あのオカルト研究部での一件から数日。特に問題事も起こらずに、俺は日々を謳歌していた。今日も今日とて、シトリー眷属の『女王』森羅椿の仲介を元に使えるようになった生徒会室で昼食を広げている。
「この弁当って、レイナーレが作ったんだよな。最初の頃は焦げた野菜炒めくらいしか作れなかったのに、ずいぶん成長したなぁ」
日本の弁当の定番とも言えるタコさんウィンナーを口に放り込む。肉以外にも総菜に白米と、上手いこと栄養バランスに配慮したメニューまで習得しているのだから、成長著しい。エレインから様々なことを一日丸ごと使って教わっているのも要因だろうが、本人の努力も垣間見える結果である。
「うんうん。この卵焼きなんかボクの好みど真ん中だしね。食べる人のこともよく考えてるよ」
「それぞれの弁当の味付けは好みに合わせて微妙に変えてるっぽいな。俺のほうの卵焼きは薄味だし」
「………」
「あ、ところでさ、ゴールデンウィークも近いじゃん? どっか行く?」
「このままじゃあ、マジでレイナーレが死にかねんし、とりあえずは年柄年中真っ暗闇の陰気なところに住む女王陛下にご指導願うかねぇ」
「…………」
「うん。それでいいでしょ。あのヒトなら信用できるし、得意な武器が槍だからレイナーレの目標にもなるんじゃないかな。……ただ大丈夫なの? あのヒトの趣味的にレイナーレの指導をしてくれるとは思えないんだけど」
「そこは何とか話を押し通すしかないわな。それに槍以外の武器、つーか武芸百般修めてるから俺たちの相手もしてもらえるし」
「……………あの」
ここは生徒会室である。俺がルルと昼食を取るために選んだ場所であり、そしてこの場にいる三人目が以前から昼食を取る際に使用していた部屋でもある。今、声を上げたのはその三人目、短く切り揃えた黒髪と黒縁の眼鏡奥に覗く切れ長の瞳が特徴的な生徒会長の支取蒼那、またの名を冥界の上級貴族シトリー家の次期当主――ソーナ・シトリーといった。
「どうした? 青春真っ盛りの高校三年生なのに一人寂しく生徒会室で昼食をとってきた生徒会長さん」
「大丈夫だよ、心配しないで! 明日からもボクたち、ここでゴハン食べるからもう一人じゃないんだよ!」
「悪意のある呼び方も、悪意はないのに天然で傷を抉りにくるのもやめてください!」
「……抉る傷があったんだな」
相談していれば、眷属の真羅たちと食べる機会もあったはず。しかし、ここに彼女らがいないということは、外面は優秀でいかにもリア充然としているがゆえに、悩みを打ち明けることができなかったのだろうか。なんちゃってリア充の悲惨さだ。
「貴族令嬢の秘密を暴いちゃったね。……こういうの好きだったりする?」
「貴族令嬢の秘密……。エロゲっぽくていいな」
響きは好きだが、実情が実情だけに好きにはなれない。正直、ソーナへの憐みの度合いが強すぎるのだ。それにソーナの姉がアレだ。普段から心労も酷いだろう。それが薄い交友関係の遠因となっているのかもしれない。やはり哀れだ。
「そういうことではなくてですね。私があなたに訊きたいのはもっと別のことです」
「どんどん訊いてくれていいぞ。俺的にはソーナの好感度はかなり上位に来るからな、大抵のことは答えるぜ」
今の若手の上級悪魔の中で言えば、バアル家の次期当主であるサイラオーグに次ぐ第二位の座を確保しているのがソーナ・シトリーだ。身内でもない中ではかなりの好感度である。ちなみにグレモリーは、ヤンキーとキモイ上っ面優男と並ぶドベベスト3に名を連ねている。
「では遠慮なく。どうして
「俺は二年。クラスが別とはいえ、俺の教室に一年の美少女転校生が弁当を持って訪ねてくれば騒ぎになる。で、その騒ぎを聞きつけた変態三人組が俺のクラスまで来て、ルルを視姦する可能性があるから、俺のクラスで食べるのは無しだろ? で、ルルの教室で食おうにも騒ぎが起きるのに変わりない。変態三人衆がいないのはいいけど、うるさいのはちょっとな」
「うんうん。ボクも最初はそこまでする必要あるかなって思ってたんだけどさ、変態三人衆の話は転校して数日で耳に入るどころか、実際に犯行現場まで見ちゃったしね。正直、性犯罪者にジロジロ見られながら食べるのは遠慮したいんだ。それにクラスの子たちはみんな良い子たちなんだけど、グラナとの食事はちゃんと楽しみたいから、質問攻めは勘弁してほしいかな」
「あの三人のことについては私からもお詫び申し上げます。何度先生方や生徒会から注意しても一向に改善する余地がなくて……」
「いや、お前が謝る必要は本当にないからな。ソーナは生徒会長として責任を感じてるのかもしれねえけど、本来なら自分の眷属の犯罪を見事に放置してるじゃじゃ馬姫が謝ることだし」
赤龍帝はもちろん、赤龍帝の友人二人についてもグレモリーの管轄だろう。赤龍帝は眷属なのだし、残りの二人は赤龍帝の友人なのだ。その二人に関しても、赤龍帝を介して注意するべきだ。
学園の教員も、生徒会の役員も注意するなど、己の義務を果たしているのだ。責められるべきは彼女らではなく、眷属とその友人の犯罪を放置するグレモリーと本人たちだろう。
「グラナの言う通りだよ、ソーナさん。ていうか、自分が責任を負わなくていいことでも真摯に謝ることのできるソーナさんを尊敬してるんだよ? そんなに頭を下げられちゃボクも困るよ」
「お二人とも……、ありがとうございます」
ソーナは人格的に本当にできている。今の冥界ではグレモリーのほうが評価は高いが、俺としてはソーナのほうを断然推したいくらいだ。あの魔王少女がシスコンになるのも頷ける。
「それともう一つだけお聞きしたいことがあるのですが……」
「妙に歯切れが悪いな。さっきも言ったように遠慮なんかしなくていいぞ? 答えられない質問なら、正直に俺も答えられないって言うだけだし」
一つ咳払いして、では、と前置きするとソーナの雰囲気が変わった。生徒会長の支取蒼那から、上級悪魔のソーナ・シトリーへと切り替わったのだろう。同年代の俺が言えることではないだろうが、若輩ながらも軍師のような気配を感じる。
「あの堕天使を眷属に加えたのはなぜですか?」
「……同じ質問をグレモリーにもされたな」
レイナーレを配下に加えた後、一応ソーナにも顔見せは済ませてある。俺の眷属に加わったことを知られていないがために、レイナーレが襲われるようなことがあっては互いに不幸にしかならないし、彼女のほうでも紹介したい新入りがいるということだったので、タイミング的にも丁度よかったのだ。
「『才能があるから』じゃあ駄目か?」
「納得できませんね。リアスは信じたようですが、彼女は自信家な部分がありますからね。自分の目から見て才能が無いというのを信じ、あなたの発言は見る目が無いとでも判断して勝手に納得したのでしょう」
勝手に能力不足の烙印を押されたことに苛立つよりも、呆れが先に出てしまうのだから、グレモリーの傲慢はある意味凄いものだ。
「改めて聞くと、ほんとにスゴイ思考回路だよね。どんだけ自信があるの」
ルルとは全くの同意見である。ソーナも同じらしく、親友の悪癖にはため息を漏らしている。
「グレイフィア様やリアスのお母様も注意しているそうなのですが、一向に直る気配はなく……、先は長いですね」
「馬鹿は死んでも治らないって言うし、諦めたほうがいいんじゃねえか?」
「いっそのこと、人格面の矯正は諦めてそれ以外を伸ばすとか良いと思うよ」
どういうわけか、今の冥界では評価されているのだし、このまま突っ切ってしまうのも一つの手だろう。グレイフィアあたりは頭痛に悩まされそうだが、常に距離を取り続ける俺には関係のない話だ。
「リアスのことは本題ではありませんし、話を戻しましょうか」
「あー……、レイナーレを眷属にした理由、真面目に答えないと駄目か?」
「どうしても、と言うのなら構いませんが……。正直、興味があるので聞かせてもらいたいものですね」
他意はなく、言葉通りの意味だろう。ソーナが悪魔らしからぬ誠実さに溢れた人柄だというのは知っているし、そんな彼女ならばレイナーレを眷属にした理由についてもこれ以上の追及をすることはなく、周囲に余計な詮索もさせないように気を回してくれる。
そう確信できる程度には、俺とソーナは友好的な関係を築けているのだと思っている。だからこそ、俺も彼女には報いたい。
「まあ、うん。じゃあ、話すか。話したところでデメリットがあるわけでもないし。――ちっとばかし昔にレイナーレには助けてもらった恩があるんだよ。当の本人は全く覚えちゃいないだろうけどな。それでも恩があるだけにあいつには死んでほしくなかった。それが、あいつを眷属に加えた理由だ」
脳裏に浮かぶのは、どれだけの月日が過ぎようとも決して薄れることのない日々だ。あの時に俺は、優しさとは、愛とは、大切なものとは、生きる上で必要となるものを学んだのだ。
『あなた、悪魔よね? どうして死にかけてるの?』
『治療しておいたから、早くどこかへ行きなさい。悪魔と堕天使が一緒にいて良く思われることなんてないんだから』
『親に捨てられた? あなたも大概な人生を送ってるわね。私も主に見放されて堕ちたんだから、似た者同士よ』
『はぁ? 自分の誕生日がわからない? じゃあ、私と出会った日を誕生日にしましょ。この世のどこにも、自分が何年何月の何日に生まれたかなんて知っているヒトはいないんだもの。誰も彼もが、親や兄弟から教えられた日を誕生日だと信じてるだけ。だから、私が言った日をあなたの誕生日だと思えばいいのよ』
『あのクソ上司! ホント腹が立つわ! 仕事の間中下心満載の目線を向けてくる上に、私の手柄を掻っ攫って!! 昇進して私が上の立場になったら、絶対扱き使ってやるんだから!』
下っ端の堕天使でしかない彼女が、死にかけの悪魔の子供を助けた理由なんて、気まぐれか何かだろう。実際に彼女自身がそう言っていたし、俺を助けるメリットがないことなども含めて考えてみても気まぐれというのが最も納得のいく答えだ。
気紛れであるがゆえに、彼女はきっとあの頃のことを覚えていないだろう。でも、それでいい。彼女に助けられた恩を返したい、彼女には死んでほしくない。それだけが俺の想いなのだから。
「……なんか恥ずかしいから、もうこの話はやめだ。」
「少し意外です」
「あん?」
あのソーナが表情を崩して漏らした反応が意外だったせいで、つい不良染みた返答をしてしまった。
「グラナの眷属は精鋭揃いでしたから……。てっきり能力しか見ていないのだとばかり思っていたんですよ」
「あぁ、そういうことか」
ルルは有名な家系の中でも才女として育てられていたし、エレインは混血でありながら純血の吸血鬼を歯牙にもかけない潜在能力を持っている。今は離れて活動している『戦車』は能力に偏りがありすぎて使い所こそ難しいものの、得意方面に限っては極めて優秀だと言える。これでは、能力しか見ていないのだと思われても仕方ない。
「そりゃあ、優秀なやつを好んじゃいるけどな。優秀なだけのやつならそこら中にいるさ。俺の基準ではあるけど、人格面とかも見てるっての」
「グラナの基準はアレだから……。人格面がアレなヒトでも勧誘しちゃうこともあるけどね」
わかっている。わかっているから、そんな「ダメなヒトだなぁ」とでも言いたげな視線を寄越すのはやめてもらいたい。
ルルが思い起こした『人格面がアレなヒト』とは、最強の白龍皇とかのことだろう。このクソイケメン白龍皇は冗談抜きで話が通じないというアレぶりだ。最強のエクソシストを勧誘しながら戦っている際に、それを見た白龍皇が「フッ、これほどの戦いを前にして何もしないでいられるか」などと言って、俺とエクソシストの話をガン無視して乱入してきたときには頭を痛めた。
本当に、お前のことはお呼びじゃないから。エクソシストの相手だけで手一杯だからな。勧誘はまた今度するから、とりあえず今回は帰ってくれ。これら全ての言葉をものの見事に曲解、もしくは無視するのが今代の白龍皇だ。赤龍帝は性犯罪者、白龍皇は人の話を聞かない戦闘狂。今代の二天龍はどちらもマトモではない。
「少なくとも、眷属入りしたやつはまだマトモだろ。ルルは頭が緩いだけだし、レイナーレは良くも悪くも普通。エレインは
「なんでボクだけ悪口なのさ!」
「それが事実なんだから仕方ねえだろ」
かのアストルフォのように理性が蒸発している、とまでは言わないが、ルルの頭の捻子が緩いことは確かである。すでに大学課程を終えている俺とエレインが勉強を教えてきたため、決して馬鹿ではない。ただ、優れた直感に導かれるままに大抵の局面を打破してきたせいで、生来の楽観的な性格を助長してしまっているのだ。
「グラナ、そんなに言うほどのことではありませんよ。ルルさんは眷属としての役割をしっかりと果たしているのですし」
「そうだそうだ! ソーナさんの言う通りだよ!」
「援護受けたからって良い気になるな、アホ」
「ふぎゅ」
椅子に座り柄も器用に上体だけを跳ねながら講義する騎士に頭に一発チョップをお見舞いして黙らせる。ルルが眷属としての役割を果たしていることは認める。基礎能力が高いので、現状の眷属の中では最も使い易く、有利な局面ではより勝利に近づき、不利な局面では逆転の一手を担う存在だ。欠点の頭の捻子の緩さも、不利な局面であっても躊躇いなく突っ込むことができる点を見れば長所と言えなくもない。それに楽観的で考えなしの、その部分がルルの自信を支え、大きな自信がルルに強さを齎しているのだ。徒に否定するわけにもいかない。
が、それでももう少し考える癖は付けたほうがいい。引き際を誤ることもあれば、敵の罠にまんまと嵌ることもあったのだから、ルル自身の身の安全を考慮する上でも、改善した方がいいことは間違いないだろう。
「ルルの欠点は今後改善していくとして……。俺の眷属のことを話したんだから、シトリー眷属のことも教えてくれないか? 真羅とかの古参メンバーは知ってるけど、新入りの四駒消費の兵士以外にも知らん奴が結構いるからな」
以前はソーナともかなり親交が深かったこともあり、彼女の眷属とも話す機会があった。が、三年前からこの駒王学園へと通うにあたり、生活拠点を冥界から人間界へと移したために、ソーナとの交友は希薄になってしまっていたのだ。連絡はしばしば取り合うし、休日には一緒に出掛けることもあるが、逆に言えばそれだけだ。
冥界にいた頃は眷属もまとめてシトリー家の屋敷で暮らしていたので、ソーナと交友していれば自然とシトリー眷属とも知り合えたが、人間界ではソーナと眷属は別々の家に住んでいる。よって、ソーナとの交友が続いても、シトリー眷属と知り合う機会はめっきり減ってしまったというわけだ。
「ええ、もちろん構いませんよ。あなたが自身の眷属に誇りを持つように、私も私の眷属を誇っていますからね。隠す理由がありません」
口元に薄い笑いを浮かべる、その心中は如何なものか。見定めた相手を打倒してみせるのだという挑戦者か、友人と配下を自慢しあう上級悪魔令嬢か。
『あなたは私の憧れであり、目標ですので。タメ口なんて利けませんよ』
その心中を窺い知ることはできないが、ふと、以前ソーナが発した言葉を思い出した。
偶然、ではなく、直感だろう。今、目の前にいる彼女の浮かべる笑みがかつてのそれと類似しているからこそ、こうして想起したのだ。
『あなたは眷属を持つには覚悟が必要だと言いますよね? あなたの言葉を借りて宣言しましょう』
故にこそ、理解はできずとも、予想できる。
『私はあなたを越えてみせる。その時には真に対等な関係となると、私から申し込ませていただきます。――これが私の覚悟です』
この笑みはきっと――
「私の眷属は、あなたの自慢の眷属にも負けていませんよ」
好敵手の喉元に喰らい付かんとする、挑戦者の不敵な笑みだ。
自分でも思いますが、進行が遅いですねぇ。もっとテンポよくストーリーを進められたらなぁとは思いますが、早すぎては話に重みがなくなってしまいますし……。そのあたりのさじ加減が難かしく、プロの作家の方々に敬意を覚えますね。