5月25日。大幅修正いたしました。
一誠はレイナーレの一件で心に傷を負ったが、何とか持ち直すことができた。というのも、レイナーレに殺されたアーシアの持つ神器『
レイナーレを生かして逃がしたことに思うことがないわけではない。まだ胸の奥で種火のようにじくじくと燻ぶっているけれど、一番守りたかったものを守れたのだから、一誠は前を向くことができた。
新たに転入してきたアーシアとの日々は笑顔に満ちたものだ。彼女の優しさに癒され、世間知らずな面に驚かされつつも世話を焼き、眼鏡とハゲの変態の毒牙からアーシアを守る。充足感の溢れた、幸福な日常と言って良いだろう。
が、今は全く幸福でも何でもない喧騒に教室は包まれている。
「見て、木場君よ、木場君」
「はぁ~。今日もかっこいい」
「木場君が兵藤の毒牙に!!」
「木場×兵藤……これで今年のナツコミは勝つる!」
聞こえてくる声の数々に、内容が内容なだけに一誠はげんなりとしていた。事の原因は聞いていればわかるように、別クラスのはずの爽やか王子の木場佑斗が一誠を訪ねてきたことにある。
「イッセーくん、ちょっといいかな?」
「むしろ早く終わらせてくれ」
ここで渋っても話が長引いて、被害が増すばかりだ。話していても被害は増すが、終わりのない被害よりはマシだと思うことにした。
「ありがとう。早速になるけど、イッセーくんは別のクラスに転校生が来たことは知ってるかな」
言われて頭の中で検索をかけ、そういえばと思い出す。
「女子たちが、イケメンとかなんとか騒いでたくらいだけど」
イケメン死すべし。黄色い歓声を上げる女子を見て、呪詛の念を覚えたことに一片の後悔の余地もない。駒王学園に入学して一年と少し経ったこの身が女子からの好意を一切向けられていないのに、転入初日から女子に好意を向けられるイケメンのほうが罪深い。
本気でそう思ってしまうあたり、思春期のモテない男子らしい思考の一誠である。
「その転校生なんだけどね……」
やけに言い難そうにしている木場に疑問を感じた。一誠の勝手なイメージにすぎないが、木場という人物は常に微笑みを浮かべて誠実にあろうとする、まさに『騎士』のような男だと思っていただけに、この反応は意外だった。
「先日のアーシアさんの件で出会った、グラナ・レヴィアタン氏なんだよ」
一拍。同僚の言葉を反芻し、それでも信じられずに、脳が拒絶し、再び頭の中でリピートしてようやく受け入れることができた。
「はあああああああああああああああ!?」
受け入れることができたからといって、驚愕しない理由にはならないのだが。
その日の放課後。早速呼び出しを食らった俺は、俺と同じタイミングで一つ下の学年に転入したルルを連れてオカルト研究部の部室を訪れた。それにしてもオカルト研究部とはなんだろうか、名前からすでに危ない匂いしかしない。この学園は一応、名門で通っているだけに違和感が物凄い。
「お掛けになってお待ちください」
黒髪ポニーテールの『女王』促され、客人用らしいソファに座る。高校の部活動で使うものとは思えない高級品だが、費用はどこからきているのだろうか。
シャーーー……―………―
もし、部費だとしたら、厳重注意ではすまないものだと思う。自費負担、あるいは個人の持ち物を持ち込んできたのだとしても、一市民と装って学園生活を過ごしているのだから、それはそれで問題があるだろう。絨毯、ソファ、ティーセット、見る者が見れば、一目で高級品だと察せる物がズラリと並んだこの部屋は、『部室』とは到底思えない。
シャー……―……
更に、部室の壁面には怪しげな魔法陣が描かれていたり、どこぞの民族が祭儀に使いそうな奇妙な仮面が飾られている。この部室があるのは、現在は使用されていない旧校舎だが、それでも壁に魔法陣を描くのはやりすぎではないだろうか。オカルト研究部の一環として魔法陣を飾るのなら、テキトウな紙に描いて貼り付けておけばいい。
――………―……
「あら、もう来てたの」
そして極めつけはこれだ。部室内になぜかシャワールームがあるのだ。運動部ならば、汗を流す目的で、シャワールームが設置されていることもあるかもしれない。しかし、ここはオカルト研究部の部室だ。オカルト研究部、運動とはまるで関係ない文化系の部活なのに、なぜかシャワールームがある。先ほどの壁に描かれた魔法陣も大概だが、現在は使用されていないとは言え、学校の設備に手を加えるのは如何なものなのだろうか。
(もうじゃねえだろ。予定時刻より早く、余裕を持たせて来るのは当たり前だわ)
カーテンを引いて姿を現した、紅髪の女に内心で毒を吐く。容姿はかなり整っており、その体を隠すものはバスタオル一枚だが、まるで欲情しない。俺がこの女を嫌っているのもあるが、色々と常識はずれな一面を目にして呆れているのが最たる要因だ。
客と会う前に身だしなみを整えることはあるだろう。しかし、自分から呼び出しておいたのに、シャワーを浴びているのはどうだろうか。身を清めるのならもっと早くにしておくべきだ。少なくとも、予定時刻より五分早く到着した俺を待たせるような、ギリギリの時間帯でシャワーを浴びるのはマナー違反も甚だしい。本当に貴族としての教育を受けて育ったのか疑問が尽きない。
(……………まあ、文句を言っても仕方ないよな)
両親と兄、義姉の言葉があって
本題に入る前からすでに鬱々としてきた。判断力を削るために狙ってやっているのなら大したものだ。そんな馬鹿げた妄想でもしないと、馬鹿らしくて回れ右して帰りそうになる体を抑えることもできない。
それから数分経ち、着替えを終えた紅髪の女――リアス・グレモリーが対面に座ったことで話が始まる。
「あなたがどうして転入してきたのか教えてもらえるわね?」
グレモリーは初っ端からマナー違反をアクセル全開で犯してくれたが、し返すような真似はしない。この手のタイプは自分がやるのはよくても、他人にされるのは目に余り、文句を付けたがるからだ。正直、すでに精神的な疲労が溜まっているので余計なもめ事は起こさずに、手早く話を済ませたかった。
俺とグレモリーが向かい合ってソファに座り、それぞれの背後には眷属が立って控えている。グレモリー眷属は『女王』『僧侶』『戦車』『騎士』『兵士』の五名の眷属がいるのに対して、俺の眷属は『騎士』のルルただ一人。数では劣るが、質ではこちらがはるかに上だ。
「魔王サマからの依頼だよ。んなことでもなけりゃ、今更学校に通うわけもねえっつうの」
俺の年齢は十八~二十二――親から
「そこのツンツン頭の『
赤龍帝の引き寄せる厄介事は町全体を巻き込む規模になることも考えられるので仕事内容の『グレモリー眷属のサポート』には『町の安全』も含まれる。
「イッセーは私の下僕よ。私が守るわ」
俺は冥界のトップから言われてき来ている以上、グレモリーの意見など誰も聞いていないのがわからないのか。もう、面倒くさい。明日から不登校になりそうなくらい憂鬱だ。
「ほー。全盛期の三大勢力でさえ手を焼いた二天龍の片割れを、お前一人で制御できると? たいした自信だなぁ、おい」
傲慢もここまでくれば、軽蔑を通り越して殺意しか湧いてこないぞ。『傲慢』は七つの大罪の一つなのだから、魔王の妹に相応しいのかもしれないが。
「そういや、眷属の『僧侶』が一人、数年前から封印されっぱなしらしいな。その状態で、さらに『神滅具』持ちを抱え込むなんてすごい勇気だな」
人はそれを蛮勇と呼ぶのだよ。とある国のトップならこう言うだろう。ぐぬぬぬ、と唸る紅髪のじゃじゃ馬姫に更なる追撃をかける。相手が起き上がるのを待つのではなく、ダウンさせたら馬乗りパンチに繋げるのが俺のポリシーだ。
「歴史の本を読んだことねえのか? 過去に二天龍の喧嘩でどれだけの山や島が吹っ飛んだのか知らないのか? お前がしくじればこの町全体、あるいは冥界全土での問題になりかねないことに、まさか気付いてなかったのか?」
精神攻撃は喧嘩の基本である。相手が嫌いなやつともなれば、やる気もで漲り、ついついうっかり偶然にも、責めすぎてしまった。別に俺は顔を真っ赤にして俯くグレモリーの姿を見て、ざまぁなどとは思っていないし、日頃の鬱憤を晴らせてスッキリしたわけでもない。これは本当、俺は嘘を吐かないのをポリシーにしているかもしれないのだ。
「まあ、俺が動くのはグレモリー眷属とシトリー眷属で解決できない事態が起きた場合のみだ。基本的には今まで通りやってくれればいい。この土地の管理者はそっちだからな、でしゃばるような真似はしねえよ」
そのあたりの領分はちゃんと俺も弁えている。この土地の管理者という仕事も彼女らのものであり、将来のために経験を積む側面もあるのだから、むやみやたらと俺が動いていいわけではないのだ。それと、正直なところ面倒くさい。ドラゴンの性質がゴキブリホイホイよろしく引き寄せるトラブルをいちいち片付けるなど馬鹿らしいし、彼女らに対処しきれない事態のみに的を絞らなければ手が足りない。
「……そう。お兄様は私を――」
「信用してない、とでも言いてえのか? 舐めたこと言ってんなよ。信用するしない以前に、客観的に見てお前の実力が足りてねえって話だ」
悔しげにグレモリーは唇を噛んでいる。震えるほどに握り締めた拳の内側では手の皮が破れて血も流れているのではないだろうか。まあ、だからどうしたという話だが。同情するほど親しいわけでも好きでもないし、そもそも実力不足はこの女自身の責任だ。ご立派な肩書きに胡座をかいていたツケが回ってきただけのことである。
「悔しいけれど……納得するしかないわね。あなたがこの地にきた件についてはもう何も言わないわ」
なんで上から目線なの、とは言っちゃいけないんだろうなぁ、と思う今日この頃。話の腰を折っても長引くだけだ。仕事に鍛錬、放送禁止用語など、やることとヤルことが豊富にあり、借家に早く帰りたい俺にとってはデメリットしかないので茶々を入れるのは我慢する。
「その言い方だと他に何か話があるみてえだが?」
「ええ――レイナーレのことよ」
「スリーサイズは知らんぞ。俺もプライバシーとかは守るからな」
「そんなものに女の私が興味あるわけないでしょ」
呆れ声とともにため息を吐いてくれやがるグレモリー。ジョークが通じないお堅い頭の出来をしているのはそっちだろうに、何故におれを悪者風に言うのか。これが責任転嫁か。
「そうじゃなくて、私が知りたいのは彼女がどうしているのかよ」
ピリッ。微かに、けれど確かに部屋の中の空気が張り詰めた。グレモリーはごまかしを許さないとばかりに目に力が篭っているし、眷属の連中も同様だ。レイナーレが一度は神器を奪って殺した元シスターの金髪が体を震わせ、顔を青くしている。それに気づいた赤龍帝が彼女の肩に手を置くと、気丈にも笑みを浮かべて持ち直した。ルルに膝枕をさせている俺が言えた義理ではないが、客人の前でイチャつくな。
「元気に暮らしてるぞ。他の眷属から悪魔社会のことを教わったり、模擬戦でボコられたりボコられたりボコられたり、家事を叩き込まれたり……。そんな感じだな」
「ボコられすぎだろ……」
赤龍帝の言葉も尤もだが、こればかりは仕方ない。ルルにせよエレインにせよ、もちろん俺にせよ、レイナーレを片手でぶっ飛ばせる程度には強いのだから。明確な実力差がある以上、レイナーレが模擬戦をすれば連戦連敗するのは当然のことである。
「そっちに今後、害を及ぼすようなことはねえから安心しな。……そっちから手出ししてきたなら、半殺しくらいは覚悟してもらうけど」
完全に殺さないなんて、俺は本当に優しい。最早、俺の心の広さは仏級だ。いや、帝釈天とかいう
「でも、私の下僕は本当にあの女とその部下に傷つけられたの。イッセーは何度も殺されかけたし、アーシアは神器を奪われて一度は本当に死んでるわ」
「だから許せない。何ならぶち殺したいと?」
「贖罪の内容はイッセーとアーシアに決めてもらうけど、私個人としては死んでほしいわね」
グレモリーは目を眇めて、魔力を迸らせる。脅しているつもりなのかもしれないが、俺にとってこの程度の魔力はそよ風レベルでしかないので、言うなれば調子に乗った野良猫に睨まれたようなものだ。全く怖くないし、圧倒的弱者が自身を強者だと思い込んで敵意を向けてくる様が哀れすぎて、可愛く思えてしまいそうだ。まあ、根本的に俺はグレモリーを嫌っているのでそんなことはないのだが。
「なあ、お前、それブーメランだってことに気付いてるか?」
「……え?」
パチクリ、と瞬きをするグレモリー。どうやら自分が何を言っているのかについてさえ気づいていなかったらしい。
はぁ、と呆れの息を吐きながら順繰りに説明してやることにする。
「お前がレイナーレをぶっ殺したいのは、自分の眷属候補を傷つけられたからだよな?」
事の当初、赤龍帝は一般人、金髪シスターは教会から追放されたはぐれシスターでしかなかった。後々、眷属に加入することにはなるが、この時点ではどちらも眷属悪魔ではない。
「ええ、そう、ね」
そのことをギリギリのところで、おそらく、きっと理解しているだろうグレモリーは歯切れを悪くさせながらも肯定する。
「それは、こっちも同じなんだぞ?
「それは! でも、おかしいでしょう!? 先に手を出したのはレイナーレの方なのよ!? どうして私たちまで!?」
自分は悪くない。自分は間違っていない。自分は正しいのだ。
そう正義面で訴えるグレモリーが、本当に鬱陶しくて仕方ない。
「一般人だった赤龍帝に攻撃を仕掛けたのは、上からの命令だ。文句をつけるのなら、魔王様経由で
「それは……そうかもしれないけど」
「金髪シスターの件っつう独断専行がなけりゃあ、レイナーレは
堕天使にせよ、悪魔にせよ、天界にせよ、三大勢力の冷戦状態に不満を持つ者は、それぞれの組織にそれなりにいる。理由さえ与えられてしまえば、そういう連中は喜んで武器を取るだろう。
「それは違うわ。私が、イッセーたちがアーシアを助けに行くのを黙認したのは、アーシアの件が完全にレイナーレの独断で、戦争になる可能性が無いことを確認してからよ。もし可能性が僅かにでもあったのなら、絶対に止めていたわ」
「どうだか。報告書を見た限りじゃ、そこの赤龍帝は天界やら堕天使組織との関係性を聞いていても、お前から注意を受けていても、シスターを助けに行ったんだろ? 本当に止めることができたか怪しいよな。………つーか、止めるってことはそこの金髪シスターを見殺しにするってことなんだが、当人に聞かせてよかったのか?」
グレモリーは慌てて振り返り、そこで青い顔をしてふらつく金髪シスターに寄り添いフォローの言葉を繰り返し囁く。
主従の熱い絆、にはとてもではないが見えない。自身の信じていた相手に裏切られたように感じるショックと死の恐怖に震える少女に、言葉を投げかけて落ち着かせ、元の関係へと戻らせる光景は、マインドコントロールに近い。
俺も、駒や道具と評した相手にはマインドコントロールを使うことを厭わないが、流石に配下にまでは使わない。愛しているだの何だのと語る眷属相手にさえ、外法を用いるというのは見ていて気分が悪い。しかもそれを無意識で、自然と行えるというのだから背筋が寒くなる。
シスターを抱き寄せて、彼女の頭部を何度も撫で愛を囁く。俺にはそれが、理解のできない醜悪な化け物が、何も知らない少女を誑かしているようにしか見えなかった。
(あぁ、やっぱりこの女は好きになれん)
「アーシア。アーシア、聞いて頂戴。私が見捨てると言ったのは『はぐれシスターのアーシア・アルジェント』なの。そして今、ここにいるのは『グレモリー眷属の一員でリアス・グレモリーの家族でもあるアーシア・アルジェント』。両者は全くの別人なのよ」
所属が変わるだけで別人になれるのなら世話ないだろう。と言うよりも、別人になるということは、過去を捨てることと同義である。そんなに簡単に過去を捨てて良いものなのだろうか。遠回しに過去を捨てるように要求するグレモリーの悪辣さは中々に
「部長、私のことを家族って……」
「ええ、そうよ。私はあなたのことを家族だと思っているし、愛しているわ」
愛。成程、確かにグレモリーはシスターに愛を向けている。ただし、それは『愛情』ではなく、道具やペットに向ける『愛玩』なのだが。そのことに言葉を放った当人でさえ気づいていないのだから滑稽だ。
シスターを励まし終えたグレモリーは、眷属たちの尊敬の籠った視線を背負いながら、悠然と歩き、優雅に席に着く。
(この分なら問題ないか)
グレモリーには天性のマインドコントロールの才能がある。ただ、そのことを本人が自覚していない、あるいは受け入れていないので、使いこなすことができないのが現状である。
ならば、問題ない。
マインドコントロールの才能は破格だし、脅威ではあるのだが、満足に使いこなせない武器を警戒する必要もないだろう。それに、その才能を抜いてしまえば、リアス・グレモリーという女には何も残らない。それでもいざという時があるのならば、羽虫のように叩いて潰してしまえばいい。
そんな俺の思考を露とも知らないグレモリーは、紅茶を一口だけ飲み干して、舌を潤してから言葉を発する。
「待たせたわね。話はどこまで進んだのだったから?」
「レイナーレが除名処分を受けていなかった場合、お前はシスターを見捨てていたってところまでだ」
「そして、それはifの話であり、私はただ眷属となったアーシアを愛していくと決めたと決めたの」
ドヤ顔で胸を張りながら宣言されても、あーそうですか、以外の感想が浮かぶはずも無し。とりあえず、脱線した話を本題へと戻す。
「赤龍帝の件については話したから、次は金髪シスターのほうだな。そこのシスターは教会から追放され、はぐれシスターとなった後でレイナーレの一向に拾われた。つまり、この時点で堕天使陣営に加入したわけだ。極論ぶっ殺そうが何しようが、お前に『眷属候補を傷つけられた』と文句をつけられる筋合いはない。先につばを付けたのはレイナーレだし、シスターは当たり前のことだが、悪魔側ではなく教会の出身者なんだからな」
レイナーレが追放処分を受けた理由は『アーシア・アルジェントの神器を強奪しようとしたから』ではなく、『魔王の妹が治める土地で独断専行をしたから』なのだ。
つまり――
「――お前がシスターの件で主張できるのは『眷属候補を傷つけられた』じゃなく、『縄張りで好き勝手やられた』だろ」
「……悔しいけれど、一理あるわ」
一理ではなく十理ある。きっと、そう突っ込んではならないのだろう。
「そして、シスターを助けるためにグレモリー眷属が廃協会に乗り込んだ際に、レイナーレによって傷つけられたこともあったわけだが……これは、グレモリー眷属のほうから仕掛けた戦いだからレイナーレを責めるのはお門違い。怪我を負ったのは当人の責任だ」
「でも、それでもやっぱり、私はレイナーレを許すことはできない。イッセーは、色恋を利用した詐術によって騙されて心に深い傷を負った。アーシアだって、窮地を救ってくれた相手が、初めから自分を利用するつもりなのだと知って傷ついたのよ」
グレモリーの一見まともそうな言い分に、ふむと相槌を打ち、暫し考えてから口を開く。
「………それはひょっとしてギャグで言っているのか?」
「……私の聞き間違いかしら? 私は本気で憤っているのよ?」
グレモリーは額の青筋をぴくぴくと震えさせる。どうやら、自身は真剣なのに揶揄われたのかと思ったらしく、相当に怒っていた。
そこまで理解すれば、俺は勘違いしていたのだと悟ることができた。すなわち、グレモリーはギャグでもなんでもなく、本気で、素面で、あの台詞を宣ったのだということを。
「いや、悪い悪い。あまりにもアホらしいことを言ってるから冗談かギャグだとしか思えなかったんだ。だって、そうだろ? 普段から覗きに盗撮、その他諸々のセクハラを含めて性犯罪をしまくり、女生徒を精神的に傷つけることが日常であり、いくら注意されようが反省の色が一向に見えない赤龍帝が精神的に傷つけられた? アホか、そういうこと言うならまずは性犯罪をやめさせろよ」
頭脳が優れるわけでもなく、運動が得意なわけでもなく、特技があるわけでもなく、顔が良いわけでもなく、社会的に問題ばかりしかない男が女に好かれるはずが無い。
だというのに、初対面の女から恋の告白をされる? そんなことがあるものか。
丸見えの罠に自分から飛び込んでいく馬鹿の面倒まで見切れるか。
「それとこれとは、話の規模が違うでしょう」
「違わねえよ。俺の部下には、過去のトラウマから重度の男性恐怖症の女がいる。盗撮されたら、覗きをされたら、そいつはどう思うだろうな? トラウマがフラッシュバックするか、盗撮犯をぶっ殺すか……正確なところは知らんが、碌な結果にならんことは確かだろ」
一生もののトラウマを何度も何度も、無造作に、無責任に、無邪気に穿り返す。到底、許せるものではないだろう。
「で、だ。そいつと似たような女がこの学園にいない保証がどこにある?」
「っそれは例が極端すぎるわ!」
「だとしても、赤龍帝のやった性犯罪がトラウマになるかもしれない。何のために法律で取り締まってると思ってんだ。覗きでも盗撮でも、それで傷つく女がいるからだろうが」
俺は鼻で笑って続けた。
「日常的に女を傷つけ、反省はまるでしない。そのくせ、自分が傷つけられた途端、善良な一市民、一被害者を語るのか。随分とふざけた生き方してるな。世の中舐めすぎだろ」
最早、性犯罪者に関して言うべきことは何もない。さて、と前置きして次なる話題へと移った。
「次は――――金髪シスターが、自分を救ってくれた相手が自身を利用するつもりでしかなかったって話だが……それってお前も同じだよな?」
「…………え?」
「神器を奪われて一度死んだシスターを、どうしてお前は悪魔に転生させた? 優秀な回復能力に目を付けたからだろ? 神器を持っていなかったら、わざわざ『悪魔の駒』を使うこともなかったはずだ」
レイナーレは神器を奪い自身の力としようとした。
グレモリーは眷属悪魔として従えることで、己の力としようとした。
「お前のやってることはレイナーレと大して変わらん。どっちも神器に目を付けて利用しようとしただけだ」
「違う! 私は――」
グレモリーが言葉を続けるのを遮り、代わりに俺が紡ぐ。
「じゃあ、シスターが神器を持っていなかったとして―――武力も特殊な能力も持たない、蝶よ花よと育てられた無力な女が死んだとして、お前は『悪魔の駒』を使って生き返らせたのか?」
そんなことはあり得ない。眷属は主の力量を表す指標、つまりステータスの一種であると教育され育ったリアス・グレモリーが、悪魔の基準では無能そのものの少女に貴重な『悪魔の駒』を費やすはずが無い。
渋面を浮かべるグレモリーに、俺はさらに畳みかけていく。
「そもそも、赤龍帝とシスターの件、このどちらにも共通することだが……ぶっちゃけお前の管理ミスが原因の面もあるよな。ちゃんと町を支配していれば、堕天使が侵入してあれこれすることなんてなかっただろ。自分の責任と失態を棚上げするような女に、相手を責め立てる資格はねえよ」
「話は着いたし、用はもう終わりってことでいいんだよな? じゃあ帰らせてもらうわ。他に用があるわけでもないからな」
立ち上がり、ルルを連れて部室の出口へと向かって歩みを進める。
「じゃあな。できるだけ俺たちが出張ることのないようにしてくれよ」
俺の物言いにグレモリーは不機嫌になったようだが、それは今日だけでも何度もあったことなので特に気にする必要はない。
オカルト研究部の部室の出入り口の扉を開けて廊下へ出ると、室内とは違って風が足元を吹き抜けた。
グレモリーアンチ! これから先もグレモリーアンチの方向性は変わらないのでよろしくお願いしまっす!