ハイスクールD×D 嫉妬の蛇   作:雑魚王

38 / 47
キング・クリムゾン!! って便利だなぁ。

はい今回で第三章は終わりです。
第四章ではグラナさんの更なるチートぶりが発揮されることでしょう。



9話 終結と後日談

 エレイン・ツェペシュとヴァーリ・ルシファーの、吸血鬼の姫と悪魔の王子の、究極の吸血鬼と最強の白龍皇の戦いの結果は引き分けだった。

 同等の実力者が戦えば、短期決着になるか非常に長引くかの両極端な結果となると相場は決まっている。今回の場合は、互いに互いの息の根を止めるほどの火力を出せなかったことによる時間切れである。

 

「相変わらず、いや以前よりも再生能力が増しているな。」

 

 ドレスに付いた汚れや穴は、威風を纏う夜の支配者の戦化粧。腕や足を何度も消し飛ばされても即座に再生を果たし戦い続けるエレインの姿は堂々たるものだった。

 

「君こそ頑丈すぎるだろう。あれだけ攻撃を食らっておいて致命打に至らないなんて異常だぞ」

 

 鎧の各所が破損し、血が零している。しかし事ここに至っても衰えを知らない戦意は、ここからが本番なのだと告げているかのようである。余人には理解不能な戦闘狂という気質も、ここまで貫くことが出来れば一種の信念だろう。己の信念にどこまでも正直に戦うヴァーリは若くして一端のドラゴンのそれだった。

 

 

「これ以上続けるのかい?」

 

 戦いにひと段落つき、大地に降り立った二人。

 エレインは継戦の意思を問うも、答えは聞く前から分かっていた。ヴァーリという男は馬鹿ではないので、確実に援軍か闘争手段を用意していると予想が付いていたし、当の本人の戦意が消失しつつあるからだ。

 衰えるのではなく、消失する戦意。名残惜しむような気配は、これ以上の戦いはないことを言外に告げていた。

 

「いや、時間だ。今日はここで退かせてもらおう」

 

 ヴァーリが天を見上げながらそう呟いた瞬間、学園を囲む結界が力任せに破壊された。

 キラキラと結界の破片が月光を反射しながら降り注ぐ中に混じり、結界を破壊したのだろう男がヴァーリの隣へと降り立つ。

 外見は中華の軽鎧に身を包んだ精悍な顔立ちの青年だ。特徴的なものと言えば、その手に握る一本の棍棒。俗に如意棒という名で知られるそれは、持ち主も大英雄として有名だ。

 しかし、このような若者が彼の英雄そのヒトであるはずもない。だとすると、結界を破壊するだけの実力を持ち、如意棒の所持を許されていることから、恐らくはその子孫であろう。

 

「俺っちの名は美侯。まー、ヴァーリのお仲間ってことでよろしく頼むぜぃ」

 

 挨拶もそこそこに美侯が如意棒で地面を突くと、そこを中心として黒い泥のようなものが広がっていく。

 徐々に沈み込んでいくヴァーリと美侯の二人の顔に焦りの色はない。状況からして、美侯とその術がヴァーリの用意していた逃走手段というわけだ。

 

「仙術……いや、正確には仙術と妖術の組み合わせかな? 即興でそんなものを編み上げるとは器用な真似をする」

 

 美侯の作り上げた術式は、単純な転移だけでなく追跡防止の効果まで付与されている。そのことを瞬く間に看破したエレインの声には紛れもない賞賛の念が籠もっていた。

 

「はははははっ! あんた程の使い手に褒めてもらえるとは、俺っちもまだまだ捨てたもんじゃなさそうだ!」

 

 からからと快活に笑いながら手を振って消えていく姿は、控えめに言ってもテロリストには見えない。精々が気の良いお兄さんと言ったところか。しかし、そのような性分でありながら、テロ組織に身を置くあたり相当な変わり者だとも見える。

 

 若き龍皇と猿の末裔が姿を消し、五秒、十秒、十五秒ほど経過してから漸く警戒を解く。瞬間、エレインの体は熱に浮かされたようにフラついた。

 当たり前の話になるが、同格との戦いには相当な緊張を強いられる。また、エレインの体は見た目は無傷だが、何度も傷つき、再生を繰り返せば、再生能力は低下する。頭や四肢が吹き飛ぼうとも即座に新たに映えてくる姿は『不死身』に見えるが、痛覚が遮断されているわけではないので、割と洒落にならないレベルの精神的疲労が蓄積される。しかも、巻き添えを出さないために常に加減を強いられていたことも拍車をかけていた。

 

 頭の中に靄がかかったような感覚に陥り、霞む視界が揺れる。

 

 ――ああ、倒れそうになっているのか。

 

 意識を強引に手繰り寄せ、体に力を入れようとするエレイン。しかし、それを実行するよりも早く、自身の体を抱きとめてくれた。

 

「おっと、ご苦労だったな。……一人で立つのはきついか?」

 

 グラナは肩に手を回して支えながら、覗き込むようにして問いかける。

 

「いや、少し厳しいかな。君の手を貸してくれるとありがたい」

 

 エレインの再生能力は確かに低下しているし、現在の体調は芳しくない。しかし、それは僅か数分もすれば治る程度のものだ。

 

 故にこの言葉はただの甘え。愛しい相手と触れ合う時間を求める女の欲望だ。

 

 心の内はグラナにバレているだろう。何せこの男は、一目で他者の本質を見抜き、言葉だけで他者の心を巧みに操る傑物なのだから、隠し事が通用するはずもない。

 でありながらも、グラナは肩に回した右腕はそのままに、左腕をエレインの膝裏に回して抱き上げた。所謂、御姫様抱っこである。エレインの乙女心を看破した上で見事に満たしてくれる男の気遣いに、更に乙女心が刺激されたのは余談か。

 彼の腕の内に収まり、その肉体の逞しさを全身で感じ取る。鍛えられた筋肉は鋼よりも硬く、抑え込んでいる状態でも尚膨大な魔力の存在が伝わってくる。

 しかしその強さの証とは裏腹に、グラナの手付きは優しく、エレインに気を遣っていることがよく分かる。

 

「サーゼクス様、エレインがかなり弱ってるぽいんで先に帰らせてもらって構いませんか?」

 

「いや、しかしね……」

 

 言い淀む魔王の視線はあちらへこちらへと彷徨った。

 

 講堂――全壊。

 

 旧校舎近くの林――全焼。

 

 新校舎――半壊。

 

 校庭――砂漠化。

 

 全力を出すことを禁じられていたとしても、先ほどまで行われていた戦闘は、究極の吸血鬼と最強の白龍皇によるものだ。その余波は甚大である。

 理事長としてこの学園を運営する者と忸怩たる思いがあるのか、ほとんど原型を留めていない学園を見る魔王の眼には哀愁の念が強く宿っていた。裏の存在を隠蔽するために翌朝までに修復する苦労も含めると、胃へのダメージは深刻なものであるに違いない。

 

 当然、グラナは知ったことではないと切り捨てる。

 

「学園の修復は、結界の外で時間停止を食らっていた警備にでも手伝わせりゃあいいでしょう。碌に本分を全うしてなかったんだから、せめてそれくらいはやってもらわねえと」

 

 それはつまり、『俺とエレインは本分を全うしたんだからこれ以上は仕事の範囲外』ということだ。元々グラナとエレインの仕事は『護衛』であり、戦場の修復は仕事に含まれていない。ちなみに外で警備に当たっていた人員の仕事も『護衛』ではあるが、彼らはその職務をこなすことが出来なかったのだから、戦場の修復に尽力するという形で補填するのが筋だろう。

 

 本来であれば、戦場の修復は管理者のシトリー眷属かグレモリー眷属の役目だ。彼女らは薔薇の夜のとばっちりを受けており非常に弱っているが、そのことに配慮するかどうかは個人の裁量。ならばグラナが協力を拒否したところで責められる謂れもあるまい。

 

「グラナ君、待っ―――」

 

「では今後とも御贔屓に」

 

 グラナは魔王の制止の声をうっかり聞き逃してしてしまったらしく、答えを返すことはなかった。偶然の事故なので仕方のないことだ。

 別れの挨拶を最後にエレインを抱き上げたまま転移魔法を発動し、駒王学園から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三大勢力の会談より数日後、グラナは本拠地たる不滅の城にて書類仕事を行っていた。

 駒王町にいる間も少しずつ仕事を空き時間の内に片付けてはいたが、グレモリー眷属が盛大に暴走してくれたおかげで貯まり気味だった書類は積み重ねれば十五センチを優に超す。

 普通ならばやる気を削がれ、暗澹たる心根になるだろう紙の束と向き合うグラナは、しかい実に機嫌良さげである。

 

「くく、はははははっ。いやぁ、ここまで上手くいくと笑えてくるな」

 

「言葉と態度だけで容易く魔王を翻弄する手腕、お見事でございました」

 

 彼の声に答えたのは、すぐ傍に侍るメイド服の女だ。彼女を表すとすれば『銀』。髪も瞳も睫毛も眉毛も美しい銀色の輝きを放ち、透き通るような白さを持つ肌と相まって、儚げかつ怜悧な印象を持たせる。最小限の薄い化粧しかしていないにも関わらず、どこか怪しい魅力を讃えていた。

 身に纏ったメイド服は、長袖とロングスカートに前掛けの揃ったオーソドックスなタイプ。頭部のホワイトブリムまで含めても特筆すべきものは無いはずだ。しかし、着用する女の美貌が美貌なだけに、ただのメイド服が一級のドレスのようにさえ思わせる。

 服に着せられる、という表現があるが、彼女の場合はその正反対。その美貌に衣装がついて来れていない。

 それほどの美貌を持つ彼女の名はアマエル。

 役職はメイド長であり、現在は長期任務により留守にしている執事長の代理まで務める器用さを持つグラナの腹心の一人であり、その実力は熾天使と同等以上の女傑だ。加えて、グラナが留守の間は城の防衛指揮権を完全に握っている事実を見れば、彼女がどれほど主から信頼されているかなど考えるまでもない。

 

「まあ、あいつらが単純すぎるような気もするがな。……まあ、予定通り上手く依頼を切らせることが出来て良かった」

 

 グラナとその配下は今回の依頼に辟易としていた。主な理由はグレモリー眷属の暴走。義理の姉や親兄弟の言葉さえまともに聞き入れることのない我儘姫には本当に困らされたものである。

 碌に関係を持たないグラナが何かを言ったところで改善するどころか悪化するだけだと容易に想像もつくので処置無し、打つ手なしと言った有様だ。グラナをしてここまで困らせるとは、ある意味グレモリー眷属は凄いだろう。無論、それを評価するものはいないのだが。

 

「いくら俺たちがグレモリー眷属を鬱陶しく思っていようとも、こっちから依頼を切るとなると相当上手くやらん限り違約金の支払いや、信用問題にも繋がりかねん。

 だから向こうから依頼を取り下げさせる必要があった。

 そのために三大勢力の会談の場でグレモリー眷属を酷評してやった」

 

 会談の場でぶちまけたことは全て本音だが、しかし今後のことを考えれば公爵家のご令嬢との関係が悪化するリスクがある。冥界に住まう上級悪魔の多くは、そのリスクを恐れ、公爵家次期当主の覚えを良くするためにテキトウな褒め言葉を贈ることだろう。

 

 では何故、リスクを許容し将来のメリットを崩したのか。それはリスクがグラナの目的であり、将来のメリットはメリット足り得ないからだ。

 

 前提としてリアスの気性は生粋の自信家であり、他人の意見にはほとんど耳を貸すことがない。関係の希薄なグラナの言葉なぞ馬耳東風も良い所だろう。更に、会談の日までにグラナは依頼の中でグレモリー眷属と度々衝突していた。これにより、グラナに対する好感度は嫌悪(マイナス)へと入る。

 ここまで来れば、グラナの言葉をリアスが聞くことはないと断言出来よう。どれだけ理屈の通った正論を聞かされようとも、感情が拒絶を示すのだ。

 

 そして、そのことを依頼人(魔王)が目撃する。大切な大事な愛する妹が有する巨大な嫌悪と、グラナとの間にある乖離。それを見れば、よほどの馬鹿ではない限り両者を引き離し、それ以上の悪化を防ごうとすることは容易に想像がつく。

 

 駄目押しとして、あの会談で三大勢力の和平が成立することは確定的と言って良かった。和平が成立すれば、その場所となった駒王町にはそれぞれの陣営から使者が送り込まれることとなるだろう。重要な土地であるため、使者のレベルは非常に高いものとなる―――つまりは実力者だ。

 そうなれば、グレモリー眷属との関係が良好ではないグラナの一派を町に留めておく必要はない。妹愛だけでなく大義名分まで揃っているのだから、サーゼクスが依頼を解除し、セラフォルーもそれに伴うことだろう。

 

 そして、将来のメリットだが、あのような傲慢と自己愛の塊のような女に近づいたところで碌なことにはならないだろう。グラナの眼をしてさえ、メリットではなく破滅の巻き添えを食らう未来しか見えないのだから相当なものである。

 そもそも、将来のメリットと言っても、それを得るには『リアス・グレモリーが大成している』と『悪魔社会が繁栄している』という前提が必要になる。

 

 前者は言うまでもなくあり得ない未来。仮にあり得たとしても、それは周囲の者が不出来に過ぎた結果、相対的にあの愚物が良く見えるというだけだろう。

 控えめに言って、そんな国にし未来はない。従って公爵家の令嬢と仲良くする理由もない。

 

 後者は、グラナが大半の上級悪魔と敵対関係にある現状から更に争いが激化すると予測できる。

 現在は水面下で留まっているいざこざも貴族たちが力を付け、グラナを打倒できると確信した瞬間には表立った『討伐』へと変わることだろう。権力に物を言わせて大義名分をでっち上げた彼らは、私兵を率い、徒党を組んで、喜び勇んでグラナの首を取りに行く。

 そこまで事態が進んでしまえば、グラナとて最早容赦しない。それこそ現四大魔王と上級悪魔の当主を皆殺しにする勢いで戦禍を広げる腹積もりだ。冥界の権力者たちのことなどまるで信頼していないが故に、いつでも戦争を起こすことの出来る用意は済ませている。

 勝利の女神がどちらの陣営に微笑むのかはともかくとして、それだけ大きな戦が起こってしまえば、周囲の悪魔からの心象と悪魔社会の状況が悪くなることは確定的。どうやっても甘い汁を啜ることは出来なくなってしまう。

 

 つまり、将来のメリットを得るために必要な前提が成立してしまうと、グラナが将来のメリットを得ることは出来なくなるのである。

 

 将来のメリットの無価値と断じ、現在のリスクをメリットに転用する。グラナ・レヴィアタンは片手間の内にそれだけのことを計算し、解へと至るルートを見出していたのだ。

 

 そしてその計算は何一つ滞ることなく彼の目指す地点へと到達した。一から十まで計画していたことではなく、アドリブも多分に混じっていたが、それでも狙いを完遂させる辺りグラナの優秀さが伺える。

 

「俺たちの代わりと言っていいのかは知らんが、あの町に入る使者は悪魔側からは管理者のグレモリーとシトリー、天界は未定、そして堕天使陣営からは総督のアザゼルとはな……豪華すぎるだろ」

 

 組織のトップが使者となる事などそうあることではない。本人が神器研究の第一人者で、グレモリー眷属とシトリー眷属を育てる過程で研究の一助とすることを目的としているらしいが、異例であることは間違いない。

 とは言え、アザゼルほどの男が妹の傍にいることとなるから魔王は依頼を取り下げたのだろう。であれば感謝こそすれ、形式云々についてとやかく言うのは野暮だ。

 

「まあ、んなことはいいか。どうせ、俺はもうあの町に関わらんのだし。

 アマエル、この三つの手紙を三大勢力の首脳陣まで送りつけておけ。」

 

 と言って、グラナはたった今書き上げた四枚の手紙をメイド長に渡す。手紙の宛先は、サーゼクス・ルシファー、セラフォルー・レヴィアタン、ミカエル、アザゼルの四名である。

 手紙の正体は請求書だ。冤罪の疑惑を掛けられたことに関する慰謝料を要求する旨が記されており、その内容は以下の通りだ。

 

『あー、辛い。マジ哀しいわー。いくら嫌がらせを受けようと真面目に働いてきたのに、疑いをかけられるなんて

酷すぎる!! どうしてこの世は正直者が馬鹿を見るんだろう。あー、悲しい。どこかの誰かがちゃんと国や組織を纏めてくれてたらなー、きっと俺が、俺たちが嫌がらせを受けることもないんだろーなー。働きに見合った報酬も貰えるんだろーなー。

 あぁ、いや別に文句を言いたいわけではないのですよ? ただ世の不条理を嘆いているだけでして。どこぞのトップを批判しているわけではないので悪しからず。

 しかし、他者に信用されないと言うのは辛いですわー。慈悲と優しさと愛情が服を着ているような俺でありますがゆえに? その反対の疑念を向けられるのは本当に辛い。身が張り裂けそうな想いとはまさにこの事! 心には無数の傷が刻み込まれ、涙が絶えませんッ!!』

 

 無論、馬鹿正直にこの通りに書いてあるわけではなく、文面自体は一見すると真面なものである。ただ、少し深読みすると別の意味が見えてくるようになっているだけだ。

 表面的には礼儀を失さない程度の真面な文章が書き連ねられているので、文句を言われることもないだろう。

 

「さて、と」

 

 ペンを置き、書類仕事にひと段落を付けたグラナは軽く伸び(・・)をする。ポキとかゴキとか、骨が小気味良く鳴った。

 そのまま立ち上がる主の意を汲んだアマエルは、部屋の隅から黒のロングコートを持ってきて主へと手渡す。

 

「グレモリー邸への商談(・・)でございますね?」

 

 腹心の確認に、グラナは鷹揚に頷いて笑う。

 

「ああ、金をふんだくってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレモリーとは、別名でゴモリー、ガモリー、ゲモリーとも呼ばれ、七十二柱の一角にして公爵の位を持つ上級悪魔だ。いくつもの肩書きは数多くの上級悪魔の家系の中でも有数の名家である証だろう。

 所有する土地面積は、人間界における日本の本州ほどもあり、現当主の長男は魔王として活躍し、その妻は旧ルシファーに仕える名家の女傑。魔王夫妻の間にはすでに息子も産まれており、幼くしてその才覚を見せており、次世代の魔王になるのではないかと噂されるほど。

 財政に余裕があるわけではないが、時が経つほどに潤っていくだろうと確信出来るだけの材料が揃う将来有望な貴族と言える。

 

 グレモリー家が抱えるいくつもの邸宅。その中でも最も豪華な居城―――つまりグレモリーの本邸にグラナは訪れていた。

 すでにメイドの案内を受けて客間へと通され、ソファに座るグラナ。マナーに則り優雅に紅茶を飲む姿からは、黄金の双眸が一体何を見据えているのか察せない。自然体に見えながらも、しかし内心を一切気取らせることのない油断の無さは流石の一言に尽きよう。

 彼の右斜め後方には、不動の態勢を維持する従者の姿があった。銀色の髪を一つにまとめ、不動の態勢を維持する『戦車(ルーク)』。口を横一文字に引き締め、両の眼には私的な感情が宿ることは無い。その様子から、己の役割に殉じることにのみ集中していることが良く理解できる。レイラ・ガードナーは矜持に従い、主の盾たらんと本日も心掛けていた。

 

 客間にはグラナとレイラの他にもう一人の悪魔が居た。グラナの対面の席に座る紅髪の上級悪魔、グレモリー家現当主にして魔王サーゼクス・ルシファーの父でもある。その名をジオティクス・グレモリーといった。

 平時は娘や孫を溺愛し頬を緩めてばかりいる彼も、今はそんな余裕を持っていなかった。

 巧妙に隠してはいるが、その眼光はグラナのほんの一動作さえ見逃すまいとする輝きを放ち、客人を歓迎する笑顔の裏では聡明な頭脳を全力で稼働させている。

 ジオティクスは父でも夫でも祖父でもなく、一人の上級悪魔としてこの場に居るのだ。

 

「本日は娘とその眷属の件でお話があるということだが……」

 

 口火を切ったのはジオティクスだ。グラナとグレモリー家の関係は非常に希薄で、目の前の男に関する情報が不足している感は否めない。しかも、魔王や有望な若手悪魔を輩出していることでグレモリー家の情報は広く流布してしまっており、事前の情報戦においては確実にグレモリー家が完全に敗北している。

 しかし、だからと言って手を拱いていても状況が好転するわけでもあるまい。後手に回っていては主導権を握られるだけだ。

 ならば、攻めるしかない。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 リスク無くしてリターンを得ることは出来ないのだと、覚悟を決めていた。

 

「ええ、その通りです。グレモリー卿も御存知だと思いますが、先日三大勢力は和平を結びました。その会談の場で少々、問題事が起こりましてね……。本日はその相談に参った次第です」

 

 グレモリー家現当主は必死に頭を回転させている。今日この時までにも、いくつものパターンを想定してきているのだろう。こうして話している今も、何気ない素振りでカモフラージュしつつ少しでも多くの情報を得ようと画策している。

 

 ――――そして、その全てをグラナは看破していた。

 

 客間に通されてより数分、グレモリー卿の発した言葉は僅か一言のみ。たったそれだけの時間、情報があれば、その心の奥底まで見通すには充分だったのだ。

 無論、グラナはそのことを気づかせる様なヘマはしない。事前の情報収集も済ませていることも合わせると、グラナに敗北の目は全くないと言っても過言ではないにも関わらず、その心には一部の隙も生まれることがない。

 

 必勝を確信したその場所から、さらにもう一歩踏み込む。

 

 それが修羅道を歩み続ける中で、グラナが得た教訓だ。

 必死に作戦を練り、万端の準備を整えて、勝利を確信し、実行に移す。それはきっとこの世の多くの戦士が行うプロセス。つまり自分が様々な用意をするように、相手もまた用意してくるのだ。故にプラスαのもう一歩を求めたい。

 必勝の手札を用意出来たのなら、それとはまた別に保険を用意しておく。それが勝利を掴み続けるコツだ。

 

「事情はグレモリー卿も知っていらっしゃることでしょう。あの日あの場でテロリストによる襲撃が行われた。卑劣な奴らは、ご息女の眷属『僧侶(ビショップ)』ギャスパー・ヴラディを利用した攻撃を仕掛けてきたのです」

 

 テロリスト集団『禍の団』。彼らのトップのネームバリューや行動の大胆さから、上級悪魔の当主は皆がその存在と会談に襲撃した事実を認知していた。

 そして襲撃の要として利用されたのが、リアス・グレモリーの眷属たるギャスパー・ブラディである。三大勢力のトップが集まる場でのテロに利用されるというグレモリー家にとっての醜態は、ジオティクスにとっても悩みの種だろう。

 出来れば、その話題には触れてほしくない。それが本音のはずだ。その話題に触れそうになったら、話術を駆使して方向転換を考えていたはずだ。

 

 グラナはその考えを始めの一言で粉砕した。

 

 知っていて当然、知っていることを前提とする口ぶりは、とぼけることを許さず、それを否定することも許さない。否定してしまえば、重大事件の詳細を上級悪魔グレモリー家のトップとも言える男が知らないと取られかねないのだから無知蒙昧な愚図であると自ら白状するようなものだ。そんなことは家の当主として出来るはずもなかった。

 

「……ああ、無論知っているとも。彼がテロに利用されたことは遺憾に思うし、彼の主の父親として責任も多分に感じている。故に魔王陛下にも進言したよ。禍の団と戦う際にはグレモリー家は力を惜しまないとね」

 

「成程成程。つまり、こういうわけですか………『ギャスパー・ヴラディがテロに利用された責任はこれから果たす』と」

 

「然り。すでに魔王陛下も了承してくださった」

 

 実際にそうであるかは意見の分かれるところだが、少なくとも表向きは、悪魔のトップは魔王だ。最高権力者の許しを得ている以上、ギャスパーがテロリストに利用された件についてグラナが蒸し返すことは出来ない。

 仮にグラナが追及した際に責任を取ることになるのは、本人たるギャスパーと主のリアスという線が濃厚だ。ジオティクスは『魔王の許し』という盾を持ち、ギャスパーとリアスを守るつもりなのだ。

 

 グラナは嗤う。

 その程度の甘い考えで、稚拙な策で、凡庸な知恵で出し抜けるつもりでいるのかと、遥か高みより見下した。

 

「魔王陛下のご意志がそうであるのなら俺から言うことはありません。いや、そもそも俺はそのことを言うつもりもありませんでしたしね」

 

 では一体何が狙いなのか、何が目的なのか。そう訝しむ視線を受けたグラナは笑みを返した。

 

「あなたが仰る責任とは謂わば公的な責任でしょう。会談のテロに娘の眷属が利用されたというね。しかし、俺が言いたいのは私的な責任だ」

 

 グレモリー家現当主ジオティクス・グレモリーは優秀なかつ良心的な支配者だ。愛に溢れ、職務には忠実。私生活ではふざけることもあるが公務においては真面目を貫く彼だからこそ、グラナの語る公的な責任にばかり目が行ってしまい、私的な責任については寝耳に水だった。

 ジオティクスが言葉の意味を咀嚼する時間を取る意図も含め、グラナは一拍の猶予を取ってから話を続ける。

 

「さて、あの会談の場で俺と眷属の僧侶は、ギャスパー・ヴラディ少年から神器による攻撃を受けた。あぁ、テロリストに利用されていたことは分かっていますがね、それとこれとは別の問題だ。彼から攻撃を受けたという事実は変わらない」

 

 どこぞの下級悪魔が、上級悪魔とその眷属に攻撃を仕掛けた。それは言うまでもなく大罪だ。そしてその大罪をギャスパーは背負っているのだと、グラナは言った。

 本人の意図によるところではなく、第三者による強制的な事案だったとしても、現在の悪魔社会であれば情状酌量などする余地もない。

 

「更に言うのであれば、その攻撃のタイミングが絶妙過ぎたせいで俺たちにはテロリストの容疑がかかったんですよ。危うく牢獄にぶち込まれ、そのついでにぶっ殺されるところだった。

 ―――――で、この二つの責任をどうやって果たして貰いましょうかねぇ?」

 

 グラナは決して屁理屈を持ち出しているわけではない。聞けば納得も理解も出来るが故に、ジオティクス・グレモリーという男には極めて痛烈に刺さる。

 凡百の上級悪魔であるのなら喚き散らしてうやむやにしようとするだろう。馬鹿を晒すような愚行ではあるが、グラナの目論見を潰すことは出来るそれを、しかしジオティクスは選択できない。そもそも考えすらしない。

 ジオティクスは真面目な男であるが故に、グラナの言葉を受け止めてしまうのだ。

 

「ふふふふっ。筋を通すのであれば、ギャスパー・ヴラディとリアス・グレモリーの首を寄越せ。俺はそう言うべきなのでしょうねぇ」

 

 グレモリーの特徴は『情愛』。そのことを誇るジオティクスは公の場であっても愛を隠すことをしない。妻を、娘を、息子を、その眷属を大切にしていると公言している。自分の大切なものを、弱点を披露してしまっているのだ。

 グラナを前にして、それは愚行極まる。この男には、他者の弱点を嗤いながら突っつく悪辣さを持っているのだから。

 

 ツッー、と冷や汗を垂らすジオティクスを眺めるグラナの心境は愉悦に満ちていた。決してジオティクス・グレモリーという悪魔を侮っているわけではない。その上で、ゴールの光景もそこに至る過程までも視えているにも関わらず、網にかかった獲物がどう足掻くのか、苦悶する姿を余興として愉しんでいるのだ。

 

 ドSを通り越し、外道と言われてもおかしくない魔性の感性。しかし、その感性を知る彼の配下であっても、詰ることはしない。

 なぜなら、ヒトは蟻や蠅が罠にかかっているところを見て楽しむ者を外道と詰ったりしないのだから。精々が趣味が悪い、その程度に留まる。

 グラナにとってみれば、そこらの上級悪魔なぞ羽虫と変わらないのだ。踏めば潰れる、撫でれば爆ぜる、睨めば灼ける、その程度の雑魚に気遣うことなどあり得ない。

 自身の歩く先に虫が一匹いたからと言って、進路を変更することはなく踏み潰したところで誰も責めまい。ヒトが自身のエゴに従って動物を愛玩用に手元に置くことを誰が糾弾する。矮小・脆弱な命を弄ぶことも、絶対強者の権利なのだ。

 

「この場にはその交渉に来たのですよ」

 

 交渉にはいくつかのコツがある。そのうちの一つが、主導権を握ることだ。

 先の発言はそのためのもの。

 ジオティクスという男が大切にするものを引き合いに出し精神を揺さぶる。この際には敢えて真っ当な理屈を持ち出すことで、生真面目なジオティクスが逃れる道を塞ぐ。

 

 更にグラナは口三味線と呼ばれる手法を用いていた。

 元来の口三味線は口先で相手を巧みに騙す技だが、グラナが用いる口三味線は次元が違う。

 

 声だけでなく、手ぶりや視線といった微細な仕草に加えて身に纏う雰囲気まで自在に操って行われる魔技は、催眠術でも用いたかのように聞き手の意思を操ることを可能とする。ただの言葉で心を自在に操るそれは、正しく『悪魔の業』だ。

 

 幻覚や幻聴さえ起こす語り口に既にジオティクスは囚われている。不自然なほどに焦燥に苛まれても、そのことを疑問に思うことさえ出来ないのだ。

 表面を取り繕う余裕すら無くし、滝のような汗を流すジオティクスにグラナは救いの声を掛ける。

 

「まあ、俺はリアス・グレモリーとギャスパー・ヴラディの首なぞどうでもいいのです。あれらの首を貰ったところで何に使えるわけでもなし。どうせ詫びを貰うと言うのなら、もっと建設的なものを戴きたい」

 

 その言葉は救いの糸だ。逃げ道を塞がれ這いずり回る男の目の前に垂らされた、か細い蜘蛛の糸。

 それを見たジオティクスの目の色が変わる。絶対に逃してはならない、逃すわけにはいかないと血走った目が語っている。

 その心境はさながら、砂漠の放浪の末にオアシスを見つけた旅人。あるいは餓死寸前の半死人が食料を見つけた瞬間と言ったところか。

 駆け引きをしようという考えが脳裏に過ぎることさえ無く、飛びつくことしか出来ない。それが今のジオティクス・グレモリーだ。

 

「なっ、何が欲しい!? 私に用意出来るものなら何でも」

 

「ではシンプルに―――金だ。大金を寄越せ」

 

 

 

 




言葉一つで他者を巧みに操る。実に悪魔らしい戦い方ですね!
DDの悪魔にはこういった『悪魔らしい悪魔』がほとんど居ないので、グラナさんにはそういった感じの技も使えるようになってもらいました。

強さとは決して戦闘に限ったものではないのですよ。俺tueeeeeeはあらゆる場面で発揮されるタグなのだ!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。