そして約束の日の朝…一樹は一夏達の部屋に来ていた。
コンコン
「…誰か起きてるか?」
コンコン
ええ…こんな朝早くに誰?まだ眠いし、ちょっと悪いけど無視しよう…
『…誰か起きてるか?』
ガバッ←布団から勢いよく出る音。
シュタタ←服を抱えて風呂場に急ぐ音。
バタン←ドアを閉めた音
ババッ←一瞬で着替えた音
声で一樹だと判断し、ここまで僅か10秒。ドアに向かおうとしていた一夏も驚くほどの速さだ。
ガチャ
「おはようかーくん!」
「おはようかーくん!」
「……なんか、ごめんな」
「え?どうして?」
「…髪型」
「ふぇ?」
一樹は申し訳なさそうに雪恵の頭を指差す。雪恵が頭に手をやると、普段は綺麗に整えられている黒髪の一房が、アンテナの様に立っていた。
「……ッ!!?」
ビュンッ!と効果音が聞こえるのでないかという速さで雪恵は洗面所に戻った。苦笑いを浮かべながら、一樹はこの部屋もう1人の主に声をかける。
「入って良いか?一夏」
「おう。そろそろ来ると思って珈琲準備しておいた」
部屋に入ると机の上で美味そうな湯気を立てている珈琲に緑茶に紅茶があった。
「…じゃ、遠慮なく貰うぜ」
一樹は慣れた様に珈琲に手を伸ばす。ひと口飲み、ほっとひと息つく。
「…悪いな。こんな朝早くから」
「俺は気にしてない。どうせいつも6時には起きてるしな」
ちなみに現時刻は8時である。休日に行動を開始するにはすこし早い時間かもしれない。だが、この時間にせざるを得なかったのだ。
「(…またアイツ等が来られても面倒だからな)」
夏休みに箒達がS.M.S本社に来た時を考慮した一樹は朝から行動すると決めていた。
ガチャ…
「お、お待たせ…」
まだ顔が赤い雪恵が洗面所から出てきた。その頭に、可愛らしいヘアピンをつけて…
「…そのヘアピン、まだ持ってたんだな」
一樹は懐かしそうに雪恵に言う。そう、今雪恵がつけているヘアピンは…
「だって、コレはかーくんが初めてくれたプレゼントなんだもん…」
雪恵が6歳の誕生日の時に一樹が贈ったものだった。雪恵の名からとって、雪の結晶というシンプルなデザインで、雪恵の大のお気に入りとなったのだ。
「…ありがとな。話は変わるけど、一夏が紅茶淹れてくれたぞ」
「あ、本当だ。貰っていいの?」
「もちろん」
一夏から許可を貰った雪恵は、ミルクをひとつ入れ、美味そうに紅茶を飲む。雪恵が紅茶を飲んでいる間に、男子2人は準備を始める。一樹はIS学園の制服(冬服)を脱ぎ、ネクタイを締めてS.M.Sの上着を羽織る。
「ふぅ…やっと良い温度になった」
小声でそう呟く一樹。S.M.Sの上着の働きによって、漸く適正温度を感じられたためだ。なにせ普段は教室と食堂以外、空調とは名ばかりの整備室で過ごし、真夏日でも冬服を着せられてる(あまりの暑さにボタンは全開けだが)上に、まともな風呂も入れないのだ。これが一樹でなかったら2日目で体が壊れていただろう…
「…マジでシャワーだけでもここ使えよ」
そう一樹に提案しながら一夏もS.M.Sの上着を羽織る。今日の昼までは一夏もS.M.Sの人間として行動するのだ。
「馬鹿が。実質今教師達が夜に見回ってるのはな、俺が“生徒”の部屋で生活してないか確認するためなんだから出来る訳ねえだろうが」
新しい上着を取り出しながら一夏に言う一樹。
「ほい雪。ちょっとコレ着てくれ」
取り出すと同時に紅茶を飲み終えた雪恵に、新しい上着を渡す一樹。雪恵はIS学園の制服(夏服)の上に上着を羽織った。
「!?え?何コレ?…え?」
上着の適正温度変換機能に、雪恵が戸惑いの声を上げるが、男子2人は笑うだけだ。それに、すこし時間が押している。
「説明は着いてからしてやるよ。行くぜ」
校門から出た3人。一樹と一夏はすぐに携帯を操作した。雪恵が不思議そうに見るが、次の瞬間驚愕の声を上げた。理由は____
「えぇぇぇぇぇ!?」
無人のバイク2台が一樹と一夏の前に止まったからだ。
「ほい雪、メットは被ってな。俺と一夏、どっちの後ろに乗る?」
「かーくん!…っていや、まずこのバイクの説明を…」
「はいはい、とりあえず乗れって」
愛車、ビートチェイサー3000・ブルーフレームに跨る一樹。渋々と言った顔で雪恵は一樹の後ろに乗る。その後ろでは一夏もトライチェイサー2000改・ブラックヘッドに跨っていた。
「んじゃ、行くぜ」
「出発だ!!」
ビートチェイサー3000を先頭に、2台のバイクがIS学園から離れていった。
その頃の一夏の部屋では…
「一夏、朝食を食べに行くぞ」
箒達が一夏の部屋を訪問していた…が、当然返事がある筈が無い。不思議に思う5人だが、偶々通りがかった千冬の『織斑なら田中と朝から外出している』発言に、新たなライバル出現!?となっていたのは別の話。
バイクを1時間程走らせ、S.M.S本社に到着した3人。さっさと入ると、先に連絡しておいたからか、祐人が待っていた。
「おはよう2人とも。初めまして田中さん」
「な、何で私の名前を知ってるの!?」
「簡単だよ。俺が教えたから」
「教えてたんなら先に言っといてくれないかな!?」
流れる様にツッコミを入れる雪恵。面倒くさそうに一樹は頭を掻くと一言。
「S.M.Sの人間は皆が皆、雪の事を知ってる、説明終わり」
「いや、それで納得出来るわ「そうなんだ、なら自己紹介は必要ないね」…分かってた、雪恵はこういう子だって、分かってた」
どんよりと肩を落とす一夏。そんな一夏に、祐人は苦笑いを浮かべながら肩を軽く叩くのだった。
「今日雪に来てもらったのはあるモノを渡すためなんだ」
「…あるモノ?」
エレベーターで移動する3人、移動しながら雪恵に話す一樹。
「ああ。雪が起きたから、お祝いに束さんが専用機を作るって言い出したんだけど…」
「ちょっと待ってそれは色々まずくない!?」
「まずいな。現に代表候補生でもない篠ノ之が専用機を持ってる事で色々問題が上がってるし。まあそこら辺は知ったこっちゃねえがな」
他人の事情に首突っ込むもんじゃないし、と一樹は続ける。
「…まだ箒ちゃんの事怒ってるの?」
「いや、全然」
「…ならなんで?助けないの?」
「アイツの『ヒーロー』は俺じゃない」
「あ(察し)」
雪恵は納得したが、もう1人の搭乗者は違う様だ。
「え?箒のヒーローって誰だ?」
「「……」」
呆れを通り越して無視する一樹と雪恵。タイミング良く、目的の階に着いた様だ。
「…着いてきてくれ」
一樹の先頭に、3人はある部屋へと向かう。
「…ここだ」
エレベーターから降りて数分程歩くと、一樹はある扉の前で止まった。コンソールパネルを押し、扉を開く。
「…雪に渡すのはコレだ」
扉の奥で、雪恵を待っていたのは…
「『アストレイ・ゼロ』。シャルロットに与えた機体より先に開発されたモノだな。ストライクのバックパックが流用出来るのに加え、他にも豊富な追加装備が出来る。中々拡張性が高い機体だぜ」
「コレを…私に?」
雪恵に機体説明をする一樹。だが、一夏は機体名に驚く。
「
「…は?」
「…は?じゃねえ!!お前以外にゼロシステムが扱える奴なんてS.M.Sでもいないだろうが!!」
「…いや、ゼロって名前はあくまで『最初の機体』って意味だから。ゼロシステムを搭載させとく訳ねえだろ。プラスそんなモノを世界に公表すると思うか?」
「…あ」
「納得してくれたようで何よりだ。さて、初期設定しちまうか雪」
「うん!!」
近くに用意しておいた更衣室に雪恵は向かう。雪恵が着替えている間に一樹は一夏に説明する。
「アストレイ・ゼロを雪の専用機にした理由はもちろん快復祝いってのもある。束さんのプレゼントってのもある。だが、1番の理由として…」
「雪恵を守るため…か?」
「…俺もガキじゃない。自分だけで守りきれるなんて思っちゃいねえしな。身を守る手段を渡したかったんだ…」
束からもプレゼントとしてコアを貰っている。問題点である所属はS.M.Sなので問題無い。ただ…
「…本当は別の機体渡したかったんだけどな…『生徒』として学園に通ってるから雪には情報公開の義務がある。だから___」
「…大した情報は無いアストレイ・ゼロにしたと?」
「…ああ」
世代的には第二世代の機体であるアストレイ・ゼロは、S.M.Sが作ったとしても所詮第二世代なのだ。あまり世界に情報公開しても意味がない。S.M.S独自の技術をあまり使っていないのも選ばれた理由だ。
2人が話していると、漸く雪恵がISスーツに着替えて戻ってきた。
「じゃ、お願いね!」
専用機を与えられて嬉しいのか、明るい笑顔でアストレイ・ゼロに背中を預ける雪恵。一樹はすぐに空中投影キーボードを高速で叩く。ものの数十秒で初期設定、第一次移行は終了した。
「…解除してみて」
一樹の言葉に、雪恵がISを解除すると、アストレイ・ゼロは右手中指の指輪になった。
「ありがとう!かーくん」
「…ああ。さて、ちょっと動かしてこい。相手は一夏だ」
「うん!」
しばらく雪恵は、一夏を相手にアストレイ・ゼロの調整をするのだった。
では、また次回。