俺にあの甘さは無理だ!!!!
それでも頑張った、頑張ったんだよ!!!!
「楯無さん、大丈夫ですか?」
「ええ…私は大丈夫よ」
そうは言うものの、楯無の顔色は悪い。何かあったと考えるのが妥当だろう。
「(まさか、あの地獄絵図を見ちまったのか!!!?)」
一樹達と合流する前、一夏はある地獄絵図を見つけていた。
アレを間近で見ていたとしたら、こうなるのも理解出来る。理解は出来るのだが…
「(でも…一樹が、そんなのさせるとは思えない)」
そんな地獄絵図を楯無に見せる一樹ではない。それを長い付き合いである一夏は自信を持って言える。となると…
「(何か別の理由があるのか?)」
とはいえ、聞いても楯無は答えてくれないだろう。今は目の前の事に集中しようと、一夏は決めた。
「……何か来る」
出入り口で見張っていたセリー。気配を感じたため、警戒レベルを引き上げる。
「ふぅ…」
大きく深呼吸をして、手のひらから火球を出す準備をしておく。
「…何だ、アイツか」
部屋に飛び込んで来たのは、麒麟を纏った状態で楯無を抱えている一夏だった。
「セリー!みんなは⁉︎」
近くに来た簪に、楯無を預けるとセリーに状況を聞く。
「電脳世界で頑張ってる。お前も早く行け」
「分かった!けどどうやって…」
一夏の意識は、セリーの当て身によって奪われたのだった。
「流石に酷くないかセリー!!?ってあれ?」
一夏が目覚めた所は、6つの扉がある広場だった。
『い、一夏。大丈夫?』
「簪か…とりあえずは大丈夫だ。それで?俺は何をすれば良い」
『えと、6個の扉それぞれにみんなが入って行ったんだけど、そこから誰1人帰って来てないの…だから、一夏には5人を助けて欲しい』
「はぁ?何で5人なんだ?入ったのは6人なんだろ?」
『それはねぇ〜!』
こんな状況なのに、酷く楽しそうな束の声が響く。
『この扉の向こうの世界に関係するんだ〜』
「説明になってねえ!!?」
『まあぶっちゃけると、いっくんには5人しか救えないって事だよ。特に時間制限は無いから、そこは気にしなくて良いからね〜』
「時間制限が無いのは良いですけど、5人しか救えないと言うのはどういう意味なんですか!!?」
興奮気味に束を問い詰める一夏に対し、束の返答は随分あっさりしていた。
『いやだって、残った1人って…雪ちゃんだよ?』
「全て理解しました」
雪恵を救いに行くのは自分ではなく、一樹であるべきだと一夏は理解した。
『なら宜しい…ちなみに、左端が雪ちゃんだから』
「じゃあそれ以外に行きます」
だから早く来いよ、ヒーロー。
一夏はそう思った。しかし、どの扉から行くか少し悩みだしたのは少しカッコ悪かった。さっきまでのカッコ良さは何処へ?
一方そのヒーローである一樹は、フリーダムを展開し、左肩の激痛に耐えながらシナンジュに向けて両手のビームライフルを連射していた。
「ぐぅっ…!!?」
しかしその射撃に、いつもの様に正確さは無い…フリーダムが動くだけで、左肩の傷口が痛むためだ。そのためか、シナンジュには遊ぶ様に避けられる始末。
「肩の具合はぁ…」
ビームアックスを抜刀したシナンジュの重い一撃を、両手ともビームサーベルに持ち替えて受け止める。
「ウグゥゥゥゥゥッ!!?」
更にシナンジュは、叩きつける様にビームアックスを振り下ろしてくる。
「どうだい!!?!!?」
「ぐぅぅぅぅぅぅっ!!?!!?」
シナンジュの連撃を何とか受け止めるが、その度に左肩に響く。
「ちぇいさぁ!!」
「ゴッ!!?」
シナンジュの前蹴りをまともに喰らい、フリーダムは後方に飛ばされてしまう。
「ファングゥ!!!!」
それは、今の一樹にとって地獄でしかない。
専用機持ちタッグマッチの時よりファングの数が2機増えているのもそうだが、何より迎撃のライフルが中々当たらない。何とかファング2機を破壊したその時…
「隙ありぃ!!!!」
シナンジュの左爪先が、フリーダムに迫る。そこからは、黄色いビームの刃が。
「ッ!!?」
何とか避けると、すぐさまビームサーベルでシナンジュの左爪先のビーム刃発生部を切断した。
「チッ!」
追撃を避けるために、シナンジュはファングでフリーダムを牽制しながら上昇した。
「あの体であの動き…野郎どうなってやがるんだ!!?」
牽制のファングを操作し、ビームライフルを撃ちながら、サーシェスが愚痴る。
無論、それに答えてはくれる者はいないのだが。
「ハア、ハア、ハア!」
脂汗が止まらない中、一樹の目はファングを追うのに必死だった…
『マスター!後ろ!』
「ッ!?」
ミオの叫びに、急ぎ進路を少し下げる。すると、先程まで背中があった所をファングが通り過ぎていった。
「……ここは」
鈴が気付くと、そこは見覚えのある教室。少し古くさい、どこにでもある机と椅子、黒板のある教室。
「教室…?しかも、中学の」
鈴が一夏と通った、中学の教室だった。
「何で中学?」
ポカンとしていたので、自らの服装が変わっていたのに気付くのが遅れた。
「これ…中学のときのセーラー服じゃない…いつの間に?」
限りなく黒に近い紺色のセーラー服。通っていた頃は野暮ったくて好きじゃなかったが、今はそれが懐かしい。
「とりあえず、辺りを見回しとくか」
妙にリアルだった。
湿度に温度、その空間の匂いまで再現されている。
更にISを呼び出そうにも、大気形態であるブレスレットが無くなっていた。
「これは…罠ね」
罠と分かったのなら長居する必要は無い。教室をずんずん進み、教室のドアに向かう。
ガラッ
「え?」
鈴が開けるより早く、誰かにドアを開けられた。それは…
「よお、鈴」
「い、一夏⁉︎」
学ラン姿の、一夏だった。
「ねえ、タバネ」
「何だいセリーちゃん」
「アイツら、いっそこのまま起きなくても良いんじゃない?見ててムカつく」
セリーの冷たすぎる言葉に、流石の束も苦笑した。
…あの他人に興味を見せず、知り合い以外が滅んでも良いと言っていた人物と、同じだとは思えない光景だ。
「となると…雪ちゃんも起きない事になっちゃうよ?」
「チッ…でもユキエは、こんなのに惑わされない」
こんなの、とセリーが言うのには訳がある。今、専用機持ち達が見てる光景を束達はモニタリングしてるのだが、その光景が…初心な簪の顔が赤くなってる時点でご察しである。
「ん?分からないよ?実はかずくんが超俺様キャラになって、雪ちゃんに迫ってるかもよ?」
「そ、それでも…あり、えない…」
段々語気が弱くなっていくセリー。その顔が、少し赤味を帯びてきた。
「…想像しちゃったの?かずくんの俺様キャラ」
「す、少し興味がある」
おいセリー、正気を取り戻せ。
「い、一夏…?」
夕暮れの教室、校庭からは野球部の声が聞こえるが、教室には今鈴と一夏しかいない。
「どうした?鈴」
________あれ?何か忘れてる気がする。
「えーっと…」
駄目だ。思い出せない。
思い出せないのなら、大した事では無いのだろうと判断した鈴。
「本当どうしたんだよ、せっかく2人きりなのにさ」
「う、うん…」
夕暮れの教室に、男女が2人きり。そんな青春の1ページのような事を、まさか自分が経験するとは…
「(やっぱり、2人きりだと緊張しちゃう!)」
付き合っているとはいえ…
付き合っている?
誰と誰が?
鈴と…大好きな、一夏が。
「(そ、そうよね。何当たり前な事を忘れてるんだろ?アタシ…)」
ドキドキと、心臓が痛い。
「なあ、鈴…」
「な、何?」
急に雰囲気の変わった一夏が、鈴に近付いてくる。そして、鈴の顎を人差し指で少し上げる。
「(こ、こここここここれは!ま、まさかの顎クイ!?)」
「鈴…」
一夏の顔が、少しずつ近付いてくる…
ガラッ!
「やべ!忘れ物しちまっ…」
慌てた様子の弾が、凄い勢いでドアを開けた。そして、今の鈴と一夏の距離を見て固まる。
「「「……」」」
3人が、固まった。1番早くフリーズから立ち直ったのは、弾だった。
スタスタと忘れ物を取ると…
「…すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
全速力で教室から走り去った。
「待てやゴラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
それを鬼の形相で追う鈴。そんな鈴を止めるべく慌てて追う一夏。
弾は過去に無い程早く走り、下駄箱に向かった。
「あ、遅えぞ弾。何して…」
下駄箱で弾を待っていたのだろう。相変わらず学ランの前ボタンを全開けしている一樹が文句を言おうとしたが、後ろから鬼の形相で追ってくる鈴を見てやめた。
「逃げるぞ一樹!!!!捕まったら死ぬぞ!!!!!!!!」
「お前今度は何やらかしたってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?!!?」
「鈴と一夏の営みを邪魔しちゃったんだよぉぉぉぉ!!!!!!!!」
「誤解を招く発言すんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
とばっちりを喰らったらたまらないとばかりに一樹も走り出す。弾はそんな一樹に追いつこうと走る。鈴は見られた事と知られた事の制裁を加えるべく追う。
きっとこれも、何かの青春の1ページ。
「あははははははははははははははははははははは!!!!あーおかしい!!お腹痛い!!」
束は床を転がりながら大爆笑していた。笑いすぎてその目に涙が浮かんでいる。
「だ、ダメ…笑ったら…ぶふっ」
簪は笑いを堪えようとしていたが、堪えきれずに笑ってしまっていた。一方、セリーはと言うと…
「カズキのあの格好、何?」
学ランを不思議そうに見ていた。束が簡単に説明すると、セリーは頷きながら…
「なんか…コレにネクタイつけたら、S.M.Sの時と似てる気がする」
そんな事を言う程度には、冷静だった。
「フー、フー、フー!」
鈴の前には、ボロ雑巾の様にされた弾が倒れていた。
…ちなみに、一夏の制止が無ければもっと酷い状況になっていたかもしれない。
「あとは…」
ギョロ!
という効果音が聞こえる程恐ろしい形相で辺りを見回す鈴。
…次の目標は一樹の様だ。
「(いつも飄々と逃げられてるけど、今日はそうはいかないわよ!)」
「なあ鈴。流石に一樹はやめといた方が良いぞ。アイツ、師匠並みに強いし」
最近の一夏は、鈴が家の都合で夕方以降空いてない時に、あるお寺に行ってるのは鈴も知っている。
「一夏は恥ずかしくないの⁉︎」
「いや、一樹には見られてないし。アイツ言いふらすタイプじゃないし」
鈴以上に付き合いの長い一樹に、全幅の信頼を寄せている一夏。男同士の友情だと分かってはいるが、鈴は少し嫉妬しまう。
「(でも、付き合うきっかけをくれたのは櫻井だったわね…)」
あれは、夏から秋に変わる頃の話だったか。
『なあ一樹…俺、最近鈴の事が気になるんだけど、これって何かな?』
『やっとか!やっとお前もそれを感じる様になってくれたか!俺は嬉しいぞ!』
『何でそんなに泣いてるんだよ…』
『そりゃお前…毎年毎年バレンタインの時にチョコを渡す人の行列を整えたり、誕生日の時、『織斑君の好きな物は何か教えて』って何百人も聞きにくる生活が、やっと終わると思うと!』
『何百人は言い過ぎだろ…せいぜい10人ちょっとってとこだろ?』
『お前、ある意味幸せ者だよ…で、凰が気になるって話だっけ?』
『あ、ああ…最近、鈴を見てるとこう、ドキドキすると言うか…鈴がお前とか弾と話してるのを見るのは、何か嫌だったり…』
『よし一夏、途中にあった凰と俺が話してたというのがいつの話だって言うのは置いといて』
一樹の記憶では、鈴とまともに会話したのは彼女が中国から転校して来た時、通訳したくらいまで遡るのだが…
『まあ、本当はその感情の名に自分で気付いた方が良いんだけど、お前だし。しゃあねえから教えてやるよ。その感情の名前は…【恋】だ』
まるで父親が子供に告げる様に、優しい顔で一樹は言った。
『【恋】、か…俺はどうすれば良い?』
『んなの決まってんだろ?当たってこい!』
「(あの時、一夏に屋上に呼び出されて告白された時は、嬉しかったなあ…)しょ、しょうがないわね!櫻井は見逃してあげるわ!」
「ああ、ありがとうな」
苦笑しながら礼を言う一夏の姿に、見惚れる鈴…
『ワールド・パージ、完了』
何か頭の中に響いた気がした…しかし鈴の中では、そんな事よりも一夏とのこれからに意識が向いていった…
シナンジュに向けて両手のビームライフルを連射するフリーダム。
「チッ…調子に乗りやがって…」
それを避け続けるシナンジュ。
そんな時だった。シナンジュのセンサーが、人影を捉えたのは…
「コイツは…」
使える。
サーシェスはシナンジュを人影の方へと飛ばす。
センサーが示した場所、IS学園の3階廊下にいたのは…流れる様な銀髪の少女と、ダボっとした制服を着ている生徒だった。
「ヒッ…!」
銀髪の少女が軽く悲鳴を上げると、生徒が少女を守ろうと前に出る。
そんな2人に向けて、シナンジュのビームアックスを向けるサーシェス。
フリーダムはそれを見て動きを止めた。
「ハハッ!コイツは人質って奴だ。手出しは無用だ…」
サーシェスの言葉は最後まで続かなかった。
バキィィィィィィィッ!!!!!!!!
フリーダムが一瞬でシナンジュに接近し、シナンジュを蹴飛ばしたのだ。
「ッ!?ファングゥ!!」
残っていた8機のファングを全て射出するシナンジュ。
フリーダムはその攻撃の隙間を潜り抜けると、両手のビームライフルと胸部のスキュラを最大出力で撃った。
ドォォォォォォォンッ!!!!!!!!
その一撃で、射出されたファングは全て破壊される。
フリーダムは再度ビームサーベルを両手に持ってシナンジュに急接近、
「エェェェェェイッ!!!!」
苛立ちの声をあげながら、シナンジュは腰につけているライフルを取り出そうとするが、フリーダムの方が速かった。
シナンジュのビームライフル、ファング射出口、右爪先のビーム刃発生部にビームサーベルを突き刺して破壊。
「でぇぇぇぇぇぇい!!!!!!!!」
トドメのビームサーベルを、シナンジュは外装パーツを投げる事で対応すると、全力でスラスターを蒸して離脱した。
「ハア、ハア、ハア!」
シナンジュをまたもや逃してしまったフリーダム。だが、フリーダムの装着者である一樹の方も既に限界だった。
シナンジュが人質を取ろうとした時には、一種のトランス状態となっていた程だ。撃退出来ただけでも、上々と言えるところだろう。
『マスター…大丈夫?』
「ハア、ハア、ハア…肩が焼ける様に痛い。一瞬、堕ちかけた…」
ミオはISコアだ。ISは、本来なら搭乗者保護機能があり、余程の事がない限り気絶する事は無い。しかし、ミオの場合は違う。一樹の反応速度に追いつくために、そういう機能は全て一樹によって排除されている…だから、ストライクフリーダムにも対G性能は無い。
そのため…飛ぶだけでも左肩へ尋常ではない衝撃が来ていたのだ。
「とりあえず…今の子たちの、安全を確認しに行くか…」
『うん…』
ゆっくり、敵意が無い事を表しながら3階廊下まで近付くフリーダム。
「…ん?あの制服って、布仏か?」
今の一樹は、痛みのあまり視界がぼやけている。なので頼りはハイパーセンサーで見ているミオだ。
『そうだね…もう1人は何というか…』
「どうした?」
『…ラウラちゃんに似てる気がする』
「ッ!?」
一樹は激痛に耐えながら、急いで2人のところへ飛ぶ。
「お〜い、かずや〜ん!」
相変わらずダボっとした袖を振り回す本音。だが、今はそのおかげで場所が分かりやすいのでありがたい。
「…よお布仏、怪我は無いか?」
「ん〜。かずやんのおかげでね〜」
ある程度近付いたところで機体を解除。
「か、かずやん?」
「あ?どうした?」
「その…左腕だけ展開してるのは、何でなのかな?」
普段一樹が部分展開を使わないのを、本音はよく知っている。だから、今の一樹が酷く不自然に見えるのだ。
「…ちょっとな。あまり気にしないでくれ」
傷口を見せないための部分展開だ。多少不恰好なのはしょうがない。
「それより、布仏と誰か一緒にいたろ?その子は?」
「あ〜。この子だよ〜」
本音の後ろで、両耳を抑えて身を縮ませている銀髪の少女がいた。一樹はゆっくりと、その震えてる肩に右手で触れる。
「…もう、大丈夫だぜ」
頑なにこっちを向かない少女の頭を優しく撫でる一樹。
「この手…もしかして」
ゆっくりと少女がこちらを向く。
「…もう大丈夫だ。アイツは逃げて行ったよ、【クロエ】」
「かずき…さま?」
「様付けはやめてくれ…俺はそんなガラじゃない…っと」
相手が一樹だと分かると、クロエと呼ばれた少女は一樹へと飛び込む様に抱きついた。
「怖かった…怖かったよお…」
「大丈夫だ…すぐにお前を、束さんのとこに連れて行ってやるからさ」
あの後、
「あーあ、今日は疲れたわ…」
セーラー服から着替えるのも面倒なのか、ソファへと倒れこむ鈴。
「おいおい、制服にシワが出来るぞ?」
「良いわよ別に」
「いや良くは無いだろ…」
呆れた様に笑う一夏。その顔すら、愛おしく思えるのは惚れた弱みか。
「とにかく、着替えてこいよ。俺はここで待ってるから」
「…それで覗くの?」
「覗かねえよ!!!!」
それはそれで悲しくなる鈴。
「(何よ…男だったら、襲うくらいしなさいよ)」
自分に魅力を感じないのかと思ってしまうのもしばしば。大切にされてる事は分かるが、たまには…
「鈴」
「あによ」
思わず不機嫌な声が出てしまい、更に自己嫌悪に陥る鈴。
「怒るなよ」
「別に怒ってないわよ」
「嘘つけ」
だからだろうか、徐々に近付いてくる一夏に気付けなかった。
「…り〜ん」
「ひゃわぁ!!?」
いきなり耳元で囁かれ、背筋に電流が走る鈴。
「い、いきなり何よ?」
「鈴、耳元が弱いのか?」
「し、知らない!」
一夏から視線を逸らし、苦し紛れの抵抗を見せる鈴。
「鈴、こっちを向いてくれよ…」
想い人にそう囁かれては、いくら鈴でも抵抗が出来ない。
顔を真っ赤にしながら、一夏の方を向く。
「鈴…」
そして、一夏の顔が近付いてくる…
「テンメエぇぇ!鈴に何してやがるぅぅぅぅぅ!!?」
バタンッ!と音が鳴る程強く開けられた扉。
そこから入って来たのは…
「え…え?一夏?」
見たことの無い、白い制服を着た一夏がいた。
いや違う。アレは…IS学園の制服だ。
「(え?で、でも一夏はアタシの目の前にいて、アタシの彼氏で…)」
『ワールド・パージ、異物混入確認、排除開始』
そんな電子音声が頭に響く。刹那______
「キャアァァァァ!!?」
鈴の頭に、激痛が走る。
痛くて痛くて、死んでしまいそうな程に。
「痛い、痛いよお…」
鈴が頭を抑えてる間に、白い制服の一夏が学ラン一夏を殴り飛ばした。
『異物確認、排除開始』
学ラン一夏から、そんな機械じみた言葉が聞こえる。
「異物だあ?それはそっちの事だろうが!」
そんな学ラン一夏に向けて構える白制服一夏。右掌を突き出し、左手は引き締めて胸の前に置く…師匠、ゲンから教わった構えだ。
「そんな
素早く学ラン一夏に踏み込み、その顔を鷲掴み…
「
フローリングに思いっきり叩きつけた。
『修復…不能…修復…不能…』
学ラン一夏が、壊れた機械の様に告げると、【世界】が崩れ始める。
「ッ!!?逃げるぞ鈴!!!!」
頭痛に苦しむ鈴を抱えて、一夏は走り出した。
ああ、この優しさ、暖かさ…
これが、一夏だ。
分かる。
頭じゃなく。
体でも。
心でもない。
魂で、分かる。
だから、言ってやるんだ。
遅いわよ、一夏
って…
…うん、一樹が肩を撃たれた状態で戦ってるというのに、お前ら何してるんだコラ!
↑
元凶