まあ短いんですけどね!!!!
涼を撃退したその夜、一樹は葵屋で白木の鞘から逆刃刀を取り出していた。
目釘を外した後に布で刀身を持ち、白木の柄からゆっくりと抜く。
「…ん?」
今まで柄に隠れていた部分に、ある句が彫られていた。
我を斬り 刃鍛えて 幾星霜
子に恨まれんとも 孫の世の為
「……」
その句を見た一樹の脳裏に、夕刻の青空との会話がよぎる。
「青空殿…これは…?」
白鞘を示して聞く一樹に、青空は答えた。
「…逆刃刀・
「真打?」
「ええ…殺人剣ばかり作り続けた父が、深い悔恨と僅かな希望を込めて打った御神刀です。御神刀を打つ時、刀鍛冶は2本打つのが通例です。出来のいい【真打】は神に捧げ、もう1本の【
「では…」
「はい。昔父があなたに渡したのは、影打やった…」
赤空の想いがこもった刀、逆刃刀・真打をそっと握る一樹。
「…その刀は、あなたがお持ち下さい」
「!?良いのですか!?」
青空から発せられた驚愕の言葉に、思わず素に戻る一樹。
「ええ…きっと、父もそれを望んでいるでしょうから…」
穏やかな笑みで言う青空に、深々と頭を下げる一樹。
「…ありがとうございます」
「いえいえ…ところで、あの口調でなくて良いんですか?京都は広いようで狭いですよ?」
悪戯っぽく笑う青空に、一樹も笑顔で応える。
「…お気遣い、感謝するでござるよ」
「…ご武運を」
「かたじけない」
再度頭を下げると、青空宅から出ようとする一樹。
「ごじゃる〜」
「おろ?」
声が聞こえた方向を向くと、伊織が一樹に向かって這ってきた。
「あくす、あくす。ばいばいのあくす」
「……」
とても穏やかな顔で伊織の握手に応じる一樹。
伊織の小さな手から、大きな希望を渡されるのを感じながら。
「一樹、入るぞ」
物思いにふけっていると、一夏の声が聞こえた。
改めて逆刃刀・真打を愛用の柄に収めていると、浴衣を着た一夏に雪恵、セリーが入ってきた。
「…少しは休めたでござるか?」
「おう。流石は更識家だよな。風呂がめちゃくちゃ広かったよ」
ほら。と瓶ラムネを一樹に差し出す一夏。
丁度逆刃刀を新しい鞘に収めた一樹は、礼を言ってそれを受け取る。
「…やはりこういう所では、瓶のラムネでござるな」
「なあ、和服屋の女将に言わないからさ。俺たちしかいない時はいつもの口調で良いぜ?」
「そうしたいのは山々でござるが…いつどこで誰が聞いてるかわからぬ故、そう簡単には戻せないのでござる」
一樹の口調以外は、いつもと変わらない2人の会話。
そんな中、おずおずと雪恵が声を上げる。
「…ねえ、かーくん」
「…おろ?」
「…怒ってる?私達が、京都に戻ってきたこと」
「……」
「かーくん言ってたよね。『新しい刀を探してる間に、敵が出てこないとは限らない』って。そんな状況なのに私達が来たのを、怒ってないかなって…」
「…怒ってない訳が無いでござるよ」
「ッ…」
一樹の言葉に、雪恵の隣にいたセリーは雪恵の袖を掴んだ。
怒鳴られる…そう思って2人は身構えるが、一樹は怒鳴る事なく、ラムネを飲み干すと逆刃刀を抱えて部屋を出ようとする。
雪恵とセリーの側を通りすぎると止まり…
「確かに怒りは湧いた…でもそれ以上に_____
_____ほっとした」
「「ッ!!?!!?」」
静かに告げられた言葉に、腰が抜けそうになる2人。
それを知ってか知らずか、一樹はござる口調に戻って続ける。
「…藤原の事だ。いつ仕掛けてくるか分からぬ。充分注意するでござるよ」
そう言うと、夜風に当たりに部屋を出て行った。
「…良かったな。2人とも」
一部始終を見ていた一夏が、笑顔で言う。
雪恵は顔を真っ赤にして座り込み、セリーは…
「お前は忘れろぉぉぉぉ!!!!」
同じく顔を真っ赤にして、一夏を念力で吹き飛ばした。
「何でだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?!!?」
葵屋の中庭で一樹は改めて逆刃刀を見ると、小さく呟く。
「…赤空さん。俺はまだあなたと同じく、甘い戯言に賭けてみたい」
同時刻、京都にある藤原邸に集まる宗太や正治を筆頭とした幹部集。
「藤原様、涼以外の幹部が集まりました」
「ん、ご苦労様」
一樹との死闘の痕か、所々に傷跡が残っている。特に右目を縦に走る傷が目立つ。
一樹の左頬の十字傷と対になるような右目の傷を、藤原は戒めとして残している。
「…さ、待たせたね。予想外の事で涼がいなくなっちゃったけど、他は概ね計画通りだ」
自らの周りに集う【幹部】を改めて見回す。
【幹部】の中で最強の実力を持ち、一樹の逆刃刀を折った男、感情欠落の【縮地】の宗太。
【幹部】の中では宗太の次点の実力を持ち、幹部随一の防御力を持つ【鉄壁】の村田。
【幹部】の中では最も慈悲深いが、敵には(藤原程では無いが)最も容赦ない【天誅】の丸山。
【幹部】唯一の女性で藤原に惚れている(愛人でも良いらしい)という変人。独特な戦闘法の【変幻】の花澤。
【幹部】随一の巨体を誇り、村田の次に高い防御力を持つ【豪傑】の内山。
【幹部】内では頭脳派。巧みな話術や策略で相手を追い詰め、戦闘ではカウンター戦法を得意とする【策謀】の坂崎。
【幹部】内で最も身軽で、忍びの様な動きで敵を翻弄する【俊敏】の綾野。
【幹部】内で1番の剛腕。代わりに俊敏性が低い故に3強入りは出来ていないが、それでも充分な実力を持つ【破壊】の
【幹部】内では最も非力。だが、それを補う武器の知識と莫大な財産を持つ【百識】の正治。
これに【刀狩】の涼が加われば【幹部】が全員集まるのだが、藤原にとってそれはそこまで痛手では無い。
…【天誅】の丸山と【刀狩】の涼を除いた【幹部】は、何と6年以上前から藤原との
つまり…ほぼ全員が、一樹や一夏とは因縁がある…
「…明日の朝、手始めに京の街の時間を逆戻りさせる。その翌日_____つまりは明後日だが_____の夜11時59分、京都大火を実行に移す!!!!」
過去最悪の作戦が、始まろうとしていた…
「…ッ!!?!!?」
その朝、逆刃刀を抱えて寝ていた一樹は、高濃度の殺気を感じて跳ね起きた。
急ぎ葵屋の外に出てみると、外は異常な程暗かった。
「これは…」
『マス…タ……へ……ぱ』
ミオの声が、どんどん遠くなっていく。
「ミオ?ミオ!」
遂には、首飾りから光が失われた…
「…まさか」
ある可能性が浮かんだ一樹。
それを肯定するように、一樹の目の前に【闇】が集まり、人の形になっていく。
『よお、まだ生きてるみたいだね。クズ』
「藤原…!」
逆刃刀を指で弾き、抜きの体制に入る。なぜなら…
「まさか、お主も剣術使いだったとはな…」
藤原の左腰に、日本刀があったのだ。
『僕は神だからね。何でもこなせるのさ。だから今回はお前の土俵で戦ってやるよ』
不敵な笑みを浮かべて一樹を見据える藤原。
『さて、今街を覆ってる【闇】の正体を教えてやるよ』
「……」
瞳を鋭くさせ、続く藤原の言葉を待つ一樹。
『簡単に言えば、京都の街の時間を逆戻りさせてんだよ』
「…何?」
『周りを見てみろよ』
藤原の言葉に、一樹は辺りを見回す。
京の街が、どんどん寂れて…いや、違う。
「まさか…!?」
『ダーク・フィールドの応用だ。街…いや、世界の時間を逆戻りさせ、街の建物を全て木造だった頃…およそ150年前にする』
「…何が狙いだ」
『僕が話しても良いけどね…それじゃつまんないから、自分で探るんだね…』
そう言い残し、藤原は消えて行った…
藤原から狙いを聞けなかった一樹。
しかし藤原が敵だと分かった以上、極力雪恵達が離れたく無い一樹が頼ったのが…更識家だった。
依頼を受けた頭首、楯無が向かった場所は…
「お疲れ様です」
「「お疲れ様です!」」
京都警察署内の独房だった。
「こちらの部屋になります」
独房の中でも一際警備が厳重な部屋に案内された楯無。鍵を開けてもらい、中に入る。
「…よお、昨日ぶりやな嬢ちゃん」
「…あなた、藤原修斗直属の【幹部】所属、【刀狩】の涼ね?」
「…なんや改まって」
そこにいたのは、昨日一樹と激闘を繰り広げた涼だった。
「今、京都の街がタイムスリップ?を起こしてるのだけれど…何か知らないかしら?」
「あん?もう始まったんかいな」
「…知ってるようね。藤原修斗への忠誠心なんか捨てて、全て吐きなさい」
楯無の言葉に、涼は本気で冷めた目をする。
「忠誠心?何言うとるんや。別にアイツに忠誠心なんかあらへん。利害関係が合って集まってるだけや」
「……なら、話してくれるかしら?」
「別にかまへんで。ただ、どっから話せば良いか分からんからな。多少はこっちも聞くで」
「…良いわ」
楯無に呼ばれた一樹達。
全員で更識家の大広間に行くと、上座で楯無が待っていた。
「…拙者は作法を知らぬでござるよ?」
「あー、それは気にしないで良いわ。適当に座ってちょうだい」
全員が座るのを待って、楯無は話し始めた。
「…櫻井君、あなたが倒した男が吐いたわよ」
「…それで?」
「…藤原は、京都に火を放つらしいわ」
「…【池田屋事件】か」
かつて、明治維新の強硬派志士が京の街に火を放とうとしていた。
会談を行っていた【池田屋】を新撰組に襲撃され、京都大火が実行されることは無かったのだが…
「…京の建物の時間を逆戻りさせたのは、建物の耐火性を無くすため。それとこの変な電波は、ISを使わせないため…だそうよ」
「しかし、何故そんな重要な情報を?」
「あの男曰く、『藤原に忠誠心なんか無い。利害関係が合って集まってるだけ』ですって」
「……」
違和感が拭えない一樹。
いくら忠誠心が無いと言っても、あまりに簡単すぎる。
しかし、京都大火という藤原の陰謀を阻止しなければならないのも事実だ。
「決行は明日…夜11時59分よ」
「…やらねば、ならぬか」
「警察及び、更識家は藤原一派の迎撃に当たるわ。櫻井君、あなたはどうするの?」
「…拙者は、遊撃手として出るでござるよ」
「そうね。櫻井君はどこでも出れるようにしてもらった方が私達も安心出来るわ。後は…」
「私達も行かせて下さい」
ガラッ
と障子を開ける音が。一樹と一夏以外の面々がそちらを向くと、簪を筆頭に、IS学園専用機持ちが集結していた。
「…これはもはや【戦争】よ。ISが使えない今、あなた達がやれることは限られているわ」
【更識家当主】として警告する楯無。
しかし、それに言葉を返したのは…なんと、千冬だった。
「確かに、更識姉の言う事は最もだ。だが、コイツらも中途半端な覚悟で京都まで来た訳では無い。やらせてやってくれないか…?」
「…櫻井君、あなたはどう思う?」
「……」
一樹は静かに、代表候補生達の【覚悟】を見る。
「「「「ッ!!?!!?」」」」
少し強めに殺気を込めた眼で睨むと、一瞬怯む面々。しかしすぐに気力を振り絞り、一樹をしっかりと見据える。
たっぷり数十秒、殺気を送り続けると、フッと笑う一樹。
「…無理は禁物でござるよ」
一樹の言葉に、その場にいた全員が頷いた。
そして…日付が変わり、その時が来た。
次回、京都大火…
彼女達に、奴らの魔の手が…