青葉の助言を受けた私は、早速食堂へと向かってからアイスを頼んだ。曰く、私はこのまま美味しそうにアイスを食べていればいいとのことで、こんな簡単に事が済むんならさっさとやっておけば良かったと思う。
目の前で食べてくださいと自己主張するホワイトでクリーミーなアイス。私が入った瞬間、食堂が心なしか静かになったのが気にならなくなるぐらい美味しそうだ。
それでは頂きます。
「…………うむ」
美味しい。口の中で濃厚なバニラが蕩けるのだ。この味に勝るものなど、この世には存在しないと断言してもいい。
食べていればその光景を見た駆逐艦娘たちが、「夕立さんって甘いものが好きなんだ」「可愛いところもあるんだ」と親しみを持ってくれると青葉が語っていた。駆逐艦娘との距離を縮めることができ、尚且つ好きなものを食べていられる実に素晴らしい作戦だ。
うん、どんどんスプーンが進む。
「あの、夕立さん?」
「何だっぽい?」
「本当に好きなんですか?」
変なことを訊いてくるパパラッチだ。好きに決まっているだろう。逆にこれが嫌いな人がいるのかっていう話だ。
「……そうですか」
何か含みがありそうだな。
それはそうとしてどうだろう。少しは親しみを感じてくれているだろうか。
私は食べながら周囲に対して聞き耳を立ててみる。予想では、「話しかけてみよう」「そんなに怖い人じゃないんだ」とかいう会話をやっているに違いない。
おっ、聞こえてきた。
「しかめっ面で食べてるけど、美味しくないのかな?」
「何であんなに警戒してるの?」
「近づいたら斬り殺されそうだ」
なぁぜぇ~。
一体、どういうことなんだ。
親しみをもたれるどころかさらに状況が悪化してはいないか。というか殺人狂みたいな扱いを受けてるぞ。
近づいただけで斬り殺すって、そんなことするわけが……。
チラリと青葉に視線をやる。
やれやれと両手をあげて首を横に振っていた。
「どういうことだ、パパラッチ」
「私、青葉です……」
「そんなことはどうでもいいっぽい」
アイスを食べ終ってから私と青葉は直ぐに食堂を退散して部屋に戻った。何だかいたたまれない空気が場に蔓延していたからである。それに作戦の失敗が分かった以上いつまでもあそこに残っておく必要はない。
ちなみに赤城は食堂に残って食事を取っている。人よりちょびっと多く食べてくるらしい。
まあ赤城のことは放っておくとして問題は私である。
「あれはどういうことなのか説明するっぽい」
「まあ、落ち着いて下さい。お願いですから気を静めて下さい」
だいたい何でアイスを食べているだけで怖がられなくてはならないんだ。アイスを食べ終るまで本音を聞かされ続けて凄い心が痛んだ。あれを良い方向に認識出来るほど、私の性癖は上級者じゃない。
「親しみを持たれないだけならまだしも、何故怯えられなくてはいかんのだ。私にどのような問題があったというのか」
「それはですねぇ。あんな風に黙々と眉間に皺寄せて食べてたら誰だって近寄りたくはありませんよ。それにちょくちょく視線だけ動かして横を睨み付けていたりしたら、ああなっちゃうと青葉思いますよ」
「別に睨み付けてなどおらんっぽい。それに貴様がやれというからやったらこの様だ」
「それは私の情報不足でした。私は夕立さんの食事風景というものを知りませんでしたし、好きなもの食べていたら表情も柔らかくなるだろうと浅はかな考えを持ったのは失敗でした。まさかあんな風に表情一つ動かさずに食べるとは……」
自分では美味しく食べていたつもりだったのだけれど、表情筋は仕事をしていなかったのか。
「どうするのだっぽい?」
「そうですねぇ……では先ずしぼりましょうか」
「しぼる?」
「はい。駆逐艦娘の中のこの人たちと仲良くなる。誰彼好かれようとは思わず、限定しましょう。一歩一歩目標を達成していくべきです」
確かに一理ある。
物事は着実に進めていかなくてはならない。
「それで具体的にはっぽい?」
「私がおすすめするのは断然第六駆逐隊の子たちですね。駆逐艦に関することなら先ずは彼女たちですよ!」
「そうなのか?」
「そうなんです。特に電さんがおすすめです」
おすすめって彼女は私の姿を正面から見た瞬間気絶する気がする。隅っこの方から私を覗き見てがくがく震えているのを見たことがあるぞ。
私は泣きそうになったね。
だが、青葉には何か勝算がありそうであった。
「私は食べ物という線は間違っていないと思うんです。ですから、今度はお菓子で釣りましょう。電さんはお菓子が大好きですからね」
「菓子類で釣るっぽい?」
「そうですよ。名付けて『知らない人からお菓子貰ってもついて行ってはいけませんが、知っている人だったらいいですよ』作戦です!」
「随分長い上に問題ありそうな作戦だな」
「単純な作戦ですよ。電さんに会って、頭撫でて、お菓子をあげれば、はい終わり! これで夕立さんは電さんのお友達なのです!」
なるほど。少し危ない匂いがするが上手く行くかも知れない。
よく長門が電にお菓子をあげているところを見たことがある。その時の電はかなり嬉しそうであった。この作戦は期待出来るぞ。
「行けるか?」
「行けますとも!」
「しかし考えてみたら、私は菓子の類を持っていないっぽい」
「それなら私が飴を持っています」
「用意が良いな」
「ありがとうございます」
ならば、いざ参らん。
準備を整えた私はポケットに飴玉を入れて廊下をぶらぶらと歩く。電がどこにいるのかは不明なのでこうして歩き回って探しているのだ。
歩き回っていたら、他の駆逐艦娘が道を開けたり震えていたりするが気にせず進む。今回の目的は電ただ一人なのだ。
二十分ぶらぶらしただろうか。それらしい人影を私は捕捉した。
前から歩いてくるあの茶髪。よし、雷ではない。雷と電はそっくりすぎて遠目からではどちらがどちらか分からなくなる時がある。私も間違えたことあるし。
とにかく、作戦決行だ。
「電!」
声を掛ければビクッと一瞬飛び跳ねる電。
そして私の姿を確認すると固まった。
「は、はわわ……ソロモンの……悪夢」
まるで深海棲艦の姫級、鬼級に単身で出会ったみたいなその反応。姫級、鬼級というのは深海棲艦の上位陣のことである。幹部みたいな奴ら。いやボスかな。
ともかく一応味方に出会ったのにこの反応は如何に。味方なんだからそんなに怯えなくてもいいじゃん。というか気絶はしなかったな。
「電」
「はい!」
ビシッと惚れ惚れするような敬礼である。上官に、しかもかなり階級が上の上官にやる敬礼みたいだ。緊張が見て取れる。同じ駆逐艦で、この鎮守府の序列で行けば私の方が下なのに。
「緊張するなっぽい」
「いえ、あああの」
「同じ駆逐艦同士、そこまで畏まる必要はないっぽい」
「ソロモンの悪夢と呼ばれている夕立さんを私たちと同じだなんて見れません!」
同じに見てよ。変な差別しないでよ。
ってそうだった。作戦を決行しなくてはならないんだった。
「電」
ここからどう進めればいいのか分からないので、計画の第一段階である頭を撫でるを行いたいと思う。そのためには私と電との距離を縮めなければ。
一歩、一歩と距離を詰めていくと電が生唾をごくりと飲みこんだ。
デデンデンデデン。
一瞬脳内にこんなBGMが流れた。これは電の現在の心境を物語っているのか。未来からやって来たロボット的なサムシング。まあ、私が人間じゃないのは確かだけどそこまで怖がるかね。
だけど直ぐにこの恐怖もなくなるだろう。
やがて私の手が電の頭に届く位置にまでやって来た。では始めようと思う。
ポフ。
ビクゥ!
「電、私は」
「ごめんなさいなのですー!」
脱兎の如くとはこういうことを言うのだろう。
駆逐艦最速の島風よりも速いんじゃないだろうか。
ぽつりと立ち尽くす私は伸ばした手を引っ込めて後方に視線をやった。そこには角の方から顔だけ覗いている青葉の姿が目に入った。
「失敗っぽい」
聞こえるように言ったら、青葉は口を押さえて笑っていた。