悪夢だって好かれたい
「夕立、恋でもしたらどう? 身も心も焦がすような情熱的な恋。きっと人生、もとい艦娘生が大きく変わって来ると思うわ」
第一航空戦隊――通称一航戦にして、元教官で戦友で親友とちょっと肩書が多い空母の赤城が、真剣な表情そのもので言ってきた。確かに恋をすれば人は変わるという話は聞いたことあるし、実際に見たこともある。
だけど、いきなりどうしたと言うんだ? 前振りも伏線もなく本当に唐突だったぞ。
「急にどうしたっぽい。話がまったく見えてこないのだが」
眉間に皺が寄って来るのを実感していると、赤城が私の眉間に指を指した。
「それよそれ。せめてその眉間の皺を失くすとか、もうちょっと雰囲気を柔らかくするとかね。今のあなた、戦時中の軍人か世が乱れている時代の武士みたいよ。ポニーテイルも髷にしか見えないし」
それの何が悪いというのだろうか。だいたい軍人なのは間違っていないだろうし、今は深海棲艦という怪物と戦争やっているのだから武士みたいでも問題ないだろう。
だいたい昔は文句をつけなかったばかりか推奨してたくせに。手の平を返すように何だというのだ。
「確か憧れている人がいて、そんな髪形や雰囲気を作ってるんだっけ?」
その通りである。
薬品の匂いが漂うベッドの上で目を覚ましたあの日。私がこの身体になってからは苦労の連続であった。艦娘という当時の軍艦が人型になった身体。深海棲艦という見たこともない海の怪物たち。そもそもこの身体の本来の持ち主である夕立って誰?
右も左も分からない状況だったが、こんな時こそ冷静に情報収集ということで夕立のことをそれとなく訊いて回ったり、本で調べたりした日々。
分かったのは第三次ソロモン海戦という戦いで鬼神もかくやの戦いぶりを発揮したことだった。それを知った時、私の進むべき道は決まったのである。
艦娘? 夕立? ソロモン……おや? かっこいいあの方!
あの方みたいにかっこよくなりたい。
「そう。そして私はあの激戦で生き恥をさらしたわけだが、見事ソロモンの悪夢と呼ばれるように至ったっぽい?」
「どうして疑問形なのかそれこそ疑問だけど……そうね。あなたは敵味方から悪夢と畏怖される存在。親友として鼻が高いわ」
そうだろうそうだろう。
だったら何で態度というかそういうのを改めろなんて言うのだろうか。折角頑張ったのに。
「赤城は矛盾してるっぽい。鼻が高いなどと言うぐらいなら、寧ろ昔みたいに他の艦娘にも勧めるべきだ」
「苦情が来ているわ」
「苦情?」
「ええ。特に駆逐艦娘からさまざな苦情が寄せられてきて、纏めると怖いとのことよ。仲良くしたいけど、話し掛けづらい。心当たりはあるでしょ?」
「うっ……ぽい」
心当たりありありだ。
あれは私が廊下を歩いていた時のこと。そこで私はとある駆逐艦の娘に出会った。その娘の名誉のために名は明かせないが、彼女は私を見るなりぶるぶると震えると、大粒の涙を瞳から溢しながら、ばったりと座り込み地面を濡らしたのだ。あの濡れ具合は涙だけではなかったのは間違いない。
彼女はその日のことをトラウマとして記憶しているらしいが、私だってトラウマだよ。あんな小さな娘にあそこまで怯えられるって。なまはげじゃないんだぞ。
「確かに、あれはヤバかったっぽい」
「何を思い出したのかは知らないけど、これは少し拙いわ」
「いざ一緒に戦うとなっても……」
「まあ、戦えないでしょうね」
味方が自分に怯えて戦えない。
えっ、これどうすれば良いの?
「だから話を最初に戻すのよ。恋でもして自分を変えるか、せめて雰囲気を柔らかくしないといつまで経っても、敵は本能寺にあり、よ」
「恐怖のあまり深海棲艦を素通りして私を真の標的にしてくるっぽい?」
「そういうことよ」
そんなの嫌だ。
怯えられ過ぎて味方に攻撃されるとかあり得んだろう。一刻も早く改善しなくてはいけないけど、最早このスタイルが慣れ過ぎてどうしようもない。眉間も固まってるし、地の話し方と表の話し方も統一出来ないし。
それに頑張って頑張ってあの方みたいになれたのに。
「かと言って恋か……」
「夕立の場合、戦場で刹那的な大人の恋しか出来なさそうね」
「それもあるが、未だ世界と人類は深海棲艦の脅威にさらされているというに、呑気に恋なんて出来ないっぽい」
「それもそうね……」
万策尽きたということだろうか。このまま駆逐艦娘に一生怖がられながら生きていかないといけないのであろうか。気が滅入る。
「話は聞かせてもらいました! トウッ!」
と、難題に頭を悩ませる私たちの下に一人の艦娘が現れた。ミス・パパラッチの異名を持ち、いらないことに首を突っ込んでくる迷惑者。
「青葉じゃないの」
「イエース。騒動ある所に青葉あり。ネタの為には命を懸けて、重巡洋艦青葉、ただいま参上です」
「どこから入って来たっぽい?」
現在地は密室であるにも関わらずどこから入って来たというのか。
「上です!」
青葉の視線を追ってみると、天井が一か所外されている。なるほどどうやって侵入したのかは理解出来た。理解出来たので思わず。
「ゴキブリめ」
「おおぅ……夕立さんに言われると、何だかゾクゾクしますねぇ」
「そんなことより何か用でもあるのかしら?」
青葉のこういった行いはいつも通りなので、赤城は先を促す。
「夕立さんを駆逐艦の皆さんに受け入れてもらおう計画。私にも一枚かませて頂けないでしょうか?」
「何?」
能力の全てをパパラッチスキルに全振りして、重巡洋艦ならぬパパラッチ艦と呼ばれている青葉が協力だと。嫌な予感しかしないのだけど。
「信用してくださいよ。流石にいつまでも夕立さんが怖がられていたら鎮守府の士気に影響します。今回ばかりは真面目にかませてもらいます」
「……なるほどっぽい。信用してよさそうだ」
そういうわけなので青葉を含めた三人で具体案を考える。赤城の恋をすると雰囲気を柔らかくする以外で、何か案はないものだろうか。
「ではどうするっぽい?」
「夕立は第二次改装も済ませて最早駆逐艦とは言えない容姿をしているわ。雰囲気と相乗して威圧感を与えてしまう」
「別にそれは問題ないんですよ」
あっけらかんと青葉が言った。問題ないって、これが一番の問題じゃないのか?
「そんなこと言ってたら長門さんとか陸奥さんとか、後霧島さんとか戦艦の人たちは皆怖がられることになってしまいます」
「なるほどね」
「ではなぜ彼女たちが怖がられていないのか。彼女たちには親しみやすい一面があるからなんです」
「親しみやすいっぽい?」
「そうです。長門さんは実は可愛いものが好きです。子猫とかハムスターとか小動物が特に。陸奥さんや比叡さんはお姉さん大好き。霧島さんは意外と照れ屋。こういった一面があるから親しみやすいんです」
納得の行く話だ。長門なんかは私の敬愛する人物と性格がもろ被りなくせして、どうしてあんなに親しまれているのか疑問だったがそう言う事だったのか。
そこに行くと私はどうだろう。時間があれば走っていたり刀を振っていたり演習していたり、稀に本を読んでいたりするぐらいか。よく考えなくても怖い人、厳しい人だ。
「夕立さんはそんな一面が今のところ表に出ていませんし、さらにあの『ソロモン撤退戦』で大暴れしたという話があって益々近寄り難い。これを払拭するためには、ギャップが必要なのです!」
「ギャップだと?」
「そうです。駆逐艦の皆さんに、夕立さんってこんな一面があるんだって思わせる様なもの」
「夕立にそんなものあったかしらね」
「赤城には大食いという一面があるっぽい?」
「失礼ね。私は皆よりほんのちょびっとだけ多く食べるだけよ」
赤城がむっとなって不貞腐れる。
「それはどうでもいいとしてですね、何かありませんか?」
「ありませんかと言われてもな……分からないっぽい」
「そうですか……あっそうです。夕立さん、甘味は好きですか?」
「甘味? まあ好きっぽい」
そういえばこの鎮守府に来てから甘い物なんて食べてない気がする。
「では、それで行きましょう。今の時間帯ならちょうど食堂に人がいますからね。ですからそこで――」