王都フォルゲン
「ええい!どうなっている!」
身なりは如何にも高そうな赤い生地でできた服を着て、ゴツゴツとした指には貴金属類を嵌めている人物が苛立ちを隠そうともしないで右往左往していた。
「申し訳ございません陛下。召喚の儀が成功したのか失敗したのか、未だ原因は不明でございます。」
少し頭の天辺がハゲた恰幅のいい人物が謝罪の言葉を口にした。
「ルドルフよ。そんな報告をするために貴様は私の前にやってきたのか!」
「申し訳ありません。」
陛下と呼ばれた人物の怒気を孕んだその声に、周囲に居た護衛兵達は身体を強張らせている。
ルドルフという人物も同様に額から汗を流し固まっていた。
流れているのは冷や汗だろう。
「いくら貴様が大臣でも、許せる物と許せない物があるというのを忘れてはないか?
貴様は勇者の遺物を犠牲にして、条件が整っていない状態で勇者召喚の儀を勝手に執り行った。
その結果が成功か失敗かという事すら不明だと!?ふざけているのか貴様っ!!」
「申し訳ございません。何分記録上で初めての出来事なのと、国の行く末の為にと思い――」
「もういい!近衛達よ!ルドルフを牢へぶち込んでおけ!」
命令された兵達によって、ルドルフと呼ばれた人物は両脇を抱えられながら広間から連れ出された。
「勇者の遺物はもうない。一体どうすればいいのだ!このままでは……クソっ!」
「あなた。悩んでいても仕方ありませんわ。今はできる事を行いましょう。」
「シャールか。すまない……何とか世界会議で各国に事情を説明する。」
「あなたを支えていくのは変わりません。頑張りましょう。」
「ああ。」
陛下とシャールと呼ばれた人物は憂いを嘆くようにして会話を終える。
★★
「ここ……は?今度はどこだ?」
目が覚めたが、視界に映る物はどうやらどこかの天井のようだった。
どこかのベッドのようなものに横にされているのだろう。
普通は夢なら覚めるとおはようございますだ。
目を覚ますと再度別の場所など、そうなれば口からでるのは疑問の言葉が適切だろう。
それにこれが可愛い女の子とホテルで目が覚めたらいいが、そんな雰囲気でもない。
至って簡素な木材でできたであろうコテージのような天井だ。
笑い話のネタにすらならない。
ただ、死んでいない事だけは理解できた。
「あqwせdrftg」
残念感満載で考えていると、顔を覗き込むようにして全く理解できない言葉を喋る少女に話しかけられた。
急に視界に入り込まれた事によってまさかと驚いてしまい、上半身を起こして身構えてしまう。
そこで違和感を覚える。
「ん?あれ?右手が治ってる?というより、どこにも怪我が無い?」
自分の服をまくり上げ、イノシシ(仮)達にタックルを受けたであろう腹部などを見てみるが、夢ではないのだろう。
服の汚れや破れこそあるものの、怪我が全て治っていた。
一体どれくらい寝ていたのか。
怪我が治るまでなら骨折の場合、数か月はかかるはずだ。
それにあれだけの骨折だ傷も残るはずだし、リハビリも必要だろう。
しかし、傷跡などはなく腕も指も動くし服もそのままだった。
何がどうなっているのか理解できない。
「くぁwせdrftf」
こちらの混乱をよそに、顔を赤くして両手で覆う少女に再び話しかけられる。
赤面しているのは年頃であって、男の肌を見て恥ずかしいのだろう。
とても愛嬌がある仕草に見える。
「悪い。」
服を元の位置に戻すと少女は覆っていた手の指を少し広げ、隙間から覗き込むようにして確認してきた。
こちらの姿を見て安心したのか、覆っていた両手を離した。
年は10代半ばというところだろうか。
ポニーテールの茶髪にブラウンの瞳を持ち、くりっとした可愛らしい目元。
その顔はどこか放っておけないようなまだあどけなさの残る顔だった。
身に着けて居る衣服は何の素材でできているのかわからないが、黄土色の上着に茶色の余裕を持ったパンツ姿だ。
農作業でもやるというのだろうか。
どこか牧歌的で、何というか一言で表すなら田舎くさい。
しかし、こうやって元気で自分が居る以上は、もしかして助けてくれた可能性もある。
失礼な事はできない。
「ありがとう。あんた、いや、嬢ちゃん。ん~、君か。君が助けてくれたのか?」
「くぁwせdrせdrft」
しかし、伝わっているのだろうか。少女の言葉を全く理解できない。
というよりむしろ聞いた事があるニュアンスでもない。
韓国、中国、ロシア、アメリカ、ドイツ、メキシコ、スペイン辺りなら文字は理解できないが発音で一応理解できる。
しかしそれらに全く当てはまらない。
という事はもっと別の地域の言葉だろう。
それに理解できないという事は、こちらの言葉も理解されないという事と同じだ。
「まいったな……」
頭を掻きながら困ったようにしていると、少女はこちらの表情を見て理解したのか、軽く俯いて少し悲しそうな顔をしている。
「君が気にしなくていい。俺が喋れないのが悪いんだ。こっちは元気になって助かったしな。」
「くぁwせdrft」
安心させようと身振り手振りで少女に元気だとアピールをする。
子供が泣きそうになっているのは苦手なのだ。
それが伝わったのか何かを喋り少女の表情は明るくなった。
こちらとしても明るくなってくれるのは嬉しい限りだ。
「あqwせdrft」
しかし、誰か日本語がわかるやつはいないのか?
相変わらず少女に話しかけられるが、困った状況には変わらない。
「すまない。君の喋ってる事がわからないんだ。お父さんやお母さんを呼んで来てくれないか?
いや、言葉がわかる人なら誰でもいい。最悪はカタコトなら英語か中国語でもいいんだけど。」
「あくぁwせdrft」
とりあえずは日本語が理解できる人間が居ないと話にならない。
少女も身体を使って何かを必死に話しかけてくるが、理解しようとして本当に理解できないのだ。
頑張って何かを伝えようとする少女。
その姿は微笑ましいが、理解できないことで何ともいたたまれない気持ちになる。
「あqwせdrftg」
何かを言って少女は部屋を出ていった。誰かを呼びにいったのだろう。
そりゃそうだ。言葉も理解できない人間が居たら、俺でも理解できる人を呼びに行く。
むしろ最初からそうすればいい。
助けてくれたかもしれないのに何という態度だと言われそうだが、意思疎通ができないというのは思った以上にお互いにとって良い事はないのだ。
しばらく待っていると、少女が腰の曲がったワインレッドのローブを着た老婆の手を引いてやってきた。
老婆と少女はベッドの横に座り、何やら二人で話している。
それを黙って眺めていると、やがて老婆が紙のような物とペンをとりだし何かを書き始めた。
やがてペンが止まって何かを書き終わると、その紙をこちらに見えやすいように向けてきた。
読めという事なのだろう。見せられた物にゆっくりと目を通す。
『この ことば りかい できますか?』
驚いた事に書かれていたのは日本語だ。
でも何故喋る事無く『ひらがな』なのか。
老婆と少女は不安そうな顔でこちらを見るが、理解している事を伝える為に紙とペンを老婆からジェスチャーで借り受ける。
老婆は快くペンと紙を渡してくれた。
『りかい できます。 にほんご わかる ひと いませんか?』
どのように書けばいいか少し悩んだが、極力簡単な日本語で文字を並べたものを老婆に見せる。
その文字を見て理解したのか老婆は薄い涙を目に浮かべた。
「わせdrftgy」
隣で見ていた少女が老婆に対して言葉をかけながら、どうしたものかとアタフタしている。
こちらとしても同じ気持ちだ。一体どうしたというのだ。ただ紙に文字を書いて見せただけじゃないか。
何か失礼な事でもしてしまったのかと一瞬考えてしまった。
すると老婆は再度紙とペンを貸してほしいというジェスチャーを見せたので手渡した。
また筆談の要領で老婆が文字を書いていく。
『ごめんなさい このせかい あなたのことば わかるひと もう いません』
再度、老婆に見せられた紙にはこのように書かれていた。
「はい?」
自分の頭の理解力が乏しいのか、それとも老婆が言葉足らずなのか。
実際に目の前の老婆は筆談でも日本語がわかっているだろう。
こちらの態度で見て取れたのか、皺くちゃになった顔を更に皺くちゃにして申し訳なさそうな表情を老婆は見せる。
そのまますぐに次の紙へと文字を書いていき、同じようにこちらに見せて来た。
『わたしは むかし あるひとに このことば おそわった
そのひと あなた おなじせかいのひと
あなたは ちがうせかい こっち きた』
「え~と。これは一体どういう――」
纏めようとしては解け、組み立てようとすれば崩れる。
そんなパズルのように全く考えがまとまらない。
こっちの世界?同じ世界?どういう事だ?
というより、はいそうですかと簡単に納得できるような話ではない。
書いている文字だけだと、あまりにも突飛すぎるのだ。
『すこし まつ あなたに みせる』
こちらの考えを読んでいたのか、老婆は紙に待っていろという言葉を書いてから少女と何かを話している。
やがて話が終わったのか少女は納得したという感じで再び走って部屋を出て行った。
残された老婆との間に沈黙が流れる。
そこからすぐに少女が何かを抱えて戻って来てから、こちらに冊子のような物を手渡してきた。
「えらい古びた状態のもんだな~。ええ~なになに?」
これを読めという事なんだろう。少女の手から受け取る。