かつての戦友長良との再会を喜んだ私は、埠頭で二人と別れた後、その足を工廠へと向けていた。工廠では、妖精さんと呼ばれる人類や我々艦娘とはまた違う存在が、艦娘の建造、装備の開発に日夜勤しんでいる。彼女たちの存在がなければ深海棲艦とまともに戦うことなど出来ず、我々にとって必要不可欠な同胞だ。
しかし、今回はその同胞たちに用があるわけではない。工廠で活動しているのは何も妖精さんだけではないのだ。工廠では二人の艦娘が己が役目を存分に果たしている。
そのうちの一人に用があるのであった。
「明石、いるか?」
私が訪ねた先にいる艦娘――工作艦明石。彼女の存在も妖精さん同様必要不可欠な存在であり、私にとってみれば彼女にいてもらわないと話にならないレベルなのである。
彼女は私の姿を認識すると、その桃色の髪をふんわりと揺らしながらこちらに歩いて来る。浮かべている笑顔は、彼女の人の良さが分かるというものであった。
「夕立さん、いらっしゃい」
仕事用の工具を持っていない方の手をあげて歓迎を示す彼女に、私は軽く頷き返す。
「今日はどうしたんですか?」
「うむ。私が今日出撃したのは知っているっぽい?」
「そうなんですか? 私はこんなところで日がな一日過ごしていますから、情報が入り難くてですねぇ。それで、今回私を訪ねられたのと何が関係あるのですか?」
「これのことだ」
私は刀がなくなった鞘を明石に手渡す。
鞘を手渡された明石は、それだけで私が言いたいことが伝わったらしい。冗談めいたように笑いながら言った。
「ふふふ。これはこれは、ソロモンの悪夢ともあろうお人が随分と……誰にやられたんです?」
「レ級だ」
「なるほど。それは仕方ありませんね。そんなことよりも、駆逐艦でありながらレ級と戦って見たところ無傷な方が驚きです。相変わらず大したお人ですね」
「頼めるか?」
「任せてください。レ級を豆腐のように斬り裂ける代物を提供しますよ」
「済まんな。お前に鍛冶屋の真似ごとを……」
「いえいえ。私が好きでやっていることですので」
私に明石がいてもらわなくてはならない理由はこれだった。妖精さんでは私の刀を造ることは出来ない。前の鎮守府でも私の刀は明石に一任していたから、こちらでも頼んでみたら快く引き受けてくれて今にまで至るのである。
彼女には感謝してもしきれない。
「これはいつまでに仕上げればよろしいですかね」
「なるべく早い方が良いっぽい」
「レ級にやられたと言いましたが、レ級の方はどうなんです?」
「まだ生きている」
「でしたら、またいずれ出撃命令が下るでしょう……しかし、レ級の動向を確認する必要がある上に、レ級も直ぐにやって来ることはなく、明日、明後日ではないでしょう」
確かにレ級が率いていた艦隊は海の藻屑に変えてやったので、一時は大人しくしているだろう。少なくとも明日、明後日で出てくることはない筈だ。
だけど近いうちに再び現れることも間違いないと思う。だからなるべく早い方が良いと頼んだのであるが。
「一週間以内には用意します」
「礼を言うっぽい」
「どういたしまして。あっ、そうです」
明石が一旦席を外し戻って来ると、その手には私が今まで使っていたものとは別の刀が鞘に納められていた。
「これは?」
「失敗作と言いますか……ないよりはマシでしょ? 持っててください」
「うむ」
私は明石から受け取って、鞘から刀を抜いて見てみる。失敗作とは言うものの目立った問題点があるとは思えない。
代用品としては十分だ。
刀を鞘に戻す。
「それでは早速作業に取り掛かりますので」
「うむ。頼むぞ」
「はい」
新しく完成する刀の出来栄えを想像しながら、私は気分良く工廠を後にした。
工廠を出た私は、その工廠の入り口で赤城と長良に遭遇した。何をしているのかと思えば、赤城が長良に鎮守府の案内をしてやっているらしい。
先ほど別れたばかりであるが、私は二人に合流することにした。特にやることもなかったし、二人からも是非と言われたので加えてもらう。
「どうだ、この鎮守府は」
「まだよく分かんないよ。でも、閣下は良い人だったし、知り合いもいるし文句はないわ」
「ここの艦娘は皆良い子ばかりよ。長良もきっと気に入るわ」
三人で並んで歩く。
案内は適当にぶらりと一周するように回った。途中で出会った艦娘は皆長良を歓迎してくれたが、駆逐艦娘だけはどういうわけか遠ざかっていった。
いや、どういうわけかではない。理由は明確で、私がいたからである。私に対して恐怖を覚えている駆逐艦娘たちであるが、前は怖がりながらも挨拶ぐらいはおずおずとする子たちが多かった。しかし武蔵が建造されて直ぐに私と演習をやってから、駆逐艦娘たちは以前より私に近づかなくなったのだ。一体、私の何が悪かったのか。
理由を知っているらしい赤城は教えてくれない。教えてくれたら改善ぐらいすると言ったら、「今のままで良いのよ」と優しく諭すように言われた。
長良はこの様子に大爆笑していた。
解せない。
まあ、逆にもっとキラキラした瞳を向けてくれるようになった子たちもいるが。
「夕立さん! 赤城さん!」
私たちを見つけて駆け寄って来る四人の艦娘たち。暁、響、雷、電の第六駆逐隊の面々である。彼女たちは私のことを尊敬していると言ってくれる稀有な駆逐艦娘たちで、私の心の清涼剤だ。特に響はよく指導してやる仲で、最近彼女の腕はメキメキと上がっている。
そう言えば響は今回の戦いで傷を負って入渠していた筈だが、どうやら完全に治ったようだ。大した傷でもなかったから直ぐに治ったのだろう。
駆け寄って来た暁たちは長良に自己紹介を行う。響以外は埠頭で一緒にいたから既にやっているのかと思っていたがそうでもなかったらしい。
「私は暁よ。一人前のレディーとして扱ってね」
「響だよ。よろしくね」
「雷よ。これからよろしく頼むわね。どんどん頼ってくれて良いから」
「電です。よろしくお願いします」
「この子たちが……私は長良よ。よろしく」
自己紹介をした四人は不思議そうに長良と私と赤城に視線を目まぐるしく移している。どうしたのかと赤城が訊くと。
「長良さんは、夕立さんや赤城さんとどういった関係なの?」
どうやら随分と仲が良さそうな私たちの関係が気になったらしい。暁が代表して尋ねてきた。
この質問には私が答える。
「前の鎮守府で、短い期間であったが共に戦った仲なのだ」
そう答えると、四人は長良に瞳をきらめかせる。長良は気恥ずかしそうにしながら人差し指で頬をかいた。
私と赤城はそんな長良に笑みをこぼす。
それから四人は、やることがあるからと言ってどこかへと行ってしまった。暁たちの姿が見えなくなるまで見送った後、長良が口を開いた。
「良い子たちばっかり。随分尊敬されているみたいじゃん」
「ありがたいことだ。いつまでも彼女たちが堂々と尊敬出来る人でありたいっぽい」
「だったら、その可愛らしい語尾を何とかしなくちゃね」
「だからそれを言うなと言っているのだ」
「それがあるからこその夕立なのよ。ねっ、長良?」
「うん。なくさない方が良いよ」
私はそう言ってくる二人にため息を吐くしかなかった。