それは、突然の事だった。
休日を自室で雪恵、セリー、一夏とゲームをして過ごしていた一樹の携帯に、1通のメールが来た。
「…ん?」
何気なくメールを見た一樹。その顔が、どんどん険しくなっていく…
「どうしたの?かーくん」
そんな一樹の顔を見て、雪恵が声をかける。一樹は携帯をしまうと一言。
「…仕事」
部屋の鍵をセリーに預けると、部屋を出て行った。
「…ミオ、場所はそこで問題無いな?」
『うん。丁度数十キロ進んだ所から、救難信号が出てる』
メールの内容は、米海軍からの救難信号をS.M.Sが受け取ったとの事だった。
「日本にIS専用動力炉の設計図を渡そうと来た極秘艦が、襲撃されてると…」
『衛生から見たけど、あれは確かに米海軍の船だね。独特の形をしてるよ』
ミオの性能を持ってすれば、この程度の事は造作もない。
流石は束と一樹の最高傑作である。
「…依頼内容は襲撃された船の船員の救出。表向きはコレだけだけど…多分動力炉の方を優先にしたいんだろうな。お偉いさんとしては。にしても…」
一樹はため息を吐くと足元の小石を拾って、後ろに放り投げる。
ゴンッッッ!!!!
「イッテぇぇぇぇぇぇぇ!!?!!?」
物陰に隠れていた一夏に、見事命中した。
「…一応聞くけど、何でいるの?」
「お前1人に無茶させないために」
頭に出来たコブをさすりながら、一夏は間を空けずに答える。
「…お前には、雪とセリーを頼みたかったんだけど?」
「それ本気で言ってる?雪恵ならともかく、セリーは俺より強いぜ?」
僻みなどではなく、ただ真実として告げる一夏。
自身の強さを正確に理解するのは、戦士としてかなり大事だ。
「…お前が出ても、問題の解決が早くなるわけじゃ無いんだが?」
「それを言われると痛いけど、1人より2人の方が楽だろ?」
「……」
一樹はため息を吐く。こうなったら一夏は止められないことは、長い付き合いでよく知っている。
「着いてくるのなら勝手にしろ…数十キロ泳ぐ覚悟があるならな」
「あいよ、そうさせてもらう」
常人なら数十キロ泳ぐと聞いた時点で辞めるが、そこはゲンに鍛えられている一夏だ。とくに躊躇することなく頷いた。
「…じゃ、行くぜ」
「おう」
「思ってたより海水が冷たかったな。まあ、流れは穏やかだから良かったけど」
数十キロ泳ぎ、極秘艦をよじ登ろうとする一樹に、一夏は小声で話す。
「…」
静かに頷く一樹。無言で上を指す。一夏が見上げると、窓が開いていた。
「…あそこは?」
「アメリカから受け取った図面によると、あそこは調理室の換気用の窓らしい。中には柵があるが、それを静かに外して潜入するぞ」
「…了解」
「…」
S.M.S独自の手信号で一夏に指示を出す一樹。
「…」
一夏はそれを理解、二手に分かれた。
カタカタカタカタカタカタ
「……」
空母の薄暗い部屋の中、スコール・ミューゼルは米軍の極秘情報…IS専用動力炉の設計図をコピーしていた。
「(これで良いのよね?ジェームズ…)」
既にこの船は無力化しており、スコールしかいない。
元々乗っていた米兵は、スコールの手によって海にへと放り投げられた。脱出用の船も一緒に落としてやったので、死ぬことは無い筈だ。
「(これで…
その目に映るのは、葛藤。
本当にこれで良いのか。
これで
これで…ジェームズは、満足するのか。
自分が悪い事をしているのは重々承知している。
しかし彼女には、たとえ悪業を働いたとしても、やらなければならない事があった。
女尊男卑の、撤廃を
スコールは女性でありながら、女尊男卑を嫌っている。
人は生まれにして平等。
世界にはオスとメスしかいない。
オスとメスがいなければ…次の世代が現れることもない。
確かに、ISは国を守るのに大切なのかもしれない。
しかし、あくまでISは機械。それを操る者の心が汚れていれば、当然ISも汚れた所業に使われてしまう。
ただでさえ、本来の目的からかけ離れた扱いをされているというのに…
スコールは政治家が嫌いだ。
ISの本来の目的など気にせず、その性能を国防力に使う政治家たちが。
そして何より…スコールは自分が嫌いだ。
ISや無人機を使ってテロを起こす、亡国機業に所属している自分が。
…そんな亡国機業の創設メンバーの1人である、自分が。
「……コレで、全部ね」
設計図のコピーは終えた。後はこの船を出るだけだ…
「…まさか、アンタとここで会うことになるなんてな。スコール・ミューゼル」
スコールが振り返ったそこには、悲しげに立つ一樹の姿があった。
「…櫻井、一樹」
「…大人しくそのデータを返してくれ。不要な戦いは出来るだけ避けたいんだ」
「そう…私も一緒よ。不要な戦いは避けたい。けど、分かっているでしょう?」
スコールは専用機、【ゴールデン・ドーン】を展開する。
メイン武装である鞭、プロミネンスを構えて一樹と対峙する。
「私たちがここで会ったということは、お互い本気でぶつからないとならないということ…それを理解出来ないあなたじゃないでしょう?」
「……」
首飾りをギュッと握る一樹。その顔は、とても苦しそうだ。
『マスター…』
「…行くぞ、ミオ」
『…うん』
静かに機体を展開、灰色のディアクティブモードのフリーダムが現れる。
「…どうしてもやらなきゃいけないのか?」
「あなたはコレを取り戻さなければならない。けど私は渡す気は無い…答えは決まってると思うけど?」
手に持ったUSBメモリを軽く振り、無表情でスコールは告げる。
「……」
VPS装甲を起動、ストライクフリーダム、完全戦闘態勢に移行。
左腰のグリップを引き抜き、静かに浮かぶ。
「…ここじゃ島の人達も巻き込んじまう。場所を変えるぞ」
「ええ、ご自由にどうぞ」
一樹と分かれた一夏も、戦艦の中を静かに進んでいた。
「(…幾ら何でも静かすぎる)」
泳いでる時に、船員は全員避難したと言うのは確認した。
とはいえ、それならそれで亡国機業の人間が動き回っている筈だ。
「(…罠と考えるのが妥当だな)」
麒麟のガトリングを部分展開し、更に警戒レベルを上げて進む一夏。
そんな一夏に、ハクが報告する。
『マスター、一樹さんが船から飛び出しました。恐らく戦闘の被害を最小限に抑えるためでしょう』
「(細かい位置データを表示してくれ!急いで援護に…)」
一樹の援護に行こうと、一夏はハクに指示を出す。
が、突如背後に強烈な殺気を感じると、咄嗟に横に飛び込む。
刹那、一夏の体があったところを、 無数のレーザーが通り過ぎる。
「チッ…相変わらず良い勘してやがる」
「…オータム」
アラクネを展開したオータムが、一夏に狙いを定めていた…
「いい加減、お前じゃ俺に勝てないって分かれよ」
一夏も麒麟を完全に展開。攻撃のタイミングを見計らう。
「はっ!フリーダムがいなきゃ駄目駄目なお前が何言ってやがる」
痛いところを突かれた。
昔から一樹に頼ってばかりなのは自覚している。
だが…
「…確かに、俺は一樹に頼ってばかりだ。けど…そんな俺だけど、少なくともお前には勝てる」
「言ってくれるじゃねえか!!」
一夏自身が鍛えてないわけではない。
オータム程度に、負ける気がしない…
空中で激しくぶつかり合うフリーダムとゴールデン・ドーン。
「どうしたの?そんなんじゃ私は落ちないわよ?」
フリーダムのビームサーベルをプロミネンスで受け止め、スコールは一樹に話しかけてくる。
「今、私を止められるのはあなただけ…あなたしか、この後の混乱を抑えるのは出来ないのよ?」
「混乱…だと?」
「そう」
プロミネンスを一旦引き、フリーダムに向けて振り下ろす。難なくビームサーベルで受け止めるフリーダム。
両者の間に、再び激しいスパークが起こる。
「私がこのデータを持ち帰れば…全部とはいかなくとも、かなりの数のISのエネルギーが無限になるわ。そうすれば…世界は亡国機業のテロに屈せざるをえなくなるでしょうね!」
フリーダムを蹴飛ばし、左手から火球を連発する。
「それが分かってながら!」
火球と火球の間を縫うように飛んで避け、急接近。ゴールデン・ドーンに向かってビームサーベルを振るう。
「何でこんな事を!」
ビームサーベルを右手のクローで受け止め、フリーダムの腹部を殴りつける。
「テロリストにやる事の意味を問うのは…」
その拳を左手で払い、流れる様に放たれた火球を避けるフリーダム。
「ナンセンスじゃないかしら!?」
火球の攻撃をかいくぐり、ビームライフルを連射するフリーダム。
「無駄よ!」
しかし、フリーダムのビームはゴールデン・ドーンの前で曲がった。
「【プロミネンス・コート】…いくらあなたの機体と言えど、そう簡単には攻撃出来ないわよ!」
麒麟目掛け、アラクネは6本の装甲脚で殴りかかってくる。
「オラオラオラオラ!!」
しかし、麒麟は両手両足を器用に使い、その攻撃を受け流す。
武装を使う様子を見せない一夏に、オータムは苛だたしげに舌打ちする。
「クソッ!何で武装を使わねえんだよ!」
「さあ?考えてみろよ」
装甲で見えないが、恐らく一夏は笑っているのだろう。
オータムもそれを感じたのか、尚攻撃が荒々しくなる。
それが、一夏の狙い通りだと気付かずに。
プロミネンス・コートでライフルの攻撃が弾かれると分かってから、フリーダムはひたすら近接戦を挑む。
右手のクローでビームサーベルを受け止めながら、スコールは呆れた様な声を出す。
「この熱…ISのシールドエネルギー越しでもかなりの熱量の筈なのだけど?」
「大気圏突入する時の暑さに比べりゃ、大した暑さじゃねえよ!」
更に一樹は、学園を追い出されてる間にウルトラダイナマイトの習得の為に、過酷なトレーニングをしている。この程度の熱は、問題じゃない。
「じゃあ…コレはどう!?」
ゴールデン・ドーン第3の腕と言えるテイルクローから、ビーム刃を放出しながら振り下ろす。
「ッ!」
それを予想していたフリーダムは、左のビームシールドでそのビームクローを受け流し、ゴールデン・ドーンを蹴り飛ばす。
「ッ…やっぱり強いわね!」
蹴り飛ばされながらも、火球を連発してくるゴールデン・ドーン。フリーダムの追撃を阻止する為の攻撃なのだろうが…
「なっ…!?」
フリーダムはその火球を斬り裂き、ゴールデン・ドーンに急接近。背後に回り、最も厄介なテイルクローを切断した。
「ッ…」
薙ぎ払う様に放たれた拳を頭を下げる事で避けると、鋭い拳を叩き込んだ。
「がっ…!?」
流れる様に回し蹴りを放ち、ゴールデン・ドーンを海へと蹴り落とす。
ザバァァァァァァァンッ!!!!
高い水柱が上がり、ゴールデン・ドーンのプロミネンス・コートが一時的とはいえ無くなった。
その隙を逃さず、両腰のレールガンを放つ。
「くっ…」
両肩の両肩プロミネンスを破壊され、ゴールデン・ドーンはボロボロだ。
「…最後通告だ。データを、寄越せ」
ビームサーベルの切っ先をスコールの喉元に突き出す。
「…それは、出来ないわ」
それでも、スコールはデータを渡す事を躊躇う。
「…何故?」
「確かに私は…世界をこれ以上壊したくないわ。けど、それでも」
スコールはその目に涙を浮かべながら、叫ぶ。
「こうしなきゃ、
「ハア、ハア、ハア!」
攻撃のことごとくを受け流され、アラクネは動きが鈍くなっていた。
「ほっ!」
そんなアラクネを蹴飛ばして、距離を取る麒麟。ここで初めて、拡張領域から雪片弐型を取り出し、エネルギーチャージ。
「これで終わりだ!!」
瞬時加速で近づき、アラクネにトドメを刺そうと振り下ろす。
「ッ!!!?」
アラクネは咄嗟に、外せる装甲脚全てを外して雪片の攻撃を捌くと、ゴールデン・ドーンに向かって瞬時加速した。
「
スコールの言葉に、フリーダムの動きが一瞬止まった。
「スコール!!!!」
「ッ!!?」
その瞬間、アラクネが瞬時加速で攻撃してきた。
咄嗟に後方へ飛んでアラクネの攻撃を避けるフリーダム。
その隙に、アラクネがゴールデン・ドーンの腕を掴んで連続瞬時加速。
ゴールデン・ドーンもまた、連続瞬時加速でその場を離脱。
いくらフリーダムでも、2機分の瞬時加速を上回るスピードは出ない。
「……逃げられた、か」
苦し紛れにビームライフルを連射するも、ゴールデン・ドーンのプロミネンス・コートによって弾かれてしまい、追撃は出来なかった。
「…悪い一樹。俺が、アイツを逃さなければ」
「いや…俺もスコールにトドメを刺し損ねたからな…お前だけが悪いわけじゃない。とにかく、船員の救出の依頼は達した。学園に帰るぞ」
「…ああ」
IS専用動力炉…
コレが亡国機業に渡ったという事で、彼らに降りかかる試練とは?