ハイスクールD×D 嫉妬の蛇   作:雑魚王

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ああああああああああああああああ!!
大学の講義ってあるじゃないですか? 科目によっては単位数が多かったりしますよね? 作者は馬鹿なので、よりにもよって単位数の多い科目を落としたんですよ……。しかも、期末テストを受け忘れるって大ポカで……やっちまったぜ☆



4話 鬼の姉妹

「諸君、私が本作戦の総指揮を執るアルフォンス・フールだ」

 

 そこには数百にも上る悪魔たちがいた。男も女も、老人も若者も、その全てが旧魔王派に属する悪魔であり、ただ一つの目的に向かって突き進む同士である。

 ある者は機転が利き、ある者は白兵戦に優れ、ある者は探索に特化した能力を有する。玉石混合、されど数の暴力というものは馬鹿には出来ないし、数が集まったが故に多様な能力を網羅した隙のない布陣となっている。

 

「我らの目的はグラナ・レヴィアタンの首だ。カテレア様の仇を討ち、そしてシャルバ様とクルゼレイ様に我らが勝利を捧げようぞ!」

 

 本作戦に限っては己が配下となる軍勢を、一段高い位置より見下ろす、男の心境たるや如何に。そう問われるまでもない。

 アルフォンスの顔を染めるのは自信一色。自信を持つ者の背中は、それだけで輝かしくある種の力を持つ。張り上げる声には力が漲り、集った悪魔たち一人一人の心の奥底にまで浸透していった。あちらこちらから上がる賛同の声に彼は酔いしれ、舌はより滑らかとなって言葉を紡いでいった。

 

「皆も知っていよう。奴は偉大なるレヴィアタンの末裔として誕生しておきながらも、臣下より向けられる期待を背負うことさえ出来ずに逃げ出した! ならばせめてこれ以上魔王の名を汚さぬようにと息の根を止めに行った同胞は惨殺された!!」

 

 呼応して返される声には、確かな熱量が籠っていた。情熱というには禍々しく、希望と呼ぶにはあまりに黒い。その感情の名は、憎悪、そして憤怒。友を殺された者が、家族を殺された者が、恋人を殺された者が、怨嗟の念を隠すことなく、声高に主張する。

 元よりグラナの暗殺作戦に参加する者は、彼に恨みを持つ者がほとんどだ。ずっとずっと胸の奥で燻ぶり続けていた火種が、本作戦の実行を前に喜ぶかのように噴き上がっていたところに、自分たちにこそ大義がある言わんばかりのアルフォンスの口上が油となって火勢を強くした。

 

「グラナ・レヴィアタンに死の報いを!」

 

「妻が受けた痛みを数千倍にして返してやる!」

 

「楽には殺さん! 殺してくれと懇願するまで拷問しようッ!」

 

 鬨の声と呼ぶにはあまりにも野蛮で、殺意と敵意に滲み切った怒号の数々。

 友を殺された? 恋人を殺された? 家族を殺された? 成程、大切な者の死を悼み、涙することは彼らの権利だ。数々の命を容赦なく奪った男を『悪』と断ずるには充分だ。

 彼らはグラナという悪に鉄槌を下す権利を有している。されど、いくら大義を掲げようとも、私怨に突き動かされるだけの者たちに正義はなく、己が感情に焦がされそうになりながらも怨敵へと迫る彼らは復讐鬼と呼ぶより他にあるまい。

 

「あぁ、諸君らの悲憤、この身に染み渡る思いだよ。そしてその想いを晴らす方法がただ一つであることは皆も承知のはずだ」

 

 恐怖するか、排斥するか。何にせよ好意的に取ることは難しい狂気をアルフォンスは拒絶しない。しかし勘違いしてはならない。その言動の源は優しさでも慈悲でもなく、ただ真面に取り合っていないだけだ。

 

 アルフォンスが見ているものは勝利のみ。グラナの首を取り、栄誉を賜り、幾人の女を道具の如く使い捨てる輝かしい未来の情景だ。

 恋人の恋敵? 復讐の相手? そんなことはどうでもいい。配下の叫ぶ下らない事情など路傍の石ころにすら劣る。自身の愉悦のみを求め、それのみに溺れる白痴にとって、自己の利益に繋がらぬ怨嗟の声など何らの価値もないのだ。

 

 そんな彼の言葉はどこまで行っても表面だけのもの。上滑りするばかりでまるで心に響くことはない。しかし、この場に集まった悪魔の多くがアルフォンスの言葉を否定しない。それはきっと、アルフォンスが彼らの言葉を真に受けないように、彼らもまたアルフォンスの言葉なぞ大して気にも留めていないが故のことなのだろう。

 この場に集まった悪魔には、集まるだけの理由があり目的もある。それさえ果たすことが出来れば他に気にすることはなく、なればこそ一人の上級悪魔の垂れ上がす戯言には、己が大義に添えられるスパイス以上の意味は無い。

 

「グラナ・レヴィアタンの首を取る。これ以外にあるまい。同胞の無念を晴らし、あるいは復讐を果たすことで過去を清算するのだ。そうすることで我らはようやく栄えある未来に向かって歩いていける」

 

 勝利を妄信し、瞳には自己の利益しか映らない。その手の悪魔はアルフォンス以外にもこの場には何名も居た。その数は復讐鬼の群れにも勝るとも劣らないほどのもので、両者をして本作戦における二大派閥と称しても良いだろう。

 彼ら白痴の愚者は、夢に酔いしれ他者の悲劇や感情に興味がないから復讐鬼の怨嗟に囚われない。他者の幸福より己の幸福を優先し、自己の悦楽のためならばいかなる非道にも笑って手を染める外道。彼らは紛れのもない屑であるが、屑であるが故に他者に影響されない個の強さを有している。

 

 対して復讐鬼の軍勢は、怨嗟や憎悪に狂しているが故に視野が狭まり、白痴どもの思惑など視界にさえ入らない。けれど、それがどうしたと言うのか。彼らはそも怨敵を討つためだけにこの場に参じたのである。隣で妄想を垂れ流す白痴のことなど心底どうでもいいに違いないし、その思惑を知ったところで、グラナが苦しむならばと喜んで凶行を手伝うことだろう。 

 

 どこまでいこうと己の心の赴くままで行動し、他者に影響されることはない。行動原理が全くの別物であっても、その意味では両者は似た者同士と言えた。

 

「やつの居城に潜り込んでいるスパイからも、グラナとその配下は若手悪魔と上役たちとの間の会合の日から変わらず居城に留まっているとのことだ。若手悪魔の交流戦に向けての今を除き、各地を転々とし続ける奴を確実に仕留める機会は無い、故に討つ! ここで確実に殺せぇええええッ!」」

 

 アルフォンスが右腕を掲げると同時に、集まった悪魔たちも腕を掲げて雄叫びを上げる。憎悪と怨恨、妄信と愉悦が渦巻き、ぐつぐつと煮込まれたような様相は熱狂と呼ぶに相応しい。彼らの心は熱く燃え滾り、狂気に踊っているのだ。

 

 そのことに当人たちは気づけないし気づかない。そして他者から指摘されたところで、彼らは己の衝動に従うのみの獣であるが故に認めることもないのだろう。

 右腕を掲げ鬨の声を上げながらも、冷めた目で場を観察するギルバートはそう分析した。

 

「はぁ~、嫌になるぜまったく……。強い感情が力を引き出すことはあるが、それは感情を制御できてこそのもんじゃねーか。制御するどころか振り回されてどうすんだよ。……停止した思考に狭まった視野じゃ勝てるもんも勝てねえっての」

 

「文句はそれまでに。彼らに聞かれたら面倒なことになるでしょう?」

 

 ギルバートと、彼のぼやき(・・・)を諫めるレベッカ。この二人とその他の極少数――全体の一割にも満たない者たちだけが冷静な判断力を残していた。

 彼らは白痴の語る勝算には懐疑的だし、復讐鬼の抱く怨恨に同情することはあっても戦いに私情を持ち込むのは愚行であると考える。この場でするべき理想的な行動は、声を張り上げ場を熱くするのではなく、共に戦場に臨む同胞たちを諫めることだ。しかし正論を説いたとしても、白痴や復讐鬼が耳を貸してくれるはずもないし、感情に呑み込まれた彼らの行動は予想できるものではない。最悪、この場で吊し上げられることすら考えられる。

 場を諫めようとした結果、吊るし上げられ、逆に殺される羽目になるなど誰だって御免被りたい。未来を説いた相手に殺されるなど冗談にしては性質が悪すぎた。

 

「私たちに出来ることは周りに合わせて溶け込むことだけよ。それとも、あなたはこの場で話し合いをした結果、彼らが冷静な判断力を取り戻せるとでも思っているのかしら」

 

「まさか。そんなことはあり得ねー。一つや二つ言葉を交わした程度で治るもんなら、そもそもこんなことになってねーだろ。不確かな勝算を抱いて、狭まった視野のまま敵地に突っ込むのは自殺行為だが、それで勝利を得られる可能性の方が高い」

 

「死地に活路を見出す、って次元の話じゃないわね。希望的観測を通り越して、ただの妄想よ」

 

「ああ、そうだな。俺もそう思う。けど、それしか道がねえんだから、それに賭けるしかねえだろう」

 

 思想の全く異なる三者が一堂に会し、一つの目的に向かってひた進む。字面だけ見れば美談のそれだが、しかし、三者の内訳は白痴と復讐鬼と諦観に染まった半死人である。単なる狂人だけの集団ではなく、真面な者まで混ざっていることが殊更場を混沌に導いていた。

 

「………混沌の坩堝(カオス・ブリゲード)。名は体を表すってのはよく言ったもんだよ」

 

 ギルバートの漏らした呟きは、誰の耳に届くこともなく虚空に溶けていく。今更何を言っても詮無いこと、全ては手遅れなのだ。事ここに至っては、最早行き着くところまで行くしかあるまい。

 

「さあ、皆の者! 我ら、真なる魔王に仕える悪魔の誇りを天下に知らしめようぞ!!」

 

「「「うおおおおおおおおおッ!!」」」

 

 ごく一部の面子が後ろ向きな決意を固めている間にも多数派の話は進んでいたらしく、場の熱狂は最高潮と言った頃合いである。まるで世界そのものが熱を発しているかのような、あるいはブレーキの利かない暴走列車か、止まることを知らぬ者たちは断崖を前にしても歩みを止めることが出来ないのだろう。

 

 カッ、と場を包み込む光。その発生源は彼らの足元にある転移魔方陣だ。

 光が収まった後に見える景色は旧魔王派の拠点のものではなく、見知らぬ城の一角。門の内側の、所謂中庭と呼ばれる場所の景色が広がっていた。

 石畳を敷き詰めることによって整えられた道と、荘厳にして流麗な彫刻や噴水などといった人工物が置かれている。細部にまで行き届く手入れは管理する者の責任感、そして主への忠誠心を窺わせる見事な仕事。野外だというのにその一つ一つに傷一つ汚れ一つなく、見る者の目を奪わせる美しさを放っていた。

 彫刻にせよ噴水にせよ、中庭に置かれているもののどれもが芸術品として極めて高いレベルにある。しかも、近くに備えられている花壇や木々の邪魔となることなく、見事に自然との調和を果たしている。

 

 幻想的。そうとしか言えない、この世のものとは思えない美しさだ。万の言葉を以ってしても解き明かすことは出来ないし、それは冗長に過ぎるだろう。この美しさを語ることは出来ず、語ってはならず、語りたくない。唯々感じ入るままに、この景色に興じたい。

 

 自分たちが現在立っている場所が敵地であることを忘れる者が半分、そしてそれが魔境と呼ばれる危険地帯にあるものだと信じられない者がもう半分。狂乱のままに飛び込んだ者たちは、ただ芸術的な美しさに打ちのめされた。

 数秒か、十数秒か、あるいは数分が経過した頃かもしれない。突発的に目に入った、想像の埒外にある美に魅入られていた悪魔たちの意識を、彼らを率いるアルフォンスの声が引き戻す。

 

「―――我らの目的は、仇敵たるグラナ・レヴィアタンの命だ! 余計なことに意識を向けるな!!」

 

 口上が僅かながらに速かったのは、彼もまたこの景色に魅入られていたから。そして、そのことを恥じ隠したいと思ったからに他ならない。

 守ることに大きな意味のない、ちっぽけな意地を必死に守ろうとするアルフォンスの行いは、誇りある上級悪魔の行いというより分別の付かない稚児のそれに思える。多くの悪魔がそのことに気付くも、声に出して指摘したり、ましてや笑うことなどあるはずもなかった。

 

 この美しすぎる絶景を前に魅入られていたことをどうして馬鹿に出来る? この景色に何も感じないのは盲目の者か、あるいは感性が著しく破損した異常さの類のみ。声を失う程に、我を失う程に、この景色に魅入られてしまう気持ちは痛い程に理解できるが故に、この場の悪魔は誰一人としてアルフォンスのことを笑うこともせずに、彼の声に耳を傾けた。

 

「この城は中央と北に東西の四棟から成る。城の住人を殺すなり何らかの損害を出せば、やつらも襲撃されていることに気付くだろう。この人数で一カ所を攻めれば、確実にその場所を落とすことは出来ようが、他の場に居る住人共に対策を取る時間を与えることとなってしまう」

 

 奇襲の最大の利点は、敵軍の隙を突くことにより主導権を握ることにある。背後から忍び寄って急所を突けば屈強な戦士をも一撃で殺せるように、相手に対応する時間を与えないことはそれだけで勝利へと直結するのだ。

 回避の暇を与えなければ攻撃は必中となり、防御の隙を与えなければ急所を穿つことが可能となる。であればこそ、奇襲することによって得られた主導権を奪われてはならない。

 

「故に作戦通りメンバーを、中央棟、北棟、西棟、東棟に攻め込む四つに分ける。分散によって人チームごとの戦力は下がるが、先手を取った現状であればいくらでも挽回できる範囲だ。

 それぞれに割り当てられた棟に侵入を果たしたら、見つけた端から住人たちを殺せ。もしくは城を破壊していも良い。兎に角一カ所に留まることなく、常に動き回って攻め続けるのだ」

 

 一棟ごとに攻めていては、他の棟にいる者たちに時間を与えることとなるのなら、同時に四つの棟を攻めればいい。同時に複数個所で騒乱を起こせば敵陣営の指揮系統にも混乱が生じ、対応への時間は手間取られ、更に被害は増していくという寸法だ。

 人員を四等分することによって戦力が分散されることとなっても、事前にスパイから得られた情報によれば、城に常駐するグラナの配下の数は百名以下。対するこちらの総数は三百を超え、その圧倒的な数の差があるが故に戦力の分散は愚策となり得ない。

 戦術そのものは単純極まりないが、その根本を支えているのは数の優位ただ一点。それを崩されてしまえば途端に作戦は瓦解してしまうが、魔王の末裔とは言っても一貴族に過ぎないグラナが、旧魔王派という大勢力に数で勝てるはずが無い。単純な策は単純な手法で攻略されるのが戦の常だが、相手がその手法を取るための条件を備えていなければ、単純な策は絶対的な効果を発揮する。

 

「さあ、今この時より開戦だ! 目指す先は勝利ただ一つ! 我が身を返り血で染め上げろ! 栄光に満ちた凱旋の時を真紅の総身で迎えようぞ!!」

 

 雄々しい宣誓に雄叫びを各々が返すことを合図に、一同は四つの群れに分かれていく。アルフォンスに率いられ中央棟を攻める者らが先陣を切り、残った者たちもそれぞれの隊長の後に従って一つの生き物かのように乱れの無い動きで進軍した。

 その中で、北でも西でもなく、東棟を攻める部隊は四つの部隊の中でも最も人員が少ない。本作戦には敵対勢力の数を遥かに上回る兵士を用意しているのだから人員不足ということはあり得ず、部隊の長のギルバートが『誇りある上級悪魔らしくない』と派閥の上層部の不評を買っていることに起因する。

 要は嫌がらせである。気に食わないギルバートが手柄を立てることを許容できないから、その手元に置く部下の数を減らす。敵との殺し合いの戦場にまで身内同士の足の引っ張り合いを持ち込むべきではないのだが、気に食わないものは気に食わないのだから仕方ないのかもしれない。

 ましてや、これまでは碌に得られなかったグラナの居城の情報をスパイから仕入れることが出来ただけでなく、城への侵入経路も用意出来、しかも数的優位を取った上での奇襲である。作戦を結構に移す前から勝利を確信し、油断してしまっても責めることは出来ないし、であるからこそ身内同士の足の引っ張り合いが出来るほどの余裕も生まれるのだ。

 

 ——まあ、せっかく出来た余裕も、足の引っ張り合いで潰されるんじゃ意味ねえんだけどな……。

 

 今の自分は部下の命を預かる立場にあるのだと自覚するギルバートは、その心の内を表情に出すような真似をしない。普段の怠け具合はどこへやら、目線は鋭く口元を引き結ぶ横顔はまさに戦士のソレ。

 初めは内心を押し隠すための仮面でしかなかったそれに引っ張られるかのように、意識も戦場に相応しいものへと徐々に変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、レム。お客様があんなにたくさん来ているわ」

 

「そうですね、姉さま。黄金の君に仕える者として、ちゃんと歓迎しなくちゃいけませんね」

 

「ふふっ。手柄を盛大に立てて、褒めてもらうんだって何日も前から張り切っていたものね」

 

「姉さま!? それは言わない約束だったはずではないですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………風、か?」

 

 魔城の東棟に突入した面々が、最初に感じたのは頬を撫でる緩やかな感覚。すでに入り口は見えない程の深部にまで至っているが故に、僅かな変化を異常として捉え緊張が一気に高まる。

 屋内という限定的な空間で密集していては互いの動きの邪魔になり、だからと言って離れすぎてはいざというのフォローが難しくなってしまう。

 故にこそギルバートたちは、個々人が自由に動ける程度に隙間を設け、各々の動きが目に入る位置に陣取る。しかもその陣形は、前後左右どの方向から攻撃されようとも対応できるように、メンバーのそれぞれに役割が振り分けられている。

 

 僅か一瞬の内に陣形の変化を可能としたのは、ギルバートの指揮能力の高さと部下の優秀さにある。上層部から疎まれるギルバートには多くの部下は与えられなかったが、その一方で、ギルバートと同じ様に上層部から睨まれた者らを押し付けられることが多々あった。上層部としては面倒な連中を一纏めにしておこう、その程度の認識だったのだろうが、この扱いはギルバートたちの追い風と化した。

 何せ、上層部から疎まれる者というのは、その多くが旧魔王派の古臭い考えややり方に懐疑的だ。排斥される者もそれを押し付けられる者も、根本的な考えは似通た部分にあるのだから意気投合することに時間など掛かるはずもなく、あっという間に連帯感を得るに至ったのだ。

 

 しかも、彼らが上層部より嫌われた理由は心情などによるものであり、実力如何は全く考慮されていない。全ての者が才気に溢れている訳ではないものの、気の置けない仲間との切磋琢磨との日々は確実に彼らを強者の位にまで押し上げ、その中で絆はより深まっていた。

 

 強者たちが高次元の連携能力を獲得する。それは正に鬼に金棒という言葉の通りであり、敵対者にとっての悪夢がここに顕現した。

 

「………は?」

 

 しかし、彼らは一つだけ勘違いをしていた。

 

 ギルバートは強い。しかも優秀だ。そこに疑いの余地はないし、彼に率いられる隊員たちも歴戦の強者揃いであり、連携の質は四つの棟を強襲する部隊の中でも頂点に位置するだろう。

 

 だが、敵陣営の首領は修羅道を地で行く黄金の男。黄金が常勝無敗にして一騎当千の修羅ならば、その配下もまたしかり。輝ける覇王の下で育った者たちが常識で測れる道理は無い。

 

 最上級悪魔相当の強さ、派閥内でもトップクラスの連携能力と絆の濃さ、それが通用すると思ってしまったことが、彼らの唯一にして最大の、致命的な間違いだった。

 

 ドピュッ。

 

 赤い噴水が唐突に上がった。赤い液体の正体は血液、ギルバートの隣で警戒態勢を取っていた男の首の断面よりピュウピュウと勢いよく噴き出していた。

 油断はなかった。一人一人が警戒する方向を分担することによって死角は存在せず、どこから急襲されようとも必ず対応できるとの自信があった。

 過信はなく、慢心もない完璧な対応。であるからこそ、それを容易に打ち破られたという事実を前に、意識が真っ白に染まる。驚愕するでもなく、憤怒を顕わにするでもなく、只々なぜ、どうしてと疑問のみに支配されたギルバートたちは瞬き一つすら出来ない。

 

「―――キャアアアアアアアアアアアア!!」

 

 男の頭部が宙をクルクルと冗談のように舞い、床に落ちた頃。男の首の断面から噴き出した血を全身に浴びたレベッカが悲鳴を上げた。

 戦場で、しかも戦士が上げる者として相応しくない、絹を引き裂いたかのような声だ。それによって強制的に隊の皆の意識が元に戻され、限界以上に高まった緊張を表すかのように冷や汗が流れる。

 

「総員、魔力障壁を張り防御態勢を取れ! 向こうに先手を取られてるんだから無理に反撃するより体勢を整えることを優先しろ!」

 

 奇襲の優位性。旧魔王派の悪魔たちが勝算の一つとして考えていた代物を、見事に相手に返された。相手の不意を突くことが、先手を取ることが、己の立ち位置を優位にするかを理解するが故にギルバートの心には焦燥の念が広がっていく。

 そして、それを一秒にも満たない時間で押しつぶす。

 己は部隊を率いる上官なのだ。予想外の事態の一つや二つと直面した程度で思考を止めるわけにはいかない。しかも背後には惚れた女もいるのだから、上官としてだけでなく、男としても情けない姿を晒すわけにはいかないのだ。

 

 ギルバートは意地と克己心によって半ば強引に冷静さを取り戻し、指示を発しながら前方に障壁を張る。そして部下たちが背後や左右、上方へ障壁を張った。一人一人が一カ所の防御に集中することにより障壁の質を高められる。単純な役割分担、されど多くの上級悪魔は個人主義であり下級や中級の悪魔と団結して事に当たることを嫌うため、この連携はギルバートたちの絆の象徴だろう。

 

「チィッ」

 

 強固なる結界を展開した直後、ギルバートたちを不可視の攻撃が襲った。ズドドドン! と次々に生じる衝突音と衝撃から、放たれている攻撃はただ一発ではなく連撃であることが察せられる。間断がないにも関わらず、その一撃一撃が生半な威力ではないことも障壁を通じて嫌というほどに伝わった。

 

 そして、分かったことはもう一つ。

 

 何度も何度も攻撃され、そして防ぎ続けたおかげで何度も観察する機会にも恵まれ、その性質が見えてきた。

 すなわち、真の意味で不可視であるということ。ギルバートたちの目で捉えられない程の速度を宿しているわけではなく、意識の僅かな隙間を突かれたわけでもなく、手品のような手法で上手く騙されたわけでもない。

 現在、ギルバートたちを襲う攻撃は真実、不可視なのだ。つまり透明な攻撃。

 

「この正体は風だ! 風の刃をぶっ放してきてやがる!」

 

 風は空気の流れだ。煙でも立っていない限り、その動きは不可視となる。

 この世で生きているのなら、生まれ落ちた瞬間から寄り添ってきた風を脅威に思わない者もいるだろうが、そこに秘められた力は甚大だ。

 水は高圧にして放つことで凄まじい切れ味を持つ刃物と化す。同じ流体の風ならば、同種のことが出来ても何らおかしくは無い。

 

 仮に高圧水流と同等の切れ味を持つのであれば、一瞬にして強者の首を落とした威力にも納得出来る。前述したように風は不可視であり、しかもこうして高い威力を持つ刃へと変じさせるほどの制御技術を術者が有しているのならば、攻撃の際に発せられる音もほとんど零に抑えることも可能なはずだ。

 

 ——こんなの初見じゃ対応できるわけねえな。隠密性能に長けた一撃必殺なんて、タチが悪すぎるぜ……。

 

「ふふっ。あら、タネが割れてしまったようだわ」

 

 廊下の奥から姿を現す一人の少女。桃色の髪をショートカットにし、左目を隠すように前髪を伸ばしている。華奢な身を包むのは、少々露出度が高いとは言え、一目でメイド服と分かるもの。

 十代前半程度にしか見えない少女。殺す相手として見るには戸惑いそうな、戦場にいること自体が何かの間違いであるかのような愛らしい外見だが、それに騙されるようなギルバートたちではない。

 

 つい先ほど、仲間が成す術もなく殺されたことが、目の前の少女が単なる少女ではないことの何よりの証左だ。

 

 しかし、敵手が姿を現したことによって戦意が高まるが、同時に困惑の念も湧く。なぜなら、攻撃の正体を見破ることは出来ても、ギルバートたちはその術者の位置までは看破できていなかったのだから、わざわざ姿を見せる必要はない。むしろ、攻撃のタネが割れたからこそ、姿を隠して距離を保つことが良手のはずだ。

 

 にも関わらず、メイド姿の少女はこうしてギルバートたちの眼前に現れた。しかも、その顔には余裕が満ちている。ホームとは言え、数的不利は圧倒的で、攻撃の正体まで看破されていても尚、全く焦りの色を見せない。

 そのことに疑念を抱き、同時に嫌な予感が脳裏を過ぎる。そしてそれを肯定するかのように、二人目の少女が現れ、一人目の少女の隣に並んでみせた。

 

「姉さま、もう少し粘ることは出来たんじゃないですか? こちらの居場所まではバレていなかったんですから遠距離から一方的な攻撃も出来たはずですし、少なくともあと一人か二人は()れたはずです」

 

 二人目の少女の髪色は淡い水色。右目を隠すように前髪を伸ばし、一人目の少女と同じ意匠のメイド服に身を包んでおり、まるで一人目の少女と合わせ鏡のような印象を受ける。

 とは言え、それは容姿に限った話。

 無手である桃色髪の少女に対して、二人目の少女は手に武骨な兵器を携えていた。短い持ち手は鎖と繋がり、その先にはいくつもの棘状の突起が生えた鉄球と結びついているそれは、俗にモーニングスターと呼ばれるものだ。武器の重量と遠心力によって標的を叩き潰すために、業物の刀剣が持つような美しさとは無縁の代物だが、"破壊"を象徴するかのような武器と言える。

 そんなものを隠すでもなく、堂々と持ちながらも、淡い水色髪の少女は優雅に一礼し名乗る。

 

「黄金の君、グラナ・レヴィアタン様にお仕えするレムと申します。以後お見知りおきを」

 

 続けて最初に現れた少女も、自身の名を告げる。

 

「同じくグラナ・レヴィアタン様に仕えるメイドで、ついでにレムの姉のラムよ。お客様を歓迎するわ」

 

「ここはグラナ様の居城」

 

「この世以上の地獄はないと絶望したヒトが、この世のどこを探しても楽園は無いのだと悟り、ならば己の手で作ればいいと考えての第一歩、それがこの城よ」

 

「だからこそレムたちは絶対にこの城を守り通します」

 

 ジャラリ、と鎖が擦れる音を鳴らす。柄から伝わる力によって鎖は蛇のように宙を這い、その先端の鉄球は轟と大気の壁を易々と打ち破り、障壁にぶつかった。

 たった一撃。小細工抜きの、真正面からの、力任せの一撃だけで、ギルバートの張る障壁に罅が入る。

 

「だからこそラムたちは絶対に侵入者を殺すのよ」

 

 室内だというのに、びゅうびゅうと吹き荒ぶ風。駆ける場所を選ばぬ暴風が縦横無尽に廊下を舐め上げ、全方位からギルバートたちを襲う。

 逃げ出そうにも障壁を解除した瞬間には、風の刃に斬られてお陀仏という状況。なればこそ障壁を破られるわけにはいかないと懸命に力を込めても、それをあざ笑うかのように障壁の罅は広がっていく。

 

「だから死んでください」

 

「だから死になさい」

 

 本当の意味で戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 




リゼロより、メイド姉妹参戦!!
レムもラムも可愛い。異論は認めん。

素晴らしい。その一言に尽きる。いや、それすら足らんな。弁には自負があったのだが、言葉に出来ぬ。出来て良い物ではない。したくない。指揮者の仮面を被り、あの葛藤を形にするのは神聖さに泥を塗る行為だ。久々に思ったよ、終わってほしくないとさえ。嗚呼、君たちは本当にどこまで私の瞳を焦がすのか。by某ニート

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