「ん? この魔力は……」
今日もすでに理解できているために、つまらない授業を受けて、昼休みには最近の日課となったルルとソーナとの昼食を楽しんで迎えた放課後。ルルと一緒に帰ろうと昇降口から出たところで、旧校舎――オカルト研究部の方角から莫大な魔力を感じ取った。
グレモリー眷属など目ではない魔力量、魔王クラスと呼べるだけの魔力を持つ存在は限られている。その中で、グレモリー眷属と関りのある悪魔と言えば――
「――グレイフィア・ルキフグスか」
「うん。この魔力の感じは間違いなくグレイフィアさんだね」
戦いを生業にする者の中には気配を読むことができる者がいる。ルルの場合はその感覚が人一倍強いおかげで、こうして離れていても個人を特定できるのだ。俺は状況から推測しただけである。
そして翌日。日課のようになっている生徒会室での三人での昼食だ。レイナーレの調理技術の向上は目覚ましく、毎日変更するだけのレパートリーを持つくらいで、毎日の弁当には飽きが回ることはない。おかずと白米を口に運びながら、俺とルルはソーナの話に耳を傾ける。
「昨日のグレイフィア様の訪問グレモリー家の問題に関係しています」
まるで興味のない俺に対して、ルルはクイズの答えを待つかのようにそわそわとしながら聞いていた。ルルもグレモリーがどうなろうと気にしないが、こうも意欲的に話を機構としているのはただの興味本位。野次馬根性とも言う。
「それでそれで?」
「がっつくな。ご飯粒が飛ぶだろ」
身を乗り出して口から白米ショットを繰り出すルルの頭に、手を乗せて強引に席に押し戻す。それから改めて視線をソーナへと向けて、答えを言ってくれと促した。
「リアスは以前からフェニックス家の三男のライザー氏との婚約が結ばれていました。そしてそれを公にするのは彼女が大学を出て一人前になったかという話だったそうです。そして今回のグレイフィア様の訪問はその婚約が早まったということを伝えに来るものでした」
ソーナの話とフェニックス家とグレモリー家の事情を鑑みて、情報を軽くまとめるとこうなる。
第一にグレモリー家は公爵家なので政略結婚は当然ある。もちろん、相手の家はかなり格のある家だ。
第二に、フェニックス家は炎と風を操り高い攻撃力を持ちながらも、『不死』の特性を持つ戦闘に秀でた一族であるということ。さらに、あらゆる傷を癒すフェニックスの涙の製造元でもあることから、レーティング・ゲームの普及した現在の冥界では地位を瞬く間に上げた家である。
これらのことから、リアス・グレモリーの婚約相手として格だけを見るならライザー・フェニックスは相応しく、以前から内々に婚約が結ばれていた。しかし、突然、期限が短くなり、早急に正式な婚約を結ぶように促してきたのだという。
「……婚約が早まったのは、やっぱ赤龍帝が原因か?」
「そこまでは聞いていません。……しかし、意外ですね。リアスのことには点で興味がないとばかり思っていたのですが……。心境の変化か何かですか?」
俺がわざわざグレモリーに関することで質問したことが本当に意外だったのだろう。目を大きく見開いたソーナの双眸からは、彼女の感じた驚愕の念が伝わってくる。
「別にそんなんじゃねえよ。グレモリーのことには今だって興味ない。ただ、赤龍帝が原因なら俺のほうにまでとばっちりが来ないとも限らんから、先に予防線を張るために情報が欲しいだけだ」
赤龍帝は、それこそ単体で世界を動かし得る潜在能力を秘めた存在だ。これが全く関係ないやつだったら俺も気にしなかっただろうが、生憎とすでにレイナーレの件と現在の駒王町への赴任で関わってしまっている。
フェニックス家とグレモリー家の婚約話で、全く違う家の俺はそうそう巻き込まれないはずだが、ドラゴンのトラブルメーカーとしての特性が騒動を大きくして、飛び火しない保証はない。
「うわー。初っ端から予防線張りに行くとか……。臆病すぎない?」
「この婚約話はどっからどう見ても政治的な意味合いが含まれてんだろ。権力だとかめんどくさそうなもんに付き合ってられるか」
現魔王を輩出したグレモリー家の婚約話に、旧魔王の血族である俺が巻き込まれたら、話が拗れに拗れて収拾がつかないことになりかねない。絶対に関わりたくない。
「それにこの婚約を早まるタイミングといい……。関係者が何も考えずに行動を起こしたとは思えないんだよな」
赤龍帝を眷属に加えて一ヶ月も経っていないのだ。このタイミングを偶然の一言で済ませるには無理がある。
それにグレモリー眷属の女王、騎士、戦車は確か過去に色々あったはず。そして女王の『雷の巫女』の二つ名が示す彼女らの現状。
それらの情報を元にすれば――結婚を早める理由もわかってくる。それに対する俺の答えも定まる。
「静観だな。グレモリーとライザーがくっついてくれたほうが俺としちゃ楽でいい」
「ところが、そうはいかないかもしれませんよ?」
思わぬところから入った横やりに問い質す。そういってくれないと俺の負担や懸念材料が増えて、仕事がより面倒なことになるのだから、ついつい声も低くなってしまう。
「あん? そりゃどういうことだ、ソーナ?」
「正式な婚約はリアスが一人前になってからだと言ったでしょう? 彼女は今回の婚約を早めることについて、話が違うと異議を申し立てたのです。それに元々、彼女は添い遂げる相手を自分で選ぶとも言っていましたしね。唯々諾々と従わないことにも納得できます」
俺は思わずため息を吐いた。あまりにもじゃじゃ馬過ぎて、グレモリーの行動が完全に予想の遥か外を突き抜けていたのだ。しかし、言われてみれば、あの我儘娘ならば、その程度のことは軽くやってのけると、全くありがたみの欠片もない納得ができてしまう。今も、グレモリーが魔力を撒き散らして抗議する姿を簡単に思い浮かべることができる。
「あぁ……本当に嫌だが、俺も納得できちまう」
「あはははは! ある意味、ホント面白いヒトだよね。見てて飽きないっていうかさ!」
ルルの笑い声にため息を吐く。彼女の言うように、見ている分には楽しいだろう。しかし、こうして護衛か監視のような任務で送り込まれた身としては全く笑えない。当事者として巻き込まれることを楽しめるのは、よほど酔狂な者か、ただの狂人くらいしかいないだろう。
「それで? 結局、申し立てた後はどうなったんだ?」
まだ語られていない結末を訊くと、ソーナは言いづらそうに眼を逸らす。なので、静かに視線を無言で送り続けると、根は優しいためにソーナのほうが折れて話してくれる。
「レーティング・ゲームで決着をつけるそうです。リアスが勝てば婚約は解消、逆にライザー氏が勝利すれば即婚約となるそうです」
それを聞いたルルが噴き出す。
「ぷっ! あはははははは!! はははっははは、ごっほごっほ! ……笑いすぎて
この結婚にグレモリー家とフェニックス家だけでなく、多くの貴族や商人も関わっているはずであり、結婚を間近に控えた今ではそれを見越した商談なども結ばれているはずだ。それを全て無に帰す我儘には、呆れを通り越して笑うしかない。
「ああ……。ルルの言う通り、ある意味面白いな。損害を受けるやつらからすれば文句を言うだけじゃ気が収まらんだろうけど」
我儘すぎる気性も、関係の浅い俺にさえ容易に予想される単純すぎる行動原理も、ここまで極まればある種の才能のようにも思えるのだから不思議だ。
「つーか、レーティング・ゲームで決着をつけるって……、まさかグレモリーのやつ、ライザーに勝てるとでも思ってんのかね」
「……その言い方だとあなたは、リアスは確実に負けると思っているんですね」
どこか気遣うような物言いは、親友のグレモリーに気を遣ってのことだろう。あんな愚物を親友と言える度量も凄い。そして、こうして俺に訊けるのは彼女の優しさゆえだ。グレモリーとは違って、聡明な彼女なら、すでにライザーの勝利は確定したようなものだと理解できているはずだ。それでも俺に訊くのは、自身のその考えが間違いであってほしいから、親友の願いが成就してほしいからと思ってのことだろう。本当に、悪魔とは思えないほどに優しい女だ。
「そりゃそうだろ。まずレーティング・ゲームの経験に差がありすぎる。ライザーはすでにプロデビューしていて、公式戦もいくつもこなしているし、家の関係のためにわざと負けた試合を除けば全勝だ。経験だけじゃなく、実力もあるわけだ。……まあ、経験云々を抜きにしても、そもそも今のグレモリー眷属の中にはライザーを倒せるやつがいないから、どうやってもグレモリー眷属に勝ちの目はねえが」
スクランブル・フラッグのような特殊ルールでもない限りは、レーティング・ゲームの勝利は相手キングの打破を意味する。その前提がある以上は、ライザーを倒す手立てのないグレモリー眷属はどうやっても勝利を引き寄せることはできない。
「――ではリアスたちが十日間の特訓をした、と考えれば結果は変わりますか?」
その質問で、クラスの女子たちが、二大お姉さまがいないとか学園の貴公子がいないと騒いでいたことを思い出した。
「まさか、グレモリー眷属は今、特訓中なのか?」
「ええ。本日から十日間かけての突貫仕様ですが」
俺はグレモリーが婚約を破談にすることを条件にレーティング・ゲームに挑んだと聞いた時には、呆れかえっていたと思ったが、実はそうでもなかったらしい。理由は至極単純で、ソーナの今の言葉を聞いて更に呆れるのを自覚したからだ。
「私情で十日間も学校サボるなよ。将来のために通ってるってこと忘れてんのか」
間には休日も挟まっているので、正確には十日間ではないが、そんなことはソーナにもわかっていることなのでわざわざ訂正することはない。
「ひ、ひー、ひー。笑いすぎてお腹裂けちゃいそうなんだけど……。これ以上笑ったら、本当に死んじゃう」
ルルに至っては、弁当を食べることができないどころか、腹部を抑えながら机に上体を倒している。絶えず全身を痙攣させる姿は何らかの体調異常のように見えるが、その原因はただの笑いすぎである。
「――それで十日間の特訓で結果が変わるかどうか、だったな。まあ、十中八九無理だな」
「理由をお聞きしても?」
「グレモリー眷属の突貫仕様の特訓は、一夜漬けでテストに挑むようなもんだ。何もしないよりはマシだろうが、勝つことはできねえさ」
というか、これまで碌に努力してこなかった連中が、僅か十日間特訓しただけでプロ選手に勝てるのなら、冥界の大半の悪魔がレーティング・ゲームの選手となれるだろう。そうはならないのは、プロとそれ以外の間には生半なことでは埋められない、明確な差が存在しているからだ。
「所詮は悪足掻きだよ。眷属の何人かを倒せても肝心の
回復手段なら、グレモリー眷属にも新入りの元シスターが持つ神器がある。しかし、本人が未熟であるために、負傷者に触れて発動しなければならず、自衛手段を持たない彼女がレーティング・ゲームでどれだけ活躍できるのかは疑問だ。
また、それ以外の眷属の質、数ともにライザーの眷属がグレモリー眷属を上回っている。グレモリー眷属の不安要素は考えれば考えるほどにぽんぽん出てくるが、その逆はほとんどない。
「ライザーの勝ち、そしてグレモリー家とフェニックス家の縁談も晴れて成立。それが結末だな――ルル、昼休みももう終わりだから、教室に戻ろうぜ」
ちょうど、結論が出たところで弁当も食べ終わり(ルルは途中笑いすぎて食事を中断していたので、後半では喋ることなくかき込んでいた)、次の授業も迫っているので席を立つ。ソーナも時計を見て、時間を確認すると弁当箱を手際よく片付けて、俺たちに続くようにして生徒会室を出た。
「あ、そういえば、ソーナ」
一つ言っておかなければならないことを思い出し、彼女を呼び止めた。
「俺、今週末にちょっと死にかけるだろうから、週明けに包帯巻いてても気にしないでくれ」
ぱちぱちと二度の瞬き。そしてソーナは大きく目を見開いた。
「……は?」
次回から本格的なバトル展開にようやく入れます。……ここまで結構長かった! レイナーレの話でもバトル要素はありましたが、模擬戦ではほとんど一方的な展開ですし、ミルたんとの出会いはバトルと呼んでいいかわからないものでしたし。
戦闘シーンを何度も書き直しているので投稿はいつになるかわかりませんし、途中で妥協しちゃいそうな気もしますが、温かい心でお待ちになってもらえると嬉しいです。