欠陥勇者(タイトル未定)   作:高橋くるる

4 / 7
4

「ふぅ~……一通り読み終わったが……ふざけんじゃねぇ!!

はぁ!?何が勇者だ!何が召喚だ!何がバル○ンだ!

て事はなんだ?あのイノシシみたいな生き物はモンスターってわけか?

誰だ!誰が召喚しやがった!このやろー!」

 

読み終えた紙を握りつぶしながらどうにもならない怒りを覚える。

色々とツッコミたい部分も確かにあるが、それよりもあまりのふざけた内容。

この内容が本当なら、俺は誰かの都合でこっちに召喚された事になる。

しかも書いてある内容から察するに、俺は欠陥品って事だろう。

 

「つか帰れるんだろうなぁ!こっちは働いてんだぞクソがぁっ!

それに俺は便利屋じゃねぇぞコラ!つか召喚するなら無職でも呼んでこいや!

何で俺が召喚されなきゃなんねぇんだよ!貧乏暇なし、忙しいんだよこっちは!」

「あqwせdrf」

「ああっ!?」

「tgrふぇdws」

 

ここに居ない召喚したであろう人物に対して言葉を吐き捨てる。

見つけたら必ずぶっ飛ばす。勝手に召喚した事を後悔させてやる。

そんな気持ちを込めた上でだ。

 

怒りに任せて感情をぶちまけたが、それを見ていた二人。

怯えながらも必死に何かを言う顔の少女に話しかけられた事によって、多少冷静になった。

 

「ああ……悪ぃ。二人には関係無かったな。俺を召喚したふざけた奴に対して感情が抑えきれなかった。許してくれ。この怒りは召喚主へとお礼参りでキッチリ倍にして返すさ。」

 

そうだ。彼女達が悪いわけじゃない。

少女が心配しないように頭に手を乗せ、くしゃくしゃと撫でる。

少女は安心したのか、胸に手を当てホッとしたような仕草を見せた。

それを見て可愛らしいと素直に思いながら、そのまま老婆に再度ジェスチャーでペンと紙を借りる。

 

『ありがとう わたし なまえ』

「如月隼人。」

 

紙を老婆に見せる。

それに続けて助けてくれたであろう二人。

改めて自分に指を示しながら自己紹介するのが当たり前だろう。

 

「きさらぎ はやと?」

 

老婆は名前を復唱する。

若干イントネーションが違うが、それでも合っているので頷き返す。

 

「きさらぎ はやと yhtgrf」

「gtrふぇd」

 

少女から老婆へ名前を言った後に何かを話している。

恐らくきさらぎはやとって何?と聞いているのだろう。

その質問に老婆があれやこれやと答えているように見える。

質問を終えたのか、こちらに向き直った少女が紙をこちらから受け取るようにして見せて来た。

 

『ありがとう わたし なまえ』

「アトラ」

 

自分の書いた紙をそのまま利用して自身を指で示してアトラと言った。

続けて老婆へと少女は手を向けた。

 

「ミリュード」

 

ああ、なるほど。

自己紹介をしているのか。

それで少女の名前がアトラで老婆の名前がミリュードって言うんだな。

 

「アトラ、ミリュード。」

 

確認の為に左手を使いアトラとミリュードへと手を動かして復唱して確認する。

恐らく名前で合っているのだろう。少女は笑顔になり、大きく頷いた。

 

しかしまいったな。

このふざけた冊子内容、言語を理解するために習うしかないようだが、その前にとりあえず試してみるか。

 

ステータス

如月隼人

LV 8

HP 128/128

EP 80/80

MP 758/758 制限中

攻撃力 19

防御力 23

精神力 58

速さ 23

賢さ 9

 

称号 元特攻隊長 

パッシブスキル なし

アクティブスキル 怒りの一撃10(CT120s) 剛の鎧10(CT180s)

魔法 制限中

 

なんだこれ?

 

「tgfれd!?」

「tgrふぇ!?」

 

ステータスというものが顔の正面で浮かぶように表示された事によって、アトラとミリュードが何やら驚いているようだ。

 

というより二人は読めるのだろうか。それに一体何に驚いているのか不明だ。

自身ではRPGゲームなどもう10年はプレイしていないが、記憶にあるRPGではどれも似たようなで表示で、驚く要素に心当たりがなかった。

 

しかしこれが自身のスペック。いわゆる性能というやつか。

何となく値段を決められたみたいで気に食わない。

 

ただ、二人を見て大方予想するならば、冊子に書いてあった一般人のレベルより3高い事についてか、MPだけ異常に高いことだろう。

 

そもそも書いていた話と違う。

冊子には勇者は全員レベル1から始めるとあったが、今の自分はレベルが8だ。

 

「もしかしてあれか?イノシシか?」

 

右手で顎を触りながら考えられる可能性を考慮する。

イノシシ(仮)と戦って2体倒した事によって両方とも変な効果音のようなものが耳に聞こえた。

もしその音がレベルアップの音ならばこの疑問に対して納得できた。

 

しかし、レベルアップとは普通に考えて1ずつ上がるものじゃないのだろうか?

経験値らしきものは見えないが、なぜ8などという飛び級式になっているのか?

疑問は疑問を呼ぶが、答えなどわかるはずもない。

 

何故ならここは異世界らしい常識が通用しない世界らしい。

つまり疑問を持つだけ無駄だという事だ。

 

「ふぅ~……勘弁してくれ。」

 

現実逃避したい気持ちに駆られるが、本当にあの冊子に書いていた通りに出たという事はここは異世界なんだろう。

 

ただ、このMPに制限中ってなんだ?修得時に死ぬかと思ったと書いてあったが……

 

これは嫌な予感しかしない。

勇者が死ぬかと思ったという事は、いずれ自分もその道を通る事になるのだろう。

それだけは避けたいのだが……それに既に死にかけた自分からすると笑えない冗談だ。

 

それに俺の賢さについても一つ文句を言いたい。

なぜこんなに低い?

どこにクレームをつければいいのかわからないが、気分が非常に悪い事この上ない。

 

もしこれを設定した奴がどこぞの神様なら、

「なんていうかぁ~、君って勉強できなさそうじゃん?ぷ~クスクス。」

とか言われたら顔面にグーパンを打ち込みそうなレベルだ。むしろ連打だ。

 

まぁ一応強くなれとあった。

全てを信じる程バカではないが、ステータスが本物である以上、イノシシ(仮)の事を鑑みても、まずは鍛えてからになるという事か。その前に言語。

 

どうせ今帰ろうとしても方法が無いなら仕事は諦める他ないし……並行して進めるのが賢いだろうな。

しかし勉強か~……きっついな~……

 

結論を纏めて二人へと身体の向きを変える。

 

「アトラ。」

 

名前を呼ばれたアトラは『なぁに?』という感じの表情を見せた後、屈託のない表情を向けてきた。

それを見て何となく後ろめたい気分になる。

しかしそうも言ってられない為、彼女からジェスチャーで髪とペンを再度受け取って文字を書く。

それは自分にとって今後の生活を左右するものに近い。

だからこそ真剣に書いた。

『わたし ことば おぼえたい

しごと てつだう おしえて ください』

 

そう書いた紙をミリュードへと見せる。

どの道ここが異世界なら仕事をして収入を得て生活いていくしかない。

それにあてやツテなど持ち合わせていない。

それならまだカタコトでも言葉がわかるミリュードにダメ元でお世話になる方がいいだろう。

しかしそう上手くいくとは思っていないのも確かだ。

いくらなんでも自分にとっては都合がよすぎるお願いな為、断られるのを前提した上でのお願いだ。

 

ミリュードはアトラと少し話したあと、考えるような素振りを見せた。

向こうが不安なようにこちらも断られるかもしれないという不安が頭をよぎる。

 

やはりダメか。

 

そう思っていた矢先、予想外な事にミリュードは頷いてくれた。

 

こんなホームレスに近い、いや、ホームレスと言っても差し支えない初対面な自身を受け入れてくれたのだ。

それならば彼女達にできるだけの事はしよう。

そう一人心の内に秘める。

そしてもう一つの考えが自然と口に出た

 

「ここから始まるのか。クソッタレな異世界生活が……」

 

 

★★

 

1週間後

「おはようアトラ。」

「おはよう。」

 

準備を終えた事で家を出るとmそこには元気に【ミール】の世話をしている元気なアトラの姿があった。

ミールとは元の世界で言うところの乳牛的な牧畜だろう。

ヤギとヒツジを混ぜたような外見をしている。

性格は温厚で、意外と人懐っこいところが可愛い生き物だ。

 

そして何故世話をしているのかというと、それはこちらに来て知った彼女の仕事だ。

嫌な表情も見せずに男でもきつそうな牧畜作業。

それを当たり前のようにして当たり前にこなす。

そんな彼女の懸命さを見て、元居た世界の和樹辺りに見習わせたいとさえ思った。

 

(そういえばあいつは常に仕事は逃げの奴だったな~。)

「行くの?」

「あ、ああ。」

「そうなの。いってらっしゃい。」

 

友人たちを思い出しているとアトラにそのまま声をかけられた。

考えが明後日の方向を向いていた為に言葉が詰まってしまった。

それに対しアトラが言葉短く声をかけてくれた。

別にケンカをしているとかそういう事はない。

その証拠にアトラは見てわかるように笑顔で送り出してくれる。

なんと良い子なんだろう。

もし自分に娘ができるとしたら、こういう素直な子がいいと願わずにはいられない。

万が一邪険にされようものなら多分心が折れるだろう。

 

一応あれからはミリュードの所で世話になり、最低限の挨拶や動詞などは理解できるようはなっている。と言っても、日常会話などは未だに全くわからない。

だから簡単な言葉でやりとりをしているだけだ。

逆にありがたい事にアトラの方が言葉を簡単にして合わせてくれている。

その為、何というか気を遣わせている毎日で非常に申し訳ない気分になる。

 

それにミリュードは部屋や着替え等までも用意してくれた上、仕事が終わると言葉を教えてくれる。

その成果が今の簡単なやりとりだ。

もし言葉がわからなければ、挨拶こそできたとしても何を聞かれているかなど理解不能だっただろう。

 

そして今の恰好はアトラと殆ど似たような黄土色の上着に茶色のパンツだ。

まるでそれは傍から見ればペアルック。

まぁそんな事を気にするような歳でもないし、貸してもらえるだけでありがたい。

特に意識するようなものではないのだ。

 

ただ、ミリュードに教えてもらっているのは言葉というだけあって文字は教えてもらえない。

理由としては、ミリュードはかんたんな日本語のひらがなは出来るが、こちらの世界の文字を知らないということだ。

これは【リットン村】では普通のようで、ミリュードやアトラだけではない。

リットン村というのはミリュードが紙と言葉で書いて『この ばしょ』「リットン」教えてくれた。

『村』というのは自分で村だと解釈している。

集落というには人は多いし、市や街と言うには少ない。だから村なのだ。

 

話を戻すと、この村では教養という部分が元から無い為だろう。

男は子供の時から外に出て狩りをする。女は家を守る。

完全にどこかの部族みたいな生活習慣だ。

現代日本でやれば批判を受けるのは間違いないだろう。

ではなぜ日本語の文字ができるのかという部分だが、冊子には嫁とあった。

もしかするとミリュードが嫁で、旦那が日本語を教えた可能性もあった。

そこらへんを突っ込んで聞くのはヤボってものだろうから、あえて触れずにいる。

それに言葉の機微をどこまで理解してくれているかわからないし、自身としてもこちらの世界の言葉が殆どわからない。勿論機微など全くわからない。

なのでどっちみち理由は違えど同じだ。

 

ただ、文字の読み書きできなくとも、言葉は教えてくれる。

意志の疎通的に合っているとは思っているが、インスピレーションやボディランゲージでやりとりしている部分もまだまだ多い。

後は村人等が話しているのを聞いて慣れるしかないと割りきっている部分もある。

そうやって文法や形容詞等を覚えていくのが近道だとも考えている。

教科書を見て頭に叩き込むより、現地に行く方が早いと言われるのは確かだろう。

元居た世界でも、とりあえず海外行ってみるかという安易な考え方でも基本的にビジネスじゃない限り言葉はどうにかなる。

それに24時間ずっと現地の言葉でやりとりするのだ。嫌でも覚えていく。

これが人間本来として持っている順応、適応というやつだろう。

 

「はやと!行くぞ!」

「わかった!」

 

村の入り口からリーダー格の親父から名前を呼ばれた事によって意識を戻された。

入り口には少年や青年、親父達が集まり、剣や斧、鉈や弓を持っている。

何をするのかというと、今から狩りを行うのだ。

アトラへと別れを告げて親父達へと合流する。

 

最初は何をするのかわからずに付いていくだけだったが、今では一緒に行動している。

実際問題。何をするのかというと、動物を狩り野草などを手に入れて村に帰るのだ。

ちなみにここで言う動物とはモンスターだ。

それを各自に割り当てて持って帰る。

持って帰った獲物を女性陣が調理して家で食卓に並べるという具合だ。

良くも悪くも集団生活。人に合わせる事ができない人間には辛い環境だろうが、自分にとって特に苦痛はない。

むしろチームに所属して後輩を纏めたりしていたし、仕事でもそこそこ人を纏めたりはしていた。それが理由だ。

 

ただ、今でこそ慣れたものの、本当にどこの文明だよと最初はツッコミたくなるくらい原始的な生活をしている。

 

まぁそれでも悪くはないって感じで受け入れつつあるんだがな。

 

そんな事を考えながらみんなと村を後にする。

目的は近くの【ベリーウッドの森】。歩いて1時間程で到着する場所だ。

何故時間がわかるのかと疑問が出るだろうが、小学校の時に習うだろう影を見てだ。

出発する前に男達に地面へと剣を立ててもらい影の位置を覚えておく。

そして到着してまた同じように地面に剣を立ててもらい移動した影の量を覚える。

それとは別に人間の時速は歩行の場合として平均約5キロだ。

両方を合わせてアバウトながら算出しているに過ぎない。

最後に到着すればみんなで協力して森の中に入り、獲物を追い詰めて仕留め、村の女性陣からの頼みで野草を摘む。

これがリットン村での男達の役割だ。

 

「wせdrft!!」

「jyhtgrf!!」

「はやと!jmんhbgvf!!」

「わかってる!!」

 

 

森に入ると男達が騒ぎ出す。

わかっていると言っても何を言っているのか勿論理解していない。

言葉がわからないのだから当たり前だ。

それでもわかっていると言ったのは、男達を観察してどのタイミングでどのように動けばいいのかというのを学んでいるからだ。

ここは学校とは違うし、言葉も通じない。それにミリュード達に世話になっている。

これ以上迷惑かけるわけにはいかないし、仕事は人から教えてもらうだけじゃない。

自分が仕事と思っている以上は、それ相応の結果を出すしかないのだ。

まぁここ数日の間で何故か自分が村人達の盾になっているような気がするのは気のせいとは思っている。

 

男達が騒ぐ方向へと一緒に向かうと、すぐにイノシシ(仮)へと遭遇した。

一応こいつにも名前があるらしくビークという名前らしい。

 

ちなみにコイツは食える!というかどっちかというと旨い!

 

最初こそ外見で気持ち悪かったが、他の青年達が捌いたのをその場で食べさせられた。

捌いたばかりの生だと臭みも少なく、肉には程よい弾力とサシが入っており、多分ショウガ醤油あたりに漬けて食べると酒のあてには最高だろう。

そのビークはどうやら2体いるようで牙を持った1体が自身に狙いを定めているようだった。

もう一体はリーダー格の親父が率いる村人達によって追われている。

 

「はは。上等!かかってこいよ豚!俺が食ってやる!」

 

こちらに来た二日目と違い、滞在1週間近く経過しているため身体も順応してきている。

それに狩りに参加する事によって地味にレベルが上がっているのだ。

経験値の仕組み自体は不明だが、モンスターにトドメを倒した時や、協力して倒してもレベルはアップした。

そこらへんは追々調べていけばいいだろう。

 

「ブォォォォ!!」

 

ビークは雄叫びを上げると、その長い脚を使い勢い良く突進を仕掛けてきた。

今ではそんなものは恐れる必要は無い攻撃だ。

それにまだ1週間だが、このビーク。攻撃は突進しかないのを知っている。

 

気持ちを落ち着かせて準備をする。

 

「≪剛の鎧≫!」

 

スキルを発動させた。多分字面からすると防御系のスキルだろう。

別に使わなくても問題ないが、何せ初めて使う。実際スキルとはどんなものか試しておきたかったのだ。

結果、体に力が漲り身体の内側から熱くなる感覚に襲われる。

ステータスを確認すると防御力の横に(+50)という表記がついていた。

 

「よし!多分これはいけるな!」

 

村でもスキルか魔法を使えるのはリーダー格の親父だけだと思っている。

どっちを使っているのかなど違いを知らない自分からすると不明だが、とりあえず何かを使っているのは知っている。

なぜなら、今まではスキルの使い方など不明だった。

しかし毎回親父が狩りの時に何かを呟いた後、持っていた鉈が淡い黄色の光で覆われるのだ。

それを使ってよくわからない木のような生物を鉈で一刀両断したり、大きな昆虫のような物を撃退したりしていた。

自身もそれを見ての真似事で自分のスキルを発語してみたのだ。

 

「バッチコイコラァ!」

 

おもいっきり日本語で荒げた声を出す。自身を鼓舞するようなものだろう。

迫るビークにタイミングを合わせて両手で牙を掴み抑え込む。

やはり衝撃が先日よりも弱いのを確認する。

勿論レベル自体は昨日からは上昇していない

先日ならばもっと後ろへと押されていたはずだったが、今は力で無理やり抑え込めている。

 

「はっはっは!昨日みたいにはいかねぇぞ!両手で掴んでるんだ。絶対逃がさねぇ!」

 

暴れるビークを更に力ずくで抑え込み、身動きが取れないようにする。

 

「jmんhbgvf!!」

「「「yhgt!!」」」

 

周囲に居た青年の一人の掛け声によって、他の青年達が声を合わせて各々の武器を持ってビークに襲いかかった。

両脇から鉈や斧、剣で斬りつけられ、しばらくしてビークは動かなくなり絶命した。

村達は嬉しそうにハイタッチをしているが、もう一体はどこに行ったんだろう。

いつもなら割と早目に親父達も合流していたのだが何も音沙汰がない事が気になる。

 

誰かが仕留めたのか?

言葉が話せないため意志を伝えようにもどうにもならないもどかしさに悶々とした感情が溜まっていく。

まぁそれでもこちらはいつも通りに片付けた。それほど心配する必要はないだろう。

気になる事を気にしないというのは多少気持ちが悪い部分もあるが、どうにもならないものはどうにもならないのだ。

 

いつも通り青年二人が倒したビークの四足を2本ずつ持って森の外へと運び出して行った。

何故運び出したかというと、森の中では他のモンスターに出会う可能性があるために二人の青年達は安全な森の外で解体するのだ。

 

「うnytbvr!?」

「nytbrヴぇ!!」

 

茂みの向こうからいつもと違う誰かの叫び声が聞こえて来た。

その叫び声はいつもの声と違う。切羽詰まった叫び声に聞こえる。

どちらかというと悲鳴に近いような声だ。それを他の村人達も理解したのだろう。

急いで声のする方へと残ったみんなと一緒に向かう。

 

少し走って茂みを抜けて目に映ったものは、体長8メートル程の白い虎に翼が生えたみたいな生物だった。

 

「な、なんだよこいつ……」

 

神々しい姿の虎は、おそらく任侠映画で額縁に入っていてもおかしくないような光景だった。

その立ち振る舞いはまるで力の象徴。圧倒的強者の余裕のようなものさえ纏っていた。

 

しかしよく見るとその虎がリーダー格である親父を口に咥え、咥えられている親父は血塗れなのが視界に飛び込む。

足元には既にこと切れているビークの姿も見えた

親父達に追われたビークがどういう経緯かは不明だが、明らか親父達に仕留められた傷ではなさそうな状態だ。

 

どうする?親父は短い間だったが見ている限りは確かに強かった。

俺が挑んでも軽く捻られるだろう技術の持ち主である。その親父が血塗れなのだ。

人数でどうにかなるのかと不安が込み上げる。

 

「むnybt!」

「お!おい!待て!」

 

青年の中の一人が声を上げ、親父を助けようとしたのだろう。

果敢にも虎へと攻撃を仕掛けた。

それを止めようとして声を上げたが言葉が伝わらない。

いや、伝わったとしても助けに入っていただろう。

青年の表情は傍から見ても額に青筋を立てているのがわかる。

 

しかし、青年の手に持った斧は虎へと届かずに綺麗に横に跳んで躱される。

青年の動きも悪くないが、明らかに動く速度が村人やビークと違いすぎるのは一目で理解した。

これはレベルというか次元が違うだろ。

そんな弱腰な考えが浮かぶが、ここに周囲に居る村人はどうやらやる気のようだ。

その態度は武器を構え、退くという考えは持ち合わせていないように見える。

しかし、相手の力量に合う人間が居ない事など冷静に観察している自分からすればわかる。

これは言葉が不明で観察するという事に徹していたからだろう。

まるで猫がネズミを相手にしているような感じだ。

ネズミが怒ればネコを殺せるか?

窮鼠猫を噛むというように、一撃入れる事ができても、どう考えても100人中100人が殺せるかと言われたら無理と言うだろう。

 

「グルルルル!」

 

虎は口に咥えていた親父を振り捨て、攻撃した青年へと襲い掛かった。

口から解放された親父は意識を失っているのか、動かないまま地面へと叩きつけられた。

 

「ちっ!ちょっとは落ち着けバカ!!」

 

舌打ちしながら青年へ向かって走り出した。

気概は認めるが、無茶と無謀は違う。

先程青年が行った行為は後者だ。

親父があの状態なら確実に親父の二の舞は最低限確定だろう。

動きからしてどう考えても不利にしか見えない現状は、虎を討つにしても親父を救出して一度撤退するべきだ。

 

しかし、やはり巨体なだけあって虎と脚力が違う。

圧倒的に虎の速度が速い。ただ、それでも諦めるわけにはいかない。

 

「許せよ!こなくそ~!!!」

 

全力で飛んで青年の体に向かって渾身のドロップキックを放つ。

両足に人を蹴る感覚が伝わり、青年の体が大きく押し出されるようにして倒れて地面の上を滑る。

ドロップキックのおかげでわずかの差ながら青年は虎の攻撃から逃げる事ができた。

しかし、そうなればどうなるか。

勿論そうなってほしくはないがそうなってしまうのは必然。

青年と自分の体の位置が入れ替わるだけだ。

 

あ、これダメなパターンだわ。

 

必然その攻撃は俺へと来るわけで――

 

「――っ!!」

「はやと!」

 

虎の振り上げた前足によって横から殴りつけられるように飛ばされた。

あまりの威力によって視界がブレ、痛みすら感じない。

飛ばされた勢いは衰えず、木々の何本かをへし折りながら、威力を殺してやがて体が止まった。

念のためと言って鉈を持たされているが、基本的に武器を使用しない自分にとって両手ですぐに防御できたのは幸いだろう。

もし自分が武器を持っていたなら慣れていない武器のせいで防御が遅れていたのは簡単に想像できる。

 

ステータス

如月隼人

LV 13

HP 8/195

EP 120/130

MP 1258/1258 制限中

攻撃力 25

防御力 29

精神力 98

速さ 27

賢さ 11

 

称号 元特攻隊長 

パッシブスキル なし

アクティブスキル 怒りの一撃10(CT120s) 剛の鎧10(CT180s)

魔法 制限中

 

「こりゃ……やべぇ……」

 

ステータスを見て驚いた。

HPが残り8って事はさっきの一撃で瀕死になっているという事だ。

正直なところ鉈だけではない。≪剛の鎧≫を使っていて助かった。

使ってなければ死んでいた可能性だってある。

ただ、これから考えられるのは、次の攻撃だ。

例えどんな攻撃を受けたとしてもHPが0になるのは容易に理解できる。

0になればどうなるか。死ぬのだろう。それに、この虎だけじゃない。

このベリーウッドの森にはビークや他の生物も居る。

こんな状態で出会ってしまえば、例え今は助かったとしても逃走さえできない。

なら、やるべき事は一つしかない。冷静な考えで判断を下す。

 

フラフラになりながら虎の居る元へと戻った。

見れば虎の周りを囲みながら、石を投げたり弓を放ったりしている村人達。

あくまでケンカをしていた経験上から元にしたものだが、攻撃を受けた自分だからわかる。

投石程度の攻撃なんて無駄だ。強さの次元がビークとは違う。

 

事実、ほんの数秒その場から離れただけで目に入る村人達の中には木にもたれかかる人物や、既に動かなくなっている青年、首から上が無くなり地面へ倒れている少年も居た。

 

言って自分はもう30だ。それなりに人生は大人になっても好き勝手やって楽しんだ。

しかし中には若い10代前半だろうの男の子もいる。

命を失うには正直まだまだ惜しい。勿論自分が死にたいってわけでもない。

それになんやかんやで見てわかるようにここの村の連中達は仲間想いで、逃げ出そうとする奴はいない。

その上、突然現れたような言葉を話せない自分にも優しく接してくれたのだ。

ならば自分が生かして帰してやりたい。次の世代の事を考えるべきだ。

 

「おらぁああ!クソ猫!こっち見やがれ!」

 

その場で右手の中指をビシッと立て、虎へ向かって吠える。

自身の声で青年達の動きが止まり、虎が牙をむき出しにしながらこちらをへと振り向いた。

あくまで注意を引く為に吠えただけだ。作戦もクソも何もない。

 

(この間に上手く遺体は無理でも怪我人を抱えて逃げてくれればいいんだがな。)

「グルルルル」

「グルルルうっせぇんだよ!俺が相手してやるから黙ってかかってこいやクソ猫野郎!!」

「むnytbrv!」

 

虎に向かって煽っていると、村の少年が何かを叫びながら虎と対峙するように左隣へと立った。

そんな事は求めていない。早く逃げてほしいのだ。だからこそ伝える。

 

「邪魔だ!お前らはさっさと怪我人抱えて逃げろ!」

「myんtbrv!」

 

(クソっ!日本語だと伝わらねぇか。)

「仲間!逃げろ!」

 

焦りながらも現地の言葉を使ってカタコトで怪我人を指で示して伝える。

頼むからこれでわかってくれという思いを必死に言葉に詰めた。

 

「はやと!仲間!」

 

それでも首を横に振って拒否するというのを行動で示してきた。

胸が熱くなる感じだ。仲間の為に命を賭ける。チームをやっていた頃を思い出す。

ケンカで背中を預け、タイマンでぶちのめす。

ただ、これはケンカじゃない。命を賭けたサバイバルだ。

それに同じように自分と残ったとしても、こいつらは薄々どうなるか気付いているだろう。

分の悪い賭けに乗りすぎだと思う。

まぁこういう奴らだからこそ守ってやりたいと思えるのだ。

ただ、村に居る女子供や老人はどうなる?

残された側の気持ちは?

俺はこちらの世界で一人だからいい。

でも他の奴は家庭を持っている人間も居るし、幼い弟や姉や妹がいる奴も居る。

それにこれからの生活の事もあるだろう。

ならミリュード達に恩返しをするなら、ここで虎に立ち塞がるのが恩返しになると思いたい。

だからこそ無理でも押し通す。

 

「うjyhtgr!」

「逃げろ!!逃げろ!!」

 

何かを喚く少年に対して、おもいきり左手で突き飛ばすように有無も言わさず指示を出す。

親父が居ない今、これ以上ゴネるようなら殴ってでも帰らせるつもりだ。

そうする覚悟がこちらにはあった。

 

「わかった……yんbtr」

 

ようやく通じたのか、諦めたような、それでいて悟ったような表情で少年はこちらを見つめる。わかればいい。そうなるようにしたのだから。

 

一つの失敗が取り返しのつかない状況を生み出すという事を、自身が教訓にして次の子達へと伝える。人は失敗して成長するのだ。

だが、怪我で済ませて成長するか、大怪我を負って死ぬかでは結果が違いすぎる。

 

他の青年達が倒れている怪我人を抱えて逃げ出した。

少年の続く言葉は死ぬなよって感じだろう。

自身としても死ぬつもりはない。ただ、倒せる見込みもない。

なら少しでも時間を稼いで頃合いを見て逃げるだけだ。

そう上手くいくとは一切思っていないが、諦めだけは悪い。

なるようになるさ根性でいくしかない。

 

逃げ出した村人達を見て追いかけようとする虎。

そうはさせまいと腰に掛けていた鉈をすぐに取り外して全力で投げつける。

こちらから視線を外した事によって偶然鼻に先に鉈が当たった。

取っ手部分ではなく刃先が当たり、まるで鼻血のように血が噴き出した。

どうせあの巨体だ。ダメージなんか殆ど入っていないだろう。

 

「グルルルル!ギャォォォ!!」

「はは。どうだクソ猫!獲物に逃げられた感想は?」

 

虎はやられた事へ激昂しているのか目を見開き、剥きだしていた牙を更に大きく剥きだして雄叫びを上げて爪を露わにした。

言葉を理解しているかのような反応に鼻で笑いが出た。

しかし、虎は叫んだ後はそのまま睨みながら空へと飛んだ。

 

「ちっ、これじゃ何もできねぇし、逃げたところで鷲のように背後から掴まれるだけじゃねぇか!」

 

まさしく手も足もでない。

この言葉にぴったりな状況へと持ち込まれた事によって焦る気持ちに拍車が掛かる。

 

「卑怯だぞクソ猫――」

「グルルルル!グルァッ!」

 

虎が大きく口を開き叫ぶと同時に、口の前でバスケットボール大の白い光球が現れた。

 

どこかで見た事があるような光景を思い出した。

 

「これって意外とヤバイやつなんじゃねぇか?」

 

自分の本心を表すかのように額を伝う汗の感覚。

警戒しながらも光を見つめる。

今から何が始まるかなんて予想がつかない。

しかし逃げた所で蛇に睨まれた蛙のような状態でもある。

なら少しでも相手の挙動を観察するべきだろう。

何があったとしても今この瞬間、見逃せば終わりなのだ。

 

「ギャオォォォ!!」

 

空気を揺らす虎の咆哮に合わせるように、白い光球からレーザーのようなものが照射された。

地面へと注ぐ白い線はまるでホーミング性能を持ったようにして、地面を走るように草を焼きながらこちらへと迫って来る。

 

「おいおい。冗談じゃねぇ!なんだよこの攻撃!

野生動物がレーザーを撃つって反則だろうが!ってモンスターだったな。

こりゃ納得。化けモンだ。」

 

焼き払われる草木を見て思う。

触れたらどうなるか、想像するだけで背中を悪寒が走る。

初めて見る物理以外の攻撃に対し、フラつく足を引きずりながら虎の視界から消えるようにして森の中で必死に隠れる。

しかし、自動追尾性能を持ち合わせた白い線は、逃げても逃げても木々を焼き払い追いかけてくる。

 

「ちょ!隠れてもやっぱ意味ねぇのかよ!」

 

反則みたいな攻撃を受けながら、ひたすらレーザーを躱す。

それはとてもカッコいいとはお世辞にも呼べない回避だ。

地面を転がり、四つん這いになりながら這う這うの体で何回ギリギリの所で避けただろう。

いつまで続くかわからない攻撃にひたすら耐えながら、早く終われと只々ひたすら願うしかない。

その希望は叶ったのか、しばらくするとレーザー照射は終わり虎が地面へと悠々と降りてきた。

 

「はぁ……はぁ……クソ!やっと降りてきたか!

こっちは既に体力的にバテバテだっつぅの!」

 

体力的にバテバテ、きちんと例えるなら肉体的に死亡手前だとステータスで理解している。

しかし気持ちで負けるわけにはいかない。虎を眼光鋭く睨みつける。

何故降りて来たのかはわからないが、どちらにしろピンチには変わりない状況だ。

その挙動を一挙手一投足見逃さすつもりはない。

すると追尾レーザーで仕留め損なったのが気に入らなかったのか、喉を鳴らしながらこちらの様子を伺うようにして周囲を円形に歩き回る。

じりじりとその円が小さくなっているのには気付いてる。

恐らくタイミングを向こうも同様に見計らっているのだろう。

虎は爪を立てながらこちらに飛び掛かってきた。

 

「はっ!それを待ってたんだよ!脚の一本でも置いてけや!≪怒りの一撃≫!」

 

勝てるとは微塵も思っていないが、やられっぱなしは癪に障る。

せめて一撃でもというような半ばヤケクソに近い気持ちでスキルを使用する。

虎の振りかぶったような前足目掛け、捻るように腰を入れた右手を使ってアッパーの要領で拳を打ち込んだ。

≪剛の鎧≫が防御なら≪怒りの一撃≫は攻撃だろう。

 

半分賭けだったがその読みは当たったのか、質量から想定するに普通の拳ならば返せないだろう虎の攻撃。

しかし、スキルを乗せた拳を受けた虎の右前脚は大きく打ち上げられ、体制を崩して土埃を巻き上げながら地面を転がった。

 

「はぁ、はぁ、どうだ!ざまぁねぇなクソ猫。窮鼠猫を噛むって奴だ。」

 

 

吐き捨てるように虎へ言った後、周囲で退路になりそうな場所を探して移動しようとするが、それを察知したのかすぐに立ち上がった虎によって逃げ道を塞がれた。

見るからに軽快な動き。全くダメージは入っていないようだ。

せめて苦痛のような呻きや仕草を見せてくれれば希望も持てただろうが、火に油を注いだような咆哮を浴びせられる。

それを見て、例え上手くすり抜けて逃げれたとしても、背を向けた瞬間に後ろから爪を突き立てられるだろう事は容易に想像できた。

むしろ虎の元気な姿を見るとどうにもできない事は予想できる。

 

「あ~、せっかく助かった命を似たような事して散らすなんて、やっぱ俺、賢くねぇな。

ステータス通りだわ。まっ、他の奴らは無事逃げれただろうし、それで由しとするか。」

 

自虐的に呟き瞼を閉じる。やれるだけはやりきったつもりだ。後悔はない。

一応最後まで足掻くつもりだが、ここにきて見ず知らずの自分の世話をしてくれたアトラとミリュードの顔が、流れるように頭に浮かんでくる。

 

「短い間だったが、まぁ悪くはない異世界だったな。

んじゃ、あいつらを確実に逃がす為にもうちょい付き合えやクソ猫野郎!――」

 

瞼を開き最後の足掻きをかけようと構える。

こちらからは仕掛けない。

仕掛けた所で死が早まるだけだ。

それなら少しでも時間を稼ぐには仕掛けさせるべきだろう。

 

じりじりと距離を詰める虎、次の瞬間大きく右前脚を振り上げた。

覚悟を決める。

 

「義に死すとも不義に生きず!」

 

自身の重んじる格言を口上で述べた。

その言葉を合図に一気に脚が振り下ろされる。

 

「むybtvrc4!!」

 

目の前に迫る鋭利であろう爪を前に、何かを叫ぶ声をあげながら視界の端の茂みから虎へと飛びかかる一つの影が現れた。

それが何かを確認する暇も無い。

 

「うjytrf!!」

 

その影が何かを叫びながら虎の頬目掛けて何かを振り抜いたように見えた。

急な出来事でその影が何かを振り抜いた事で人だという事しかわからず、その人物が何を行ったのかというのは認識できなかった。

その人物が着地すると何かをされた虎は左前脚を使って何かが触れたであろう頬を必死に抑え込んだ。

しかし次の瞬間、その頬辺りから続けて発生する爆発。

それに合わせるようにして頬の肉や赤い鮮血の一部が弾け飛ぶ。

数歩たたらを踏むようにして下がった虎。

そこに追い打ちをかけるようにして虎のガラ空きになった腹の下へとその人物は滑り込んだ。

その動作は傍目に見ても一切の無駄が無いようにさえ思えた。

虎は器用ながらも傷を抑えようとするのに必死で、その人物への対処の余裕は無さそうに見える。

 

「gytfyぐh!」

 

再度何かを叫ぶと同時に腹の下で剣を虎の腹部へと突き立てた。

それを合図にしたように徐々に虎の腹部が膨張し、やがて大きく頬と同じように弾ける。

大方予想するところ、先程虎の頬を振り抜いたのはこの人物が持っていた剣だろう。

 

その攻撃を合図にしたように、赤い球が苦悶している虎を目掛けて一斉に飛来して襲い掛かった。

 

目の前で起こる状況を観察するが、元の世界であってもこちらの世界あっても経験したことがない出来事だ。

一体この赤い球の塊達はなんだというのだ。

 

 

「一体なんだよ!?てか熱っ!?」

 

それからも目の前で起こる出来事に理解が及ばず、ただただ呆然と見ているだけしかできなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。