私はソロモンの悪夢   作:フリート

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悪夢と新兵

 見事天龍たちを救出してから数日が経った。一人も欠けることもなく全員無事に救出することが出来て、提督にお褒めのお言葉を頂いた。万々歳である。

 万々歳と言えば、私の駆逐艦娘との距離を近づけようという話だが、これはだいぶ進展があった。四人の駆逐艦娘が私に話し掛けてくるようになったのである。救出した隊の四人だ。接し方が望んでいたものとは大きくかけ離れているが、それでも向こうから話し掛けてくれるのは嬉しいものだった。他の駆逐艦娘に変化はないけど、一歩着実に進展が見られたのである。

 現在、私はその四人の駆逐艦娘と一緒に昼食を取っていた。

 こんな時が来るとは夢にも思わなかったよ。昔は当たり前の光景だったが、この鎮守府に来てからは初めてである。

 この鎮守府の駆逐艦娘との関係を何とか改善しなくては、と思っていてもどうせ無理だろうという気持ちがいっぱいだったが、まあ何とかなるものだ。特に何か役に立ったわけでもないが、一緒になって距離を縮める方法を考えてくれていた青葉にはいつか礼をしよう。

 

「どうかしたの? 夕立さん」

 

 四人の内の一人、響が小首を傾げて心配そうに私を見ていた。四人の中で一番私に話し掛けてくれる娘だ。

 

「いや、お前たちとこうして食事を取るのは良いものだと思ってな」

 

 本当にな。

 

「そっか……今までは、その、あれだったけど……これからは」

 

「ああ、礼を言おう」

 

「……うん」

 

「ふふっ」

 

 帽子で照れを隠すようにする響に、私は自然と笑ってしまった。私以外の暁、雷、電も笑う。

 それから私たちは黙々と食事を再開した。意外にも、響たちは食事中に雑談をしたりすることはない。食事をしながら話すのはマナー違反だとか言うつもりはないらしいけど、どうしてか話さないようだ。私としては、楽しく話をしながら食事をするのも、黙って食事をするのもどちらでも構わないけど。

 

「ねえ。夕立さんって、前の鎮守府ではどうだったの?」

 

 食事中は黙っているけど食べ終れば普通に話す。食後、一番初めに口を開いたのは暁だ。

 

「それは気になるな」

 

「私も!」

 

「なのです!」

 

 暁の質問に三人も喰いついた。

 しかし、前の鎮守府での私か……最初の頃は無茶苦茶情けなかったと思う。右も左も分からない上に、深海棲艦とかいう意味不明の怪物と戦うなんて怖くてたまらなかったし、訓練の時に武器を見るだけでもビビっていた。そして、この身体がどんな人物というかどんな軍艦か分かって、私があの方を目指すようになってからは恥ずかしくない生を送って来た筈だ。

 まあ、どういう人物だったかと問われれば、こういう人物であったろう。

 

「前の鎮守府では、私は皆に迷惑を掛ける存在だったっぽい」

 

「迷惑?」

 

「うむ。私は最初は碌に戦うどころか訓練もままならない艦娘だった」

 

「夕立さんが? 嘘でしょ?」

 

「嘘ではないっぽい」

 

 雷が嘘でしょ、と驚いたようにこちらを見てくるが本当のことだ。

 赤城を含めて色んな艦娘たちに迷惑を掛けたと思う。彼女たちが根気強く付き合ってくれたからこそ、今の私があるのは間違いないだろう。

 最近は赤城にしか会っていないし、いつか皆にも会いに行かねばな。会って、改めて礼を述べるのも悪くはないか。

 

「どうしたのです?」

 

「何、皆にいつか会いに行こうと思ってな」

 

「えっ? 会いに……ですか?」

 

「ああ。だから私は、いつの日か帰るのだ。あの――ソロモンに」

 

 私がそう言うと、皆押し黙ってしまった。

 お天道様が暗雲に隠れたような重い空気が場を漂う。

 いかんな。折角話し掛けて来てくれて一緒に食事まで取ってくれているのに、こんな湿っぽい空気にしてしまった。こんな筈じゃなかったのに。

 早く何とかせねば。

 

「さて、話題を変えよう。何か話はないか?」

 

 いきなり過ぎただろうか。だけどこれ以外でどうすれば良いのか分からない。

 響たち四人はしばらく俯いて口を閉ざしていたが、私の様子を確認するといつも通りの元気いっぱいな四人に戻った。

 そうだ、これで良い。

 そうしてしばらくは他愛のない話をして盛り上がった。この話の間、私はずっと聞き手に回っていた。また何か言ってしまって空気を重たくしたくはないし。

 好きなデザートだとか、どんな洋服が好みだとかそんな話を聞きながら頷いたり、問われれば答えたりしていると、ふと暁が何か思い出したように話を切り出した。

 

「そういえば、新しい艦娘を建造するらしいわよ」

 

「ほう?」

 

 それは中々興味深い話だ。

 この鎮守府の戦力はかなり充実していると私は見ている。駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、戦艦、空母と何が足りないのか頭を傾げるレベルだ。個人の練度もそうとうなものだし、並大抵の深海棲艦には負けることはないだろう。

 前の鎮守府でもこれほどの戦力があれば……と今でも考えることがある。

 にもかかわらずに戦力の増強。提督は何を考えているのか。あの提督のことだから考えなしのものではなく、必ず重要な意味があると思うのだが。

 私はこういうことを考えるのが苦手だから分からないな。

 

「どんな人が来るのかな?」

 

 新しい仲間に響は興味津々だった。

 そして響の疑問から、話はどうして建造されるのかではなく、どんな艦娘が建造されるのかになった。やっぱり、駆逐艦ぐらいの年代の娘って私と違ってそっちのことに興味を持つのだろうか。私も駆逐艦だけど。

 

「きっと、私みたいな立派なレディよ」

 

 胸を張って暁が言った。小さな子供が背伸びしているようで何とも微笑ましい。この四人の中で長女である暁だが、一番幼い気がする。だから何だと言われれば、別に何でもないが。

 

「私は、とっても優しい人だと思うのです」

 

「そうよね。優しい人が良いわよね」

 

 電にうんうんと同意する雷。仲間になるのだったら誰だって優しい人の方が良いだろう。私が出会った艦娘は、皆本質的に優しい人ばっかりであったし二人の要望は問題ないと思う。経験上優しくない艦娘に会ったことはない。

 

「響はどんな人だと思うのよ? やっぱり私みたいなレディ?」

 

「うん? そうだね……やっぱり、夕立さんみたいにかっこいい人かな」

 

 私を横目に、響は頬を桜色にうっすらと染める。ほんの数日前までは怯えて挨拶もろくに出来なかった駆逐艦の一人である響にそんなことを言われるなんて感無量だ。もう少し要求するなら、上の立場の人と接するみたいにさん付けをせずに友達感覚で来てほしいものだけど、今のままでも十分嬉しい。

 こうして尊敬の念を抱かれると、憧れに近づいたと実感が出来る。あの方と同じ異名を手にして、さらに尊敬してくれる人がいると思うと、この身体になった当時みたいに無様な真似は一切出来ない。私も、どんどん精進しなくては。

 

「夕立さんはどんな人だと思う?」

 

 暁が言うと、皆の視線が一気に私に集まった。

 私か……別に誰が来ても一向に構わない。この鎮守府の皆が、深海棲艦から背を向けて来た私や赤城を一員として受け入れてくれたように、私もどんな人が来ようと仲間として受け入れる。

 ただ、強いて言うなら。

 

「私に恐れを抱かない者が良いっぽい」

 

 冗談めかして私が答えれば、四人は微妙な顔を浮かべて笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 


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