ハイスクールD×D 嫉妬の蛇   作:雑魚王

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今回のサブタイトルは……伏線みたいなものですね。回収するとすれば、物語のかなり後半になってしまうと思いますが、回収できるように頑張りたいです


4話 虚構に塗れたハリボテの魔王と、箱庭を統べ草の冠を戴く覇王

 ヴォン

 

 この部屋の主、紅髪の悪魔は机の上に手をかざして魔方陣を作り上げ、鈍い駆動音を立てて魔方陣からモニターが展開される。数秒後、通信先の状況も整い、画面に映ったのは金色の髪と褐色の肌が特徴的な青年である。

 

「やあ、グラナ君。仕事を一つ依頼したいんだけど構わないかな?」

 

『内容を聞かせてもらってからじゃないと判断のしようがないでしょう、サーゼクス様』

 

 ここまで敬意を感じさせない敬語があるのだろうかと思わせる、形だけの敬語で褐色の青年———グラナは最強の悪魔とまで称されるサーゼクス・ルシファーに気取った風もなく返す。

 グラナの声をモニター越しに聞き、顔を見た、サーゼクスの女王たるグレイフィアは少なからぬ魔力を立ち昇らせる。右後方から感じられる魔力の波動に苦笑いしつつ、冷や汗を流すサーゼクス。位置関係上、グラナの側から見てもモニターの中に今のグレイフィアの姿が移り込んでいるはずだが、彼の表情にはまるで変化が見られない。

 いつものことと言えど、もう少しどちらかが折れることはできないのだろうか。グラナとグレイフィアが会うたびに同じことが繰り返され、そのたびにサーゼクスの胃にダメージが入っているのだ。グレイフィアの気持ちも、グラナの気持ちも、どちらにも相応の理解と納得は、サーゼクスとてしている。しかし、それとこれとは別の話だ。最強の悪魔と言われても、世界全体で見てもトップクラスの実力を保有していたとしても、ストレスを覚えるし、胃に痛みも感じるのだ。もう少し、自身の精神と胃に配慮してほしいとサーゼクスは切実に願う。

 せめて表面上だけでも。そう妥協したのは何年前のことだっただろうか。まあ、こうして過去に思いを馳せて軽く現実逃避をしなければならなくなっていることこそが、サーゼクスが内心諦めていることの証明なのだが。

 

「私の妹、リアス・グレモリーが新たな眷属を二人手に入れたんだ。一人は僧侶(ビショップ)アーシア・アルジェント、元教会のシスターにして神器『聖母の微笑み』の所持者だ。二人目が兵藤一誠。彼は取り立てて特別な生まれでも育ちでもないが、その身に宿した神器は別格のものだった。――これが今回の依頼をする理由の根本だよ」

 

『ふぅん。で、その兵藤一誠とやらの持っている神器は何なんですかね?』

 

「それを私が言う必要があるのかい?」

 

『――――』

 

 僅かに滞る返事。それは動揺によるものか、あるいは演技なのか、それさえ魔王であるサーゼクスをして見抜けない。こうした一つ一つのやり取りからも、グラナの大器を窺わせる。

 いずれは冥界を引っ張る大悪魔へとなる。その確信を持てるだけに、グレイフィアとの関係を改善してもらいたいのだが、サーゼクスの思いは二人にはどうにも届かない。

 

 話を戻そう。兵藤一誠とアーシア・アルジェント。そもそも、この両名がグレモリー眷属に加わることとなったのは、とある堕天使がリアスの治める駒王町にて事件を起こしたからだ。

 その事件を切っ掛けに兵藤一誠は『裏』の世界へと入ることとなり、教会から追放されていたアーシア・アルジェントはリアスの元で保護されることとなった。

 その事件を起こした下手人というのが、中級堕天使レイナーレである。サーゼクスでも覚えていない名前ということからもわかる通り、レイナーレは所謂下っ端である。昇進するために力を求めたレイナーレは、アーシア・アルジェントの持つ神器に目を付け、それを奪おうとした。これが事件の大筋であり、そしてレイナーレは今現在グラナの『騎士』として彼に保護されている。

 兵藤一誠が『赤龍帝』として覚醒したのは、レイナーレが起こした事件の最中だ。つまり、レイナーレは兵藤一誠が赤龍帝ということも、リアスの配下に加わったことも知っているのである。

 レイナーレがその情報をグラナに伝えていない? そんなはずあるまい。それを隠す理由はなく、グラナに伝えれば心象も良くなること間違いないのだから。

 グラナが、レイナーレからそのことを聞き出していない? そんなはずあるまい。サーゼクスの目から見ても、厄介な配下を纏め上げるだけの王の器を持つグラナが、たかだか中級堕天使一人から有益な情報を引き出せないとは思えない。

 それに、リアスの報告によれば、グラナはリアスがレイナーレを滅ぼす直前に乱入してきたのだと言う。その時には兵藤一誠は『赤龍帝の籠手』を装着しており、グラナもそれを目撃している。グラナほどの場数を踏んだ戦士が、天龍の強大な気配を見逃すこともあり得ない。

 

 では、グラナの沈黙は演技なのか。その可能性は高いと思う反面、そこから生まれる利点がわからない。あるいは、こうしてサーゼクスを混乱させることが目的か。

 

 ――まあ、いいか。

 

 グラナにどんな目的があったとしても、サーゼクスの方針は変わらないし、変えるつもりもない。グラナが目的を果たすというのなら、サーゼクスも己の目的を果たすだけである。

 

「私の依頼は『リアス・グレモリーとその眷属のサポート』だ。件の兵藤一誠の持つ神器の特性が厄介だというのもあるが……。何分、リアスがまだ実力不足という面も大きい。彼女の『僧侶』が封印指定されていることも君ならば知っているだろう?」

 

 ふむ、とわざとらしく考える姿勢を取ったグラナは痛烈に言う。

 

『つまり、なんですか。あなたは自身の妹がした身に余る行為の尻拭いをしろと言ってるんですか?』

 

「それは些か表現が過激だろう。次世代の教育の一環だと言ってほしいな」

 

『教育ならば親兄弟か教師がするべきだと思いませんか?』

 

「グレイフィア、いいんだ」

 

 鉄面皮を保っていたメイドを押しとどめる。グラナの言葉は暗喩、正しく翻訳すれば『お前の仕事を俺に押し付けるな』である。リアス・グレモリー、そしてグレモリー卿と魔王サーゼクス・ルシファーの尻拭いなど御免。グラナはそう言っているのだ。

 あまりに不躾。あまりに無礼。魔王に対して、こんな物言いをする悪魔など冥界全土を見渡してもそうは居まい。

 サーゼクスの顔面に貼り付けた笑みはすでに剥がれる寸前となっているが、同時に楽しさも感じていた。なにせ『最強の悪魔』やら『超越者』やら『紅髪の魔王』といった数多の二つ名を与えられた男と対等に接する者など限られている。両親と同じ魔王の職に就く者、そして愛する妻。誰もがサーゼクスにとって大切な者だが、数えられる程度しかいないのも事実だ。ましてや、昨今の若者はサーゼクスに対して距離を取る傾向にある。それが畏敬や立場の違いからくるものだとわかっていても、『ルシファー』ではなく『サーゼクス』個人としては寂しいのだ。

 その点、グラナとの掛け合いはひどく楽しい。敬語を使いながらもまるで敬意を抱いていないことを隠さない姿勢には新鮮味があり、彼の才覚には冥界の希望を見る。敬意と信用を得られていないことは悲しいが、個人として、大人として、王として、グラナ・レヴィアタンという一悪魔の存在は興味が尽きないのである。

 

「君の言いたいことは尤もだ。成程、私を始め、リアスの周りの者が負う責を君に押し付けているようにも思えるだろう。だが、君はそんなことを気にする男じゃないだろう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

『まあ、それはそうですね』

 

「なら依頼を引き受けてくれてもいいんじゃないかい?」

 

『これとは別に断る理由がありますので』

 

「それは?」

 

『面倒なんです』

 

 緊張感はなかった。それを告げることに忌避も遠慮もせず、さながらそれが当然のことだとでも言うかのように、端的にグラナは告げる。

 

『そう不思議に思うことでもないでしょう? 明かしますが、俺はあなたの考えたとおり、すでに兵藤一誠が何の神器を持っているかについて知っています。ドラゴンの面倒事を引き寄せる特性は厄介極まりなく、しかも天龍のそれは他のドラゴンとは別格だ』

 

 過去の資料を紐解けば、二天龍の衝突によっていくつもの街や山、島までもが吹き飛ばされたことが記されている。その尋常ではない被害もまた氷山の一角に過ぎず、天龍同士の衝突とは別のトラブルを引き起こして招かれた被害もあるのだ。

 実力、経験、知識、様々な方面において未熟な部分を残すリアスでは赤龍帝をコントロールすることは不可能と見るのが妥当だ。赤龍帝が引き寄せたトラブルをリアスとその眷属が解決できないのならば、周囲の者が解決することとなる。グラナが依頼を承諾すれば、その役目を負うのはグラナとなる。控え目に言っても、全く嬉しくないポジションだろう。

 

『付け加えて言うなら、今代の赤龍帝のその特性がどれほどのものなのかまだわからない。脅威度が未知数の危険地帯に飛び込むのは……勇敢ではなく、ただの蛮勇ですよ』

 

 人によっては臆病と罵るほどの慎重さだが、これもまたグラナの長所の一つだとサーゼクスは思っている。グラナは己の過去について自分から話そうとはしないため、サーゼクスも詳しく知るわけではないが、多くの戦場を乗り越えてきたということくらいは知っている。グラナの慎重さはその経験に裏打ちされたものなのだ。『生き残る』ための知恵であり、手段。それを愚弄することは三大勢力の大戦と内戦を経験したサーゼクスにはとてもではないが出来ない。

 

「じゃあ、つまり……君が依頼を拒む理由は『リスクの高さ』だと考えていいのかな?」

 

『……そうですが』

 

 訝しげなグラナとは対照的に、サーゼクスは剥がれかかっていた笑みを深める。

 

「なら話は簡単だ。君と君の眷属の安全を保証しよう。君たちに対処しきれない問題が起こった場合は私のところに連絡すれば、すぐに魔王直轄の部隊を派遣する。それでどうだい?」

 

『へえ? 魔王陛下が一悪魔をそんなに贔屓していいんですかね?』

 

「君自身が言ったことだろう? 赤龍帝のドラゴンとしての特性が厄介だと。山や島が吹き飛ぶほどの事態が起きるのなら、魔王が部隊を派遣しても何ら不思議はないじゃないか」

 

 そしてサーゼクスはグラナを信頼している。グラナほどの実力者が対処困難と判断する事態は早々起こりうるとは思えず、もし発生したのならば、それは魔王が干渉しなければならない事態なのだと断言しよう。

 

「まあ、これでも完全に安全を保証できたわけではないが……」

 

 グラナがサーゼクスに連絡を寄越す間もなく、あるいは連絡があったとしても部隊を派遣する前に被害が出るなどと言ったパターンは考えられる。しかし、そんなことを言っていたらキリがない。

 

「はぐれ悪魔の討伐が最たるものだが、悪魔の仕事は大なり小なり危険を含む。私の出した条件はそれを限りなく小さくするものだ。リスク理由に断る君からすれば、願ってもない好条件じゃないかな?」

 

『……そうですね。俺でよければ引き受けましょう』

 

 話に一段落ついたことで、サーゼクスは安堵のため息を漏らす。なにせ、話の最中、グレイフィアのプレッシャーを常に感じていたので、精神と胃に大きな負荷がかかっていたのだ。胃壁はジュウジュウ、SAN値はガリガリと削られたが、結果が出た喜びを切実に味わいたい。

 

『――となれば、報酬の交渉ですね』

 

 ここまで依頼を受けることを渋っていたくせに、この応対である。休む間もなく、平然と新たな話題(課題)を提供してくれるグラナには慈悲の欠片もない。

 

「そうだな。では一月に―――」

 

 サーゼクスが提示した代金は、およそ冥界の悪魔の平均年収を二倍したものだ。しかし、グラナはそれを躊躇なく切って捨てる。

 

『ダメです。この仕事を受ければ、俺の時間の多くが拘束され、魔法道具の開発を始めとする他の仕事に遅れが出るんですよ。その報酬じゃあ、それらの仕事で得られる利益に満たない』

 

「ではいくらなら引き受けてくれる?」

 

『一月ごとの報酬は提示された額の三倍。さらに面倒ごとを解決するたびに、その事件の大きさに応じて追加報酬を要求ってところですかね』

 

 ふむ、と顎に手を当てたサーゼクスは少し考え込む。

 グラナの実力は上級悪魔の中でも抜きん出ており、その配下も精鋭揃いだ。そんな彼らを起用するための費用として考えれば、提示された基本料金は許容範囲内に入る。

 

(懸念すべきは追加報酬か)

 

 今、この場では追加報酬としか言っておらず、もしサーゼクスが無条件で了承すれば、後々何を要求されるかわかったものではない。

 

「前者は構わないが、後者の追加報酬についてはいくらか制限をつけさせてもらう。仕事の大きさに見合わない過剰な要求を防ぐための措置だ。こればかりは譲れないよ」

 

『そんな念押しされなくても受け入れますよ。ていうか、そういった措置を取ってないと他の上級悪魔とかに知られたときに面倒ごとが起きるのは確実ですし……、サーゼクス様が言わないようなら、俺のほうから提案してましたよ』

 

 ――いや、それは怪しいだろう……

 

 つい反射的に漏れそうになった声を抑え込む。気に入らなければ、上級悪魔相手にも躊躇なくワインを顔面に浴びせかけるグラナならば、今更面倒ごとの一つや二つは気にしないはずである。先日の駒王町の一件ではリアスとの衝突を恐れることなく、堕天使レイナーレを己の配下として保護しているのがその証拠だ。

 

 とはいえ、ここでいらないことを口走って、グラナの機嫌を損ねるのもまた愚かな話だ。折角、悪名高いこの男が提案に好意的な姿勢を見せているのだ。それに乗らない手はない。

 

「ああ、それならよかった。詳しいことは後程書面で送ろう」

 

『はい。それと、グレモリー眷属に関する情報も送ってもらえますか? 依頼の内容上、そういうことも知っておいて損はないでしょうから』

 

「わかった。では依頼に関する書類と共に送ることにしよう」

 

 リアス・グレモリーの眷属には厄介な事情や過去を持つ者が多い。『女王』は堕天使幹部と人間の間に生まれたハーフで、『騎士』は教会の最大級の闇に囚われていた不遇な少年、『戦車』は姉がはぐれ悪魔と化したことで周囲から責め立てられた過去を持ち、『僧侶』の吸血鬼は故郷で酷く冷遇されていたという。

 表面的には、過去の傷が癒えたように見える。しかし、『僧侶』の吸血鬼の少年が良い例だが、彼はその過去がトラウマとなり、今でも対人恐怖症となっている上に引き籠もって他者との関りを持つことを極力避けている。これでは、問題が解決したとは言えない。

 本人の承諾も無しに、その過去を他者へと明かすことはマナー違反も甚だしいが、それを割り切るのも魔王としての務めである。マナー云々を気にして情報を開示しなかったことで、悪影響が出るようでは依頼も本末転倒だ。

 

 ブツッ、と通信の途絶えたモニターを消したサーゼクスは、グレイフィアに淹れさせた紅茶で喉を潤す。

 

「グレイフィア。君はやはり、グラナ君のことが嫌いなのかな?」

 

「はい」

 

 即答。通信中も紅茶を淹れる際も、常に不機嫌なオーラを漂わせていたのだ。この答えは分かりきっていたものである。

 

「仕えるべき魔王に敬意を一切持つことなく、更には多くの上級悪魔と揉め事を起こして社会に混乱を招きかねない人物をどうして好きになれるでしょうか」

 

 ルシファーの側近の役を担うルキフグス家に生まれた彼女は幼少期から主に仕えることの何たるかを教え込まれて育った。故にこそ、はっちゃけるサーゼクスを叩いて黙らせることもあるグレイフィアだが、その忠誠心は一級品だ。しかも、彼女は男女の想いもサーゼクスへと向けているため、殊更魔王に対して従順ではないグラナのことが疎ましく思えるのだろう。

 

「だけど、君も彼の才能は認めているだろう?」

 

 そう、誰が何と言おうとグラナ・レヴィアタンは才気に溢れている。巷では誰にも制御のできない『狂人』、眷属はもちろん使用人にまで手を出す『色情狂』などと散々な呼ばれ方をしているが、それはほとんどがやっかみによるものだ。莫大な魔力、類稀な武芸、豊富な魔術の知識、優れた経営手腕、他を魅了するカリスマなど、グラナの長所は数多く、それ故嫉妬を買い易いのである。その嫉妬こそが、彼我の実力の差を明瞭にしているということは皮肉以外の何物でもない。

 

 そして、苦々し気な顔で頷くグレイフィアは嫉妬するわけでもなく、グラナの実力と才能は認めている。しかし、それを差し引いても、グラナの態度は目に余る。そのため、グレイフィアを始め、魔王眷属の中にはグラナのことを良く思わない者がいるのだ。

 

「彼はこれから先の冥界に必要な存在だ。……けれど、酷く歪な一面もある」

 

 グラナは己の過去を語りたがらない。己の過去は己の物で、それを背負う責任があるとでも言うかのように、サーゼクスにさえ話したことは無い。

 けれど、ある程度推測することならばできる。

 グラナが今、冥界で住むこととなった始まりは、人間界で活動していたサーゼクスの眷属が瀕死の重傷を負うグラナを保護してきたところから始まる。全身の傷、十代半ばというまだまだ子供とも言える年齢にそぐわないほどに鍛えられた肉体と豊富な魔力と無数の傷跡。それらが、グラナの歩んできた半生を楽なものではないと容易に気付かせた。

 

「私は彼には幸せになってほしい……いや、そういうと少し語弊があるか」

 

 魔王たるサーゼクスは冥界に住む悪魔全員の幸福を願っている。そこには、当然、グラナも含まれるが、今言いたいのはそういうことではない。

 

「彼は歪んでいて、深い闇を抱えている。それこそ、私にも見抜けないほどのね。私にはそれをどうすることもできなかった」

 

 現魔王政府に保護された当初、グラナはサーゼクスの元で生活していたが、サーゼクスに対して心を開くことは決してなかった。辛い半生を歩んできたがために他者を信用できなくなったわけではないことは、グラナの身内に向ける笑顔と深い愛情から理解できる。

 『愛』や『信用』の念を失ったわけではない。むしろ、グラナの持つ愛情は『情愛』を司るとされるグレモリー家に生まれたサーゼクスから見ても、非常に深く温かなものだ。つまり、あの時のグラナはサーゼクス個人を信用するに値しないと判断した、そういうことになる。今でこそ、サーゼクスや他の魔王に対しても笑顔を見せるようになったグラナだが、あの慇懃無礼な態度から魔王たちを尊敬も信頼もしていないことがよくわかる。

 

「だから、依頼にかこつけてリアスと近づくように取り計らった」

 

 自身では難しくとも、彼と同じ若い世代ならばあるいは。そのような思いがサ-ゼクスの胸中にはある。彼ら彼女らと触れ合ううちに、グラナの闇が解消されることを願ったのだ。

 

「しかし、それならば人選が間違っているのでは? リアスお嬢様のことを彼は毛嫌いしております。冷えた心を溶かすのならば、好感を抱く相手――バアル家次期当主やシトリー家次期当主のほうが適任ではないかと」

 

「ああ、そうだね。そのとおりだ。だが、リアスもいずれは冥界の将来を担う存在となるんだ。並び立つ者同士がいつまでもいがみ合っていても仕方ないだろう? この依頼は二人の仲を改善するためのものでもあるんだよ」

 

 時代を牽引する二人の悪魔が、手を取り合う姿をサーゼクスは幻視する。現四大魔王の政策によって悪魔社会には新たな風が吹き込まれ、冥界は変わりつつある。しかし、こうして次の世代が育っていることを見れば、サーゼクスたちも古い世代と呼ばれる日が近いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、はは、はははははは!!」

 

 グラナは、酒に満たされたグラスを手に取ることもなく哄笑する。魔力を滾らせたわけでも、仙術を用いて気を纏ったわけでもない。その全身からは覇気とも呼べるオーラが立ち昇り、対面に座るエレインの心を躍らせた。

 

(これだ、これこそがグラナだ)

 

 普段の好青年とした姿もエレインは好きだ。そして、それと同じ程に、この覇王として姿のグラナのことも愛していた。

 

 冥府の最下層に投獄されれば、囚人と魔獣を率いて反乱を起こして脱獄する。

 

 神々に仲間を攫われた時には、仲間一人を助けるためだけに神に挑んで、武神二柱を相手に大立ち回りを演じる。

 

 この世の全てに対しての怨恨と憤怒から生まれた呪いは、悪魔、天使、堕天使、果ては神さえも犯し尽くして殺すだろう。

 

 強さを得るために理性を失った獣に堕ち、しかし、再び理性を取り戻して新たな力を振るう。

 

 まさに理不尽に対する理不尽。己の前に立ち塞がるあらゆる敵を蹂躙し、苦難を踏み潰して歩いていく。

 誰よりも深い闇にその身を浸しながら、誰よりも高く飛翔する姿に夢を見た。グラナが輝く姿に、あるいは自身も、そう思わされる者はこの城には多い。エレインもまたその一人だ。

 

「このタイミングで、俺に城を空けるだけの依頼を持ってきてくれるか! 都合が良すぎて笑いが止まらねえな!!」

 

 グラナの立てた計画の全貌はエレインも知っている。そのため、グラナのこの喜びようも理解できるが、慢心や油断に繋がっては元も子もない。エレインは己の内にも沸き上がる歓喜の念を抑え込み、グラナに釘を刺す。

 

「君の気持も理解できるが、依頼に手を付けるまでには気持ちに整理をつけておくべきだ。君の有能さは良く知っているが、万に一つということもある。足元を掬われないようにしなければなるまい?」

 

「ふ、ふふ……ああ、そうだな」

 

 口元に手を当てても尚、グラナの笑いは収まることがない。彼も油断と慢心の危険性を知るがゆえに、深呼吸を何度か繰り返して平静へと戻る。その変化は表面上だけのもので、心中は未だに喜びに満ち溢れているだろうが、この場で即座に表面だけでも取り繕えたのだ。依頼の出立までには心の中でも整理をつけるだろう。

 

「あぁ、けど、本当に俺に都合のいいことをしてくれたぜ、あの魔王サマは。三大勢力の和平が近いという噂が流れ、その情報を掴んだあの負け犬どもも血気盛んになりだした」

 

「そして、連中と敵対状態にある君と、主戦力と目される眷属たちが城を留守にすれば探りを入れてくる可能性は非常に高くなる」

 

 引き継いだエレインの言葉に、グラナは相槌を打った。

 

「そうだな。ここであいつらが動くのならそれでいい。動かないのならこちらから動かせばいい。後者を選んだところで、俺の意図によるものだと連中に気付かれることはない」

 

「だろうな。あの者たちは酷く傲慢で自分たちが賢いと考えている。多少、不自然な情報だったとしても、それが有益な物ならば疑うことは無く、それを入手した自分たちの有能(無能)具合を喜ぶはずさ」

 

「ましてや、『グラナ・レヴィアタンと眷属は不在』なんだからな。まさか俺の張った罠だとは思わねえだろ」

 

 酒を一口飲んだグラナは、その冷たさが喉から頭にまで伝わったのか、グラスの中で波打つ酒を眺める視線は非常に澄んでいる。冷静でありながらも、その身から放たれる覇気は一層衰えることはなく、むしろ他を退かせるだけの圧力を持つオーラは波のように静かだ。凪の海面のように、濡れた黒曜石のように、美しい刀の刃のように、静かに、澄み、研ぎ澄まされた覇気。全体ではなく、ただ一点に向けられた覇気の対象となった者には、もはやどうする術もないだろう。エレインは、これから死ぬことになるだろう者たちへ同情するべきかと思ったが、別に好ましく思っているわけでもないので、そうそうに地平の彼方まで下らない考えを押しやる。

 

「三大勢力の和平がなれば、その後の展開は早い。この和平は三つの勢力が弱体化したことが根本的な要因だ。手を取り合ったからと言って、ここでわざわざ他の神話相手に喧嘩を吹っ掛けるわけがねえ。融和・和平の交渉を行っていくんだろうさ」

 

「で、君は――と言うより、私たちはそれを利用すると」

 

「そうなるな。三大勢力の和平、悪魔政府内部の対立、負け犬とそのお仲間たち、他神話の神々、悪魔社会の抱える問題、そして人間。全てを利用してやる」

 

 酒を一息に吞み干したグラナが、獰猛に笑いながら宣言した。

 

 

「最後に勝つのは―――俺たちだ!」

 

 


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