私事と言いますか、就活との兼ね合いでかなり更新が遅くなったのです。これからも遅くなると思いますが、必ず完結させますのでこれからもよろしくお願いします。
レ級と激突し、長良が新たな同胞として参入してから一週間が経過した。この一週間は平穏ではなかったものの、戦争中とは思えないほど静かなものであった。
特筆することと言えば――長良が新しい鎮守府に上手く馴染んだこと、まだまだ一週間足らずではあるものの神通の指導によって武蔵がそれまでより飛躍的に向上したこと、明石が夕立の刀を完成させたことなどである。特に新しい刀に関しては、夕立がその出来栄えを見てしばし言葉を失ったほどだ。
これならレ級などものの数ではない。直ぐにでも深海の怪物どもからこの海を解放することが可能だ。早く出撃し奴らに正義の鉄槌を食らわせてやる。などと逸る気持ちを抑え切れずに言動に表していた。
そんな夕立の思いが天に通じたのであろう。彼女がこの力を発揮する時が早々と訪れたのである。
すなわち――深海棲艦に動きがあるという報が鎮守府に入って来たのであった。
深海棲艦、詳しくは戦艦レ級が大方の予想通り一週間で再び動き出したという情報を夕立が耳にしたのは、執務室で提督と将棋をやっていた時である。
新しい刀を手にした喜びで闘争心を剥き出しにしながら廊下を歩く夕立に恐怖を覚えた駆逐艦娘の一人が、提督にそれを伝えてどうにかしてほしいと頼み込んだのだ。提督は了承し、夕立の気を静めるために執務室に誘ったのである。それから将棋をしようということになったのだ。
夕立と提督はともに将棋を嗜んでおり、しばしば相手をする関係であった。
「夕立よ。逸る気持ちはよく分かるが落ち着くのだ」
「申し訳ありません。これを目にした時、どうにも自分を抑えきれなくなってしまったのです」
そう言って、夕立は腰に差した刀の鞘を撫でる。
「駆逐艦娘たちが怖がっておったぞ」
「……っぽい」
ついもれてしまった口癖に夕立は片手で口元を覆った。別に提督は気にするなと言っているが、夕立としてはこれはなくしたい。戦闘中だけでなくせめて提督と話をする時は特に。
口元を覆っていない方の手で駒を動かすと、提督はニヤリと笑った。
「お前らしくもないミスだな」
「あっ」
口癖を気にしすぎて思わぬミスを犯してしまった夕立。これはなかなか痛いミスであったが、取り返しがつかないほどのものではなさそうだった。
夕立は一瞬、二瞬考えると将棋盤の駒を動かした。
それを見て勝ち誇っていた提督の表情が変わる。形勢が逆転したのだ。
「むぅ……」
「閣下がお相手と言えど、私は手加減はしません」
だが提督とてただでは終わらない。次の提督の動きは見事夕立の攻撃を回避し膠着状態に持ち込む。以後これを繰り返し一進一退の攻防が続いた。
結果。
「閣下、王手です」
「ぬぅ……参った」
勝負は夕立の勝ちである。
その時、扉の奥から声が聞こえてきた。
「提督、私です」
女性らしい高音でありながら、凛として男らしさも併せ持つ非常に耳触りの良い声だ。提督が「入って来い」と言うと声の主はその姿を現した。
引き締まった筋肉質の肉体――秘書艦の長門がそこにいた。
「失礼します」
「うむ」
長門は敬礼してから視線を将棋盤に移した。
勝負のついた将棋盤を覗いて、感心するように勝者である夕立を見る。
「ほう。提督に勝ったのか?」
「そうだ」
「やるではないか。今度時間があったら私ともしよう」
「望むところっぽい」
続けて長門は提督に自身の目的を述べた。彼女は深海棲艦についての新しい情報を入手したため、至急提督の耳に入れる必要があると判断し来たというのである。
何やら穏やかなものではなさそうだと夕立は睨んだ。
そしてその情報は、夕立の抑えていたものを表に出すのに十分なものであった。
「レ級が再び姿を現しました」
瞬間、長門に重圧が襲い掛かった。
部屋全体が軋んでいる錯覚すら覚えるそれに、長門は微笑む。これほどの威圧感を放てる存在が同胞なのは大変喜ばしいことである。が、今この威圧感を放つのは勘弁してほしかった。
「夕立」
長門がゆっくりと首を横に振った。
「済まん」
「よい。気持ちは分かる」
「詳細を申せ、長門」
「はっ」
提督に促された長門が自身の得た情報を語る。
情報によれば、レ級は先に現れた場所と同じ海域に姿を現したらしいのだが、中身はまったく異なっていた。先の戦いで姿を現した時、レ級は駆逐艦二隻、空母二隻、戦艦一隻の隊を率いての出現であった。だが今回は明らかに規模が違う。
さらに別動隊らしきものも確認されており、レ級は二方面から鎮守府に進行しているようだった。とうとう深海棲艦が攻勢に打って出たということである。
確かに緊急で一大事だった。
「なるほど……」
長門が話を終えると、提督は顔髭に手を当てながら表情をこわばらせた。
いきなりの深海棲艦の動き。これの対応を誤ればなし崩し的に壊滅の恐れがあるため下手なことは出来ない。しかし、これを上手く乗り越えることが出来ればその時は――提督は決断した。
「長門。今から言う艦娘たちを集めるのだ」
指示を受けた長門が放送で提督が口にした名前を告げていく。
十分もしないうちに、名前を呼ばれた十人の艦娘たちが執務室に集結した。放送時の長門の声音、部屋の空気を感じ取った艦娘たちの表情は固い。
呼ばれた理由はおぼろげながら予想はついた。
提督が一人一人の顔を確認する。
「諸君も薄々は感づいておると思うが、深海棲艦に大きな動きが見られた。儂らは二方面より攻め寄せる奴らを迎撃し、これを殲滅する」
「二方面? 閣下、私たちも隊を二つに分散するのですか?」
集められた艦娘の一人である長良が首を傾げた。前の提督と区別するために夕立を真似て閣下と呼び始めたが、すっかり馴れを感じさせる。
提督は頷いた。
「うむ……あまり長々と話は出来ぬな。早急に出撃してほしい。長門よ」
「私はどちらに? まあ、聞くまでもないとは思いますが」
「そういうわけだ。では、健闘を祈る」
「はっ!」
長門及び五名の艦娘たちが執務室を後にした。部屋に残っているのは夕立を筆頭にして、長良、赤城、加賀、響、武蔵の六名である。金剛と長良が入れ替わったのを除けば、先の戦いでレ級と対峙したメンバーであった。金剛は長門と一緒である。
提督は夕立を真っ直ぐと見つめた。
「レ級は任せたぞ」
「はい」
「お前たちも、一隻残さず殲滅する勢いでやるのだ」
「了解です」
代表して赤城が答える。
それから夕立たちも執務室を出て行った。その後姿を見送ると、提督は自分に言い聞かせるように呟いた。
「……この戦いに勝利すれば……儂らも動き出す時が来るのだ」
執務室を出て行った後、廊下を歩く夕立に長良が話し掛けてきた。
「夕立、気合入ってるね?」
「勿論だ。これまでの二度に渡る屈辱を返す時が来たのだ。私は高揚している」
夕立の言葉通り、頬が興奮で赤く染まっていた。必死に抑えようとしている胸の内に溜まっているものが爆発しそうな感じだ。
長良がポンポンと夕立の肩を叩いた。
「そう力を入れてちゃ肝心な時に失敗するよ」
「それはないっぽい。私は成功を確信している」
「まっ、そうかもね」
後ろを向いて長良は笑った。
「夕立がいて、赤城がいて、他にも頼もしい仲間たちがいっぱいいる。それに何より――私もいるから」
「うむ」
夕立は信頼しているとばかりに深く首を縦に振った。
その瞳は、これから三度目の戦いをすることになるレ級を、睨み殺さんばかりの鋭さがあった。