私はソロモンの悪夢   作:フリート

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悪夢だって好かれたい その④

 我ながらしぶとい女だ……と響は敵駆逐艦を吹き飛ばしながらそう思った。

 簡単な任務だった筈だ。天龍を旗艦として龍田が続き、さらにその後ろに自分や暁、雷、電がついて行く。任務の内容なんて今まで何度も達成してきたものだった。

 安全が確認されている航路だったので油断があったのは事実だ。とっとと資材を集めて鎮守府に帰ることばかり考えていた。だがまさか海面を埋め尽くすほどの大群に襲われるとは夢にも思わなかった。群青色の海が真っ黒に変色している。深海棲艦の大群だ。

 

 今し方ぶっ飛ばした、魚雷が化け物になったみたいなイ級に、歯をガチガチと鳴らして自分たちを食い殺そうとしているロ級ら駆逐艦。

 よく見たら軽巡洋艦のへ級みたいなのもいるし、誰が指揮を執ってるのかと思えば戦艦ル級じゃないのか。黒髪の美女で大きな盾から砲身を突き出していると言えばル級であろう。

 どのぐらいの時間戦っているのかは知らないが、ほんとよく耐えているものだ。

 

「おい、生きてっか、チビども?」

 

 余裕のある表情で天龍が言った。実際に余裕があるのだろう。寄らば斬る、寄らなくとも撃つと言った感じで深海棲艦を軽々と撃破していたのを横目で見ていた。

 いや、天龍だけではない。龍田も暁も雷も電も皆まだまだ余裕があるように見える。かく言う響だって、考え事するぐらいの余裕はあるのだ。

 

「また来るわね。取りあえず撃ってしまいなさい」

 

 流れ作業のごとく暁が砲撃する。それに響たちも続く。爆音と一緒に砲弾が弧を描いて唸りをあげながら敵駆逐艦に向かって行った。

 問題なく全弾着弾である。また何隻か沈んでいった。

 チラリと敵の指揮官であろうル級に視線をやれば苛立っているのが分かった。流石人型だ。姫級みたいに話したりは出来ないけど、存外に人間みたいな反応である。

 これに天龍が苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「やべぇな……奴さん痺れを切らしたか……そろそろ援軍が来る筈だからそれまで大人しくしてもらいたいんだが」

 

 これまでの余裕には敵が本気でなかったからという理由がある。駆逐艦ばかりで攻撃して来るため、それを迎撃するだけでよかったから気楽な面があった。

 だけれど、ル級が本気を出して総攻撃なりなんなりを指示して来たら非常に拙い。こちらが一気に蹂躙されてしまう恐れがある。

 

「どうするの~? ピンチでも装って宥めてみる?」

 

 龍田が冗談めかして言うと、天龍は苦笑した。笑えない冗談というところだろうか。

 

「来るのです!」

 

 発砲音。電の視線を追えば、敵駆逐艦からの砲撃が行われていた。と言っても別に慌てるほどでもないので、冷静にこれを回避する。

 乱立する水柱。増していくル級の苛立ち。

 そろそろ限界みたいだ。

 

「こうなったらやけくそだ。意地でも生き延びてやる!」

 

 咆哮する天龍。

 すると、ウォオオオオオ、とル級も吼えた。身体の芯まで凍り付くような不気味な声だ。この声に反応して駆逐艦以外の深海棲艦も動こうとしていた。

 この動きを受けて、天龍以外の五人も余裕の表情と態度を消して覚悟を決める。

 もう一度ル級が吼えた。砲身がこちら側に向けられ、爆音。敵駆逐艦のちゃっちい砲撃とは桁違いの威力を目の当たりにする。ひと際大きな水柱が物語るその砲撃の威力や、直撃すれば一撃で轟沈、掠っても危なそうだった。

 

「ハラショー! 当たればカニェッツだ」

 

「ちょっと、響! 日本語で喋ってよ」

 

「やれやれ、雷はもっと海外に目を向けるべきだね。凄い、当たったら終わりだ、って言ったんだよ」

 

「だったら初めっからそう言いなさいよ」

 

 ル級の一撃が敵を奮い立たせた。攻撃の勢いが増して、響たちを追いつめる。

 敵駆逐艦からの砲撃。ル級含めた他の艦種の攻撃に気を取られ過ぎて響はそれを胸に受けるのであった。ただでさえ大きくない胸が無くなったらどうすると怒りを感じながら後方に三回転。直ぐに態勢を立て直す。

 

「響ちゃん! 大丈夫ですか!?」

 

 心配さが溢れている電の声に響はサムズアップで無事を伝える。

 しかし無事ではあるものの、そろそろ限界が近づいて来たと思った。疲労を身体が訴えてきているし、敵の砲撃が際どい所に降っている。この調子だとあと数分持つかどうか。

 どうするべきか。

 こうなったら方向転換して後ろに全速前進するべきか。だけれど、敵がその行為を見逃してくれるとは思えない。獲物は絶対に逃さないという狩人みたいな目をしているからだ。狩人を見たことはないけど。

 とにかく絶対絶命だ。

 援軍も中々来ないし、こうなったら特攻するかーー。

 

「馬鹿な考えは止めろ」

 

 天龍だった。

 響の肩をがっしりと掴んでいる。

 

「最後まで諦めるな。生きて生きて生き抜くんだ。生きてさえいれば後は何とかなるもんだ」

 

「……うん」

 

 天龍に思考を改めさせられた響は、頭の中に残る愚かな考えを振り払った。天龍の言う通り、生きることを諦めては駄目だ。

 まっすぐと見据えた先には深海棲艦の大群。

 来るなら来い。

 最後まで抗うぞ。

 響が深呼吸をした、その時であった。

 音が近づいて来たのだ。聞き覚えのあるエンジン音が響き渡って来た。この音の正体を響は知っている。

 この出待ちしていたのではないかと疑いたくなるぐらいにちょうどよくやって来た音の正体。響や天龍たちは思わずこの音に頬を緩ませた。

 

「遅かったわね~」

 

「なのです」

 

 龍田と電がほっとしたように言った。

 音の正体ーー艦載機たちは空気を切り裂きながら接近。一定の距離まで来ると急降下するとともに深海棲艦の大群に大量の爆弾を投下していった。

 どんどん轟沈していく深海棲艦。先程まで苦しめられていたことを考えると実に爽快な光景だ。

 これで一先ず命は助かったか。

 響が気を緩めた瞬間。

 

「響っ!!」

 

 暁が響の名前を叫んだ。

 怒りで吼えるル級が響に向けて砲撃している。このまま行けば響はスクラップ、海の藻屑と化すだろう。回避しようにも身体が上手く動かない。生きるのを諦めるなって言われたばかりだけどこれはきつい。

 油断した。さっきも油断して敵駆逐艦に一撃を貰ったというのに。次からは本当に気を付けよう。次があるのかは分からないけど。

 響は瞼を閉じた。

 

「ぬぅうおおおおお!」

 

 その咆哮に響はすぐさま閉じていた瞼を開いた。

 視界に入ったのは、同じ鎮守府に配属になって以来ずっと怯え続けて来た自分と同じ駆逐艦の背中。ともすれば深海棲艦より恐怖の対象だったその人物が、自分を守るために立ち塞がっていた。

 亜麻色の長髪を一つ結びにして、駆逐艦とは思えない程の身体つきをしている。右手に主砲を構え、左手には刀を持っている。確か刀の方は特注品らしいが、あれで自分を狙っていた砲弾を切り裂くなり弾くなりしたのであろうか。それにしても、近くにいるだけでぴりぴりとした何かを感じる。

 

 やっぱり怖い――だけれど、守ってもらったからだろうか、それとも別の理由からなのか、今感じてるのはその感情だけではなかった。

 

「夕立」

 

 響の背後から赤城が現れて、夕立の隣に立った。赤城の姿を横目に捉えた夕立は、薄く口角だけを上げる。その姿に響はドキリと感情を震わせた。

 

「あちらのル級はお怒りのようね」

 

 赤城の言う通り、忌々しげに新しくやって来た夕立たちに視線を向けている。もう少しで獲物を始末出来たのに邪魔をしたからであろう。標的を、特に邪魔をした夕立に変えている。

 ル級に話すように夕立は言った。

 

「怨恨のみに支えられているお前たちが、私たちと戦おうというのは無謀っぽい」

 

「行くの?」

 

「ああ」

 

 夕立が深海棲艦の大群の中へ突撃する。

 これを援護するかの如く赤城や、その他夕立たちと一緒に来た、加賀や金剛、比叡に吹雪も戦闘を開始した。金剛や比叡ら戦艦の砲撃で巨大な爆発が起こり、赤城や加賀の艦載機による攻撃で深海棲艦が沈んでいき、深海棲艦の苦しまぎれの魚雷は吹雪によって防がれる。この中を一心に夕立は突き進んで行く。

 

「遅いな。沈めぇ!」

 

 夕立の目指す先には戦艦ル級。ル級の砲撃を軽々と回避しながら着実に距離を詰めて行く。途中邪魔な深海棲艦を主砲で牽制したり、刀で斬り捨てながら。

 

「凄いわね」

 

 いつの間にか響の隣に来ていた暁が言った。よく見れば遠征組は勢ぞろいして響の近くに集まっている。

 響は暁に同意して頷いた。

 確かに戦っている夕立は凄い。夕立を見ていると胸が高鳴る。頬が熱くなって蒸気していくのが分かる。怖いけど、ドキドキが止まらない。

 響たちの視線の先で、夕立とル級が接触した。

 

「私たちがお前たちなどに負けることなどない。なぜなら私たちは大義によって立ち、正義を持って戦っているのだからな」

 

 高速で左手の刀が振るわれた。

 戦艦ル級は盾で己を守ることすら出来ずに僅か一刀の下で斬り伏せられる。断末魔を口から放ったル級はそのまま動かなくなって消えて行った。ル級がこの世の者ではなくなったことで、深海棲艦の生き残りの少数は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 

「あれが……ソロモンの悪夢」

 

 思わず熱っぽい声を出す響。あれが駆逐艦なんて信じられない。

 恐怖以外に感じたもう一つの感情がどくどくと胸の内から溢れ出る。そしてこれは、恋や愛ではない。そんな感じのものではなかった。

 肌を突き刺すような雰囲気、戦いの中で時折ふわりと揺れる亜麻色の髪、きりりと引き締まった表情、それからあの強さ。

 響はチラリと姉妹たちを見た。

 あれだけ姿を見る度に震えていた電も、レディーじゃないと怯えていた暁も、近づき難いと怖がっていた雷も、今や皆同じ思いが芽生えていた。

 

「「「「かっこいい……!」」」」

 

 悠々とこちらに戻って来る夕立を見ながら、四人は一斉に同じ言葉を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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