ハイスクールD×D 嫉妬の蛇   作:雑魚王

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2話 若手悪魔集結

 ちょっとした乙女の危機を迎えたレイナーレだったが、だからと言って現実逃避していても仕方がない。

 羞恥心に盛大に火を灯しながらも事情を話すと、しかし思いのほか簡単に事態は解決へと導かれた。

 まず服装は体型の似たレイラからスーツを借りることで事なきを得た。汗臭さと汚れは、グラナが提唱する『四大エロ必需魔法』に数えられる『洗浄』と『消臭』の魔法で解消。ボサボサの髪も、同じく魔法で数秒の内に艶のあるロングストレートの黒髪へと仕立て上げられたのだ。

 

 僅か数分の内に、人間を誘惑し堕落させる種族としての美しさを取り戻したレイナーレ。あっと言う間に自身の姿が変わっていくので、硝子の靴を履く少女の童話を思い出したほどだ。()の少女だと言うには、些か王子が破天荒に過ぎる気はするが。

 冗談抜きで本物の元王族だと言うのに、グラナは煌びやかな王子らしさをまるで持ち合わせていない。ただ、平凡な出自の堕天使としてはそのほうが付き合い易いので文句は無かったりする。

 

 そのような経緯を辿りちょっとしたトラブルを軽く解決したグラナに連れられ、レイナーレは同僚の眷属と共に件の会場へと入った。

 会合が始まるまでには、まだ少しばかりの時間があるので、空いている席と机を確保しての暇潰し。それがグラナ・レヴィアタン眷属の現況だ。

 

「くくっ、しっかし、考え事して時間忘れるって……子供みてえな失敗だな」

 

 暇潰しとして行われているのは、トランプを用いたゲームの中ではかなりの知名度を誇る七並べ。子供から老人まで楽しめるゲームだが、今回ばかりは参加者の面子のおかげで事情が違う。未来予知に匹敵する直感を有する剣士、数十先まで容易に読む吸血鬼、防衛に関しては前者二人を上回るヒト型要塞に、それらを統べる暴君だ。

 これだけの面子が集まれば、ただのトランプゲームでさえ超高度な心理戦へと変貌するのが当然の流れ。表情、視線の変化さえもがブラフや布石となりかねない。先ほどのグラナのからかう様な発言も戦術の一種という可能性が濃厚だ。

 

「それだけ大事なことだったのよ、少なくとも私にとってはね」

 

 と、返しながらレイナーレも心理戦に参加する。正直、レイナーレの実力はこの場の面々の中では最弱と断言出来てしまうが、最弱には最弱なりの意地がある。

 グラナたちの心を読むことは不可能。ならばせめて自身の心を読まれぬようにする。

 そのためにレイナーレは、己の意識の内側に『もう一人の自分』を作り上げた。『もう一人の自分』の目を通すことで、客観的に物事を見ることが可能となる。それにより、動揺など内心の動きが表情に出難くなるのだ。

 

「それより、アレ、あのままで良いの?」

 

 視線を向けた先に居るの一人の男悪魔。いかにもとしか言い様がない、前時代的な不良のような外見をしているが、一応は上級悪魔の家系に生まれた貴族だ。

 ゼファードル・グラシャラボラス。

 その素行の悪さから『グラシャラボラスの凶児』と呼ばれる若手の悪魔であり、本日の会合に呼ばれた者の一人でもある。

 

 その凶児であるが、一心不乱にグラナへ向けて魔力を飛ばしていた。加減などとうに忘れ、顔を真っ赤にしながら放つ攻撃は紛れもない全力。

 しかし、それが実を結ぶことは一切ない。

 グラナの一派を囲うようにして張られた結界が、ゼファードルの攻撃の悉くを無効化しているのである。結界の使い手は、グラナをも上回る防御の名手たるレイラ。出自に胡坐をかいてばかりの不良少年が太刀打ち出来る相手ではなかった。

 

 魔力弾が次々に衝突するも、しかしドンだのバンだのといた衝突音やその口から奏でられる罵詈雑言の嵐はまるで聞こえない。結界には対物理だけでなく遮音の効果まで付与されているらしい。そのため、すぐ近くで上級悪魔が怒りのままに暴力を振るっていても、レイナーレたちは実に快適に七並べを続けている。

 その余裕に溢れた姿が、ゼファードルの怒りを更に燃え上がらせているのだが、その程度の些事に構う者は誰一人として居なかった。

 

 レイナーレがゼファードルの件について言及したのも、ただ彼が哀れに思えたからに過ぎない。必死になってもまるで相手にされないというのは、面識のなかったレイナーレが同情してしまうほどに精神的に堪えるもののはずだ。

 

「あのままでいいだろ。この後には俺のことを嫌うジジババどもと会うんだぜ? カスをぶちのめせば、これ幸いとばかりに喜んでつついてく来やがるだろうさ。

 下らん、アホ臭えったらねえよ。そうならんようにテキトウに結界張ってやり過ごすのがベターだろ」

 

 呆れの念が強く滲むグラナの言葉を、捕捉するようにエレインが引き継ぐ。

 

「そういうことさ。それに、あのテの癇癪持ちは放っておけば勝手に諦めるものだし、気にするほどのことでもないよ」

 

 成程、とレイナーレは内心で頷く。

 ゼファードルは典型的なチンピラである。弱者には強く出るが、強者には尻尾を振る習性を持つだろうことが見ているだけで察せられる。

 このようなタイプの者は基本的に闘志に欠ける。同格以上の者を前にすれば媚びる以外の選択をすることの出来ない腰抜けだ。自身の全力攻撃を以ってしてもまるで傷つけることの出来ない結界を前に、いつまでも挑戦し続けるだけの気概などあるまい。

 自分のなけなしのちんけなプライドを守るための捨て台詞を残して行くのが関の山だ。

 

「……情けないっていうかカッコ悪いわね。自分から女がどうとか言って絡んできて、まるで歯が立たずにすごすごと逃げ帰るなんて………、一万年も続く貴族社会の中で生まれた上級悪魔なのに、まるで誇りとか強さが感じられない。よく聞く上級悪魔の誇りってやつはどこに行っちゃったのかしら?」

 

 並外れた強さを持ち、配下へと真実の愛を向けるグラナ・レヴィアタン。レイナーレの知る限り、最も『最強』の称号に相応しい男を身近で見ているために、ゼファードルが殊更矮小な男に見せて仕方がない。

 どこぞの町の裏路地にでも居そうなチンピラが貴族を名乗っていても、敬意を表する要素は皆無だ。この程度の馬鹿が上級悪魔であることには、落胆の念が生まれるばかりである。

 

「上級悪魔の誇り、ねぇ? そんなもんありゃしねえよ。幻想だ。レンガや木、藁で家を建てる豚兄弟が居る可能性の方が高いくらいだぜ。

 誇りある上級悪魔? ふん、いねえよ。どこの地方に生息する幻ポケモンだよ、見たことねえわ。それともあれか? 絶滅危惧種だから、どこぞの施設で保護されてんのか。動物園にでも行けば檻の中にいるのか? 

 偉大なる初代の上級悪魔? どこが偉大なんだ。大半が悠久の生に飽いて死んだように生きるだけのジジババどもだろうが。隠居と称して安全地帯に引っ込み、子孫を戦場に送り出して自分より先に死なせる連中の何が偉大なんだよ。生きている初代どもの呼び名なんざ『死に時を見失ったアホ』で充分だ」

 

 グラナの口から零れたのは、上級悪魔に対する徹底的なまでの批判。怒りも憎しみも通り越して、只々、落胆と失望しか込められていない。

 その感情の源泉は、実力の違いだけによるものではあるまい。この黄金の男からすれば、並みの上級悪魔なぞ蟻と大した違いはないが、決して戦闘力だけで他者の価値を決めることなどしない。レイナーレという並みの上級悪魔にさえ劣る堕天使を眷属に加えていることからも、それは明白だ。

 

 故にグラナが上級悪魔に否定的なのは、戦闘力とは関係のない内面によるものだ。

 

 普段、貴族として威張っているのなら、有事の際にはいの一番に行動しなければならない。でなければ、ただの腰抜けだろう。

 他者を批判するのなら、相応の実績と実力を持つ必要がある。でなければ、子供の口喧嘩と変わらない。

 誰かを殺したいと思ったのなら、殺されるリスクを負うべきだ。それを認めずに、安楽椅子にふんぞり返って報告を待つだけというのは許されない。

 

 要は、地位や立場に見合った矜持や信念、覚悟といったものを持てという話だ。それがヒトとしての最低条件であり、マナーであろう。

 名前と顔を明かすことさえしない電報越しの言葉には何の力も宿らない。面と向かって他者を否定すれば、反論されるかもしれないし、殴られる可能性だってある。しかしその覚悟を持つことができないのであれば、そもそも他者と関わるべきではないのだ。

 その程度のことさえ理解していない上級悪魔は、貴族どころかヒトでさえない。グラナは彼らを踏み潰すことに一切の躊躇いを覚えることがないだろう。

 

そして、ルル、レイラ、エレインが否定しないところを見るに、グラナの批判は決して彼個人の偏見というわけでもないようだ。

 

「ボクも上級悪魔には嫌な思い出ばかりだからなー。権力を盾にして抱かせろって脅してきたりとか、共同任務のときには後ろから襲ってきたりとか………。

 まあ、一部にはそりゃあまともなヒトたちもいるけどさぁ、それもかなりの少数派(マイノリティー)だし」

 

「上級悪魔の誇りとやらは私も見たことはありませんね。ルルの言う極一部のまともな上級悪魔でさえ、家や家族を守るために保身を選択する始末。………一族の長としてはそれで正しいのでしょうが、敗色濃厚の戦いに参陣する勇者(馬鹿)が一人も居ないというのはどうにも嘆かわしい」

 

「上級悪魔の行動原理は一に保身、二に欲望、三・四飛ばして五に足引きさ。関わらないのが無難だね」

 

 グラナとどことなく似ているエレインは兎も角として、善人の気質を持つルルとレイラまでもが上級悪魔に否定的だということにげんなりとする。上級悪魔への昇進―――悪魔社会における立身出世にまるで夢を感じることが出来ない。

 

「ふーん、じゃあグラナってかなりの希少種ってこと?」

 

 と、レイナーレが問うも返答は否だった。

 

「いんや、俺も上級悪魔の(・・・・・)誇りは持ち合わせていない。冥界がどうなろうが、『悪魔』っつう種族が滅ぼうがどうでもいいからな。

 配下に手を出されりゃあ、神も魔王もぶっ殺すと決めちゃあいるが……それって上級悪魔云々関係ねえだろ。完全に俺の私情だ」

 

「私情でもそれだけ出来るのなら、『誇り』って呼んでも良いんじゃないかしら……」

 

 凡夫では、魔王や神を殺す以前に歯向かうという考えすら持てない。愚者なら、自分にならばできると思い上がり自滅する。

 そして他者のために己の命を懸ける覚悟を持ち、実際に神さえ屠り得る実力を有するのなら、英傑と呼んでも過言ではないだろう。

 ちなみにグラナは英傑さえ越える怪物だ。そこに疑いの余地はない。

 

「へえ、嬉しいこと言ってくれる。随分と俺のこと買ってるんだな」

 

「これだけぶっ飛んだ配下を従えてたり、戦女神相手に啖呵切るやつを見縊るはずないでしょ。あんたほど頭がおかしくて、色々な意味で突き抜けたやつは初めて見たくらいよ」

 

 個人として最強でありながら、その本質は『覇王』。他者を率いてこそ真価を発揮する。

 他者の才能を見出し、開花させ、英雄へと育てる深淵の大賢者であり、配下と共に鉄風雷火の舞う戦場を駆け抜ける常勝の戦略家であり、国を栄華へと導く名君であり、神をも打倒する万夫不当の大英雄。

 属性を盛りすぎて、いったいどこのチートキャラだと突っ込みたくなる程に強い。強いから強い。最早理屈なぞ不要の絶対強者だ。

 正直な話、レイナーレにはグラナが敗北する光景が微塵も想像出来なかった。仮に明日から三大勢力との戦争を始めたとして、事も無げに勝利してしまいそうな予感がある。

 

「あなたと同じ世代の若手たちが可哀想よ。どれだけ才能に溢れていても、どれだけ努力しても、結局は腕の一振り程度でぶっ飛ばされるんですもの。

 大王? 大公? 公爵? 肩書は立派だけど、最強(あなた)から見れば下級悪魔と大した違いなんて無いんでしょ?」

 

「あ~、そうだな。死力を尽くしても俺に掠り傷一つ付けることの出来ない雑魚に与えられる称号が最上級悪魔だからなぁ」

 

 改めて聞くと、やはり意味の分からない強さである。

 

「……ちなみにどれくらいの強さがあれば、あなたに傷を付けることが出来るの?」

 

「最低ラインが魔王クラスだな。実際、最上級悪魔と同格だろうコカビエルの攻撃を小細工抜きで耐えれたし」

 

 本人がまさしく最強で、しかも魔人の軍勢を従えている。

 一騎当千の英傑たちが、稀代の覇王の指揮に従って戦場を駆け抜ける。その疾走を阻める者が一体どこにいるのか。

 

「……ホント、呆れるくらいの強さね」

 

「これくらいじゃねえと死ぬような生き方をしてきたってだけだ。―――――それと、上がりだ」

 

 ニヒルに笑みながらグラナは残り一枚となった手札を出し、一番に抜ける。出されたカードはレイナーレの手札の助けとなるものではなかった。

 レイナーレが手を(こまね)いている間にも、上がる者が続いていく。

 

「私もこれで上がりだ」

 

「私は三番、ですか」

 

「あー、危なかった! ギリギリでビリじゃない!」

 

 レイナーレは最後まで残った己の手札を呆然と見つめるばかり。これで五連続最下位である。

 うがーっ、とレイナーレは唸りを上げる。

 

「もう一回、もう一回よ! 次こそは勝つんだから!」

 

「これ以上続けても連敗記録を更新するだけだろう………それに時間的にもそろそろ終わりだ」

 

 そう言うエレインが指し示す先に居たのは一人の偉丈夫。レイラの結界を破ることが出来ずに、結局はアガレスの次期当主に絡みに行ったゼファードルを、拳一発で吹き飛ばした男である。

 周囲の悪魔が付き従う様子を見せていることから、その男もまた上級の位にいることが分かる。

 

「サイラオーグ・バアル。家の特色を受け継げないどころか魔力さえ有さない生まれだが、大王家次期当主の座を実力で捥ぎ取った努力家だ。

 どこかの評論家気取りの阿呆はグラナと若手悪魔の双璧を担う男と呼ぶが、実際にはどうなんだろうね。私にはとてもそうは見えない」

 

「サイラオーグ・バアル、ね」

 

 レイナーレは舌の上で転がすようにその名を紡ぎ、エレインの説明を咀嚼する。

 階級や血筋にうるさい悪魔社会、その中でも大王ともなれば色々と(しがらみ)も多い事だろう。悪魔なら誰もが扱えると言っても過言ではない魔力を、大王家の直系でありながら持たない彼は苦しい時期もあったはずだ。

 レイナーレも特別な力を持つことなく生まれた。影の国の女王の元で、なけなしの才覚を伸ばすことも出来た。サイラオーグとは少しばかり似た境遇であるからこそ、大王家次期当主の立場を勝ち取るという実績をすでに上げた男を軽視することは出来ない。

 そして、レイナーレの視線は大王家次期当主から、すぐ近くのソファに座る自らの主―――グラナへと移る。若手悪魔の双璧と呼ばれるほどに、両者の実力が拮抗しているかと黙考し、一秒と経たないうちに結論を下す。

 

 ―――うん、あり得ないわね。うんうん、あり得ない。

 

 サイラオーグの実力は垣間見た。ゼファードルを殴り飛ばしたパワーと回避を許さない速度の根源たる身体能力は冥界でも屈指のものだろう。しかも僅か一撃で勝負が決してしまったのだから、先の攻防で見せたのは実力の一端に過ぎないはずだ。

 

 それらを理解した上でレイナーレは断言しよう。サイラオーグ・バアルはグラナ・レヴィアタンには遠く及ばない。

 

 サイラオーグは英雄の器なのかもしれないが、グラナはそれを超える怪物だ。両者の間に聳える壁は山脈の峰よりも高い。

 

 例を挙げてみよう。グラナは影の国で女神から試練を与えられて、冗談抜きで死にかけていた。神の試練で死にかける、英雄譚ではよく聞くものだ。ペルセウスしかり、ヘラクレスしかり、そう珍しい話でもない。一見、そう思ってしまいそうになるが、その前に一度考えてみてほしい。

 

 その時のグラナは、力を封じ込めた刀を取り上げられて著しく実力を制限された状態であった。四六時中、魔獣たちが襲いかかってくるせいで碌に休息や食事も取れずに疲労は溜まり一方で、極めつけには魔力・体力・魔法力が尽きかけ、左腕はヤンデレ女神によって殺され(・・・・)て治癒不能。

 まさしく瀕死。半死半生を超えて八割死んでいるような状態で、貧弱な武装を片手に彼は、伝説の魔獣や幻獣を打倒したのだ。ヒュドラやフェニックス、神話に名を残すような英雄が万全の状態と万端の準備を整えて漸く倒せるかどうかといった怪物を、グラナは最悪の状態と最低の準備で倒した。それは偉業を超えて、異常の域に入っている。

 更に補足すれば、グラナが相対した魔獣たちは、伝説の女神によって鍛えられていた。冥界では食用とされるミノタウロスでさえ最上級悪魔を超える強さを持ち、ヒュドラはヘラクレスが打倒したものより遥かに強壮で、フェニックスは同名の悪魔を容易く焼き尽くす業火を放つのだ。

 

 しかも、試練はそれで終わりではなく、七つの城門を越えた先には、一切の光を通さぬ森をはじめとしていくつもの死地が待ち構えている。

 

 突破させる気がないような試練を平然と課すスカアハは頭の螺子が飛んでおり、それを打破するグラナの強さは次元違いと言う他ない。

 悪魔の大王如きが、女神から怪物のお墨付きを貰ったグラナに勝てる道理などあるはずもなかった。

 

「サイラオーグにゼファードル、ゼファードルに絡まれていたアガレスの姫君。影の薄いアスタロトは結構前から居たし、グレモリーとシトリーの姫君も到着したようだ。上層部と話す前に、まずは若手同士の紹介がある。君もグラナの配下として毅然とした態度でいてくれよ?」

 

 字面だけ見れば警告や注意。しかし、吊り上がった口元から、込められた意志は挑発だと判断できる。

 

 ―――この程度の場面で緊張するようでは、グラナの配下として失格だよ。

 

 言外にそう告げる吸血鬼に、レイナーレも不敵に笑んで宣言した。

 

「あなたたちと接している私が、今更緊張なんて可愛げのある姿を見せるはずないでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つの卓を囲むように座る若手の上級悪魔たち。彼らの中でも実力に差があることは事実だが、一人一人が将来有望とされる原石たちだ。その実力は若輩の身であれど、かなり高いと思われる。一見して判断するに、レイナーレが勝てそうな手合いは七人中二人か三人程度。

 若き貴族たちの後ろには控えるように眷属悪魔が立ち並んでいる。主と同じく、眷属の方も実力にはバラつきがある。レイナーレでも勝てそうな者も居れば、即殺されそうな者もいる。具体的には同眷属内に何人も居る。

 今の冥界では、眷属が上級悪魔のステータスの一種であると言う。この場の主役は卓を囲んで座る主たち。眷属は脇役どころか、その付属品に過ぎない。眷属を道具程度にしか見ていないが故の考え方だが、郷に入っては郷に従えという言葉の通り、悪魔の一員となったからにはレイナーレもそれに従うつもりだ。 

 

 口元を引き結ぶ同僚たちの姿を参考にして、レイナーレは真面目な雰囲気を取り繕った。

 

 因縁があるようなないようなグレモリー眷属から険のある視線を向けられていることには当然気付くが、真っ向から無視する。この場で眷属同士が事を荒立てるような真似をすれば主の面目を潰すことに繋がるからだ。それに正直なところ、わざわざ相手をするのも面倒ということもある。

 ただ、ずっと立っているだけというのもどうかと思った。落ち着きがなくキョロキョロしている、そう思われない程度に、この場に集まったグラナと並ぶ若手たちの観察を続ける。

 

「大公アガレス家次期当主、シーグヴァイラ・アガレスと申します。面識がある方も無い方もよろしくお願い致します」

 

 まず初めに口火を切ったのは、眼鏡をかけた怜悧な女悪魔。感じられる魔力の量はこの場の面子の中で突出しているわけではないが、綺麗に制御されている。玲瓏とした声には知性も感じられ、パワーではなく技巧、筋肉ではなく頭脳で戦うタイプだと判断できた。

 眷属を率い、指示を下すことが上級悪魔の役目だ。そういう意味では戦闘力が半端であろうとも、彼女のような者こそが上級悪魔の位に相応しいのかもしれない。

 家柄も上級悪魔の中でもかなりの良家たる大公だ。将来有望な若手、そう呼ばれるのも納得出来る。

 

「リアス・グレモリーよ。数年前から人間界に留学しているから、久しぶりに会う者もいるわね。改めてよろしく」

 

 二番手は紅髪の御令嬢だ。魔力の量だけで言えば、かなりのもの。規格外(グラナ)を抜けば、若手たちの中でもトップだろう。ただし、魔力の制御技術は拙いようで、因縁のあるグラナとその眷属が視界の内に入っているだけで魔力が揺らいでいる。

 理論家ではなく激情家。感情に流される、精神的な未熟さを見せながらも、しかし有望とされるだけの要素を兼ね備えているのがリアス・グレモリーという女だ。

 傍目にでも分かる、全身から溢れる自信。人間を誘惑する悪魔という種族の中でも際立つ美貌。更にはド派手な『滅び』の魔力まで備わっているのだから民衆に親しまれるのも道理だろう。

 ただしそれらは支配階級としてどれだけ役に立つものなのかは分からない。眷属を率いる上級悪魔の地位に相応しいかどうかは若干の疑問が残る。

 

「シトリー家次期当主、ソーナ・シトリーです。これから共に冥界を背負う者として、こうして語らう機会を持てたことは僥倖だと感じています」

 

 眼鏡と知性に溢れる風貌。外見だけでも、大公家次期当主と同じタイプだと分かる。魔力の制御技術がかなり高いらしく、内包した魔力は小波一つ立たない水面を思わせる。

 大公の姫とレーティング・ゲームを行ったら壮絶な頭脳戦を展開してくれそうだ。似たタイプであるが故に、その戦いは白熱したものとなるだろう。どちらが上か、非常に気になる。

 

「ディオドラ・アスタロトです。以後よろしく」

 

 これまでの中で最も短い挨拶の優男。アイドルのような風貌だが、どこか胡散臭さが漂っている。若手上級悪魔の中で最も小物臭いのは、サイラオーグにワンパンKOされたあと医務室に搬送されたゼファードルだが、ディオドラはそれに次ぐ小悪党の予感がある。

 

 ―――う~ん、何て言うか、黒幕振った挙句、主人公にぶっ飛ばされる三下って感じね。

 

 大半の眷属たちが緊張しながらも主に恥をかかせまいとしているのに対し、アスタロト眷属だけはそうした主への献身の心が見えないというのも疑惑に拍車を掛けていた。

 とりあえず警戒しておくのが無難だろう。第一印象として生理的に無理だし、グラナからの命令がなければ近づくまいと決心する。

 

「サイラオーグ・バアルだ。魔力を持たない身ではあるが、大王家次期当主として恥じない行動を心掛けたい」

 

 堂々とした姿と強い語気からは自信が感じられた。リアスも自信に満ちていたが、この男の自信は質が違う。実力で大王家次期当主の座を勝ち取ったという実績に裏打ちされているのだ。長い時間を掛けて錬磨した強い輝きに満ち満ちていた。

 この輝きは、成程、民衆をさぞや魅了するに違いない。自分を磨き上げ、苦境に抗い立ち向かうその背中は、子供が想像するヒーローに近いだろう。

 大衆受けが良く、優秀な配下も集まりそうだし、これはこれでヒトの上に立つだけの器の持ち主と言える。

 

「グラナ・レヴィアタン。レヴィアタン家の当主でなく、次期当主という訳でもねえ。ただの末裔だ」

 

 そして最後の若手、グラナ・レヴィアタンだ。サイラオーグ達との差が大きく開いていないように見えるのは、表面上のことに過ぎない。拠点の外でのグラナが己に何十、下手をすれば何百もの枷を課しているのだという事実をレイナーレは知っている。

 しかもその状態であっても、この場に集う将来有望とされる若き上級悪魔たちを、蟻を潰すかのように蹂躙出来るのだから桁が違う。

 

 『人の皮を被った悪魔』ではなく、『悪魔の皮を被った怪物』。それがレイナーレの奉じる主なのだ。

 

 とは言え、グラナの正体を知る者は世界広しといえども極小数。冥界においては彼の配下以外に知る者はいないのではないか。それ程に、情報の隠蔽が徹底されているし、本人が被る仮面は固く厚い。

 

 そのため、近況についての世間話を展開していくサイラオーグたちにも気負う様子は見られない。

 

「マグダラン―――俺の弟がつい先日も、冥界の植物について新たな発見をしてな……その方面に関してはつくづく及ばないものだと思わされた。当主の座は俺が取ったが、マグダランも領地の繁栄には欠かせない存在だ」

 

「植物の発見が新たな医薬品や発明品の開発に一役を買うという話はいくつも例がありますしね。資金や人材に機材を投資してみるのも一つの手でしょう」

 

「僕はその手のことについては門外漢なので何とも……」

 

「私もディオドラと同じだけれど……興味はあるわね。機会があれば、マグダラン・バアルとも話してみたいわ」

 

 マグダラン・バアルの新発見や、これまでの功績について始まり、マグダラン本人がどういう男なのか、更にはそれぞれの兄弟姉妹についてまで話の輪が広がっていく。

 グラナもその話には普通に参加していた。軽い相槌を打ち、短い返答を返す。ぶっきらぼうな対応ではなく、聞き上手なのだ。話題を提供したのはサイラオーグだというのに、会話を上手く回しているのは―――会話の主導権を握っているのは言葉の少ないグラナという異様な光景がそこにはある。

 

 しかし、その異様さに気付く者はグラナの眷属以外に居ない。先頭に立って率いるのではなく、舞台裏から糸を引いているようなものだ。舞台に立つ役者はその裏に潜む者の顔を見ることが出来ないのである。

 

 その後も、話の種が変わり、会話は円滑に進んでいく。笑いあり、溜息あり、悩みあり、しかしそれでも続く会話の光景は、『若手悪魔の交流』と称して差し支えない。

 

 ――――ただ一人、レイナーレの主を除いての話だが。

 

 グラナはマグダラン・バアルの新発見の話から、幾度話題が変わろうとも会話の主導権を密かに握り続けている。そのことに気付けば、この会話は全て彼によって誘導されたものだと理解出来てしまう。

 話の流れがしばしば、グラナによって自然に変えられる場面があった。レイナーレもあまりに自然過ぎて本当に故意でやったことなのか疑問に感じもするが、しかし"あのグラナならば"と考えればそう不思議でもなかった。

 そしてグラナが無駄なことをするはずもない。

 客観的に見てもただの世間話にしか見えない交流だが、数百手数千手先まで見通す千里眼の持ち主にとってはこれも戦略の一つなのだろう。何気ない情報(ピース)の一つ一つを合わせて、足りない部分は想像で補い、自前の情報網で得られた情報(ピース)も加えれば、超高精度の予測をすることも可能となる。

 

 会話の主導権を握り、人知れずその流れを操ることで自軍の情報が洩れる可能性の一切を排除しつつも、他の陣営の情報を掻っ攫う。

 狂気的なまでの用心深さと強かさ。そしてそれを実現するに足る手腕。

 影の国の女王をして、稀代の戦略家と言わしめるだけのことはある。

 

 必要な情報の収集が終わったらしく、これまた自然にグラナが会話を終わりへと導く。丁度、時間的にも上役の悪魔たちとの対面が差し迫っていた。もしかすると、いや、もしかしなくとも、グラナは初めからこの終わりまでの流れを全て計算していたのだろう。

 そう考えなければ、一連の流れが自然過ぎる。

 何も知らなければその自然を享受してしまうのだろうが、グラナの正体を知っている者は自然過ぎる流れに不自然さを覚えることだろう。レイナーレもその一人だった。

 

 グラナは規格外だ。故に大概のことの原因はグラナだと考えて良い。

 グラナが何かをするのではなく、何かの原因がグラナなのだ。

 

 旧レヴィアタン眷属の共通認識という名の諦観に染まったレイナーレは、誰が何と言おうとも彼の配下であることに疑いの余地はない。

 席を立つ主に連れられ、上役の悪魔との対面を果たすべく、同僚と共に移動を開始した。

 

 移動すること数分。辿り着いた場所は大きなホールだった。一階はかなり広く、それでいて物がまるで置かれていない。吹き抜け構造となっているらしく二階にはいくつもの席が置かれている。

 無論、と言うべきなのか、有望と称されていても若輩者に過ぎないグラナたちは一階に並ばされ、一際目立つ場所に魔王がそれ以外の上役たち二階の豪奢な席に陣取って見下ろす形だ。

 

 ―――………嫌な雰囲気ね。

 

 踏み出し進み、一列に並ぶグラナと若い上級悪魔たち。レイナーレのような眷属はさらにその後方で待機するのみ。

 それでも感じ取れてしまうのだ。上役たちが、レイナーレのような眷属悪魔のことを本当に何とも思っていないということが。

 魔王は別だとしても、上役の上級悪魔たちは転生悪魔のことを悪魔だと思っていないし、同族だと認めてもいない。過大に評価しても、使い捨てても替えの利く小道具程度の認識だろう。

 

 レイナーレのような弱者が上役の眷属になってしまえば、きっと碌でもない末路を遂げることとなってしまう。道具のように使い捨てられても、戦闘力も権力もない眷属は泣き寝入りするしかないのだ。

 その実例が、被害者がグラナの配下には結構いる。彼女らから話を聞いて、一応は知識として知ってはいたが、こうして上役と対面してその傲慢さに触れると予想以上に根の深い問題だったのだと理解する。

 しかも相応の地位を獲得している者でさえあのような考えを抱き雰囲気として滲み出させていることに、魔王は苦言を呈さないのだ。

 それだけで、悪魔社会の現状は底の無い泥に嵌ったようなものだと判断するには余りある。

 

 レイナーレは、グラナの眷属となって以来かなりの苦労を経験する一方で、遣り甲斐や幸福も感じていた。同僚は頭の捻子が飛んでいる者が大半だし、ブラックホールのような闇に満ちた瞳をしている者もいるが、それでも以外と仲間想いだし信頼も出来る。

 グラナは常識を焼却炉に放り込んだような規格外だが、自身と同じことを他者に要求することはなく、個々人の適性や能力を正確に見極めたうえで仕事を与えたり訓練の内容を考える。その破天荒具合とは裏腹に、意外とデキル上司なのだ、あの男は。

 

 どう考えても、仕えるのなら上役悪魔たちではなく、グラナの方が良い。自身の置かれる環境が思っていたよりも恵まれていることを再認しながら、レイナーレは悪魔たちのやり取りへと耳を傾けた。

 

「まずはこうしてこの場に集ってくれたことに感謝しよう。これは、この場に居る次世代を担うであろう若き悪魔たちである貴殿らを見定めるための場でもある」

 

 と、まずは始まりの挨拶とばかりに上役の一人が言うが、文字通りの上から目線の状態な上に態度もアレなので、まるで感謝しているように思えない。

 しかも彼らの視線が向かう先は若手の上級悪魔のところだけで、眷属にはまるで興味を見せない。やはり眷属・転生悪魔のことを『悪魔』と看做していないことがありありと察せられる。

 

 挨拶が済むと、上役の一人一人が悪魔の歴史やら伝統について語っていく。要約すれば『悪魔ってこんな感じだから超スゴイ!』ということだ。語り口を変えただけで上役の全てが同じようなことを言うので、レイナーレも途中より右から左へと聞き流すことにした。

 

 都合ニ十分以上は続いた意味があるのかないのかよく分からない話も漸く終わり、この場で一番の権力者たる魔王サーゼクス・ルシファーが声を発する。

 

「さて、君たち七人は家柄・実力が共に揃った、次世代を担う悪魔だ。だからこそデビュー前に競い合い、その実力をより高めてほしい」

 

 そう言って紅髪の魔王は、ゆるりと若手の七人―――いつの間にかゼファードルも復活して普通に並んでいた――へと視線を巡らす。

 その視線を真っ向から受け止めた若手の一人――――サイラオーグが一つの問いを発する。

 

「我々もいずれは『禍の団』との戦いに投入されるのでしょうか?」

 

 サイラオーグやグラナといった若手たちが投入されるとすれば、その眷属に関しても言わずもがな。魔王の返答如何で己の命運で分かれかねないと、レイナーレは緊張の色を濃くする。

 

「それはまだ何とも言えない。君たちは若手だ。次世代を担うだろう、冥界の未来とも言える君たちを戦場には送り出すことは我々としても望ましくない」

 

 言葉を濁す、グレーの回答。サーゼクスの顔を見れば本人はその件について否定的だということが分かるが、それでもグレーと答えたのだから、他の上役たちの考えも予想が付く。

 曖昧な答えを出すときには、二種類ある。一つ目は本当に堪えに迷っている場合で、もう一つは望まぬ答えが優勢だからと逃避する場合だ。グラナたちから伝え聞いた上級悪魔の現状なども鑑みると、この件は高確率で後者だろう。

 

 そのことに気付いているのかいないのか、サイラオーグは魔王に対して反駁する。

 

「お言葉ですが、我らとて若いとはいえ悪魔の一翼を担っています。この年になるまで先達からのご厚意を受けておきながら何も出来ないというのは………」

 

 ―――グラナが聞いたら鼻で笑いそうね。

 

 ついっ、と視線を向けて見やった黒コートの背中は今も不動の状態を保っているが、その内心は外面とは全くの別物だろう。

 グラナは悪魔に対する同族意識や冥界に対する帰属意識なんてものを欠片も持っていないし、先達からのご厚意として受け取ったものは暗殺者と嫌がらせだけだ。

 サイラオーグの決意は本物でその言葉は正しいのだろうが、しかし立場の違う者にとってはまるで響かない。少なくともグラナとその配下は一笑に付してそれで終わりである。かく言うレイナーレもグラナのために槍を振るうのは良いが、あんな見下す態度を隠す気もない上役たちのために命を張る気にはなれない。

 

「サイラオーグ、その気持ちは嬉しい。勇気も認めよう。しかし、それは無謀というものだ。次世代を担うキミたちは君たち自身が思っている以上に、私たちにとっては掛け替えの無い宝なのだから万が一にも失う訳にはいかない。

 焦らず、ゆっくり成長して欲しいのだよ」

 

 厳しくも優しい言葉には、成程と納得させられる部分も多々あった。子供に頼られる大人として、国を治める為政者として正しい意見なのだと素人考えでも理解できる。

 だからこそ、こう突っ込みたい。

 

 ―――じゃあ、グラナのことはどうなの?

 

 彼が魔境に居を構えたのは自発的なものだが、しかしその状況にまで追いやったのは冥界の悪魔たちである。グラナは断崖まで追い込まれ刃を向けられたから、仕方なしに飛び降りて凶刃から逃れただけだ。その事実は揺るぎないし、紛れもない。

 

 ―――若手が大切だと言うのなら、グラナをまず助けなさいよ。

 

 魔境に今も居を構えているのは、つまり今も悪魔の中にはグラナの敵がいることを意味する。敵がいるから油断することなく天然の要塞の中に身を隠しているのだ。 

 若手が大切ならば、まずはその敵を打倒し、若手(グラナ)を助けるべきだろう。

 

 しかも、グラナは現在、万事屋のようなことを商売としてやっている。その代表的な顧客が魔王なのだ。三大勢力の会談における護衛任務を代表的なものとして、グラナを散々戦場に送り出しておきながら、何を今更なことを言っているのだろうか。

 

 サーゼクスの言葉は正しいし納得も出来る。しかし、行動がまるで伴っていないではないか。

 大言を吐くだけなら子供にも出来るし、吠えるだけなら負け犬にも出来よう。

 しかし行動が伴わなければ、言葉に価値と重みは生まれない。

 レイナーレは主よりそう教わった。

 

「長い話に付き合わせてしまって申し訳なかった。これで最後だ。冥界の宝である君たちに、それぞれの夢や目標を語ってもらおう」

 

 レイナーレの中での魔王の株が急速に暴落するも、話は恙なく進んでいく。

 

「俺の夢は魔王になる事。それだけです」

 

 最初に答えたのはサイラオーグ。迷いなく現魔王を見据えながら堂々と言い切る姿は、実に良い画になる。しかし、レイナーレの中では魔王への不信感が高まっているので内心は疑問一色に染まり上がる。

 

 ―――……魔王ってそんなに憧れるものなの………?

 

 割と本気で首を傾げそうになる堕天使をさておき、上役の悪魔たちは感心するように息を吐いていた。

 

「ほお、大王家から魔王が出るとしたら前代未聞だな」

 

 大王と言えば、言わずと知れた七十二柱の筆頭だ。権力、戦闘力、財力、どの方面においても圧倒的な『力』を誇る名家中の名家から、悪魔を率いる魔王が輩出されるのであれば確かに凄い事なのだろう。

 しかしよくよく考えてみると、魔王の制度が世襲制から現在の襲名制に変わってからまだ数百年の歳月しか経っておらず、新制度の第一期魔王がサーゼクスたちなのだ。

 大戦と内乱により数を減らしたとはいえ数十もある上級悪魔の家から魔王が輩出される家はたったの四つ。確率論的に、そこに大王家が含まれないというのも不思議な話ではないだろう。大王家から第二期魔王が輩出されることを前代未聞というのであれば、シトリー、グレモリー、グラシャラボラス、アスタロト以外の家から魔王が輩出された場合も前代未聞となってしまう。

 

 ―――お、おぅ。凄い………? のかしらね。

 

 だから、そんな半端な感想を持つしかない。ぶっちゃけ凄いのか凄くないのか良く分からん。それがレイナーレの正直な心境だった。

 

「私はグレモリーの次期当主として、レーティング・ゲームの各大会で優勝することが近い将来の目標です」

 

 サイラオーグの次に答えたのは、彼の隣に立つリアス・グレモリー。どうやら並んでいる順番に従って宣言してくようだ。

 彼女の夢については、まあ頑張れとしか言いようがない。強いて言うとすれば、公爵家の当主であることとスポーツの大会でタイトルを獲得することは全く関係がないように思う。

 

 それから眼鏡美女のシーグヴヴァイラ、生理的にアウトなディオドラ、目元の痣がパンダマークのようになっており笑いを誘うゼファードルの順に、それぞれの夢や目標を上役たちの前で宣言する。

 

 彼ら三人という中盤を過ぎ、終盤に差し掛かる。次に夢を語る順番が回ってきたのは、シトリー家次期当主のソーナだった。

 

「私の夢は………冥界の子供たちに夢を見せることです」

 

「夢……ですかな?」

 

 これまでの五人の語ったものと比べると、かなり曖昧かつ抽象的な言葉に上役の一人が思わずといったふうに疑問を呈する。

 ソーナもそのことを事前に予測していたのだろう。言い淀むことなく捕捉していった。

 

「今の悪魔の子供の中には家柄や生来の才能を理由に夢を諦めてしまうことも多い。それは非常に悲しく、そして勿体ないことだと私は思うのです。努力する自由は誰もが有していて、挑戦する機会は誰もが持つべき……私はそう考えます。

 その実現のために、まずは転生悪魔を中心とした私の眷属とともにレーティング・ゲームの大会で記録を残し、子供たちの希望となりたい。

 転生悪魔でも、下級悪魔でもこんなに活躍できる。だからあなたたちも夢を諦めないでほしい。夢を諦める必要なんてない。そう伝えることが、私の直近の目標です」

 

 夢を見た転生悪魔や下級悪魔が昇進やらなにやらの夢を抱き努力を重ねれば国の発展の礎となることだろう。昇進を夢見る子供が、学者を目指す子供が、あるいは医師に憧れる子供が、それぞれの夢や希望に向かって邁進し実現する―――――そんな冥界の未来があり得るのであれば、その未来は確かに明るいのだろう。

 国力の増強だとか国の発展だとか、そういう小難しいことはレイナーレには形だけの表面的な部分しか分からない。子供が夢を諦めることなく、努力出来る環境が用意され、そして実現されるのなら、それはきっと素晴らしいことなのだと思う。

 

 しかし、それで実際に上級悪魔に昇進する者や活躍する者が何人も出れば、貴族主義の根底にある血統の優秀さの否定にも繋がりかねない。貴族の見栄を守るためなら下らないと一言で切り捨てることも出来るが、事態はそう単純なものではない。

 十分な準備が無いままに非難することとなれば、政治的に不安定となってしまう可能性を否定しきれないのだ。その可能性がどれだけのものかは知らないが、支配者ならば決して無視することは出来ないだろう。仮に万が一だとしてもそれが実際に起きてしまえば、ただでさえ大戦と内戦により弱体化している悪魔にとっては致命的だ。

 

 上役の悪魔たちも賛否両論と言った風に小声でソーナの目標について議論している。中には、自分の貴族としての既得権益を守ることだけを考えている者もいるのだろうが、その手の者だけが全てではないと信じたい。

 

 時間にして凡そ数分。上役たちの議論が一先ずの着地点を何とか見つけ出し不時着する。

 元の流れに従い、ソーナの次に夢を語る者へとこの場の面々の視線が集まる。ソーナは六番目、その次の者は当然七番目となり大トリだ。最後を飾るということもあり、これまで以上の思念が場を満たす。

 

 それを一身に受けるのは、レイナーレの主、グラナ・レヴィアタンである。

 位置関係上、レイナーレからはグラナの顔を見ることは出来ないが、その背中から微塵の緊張もしていないことくらいは察せられる。

 魔王や上役、更には同世代の貴族やその眷属たちから、これほどに注目されても尚緊張することのない胆力は流石と言うべきなのだろう。けれど、レイナーレの心中には何故か言い様の無い嫌な予感が溢れ、物の見事にグラナはそれに答えてくれやがった。

 

 

「俺の直近の夢や目標? そんなものがあるとでも? あるわけねーだろ」

 

 魔王の微笑が凍り付き、上役の悪魔たちは口を大きく開いて呆然とする。真面目な表情を張り付けている同僚たちからも笑いの気配が流れてくる。

 

「魔王になる? あー、はいはい。凄い夢ですねー。俺は微塵もなりたいと思わんけどな。配下の貴族には背中を狙われ、三食毒入りの生活を楽しめってか? あっはっはっは、無理無理。俺はそんなん楽しめませんよ」

 

 魔境に引き籠もり、政治的に距離を取っている現状でさえ頻繁に暗殺者を送り込まれているのだ。魔王なぞになろうものなら、心休まる日々からは更に遠ざかることは彼の現状を知っていれば誰にでも想像できる。

 

「レーティング・ゲームの各タイトルを勝ち取る? で? 取って意味あるもんなのか、それ?」

 

 悪魔社会は実力主義を標榜しているが、その実態は実力主義には程遠い。グラナこそがその象徴と言って良いだろう。

 グラナの実力は飛び抜けているが、今現在も恵まれた環境にあるとは言い難く、多くの貴族達からは敵意と悪意を向けられるばかりだ。地位や名誉と縁遠いのは認められていないことの現れである。

 

「嫌われ者が活躍したところで更にヘイトが集まるだけでしょーが。必死こいて試合に勝って上った表彰台で吊り上げられるだけなんて馬鹿みてえな話だ。

 努力すれば報われる? 勝ち取れば称賛される? あー、はいはい少年漫画の話だな。俺も好きだぜ、週刊少年ジャンプとか。現実にはない、あの清々しさには憧れすら覚えるよ」

 

 悪魔社会とは、一部の貴族が、権力者が優遇されるばかりのものだ。

 主に反逆した眷属は、はぐれの烙印を押されて討伐されるのみ。そこに如何なる事情があるのか調査することもない。

 転生悪魔や下級悪魔を見下す貴族は相当数いる。そういった連中を見返すために上級にまで昇進したとして、本当に認められるのかと言えば、否だろう。少し考えれば分かることだが、つい昨日まで見下していた者と見下されていた者が同じ階級になったとしても、対等に触れ合えるはずがない。生まれながらの上級悪魔からすればなぜ下級や転生悪魔が同じくらいに立つのかと苛立ちを覚えるし、昇進した元下級悪魔などからすれば、それまでさんざん見下してきた傲慢な者たちとの遺恨をきれいさっぱり水に流せるはずもないのだ。

 

 出自や才能に関係なく、努力を積み重ねて実績を打ち立てれば誰でも認められる。そんなものは現在の悪魔社会ではただの幻想である。

 

「ガキ共に夢を与える? で、夢を持ったガキがそれを叶えるために実績を求めて、俺の首を取りに来る、と。なぁんでわざわざ、自分を殺しに来る小僧どもを育ててやらにゃあならん。意味が分からん」

 

 グラナは滅茶苦茶強い。五年前に冥界に居を構えて以来、幾度となく暗殺者に命を狙われても、その悉くを撃滅し生き永らえて来た事実が彼の実力の高さの証明だ。

 しかし、貴族主義、純血主義に真っ向から唾を吐くような男を大半の上級悪魔が好ましく思うはずもなく、今も虎視眈々とグラナを殺そうと考えている。終末の怪物、嫉妬の蛇、魔王の系譜、そうそうたる肩書を持つグラナを殺すのは容易ではなく、だからこそ彼を殺した者には莫大な褒賞が約束されることだろう。

 

「あと、耳触りが良さそうなのは家の再興や一族の復興ってところか………どちらも興味ねーわ。クソガキが一人で脱走するほどの扱いを家で受けたってのに、わざわざその家を復活させようなんて思うはずねーだろ。一族の復興もなぁ、自分以外の一族で知っている相手がクソとカスだけだし、手間と時間と金をかけてまで復興させるだけの価値があるとも思えん。

 つーか、仮に俺がそれを目指したとして、誰か手伝う気のあるやついんのか? 俺がお袋と親父やその他諸々をぶっ殺し、つい先日もカテレアをぶっ殺したわけだが、その結果持ち主の消えた旧レヴィアタンの本家が所有していた資産のほとんどを皆様方が掻っ攫っていったでしょう? 今更返せなんて言うつもりはねーし、そもそも本家の資産になんぞ興味ねえが、しかし俺が家を再興させるなんて言って困るのが誰なのか、それが分からんあなた方ではないでしょう?」

 

 グラナならば兎も角、レイナーレでは旧レヴィアタン本家が所有していた総資産がどれほどのものなのか想像もつかない。漠然と「スゴイお金持ちなんだろうなー」というイメージを持つ程度だ。

 グラナは家から追放された身であっても、旧レヴィアタンの直系であり、本来ならばその遺産を相続する者だ。しかし現実にはグラナが相続することはなく、一部の権力者があーだこーだと理屈をつけて横から掠め取った。その辺りの詳しい事情についてはレイナーレも知らないが、そこまでして莫大な資産をくすねた(・・・・)盗人もどきの思考位は予想できる。

 

 ―――返還を求められても絶対に返さないわね。

 

 何なら、グラナを暗殺して事を有耶無耶にしようと画策するまである。

 暗殺者を今更は百人や二百人送り込まれてもグラナとその配下ならば蟻を潰すかのように蹂躙できるだろう。しかし、本人の言葉を借りるのなら、価値と意味のない家の再興を推し進めるためにその程度の手間をかけることさえも厭わしい。

 

 ―――ならばいっそのこと、資産()はくれてやるから黙ってろ。

 

 つまりはそういうこと。

 引き攣ったままの表情で固まり冷や汗を流す者が少々居る中、グラナはこれでもかとばかりに慇懃無礼なお辞儀を以って締め括る。

 

「夢、目標、理想………あぁ、成程成程、実にいい響きだ。輝いている、美しい、煌びやかだ。宝石のようなそれを聞きたい、見たいという気持ちはよく理解できる。

 しかし、なぁ? 実現できないのでは理想は幻想に、夢は戯言、目標は泡沫となってしまう。若手のそれを聞くよりも、まずは実現できる環境を作られては如何か?

 あぁ、俺も背中を狙うカス共が消えてくれれば、上級悪魔としての夢や理想を持つ程度の余裕が出来るかもしれませんな。砂粒ほどの期待をしておくとしましょうか、お互いに(・・・・)

 

 静寂。僅か数瞬の間、痛いほどの無音の時間が過ぎ、そして怒号が溢れかえる。

 

「旧魔王の血族だからと調子に乗ったことを言いおって!」

 

「まるで我らが盗人かの如き言い分、許せるものではない!! 我らのように地位を獲得したものが資金を得てこそ冥界の未来に貢献できるということさえ分からぬか!?」

 

「没落した家と今なお栄華の真っ只中の家との力の差を教えてやろうか!?」

 

 上役たちは髪を振り乱し、唾を飛ばしながら激昂する。膨れ上がった殺意と敵意が場を満たし、あわやこの場で殺し合いが始まるかと思われたその刹那―――。

 

「この場は若手を見定めるためのもの。それは我々が定めたもののはずだ。それ以上をしては自身の言葉を反故にしてしまう」

 

 決して大きいとは言えない、されど清涼なる声が場を鎮静化させた。小火に水をかけたかのように、一瞬で場を治めてみせた魔王サーゼクスは、一度ぐるりと視線を巡らせて確認を取るようにしてから改めて声を出す。

 

「彼の言葉が正しいか否か、賛成するか批判するかは個人の考えに任せることとしよう。しかし、何もしないのでは胸の内に蟠りを抱える者も出てしまう。

 そこで、どうかな? 若手同士でレーティング・ゲームの試合を行い、夢を競い合うというのは。どだい我ら悪魔は実力主義。勝利して初めて語れるものもあるだろう」

 

 戦意を滾らせ高揚する者も多い中、グラナはしかし真っ向から否を突き付ける。

 

「お断りします。メリットがない」

 

「ふむ……、どういうことか問わせてもらっても?」

 

 問うた者はサーゼクスだが、この場に集った悪魔の大半が彼と同じ疑問を持つ。若手も古参も、上級悪魔も眷属悪魔も関係ない。

 地位や名声、金銭に発言力。勝利することで得られるものは多いはずだ。

 そんなことは子供でも分かる。しかしグラナは、そこにメリットなど存在しないと言う。疑問を持つなというのが無理な話だ。

 

「そのままですよ、比喩でも何でもなくメリットなど欠片も存在しない。競い合うことで実力を高められる、勝利の先に栄光を獲得する………その考えには賛同するが、しかし実力に差がありすぎる。蟻を踏み潰しても称賛は得られない。蟻を潰す経験が今後何の役に立つ」

 

「舐めんじゃねえええええええええええ!! 負け犬の末裔風情がよォオオオオオオッ!!」

 

 グラナの言葉に最も早く反応したのは、グラシャラボラスの狂児ことゼファードルだ。自分が最強だと信じて疑わない程度には傲慢な彼は、それ以外とまとめて同じ風に見られることを嫌う。しかも、今回グラナが彼を入れた枠は『蟻』。持ち前の短気を発揮して、その精神を憤怒一色に染め上げることに時間なぞ碌に必要としなかった。

 

 叫ぶと同時に跳躍、悪魔の翼を展開して制空権を先んじて奪ったゼファードル。戦いにおいて上方を取ることは非常に有利となる。何の妨害もなく、制空権を取れたのは己の実力の高さゆえだと信じていた。

 

 ―――その化けの皮を剥いでやる!

 

 元々、ゼファードルはグラナが気に食わなかった。魔王のお抱えだとか、若手悪魔最強だとか、その名を冥界に轟かす男は自分一人で充分だというのに、それを邪魔するかのような存在を好ましく思えるわけもない。機会があれば命を奪ってやろうとさえ考えていた。

 そして今、その機会を偶然とはいえ掴んだのだ。ゼファードルが躊躇う理由などない。

 

「吹き飛べやぁぁああああああああああああ!」

 

 巨大な魔力塊を作り出し、憤怒だけでなく嗜虐的な笑みまで浮かべるゼファードル。速度で自身が上回っているから何の妨害もなく制空権を奪い取れたのだ。やはり噂など当てにならないではないか。これなら例の『不死身』の防御力とやらも大したことがないに違いない。

 

「なあ、おい」

 

 ゼファードルの表情から心の奥底まで見通したグラナは溜息を溢す。今まさに殺意と凶器(魔力)向けられている真っ最中であるにも関わらず、焦燥は微塵もない。

 内心を満たすのは呆れだけだった。

 

「お前ら雑魚はどうしてわざわざそうして死にたがるんだ? 視界に入らなければ、腐臭を垂れ流さなければ、耳障りでなければ、道に出てこなければ、俺だって踏み潰したりしねえのに……。

 奪いに行くほど意味や価値のある命じゃねえが、それを自分から捨てる意味だってないだろう?」

 

 そして、目の前にいる(・・・・・・)ゼファードルの顔面を殴り抜く。

 

 何も不思議なことをしたわけではない。魔術も魔力も、仙術も妖術も、伝説の武器だとかそういったものも何一つとして使っていない。

 跳躍して、距離を詰めて、拳で殴りつけた。ただそれだけのことである。

 しかし、それも超高速で行えば回避を許さぬ『必中』の攻撃となるし、馬鹿力と武術を高次元で融合させた一撃ならば『必殺』の威力を持つ。

 

 猛烈な勢いで床に叩き付けられ、それでも止まることなく何度もバウンドするゼファードル。止まったときにようやく露となった顔は、鼻骨と前歯がへし折れ、中央付近は拳大に陥没までしている。顔の至る部分から液体を垂れ流す哀れなものだった。彼が気絶していることは一目で判断できる。

 

 醜態をさらすゼファードルとは対照的に、グラナは音もなく静かに床に降りた。汗の一つも流しておらず疲労の色はまるで見えない。

 グラシャラボラスの狂児を容易く陥落させた一撃。凄まじい威力を秘めた拳を凄まじい速度で放っておきながらまだまだ余裕を残している。グラナの実力はこの程度のものではないと、会場内の悪魔が判断するにはそれだけで十分だった。

 

「と、まあこのように彼らのうちの一人が雑魚であることが証明されたわけだ。………さっきは蟻と表現し、勘違いした者もいるかもしれないが、俺は決して彼らを侮辱しているわけじゃあない。ただ、それだけ大きな実力差があると先に忠告しておきたかっただけだ」

 

「忠告とは、どういった意味で?」

 

 紅髪の魔王に、褐色の悪魔は肩を竦めて答える。

 

「でかすぎる壁を前に、将来有望な若手とやらが潰れてしまうかもしれないでしょう? それは悪魔っつう種族に取って大きな損失となるだろうし、俺だって若芽を摘んだからと後で責められても困る。

 そういった揉め事を避けるために、穏便に済ませようってことで俺は若手同士の交流試合は辞退させてほしいんです」

 

 

 

 

 

 

 




なーんか、また随分と長い話だなぁ。詰め込みまくった感はある………。


今回は主にレイナーレ視点からですかね。一般人(レイナーレ)から見た、グラナとそれ以外の若手って感じです。

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