武蔵の放った大砲の爆音が一帯に響くのと夕立が動くのはほぼ同時であった。
小手調べとばかりの武蔵による砲撃。夕立は自分に当たりそうな砲撃を回避して武蔵に接近する。その顔は感心したように笑っていた。
「ほう……建造されたばかりのひよっことは思えん。やるな」
笑っていたのは夕立だけではない。自分の砲撃を難なくかわされた武蔵も頬を赤らめて興奮が見て取れた。白い歯を惜しげもなく嬉しそうにさらしている。
そう、嬉しいのだ。
強い者と存分に戦える、そして戦っているという事実に胸が躍っているのである。
「一目見た時から只者ではないと思っていた! 私の人を見る目も捨てたものではない!」
闘争心を剝き出しにした武蔵の攻撃が苛烈さを増していく。大気を揺るがす振動。砲撃の嵐が夕立に襲い掛かる。
「これならどうだ!」
「ふっ」
夕立はこれも完全に回避。
至近距離に着弾して水柱を立てる砲撃を見つめるその表情には余裕があった。
そしてここで初めて夕立が反撃に移る。右手の主砲を構えて発砲。
戦艦の主砲と比べれば大したものではないが、わざわざ当たってやるわけにもいかない。回避運動を取った武蔵は直ぐに反撃に転じようとするが、まるで瞬間移動したように眼前に夕立の姿が現れた。
「何!?」
「回避の際に余計な動作が目立つ。訓練次第でこんなものは直ぐに改善出来るが……今この場では命取りだ」
武蔵の腹部に夕立の鋭い蹴りが突き刺さる。
うっ、と呻いた武蔵は二歩三歩後ろによろよろと下がると、続いて夕立から一気に距離を取った。この間に攻撃を加えることが可能な夕立であったが、黙って武蔵が距離を離すのを待つ。
これを舐められていると武蔵は解釈しなかった。
これは自分のためなのである。
このまま終わってしまっては自分は不完全燃焼である。そのことを分かっている夕立が、気の済むまでつき合ってくれようとしているのだ。
態勢を立て直した武蔵は、内心でお礼を述べながら、この恩は今回の演習で見事な戦いをすることで返すと決意した。
「行くぞ、夕立!」
「うむ、来い!」
轟音と一緒に砲弾が夕立を狙う。
武蔵は最初と変わらずに距離を取ってから砲撃を加える戦法を継続することにした。夕立の近接戦闘の能力は常識を超えているように感じるほど高い。今の自分では接近されたらそれで終わりなのである。先ほどそれをよく理解した。
ならば取る手は一つしかないということである。
「沈め!」
「単調な攻撃だ。そんなものは私にはあたらん!」
右方向に回避する夕立。瞬間、武蔵はほくそ笑んだ。
「貰った!」
夕立が回避した先に飛来する砲弾。これに虚を突かれた夕立は目を見開いて驚きを顔に表した。
が、冷静さはなくしておらず表情を元に戻すと今度は後方に飛び退くように下がる。夕立がいた場所に巨大な水柱。
「ぬぅ……」
砲弾は当たらなかったものの、爆圧によって吹き飛ばされそうになったため足を踏ん張ることで耐える。
「やったぞ」
小さくガッツポーズを取る武蔵。ダメージを与えたとまではいかないが、それでもこれは大きい一撃だ。
二人の演習を観戦しているギャラリーの面々も唸り声をあげた。険しい表情を隠そうとしない第六駆逐隊の隣で、赤城が軽く拍手をしている。
「お見事ね」
また夕立も赤城と同じ思いを抱いていた。
「見事だな。私の動きを完全に読み切っていたからの一撃だ。賞賛に値しよう」
「これで終わりではない!」
いつまでも余韻に浸っているわけにはいかないと、武蔵が攻撃を再開した。このまま勢いに乗ってガンガン攻めるのだ。
夕立はせわしないことだ、と苦笑しながら砲弾に対処する。今度は回避を選択しなかった。ならば、主砲で迎撃するのか? いや、違う。斬り払うのである。
「ぐっ、ぬおおおおお!」
あらぬ方向に飛んでいく武蔵の砲弾。
この光景に、武蔵と未だ見たことがなかったギャラリーの一部が固まった。ぽかーんと大口を開けて、自分が現実にいるのか理解出来ていないような顔である。
「流石夕立さんだ!」
響が叫んだ。
姉妹たちと一緒に眉間に寄せていた皺を離して、キラキラとした瞳で夕立を見つめている。隣の赤城はただクスリと笑っていた。
「むっ……未熟者め! 戦いの場で、いつまで呆けているつもりだ!」
いつまでも呆けたまま動こうとしない武蔵に夕立が一喝。主砲を放った。
「うぐっ……ふう」
突然の衝撃と胸の痛みに我を取り戻した武蔵は呼吸を整える。それから頭を振って両頬を叩き気合を入れると。
「あんなことが出来るからと言って!!」
咆哮し砲撃した。飛来してきた砲弾を斬り払ったのには度肝を抜かされたが、あれをずっと行える筈がない。いずれ夕立が力尽きるか、刀の方が持たないだろう。
そう考えた武蔵はひたすら砲撃を続ける。
夕立の周辺に水柱が乱立し、夕立の姿を消した。それでもいる位置は分かっているのだ。武蔵は見えないにも関わらず撃ち続ける。
どれほど放ったのか不明だがこれで流石にと判断した武蔵が砲撃を停止した。仮に撃破出来なくとも大ダメージは受けているだろう。
息を荒げながら様子を伺う。
「夕立さん!?」
「雷、落ち着いて」
今にも飛び出しそうな雷を暁が背後から身体を抱きしめることで止める。しかしその暁も出来るなら自分も飛び出したいという思いを持っていた。
電は小さく白い両手の指を絡めて握り締め夕立の無事を祈り、響は腕を組み黙って一点を見つめている。
観戦している艦娘は皆が固唾を飲んで見ていた。
そして水柱が崩れ――。
「あっ……ああ!?」
一人の艦娘が指さした先。崩れた水柱の中から姿を現したのは、沈むどころか傷一つ負っていない状態で、鋭い瞳を武蔵に向けている夕立であった。
海水で身体を濡らし、亜麻色の結ばれた髪を揺らして武蔵を見据えている。
「な、何!?」
まさかの無傷という結果に武蔵は驚愕し、それから大きな声で笑った。
「あははははは! 無傷? 無傷か! そうか、そうか無傷か!」
笑い続ける武蔵。
夕立が動き出した。艦娘たちが見守る中で刀を構え海上を滑る夕立が武蔵に迫る。武蔵は笑ったままそれを眺めていた。
「強い、強いなぁ……ソロモンの悪夢、か」
目の前に夕立の姿。
首筋に添えられる刀。
笑いを抑えた武蔵は静かに尋ねた。
「なあ、私はどうだった?」
「まだまだだ。私を相手にするには未熟」
「そうか……」
「だが、それは今のままならばの話だ。将来は間違いなく私を超えることが出来るだろう」
「そう、か」
夕立は武蔵の首筋から刀を離すと、微笑を作って言うのだった。
「私の勝ちだな」
瞬間、ギャラリーの艦娘たちから盛大な拍手と歓声が沸き起こった。わあっと、満面の笑みを浮かべた暁を筆頭に一部の艦娘たちが駆け寄って来る。
「夕立」
武蔵が夕立の名を呼んだ。
「これからよろしく頼む」
右手を差し出す武蔵。
「ああ、よろしく頼むっぽい」
夕立は初めて会った時と同じようにがっしりと手を握り合うのであった。