欠陥勇者(タイトル未定)   作:高橋くるる

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何とか助かった。

目の前の状況を見るとそれだけは理解できる。

 

烈火の如く苛烈な赤い球の攻撃を受けた虎はおそらく死んだのだろう。

勿論自分が殺したんじゃない。現れた人物達によって殺されたのだ。

茂みから現れた人間達が虎の生死を脈を取り確認しているようだったので、間違いないはずだ。

 

ついでにいうと、確認の時に最初に虎に襲い掛かった影が全身鎧を着た女の子だとわかった。

 

 

何歳ぐらいなのだろう。アトラよりは確実に年上だと思う。

日本人の観点からすると20代前半と言ったところか。

その女の子は天使の輪と呼ばれる艶を持った黒と紫色の間の髪が綺麗に肩口で切り揃えられ、

普通ならばオカッパという表現が正しいのだろうが、その端正な顔立ちからするとオカッパとはバカにできない外見。

美人寄りな顔立ちはキリっとしたキツめの目元に、髪に合わせるような濃い同系統である紫色の瞳を持っていた。

元居た世界ではこんなカラーコンタクトや奇抜な髪色は中々いないだろう。

それにハッキリとした目鼻立ちはどこか異世界というよりは外国人を彷彿させる。

また、助かった事による吊り橋効果なのか、凛とした立ち姿で胸を掴まれたような感覚に襲われ目を奪われドキドキしてしまう。

しかし、スラッとしたスタイルには少し残念な事に、上から下へ視線を流していくとサラシでも巻いているのか、胸が小さいであろう事は容易に想像できるスタイルだった。

そのスタイルもあってか、宝塚歌劇団の男装のように剣を握る姿がとても様になっている。

 

「ん~、Bカップか。」

「ybtvrせ!」

 

言葉がわからないというのとは別に、元の世界に居た時のノリ。

素でセクハラ的な言葉がでた。

別に悪気があったわけではない。普段がこんな調子なのだ。

高校生の頃など初対面の女の子のケツや胸を触るなどの行為は平気で行っていた。

なのでそれから考えるといたって落ち着いた方だと思っている。

それに決してBがダメというわけではない。

 

そんなこちらの考えをよそに現場を毅然とした態度で仕切って指示を出している女の子。

それに従うように動く人間達。

まるで慣れているというような行動を見て、口を出す事すら憚られる。

勿論言葉など話せないので口を挟むことすらできないのだが。

 

「tfgyふ?」

 

すると女の子は指示を出し終えたのか振り返り声を掛けてきたが、やはり何を言っているのかわからなかった。

その表情からするに疑問を俺にぶつけているのだろう。

自分の経験則から、その表情は疑問をぶつける時に見せるような表情なのだ。

 

まぁ助かったのは事実だが、ぶっちゃけわからないのは変わらない。

 

それならこちらの世界の言葉で感謝の言葉を伝えて立ち去ろうとすると、女の子は剣を収めてこちらへと手をかざし何かを喋った。

 

すると淡い緑、エメラルドのような光が自身の体を包み込んだ。

温かい感覚が伝わり、ゆっくりとだが確実に身体の痛みが引いていく。

その光が消えると、完全に痛みが引いた。

さっきの喋った言葉はこちらの体の怪我を治してくれる何かなのだろう。

多分スキルか魔法というのを使っていたのだと推測できる。

別に治療を期待していたわけではなかったが、これで帰りは一人でも幾分希望がもてるようになったのは正直嬉しい。

先程の状態で帰ろうと考え立ち去ろうとしたが不安だったのは確かだ。

 

ただ、こちらに来て二日目を思い出した。

右手の骨折や怪我が治っていたのは、こうやって今のように誰かが村で治してくれていたのだと今更ながら気付いた。

一体誰が治療してくれたのだろうか。

アトラとミリュードも自分が治ってからはそのようなスキルも魔法も使っているのを見たことがない。

もし治してくれた人が居るならば、その人に直接お礼を言いたいと思う。

 

怪我が治ると更に女の子は何か質問のようにしつこく話しかけてきたが、相変わらずわからないのは確かだ。

一方的だと理解しているが、村人達も心配しているだろうという事で失礼を承知の上で改めて感謝の言葉を伝えて足早にその場を後にした。

 

帰り道の道中、虎にやられた村人の死体へと立ち寄った。

二人の遺体を背負いビークを引きずり村へと足を向ける。

 

この世界、なめていたら守れるものも守れない。

よくしてくれた村人達の亡骸を背負いながら、ギリギリと自身の不甲斐なさに歯を噛む。

どうにもできなかったとはいえ、弱肉強食を地で行く世界というのは、やはり力を付けるしかないのだと改めて認識させられた。

 

「勇者とか関係ねぇ。もっと強く。

せめて自分に良くしてくれた人たちくらいは守れるように……」

 

勇者の冊子には書いていた。

村人はだいたいレベルが5。今の自分はレベルが13。

それでも勝てない相手は居る。

今の自分は兵士や冒険者よりも弱いのだろう。

ならば今村でそこそこ強い自分がしなければならない事は、同じ村人を守れるように強くなる事だ。

強かったら守れただろう。

強ければ戦えただろう。

そんな未練がましい考えをすぐに吐き捨てる。

たらればではない。強くなる。そう決意を今ここに固めた。

 

「あんたら村人に必ず礼は返す。だから今は安心して逝ってくれ。」

 

★★

 

 

怪我が治り既に冊子に書いていた一般人のレベルは越えていたため、多少なりとも一般人より今は力があるのだろう。

少し無理を二人の亡骸を背負ってビークを引っ張れば移動も可能だった。

 

「重いなこの豚がっ!」

 

八つ当たりのように吐き捨てながら家路へと一歩ずつ足を運ぶ。

 

普通ならビークは置いていくだろう。

しかし、命を賭けて手に入れようとした食べ物であり、それが今自分の居る村の営みだ。

それで捨ておく事をするのは、命を賭けた者達へと顔向けできない。

むしろ同じ仲間を守ろうと戦ったのだ。

それならば文句を言ったとしても、捨てていくなどという考えは頭の中には無い。

例えそれが他人からしてバカバカしい物であろうとも、こちらの世界の人間からすると狩りとは生きていく為に自分の命を賭けるだけの価値がある大切なものであるのだと認識している。

それに盃のような形式ばったものなどはないが、仲間とは元居た世界とは別でこの村では生死を共にする間柄なのだろう。

 

こちらに来た最初こそ元居た世界の癖で金で買ってこればいいじゃないかとも思ったが、彼らの真剣な行動によって自分がどれだけ軽く見ていたのかを理解させられた。

それは滞在期間どうこうではない。惰性で社会を生きてきた自分とは違い、溢れ出る生命力を身近に感じたからこそかもしれない。

答えはわからないが、それは決して他人が軽く扱っていいものではないとだけ今では理解している。

 

ただ、普段は解体して持ちやすい大きさにして多数で持ち帰るが、解体方法などまだ知らなかった。

そのため、無駄にしないためには引っ張って帰るしか方法が無い。

軽いとは言い難い重さのビークによって思ったように足取りが進まず、村へ戻る頃には陽も暮れかけていた。

 

村の入り口では無事だった青年達や、アトラ、ミリュードが不安そうな表情で話しているのが目に入った。

大方の予想はつく。あの虎をどうするのかという事だろう。

それとも自分の心配をしてくれているのだろうか。もしそれならやはり嬉しい。

そんな中、アトラがこちらに気付いて走って来た。

 

「大丈夫なの!?」

「ああ。」

「yんbt大丈夫?」

「大丈夫だ。大丈夫。」

 

心配しているという表情でアトラが話しかけてきたことによって、やはり心配してくれているのだと実感できた。

素直に嬉しい。嬉しいからこそ守れなかった者達へと申し訳ない気持ちになる。

彼等はもうこのような当たり前の感情さえ無いのだから。

 

続けて駆け寄って来た村人の女性は、背負っている少年へと嗚咽を出しながら涙を流して抱きかかえた。恐らく母親だろう。

男性陣の事は狩りで知っていても、女性陣の事はまだハッキリと全員を知っているわけではない。

 

「仲間……ごめん。」

 

これしか言えなかった。

もう一人の青年の遺体を背中から下ろし、ビークから手を放す。

泣き続ける女性を見て自然と拳に力が入る。

それを見たアトラは同様に目に涙を浮かべながら遺体へと目を向ける。

作ったような涙ではなく、本当に悲しいのだろう。それが彼女の優しい一面でもあるのだ。

 

「俺、疲れた。今日、寝たい。」

 

流血で服が汚れたものの、疲れているぐらいで特に体調に問題はなかった。

その言葉を聞いたアトラが黙って頷く。

ミリュードや青年達へとアトラが何かを告げ、家へと足を向けた。

こちらの心情を察しているのだろう。

こういう言葉を多く語らずともわかってくれる彼女の優しさは今の状況ではありがたい。

それに続くように家へと足を向ける。

 

人の死を身近に感じる事が無かった元の世界。

失われるのはほんの一瞬の出来事だった。

そのせいもあって若干精神的にもきていた。

 

途中青年達が近寄ってきて色々と話しかけてくるが、自分が喋れる謝罪の言葉を伝える事に終始してその場は去った。

今はあまり考えたくはない。

 

後で聞いたのは負傷して生きていた者は、村の人の魔法で何とか治療して命に危険はなかったようで、結果として死者は二人だけだったようだ。

 

★★

王都フォルゲン

 

リーシャ・レオリウスは気になっていた。

リーシャは王都フォルゲンが抱える騎士団の一つ、レイス王女を護衛する直属の女性近衛騎士団団長である。

根が良くも悪くも真っ直ぐな性格の彼女は、王都に戻った後にモンスター討伐の報を行う為にレイス王女の部屋に居た。

 

「どうかしたの?リーシャ。」

 

今話しかけたのが、このフォルゲン王国の王女。

レイス・マトリカ王女だ。

誰が見ても彼女だと一目でわかるくらい左サイドに一房だけ三つ編みを編み込んだ綺麗な腰まであるストレートの金髪を持っていた。

吸い込まれそうになるエメラルドの瞳に、愛嬌はあるが可愛いというよりは美人というのが適切な目鼻立ちをしている。

それに続くように艶のあるぷるんとした唇。

そんな彼女の魅力を更に引き立てる胸の部分が開いたピンクのドレスを身に着けて居た。

男性陣なら間違いなく一度は歩みを止めて振り返るだろう容姿をしていた。

 

「いえ。何でもありません。レイス様。」

「もう。様なんて堅苦しい呼び方はやめてって言ってるでしょ。」

「それは……その……立場というものがありますし……」

「あなたが呼んでくれるまで何回でも同じ事を言うわ。」

 

旧友のようなやりとりはリーシャとレイスが幼い頃からの付き合いがあるからだ。

年はリーシャの方が少し上、リーシャが21歳でレイスが17歳だ。4歳離れている。

 

ただ、幼い頃は良くとも、大人になった今はお互い立場というものがあった。

いくらリーシャが年上でも、王族に対して一騎士団の団長程度がなぁなぁと話していい相手ではないのだ。

 

そんなレイスが拗ねたような仕草で話す。

リーシャは何と答えればいいのか言葉に詰まり、自然とレイスから目を逸らしてしまう。

 

「それはそうと、今日はお疲れ様。スカイタイガーの討伐だったのでしょう?怪我はなかった?」

「はい。レイス……様」

「ほらまたぁ。」

「申し訳ありません。」

「まぁいいわ。許してあげる。で、上手く討伐できたの?」

 

先程までの軽い表情とは打って変わって、リーシャは真剣な面持ちへと変わった。

 

「それが――」

 

リーシャは事の始まりから討伐について報告を始める。

普段は人の居るような場所には出てこないスカイタイガーだが、ここ最近、【フォルゲン王国】と魔法国家【ルグニカ帝国】の間に位置する街道にて国を行き来する商人達からの目撃情報があった。

それを危険視したフォルゲンの商人ギルドが、冒険者ギルドへと依頼を行ったのだが、生憎と手練れである冒険者達は他の問題で手があいておらず、手が空いている冒険者達を派遣したのだ。

と言っても、腐っても冒険者。

並の兵士達と同等か、それよりも普段は危険な仕事をする事も多い為、それなりに修羅場をくぐっている者達も多く居たらしい。

いくつかのパーティが組まれ、斥候4人1PT、本体12人2PT、後方支援6人1PT、挟撃用伏兵6人1PT、後詰6人1PTの総勢34人6PTが編成され討伐へと向かったが、そこで予想外の事が発生した。

目撃情報からして1体のはぐれモンスターと認識していたが、現地へ向かい戦闘を行っていると、他にも2体居る事がわかり戦闘は混乱を極めた。

報告を受けた後詰が到着する頃には、前線の斥候は既に全滅。

本体である2パーティはスカイタイガー2体による急襲によりほぼ壊滅。

伏兵であったパーティは斥候が相手をしていた1体と戦闘中

後方支援パーティは伏兵パーティを援護するので手一杯。

2体に囲まれた本体を助ける事などできなかったようだ。

既に戦線は崩壊しており後詰が入った所でどうにかなる状態ではなく、むしろ死体を増やすだけだと判断しそのまま撤退。

急いで戻った後詰のパーティはギルドへと報告。

 

現状ギルドだけでは手が足りないというマスターの判断で国へと上がってきたのだ。

その為、このままでは商人だけではなく民への被害も出てくる恐れがある為に、

王の指示によって本日は王や女王以外の近衛騎士団を含む大規模な師団が形成され討伐へと向かった。

作戦はギルド側が1体を受け持ち、師団側が2体を受け持つというものだったが、

ギルド側が討伐に成功、師団側が1体を撃破した所で残った1体が逃走した。

 

一時見失ったスカイタイガーだったが、逃げた方角へと追いかけて捜索していると森の奥で上空へと飛んで何かに攻撃しているのを調査に出ていた部隊が発見したという。

急いで陣形を整えスカイタイガーが居る地点へと向かう途中、男達が負傷者を抱え森の奥から逃げてきたのだ。

ただ、ここまでなら普通だろう。

しかし、すれ違う際に「仲間が俺達を逃がす為にまだ残って戦っている。助けてくれ。」と。

スカイタイガーの脅威を知っていれば戦う人間など殆どいない。

大急ぎで目的地へと向かう道中、どうやらスカイタイガーにやられたであろう死体を目にした。

それを無視して走り続けて到着すると、まだ10代であろう少年がボロボロになりながらスカイタイガーの攻撃を回避しているのを見つけた。

 

リーシャは途中からしか見てはいなかったが、そう。師団やギルドを動かしたくらいだ。

スカイタイガーはレベルで言えば40は討伐に必要だ。

それをまだ少年が辛うじてながらでも攻撃を躱し、更には一度だけだが迎撃したのだ。

その迎撃に満足したのか、少年は何かを叫ぶとやりきったという表情が遠目でも見て取れた。

本人的にも勝てるとは思っていなかったのだろう。

あくまで仲間の為の時間稼ぎに、自分が犠牲になる事を選んだのだと思われる。

しかしその動きはまだまだ未熟ながらも戦いのセンスがあるというのを見て取れた。

また、肝は相当に座っているようで、磨けば立派な戦士になると判断できる。

失う人材にしては惜しい。

それにその少年が隙を作ってくれたおかげで、こちらの不意打ちは成功し、続けての集中砲火にて撃破したという流れだ。

 

「そう。あなたも大変だった。その少年に感謝ね。」

「はい。犠牲は出ましたが、3体とも討伐できたのでこれで危険は無くなったと思われます。

しかし……」

 

言葉が詰まった事によってレイスは何かあるのか?というような表情でこちらを見ている。

 

「撃破したので問題はないものの、その少年に疑問が残りました。」

「何故?」

「途中で叫んだ言葉もそうですが、色々と説明を求めようとしました。

その為に質問をいたしましたが、こちらの言葉が通じなかったのです。」

「それはどういうこと?村の人達とは言葉を交わせたのでしょう?」

「わかりません。確かにすれ違い時に村人達とは言葉の疎通ができました。

しかし少年だけは疎通ができず……」

「…………」

「負傷していた事もあり、治癒魔法によって怪我を治しましたが、

カタコトのような単語を話すだけで、すぐに立ち去ってしまいました。」

「それは他国の言葉という事かしら?」

「いえ。多分それとは違います。私とてこの世界の他国の言葉ならば、訛りで意味は理解できなくとも、どこかの国という事は判断できます。」

「…………」

「聞いた限りでは、間違いなく今まで耳にした事がない言葉だったと思います。」

 

リーシャの言葉にレイスは腕を組んで右手で口へと沿え、何かを考えているようだった。

 

「最近のモンスター達の異常行動……何か関係があるのかしら。」

 

自身も気になってはいたが、確かにレイス王女の言う通り、ここしばらく普段なら見かけないモンスター達が人里へ出てくる報告が増えた。

報告に上げた手練れの冒険者達もそうだ。

マスターへと事情を聞いた王の臣下達からの報告によれば、似たような状況でどうやら色々な場所へと討伐へ向かっていたらしい。

まだ我々には何も伝えられていないという事は、現状気にするレベルではないという事なのだろうから、あえて問い質すような問題でもないのだろう。

念のため、頭の片隅へと残しておくが。

 

「そうね。一度お父様へと報告しておきます。また何かあったら教えてね。」

「かしこまりました。」

「ところで――」

 

そこからはレイスに押されるようにして女性特有のガールズトークへと突入していった。

 

 


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