欠陥勇者(タイトル未定)   作:高橋くるる

1 / 7
ヒロインは誰にするか決めておりません。
ハーレム物になるのかも不明です。
口調はラノベ調にしても、実際にキャラ達に喋らせてみて親密度を測っていけたらなと思っています。

どちらかと言えばファンタジーより少年漫画寄りだと思われます。





「ん~、ふぁ~あ。あぁー、痛て。」

 

まだまだ眠い状態だが尿意を催し目が覚めた。

どうやら身体を丸めて寝ていた為に肩が凝っているようで、首が若干痛いのは仕方ないだろう。

どうしてこうも肩が凝りやすいのか。

日本人の7割は肩こり持ちというが、その7割に入りたくなかったと本気で思う。

 

しかし、自分の口に出た言葉に答える者は誰もいない。

何故いないのか。それは他の奴らはまだ寝ているのだろう。

起きていたら「おはよう。」という挨拶が返ってきてもおかしくない。

奴らというのは若い頃から付き合いのある友人たちだ。

 

ぼやけた意識のまま上半身だけを起こした状態で、頭を掻きながら周囲を見渡した。

頭を掻くのは癖で、これと言って特に意味はない。

 

「ここはどこだ?」

 

目覚めてすぐの場合、意識だけじゃなく視力はぼやけて見えてしまうときがあるが、言葉の意味的に完全にボケてなどいない。

ボケていたらそもそも働いてすらいないだろう。

それに勿論ぼやけて見えている風景でもないようだ。

今現在、どう見ても目の前に広がる景色は家ではない事だけは確かな状況に居るのが目に映る情報から理解できた。

 

「はっ。夢の中で夢でも見てんのか?」

 

鼻で笑うようにして流そうと考えたが、手に伝わる感触や、思い通りに動く手足に対して徐々に夢じゃない事を理解する。

改めて周囲を見渡すが目に映る物は日差しを浴びた緑の濃淡がある立ち並ぶ木々ばかり。

 

「よし、少し整理しようか。」

 

誰も聞いていないのはわかっているが、ゆっくりと先日の記憶を紐解くように思い出す。

あくまで独り言だと言うのは理解している。

 

「確か昨日は……」

 

物販関係に勤めている自分は、商品を満載した中国からのコンテナの納入を終え、一通りの手続きを終えた後に同僚へと仕事を引き継いだ。

いつもよりたまにはという理由で仕事を切り上げ、同じく仕事を切り上げてきた友達3人と夜の街へと飲みに繰り出したはずだった。

まずここまではシラフだったので問題ない。

 

そこから上司がどうだとか、部下がどうだ。お得意先が厳しい条件を突き付けるだの、仕事の愚痴から始まり、彼女や子供が出来てどうなっただのと現状報告。

いわゆる他愛もないアラサーボーイズトークだ。

毎回テンションは社会人特有の最底辺からスタートするいつもの日常だった。

そのまま酔いがまわり、何件か梯子をしてテンションもいつのまにか上昇、既に最初の暗いムードなど吹き飛びドンチャン騒ぎをしていた記憶がある。

なんだかんだ言ってもお酒は強い方だ。記憶は普通に残っている。

 

夜の街ですれ違う可愛いお姉ちゃんには裕也が絡み、飲みすぎた元哉はゴミ捨て場でこんにちわをしていたはずだ。

家に帰ると嫁さんに説教を受ける和樹は、そのまま帰りたくないという感じで俺の家で潰れるまで飲もうという提案を行った。

そこで了承した俺は自分の家へとタクシーに乗り込み皆で宅飲みへと突入したのだ。

 

元哉だけは早々に家のトイレにぶち込んで放置しておいたが、和樹と裕也とは会話も弾んだせいか、ひたすら飲み続けて動画サイトの閲覧などで盛り上がった。

飲み続けて気付けば明るくなりかけた頃に、三人とも眠くなって寝たはずだ。

 

「うん。ここまでは問題ない。じゃあ、ここはどこだ?」

 

もう一度周囲を見渡すが、覚えが無い景色が視界に入る。

トイレに行こうにも家でない為、勿論存在トイレなど存在しない。

家の中はジャングルではないし、勿論観葉植物など育てていない。

むしろ雑多に散らかした独身特有のどうしようもない1DKの部屋だ。

日差しも悪く、風通しも悪い。タバコの吸いすぎで家の中はどちらかというと臭い。

 

それが今居る場所、天井は開放的。

雨が降れば雨漏りなんか目じゃないくらいのズブ濡れコースがお約束された場所。

天井など一切無く、日差しは多少悪いが風通しも抜群。

こちらも勿論風を防ぐようなものなど一切無く同じく開放的。

台風など来ようものなら綺麗に横から風になぎ倒される爽快感を味わえるだろう。

その上トイレは360度どこでもどうぞと言える素敵な環境だ。

タバコを吸うにしても火の始末さえきちんと行えば臭いなど気にする必要もないだろう。

ではぶっちゃけどこか?

そう、答えは森の中。

 

友達に電話をできるなら第一声はこうだろう。

「もしもし?私メリーちゃん。今森の中にいるの。」

うん。間違いなく忙しいと言って電話を切られる事請け合いだ。

 

しかし真面目な話、近所にこのような森は無いし空気はこのように綺麗ではない。

どちらかと言えば一日中路面に近付けば近づく程チリや埃が舞っている都心部だった。

それが今居る環境は真逆の環境で、優しく頬を撫でる風がとても心地いい。

 

「ん~、気持ち良い風だ~……って、やっぱりわからねぇ。」

 

背筋を伸ばして自然っていいなと一瞬思ったが、すぐに現実に引き戻され痛くもない頭を抱え込んでコメカミを押さえながら嘆く。必死に考えても心当たりが無いのだ。

 

「俺は夢遊病者だったのか?いや、ないだろ。それともあいつらが?」

 

どう考えてもこんな場所に来た記憶が自分の中に存在しない。

仮に来たとしても一人で来たのはありえないだろう。

昨日は他に3人も居たのだ。それが360度森の中。

どこまでも続きそうな深い木々や茂みに不安を覚えながらも楽観的に捉えようと理由を探した。

それに真面目な話、寝た後にあいつらがイタズラで連れて来た可能性も考慮できる。

 

何故なら、動画サイトで外国人の若い男の子達が寝ている友達をエアーベッドへと移して、湖に放流している動画を見て全員で笑っていたからだ。

もしかしたらそれの真似事かもしれない。

 

その為見慣れない場所だが少しだけ待つことにした。

 

★         ★

 

あれから2時間程だろうか。

あくまでだろうかというのは感覚だ。

一応近くを歩き回って探しながら待ってみたが、誰もやってこない。

それなりにふざけてみたりもしたが、空しく風に揺らされる自然の音しか返って来ず、芸人で言うならダダ滑り状態の時にSEだけが流れたような状況だった。

 

それに近くを歩き回ってみても、大きく移動しないのにも理由がある。

実際はイタズラだったのに移動しすぎて本当の迷子になってしまうと、あいつらにとって予想外になってしまうだろう。

するとどうなるか。

本当の迷子になり、捜索願などが出たら陸上自衛隊や自警団、警察や猟友会などが出動してイタズラで済まなくなる。

大の大人が4人でふざけてリアル迷子などのニュースが流れようものなら、周囲の関係者の方々へと謝罪脚光をする羽目にもなる。それだけは避けるべき事案だ。

あくまで想定内と想定外では、悪戯と事件というぐらいには違うのだ。

 

ただ、途中いい加減飽きてきたので連絡するためにスマホを取り出そうとしたが、生憎とスマホは持っていないようだった。多分家に置いているのだろう。その為時間が正確に把握できない状況だ。

 

それと、一つだけ気になる事がある。今身に着けて居る衣服だ。

スマホを取り出そうと服を弄ったが、身に着けて居る衣服が高校生の頃に着用していた服に似ているのだ。

同じかと言われれば素直にわからないと答えるだろう。

あくまで、当時に似ている服を持っていたとだけはわかる。

何故なら10数年前の記憶など曖昧だからだ。

当時流行していたのはお兄系だろう。

近年ならばネオお兄系、ネオビジュアル系、ネオホスト系だった。

何が違うんだとツッコミが入りそうだが、ぶっちゃけ使っている金額が高かったのがお兄系、安いのがネオお兄系。

身に着けて居るブランドがハイブランドか安物ブランド。メイクが多少違うだけでしかないと思っている。

ニートとネオニートもあるが、それはまた別のジャンルだ。

金銭を食いつぶしていく穀潰しがニート、定職に就かずに親より稼ぐ無職というのがネオニート。違いはあるがまぁ関係ない。

 

機能性を重視した部屋着ならば物持ちが良いと言えるだろうが、当時のタイトな服装でオシャレが好きな自分からすると、10数年前の流行服など部屋着でもなければ実用性など皆無でダサいの一言に尽きる。

 

「一体誰がこんな服を着せたんだ?俺はこんな物を持ってない。

こんなイタズラをするのは和樹か?」

 

この場に居ない友人の中で、このような悪戯を行いそうな人物を思い描きながら一人の名を呟く。

 

「お~い!いい加減にしろよ~!さっさと帰るぞ~!裕也~、和樹~、元哉~。」

 

相変わらず返事が無い。

まぁ急ぐ予定もないし陽もまだ高い為、しばらくは付き合っても問題ないと考え木を背にとりあえずその場で座り込む。

 

「仕方がない。もう少し待つか。」

 

 

 

★★

 

あれからどれくらい経過したのだろうか。

周囲も徐々に暗くなり、段々と笑えなくなってきている。

もしかしてあいつらの方が迷子になっているのかと考えたが、あいつらは3人だ。

それにスマホなり車なりを持っている。

その状態で迷子になるのはありえないだろう。

 

「おいコラ!テメェらあんま調子乗ってんじゃねぇぞ!さっさと出てこい!」

 

徐々に我慢の限界を迎えつつあった為に声を荒げたが、それでも周囲から返事は無い。

起きた時は鳥の囀りだったものが、現在は獣の鳴き声が混ざるようになっている。

それ以外には聞こえてくるのは木々の風に揺れる葉音と、小さな水の流れる音だけだ。

 

「流石にこのままじゃ危険だな。移動するか?でも……」

 

移動するにしても道という道が存在しないし、朝食も昼食も摂っていない。

ましてや水分すら摂れていない。

移動するならば勿論早目の方がいいだろう。

ただ、夜になれば知識がない人間でもわかる。

街灯があれば別だが、光の無い闇の中を手探り状態で歩く行為は危険だ。

もし崖や傾斜のきつい場所で足を踏み外して怪我をしたら笑えないだろう。

それに実際に子供の頃、修学旅行の肝試しで道に迷って崖から転落しかけた事実があるからだ。そんな考えから思い悩む。

 

それに人の痕跡と言う痕跡がこの時間まで一切無かった。

ならば今からの移動は避けるべきだと判断する。

むしろ探すならば最低限の寝床だろう。

 

「しゃあねぇな。一日どこかで過ごす方が無難か。」

 

明日は仕事だが仕方ないと自分に言い聞かせるようにして、安全に過ごせそうな場所を探す。

上司から怒られたとしても、仕方ない部分は仕方ない。

その分は仕事をきちんと行い結果を出して仕上げてしまえばいいだけだ。

そこらへんは理解している。

社会人である以上謝れば済むなどという甘い考えは持っていない。

社会人であるならばケジメは自分で取るべきだ。

その上で何が原因で何をして改善するかを始末書で書いておけばいい。

 

正直始末書的にはこうだろう。

お酒を飲みました。起きたら森でした。そして遭難しました。

ごめんなさい。次から気を付けます。

 

ただ、こんなふざけた内容を書いてしまえば社長にぶん殴られてしまう。

大人と言うのは簡単な物を難しくするのが仕事だ。

それらしいビジネス文言を使用して、堅苦しいものを作り上げるのだ。

それでお金をもらう。

 

うん。まぁ関係ないけどな。

 

それからすぐに壁を繰り抜いたような洞窟を見つけたのは幸いだった。

洞窟は奥深くまで続いているようだったが、一日過ごすだけなので深入りせずに入り口に腰を据える事に決めた。

これでもし雨が降っても問題ないだろう。

 

「本当に一体ここはどこなんだ?というよりこれ洞窟より鍾乳洞に近いんじゃねぇか?」

 

ぶつくさと呟きながら洞窟の壁にもたれかかる。

ここがどこかという答えが出ない問題を自身に問いかけ、無為に時間を過ごすしかなかった。

 

「明日はとりあえず水の確保をしてから移動か。いずれにしても何も口にしていないのはきつい。」

 

空腹と渇きを誤魔化す為に、その日は早めの床についた。

 

★★

 

 

翌日

ハッキリ言って碌に睡眠がとれなかった。

文明社会で生きて来た自分にとって、完全な闇の中で身を守る物も無い。

非日常的な体験は友人たちが一緒に居れば心配などしなくても大丈夫だろうが、今は一人という状況であって、時折草木が揺れる音により警戒のため意識が何度も戻されたからだ。

地べたに直接横になっていたのも原因で身体のあちこちが痛い。

ゆっくり風呂でも入ってマッサージでも受けたい気持ちだ。

そんな身体に鞭を打ちながら立ち上がる。移動を開始するためにだ。

 

今の内に動き出しておかないと、また陽が暮れて同じ状況になる。

そうなれば食べ物すら碌に取れていない今は危険な上、もう一泊するなどこちらとしても願い下げだ。それに仕事もある。遊んでいる暇は休みでない限りは無いのだ。

それに今は行動できたとしても、やがて動けなくなり移動すらできなくなるだろう。

子供時代は迷子で済むだろうが大人になれば迷子ではない。

遭難が適切だ。そして現在はリアル遭難真っ最中。

自分でもわかるくらい切羽詰まっている状況だとは理解できている。

 

陽が昇り始めたのか、徐々に周囲が明るくなってきた。

明るくなってきている事によって精神的に安心感が徐々に戻ってくる。

鳥目という事ではないが、目が効くというのはそれだけで情報が入る。それが安心感へと繋がるのだ。

 

「まずは水。それからどうするか。」

 

第一目的として、先日から聞こえている水の音がする方へと向かうのが先だろう。

手持ちに水筒のような物が無い為に確保とまでは行かないが、知っているというだけでも万が一を考えると保険になる。

まぁ、近くにあるというのならせめて顔だけでも洗いたいのもあるが。

ベッドに倒れ込みたくなるような重い体を引きずりつつ足を水の音がする方へと運んだ。

 

音を頼りに茂みをかき分け、しばらく歩くと沢のような開けた場所へと出た。

流れている水は流石に森という感じなだけあってか、透明度も高く清流という感じがする綺麗なものだ。

 

「これ……飲めるのか?」

 

いくら綺麗な水といっても、顕微鏡で見れば微生物満載であろう水に対して一抹の不安が頭によぎるが、水を見た事によって顔を洗うよりも先に先日から何も口にしていない状況。

頭の中で脱水症状と微生物。天秤にかけるが、現状として選べる状況ではない。選ぶなら後者しかないだろう。

そんな事もあって、膝をついて両手で水を軽く掬いながら途中で考えるのをやめる。

 

冷たい水でまずは顔を流し、いくらか眠気が飛んでスッキリしたのは幸いだ。

気を引き締めなおすには丁度いい。

そのまま口へと両手を使って水をゆっくり運ぶ。

一日ぶりに何かを口に入れたため、別に歯周病でも何もないが、少し歯が染みる。

 

「ここで歯ブラシがあれば嬉しいけどな。」

 

沢の水で濡れている両手を服で拭いながら愚痴を言うくらいの余裕はあった。

ただ、無い物を切望するが、無い物は無い。仕方ないと諦めるしかない。

 

水分を摂取した事によっていくらかマシになった身体。

人が居る場所へ移動しようとして立ち上がろうとすると、対岸の上流で茂みが揺れたのが視界の端に入る。それが気になり自然と続けて顔を向けた。

 

「おい!誰かいるのか?居るなら助けてくれ。ここがどこかわからず迷子なんだ。」

 

しかし、その声に反応は無い。

しばらく茂みは左右に揺れ続け、やがて茶色の鼻先らしきものが茂みからぬっと現れた。

 

「おい……あれはなんだよ。」

 

茂みをかき分けるように出てきたそれを見て声が出る。

勿論、誰も答えなど返してはくれないのはわかっているが、自分の目を疑ったのもあった。

出てきたそれは立派な牙を持ったイノシシのような外見をしている生物だ。

イノシシの場合牙を持っていない場合は雄であるが、親戚なら雄だろう。

ただし、イノシシかと聞かれればノーと答えれる生物だ。

イノシシに似ている生物だが、イノシシではない。

長い脚を4本持っていて、言ってみれば牛のような脚を持った生物である。

生きて来た中でこのような動物をネットやTV、学校で習った記憶もない。

ただ、どこかの国になら存在していたとしても、日本で存在しているなど見知った知識にはなかったのだ。

 

その生物はこちらに気付いたのか足を止め、鼻息荒く視線がぶつかった。

誰もが感じた事があるような時が止まるような感覚。

これが女の子となら運命の出会い的な冗談で声を掛ける事もできただろうが、むしろどっちかというと、嵐の前の静けさ。緊張の一瞬。試合の前の瞑想に近い。

 

動物と対峙した時に感じる目を放したら負けだという状況に対して、お互いに目を離さない。

 

「ブォォォォ!!」

「うるさっ!」

 

何を思ったのか、イノシシに似た動物は急に鳴き声を上げる。

その声量は鳴き声というよりは雄叫びだ。

あまりの大きさの鳴き声に対し、耐え切れず屈むようにして耳を塞ぐ。

 

しまった!目を!

つかこの状況って非常にやばいんじゃなかろうか。

どうする?逃げるか?でもどこに?

 

目まぐるしく頭の中でどうするか考えが飛び交う。

自身の直感が危険だと告げているのだ。

 

パキッ――

 

周囲に響く乾いた音。非常に嫌な予感がしたが、その考えは正解だった。

ゆっくりと音の聞こえた方向へと視線を動かす。

音の正体は下がった事による動作で、小枝を踏みつけた際に折れて出た音だったようだ。

ここで初めて無意識に一歩下がってしまった事に気付いた。

音が合図となったのか、イノシシ(仮)がスタンバってましたとばかりに勢いよくこちらに向かって駆けてくる。

 

「クソ!なんでこうなんだよ!」

 

愚痴を吐き捨て180度身体の向きを変え、全速力でその場から逃走を図る。

こうなってしまえば、どうこうするの考えよりは条件反射に近い状態での行動だ。

 

目の前には木々や茂みによって行く手を遮られるが、そんなものは関係ない。無理やり切り開いてひた走る。

足元は見えず、石に躓き木の根に躓くが、それでも走り続ける。

すぐに服は草の汁でドロドロになり、枝で破れ、まともな恰好とは程遠い状態になっていくが、気にしている余裕は既に失っていた。

走りながら時折振り返ると、間違いなくこちらを目標にして追いかけて来ているのが理解できる。

 

どうする?どうする?

無理!追い付かれる!やる?どうやって?

 

既に頭はテンパっている状態でまともな思考など思い浮かばない。

例え冷静だとしても、普段タバコを吸って酒を飲み、碌に運動などしていない肉体はすぐにバテるだろう。

というより既に息が上がりつつある。

 

迫る危険に長く考えていられない。

タイムリミットは有限で、半ば強制的に決断を迫られた状況に走りながらも歯噛みする。

 

「仕方ねぇ!」

 

考えるのをやめ、イノシシ(仮)へと向き直り対峙する。

自分が走って出来た獣道のようなものを4本の足で器用に駆ける姿。

そんなアウェーというハンデキャップに対し『卑怯だぞ』と言いたくなるが、伝える言葉はそれじゃない。

 

「来いコラァ!」

 

イノシシ(仮)を煽るようにして右手で挑発する。

人間が決めたルールの中で自然が卑怯かどうかなど関係ない。

むしろ自然がルールなのだ。

ならば自然に従うのが道理だろう。

 

「ブォォォォ!!」

「なんつってな。」

 

確実にこちらを狙って追いかけているイノシシ(仮)のタイミングを見て、ギリギリの所で右へと跳んだ。

卑怯とは言わないし言わせない。

テメェが森の地の利を使うなら俺は人間の知恵を使う。

自然が道理なら別に戦わなくても逃げればいいのだ。

不利有利で言えば今の自分は圧倒的不利。

それならばこれも立派な戦術の一つなのだ。

 

「どうだ!マタドー――」

 

マタドール並に決まったぜ!と言おうとしたのも束の間。

予想外の事が発生した。茂みに隠れて斜面となっていたようで、脚の踏み場がなく上手く着地できずに、そのまま転がり落ちたのだ。

 

「ぬぉっ!がっ!ごっ!」

 

両手で頭を防ぎながら顔を肘で防ぐが、体中をぶつけているのだろう。

考える余裕も無く衝撃となって身体を痛めつける。

やがて回転は止まり、止まった事によってゆっくりと周囲を気にするように恐る恐る目を開ける。

 

「ぐっ……っ痛ぇ……あんの豚ぁ……ぶっ飛ばしてやろうか。」

 

痛みの場所に目を向けたところ、いたるところに身体は傷がある。

流血している場所は手、脇腹、大腿と大きなところはすぐにわかったが、幸いどこにも骨折がないようだ。

確認しつつ文句を吐きながら痛みに耐え立ち上がった。

再度周囲を見渡すと、また沢とは別の多少開けた場所に出たようだ。

落ち葉で一面埋まっているが、それでも動きやすさで言えば周囲が見渡せる分マシだろう。

 

「ブォォォォ!!」

 

その雄叫びと共に目の前にイノシシ(仮)が空から勢いよく降って来た。

 

親方!空からイノシシが!

そんなギャク的なものが頭に流れたが、流石にすぐに現実へと引き戻された。

 

「すんません!さっきのは嘘です!って言ってもその様子じゃ許してくれませんよねー。」

「ブォォォォ!!」

 

調子よく両手を合わせながら謝るが言葉は勿論通じていない様子で、牛が突進するように牙を剥けて前脚で地面を叩いている。

その姿は冗談に対して怒ったような素振りを見せたような感じだ。

ただ、やる気満々のイノシシ(仮)に対して、いい加減我慢の限界に達する。

 

「あー。もう考えるのもいいか。しつこい男は嫌われるって教えてもらわなかったのかよ!ぶち殺すぞ豚ぁ!」

 

そのイノシシ(仮)に悪態を付きながら先程までとは真逆の言葉をぶつける。

やる気になっている相手に対してこちらもやる気になる。当たり前の状況だ。

人間誰しも限界はあるのだ。

 

「おい豚!俺をそこらの人間と一緒にしてんじゃねぇぞ。

これでも元黒龍会特攻隊長だ。テメェがやる気ならとことんやってやる。

人間様に盾突いた事を後悔して死ね!」

「ブォォォォ!!」

 

イノシシ(仮)はそれがどうしたと言わんばかりに再度雄叫びを上げながら今にも射殺そうと牙を上下しながら突進してくる。

失敗できない状況に陥っている中、その突進にタイミングを合わせるため、小さなズレも発生させないように凝視し、リズムを取る。

 

タタタッタタタッタタタッタタタッ

 

こいつの走り方。まるで馬だな。

 

意外と余裕がある自分に驚きながらも構える。

 

「ここだぁ!」

 

タイミングは完璧だった。左手を使って牙を掴む。

流石に大きい動物だけあって想定以上の突進力があり、掴んだ事によって後ろへと押されるが、それでも日本男児。根性、気合い、精神論の昭和の力を舐めてもらっちゃ困る。

同じ人間に負けた事は認めても、頭の悪そうな豚程度に負けるつもりはない。

その突進の力に対して、地面を滑るように散らして無効化させる。

 

「ブッ!?」

「どうだ豚?人間やればできるんだ!こっからは俺の番だ!」

「ブォォォォ!!」

「死ね豚ぁぁぁ!!」

 

驚いたような声を上げた豚。

必至に振りほどこうとするの牙を力で抑え込み、その眼に向かって上から叩き込むように力を込めた右拳を放つ。

 

「ブォォォォ!!」

「まだまだぁ!!」

 

体力が続く限り右手の拳を握り込み、顔面へと連打する。

もう少し力があれば全体を抑え込んでヘッドロックでもかけようがあるが、いかんせん豚と言っても力が強い。

気を抜けば逆に自分が転倒して牙で突かれる可能性もあるだろう。

それを考えたからこそ今の状況かでの最適なパンチという拳をひたすら叩き込む。

重く鈍い音を響かせ、まるでサンドバッグを殴り続けているような感覚だ。

拳が軋み、痛みが走り、力が込められているのかすら途中からは不明。

ただ、これはルールの無い命のやりとりだと判断できる。

それならば中途半端な事は逆に自らを危険に招く余計な行為だ。加減などしない。

 

なぜこんな場所にいるかは今の自分にはわからない。

こいつだって俺がいなければこんなことをする必要が無かったはずだ。

でも、出会ってこうなってしまった以上、やるなら徹底的にやる。

 

今のこの場では思いつく限りこれしか方法はなかった。

 

「悪ぃな。別にテメェに恨みは無い。」

 

徐々にイノシシ(仮)の鳴き声は弱くなり、やがて痙攣を起こしはじめる。

 

「おらぁ!!」

 

何発殴っただろうか。既に腰に力も入っていない、膂力も入っていない。

そんな体重だけを預けるように乗せた最後の拳を叩き込んだ。

その打撃を最後にイノシシ(仮)は力なく崩れ落ちた。

 

ピロリロリン

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

右手の感覚が痺れている。見てわかるぐらい拳が腫れているのだ。

腫れているという事は折れている可能性もある。

今はまだアドレナリンが出ているから痺れで済んでいるが、このアドレナリンが引いた事を考えると悪寒が走る。

 

「早く人が居る場所へ行くしかない――」

「ブモォォォォ!」

 

右手を左手で添えつつ急いで立ち去ろうとしたところで、先程と鳴き声が微妙に違うものが遠くからこちらに近付いてくるように聞こえて来た。

その声を聞いて更に悪い予感が走る。

当たってほしくはないのに、こういう時の悪い予感は大抵当たるものだ。

 

徐々に目の前に迫る何か。木々がなぎ倒される音を響かせながら、地面を蹴る音が近くなる。

鳴き声だけじゃなくここまでくれば、ハッキリと明確にこちらを目標にしているのは理解できた。

そしてすぐにその何かは現れた。

 

「ブモォォォォ!」

 

先程のイノシシ(仮)より数周り大きいサイズのイノシシ(仮)だ。

言うなれば大イノシシ(仮)だろう。

牙は無い事から察するに親か番の片割れと予想できる。

 

「マジかよ……ついてねぇ……」

 

自分の想像が当たった事が嫌で、気分が大きく落ちる。

既に拳を振るう力もない。それに大きさが違いすぎる。

子猫に蹴りを入れれば致命傷でも、ライオンに蹴りを入れたところで致命傷にはなりえない。

全快だったとしても正直走って逃げだしたい気持ちだ。

 

新しく現れた大イノシシ(仮)は、両方の前足を高々と振り上げ地面へと力強く打ち付ける。

その衝撃によって地面が揺れ、うまく立っていられずに尻もちを付くように倒れてしまった。

 

「地面が揺れるってどんだけだよ!クソッ!」

 

絶望的な状況に文句を吐き捨てるがこのまま座り込んでいても危険だ。

頭では理解していても相手の大きさに恐怖しているのか中々体は言うことを聞かない。

しかし震えていても仕方ないのもわかっている。

複雑な気持ちを抱えながら気合いで立ち上がり、力の入らない拳を握って構える。

 

「脱力の構え。なんつってな。あ~、こりゃここで死んだな俺。」

 

立ってこそいるが、先は見えている。

それに相手を見て自分の直感が告げる。世の中気合いと根性でどうにかなるものと、どうにもならないもの。

切り分けるなら今の状態は後者であろう事として、誰の目から見ても明らかだろう。

 

「ブモォォォォ!」

「だからって黙ってやられると思ってんじゃねぇぞ豚ぁ!」

 

まるで敵討ちだというように、勢いよく大イノシシ(仮)はこちらに向かって突進をかける。

ただ、やられるのがわかっていてバカみたいに棒立ちするつもりは無い。

 

「くっ!」

 

なんとか突進を回避しようと右へと跳ぶが、先程のイノシシ(仮)と違い、その潤沢に蓄えられた脂肪の巨体によって、回避しきれずに車に撥ねられたように飛ばされる。

 

「がはっ!」

 

体を錐揉み状に跳ね飛ばされ、背中から木に叩きつけられた。

次いで肺の中の酸素が胸を押し付けられるようにして無理やり絞り出される。

必死に呼吸をしようと悶えるが、息を吸えば吸う程苦しくなりうまく呼吸ができない。

逆に何かが喉の奥からせり上がってくるようにして吐瀉物を噴き出した。

 

こりゃ肋骨が何本かいったか?

 

出てきた吐瀉物をよく見るとそれは自身の血だと理解した。

吐くような物は胃に残っておらず、内臓が傷つけられた事によって吐血したのだろう。

 

懐かしい感覚もするが、社会人になって初の体験だ。

普段から殴られていると慣れもあるが、久しぶりの感覚は思った以上にきつい。

それだけ耐性というのは大事なのだ。

 

なんとかして立ち上がろうとするが、受けた傷は限界を超えているのか、肉体が言う事をきかず思うように動かない。

そんなことはお構いなしに大イノシシ(仮)が突っ込んでくるのが目に映る。

 

「ふぅ……」

 

頭の中で諦めにも似たような溜め息が自然と漏れる。

助かっても死ぬかもしれないし、このままじゃどっちみち死ぬ。

どちらにしてもバットエンドだろう。

それなら男らしく全力でやって散った方がかっこいい。

特攻隊とは相手を自分が潰れるまで殲滅する部隊だ。

 

それなら――

「ふぬっ!特攻隊長様をなめてんじゃねぇぞぉぉ!立てやこらぁぁぁ!!」

 

震える足腰に喝を入れ、死ぬ気の咆哮を上げながら自身を奮い立たせた。

まともに声すら出ていないのだろう。自分の耳へと自分の声が掠れて聞こえる。

後の事など既に頭の中に無い。

今この時、この場所で全てを出して尽きるつもりの男の意地だ。

 

「ブモォォォォ!」

「毎回毎回突進ばっか、ざけんじゃねぇ!!死ね豚ぁ!!」

 

迫る大イノシシ(仮)の鼻っ柱に向かって拳を放つ。

しかし気合いや根性でどうにかなるなどという質量じゃない。

拳を打ち込んだ際に、右拳の指が節から骨を剥きだすようにして豪快に折れ、続けて肘が内側へと一緒に折れながら、再度跳ね飛ばされる。

 

「ぐっ……わかっちゃいたけど、やっぱりか……」

 

ある程度予想していたからこそ耐える事ができた痛み。

それに痛みは一瞬だった。

限界を一瞬で突破した痛みだからこそ、脳が苦痛を止めているのだろう。

 

砕けた右腕、肋骨も何本か折れているだろう体。

暴走族時代でも骨折程度ならあるが、ここまで一方的にやられた事はない。

さすが自然という弱肉強食の世界だと感じる。ただ、それでもまだ俺は生きている。

 

(ん?あれは?)

 

自分の体の状態を確認していると、落ち葉に埋もれた何かを見つけた。

それが何か予想できた為、動く左手を使って死に物狂いでそれを手繰り寄せる。

 

「はは……これが最後の希望ってか。まさしく俺と同じ状態だなお前。」

 

手繰り寄せたそれは、錆び付いてボロボロになった今にも折れそうな剣のような物だった。

元の装飾や色など剥げてしまい、柄は欠け、刃先もとてもじゃないが切れるとは言い難い代物。

それでも無いよりはマシと思える現状では最高の武器だ。

勿論剣など実物を見た事も無ければ、触った事もない。

知識での剣の使い方は理解できでも、構えも知らなければ、正式な使用法など一切知らない。

むしろバールや鉄パイプ、木刀やゴルフクラブなどの方が扱いに慣れている。

叩きつけるだけなら簡単だからだ。

ただ、仮にこのような武器があったとして目の前の相手に叩きつけてどうにかなるのだろうか?

いや、ならないだろう。

 

人間のデブに対して多少これらで殴ったとして、悶絶させる事はできたとしても一発で意識を刈り取るような事は不意打ち奇襲でない限り中々ない。

来るのがわかっていたら当たり所が悪い場合を除いて痛くても我慢できるのだ。倒せるような事は普通ではない。

 

なら自然に生きるこいつらにはどうだ?

通用するかもしれないが、ケンカと違って命をかけている状態がデフォルトの奴らに対し通用するのか?

わからないが、同じように長物の打撃程度で倒す事は不可能だろう。

 

ただ同じ長物でも剣ならどうだ?

同じくわからないが、この大イノシシ(仮)になら通用するかもしれないとカンが告げる。

 

「これが最後。勝って死ぬか。負けて死ぬか。同じ死ぬなら俺は勝って死ぬ。それが男と思わねぇか?」

 

意識も飛びそうなギリギリの状態で剣へと問いかける。

 

「はっ。昨日からずっと独り言しか言ってねぇな。ま、愚痴ってもしゃあねぇ。」

 

勿論返事などあるわけないのはわかっている。それでも言わずにはいられなかったのだ。

生まれる場所は選ぶ事が出来なくとも、死に方は選べる。

ならば後悔しない生き方を自分は選びたい。

 

「くぅ……きちぃ。ただ、お前と俺の最後だ。この豚に一矢報いて一緒に散るか。」

 

左手に握った剣へと喋りかけながら、杖替わりにして立ち上がる。

途中右手の状態に目を向けたが、グロ満載の状態。

指は複雑骨折だろうし、腕は解放骨折。ただ繋がっている状態だ。

当たり前だが感覚は一切ない。

勿論その右手だけじゃなく肋骨は折れているだろうし、他にも外傷として擦過傷や裂傷など、数えきれない程度にはある。

外傷だけではないだろう。

吐血からして内臓のいくつかは逝っている可能性も十分にある。

もしも「逃げても無駄だ。」と言われたとしても、この状態ではその場から動くことも振る事さえもできない。

できる事はただ一つ。構えるだけ。

 

「おい豚。俺たちの最後に付き合えよ。それでお前も最後だ。」

「ブモォォォォ!」

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

覚悟を決めたからか後悔が無いとは言えないが、負っている怪我とは対照的に気持ちはスッキリとしていた。

 

もってくれよ。俺の身体。そして頼むぜ。相棒。

 

大イノシシ(仮)がトドメだと言わんばかりにこちら目掛けて突進を仕掛けてくる。

剣と大イノシシ(仮)と最後の正面衝突をする刹那の間。

衝突の衝撃で体は力尽き、されるがまま跳ね飛ばされた。

ただ、飛ばされながらもしっかりと目には映る。

大イノシシ(仮)が地面へと脚を折るようにして崩れ落ちる姿を。

 

ざまぁみろ……

 

大イノシシ(仮)の姿に満足して頭の中で言うが、何もできずに腹から地面へと叩きつけられた。

 

周囲に静寂が戻る。何かが動くような気配も感じない。状況からすると勝負は終わったのだろう。

ただ、勝ったとはとてもじゃないが言い難い。

跳ね飛ばされた身体は動かず、今は地面へと熱い接吻をしている状態だ。

これが勝ったと言えるのだろうか。言って引き分けという感じだろう。

 

何をしたのか。そんな事は簡単だ。

こっちは身体を動かす事は碌にできなかった。

逆に大イノシシ(仮)は直進でしか突進を仕掛けてこなかった。

それなら無理に動くより、剣を握り、鼻の先に刃先を置いておくだけでいい。

面で無理なら、点で穿つだけだ。

後は獲物である大イノシシ(仮)は勝手に突撃しに来てくれる。

それで勝手に自爆したのだろう。

はっきり言って勝率の悪い賭けでしかなかったが、その賭けに勝っただけだ。

試合に負けて勝負に勝った。ただそれだけだ。

 

ピロリロリン

 

ふぅ……さっきから二回目だが、何の音だ?っても、もう俺には関係ないか。

まぁ成功したところでこうなる事は予想の範囲内だったけどな。

ただ……逃げて無駄死にするよりは、この方が自分でも納得できる。

はは……まぁ万歳だ……

それよりも今は……ちょっと寒いし眠いな……

 

そこで電池が切れるようにして思考がゆっくりとブラックアウトした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。