敗北か痛み分けか。
出来れば痛み分けということにしておきたいレ級との戦いは、私たちの撤退という形で終了した。しかし、向こうはレ級以外全滅でレ級も負傷し、こちらは負傷した艦娘はいるものの轟沈した者はいない。実質勝ちなのではないのか。
そんなことを言っても仕方ないのであろうが、深海棲艦などに負けたという事実を極力作りたくない。しかも数の上では互角であったというのに。
私以外の皆もどこか険しい顔を隠しきれていない。勝てると思っていた戦いに勝ちきれなかったことと、金剛の轟沈寸前の大破が沈痛な空気を醸し出していた。
それにしても金剛の傷は酷いな。戦いの際は轟沈していないことだけは確認していたが、ここまで酷いものだったとは。あのレ級の主砲が直撃したことを考えるとこれでもマシな方なのだろうが。
私は金剛に肩を貸す赤城とは反対側に身体を寄せる。
「金剛、無事っぽい?」
「早く入渠したいネ」
「もう直ぐ鎮守府に着くから頑張るっぽい」
言っていると遠く鎮守府の姿が肉眼に収まってきた。
ゆっくりと確実に私たちは鎮守府に帰ってきている。鎮守府の姿が詳しく見えていくのに従って、埠頭に十人にも満たない人影がこちらを見ていることに気づいた。
その中の三人ほどが飛び跳ねている。
もっと近づいてみれば、その飛び跳ねている三人が響の姉妹たちであることが分かった。
さらに提督と長門、双眼鏡を片手にしているのは青葉だな。悪いんだがスクープになるような戦いではなかったぞ。
それにもう一人はどういうことだ。彼女がここにいる筈はないのだが……新しく建造されたのではない。確かに私の知る彼女だ。
私たちを待っている人というのは彼女のことだったのか。だがどうしてこの鎮守府にいる。話を聞きたいところだが、先にしておかなくてはならないことがあった。
鎮守府へと戻ってきた私たちは提督の前に整列する。
「夕立以下五名、ただいま帰還しました。報告します。敵深海棲艦駆逐ハ級二隻、空母ヲ級二隻、戦艦ル級一隻を撃沈。戦艦レ級を負傷させました。こちらは私が武器を完全に紛失、響は小破、武蔵は中破、金剛が大破しました。赤城及び加賀は負傷はないものの、艦載機をほぼ失う結果となりました。以上です」
「うむ。負傷した艦娘は直ぐに入渠したまえ。既に準備は出来ておる」
その言葉に武蔵と響、金剛が自身の身体を治療しに向かった。暁たちは私に手を振ってから響たちの後をトコトコとついて行く。
加賀は肩を貸す役目を赤城と代わってそのまま行ってしまった。
今この場に残っているのは、私と提督に呼び止められた赤城、提督に長門と青葉、そして彼女である。
青葉が私の下に駆け寄って来た。
「いやいやいやいや、ご無事で何よりです! 青葉心配したんですよ、まったくもう~」
「お前に提供するネタは持っておらんぞ」
「酷い! 私は本当に心配してたんですから! 前から思ってましたけど、夕立さんって青葉のこと誤解してませんか!?」
「冗談だ。礼を言うっぽい」
「冗談には聞こえませんでしたが。さて、私はこれで失礼しますね。それにしても夕立さんも隅に置けませんねぇ~」
「何? どういうことだ?」
「何でもありませ~ん」
逃げるように青葉はその場を後にした。後であいつに聞くことが出来たな。
私が去りゆく青葉を目で追っていると、ぽんと肩を提督に叩かれた。
「閣下?」
「彼女と積もる話があるだろう。ゆっくりとしておくが良い」
提督はそれだけ言ってから、長門と一緒に私に背を向けて行った。
残りは私と赤城と彼女。
私は赤城と隣り合うように立って、彼女と向き合った。
私たち三人は何か喋るでもなく見つめ合う。
誰から話そうか、最初はどんな言葉が良いのか、私たちはそれが分からず黙ったままでいるのであった。だけれどいつまでもそういうわけにはいかないし、折角提督が時間をくれたので私が初手を打った。
「久しいな」
まあ、無難にここから始めた方が良いだろう。
そう私が言うと彼女は破顔した。
久しぶりに会った彼女は相変わらず元気そうだった。武蔵とは違う陽に焼けた小麦色の肌、トレードマークの額の白い布、向日葵のような笑顔。
軽巡洋艦長良――私と赤城の戦友の姿がそこにあった。
「夕立のその感じ懐かしいわね。赤城も久しぶりね」
「ええ。元気そうで何よりよ」
先ずはこうして無事に再会出来たことに笑いあった。
ひとしきり笑うと、長良は私たちの頬を優しく撫でる。一撫で二撫ですると長良は安堵感をその笑顔の中に滲ませた。
「……生きてる」
ぽつりと呟かれたそれを私と赤城は見逃さなかった。だけど私たちは何も言わない。
やがて長良の中で納得が生まれたのを確認すると赤城が私たち共通の疑問を口にした。
「そう言えば、どうして長良がこの鎮守府にいるのかしら?」
すると、長良は背筋を伸ばして少し冗談のように敬礼する。
「本日より、こちらの鎮守府に所属することになりました! 軽巡、長良です。これからよろしくお願いします」
それは驚きだ。てっきり前みたいに期間限定の出向だと思っていたが……何にしろ、これからはまた一緒に戦えるということだ。
嬉しいな。
「それにしても聞いてるわよ、夕立」
「んっ?」
「駆逐艦娘の子たちに怖がられてるんだって?」
「そ、それは……」
今日来たというのに何故長良がそのことを知っているのだ。
「前の司令官から聞いたの。ここの司令官、夕立は閣下と呼んでるんだっけ? だったら私も司令官と区別つけるために閣下と呼ぶわ。その閣下と司令官は大の親友同士で、よく電話で話したりする仲らしいの。私がここの鎮守府に来れたのもその仲のお陰ってわけ」
「そういうこと。納得したわ」
「そそ。でっ、夕立そこのところはどうなの?」
「そういった事実があることは認めるっぽい」
私が答えると、長良は大きな声でお腹を押さえて笑った。
「何がおかしい」
「あはははは! ぽいって! その顔と口調でぽいって! 久しぶりに聞いたけどやっぱり変よ!」
言ってはならんことを。私だって頑張って抑えようと努力はしてるんだけど勝手に口からこぼれてしまうのだ。戦闘中にないのは救いではあるが。
赤城も一緒になってクスクス笑っている。
しかし懐かしい。昔もこうやって長良が私の口調をお笑いのネタにしていたのを思い出す。私としては不愉快でしかなかったが、今思い起こしてみればそう悪い雰囲気でもなかった。
過去だからこそ悪くないと言えるのであって、現在だったら叩き斬りたいところであるが。
ああ、刀はレ級に壊されたんだった。
「笑った笑った」
ふうふうと長良は呼吸を整えている。
呼吸が整うのを待ってやると、長良は「ごめん、ごめん」と平謝り。これも懐かしい。長良が私をネタにして、皆が笑って、私が柄に手をかけると、長良が謝る。
もはや一連の流れだ。
「夕立。赤城」
急に真面目ぶった顔をする長良。
私がどうした、と尋ねると長良が私たちをしっかりと見据えて言った。
「私、最後まで一緒に戦うわよ」
その一言で彼女の気持ちが良く分かった。
後悔していたのだろう。仕方がないとは言え、あの時に元の鎮守府に帰ったことを。だけれど私たちからすれば、その方が良かった。もし長良があの戦いに参加すれば、二度と会えなくなってしまったかも知れないのだから、私たち的には都合が良い。
でも長良は許せなかった。最後まで私たちと戦いたかった。
痛いほど気持ちが伝わってくる。
だから私はこう言おう。
「うむ。またソロモンのように共に戦おう。頼りにするっぽい」
「うん……ふふ、締まらないね」
今度は私も一緒に笑った。