を無視して、整備室を去る簪。その後を一夏は追ってくる。
「なあ」
「……」
「なあって」
「……」
「更識さーん」
ピタッ
「…苗字で呼ばないで」
「え、えと、簪さん」
「名前でも呼ばないで」
「じゃあ_____」
なんて呼べば良い?と続くであろう一夏を無視して、簪は歩く。
「私に、構わないで」
そう言い放つと、簪は歩き出す。
その半歩後ろを、一夏が追う。
「とりあえず、ジュースだけでももらってくれないか?俺2本は飲めないからさ」
「…なら、ぶどうジュースで」
「ああ、助かるよ」
それだけで、笑顔を見せる一夏。
「(ほんと、お人好し)」
『なあ更識さん、仲良くとは言わないが、一夏を認めてやってくれないか?』
2学期が始まってすぐの頃だろうか、一樹がそう言ってきたのは。
『…どうして?』
普段、あまりそういうのに関わらない一樹。その一樹がそう言うのが不思議で、簪は理由を問う。
『アイツさ、結構お人好しなんだ』
『それは、知ってる』
男装してまで近づいてきたシャルロットを助けた時点で、それは察せれる。
『だからさ…アイツ自身に悪気が無くても、アイツは自分が悪いって思うクチなんだ。自分じゃどうしようもない事でもな。きっと、幼い頃から千冬と比べられた事が影響してるんだと思う』
『……』
出来のいい姉と比べられる、それは簪にも経験がある。織斑一夏も、やはりそうだったのか。
『ま、アイツの場合はすぐ比べられることは無くなったけどな』
自嘲気味に笑う一樹。簪はそれだけで察した。一樹が今、学園で受けてる視線が、幼い頃から続いてることに。
『…アイツは比べられることは無くなったけど、きっと自分の中でずっと燻ってたんだと思う。千冬と自分との、出来の違いに』
ゲンに弟子入りした頃の一夏は、見てて痛々しかった。千冬との差を埋めるために、焦っていたあの頃は…
『それは、なんとなく分かる』
簪も、そうだから。
『俺は孤児だから…家族とか、兄弟とかは辞書的な意味でしか知らない。家族内で、比べられる辛さを知らない』
『…うん』
『だから…同じ姉を持つ者同士、一夏を認めてやってくれないか?』
自分の方がよっぽど辛いだろうに、一樹は一夏の事を心配してるのだった。
「(…櫻井君が言いたいことは分かる。けど、私はやっぱり、織斑一夏を認められないよ)」
たくさん自分を助けてくれた一樹の、たったひとつの願いを叶えられないことに、簪は罪悪感を覚える。
「…更識さんはさ」
「…?」
今までとは雰囲気が変わったことに、不思議に思った簪は、一夏に目を向ける。
「一樹に、戻ってきて欲しいか?」
「…どうしてそれを私に聞くの?」
それを聞くべきなのは、雪恵だと思う簪。
「一樹がいなくなる前日にさ、俺と雪恵以外の専用機持ちにセリーが言ったんだ。『一樹が助けを求めても、どうせ助けない人』ってな」
「……」
セリーとはあまり接点はないが、その評価は妥当だと思った。たまに食堂で見る一夏たちは、基本一夏を目当てに集まっている。そして、時折一樹に邪魔そうな視線を浴びせているのを見かける。
「…ねえ」
「ん?」
初めて、簪から一夏に声をかける。
「…夏休みに櫻井君が死にかけたって、本当?」
「……ああ、本当だよ」
「なんで?」
「ある事情で…体がボロボロの一樹を、箒やセシリア、鈴がISで攻撃したんだ」
「ッ!?」
「…それで一樹は1度死にかけたんだ」
「そん、なのって…」
簪が愕然とする。その反応を見ただけで、一夏は心の底でホッとしていた。
「(やっぱり、簪さんは優しい子だ)」
「ぶえっくしょん!」
『マスター、風邪ですか?』
「カズキ、熱計ってみて」
「ちょっと鼻がムズムズしただけだよ。そう簡単に風邪は引かねえよ」
そうは言うものの、最近の一樹の生活は温度差が激しいなんてものじゃない。灼熱の地獄の中で特訓をしたあとは、20度前後の本部内を歩き回ってるのだ。
『簡単にって言うけど、マスターじゃなかったら焼け死んでるからね?』
「私でも少し暑かった」
セリーですら暑く感じるのだ。一樹がどんな熱を感じたのかは、想像に難くない。
「んな事は良いよ。やぁっと技が完成したんだ。風呂に入りに行ってくるよ」
「カズキ、私も入りたい」
『マスターったら、私と入りたいなんて、大胆なんだから♪』
一樹は無言で首飾りを机の引き出しにしまい、セリーを女湯まで連れて行く。
『ちょ!マスター!置いてかないでえ!!』
あれ?デジャビュ?
「…なら黙ってついてこい」
『あい…』
「てな訳でさ…少しでも一樹を認めてくれる人がいると、俺も嬉しいんだ」
「…そう」
一樹に関する事は分かった。なら…
「なんで…そんなに私と組みたがるの?」
「え?えと、それは…」
しばらく悩む様子を見せる一夏。
2秒後、ぴこんと頭の電球が点灯した。
「簪さんの専用機を見てみたいから!」
「ッ!」
バシンッ!
「…へ?」
「……」
呆然とする一夏を置いて、今度こそ簪は去っていった。
「なんであの子は怒ったのか、分からない件」
「ねえ織斑君、そんなに私とゆーっくりO☆HA☆NA☆SHIしたいの?」
「全力で遠慮させていただきます!」
考えろ…考えろ!でなきゃ地獄を見るぞ…!
「織斑君が私をどう思ってるのか、ちょっと問いただしたい件」
「一樹の彼女」
「絶対他にも思ってるよね?」
なん…だと…雪恵が、ふにゃけない⁉︎
まさか、隠れヤンデレとか考えてるのがバレ…ハッ!
「お〜り〜む〜ら〜くぅぅぅぅぅん‼︎」
「ま、待って⁉︎落ち着い…ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
教訓、やはり雪恵は恐ろしい。怒らせないよう細心の注意をすべし。
俺、織斑一夏との約束だぞ。
とほほ…
簪は部屋でルームメイトの邪魔にならないよう、布団を頭で被って携帯端末のテレビを見ていた。
画面の中では今日もヒーローが悪の怪獣を倒している。
その画面を見つめる簪の顔は無表情だが、これでも本人は楽しんで見ている。
そう、普段なら。
「(殴っちゃった…)」
最初に会った時には耐えられた。けど、今回は無理だった。
「(私…彼に甘えてるの?)」
他人に能動的な行動をするのは、簪にとって甘えだった。
けれど、最近は他人に(簪的には)甘えることが多くなったように思える。
一樹にOSを調整してもらい、雪恵には組み立てを手伝ってもらい、最近は姉とも和解した…
「それでも、これは自分で完成させなきゃ」
思わず声に出してしまい、簪は慌てる。幸い、ルームメイトは起きた様子はない。
「(危なかった…気をつけなきゃ)」
それから終始、専用機の事を考えると、織斑一夏の事が何故か思い浮かび、顔を赤らめる簪であった。
「かーくぅん…助けてよぉ…」
『今度はお前か…何があった?』
「織斑君に断られた専用機持ちたちが怖いよ…」
一樹は一瞬、ハイライトオフ状態のお前の方が怖えよと言いかけたが、すんでのところで止まった。
『まあ…何とかなるだろ!頑張れ!』
「他人事だと思って…かーくんの鬼!鬼畜!ドS!」
『お前もそれを言うか⁉︎』
やはり仲の良い2人だった。
「更識さん、一緒に食堂に行こうぜ」
とある情報筋から、今日は購買の業者が来れないことを知った俺は、更識さんの手を握った。
「奢るからさ」
「い、いや…」
そうも怯えた子ウサギのように身を縮まらせると罪悪感が…
けど、これ以上はもう引けない。何せ〆切は今日の5時なんだ。
…決して雪恵が怖いからとかじゃないぞ。イチカウソツカナイ。
俺は多少_____どころか、かなり強引に更識さんを連れて行く事にした。
「きゃああっ⁉︎」
更識さんをお姫様抱っこ。よし、これで逃げられないぞ。
「更識さん、軽いなあ…ちゃんと食べてるのか?」
「う、うるさいっ…お、下ろして……」
「じゃあ、掴まってろよ!」
「⁉︎⁉︎⁉︎」
「到着!」
無事食堂に着いたぜ…って痛い痛い!
バシッ!バシッ!バシッ!
と更識さんに何度も繰り返し頭を叩かれる。
しかも、そのうちに脚まで暴れさせはじめた…ってゴッ⁉︎い、今顎に入ったぞ⁉︎
「わ、ばか、こら。暴れるなって」
「ふーっ…!ふーっ…!」
猫のような威嚇をしてくる更識さん。うーむ、仕方ない。
「そんなに暴れるとパンツ見えるぞ」
「⁉︎」
俺の指摘に、ようやく自分の行動に気付いたのか、更識さんは大人しくなった。
「…さない…許さない…許さない…!」
その代わりに、呪詛のような事を呟かれ続けたが。とほほ…
「更識さん、さっきのは俺が悪かったから、その瓶を下ろすんだ」
更識さんの手には、一味唐辛子の入った瓶。そしてその目は、俺の白米に向けられていた!
「…自業自得♪」
そして容赦無く、俺の真っ白だった白米は、真っ赤な赤飯へと化した。
「ノォォォォォォォォォォォ!!?」
「ふふ…」
「…で、あるからしてISの対空制御は」
時は進んで5限目、簪は久々に
「(あんなに楽しいと思ったご飯は、久々かも…)」
正直、一夏に対する嫌悪は既に無くなっていた。それどころか、一夏と話していると胸が熱くなり、とてもドキドキする始末…
「(わ、分からない…一夏が、分からない…)」
もっと分からないのは、自分の気持ち。一体自分は、何をしたいのだろうか。
「(こんなこと、初めてで…自分が、分からない…何がしたいのか、分からない…)」
『分かんないなら、やってみれば良いじゃねえか』
「(えっ…?)」
聞こえたのは一夏の声。顔を上げると、いつもより凛々しく見える一夏の姿があった。
『俺と組もうぜ、更識さん』
い、いや…
『どうしてだ?』
だ、だって…分からないから。私は…分からないものは、いやだから…
『でも、そのままじゃわかんないままだぞ?』
そう…だけど…
『怖いことなんかないさ。俺に任せてくれ』
あ…ぅ…
いつも見ているヒーローアニメに出てきそうな言い回し。けれどそれが、何より心地よく感じた。
「な、俺と組もうぜ。更識さん」
「う、うん!」
いつになく興奮してるらしく、目の前の一夏の手を掴むと同時に立ち上がっていた。
「(…あれ?)」
ふと気づく。
目の前の一夏が消えないこと、そして外からはオレンジ色の夕日が差し込んでいた。
「…あれ?」
「やったぁぁ!組むって言ったな!早速登録しに行こうぜ!あと雪恵にも連絡しなきゃ!」
「…あれ?」
簪の意識が戻ったのは、タッグマッチの登録を終わらせ、第4整備室で待ち合わせをした後だった。
とうとうタッグを組むことになった一夏と簪!
一樹が知ったらどうなるかな…ガクブル
P.S感想はどの話に対しても大歓迎です!
読み直した結果、コレはこの伏線だったのか!と答え合わせとして使って下さい(笑)
いやほんと感想下さい切実に(泣)