私はソロモンの悪夢   作:フリート

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悪夢の戦友 その⑥

「こうして三人で食事を取るのも久しぶりだよね」

 

 太陽が沈み始め外が夕方と呼称される時間帯になると、食堂も艦娘たちによって賑わいを見せる。艦娘たちにとって朝、昼、夕方の食事は生きる上で楽しみの一つなのだ。ただの栄養補給のためだけのものではない。

 私とて例外ではなく、賑わいの中に交じって、食堂の出入り口から一番奥の席に座って食事を取っていた。同席しているのは案内ということで鎮守府内を一緒に歩き回った赤城と長良だ。

 本来だったら、私は第六駆逐隊の面々と、赤城は加賀と一緒の筈なのだが、彼女たちが長良との旧交を温めてほしいと気を利かせてくれたのである。

 

 こんな日が戻って来るとは思いもしなかった。

 

 過去には長良が出向という形で鎮守府に赴いてくれたお陰で一緒に食事を取る仲になれた。だけれど、出向期間が過ぎて長良が鎮守府を去り、私たちも鎮守府を陥落させられて完全に離れ離れになったのである。ところが、私たちを拾ってくれた提督と長良の提督が親友で、こうして、また一緒に食事を取ることが叶った。人の縁とはどこで繋がるのか分からないものである。

 

 私は長良の言葉に頷きながら、コップになみなみと注がれた水に口をつけた。

 隣で話を聞いているのかいないのか、赤城は三杯目の白米と二杯目の味噌汁を今から食事を始めるのだとばかりに取り掛かっている。

 その赤城の食べっぷりを長良は懐かしそうに眺めていた。彼女は赤城の食べっぷりを見るのが好きだと語ってくれたことがある。確かにここまで美味しそうに食べているのを見ると、料理人ではない私たちまでもが気分良くなってしまうものだ。

 私と長良が一杯の食事を食べ終るのと、赤城が五杯分ほどの食事を食べ終るのはほぼ同時刻であった。赤城曰く、皆よりちょこっとの量なので当たり前のようにぺろりと平らげるのである。

 食事が終わると、私は愚痴るように今日のことを、と言うよりは戦艦レ級のことを話した。

 

 私とレ級の因縁は私が前の鎮守府に所属していた時からある。その時には長良はもういなかった。初めてレ級と会いまみえた時、やはりレ級は強かった。私は防戦一方で右腕が使い物にならなくなるぐらいの傷を負ったものである。

 結局そのレ級との戦いも、倒すことが出来ずに撤退という形になった。

 それから直ぐに深海棲艦の大攻勢が始まって、私と赤城は深海棲艦の包囲網を突破するようにここの鎮守府まで逃げて来たのである。

 

 だから今回は悔しさが込み上げてくる。

 私が過去に対峙したレ級とは別の個体であろうがレ級には変わりない。そいつに一度だけではなく、二度も撤退に追いやられたのだ。

 次は必ず……。

 

「そっかそっか、夕立と言えどもレ級は厳しいのか……」

 

 長良はコクコクと首を縦に振りながら腕を組んだ。

 

「私が知ってるだけでも、夕立は単独で戦艦級を八隻は撃沈している駆逐艦とは思えない艦娘だけど、レ級は駄目か……」

 

「むっ……」

 

 そんなことはない。今回の戦いで私の一撃が奴に通用することは分かったのだ。さらに明石の最高傑作の力を持ってすれば、奴は我々の前に膝を屈することになる。子供のおもちゃ遊びと戦いの区別もつかんような輩に断じて後れを取るわけにはいかん。

 それに何も一人で戦うわけでもないのだ。私には背中を預けることの出来る同胞の数が揃っているのだからな。

 

「次、出撃命令が下った時がレ級の最後だ」

 

「心強いお言葉。まっ、私だって来たんだし問題ないわよ」

 

「足手纏いにはなるなよ」

 

「誰に向かって言ってんのよ。私は長良よ」

 

 そうだな。お前は長良だ。轡を揃えて共に戦った戦友だ。

 その時、ぐぐぅと腹の音が聞こえた。艦娘たちが盛り上がる食堂なので聞き取りずらくはあったが、音は確かに私の隣から聞こえたのだ。

 私と長良の視線が音源に注目する。

 

「今日は頑張ったから」

 

 音源は顔を真っ赤にしながら俯く。

 五杯も平らげておきながらまだ食べたりないらしい。底なしの胃袋に呆れると同時にこれこそが赤城だと思った。

 しかし食堂で食事を取れる時間はそろそろ限界だ。だが何か食べさせてあげなくては赤城が空腹で倒れる危険性がある。

 考えた結果、一か所だけ赤城を満たすことが可能な場所を思い出した。

 もう少し時間が経ってからでないと開いていないが、食堂以外で食事を取れる場所はそこしか考えつかない。

 私は赤城と長良の二人を誘った。

 

「赤城、長良、飲みに行くっぽい」

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の夜中というのは、艦娘たちの喧騒で静寂とは無縁な昼間とは打って変わってまるで別世界にいるようであった。

 武蔵は、その静かな暗闇の世界を歩く。

 眼鏡の奥に輝くルビー色の瞳が、闇の中で一際の輝きを放っていた。

 

「確か、こちらだったな」

 

 月明りや外灯を頼りに目的地を目指す。今の時間ならばそこに探し求めている人物がいるという情報を入手したのだ。彼女に会って頼みたいことがあった。

 別に明日になっても会えるけれど、思い立ったが吉日。武蔵は行動した。

 

(……金剛)

 

 思い返すたびに胸の内が痛む。

 今回の出撃で、金剛は武蔵を庇って轟沈寸前のダメージを負った。ただの大破ではなく自分を庇っての大破である。情けないことこの上ない。

 武蔵は自分の情けなさが許せなかった。

 自分は偉大なる大和型戦艦の二番艦なのである。その自分が庇う方ならいざ知らず、庇われる方だなんて耐えることが出来ない。

 

 入渠室で何ともなかったようにニコニコしていた金剛。気にする必要がないなんて言われたけれど、気にしない方が無理という話である。

 まだ建造されて一か月しか経ってない新米であるけど、武蔵には大和型戦艦という誇りがあるのだ。今回のような無様は到底許されるものではない。姉妹艦である大和にも泥を塗りたくってしまったことになる。汚名返上、名誉挽回の為にも今のままでは駄目だ。

 さらなるレベルアップを果たさなくてはならない。

 

 しかしながら、それは一人でがむしゃらにやっていれば可能なことではなかった。自分を助けてくれる仲間、そして不甲斐ない自分を導いてくれるそんな存在が必要なのである。

 前者は夕立のような人。後者においても夕立は力を発揮してくれそうであるが、彼女は口で語るより背中で語るタイプだと武蔵は見ていた。

 武蔵が今必要としているのは口で語ってくれる存在――教師、教官の類なのだ。

 

 これから武蔵が訪ねようとしている人物は、鎮守府内でそういったことに最も優れた手腕を発揮する人物であると武蔵は聞いた。

 主に彼女が導き、鍛え上げたのは駆逐艦娘であるが、夕立への態度はさておいても優秀な人材ばかり。実績があることを顧みれば期待が持てるというものだ。

 問題は戦艦の自分のことを見てくれるかどうかの点だが、彼女は過去にも空母、戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦と一通り面倒を見たことがあるらしい。だから頼み込めばきっと快く引き受けてくれるだろうとの情報だ。

 

(このままではいかんのだ。私は武蔵なのだから、このままではいかん!)

 

 武蔵は胸の憤りを拳を強く握るとという動作に表す。血が滲み出るのはないかというぐらいギリギリと強く。

 そうこうしているうちに目的地に辿り着いた。

 武蔵はのれんを見て確かにここであることを確認すると、一度深く呼吸をし、自分を落ち着かせる。

 

(よし、行くか)

 

 自分を指導してくれる人物を求めて、武蔵は明かりのついたその店へと飛び込んだ。店に掛けられたのれんには「鳳翔」という文字が書かれていた。

 

 

 

 

 


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