私はソロモンの悪夢   作:フリート

15 / 17
悪夢と悪魔

 そこは地上ではなかった。

 陽の光がもたらす恵みなど存在せず、闇が広がっている。ただ、光はないわけではない。あるにはあるのだが、その光は不気味と表現するより他になかった。

 ここには人が生活している形跡がある。巨大で驚くような建物はあまりないが、目を見張るような奇抜な建物はたくさん立ち並んでいた。自然と言えば自然で素朴と言えば素朴。コンセプトは瓦礫の山とでも言うような、だけどきちんと人は生活出来る建物だった。

 しかしながら人が住んでいるにしては活気がなさ過ぎだった。気配はあちらこちらに点在するのに、不自然に静かだ。例えるのならば、通夜の最中、あるいは祭りが終わった翌朝の空虚感にも似ている静寂。

 

 ここは海底、いや深海と表現した方が良いのかも知れないが、とにかくそんな場所に位置している。人が住んでいるとは言ったものの、人が住む場所でも住める場所でもない。正確に言えば人型が住んでいる場所。

 そう、ここは深海棲艦の住む世界だ。

 

 元々この辺りは深海棲艦の住処ではなかった。と言うのも、ちょうどここの上の土地には人類が住んでいたからである。深海棲艦たちは、地上に拠点を形成していた人類及び艦娘を完全に駆逐して――まあ、二人ほど艦娘を逃がしたけれど、完全に駆逐で間違いはない――ここの海の世界に定着した。まだ一年も経っていなかったと思う。

 

 そして、ここの実質的支配者は飛行場姫と呼称されている深海棲艦であった。

 

 そんな彼女であるが、自分の目の前に立っている戦艦レ級を不機嫌そうに眺めていた。彼女はついさっき休息に入って目を閉じていたと言うのに、それを邪魔されたのである。実際に彼女を叩き起こしたのはレ級ではないのだが、不機嫌な原因がレ級にあるというのも否めない。

 何せレ級は失態を犯しているのだから。

 

「……マタナノ」

 

 自分の挙動にいちいちピクリと反応するレ級に飛行場姫がため息を吐いた。怒りより呆れの方が強く出たため息だ。

 

「オマエ以外全滅……貴重ナ戦力ヲ」

 

 駆逐ハ級二隻と空母ヲ級二隻、さらに戦艦ル級一隻を失う大失態だ。問題はそこだけではなく、相手の艦娘を一隻も轟沈させることが出来なかったと言うではないか。戦場で寝ぼけていたのではないかと吐き捨てたくなる結果だ。

 一応言い訳は聞いてやった。

 しどろもどろで聞くに堪えないものだったが、纏めるとこうだ。艦娘一人一人の練度が高く、連携が凄い。それに只者ではない駆逐艦がいた、というもの。

 

 言い訳をするならもう少しマシなものにしてほしかったが、仲間を売らなかったことだけは評価出来る言い訳だった。

 ただ気になるのが一つ。只者ではない駆逐艦という話だ。

 少し前にも同じような話を聞いた飛行場姫。あれは重巡リ級の話だっただろうか。敵の水雷戦隊をもう少しのところで全滅させれるところに突如現れた駆逐艦。ル級の砲弾を刀で弾き飛ばし、一刀の下にル級を斬り殺したというものだ。

 

 戯言をとは言えない飛行場姫。

 何故なら話に出てくる駆逐艦に心当たりがあるからである。過去にこの周辺の人類と艦娘を撃滅するために海上に敷いた包囲網。それを突破して逃げていったのが空母と駆逐艦だ。あの駆逐艦も刀を持っていた。確かにあの駆逐艦のスペックはデータだけでは測れないものだった。

 人類側が時々口にする大和魂とかいう精神が肉体や物量などを凌駕するという、馬鹿な言葉をあの時は信じてしまいそうになったものだ。

 

 ここでふと何かを思い出しかけた飛行場姫は頬に切り傷が入ったレ級を見る。レ級は何を言われるのかと直立したが、飛行場姫はそれを無視して思考した。

 そこで思い出したのはこのレ級がその駆逐艦を過去に一度逃したことがあるという事実。

 

「オマエ、マタナノ……」

 

 もう一度呟いたその言葉だが、最初のとは意味が違っていた。最初のは、またお前だけ生き残った上に艦娘を一人も撃破出来なかったのか、という意味。後のは、同じ駆逐艦をまた逃したのかという意味だった。

 さらに言いたいこととしては、どうしてその駆逐艦の話をした時初めて戦ったみたいな言い方をしたのかだが、単純に覚えていなかっただけだろうということで心の奥底にしまっておいた。それを口にして指摘するのが面倒くさいのである。

 

「サテト……オマエノ処分ヲ如何シヨウカシラ」

 

 処分という単語にレ級が縋るように飛行場姫を見つめる。

 飛行場姫としては解体処分だの何だのをする気はなかった。レ級は非常に優れた存在なのである。戦いを遊びとでも思っているのか敵を舐めてかかったり、いたぶったり、手加減したりするきらいがあるけどそれを差し置いても強いのだ。レ級をむざむざと解体処分などすれば喜ぶのは敵だけであった。戦線が非常に拡大しつつある現在において、有能な逸材を簡単に消すことなど出来ない。

 だけれど何もしないというのもそれはそれで問題な気がする。別に深海棲艦には規律や軍規何てものは存在しない。それを守れるほどの知能が大半の深海棲艦には欠けているからだ。だからと言って何もしないのは……。

 

 どうするか悩んだ末に飛行場姫が出した結論は、何か手柄を立てさせて罪を帳消しにするというものであった。何時の時代だと言いたくなるが、与えれる罰など掃除でもしろ、ぐらいしかない。しかもレ級はその掃除も碌に出来ない可能性があるのだ。というか出来ないだろう。

 飛行場姫は出入り口を顎で示しながら、冷めた声で言った。

 

「オマエニハ新タナル戦力ヲ与エルワ……分カッテルワネ? 次ハナイ」

 

 レ級は息を呑むと拙い敬礼をしてから逃げるように部屋から出て行った。その様子を満足そうに飛行場姫は見送る。

 どうやらレ級に焦りというものが生まれたらしい。今度失態を犯せば殺されるとでも思っているのだろう。その恐怖はレ級から慢心と遊びを失くし、彼女を完全なる悪魔へと変貌させる。別にまた失態を犯したとしても飛行場姫としては苛立つぐらいで殺す気はないのだが、レ級がそう思うのならそう思ってくれていた方が都合が良い。

 飛行場姫はほくそ笑んだ。

 

「ソレニシテモ……」

 

 レ級の様子を嬉しがると同時に、飛行場姫には懸念があった。レ級やリ級の話や飛行場姫の記憶に残っている駆逐艦のことである。そいつを何とかしなければ、こちらの被害が甚大になることは間違いない。ああいうのは、一人いるだけで戦局を大きく左右するものである。

 だがレ級の話を聞いて確信したことがあった。その駆逐艦は自分の腕にはかなりの自信を持っているのと、血の気が多いこと、そして精神的支柱な面があることだ。

 特に最後のが重要であった。つまりその駆逐艦を轟沈させてしまえば、今自分たちと対峙しているところの人類や艦娘の士気が大いに下がる。自分たちは駆逐艦を轟沈させた勢いに乗って敵を撃滅、これにより人類側は力を大きく落とし、深海棲艦側はさらなる勢いを得るのだ。

 

 正直なところ飛行場姫にはその駆逐艦を轟沈させる算段がついていた。レ級の話を聞いたからこそ思いついたものだった。

 

「ソノ勇猛サガ弱点……」

 

 飛行場姫はニッと笑うと出入り口の方へ歩き出した。彼女の頭の中には既に勝利した後のことがあった。最早自分たちが負けることなど微塵も思い描いていない。

 

「来ル……イヤ、戻ッテ来ルガ良イワ……コノ、ソロモンヘ……海ノ屑ニ変エテヤルワ、ウフフ」

 

 最後には声を出して笑いながら部屋を後にするのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。