人と光の“絆”   作:フルセイバー上手くなりたい

135 / 150
伝説の最後編、開幕です!!!!


Episode130 比古清十郎−マスター−

少年はずっと独りだった。

1人ではなく、独り。

兄弟も親もいない、独り。

どうやって生きていたのか、誰にも知る由はない。

比古清十郎がその少年と出会ったのは、少年が3歳ぐらいの時だった。

いつも通り村でお気に入りの酒を買い、いつも通り家に帰っていた時だった。

「…む?」

家に帰る時に通らなければならない林道。田舎故に、たまにゴロツキ共が出てきたりするが、比古にはちょっとした運動代わりだった。しかしあまりに苛めすぎたからか、近頃はゴロツキ共を全く見ていない。そんな林道で、比古は人の気配を感じた。

「…行ってみるか」

護身用に持っている仕込み杖を手に、比古は林道の奥に向かう。

そこで見たのは…幼すぎる少年が、動物達の墓を作っていた。手頃な石で穴を掘り、犬や猫などの死骸を弔っていた。まるで、友を送る様な目で…

森で暮らしているのか、服のサイズがめちゃくちゃだ。おそらく、捨てられていた服を着ているのだろう。

「…だれ?」

比古の気配を感じたのか、少年が振り向く。

「驚かせたな。俺は比古清十郎っていうんだが、おまえさんの名前は?」

「…さくらいかずき」

「…親は?」

「しんだ」

比古は愕然とした。どうみても生まれてから数年しか経っていない少年が、こんな林の奥で生きているなどと…その時、比古は決断した。

「…一緒に来い。お前をせめて自立出来るくらいまでは育ててやる」

 

 

「…………夢、か」

随分と懐かしい夢を見た。

まだどこの【世界】も行ってなく、独りで生きていた頃の夢だ。

「いっつう…」

ゆっくりと起き上がる一樹。全身に痛みが走り、全身を見回すと…

「手当てしてある…?」

包帯が巻かれているのに軽く驚く。辺りを見回すも、見覚えのない小屋だ。

「(セリーが咄嗟にテレポートしたのがここだったのか?)」

そこまで考え、漸く気付く。近くに、雪恵もセリーもいないことに…

「ッ!!!!」

傍に置かれていた逆刃刀を拾い、大急ぎで小屋を出る一樹。

 

「起きたか」

 

「…え?」

聞き覚えのある声に一樹が振り向くと、釜の前で焼けた器を取り出している壮年の男性。

その男性に、一樹は見覚えがあった。いや、見覚えのあるなんてものではない。何故なら、その男性は_____

「…師匠」

「…久しぶりだな。バカ弟子」

_____一樹に飛天御剣流を教えた師、比古清十郎なのだから。

「…あなたが拙者をここへ?」

「ああ。あの嵐の後、流木を拾いに行った。まさかお前が落ちているとはな…」

「…拙者の他には誰か?」

「そのおかしな刀が抜き身で落ちていただけだ。何だ?心中でも計ったのか?」

「それはどの海岸ですかどの方角に行けば!!?」

「無駄だ」

一樹の言葉に、冷酷に返す比古。傍に置いといていた樽から柄杓で酒を掬うと、小皿に入れて一気に飲む。

「お前は3日間眠っていた。3日海にいたら、誰も助かるまい」

比古の言葉に、膝から崩れ落ちる一樹。

「3日間、も…」

愕然とする一樹に、比古は冷たく言う。

「何だその顔は?出会った頃と変わらんな。この世の全ての悲劇を背負うつもりか?」

「……」

比古の言葉に、何も返せない一樹。

しばらく呆然としていると、ポツリポツリと話し出した。

「…夢を見ていました」

「ん?」

「師匠と初めて会った時の夢を…無数の屍に囲まれて、ただただ墓を掘っていた…」

「……」

小屋に入ろうとする比古の背中に、一樹は声をかける。

「師匠…お願いがあります」

「…?」

「昔、筋力が足りないという事で出来なかった飛天御剣流奥義を…お教え願いたい!」

「なんだと?」

涙を浮かべながら言う一樹に、比古は続きを促す。

「拙者には倒さねばならない者がいる…拙者を憎む藤原修斗が世界を脅かしています。奴が世界を取れば、多くの人が苦しむ事になる…時間が無い。お願いします…」

膝を折り、深々と頭を下げる一樹。

しばしの沈黙の後、比古が発した言葉は…

「…良いだろう」

手頃な木の枝を拾って軽く振るい、一樹に近付く比古。

「暇つぶしに、話を聞いてやろう。バカ弟子のお前が俺の元を去ってから、何処で何をしていたのか」

強引に一樹を自分に向かせる比古。

「…その可笑しな刀で、証明してみせろ」

「……」

 

 

「3人の目撃情報はまだ無いの?」

「申し訳ありませぬ…」

「そう…」

翁からの報告に、深いため息をつく楯無。

藤原の京都大火作戦を阻止したは良いものの、その1番の功労者である一樹と、その恋人の雪恵、妹(ポジション)のセリーが行方不明となってしまった。現在、【更識】の全精力をもって捜索しているが、結果は芳しくない…

「あの3人は絶対に生きてる…決して捜索をやめないで」

「御意」

 

 

浦賀に陣取っている【煉獄】の中では、正治が藤原の怒りに触れていた。

「ふ、藤原様!ど、どうかお許しを…ガハッ!?」

雪恵が波に流された原因である正治に、藤原は強烈なハイキックを決める。

「おいお前…ゼットンならともかく、雪恵さんを海に落とすってどういう神経してんだ?あ?言えよ…言ってみろよ!」

「い、いえ!雪恵様を落とすつもりなど全く有りませんでした!」

「結果落ちてんじゃねえかよ!!」

「ごっ!?」

正治の首を掴み、何度も壁にたたきつける藤原。

「か、勘弁してくだせえ!」

「は、離してくだせえ!」

そこに、村田が縄で縛られた漁師2人を連れてきた。

「修斗、落ち着け」

「…何だそいつらは」

「なに、こいつらが()()()()()()()()()()()を病院に連れて行ったって言うんでな」

「…ほお」

正治を放り投げると、縛られている1人の胸倉を掴み上げる藤原。

「それは本当なんだろうな…?」

「…!…!」

必死で頷く漁師。

「…良かったな正治。お前の命が拾われてよ」

漁師を離し、花澤から受け取った酒を飲む藤原。そこに宗太が近づいて来た。

「藤原さん、あまり面白くない知らせです」

「…言ってみな」

「とある海岸で、左頬に十字傷がある青年が運ばれているのを見た漁師がいました」

左頬に十字傷…それが示す人物は、1人しかいない。

「…へえ、案外しぶといじゃんか」

「どうしますか?僕が探しに行きます?」

「いや…」

宗太の提案に首を振る藤原。

「面白い事を思い付いた。ただ世界を盗るより、もっと面白い事をな…」

 

 

「ガッ!!?」

比古の一撃で吹き飛ばされた一樹。逆刃刀で何とかブレーキをかけて止まるが、その大きな一撃は、一樹の傷口を開かせるには充分だった。

「…飛天御剣流は自由の剣だ」

木の枝を持ち、軽く柔軟をする比古。

「人々を時代の苦難から守るためのみに使え、決して権力には組さない…だがお前はその教えを破り、今なお政府に力を貸している。邪心か?それとも野心か…?」

「邪心でも野心でもない…これは拙者なりに、人々を苦難から救うために意を決してのこと…!」

呼吸を整え、比古に向かって走り出す一樹。比古は足元にあった雨水の溜まった桶を蹴飛ばす。

「ッ!」

桶は迎撃するも中に入っていた雨水をまともに受ける一樹。

「頭は冷えたか?」

「…ッし!」

改めて比古に向かって駆け出す一樹。

逆刃刀の攻撃を、比古は見事に木の枝で捌く。それどころか、一樹がボコボコにやられている現状だ。一樹の攻撃は一撃も当たらず、比古の攻撃は面白い程に当たる。宗介や一夏達が見たら驚く光景だ。

「うおらッ!!」

「あがっ!?」

比古の前蹴りを喰らい、斜面を転げ落ちる一樹。起き上がろうとしたその瞬間、比古が枝を振りかぶって降りてきた。

「ッ!!?」

何とか横に転がって避ける一樹。着地した比古は、独特の構えを取る…

「(この構えは…!?)」

それに一樹が気付いた時には、もう比古は動き出していた。

飛天御剣流の神速を最大限活かし、回避も防御も不可能な技、【九頭龍閃】が放たれる。

「ガッ!?グッ!?」

「ハッ!!」

「ゴッ…」

最後に放たれた突きにより、とうとう枝が折れた。

「フンッ」

使い物にならなくなった枝を捨て、尚一樹と対峙する比古。

「はぁ、はぁ、はぁ…」

呼吸を整えて再び立つと、再度一樹は駆け出した。

 

 

警視総監の川司や、その他の護衛と共に浦賀に現れたのは現内務卿である【伊藤博昭(ひろあき)】だ。

…藤原の作ったダーク・フィールドもどきの影響で、今の世界技術はどんどん退化している。なので、ここまで来るのに馬車を使わざるを得なかった。

藤原達の姿を見て、警戒を強める周りに静かに告げる。

「…取って食いはしまい。行くぞ」

「「「「はっ!」」」」

最初に伊藤達を出迎えたのは、顔中に湿布が貼られた正治だった。

「これはこれは。【内務卿】伊藤博昭閣下直々にお越しいただくとは、光栄の極み」

嘘くさい言葉の後、席に誘導。伊藤の護衛と藤原の部下が睨み合う中、会食が始まった。

「へえ、美味いじゃん」

出された肉料理に舌鼓をうつ藤原。

「海外留学の賜物かい?」

「……」

藤原とは対照的に、伊藤は時間をかけて咀嚼している。漸く飲み込むと、隣の川司に言う。

「…毒は入っていないようだな」

「そうですね」

その言葉に、堪えきれずに笑う藤原。

「あははは!そんなショボい手は使わないよ!安心して食べな!」

豪快に笑って食べるその姿は、やはりまだ十代の青年。その青年が、今世界を脅かしているなんて、知らない人が聞いたら信じないだろう。

「はー笑った笑った。さて、そろそろ本題に入ろうか」

「…何だね?」

声音と表情が変わった藤原を警戒する伊藤に、藤原は聞く。

「アンタ、()()()()()()()んだ?」

「……」

()()()()()()()その立場になったんだ?」

「……」

黙る伊藤。その時、ガンッと音を立てて1人の老人が立ち上がる。

「貴様!内務卿に対して_____」

老人の言葉は、最後まで続かなかった。

村田がその老人をテーブルに押さえつけ、ステーキナイフで突き刺したのだ。

「ウガッ…」

「何をしている!!?」

「やめろ!!!!」

川司を始めとした護衛の者が急ぎ近付くが…もう手遅れだ。

「はは、使い方を間違っちゃいけないねぇ」

飄々と笑う藤原。

そして、伊藤は…

「座れぇ!!!!!!!!」

威厳のある声で、伊藤が怒鳴った。

静まり返る中、もう一度伊藤は言う。

「座れと、言っているのだ…!」

その声に、川司達が席に着く。

「…阿部内務卿大臣は、()()()より、ここに来る()()()急死なさったと…世間にはそう伝えろ」

「…はい」

川司に命令する伊藤を、藤原は鼻で笑う。

「お得意の手だな。都合が悪い事は何でも闇に葬る」

「…それが【政治】というものだ」

「人を見殺しにするのも【政治】って訳かい?」

しばらく睨み合う2人。

そして、伊藤はおもむろに赤いハンカチをテーブルに叩きつけた。

それは、交渉の決裂を示していた。

「…話にならんな」

伊藤とその護衛が席を立とうとした、その時だった。

伊藤を除いた全員の首元に刃が突き立てられ、護衛の警官達は藤原の部下が囲っていた。

「や、やめろぉ!」

「うわぁぁ!!」

「ッ!!?」

伊藤が驚愕しているすぐ後ろでは、藤原が宗太から無限刃を受け取っていた。

「なるほど…その【政治】とやらのせいで、不自然な死を迎えた人は見殺しにさせられた訳か」

ゆっくりと無限刃を抜くと、伊藤の眼前に突きつける。

「僕が何も知らないと思っているなら大間違いだぜ?知ってるんだよ。お前らに忠実な【犬】がいるって事はな」

「犬、だと…?」

「あのクズ、櫻井一樹だよ…命が惜しければ奴を見つけ出して、民衆の前で晒し首にしろ。そうだな。IS学園辺りが良いな」

「何だと!?この時代に晒し首など…!」

憤慨する川司だが、首元に村田の槍があるため動けない。それを横目に、藤原は続ける。

「お前たち政府は自分たちの悪行を隠蔽し、今の世界は平和だと民衆を欺こうとしている!んな事が許されると思うなッ!!」

伊藤の鼻先で無限刃を振り下ろす藤原。

その切っ先に、ドス黒い炎が噴き上がる。

「ッ!?」

思わず半歩下がる伊藤に、藤原は炎が走る切っ先を向けた。

「アイツが生きているという罪状と共に、お前達の悪行を民の前に晒せ」

「……」

その翌日、日本全国に【左頬に十字傷がある男】が指名手配された。

 

 

ドガァァンッ!!

「これはどういう事か説明しやがれゴラァ!」

そんな口調と共に、川司の部屋の扉を蹴破って現れる宗介。その手には、和風姿の一樹が描かれた指名手配の紙が…

「…藤原の要求だ」

「あ?何で藤原の要求聞いてんだよ!それに何だこの罪状!コレは全部ビーストが食い殺した人達のじゃねえか!アイツが殺したわけじゃねえぞ!!」

川司の胸倉を掴んで叫ぶ宗介。

当然後ろから警官が近付くが、川司が目でそれを制する。

「藤原はあらゆる手で政府に揺さぶりをかけている!突っぱねる事など出来ん!!」

荒々しく宗介の手を振り解くと、川司は続ける。

「…一樹君の事だ。そう簡単に我々警察には捕まらん。その間に、あの軍艦の情報を集め砲台を設置し「要するに一樹は捨て駒って訳か?」…言葉が過ぎるぞ宗介君」

険しい表情を浮かべたまま、宗介は部屋を出ようとする。

「アンタらがまさか、恩を仇で返す人達だとは思わなかったよ」

「……」

何も言えない川司を他所に、宗介は部屋から出て行った。

 

 

京都の葵屋にも、手配の紙は出回っていた。目を通した一夏は、その紙を床に叩きつけた。

「ふざけんな!!何でアイツが!!!」

一方、一夏よりは冷静な弾が意見する。

「だけど一夏、政府から手配されてるって事は…一樹が生きてるって証じゃないか?」

「ッ!?こうしちゃいられねえ!おい弾行くぞ!早く準備しろ!」

「行くって、どこに行くんだよ!?」

「東京に決まってんだろ馬鹿か!?」

「のやろ…事が終わったら覚えてろよ…!」

ドタドタと男子2人が動く中、簪は電報を受け取っていた。

藤原のフィールドの影響は、こんな所にも来ていたのである。

「申し訳ありません、1通だけ着払いがありまして…」

「あ、分かりました」

郵便局の担当者にお金を払い、翁に渡す簪。

「翁、何か着払いで電報が来たよ」

「着払いですと?どこの非常識人なんだか…」

ぶつぶつ文句を言いながら差出人を見る翁。

「ッ!?お嬢!これを!」

興奮気味に翁が差出人を見せる。不思議に思った簪が覗き込むと…

「え!!?セリーちゃんから!!?」

慌てて電報を読む簪。その内容を皆に伝え、急ぎ移動するのだった。

 

 

セリーからの電報に書かれていたのは、自分と雪恵が生きていること、そして病院で入院していることだった。

急ぎ一夏たちが病院に向かうと、ベッドの背を立たせて座るセリーと、その隣で眠っている雪恵が…

「「!!?!!?」」

その雪恵の姿を見て、顔が青ざめる一夏と箒。

それを察して、セリーが話す。

「…ユキエはただ眠ってるだけ。脳に問題は無いって」

その言葉にホッとする2人。

「ご家族の方ですか?」

「いえ、学友です」

「そうですか…」

医師が説明してくれた。岸に流れ着いた2人を、近くを通りかかった漁師がこの病院に連れて来てくれた事を。すぐに目が覚めたセリーが、電報を送った事を。

「…タテナシにカンザシ、お金払わせちゃってごめんなさい」

「良いのよセリーちゃん。お陰でここが分かったのだから」

「2人が生きててくれただけで、充分だよ」

着払いで電報を送ってしまった事を謝罪するセリーに、更識姉妹は笑顔で首を横に振るのだった。

「…ねえ、ダン」

更識姉妹に謝罪を終えたセリーは、弾が握っている紙に注目した。

…どうでも良いが、セリーが弾をダンを呼ぶと、モロボシ・ダンとの区別が付きにくいのが難点である。

「ん?何だ?」

「…その手に持ってる紙、見せて」

「え?あ、いや、これは…」

しどろもどろに紙を後ろに隠す弾。

「見せろ」

「はい」

しかしセリーの目力に負けた。冷や汗をかきながら紙を見せる弾。

その内容を見たセリーは、何気なく右手を伸ばす。そう、一夏の方へと。

「うおっ!!?」

突如セリーの元へとすごい速さで引き寄せられる一夏。

そして己に近付いた一夏の胸倉を掴み、絶対零度の眼で睨むセリー。

「…おい、この紙について説明しろ」

「え、ええと…」

冷や汗をダラダラ流しながら目をそらす一夏。

それを見たセリーは、手配書を小脇に置き、空いた左手を一夏の眼前に突き出す。

「ストップストップ!知ってる事全部話すからそれだけは!!!!!!!!」

一夏魂の叫びである。

「…話せ」

体制はそのままに、セリーに自分が知っている事を話す一夏。

話が進む程、セリーの表情は険しくなっていく。

「…で、カズキは今どこにいるの?」

「目下捜索中です」

「…チッ」

荒々しく一夏を突き飛ばすセリー。

「…こんな体じゃ無かったら、私も探しに行くのに」

左腹部に軽く触れるセリー。

あの煉獄から抜け出した後、自分を縛っていたロープを切断してくれた一樹。そして、その一樹を狙って放たれた1発の銃弾。

一樹を貫通したその弾丸は、セリーをも傷つけていたのだ…

 

 

土砂降りの雨の中でも、比古による一樹の再修行は続いていた。

「はぁ、はぁ、はぁ…」

大地に倒れ、肩で息をする一樹に、比古はやはり冷たく言う。

「何度も言った筈だ。【剣は凶器、極意は殺生】どんな綺麗事やお題目を並べたところで、それが真実…お前のその薄甘い理想と、今目の前にある脅威。そのどちらも守りたいなど、手前勝手なわがままだ」

「…あぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」

気合を入れて起き上がり、比古に立ち向かう一樹。

しかし比古は一樹の攻撃を全て捌き、一樹の背を大木に押し付けた。

「くっ…」

「そんな腕で、奥義を会得出来ると思ってるのか?」

「…ッし!」

とにかく比古に一撃当てようと、一樹は全力で挑む。比古もそんな一樹の意思を感じたようだ。

「そうだ…雑念を振り払い、技のみを研ぎ澄まさせろ…!」

飛天御剣流だけではなく、一樹は今までの戦いで得た経験を総動員して動く。

姿勢を低くし足払いを仕掛けるが、比古にはそれを片足を上げる事で避けられる。

避けられる事を想定していた一樹はその状態でバック転。比古に蹴りを放つ。

「チッ!」

初めて比古の動揺が見えた。一樹は決して引かずに連続で攻める。逆刃刀を縦横無尽に振るい、比古の回避コースを特定すると、今放てる最大の技、九頭龍閃を放つ!

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

それに対し、比古はニヤリと笑うと、同じく九頭龍閃を放って対抗する。

2人の攻撃がぶつかり合い、そして_____

「ガァァァァァァァァ!!?!!?」

_____一樹が全て打ち負けた。

倒れて動かない一樹を見て、比古は呟く。

「あの頃は、何度も向かって来たぞ」

 

『グッ!?』

『ガッ!?』

『…うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 

「打たれても…打たれてもな!」

「…あ''あ''あ''あ''ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

再び立ち上がって比古に向かう姿は、かつて比古が一樹に飛天御剣流を教えた時と重なるのだった。

 

 

穏やかに眠っている雪恵を、懸命に看病する楯無と、それを手伝うセリー。

「…セリーちゃん、桶の水を替えてきてもらって良いかしら?」

「ん、分かった」

楯無に頼まれ、病院裏の井戸で水を汲むセリー。

「…ん、これくらいだね」

新しい水を持って病室に向かう途中、楯無が看護婦から新しいタオルを貰っているのが見えた。

「タテナシ?」

「あ、セリーちゃん」

「何でタオル替えてるの?」

「ああ…セリーちゃんに行ってもらってすぐに、間違って落としちゃったのよ」

「なるほど」

談笑しながら部屋に戻る2人。

「(…あれ?前にこんな事無かったっけ?確か…)」

セリーが首を傾げて数瞬、血相を変えて走り出した。

「セリーちゃん!?」

驚く楯無を他所に、セリーは走り続ける。

「(前は、カズキが入院してた時。そしてその時カズキは…大怪我の状態で抜け出してた!)」

そして、その一樹と一緒にいる雪恵の事だ。恐らく…

「…やっぱり!」

病室に駆け込んだセリーの目には、空いたベッドが映っていた。

 

 

潮風を感じながら、少女…雪恵は海岸に立っていた。その脳裏に浮かぶのは、煉獄で一樹が叫んでいたあの時…

 

『…藤原ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

あれだけ一樹が怒りを…いや、殺意を露わにした事があっただろうか。少なくとも、雪恵の記憶(案内人(ナビゲーター)時代も含めて)には無い。ブチ切れる事は多々あるが…主に一夏と楯無に。

「私…かーくんの事あまり知らないんだな…」

出会った時には、既に逆刃刀を持っていた。既に飛天御剣流を(ほぼ)会得していた。僅か4歳程で。

そして…出会った時には、既にあの悲しい眼をしていた…

たまに思う時がある。一樹が本当に自分と同い年なのか。

いつ…修羅場を経験していたのか。

そこまで考えたところで、雪恵は首を振るう。

「…かーくんは、かーくんだもん」

自分の大切な人である事に変わりはない。

「…よし!」

決意を決めた所で、自分を呼ぶ声が聞こえる。振り返って叫び返すと、大事な義妹が目の前にテレポートしてきた。

「ユ''キ''エ''ェェェェ!!」

大泣きしながら抱きついてくる義妹、セリーを受け止めて、優しくその頭を撫でる。

「ごめんね、書き置きしておけば良かったね」

「ユキエのバカ…」

「あはは…」

ついこの間一樹に言った言葉が、自分に返ってきてる事に苦笑する雪恵。

「「「「雪恵!!!!!!!!」」」」

ほかの仲間達も、肩で息をしながら近付いてくる。

「もう!心配したのよ!!?」

「ごめんなさい楯無さん。ちょっとお散歩したくて」

「ったく、いきなりいなくなるのは流石一樹の彼女ってとこだな」

呆れ顔の一夏の言葉に、雪恵は頬を膨らませる。

「むっ、かーくんの【お散歩】は国レベルだもん!私は近場だもん!」

「スケールの違いじゃねえよ!後それは笑えないからやめてくれ!」

何度か経験があるのか、顔を青ざめる一夏と弾。

「さて」

仕返しも済んだところで、雪恵は移動を始める。

「?ユキエ、どこ行くの?」

セリーの問いに、決まってるでしょ、と返す雪恵。

「東京だよ」

 

 

夜の小屋で、比古は小皿に酒を注いでいた。

「お前も呑むか?俺が作った皿だ」

「…いただきます」

後ろの一樹に小皿を渡すと、自分の分の小皿を取り出す。

「…何故陶芸の道を?」

「ん?さあな…強いて言うなら、自分のためだけの皿で、自分のためだけの酒を呑む…その程度の事だろう」

「なるほど…」

酒を呑み、少し落ち着いた一樹は、懐かしむように言葉を続ける。

「そういえば、あなたはいつも言っていた。春に夜桜、夏に星、秋に満月、冬には雪。それを愛でるだけで酒は充分美味い。それでも不味かったなら、それは自分の心が病んでる証だと」

「…俺からもひとつ聞いて良いか?」

一樹が聞く体制になるのを見た比古は続ける。

「…6年前、お前が【人殺し】と呼ばれた理由は何だ。お前の甘っちょろい性格を知ってる俺から見たら、お前が人を…しかも幼い女の子を殺すとはどうしても考えられなかった」

「……何故師匠がその事を」

「当時、小さくだが新聞に載っていた。しかも当時は既に情報社会だ。お前の顔は既に広まっていたんでな」

「……ヤツの仕業か」

「恐らくな」

数秒止まっていた一樹は、近くに腰を下ろすとゆっくりと語った。あの事件の真相を…全て語り終えた一樹に、比古は何を思ったのか。

「……お前が原因で、今世界は危機に陥っているということか?」

「そこまで極端ではありませんが、理由の一端は自分にあると思います」

しばらく無言の時間が続いた。

それを打ち破ったのは、やはり比古だ。

「斬らずに、勝てる相手なのか?」

()()()()ではなく()()んです。そのためには…命に代えてでも、ここで奥義を会得しなければ」

一樹がそう言った瞬間だった。

「愚かな…」

低い声でそう呟くと、一瞬で熱の篭った火箸を一樹の喉元に突きつける。

「…だったらここで死ぬか?」

「……その後に、師匠が藤原を倒してくれるのなら、俺は何度でも死ねる」

動揺をまるで見せない一樹に、比古は…

「…時間をやる」

持っていた火箸を投げ捨てると、小屋の奥に向かう。

「お前に欠けているものが何か、その馬鹿な頭で証明してみせろ」

 

 

小屋を出て、満点の星空を見上げる一樹。

「(自分が優れてるなんて考えた事は無い…むしろ、守り切れていない大罪人だと思っている。だけど、師匠はまだ俺に大切なものが欠けていると言う。俺に…欠けているもの…)」

 

 

小屋の奥にある、比古が自ら打った刀。それを持ち、比古は呟く。

「…奥義伝授があろうとなかろうと、明日が今生の別れだな」




一樹は、奥義を会得出来るのか…!?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。