私はソロモンの悪夢   作:フリート

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悪夢の戦友 その②

 武蔵の加入から一か月――私の姿は大海原にあった。少々強い潮風に頬を触れられながら海上を突き進む。空にある雲の流れは速く、陽射しの加減で僅かに色を変える海面はうねりをあげていた。

 私を含めて六人の艦娘は周囲を警戒しながら目的地を目指す。ここは既に深海棲艦の支配領域であるからいつ敵が現れるか知れない。油断は禁物だ。

 

「ここら辺よね? レ級が出たって場所は」

 

 赤城が隣にいる私に尋ねて来た。私はその通りだ、と頷いた。

 

「この付近に出現したと閣下は仰られた。それに事前の偵察でも確認されているっぽい」

 

 戦艦レ級。その姿はレインコートにリュックサックを背負った小柄な少女のようである。このレ級であるが、とんでもない強敵だ。

 たった一隻で戦局を大きく塗り替えることが出来るのである。艦上爆撃機――急降下爆撃を行う機体――と魚雷を持っていて一隻で出来ることの幅が広い。

 私も以前世話になったことがある。あの時の借りは必ず返さねばならない。

 

「戦艦レ級か……たいそう強いらしいじゃないか。楽しみだな」

 

 戦意が表情に表れている武蔵。本当に強い者と戦うのが好きなようだが、今回はそんなに楽しい戦いになるかどうか分からない。戦いを楽しむ余裕があるかどうか。

 それにしてもどこにいるのだろう。必ず付近にいるとは思うが。

 

「赤城。九七艦攻の偵察用を飛ばせ」

 

「夕立? 分かったわ」

 

 赤城は矢筒から矢羽の矢を取り出す。日の丸がついたその矢を弓につがえて、空高く放った。放たれた矢は途中で航空機に変化し、エンジン音を高らかに鳴らしながら大気を切り裂いていく。私たちは一旦進軍を停止して、偵察機を見送った。

 

「これで見つかるかしら……」

 

「見つかってもらわねば困るっぽい」

 

 それから待つこと十秒弱。赤城が微かに眉を動かした。

 どうやら偵察機より連絡が入ったらしい。偵察機からの連絡らしいものを、赤城はそのまんまこの場の全員に聞こえるように口にした。

 

「敵艦見ユ。空母二。戦艦二。駆逐艦二。輪形陣ニテ」

 

「何故そこで止まる?」

 

「撃墜されたみたい。加賀!」

 

「ええ」

 

 赤城と加賀がそれぞれの矢筒から矢を取り出すと、姿勢を正して弓を構えた。

 

「第一次攻撃隊、発艦用意!」

 

「発艦始め!」

 

 空高く舞い上がる矢は無数の航空機に分裂。赤城と加賀は次々と矢を天に向けて飛ばした。百を優に超えるだろう艦載機たちは、上空で陣形を整えた後に偵察機が飛んで行った方向に飛んで行く。

 遠目に微かに見える敵の艦載機。その艦載機の群れに零戦を先頭にして突っ込んでいく赤城たちの艦載機。

 

「やったよ!」

 

 響が喜びに笑みを浮かべる。

 敵艦載機とこちらの艦載機の接触の結果、こちらの艦載機が敵の攻撃隊を瞬く間に叩いてどんどん撃墜していったのだ。鎧袖一触とはまさにこのこと。

 制空権を確保した艦載機たちが爆撃を開始。視線の先では爆発が起こり黒煙がもうもうと空に上がっている。敵に一撃を与えたようだ。

 この機を逃してはならない。

 

「赤城と加賀は第一次攻撃隊を収容し、第二次攻撃隊を編成しろ! 他は主砲射程内まで接近し敵を撃滅する。赤城、加賀、護衛は必要っぽい?」

 

「要らないから全員行って良いわよ。私たちも直ぐに向かうわ」

 

「分かった」

 

 私たちは余裕綽綽の赤城と加賀を置いて進軍する。黒煙が噴き上がっている位置で停止している深海棲艦の姿が徐々にはっきりと視界に映って来た。

 

「敵駆逐艦は二隻とも轟沈。敵空母二隻が中破。敵戦艦一隻が小破でもう一隻が……流石レ級だな。行くぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 

 

  

 

 

 

 主砲射程内まで接近するとすかさず夕立が指示を出した。

 

「武蔵、金剛、直ぐに終わる。私がル級を仕留めるまでレ級の相手を頼む。響はヲ級一隻だ。魚雷の一発でも当ててやれば直ぐに沈む」

 

「「「了解!」」」

 

 四人はそれぞれの役割を果たすために動き出す。武蔵と金剛は距離を取って砲撃。その爆音の中を夕立が進んで行く。

 そして響は――。

 

「護衛艦のない空母なんて!」

 

 武蔵たち戦艦とは違い距離を縮めて魚雷を発射。ヲ級の命を刈り取ろうとするそれは、水中を泳ぐように直進してヲ級に迫る。

 慌てた……ようには見えないが、ヲ級はこの魚雷をどうにかするために急ぎ艦載機を発艦させようとした。

 だがしかし。

 

「今更遅いんだよ!」

 

 響の言葉通り艦載機による魚雷迎撃は間に合わず、ならば回避しようとするが気づいた時にはそれも出来ない距離まで魚雷が迫っていた。

 ヲ級は己が運命を悟った。

 

「私だって、夕立さんと同じ駆逐艦だよ」

 

 言葉と同時に魚雷がヲ級に直撃。ヲ級の胴体を粉砕するとともに海の底へと引きずり込んでいった。

 ヲ級を撃沈したことを確認した響は次の標的を探す。確かもう一隻ヲ級がいた筈だけど、と見回してみてもそれらしい影はどこにもない。

 すると、自分が沈めたヲ級以外にも沈んで今にも消えようとしている深海棲艦がいる。そのちょっと先にル級に向かっている夕立。

 なるほど。夕立がル級を始末するついでに片付けたらしい。

 だったら今自分に出来ることは。

 

「通用しなくともさぁ!」

 

 明らかに苦戦している武蔵たちの下へと向かう。駆逐艦の主砲では焼け石に水ですらないかも知れないけど、きっと役には立てる筈。

 足止め、時間稼ぎぐらいは可能だ。

 その時、レ級が艦載機を飛ばすのを響は肉眼で確認した。艦載機が向かう先には武蔵たちではなく夕立がいる。

 自分がやるべきことを見つけた。

 

「夕立さんの邪魔はさせない」

 

 響は武蔵たちの援護を取り止め、艦載機の破壊に動き出した。

 

「ええぃ……私の邪魔を!」

 

 ル級の下へと行こうとする自分を邪魔する敵艦載機に、イライラを募らせる夕立。キッとこの艦載機たちを寄越したであろうレ級を睨みつけるが、当のレ級は何食わぬ顔で武蔵たちと砲撃戦を続けていた。

 

「ぬぅ……」

 

 夕立は敵艦載機とル級の交互に視線を移しながら回避運動を取った。敵機の投弾のコース、ル級の砲撃コースを読んで確実にかわしていく。

 そこに響がやって来た。

 

「夕立さん!」

 

「響か」

 

「ここは私も手伝うよ。だから夕立さんは、早くル級のところへ」

 

「済まん」

 

 夕立が響に場を任せて本来の役目を果たしに行く。その動きを敵機が阻止しようとするが、日の丸を身につけた航空機たちが夕立の動きを助けた。

 赤城と加賀の第二次攻撃隊である。

 空のことは赤城たちとその援護を響に任せて、夕立はホバー移動でル級を目指す。ル級が爆音を響かせて繰り返す砲撃を夕立は軽々と避ける。やはり夕立とル級では夕立に分があった。

 

「お前如きに構っている暇はない!」

 

 怒号するやいなや左手の刀で斬りつける。ル級は右腕の盾でそれを受けた。金属音が鳴り青い火花が散る。と、ル級はその状態のまま発砲しようとした。

 しかし夕立の方が動きが速い。

 先に右手の主砲でル級を攻撃、ル級が仰け反ったところで刀を突いた。刀はル級の身体を貫いて、ル級は沈黙したまま動かなくなった。

 

「残りは……」

 

 この戦闘における最後の敵となった深海棲艦の戦艦レ級は、武蔵たちとの戦いを有利に進めていた。ニタニタと笑いながら砲撃している。

 それは言い換えれば武蔵たちが不利ということであった。

 

「シット! やっぱりレ級は強いネ」

 

「ああ、楽しいなぁ。ええ?」

 

「楽しんでる場合じゃないデスよ……」

 

 武蔵の戦闘狂ぶりには呆れる金剛であったが、先の言葉がやけくそ気味なことには気づいていた。

 レ級の砲撃は強力だった。並の戦艦のものよりも強力で武蔵と金剛の二人は、自分たちの砲撃を当てるよりレ級の砲撃を回避することに専念している。

 すれすれでの回避よりも完全な回避。ほんの少しでも掠るだけでレ級の砲撃は危ないのだから。現に直撃とはいかないまでも被弾した武蔵は無視出来ない傷を負っていた。

 

「回避ィ!」

 

 ドォンと爆音。金剛は素早く回避するが武蔵はそうもいかなかった。傷が予想以上に武蔵の動きに影響を与えているのだ。

 危なげながらも回避した武蔵だが態勢を崩した。

 

「武蔵! チィ……」

 

 自身の背後にある兵装の砲身を掲げて、金剛がやたら滅多らに砲撃を始めた。武蔵が態勢を立て直すまでの間、レ級に攻撃されるわけにはいかない。

 レ級にダメージを与えるということを気にせずに、金剛は砲身を熱くする。

 攻撃を受けているレ級は、飛来して来る砲弾に怠りなく視線を合わせているが特に何かしようとはしなかった。迎撃も回避もしない。

 乱立する水柱と爆発。

 

「キシシ」

 

 数秒後に姿を現したレ級にダメージは見受けられない。

 分かっていたが理不尽だなぁ、と金剛は思った。

 武蔵を見てみる。まだ態勢を立て直せてはいなかった。レ級はその様子を見て狙いを定めている。これは拙い!

 

「うぉおおおおお!!」

 

 発射されたレ級の砲弾。

 砲弾を避けようとするが身体が反応しない武蔵の前に、金剛が壁となった。

 そして壁となった金剛に、レ級の砲弾が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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