悪夢の戦友
「今まで、お世話になりました!」
椅子に深く腰掛けている男性に少女が敬礼する。男性はその敬礼を受けてから「うむ」と鷹揚に頷いてから、楽にするように指示を出した。
言われてから、少女は少し姿勢を崩す。
そして、人懐っこい笑みを浮かべる少女に視線を合わせながら男性は口を開いた。
「寂しくなるな」
男性が思い出すのは少女とのこれまでの生活であった。活発で周囲をよく笑顔にしてくれた少女。朝一緒に走り込みをし過ぎてお互い筋肉痛で動けなくなったのは良い思い出だ。長い付き合いであったが、本日を以ってお別れである。
「司令官……」
少女もこれまでの日々を思い出したのかほろりと瞳に涙を浮かべた。
「泣くな。別に会えなくなったわけではないのだ」
「は、はい。そうですね」
涙を拭う少女に男性は言う。
「久しぶりの再会になるな」
「はい」
少女は感慨深げに返事をした。
かれこれどのくらいになるのだろうか。出向という形で別の鎮守府に赴いた時に知り合った友達。短い間だったけど共に肩を並べた戦友たち。彼女たちと再会するのはいつぶりだろうか。
出向期間を過ぎて元の鎮守府に帰ってから二ヵ月ほど経った時に耳に入った情報。深海棲艦の大攻勢で一人残らず玉砕したと聞いた時は、一晩中泣きはらしたものである。
もし自分がいたらこんなことにはならなかった、とまでは思わない。でも結果は少しぐらい変わっていたんじゃないかとは思った。
二度と会えない。
皆死んでしまった。
しかしそれは完全な情報ではないと聞かされたのはそれから二週間ぐらいのこと。少女が表では明るく振る舞うものの胸に悲しみを残していたころ。
なんと生き残りがいることが判明したのだ。それも二人。
彼女たちは海を埋め尽くす深海棲艦相手に奮闘し、追撃を振り切ってかろうじて逃げ延びていたらしい。そのことを知った時は、今度は一晩中大騒ぎした。さらに生き残っていた二人が特に仲が良かった二人なので、死んでしまった人たちには悪いが嬉しさは倍増である。
直ぐに会いに行きたかったけど、そういうわけにもいかなかった。だってこれでも軍に所属しているのだから会いに行きたくとも無理だったのである。
だけど転機が訪れて、こうして会いに行けるようになったのだ。それも会いに行くだけではなく再び一緒に戦えるのである。
「元気にしてるかな」
「聞いた話だが二人とも元気にやっているらしいぞ」
「ほんとですか?」
「うむ。それに面白い話があってな。一人は問題なく馴染んでいるらしいが、もう一人は一部を除いて同じ駆逐艦娘に恐れられているらしい」
「へぇ……」
何とも想像しやすい光景である。確かに彼女はいつもしかめっ面で常在戦場みたいな雰囲気があるから、駆逐艦娘みたいに幼い艦娘たちにはつき合い辛いかもしれない。というか怖いだろう。
でも深くつき合ってみれば、お堅いところもあるし厳しいところもあるけど優しい人だと思う。それに何より頼りになるのだ。
ああ、早く会いたくなってきた。
「お前も、元気でやるのだぞ」
「司令官こそ、もう歳何だから健康とかに気をつけてくださいね」
「大きなお世話だ」
男性は立ち上がるとビシッと敬礼を決めた。少女も敬礼を返すと、名残惜しげに部屋を後にして行く。その様子を見送った男性は、おもむろに机の上の受話器を手に取りどこかへと繋げる。勿論盗聴の対策をしてからだ。
「……儂だ。彼女のことは感謝する。何、心配するな。彼女は優秀なのだ、足手纏いには決してならん。それより彼女を轟沈させたらお前と言えど許さんぞ」
冗談めかして言っているが決して冗談ではなかった。ふふふ、と威圧するように笑ってから話を続ける。
「……遂に始まるのだな、あの作戦が。お前が大和型戦艦二番艦の武蔵を建造して、戦力の強化を図ったことは聞いておる……うむ、儂に出来ることがあるならば何でもしよう。遠慮なく言ってくれ――」
男性はこれより数分間受話器を元の位置には置かなかった。
一方で、部屋を後にした少女はというと。
「今度は最後まで一緒に戦うわよ」
声に出して自身の決意を固めていた。
額に巻いている白い布を固く締めなおしてから歩き出す。
早く会いたいという思いから、歩く速度は徐々に上がって早歩きから小走り気味になっていく。目的地にいるだろう友達のことを頭に思い描きながら先を急いだ。
普段は凛としているけど、時には花が咲いたように可憐な笑顔を見せる空母の友達。
武人という言葉が似合い、戦っている時は思わず惚れ惚れするようなかっこ良さを持つ駆逐艦の友達。
今から行くから、また一緒に戦おう。
「待ってて、赤城。そして――夕立」