私はソロモンの悪夢   作:フリート

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悪夢の戦友 その③

 金剛がレ級の砲撃に直撃した。爆発と黒煙に包まれる金剛を見て響は自身が傷ついていることも忘れて唖然としていた。庇われた武蔵も時間が停止しているよう。

 だが、ただ一人夕立だけは冷静にレ級を見据えて、次の瞬間突撃した。レ級も急に襲ってきた夕立に対して迎撃を行う。

 砲弾の雨の中を夕立は当たらないようにレ級に接近していく。ただの雨ならそうでもないが砲弾の雨ともなると当たるわけにはいかない。

 いつものことであるが、今回は特に注意が必要だった。

 

「レ級……っ!」

 

 陽の光が反射してきらめきを見せる夕立の刀。その刀がレ級の首を狙って振り下ろされる。振り下ろされる刀をレ級は尻尾で以って迎撃した。

 夕立は強引に断ち切ろうとするが左腕は動かない。そればかりかゆっくりと押されている。夕立はさらに左腕に力を込めた。

 

「くっ……パワーが違うとでも言うのか!」

 

 夕立は一旦距離を取った。取り様に右手の主砲を撃ち込む。撃ち込んだそれは吸い込まれるようにレ級に命中した。

 

「これで……な、ぐぅおおお!」

 

 レ級にとってはこんな豆鉄砲など牽制にすらなりはしない。当たるのも気に留めずに前へと出て来たレ級は、尻尾を夕立に叩きつけようとする。夕立はすんでのところでその攻撃を受け止めた。

 額から頬へたらりと一筋の雫が流れ落ちる。

 

「うおおおおおお!」

 

 力を振り絞りレ級の尻尾を弾くと再び距離を取った。詰められた以上の距離。今度はレ級も追撃して来なかった。弾かれた尻尾を見て小首を傾げている。

 夕立が予想以上に戦えるのが嬉しいのか子供のような笑みを浮かべた。

 

「こんなものは要らん!」

 

 牽制にすらならないならただの重荷だ。夕立は右手の主砲を投げ捨てた。ポチャン、と夕立の背後で音を立ててそのまま沈んでいった。

 それから夕立は、深呼吸をして乱れた気を直してからレ級に相対する。レ級も興味を持っているのはお前だけだと言わんばかりに夕立に向き合っていた。

 一方で――。

 

「金剛、大丈夫かしら?」

 

 合流した赤城が大破状態の金剛に肩を貸していた。

 

「オフコース……とは言えないネ。実際ボロボロデース」

 

 軽口を叩く金剛だが傷は重かった。兵装は崩壊寸前で戦闘続行の能力は最早ない。金剛の肉体も目に見えて深刻なもので、赤城が肩を貸さないと立つことすらままならない。

 レ級の砲撃が金剛に直撃したのを見ていた赤城は、運が良かったわね、と何となしにそう思った。轟沈待ったなしの一撃だったのに生き残ったのは幸運と見ても良いだろう。

 

「済まない」

 

 武蔵が頭を下げた。自分を庇ってこんなことになってしまった金剛に申し訳ない気持ちがいっぱいであった。

 それと同時に、自分がまだ戦える状態であることを確認する。傷は深いには深いが戦えないほどではない。金剛に土下座の一つでもしたい気分だが、たった一人で戦っている仲間がいるのだ。そちらも放置出来ない――自分しかその戦いに参戦出来ないのならなおさら。

 空母の赤城、その赤城と一緒に合流した加賀は、艦載機が敵艦載機と相討ちの形となり実質戦闘不能。響も今回は見送った方が良いだろう。

 必然的にこの中で夕立と一緒に戦えるのは自分だけだ。

 

「済まない。そして行かせてもらう」

 

「武蔵」

 

 武蔵に呼び掛けた金剛はふんわりと笑った。それを見ると金剛がそのまま消えてしまいそうで、縁起でもないと武蔵は頭を振って考えを飛ばした。

 金剛は武蔵から視線を移すと、夕立とレ級の方へ指さしと一緒に向けた。

 

「GO」

 

 武蔵は深く頷いた。

 

「私と加賀は金剛と一緒に下がってるわ」

 

「頑張って」

 

「私は三人の護衛をやるよ」

 

 今度は三人に深く頷いて見せると、自身の注目を戦っている二人に集める。戦況は夕立が厳しいものであった。無理やり攻勢に出ることによって持ちこたえているように思える。

 あの夕立がここまで苦戦しているとは。

 金剛の負傷の件も考えると不謹慎極まりないことであるが面白い。

 

「夕立!」

 

 何度目かの斬撃をレ級に繰り出そうとしていた夕立に武蔵の声が届いた。それだけで武蔵が何をしようとしているのかに気づいた夕立が、レ級から視線を外さずに後退する。

 

「そこだ!」

 

 武蔵が放った砲弾は、夕立以外を意識の外に置いていたレ級に着弾。戦艦の砲撃の中でも段違いのその威力に、流石のレ級も痛みで声を上げざるを得なかった。

 レ級が下手人である武蔵の方を振り向いた。これを見逃す夕立ではない。

 

「……隙有りだ」

 

 レ級の雪のように冷えた白い頬が、熱く赤く染まった。

 恐る恐る頬に当てた手はやはり赤く染まっている。まじまじとその手の赤を見つめていると、腹部に衝撃が走り身体がくの字に曲がった。

 夕立のつま先がレ級のお腹に突き刺さる。

 直ぐに夕立はレ級から離れて、離れたのを確認すると武蔵が砲撃した。調子に乗るなとばかりにレ級は飛んできた砲弾を尻尾で弾き飛ばす。

 夕立、武蔵とレ級の間に緊張が走る。

 緊張が走っている間、夕立は思考した。武蔵の砲撃も、自身の刀も決して通用しないわけではない。二人で連携して戦えば必ず勝てる。何も問題はない。

 夕立は刀を握り直した。

 その時、この場にはいない人物からの声が夕立の耳に聞こえてきた。そして聞こえてきた内容に、夕立は愕然とする。

 

『……夕立よ。今直ぐに撤退するのだ』

 

「閣下……それは……」

 

『ここまでだ』

 

 通信機越しに聞こえてきたのは提督の声で、レ級から背を向けて逃げろという内容であった。

 これを夕立は認めることが出来ない。確かに味方の被害は甚大なものであるが、このままいけばレ級を討ち滅ぼすことが可能なのである。夕立はそう考えていたのだ。

 だからここで撤退など――。

 

『ここで無理をして何になる。次にまた準備を整えてやれば良い。レ級など大事の前の小事なのだ。そこを見失うな』

 

 それもそうである。提督の言っていることは正しい。大事の前の小事というのが分からないが、もしかしたら何か大きなことをやるのであろうか。であれば、ここで無理をして誰かが犠牲になるなんてことは許されない。

 所詮自分は戦うことしか出来ないのだ。

 ここは提督の判断に従うべきだろう。

 

「……はっ。了解しました」

 

『うむ。生きて無事に帰って来るのだ。お前たちを待っておる者がおる』

 

 そこで提督の声は途切れた。

 誰であろう、待っている人というのは。一瞬気になったが今はそれよりもやらなくてはならないことがある。頭の片隅に留めておいて、夕立は今自分が為すべきことを優先した。

 

「全軍よく聞け! 閣下からのご命令だ! 我らはこの海域から撤退する! 殿は私が務める! 全軍退け!」

 

 パッと各々が動き出した。

 赤城と金剛が先頭になって、次に加賀、最後に響の順番で先ずは撤退を開始する。続いて武蔵が何か言いたげに夕立を見た後、赤城たちを追いかける形で撤退。

 撤退する艦娘たちを絶対に逃すまいと追撃をかけようとするレ級に夕立は猛然と斬りかかった。

 

「私につき合ってもらおう」

 

 これにレ級は追撃を取り止め、目の前の障害を排除することにした。レ級自身、逃げる艦娘たちを気にしながら夕立と戦うのは得策ではないと考えているからだ。

 先ずは夕立だけでも確実に始末する。

 刀と尻尾が数度火花を起こしながら接触した。夕立は他の皆が上手く離脱したのを認識すると、もう一度刀を振るった。

 振るった刀はレ級に止められて、音を立てながら海の藻屑になっていく。

 

「一度ならず、二度までも……この屈辱……必ず晴らす!」

 

 夕立はレ級に背を向けた。

 レ級は当然これを追いかける。だが予想以上に速く、レ級は砲撃で沈めることを選択した。無数の水柱が立ち上がった。

 少しして、水柱がシャワーとなって消えていく。すると、レ級の視界には広大な海が広がっているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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