三流魔術師と三流サーヴァント   作:イベンゴ

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06、間桐臓硯──弓殺、剣、槍、そして狂

 

 間桐臓硯は熟考にふけっていた。

 つい先だって、雁夜に憑けていた蟲たちとのラインが切断された。

 おそらく蟲たちは処分されたと思われる。

 それだけを見れば大した被害ではない。

 蟲の補助がなければ、雁夜の錆付いた魔力回路では、サーヴァントを維持できまい。

 

 ──ついにあの出来損ないに見切りをつけたか。

 

 鶴野の様子が何やらおかしかったが、まさかアレを次のマスターにするわけでもあるまい。

 魔力回路そのものを持たない鶴野ではそれは不可能だ。

 それに他の部分で鶴野が雁夜より特に優れている点もない。

 ならば、自分か桜にでも当たりをつけたほうがまだマシなはずであろう。

 

 ──雁夜めがどこかに打ち捨てられようが、始末されようが、知ったことではないが……。

 

 それにしても、キャスターの動向は気になる。

 大した性能を持たないキャスターにできることはそう多くもないだろう。

 また、あの女が間桐に牙をむくとも考えにくかった。

 そこに確固たる論理のようなものはない。

 あくまで臓硯の〝勘〟だ。

 しかし、彼はその勘に大きな自信を持ってもいる。

 あの女の本質は、自分と似たモノがある。

 あるいは雁夜というのか、間桐に似たモノがあるのだろう。

 それは闇を這いずる毒虫であり、陰でのみ生息ができる陰湿な湿生類だ。

 こんな性質を持ったものが、特に利益なしに無駄な行動を、特に善行と言えるようなものを

行うとは考えにくい。

 まして、哀れな小娘を助けるなどという理由で、どうして動くものか。

 キャスターが桜を虫けら同様に見ていることは、その目つきからも知れている。

 そして、雁夜にあのサーヴァントを制御できるとも思えない。

 せいぜい振り回されて、最終的にはゴミのように処分されるのがオチだ。

 ──いや、すでにそうなっておるのかもなあ?

 【息子】の哀れな死に様を想像して、臓硯は淀んだ感じていた。

 そこへ、自分が狙われているとか、キャスターの持つ内面を推し量るという意思は、完全に

排除されている。

 暗く濁った世界に没頭し、そこから抜け出すことのできなくなった妖蟲は、人間の複雑さと

いうものを、一方的に解釈して、その思考から脱せなくなっている。

 

 悪人が必ず悪事を働くわけでもないし、悪事が必ず人を不幸するわけではないのに。

 

 

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「間桐雁夜が召喚したのは、おそらくキャスターだろう」

 

 部屋から邸の庭を眺める赤い貴族は、弟子にそう語った。

 

「そうなると」

 

 弟子──言峰綺礼はその情感のない死者のような目で、師の背中を見ていた。

 

「ああ。早めの叩いておいたほうが無難だろう。例えマスターが三流であってもキャスターは

時間が立てばたつほど厄介になる。神殿や工房などを作られては困るのでね」

 

 できうる限り迅速にだ、と遠坂時臣は弟子を振り返った。

 

「アーチャー、ランサー、ライダー。いずれも一筋縄ではいかない者ばかり。いまだ姿を見せ

ていないバーサーカーも気になる。と、なれば少しでも芽は摘んでおかねばならない」

 

「例の連続殺人犯は、キャスターとそのマスター。間桐雁夜と……」

 

 言峰綺礼は、わずかに感情を匂わせる声音となった。

 ここ最近冬木市内で繰り返されている連続殺人の情報は、時臣たちも把握している。

 綺礼はそれがキャスター陣営の仕業ではない、と言いたいのだが、

 

「いや。おそらくだがキャスターではない。時期がずれるし、仮にキャスターの仕業としても

魔術の秘匿を怠るとも思えない。何者であるにせよ、魔術師のクラスを持つ者なのだから」

 

「では……」

 

「間桐雁夜が殺人犯だとすれば話は別だが、それもないだろう」

 

 時臣は苦笑を漏らし、それにしても──と、

 

「魔術に背を向けた落伍者のもとに、キャスタークラスが召喚されるとは皮肉なものだ」

 

「よくご存知なのですが、その者のことを」

 

「それほどでもないがね? 妻の幼馴染で、そこから多少話を聞いた程度だよ」

 

 時臣はそっと窓から離れると、テーブルに用意したワインをグラスに注ぎながら、

 

「それで。新しい情報は入っているかね?」

 

「アサシンの報告によれば、監視していた分体を襲ったのは、翼を持つ爬虫類のような生き物

であったそうですが……」

 

「ふむ。キャスターの宝具か使い魔の類か。サーヴァントにも有効な毒をもつと言うのは実に

厄介だな。アサシンに探索を急がしてくれ」

 

「はい」

 

「キャスターのおかげでこちらの策が露呈したが、逆にこちらも向こうを知った。次は我々が

攻撃する番だよ」

 

「……師よ。今さらですが、何故間桐のサーヴァントがキャスターだと?」

 

「なに。簡単な推理のようなものだ。私が間桐翁の立場だったらと、考えてみたのさ」

 

 時臣はグラスを揺らして香りを楽しんだ後、ゆっくりとワインを口にする。

 

「魔力も低く、知識も技術も素人同様。そんな者が聖杯戦争で戦うのに、最適なクラスは──

三大騎士か? どんなに優れた英霊でもサーヴァントして召喚される以上、そのステータスは

マスターの能力に依存する。力の底上げとしてバーサーカー? 論外だ。魔力を食いつぶされ

自滅するは必定。ライダーもアサシンも扱うには難しい」

 

 時臣は目を伏せて、薄く笑う。

 

「と、すれば自ら戦略を立てて、魔力補給も自らでやれるであろうクラス。キャスターこそが

最適だと判断したのだよ」

 

「失礼ですが、その根拠はおありですか?」

 

「確かに確固たる情報はない。だが、間桐翁も聖杯戦争に参戦させる以上、勝つことを考えて

行動をしているだろう」

 

「一つ……よろしい、でしょうか」

 

 黙って時臣の論旨を聴いていた綺礼だが、ふと何かに気づいたように言った。

 

「師の仰ることは筋道が通っておいでです。しかし、間桐雁夜は魔術師の落伍者であり、家を

捨てた人間とのこと。もしかすると、これはある種の刑罰なのでは……?」

 

 そう語る綺礼の口調は、冷静沈着なこの男には珍しく、どこか自信なさげなものだった。

 自分でも、どうしてそんな発想が出てきたのか、よくわからないのだ。

 

「ははは。まさか! 仮に落伍者、裏切り者への懲罰としても、わざわざ手間隙をかけてまで

そんなことをする道理がない。罰ならばさっさと翁が雁夜に手を下せばすむだけのことだよ。

何故聖杯戦争という崇高なる儀式を、そんなことに利用せねばならない? ましてや、間桐は

衰退しているとはいえ、始まりの御三家、その一角を担う家だ」

 

 時臣は大声で笑った。

 

「──その通りです。つまらないことを言いました。お許しください」

 

 頭を下げ、謝罪をする綺礼に時臣はフッと表情を緩める。

 

「なに、気にすることはない。誰しも気の迷いというものはある」

 

 そう鷹揚に手を振る時臣へ──

 

 

「ほう、もう気を取り直したか。つまらんな」

 

 

 尊大な声がかけられた。

 金髪赤眼をした、人間離れした雰囲気と美貌を持つ男が黄金の粒子をまとって出現する。

 二人の男の視線が、そこへ集中した。

 時臣の召喚したサーヴァント、アーチャー。

 真名を英雄王ギルガメッシュという。

 

「王に無様な姿をお見せしたこと、改めてお詫び申し上げます」

 

「それがつまらんと言うのだがな」

 

 如才のない対応を見せる時臣へ、アーチャーは心底つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「だが今は許そう。新たな道化芝居を見せる興行師がいるようなのでな」

 

 退屈はせぬかもしれぬわ、そうアーチャーは赤い眼に不気味な光をたたえていた。

 

「おお、そうだ。時臣よ、臣下にかける慈悲として、ひとつ教えておいてやろう。アサシンを

叩き落したものは、幻想種だ」

 

「それは、まことですか?」

 

 幻想種という言葉に、優雅な態度を崩さなかった時臣の顔が驚愕で崩れた。

 その様を、アーチャーは満足そうに見つめている。

 言峰綺礼は、いまだ姿を知らぬキャスターについて考えていた。

 一体、いかなる英霊なのかと。

 

 

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 アインツベルン城。

 冬木市内郊外の森に密かに建てられている西洋建築の建築物。

 その城内において、衛宮切嗣はジッと久宇舞弥を見つめていた。

 一分一秒たりとも、視線をそらすことはなかった。

 ベッドに舞弥は白目をむいたまま、微かに咳き込むような呼吸をする程度で、その他はほぼ

死人のような様相であった。

 切嗣の右腕、冷徹な女戦士の面影はもはやどこにもなかった。

 その呼吸も見る間に弱まっていっており、治癒・解毒の魔術もさして効果を見せない。

 

「なんてこと……」

 

 アイリスフィールはその悲痛な顔でそっと舞弥の手を取る。

 その手から急速に体温が失われつつあった。

 

「一歩間違えれば、僕もやられていた。敵を影から狙っているつもりが、逆に狙われていた。

なんて間抜けだ。魔術師殺しが聞いて呆れる」

 

 切嗣は自虐的につぶやきながら、拳を握りしめていた。

 

「襲ってきたものの、正体は何なのかしら……」

 

「少なくとも飛行能力を備えた相手であることは確かだよ。そして、解毒不可能の毒を放つと

いう厄介な機能まで備えている」

 

「どこの陣営からわからないけど、もしかすれば何かの宝具かも……。だとすれば、対処する

術がわからないのも、当然だわ」

 

 アイリスフィールは途方にくれた、という顔をしていたが、

 

「……そうだわ! 何てこと、簡単な方法があったじゃない!」

 

 表情明るくして、切嗣を見る。

 

「アイリ?」

 

「私の中にある、【鞘】を舞弥さんに移して」

 

「! アイリ、それは」

 

「大丈夫よ。まだどの陣営も敗退していないわ。それに、彼女が回復したら後また私に戻す。

それですむことでしょう」

 

 アイリスフィールは童女のような微笑を浮かべる。

 

「……」

 

「舞弥さんの力はこの戦いで必要なはず。そうでしょう?」

 

「……ああ、そうだね。その通りだ」

 

 妻の言葉に、魔術師殺しの異名を持つ男はうなずく。

 

 そして、ゆっくりとアイリスフィールの胸に手を触れた。

 

 

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 ケイネス・エルメロイのもとに、その電話がかかってきたのはサーヴァントを伴い、根城と

しているホテルへ戻った直後だった。

 ケイネスの婚約者であるソラウが何か口にする前に、無粋な電子音が部屋に響いた。

 ソラウに軽く目配せをしてから、ケイネスが受話器を取る。

 

 <やあ、ミスタ・エルメロイ。ごきげんよう>

 

 聞いたこともない、女の声だった。

 流暢なようだが、どこかフランス訛りに似た英語である。

 

「──誰だ。貴様は」

 

 <キャスターって言えばわかるかい、ミスタ>

 

 <!?>

 

 まさか、サーヴァントが電話をかけてくるとは。

 しかも自分に。

 絶句するケイネスを、ランサーとソラウは訝しげに見ている。

 

 <そう警戒するな。別にあんたらと敵対する気はない。むしろ同盟を結びたいとすら思って

いるんだよ?>

 

「──それはそれは。光栄なことだ」

 

 まるで実感を伴わない言葉を吐きながら、ケイネスは皮肉げな笑みを浮かべる。

 

「しかし、いきなり提案をされて、YESと答えるのは難しいな」

 

 <そりゃそうだ。そんな間抜けと手を組んだってしょうがない。そこでだ、手土産ってわけ

でもないが、情報をそちらに提供しようじゃないか。この戦争に参加している連中のね>

 

「それが信用に足るものかどうかは、こちらが決めることだ」

 

 <ああ。だがあんたを狙っている連中の情報だ。きっと役に立つと思うよ>

 

 含み笑いの後、電話は一方的に切られた。

 

「なんだったの?」

 

 やや不審そう目つきで、ソラウは問う。

 

「なに。同盟のお誘いだよ。キャスター陣営が私たちと手を組みたいそうだ」

 

「キャスター?」

 

 ソラウは若干意外そうな顔を見せ、ランサーは無言だが複雑そうな顔をする。

 

 ケイネスのもとに、一通の手紙が届けられたのは、そのすぐ後だった。

 それには衛宮切嗣という男に関する情報と、現在ケイネスが根城にしているホテルに仕掛け

られた爆弾のことが記されていた。

 

 

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「しっかし……そうなると悪魔さんはぜんっぜん話聞いてくれないのな?」

 

 雨生龍之介はつまらなそうに言った。

 その言葉も、相手には通じている様子はない。

 ただひたすらに獲物を喰らうその姿は、ただの動物と変わりないようだった。

 喰らっているのが、人間の子供でなければ。

 いや、状況によっては野生動物が人間を餌食することは十分にありうる。

 そうなると、目の前の光景は単なる自然の一風景みたいなものだった。

 

 ──悪魔って案外つまんないのな。

 

 龍之介は自らは図らずも召喚してしまった者の正体よく知らない。

 その姿から、悪魔だと思っているだけだ。

 時々人間の言葉を話したり、魔法のようなものを使ったり、聞いたこともない遠い国の話を

したりする。

 だが、時々獣のようになり、そうなると人間を餌食にせねばおさまらないのだ。

 今回捕まえてきた子供は、全員こいつの胃袋に入りつつある。

 

 ──これじゃ、ただペット飼ってるようなもんだよな。それはそれでいいけど

 

 どうせなら自分のアートを理解してくれる、パートーナーだったら良かったのに。

 龍之介はため息をついた。

 地下水路の奥に作られた魔物に住処に、それはゆっくりと反響して消えていった。

 

 


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