ハイスクールD×D 嫉妬の蛇   作:雑魚王

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エレキシュガルようやく来ましたねー。
そうそう、FGOと言えば、アマカッスや獣殿があの世界にいたら人類悪になるんじゃないでしょうかね。ちょっと見てみたい気がする!


8話 加減を強いられた戦い

 三つ編みを解いた金色の長髪が、夜風に煽られマントの如く揺らめく。すでに臨戦態勢となりオーラを漲らせ、絶対の自信を感じさせる面構え。月明かりの元に、不敵に笑みながら朗々と歌い上げる姿はまさに『魔王』のそれだ。

 予定とは違い、グラナではなくエレインと戦うこととなったが、最強の白龍皇の胸に落胆の念が湧くことは無い。過去に何度も交戦し、眼前の吸血鬼もまた己に匹敵する強者であると知るがゆえに。

 

「かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうか」

 

 エレインを中心として世界がずれていく。世界を覆い、侵食していく。

 

「あなたは素晴らしい。掛け値なしに素晴らしい。しかしそれは誰も知らず、また誰も気づかない。幼い私は、まだあなたを知らなかった。いったい私は誰なのだろう。いったいどうして、私はあなたの許に来たのだろう」

 

 初めに訪れた変化は匂いだ。無数の魔法使いが死に絶えた戦場には今も血の臭いが満ち満ちている。その匂いが上書きされていく。

 新たな臭いも血だ。先ほどまでの血の臭いは真新しいものだったが、それを上書きする血の臭いは鼻の奥にまで突き刺さるような熟成されたものだ。まるで何千何万もの死骸から絞り出した血を一つにまとめて腐敗させたような異様な香りは死の気配を痛烈に感じさせる。

 

「もし私が騎士にあるまじき者ならば、このまま死んでしまいたい。何よりも幸福なこの瞬間――私は死しても、決して忘れはしないだろうから」

 

 アメーバのように揺らめく闇。夜が更なる夜に包まれていく。

 

「故に恋人よ、枯れ落ちろ」

 

 校庭に生える草が萎れ、枯渇し、夜風に煽られてどこかへと飛ばされて行った。

 生ある全ての者から、その命を奪っていく。

 

「死骸を晒せ」

 

 校舎の壁には次々に罅が入っていく。

 命を持たないはずの大地や大気、建築物さえも略奪の対象だ。

 

「何かが訪れ、何かが起こった。私はあなたに問いを投げたい。本当にこれでよいのか、私は何か過ちを犯していないか。恋人よ、私はあなただけを見、あなただけを感じよう。私の愛で朽ちるあなたを私だけが知っているから」

 

 瞬間、爆発する闇。

 

「ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ」

 

 そして呪言が完成する。

 

死森の薔薇騎士(ローゼン・カヴァリエ・シュバルツヴァルド)

 

 その時、夜が産まれる。

 深夜であり、最も夜が深いと言っても過言ではなかったこの時間に、さらに深く、更に厚く。

 

 ―――森羅万象全てが私の糧となれ。

 

 全てを喰らい尽くさんとする死森のヴェールは底無しの昏さとなり、一方で天には赤い満月が煌々と輝き出す。明るさと暗さが同居し、共に増す空間。それは逃げ道の無い処刑場であり、傲慢なる姫の腹の内だ。

 

 この世界においては全ての存在が支配者にエネルギーを略奪され続け、支配者はそのエネルギーによって延々と強化されていく。ただそこに居るだけで効果を発揮することとなる薔薇の夜において、支配者の優位が揺らぐことはあり得ない。

 

 過去の交戦経験からヴァーリはこの力を知っていても尚、呪文の妨害をしなかった理由は単純明快。戦いを楽しむためだ。これ程の強敵との戦い、相手の手札を封じるのではなく、相手の手札をとことん堪能したい。

 それは常人には理解しがたい戦闘狂の発想だ。しかし、それ故に、この状況においてもヴァーリは更に戦意を高ぶらせ、その潜在能力を遺憾なく発揮することが可能となる。

 

「行くぞ、アルビオン」

 

『ああ。あの女を超える吸血鬼は未来永劫現れまい、相手に取って不足はない』

 

 白龍皇の『半減』と『吸収』は強力な能力である反面、敵に触れなければならない制約がある。応用すれば空間ごと圧殺することも可能となるが、それが通じるのは格下だけだ。眼前の吸血鬼の姫には、直接触れて、白龍皇の能力を使う必要がある。

 そこまで瞬時に判断し、距離を詰めようと飛翔するヴァーリ。死地とも言える死森の内にあっても、その速度に陰りはなく高揚のままに空間を駆け抜けていく。

 

「迷いのない突貫か。私を相手にその戦術は悪くはない。距離を取って少しずつ攻撃しても、私を斃す前に吸い殺されるだけなのだから」

 

 猛烈な速度で飛翔するヴァーリを前に、エレインは己の敗北を考えない不敵な笑みを浮かべる。

 

「しかし、それだけで勝てるほど甘い女だと思われたのなら心外だ」

 

 この死森の世界は彼女の腹の内のため、この世界の内側全てが彼女の攻撃範囲だ。エレインが指を鳴らした瞬間、ヴァーリを薔薇の杭が包囲する。上下左右前後、ありとあらゆる方角から、ありとあらゆる角度を以って杭が夜空を疾走する。

 

 回避は出来ない。では防御か? ヴァーリは静かに自問し、即座に否と答えを出す。これほどの物量を防御するのなら、一度動きを止めてそれに集中する必要があるが、そんなことをしてしまえば防御が剥がれるまで延々と杭を撃ち込まれ続けるだけとなる。ジリ貧の末に待ち受ける結末は、薔薇の杭による串刺しと吸精によるミイラ化だ。

 故に選択肢はただ一つ、強引に包囲網を突破する他ない。

 

『Half Dimensyon!』

 

 神器の力を発動させる。効果範囲を極僅かに絞ることで威力を高めた空間圧縮が、前方から迫る数十本の杭を容易く破壊し、脱出路を即興で作り上げる。他の方向から迫る杭には目もくれず、ヒト一人がギリギリで潜り抜けるに足りる穴を目指して全力で飛翔した。

 

「ッギリギリで間に合ったか」

 

 薔薇の檻から飛び出した直後、背後より杭同士がぶつかり合う音が届く。あと数瞬でも遅れていれば、ヴァーリとてタダでは済まなかった。そのことに安堵するよりも早く、周囲に目を配りエレインの姿を探すが、結果から言えばその必要はまるでなかった。

 

「あれで仕留めることが出来るとは思っていなかったが、中々どうしてやるじゃないか。死地にあっても揺らぐことのない鋼の戦意と錬磨された実力、称賛に値するよ」

 

 パチパチパチパチ、と柏手の音が空に響く。エレインは赤い月を背後に構えて、その身を隠すことなく悠然と最強の白龍皇を見下ろしていた。そのオーラは先刻よりも充溢しているように思える。一手の攻防という僅かな時間の内にさえ薔薇の夜による強化が進んだらしい。

 

「相手の力を吸収することが俺の専売特許ではないと理解はしていたが……これ程のものを見せつけられると自信が揺らぐな」

 

 エレインの姿を見上げながら、ヴァーリは苦笑してそう呟いた。

 

「その割には戦意が増しているように思えるが?」

 

「これでもドラゴンなんでね。強さを目の当たりにして増さない戦意など持ち合わせていない」

 

 オーラを滾らせて見せ、再開の合図とした。

 再び包囲されるような愚を犯さぬと、禁手状態で出せる最高速度でエレインへと殴りかかる。その拳には、防具の類を身に纏うことのないエレインではたった一撃で致命傷となりかねないほどの威力が込められている。

 

 しかしその拳を阻むものがあった。杭である。エレインの皮膚を下から突き破った現れた長大な杭が、ヴァーリの拳と真正面からぶつかっていた。ガキン! と音を立てて火花が散るが、拮抗は僅か一瞬。拳が振り抜かれ、杭は粉々に砕け散る。

 しかし、楽に距離が詰まることはあり得ない。杭が壊された端から、エレインの全身より新たな杭が生まれ射出されているのだ。機関銃の如く連射される、巨大な杭の群れがヴァーリに襲い掛かる。

 

「ッぬ、ぉぉおおおおおお!!」 

 

 意気を上げてヴァーリも応じた。相手が手数に物を言わせるのなら、その上からねじ伏せるまで。自身に向けて射出される杭を、次々に殴り壊して少しずつ杭の雨の中を進んでいく。

 拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。拳を振る。杭を砕く。

 

「ふふ、はははははは! どうした、私はここにいるぞ。そんなところでいくら拳を振ろうとも私には届かないぞ!!」

 

 ヴァーリに劣らぬ戦意に満ちた哄笑と共に更に激化する杭の嵐。それを粉砕しながらもヴァーリは己の不利を悟っていた。

 絨毯爆撃の様相を呈するエレインの攻撃の中を、武技だけで踏破していく技量は確かなものだが、それだけでは足りない。死森の薔薇騎士(ローゼン・カヴァリエ・シュバルツヴァルド)―――エレインが作り出したこの異界においては、彼女以外の全てが略奪され搾り取られる餌に過ぎない。こうして拳を振っている今も、ヴァーリの精気は着実に奪われているのだ。

 

「くっ、ぬぅ!」

 

近づけば近づくほどに濃くなっていく弾幕を前に、弾かれるようにして後退する。追撃として放たれる杭を変則軌道を描いて回避し、今度は別の角度から攻め込んでいく。しかし左右を勿論として、背後からの突貫でさえ杭の嵐を突破することは敵わない。全身から杭を早し発射するということは即ち、どの方向から攻め込まれても対応可能ということなのだ。

 

「………賭けに出るしかなさそうだな」

 

 あの黄金の双眸と褐色肌を持つ男ならば賭けに出ることもなく、状況を打破する手札を持っているのだろう。あの男はあらゆる状況を想定して対策を練る、そういう狂気染みた用心さを持つ。

 対してヴァーリは修練を怠けることはないが、戦闘狂であるが故に、そうした用心深さとは無縁である。エレインの手札を事前に知っていて杭の嵐と実際に直面した現在に至っても、効果的な手段など思いつかないし持ち合わせていもいない。

 だからと言って、臆病風に吹かれるのは白龍皇として情けない限りであり、一瞬でも腰が引いてしまえば、その次の瞬間には嵐に呑み込まれてしまうだろう。ならば覚悟を決めて、これまでの己の鍛錬の成果を信じて勝負に打って出る他あるまい。

 

「ッ」

 

 杭の嵐が持つ脅威の大半はその数にある。無防備に受ければただでは済まないが、一本一本の耐久力を含めた性能はそれほど高くないことは、拳一つで砕けることから証明済みだ。

 慎重に進んでジリ貧ならば、強引にでも活路を開き短期決戦に持ち込むことが良策だと判断し、鋭い呼気を合図に、ヴァーリは最大速度で飛翔する。己に向けられる何百もの杭を回避して辿り着いた先は、エレインの直上である。

 頭上はヒトの最大の死角。また、戦いにおいては上方を取ることは大きな有利となる。そこからの重力の助けを受けた垂直降下、それこそがヴァーリの狙いだった。

 

「ほう――――で?」

 

 ―――だからどうした。

 

 ヴァーリの狙いを瞬時に看破した上で、エレインの余裕は崩れない。成程、最大の死角を最速で突くという戦法が理に適っていることは認めよう。しかし正答であるがゆえに、こうも簡単に見破られてしまう。戦法が露見すれば、対策を取られることは自明の理。

 稀代のドラゴンが大勝負を仕掛けてくることを理解し、冷徹なまでの判断を下す。

 

「騎兵には槍衾と相場は決まっている」

 

 空中で横たわるように姿勢を変えたエレインが容赦なく、ヴァーリを迎え撃った。射出される杭の量はこれまでの比ではない。弾幕だとか嵐だとか、そんな陳腐な表現では足りないほどの量と密度だ。

 それはさながら柱だろう。隙間なく超高速で飛翔する無数の杭は、天をも貫かんとする柱となってヴァーリへと迫った。

 

「おおおおおッ——―!!」

 

 対するヴァーリは紛れもない窮地にあって兜の中で笑みを浮かべた。愚直な突貫に対して、敢えて絡め手ではなく正攻法で迎え撃つエレインの感性が好ましく、であるからこそ己も不甲斐ない姿を見せるわけにはいかないと奮起した。

 ドンッ! 大気の壁を突破した音とともに衝撃波を撒き散らしながら、一条の閃光と化して最速の降下を始めた。淡い白光の軌跡を残しながら、自身の周囲には複数の魔方陣を展開し、最早、壁にしか見えない薔薇の杭へと対抗する。

 炎の剣が、雷の槍が、氷の矢が、風の刃が、次々に紅の杭と衝突し夜空の下に散っていく。エレインが杭で柱を作り上げたと言うのであれば、ヴァーリは超高速で飛行しながら機関銃を活用する戦闘機の様相を呈している。

 

 死地に自ら飛び込む作戦は一見無謀に思える。しかし、その勇気を持つ者こそが勝利の女神を微笑ませることが出来るのだ。

 ヴァーリという男は、本能でそのことを理解していた。

 

「辿り着いたぞ、エレイン・ツェペシュ……ッ!!」

 

 そして、両者は至近距離で対面した。魔法と杭の残滓が月光を反射して作り出す、幻想的な光景が女神の祝福にさえ思える。

 

「まずは及第点と言ったところかな?」

 

 一目で察せられる禍々しさ、さながら死者の怨念を固めたような剣を二本。エレインは笑いながら手にしていた。

 

 ――遠距離で仕留めることが出来ないのならば、白兵戦で仕留めればいいじゃない。

 

 エレインの考えは単純だったが、それを為し得るだけの実力を有していることの証左でもある。吸血鬼の身体能力は元来怪力と称されるものであるが、究極の吸血鬼たるエレインのそれは他の吸血鬼とは一線を画するものがある。その怪力を十全に生かす技術と頭を吹き飛ばされても即時に再生する不死性を含めれば、あのグラナと真正面から殴り合えるほどだ。

 

無手(このまま)では分が悪いな」

 

 剣道三倍段という言葉があるように、獲物のリーチの違いが与える影響は非常に大きい。白龍皇の能力は触れなければ発動できないが、素手で今のエレインに挑むことは全くの無謀である。

 二本の剣を魔法で作り出して構えるヴァーリ。そして踏み出そうとしたその刹那のことだった。

 

「体が……動かな…!?」

 

 ―――魅了の魔眼か!

 

 輝くエレインの双眸より、即座に行使された能力を看破する。このテの能力は便利な反面、実力者には効果を発揮し難いという欠点も持っている。

 ヴァーリならば僅か一瞬の内に解除することが出来る。しかし、同格同士の戦いではその一瞬の遅れが致命的な隙となる。

 

「吸い殺すぞ」

 

 エレインはその場から動かない。動く必要が無いからだ。その場で悠然と構えたまま、腹部から幾つもの杭を乱射する。

 死地にあって加速するヴァーリの意識が、飛翔する杭の群れをスローモーションのように捉える。動け動け動けと体に命じる間にも、少しずつ確実に迫る杭。

 

 あと一メートル。 

 

 あと五十センチ。

 

 あと三十センチ

 

 あと―――十センチ。

 

「お、おおおおおおおおッ!」

 

 寸でのところで自由を取り戻したヴァーリは、雄々しく叫びながらも冷静に状況を判断していた。回避も防御も間に合わない。

 

 ―――ならばせめて、少しでもダメージを減らすのみ!

 

 体を捻り、丸めることで的を小さくし被弾数を減少、及び急所を守る。末端を掠める杭の衝撃に抗い、耐えきったとの姿は一言で表せばボロボロだった。

 鎧の各所に罅が入り、崩れている。そこから覗く肉体も、杭を媒介に生気を奪われたことで土気色に変色し、水分が抜け切ったように乾涸びていた。

 

「ふふ、はははははははは!」

 

 この戦いの主導権を握っているのは己ではなく敵だ。そのことを理解するが故に、ヴァーリは笑う。

 この身に受けた傷は、即ち相手の強さの証明だ。これほどの強者との戦いを楽しまずして白龍皇は名乗れまい。

 

「やれやれ……君は被虐体質なのか?」

 

 エレインの言葉には呆れの感情が多分に含まれていた。ヴァーリは戦闘狂ではあるが、一般知識を最低限は備えている。ボロボロになりながらも呵々大笑する者が世間一般ではどう見られるかなど、容易に想像がつく。

 それでも、笑ってしまうのだ。喜んでしまうのだ。楽しくて堪らない。

 これは最早、性分ではなく習性だろう。ドラゴンの神器を持って生まれた者の宿命だ。

 

「そんなことはない。ただ、楽しいのさ。そして、ここからはもっと楽しんでいこう」

 

「……生憎と私は痛みに喜びを覚える性質(タチ)ではなくてね、故に一方的に攻撃させてもらうこととしよう」

 

 ギアを一層上げるヴァーリに対して、エレインはやはり冷静だった。

 両手に握った長剣を投擲し、自身は地面に向かって急降下。ヴァーリに背を向けることさえ許す、最大最速の戦略的撤退である。

 その迷いの無さからは、予めそうするつもりであったことが察せられた。長剣をこれ見よがしに構えていたのは、白兵戦に応じるつもりであると思い込ませるためのフェイク。万が一にもヴァーリに主導権を渡すまいと、距離を取ることがエレインの本当の目的だった。

 

「この程度で足止めになると思ったか!」

 

 投擲された長剣を裏拳の一振りで粉砕し、ヴァーリも急速降下してエレインを追いかける。じりじりと距離が詰まっていき、射程範囲に捉えたと思ったその瞬間に、ヴァーリは己が罠に誘い込まれたことを悟った。

 

 地面には、赤い月の輝きによっていくつもの影があった。校舎の影、吸血鬼の影、ドラゴンの影、その他様々な影が一斉に蠢き、形を武器へと変えてヴァーリへと襲い掛かる。

 エレインを追うために急速降下していたヴァーリは、高速で突き上げられる影の武器群に自ら突っ込むこととなった。

 

「二度も同じ手が通じるものか」

 

 薔薇の夜が展開された直後、ヴァーリは紅の杭に包囲されるという窮地に唐突に放り込まれた。一度は突破したものの、二度も三度も同じことが出来ると思う程傲慢ではない。

 故に、周囲を攻撃に囲まれても対応できるように、予め用意を進めていた。

 

 発動直前の状態で待機されていた魔方陣から紫電が駆け抜け夜空を彩る。夜空の下の紫電は中々に映える光景だが、加減抜きで放たれた魔法は強力無比。影の武器群を瞬く間に焼き尽くした。

 しかし、濃淡、形、大きさを自在に変化させるだけの自由度を持つのが影である。焼けた端から新たに槍や剣の形へと作り直され、再びヴァーリの身へと襲い掛かる。

 ただ、それらは先程と違ってヴァーリの不意を突けたわけではないし、その身に刃を到達させるまでには幾何かのの猶予がある。

 

 で、あるならば、四方八方から迫る武器群をヴァーリが恐れる道理はない。

 

 右に左にと体を傾け、無数の影の凶器の隙間に体を滑り込ませる。地面に近づくに連れ、攻撃の勢いはより一層激しくなり、更にはそれまでに躱した武器までもが背後から襲い掛かってくる。

 その全てを最早、目で見ることさえさずに気配を感じるがままに回避していく。

 

 そして、その双眸は、垂直降下から地面との並行飛行に切り替えたエレインの後姿を捉えた。

 

 空中で反転、次の瞬間にはドンッ! と衝撃波さえ撒き散らしながら盛大に着地を決める。その際に巨大なクレーターが出来上がり大量の砂塵が舞うも、ヴァーリは気にも止めない。

 クレーターを更に広げながらその場から猛烈な勢いで飛び出し、地面に平行する形で飛行する吸血鬼の後姿を追尾していく。

 

「しつこい男は嫌われるぞ」

 

 距離は離れているし、かなりの速度で飛翔しているため風切り音もある。その中であっても不思議とエレインの声がヴァーリへと風に乗って届けられた。

 攻撃の勢いは更に強まっていくが、だからどうしたというのか。そもそも、影の攻撃は数こそ凄まじいものがあるが、速度は微妙の一言だ。数の多さは半端な速度を補うためのものだろう。

 しかし、ヴァーリはドラゴンである。ドラゴンと言えば、力の強大さに目が行きがちだが、その飛行能力の高さも世界有数だといことを忘れてはならない。数を頼みにしただけの鈍間な攻撃なぞ、彼の歩みの前には壁足り得ない。

 

 しかし、忘れてはならないことはもう一つある。今、ヴァーリと戦っている女が常識の枠には収まらないということだ。

 

 ―――速度で捉えきれないのならば、数で押すまで。

 

 十で捉えることが出来ないのなら、百で押せばいい。百で捉えることが出来ないのであれば、千で押せばいい。

 空一面を薔薇の杭が覆い、大地には影の剣山が連なる。駄目押しとばかりに念動力による不可視の衝撃波が奔った。

 しかも、エレインはグラナの眷属として悪魔に転生したことで魔力を得ている。業火の髑髏が、雷の蛇が、氷の獅子がヴァーリへと襲い掛かる。

 

 才能と実力に物を言わせたエレインの猛攻は、最早一個人に向けるには過剰な戦略の域に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議に出席していた者たちは、会議室から校庭へと居場所を移していた。すでに魔法使いの全てが狩り尽くされ、テロリストの最後一人たるヴァーリの相手を務める者が居る今、屋内に留まっている必要もない。むしろ吸血鬼の姫と龍の皇帝の戦いに関心を寄せ、観戦に熱が入るほどだ。

その面子の中には旧魔王派のトップを斃したグラナの姿もあった。

 終末の怪物、あるいは最強の生物とも称される嫉妬の蛇(レヴィアタン)はその生命力と治癒能力もずば抜けていた。白龍皇から受けた傷は全身に広がっていたはずだが、僅か数分の内に癒えてしまうのだから周囲の面々は呆れと驚愕以外の念を抱けない。

 

 しかしグラナにとっては、この生命力や治癒能力は生まれついてのものであり、そこにあるのが当然のものだ。また、驚愕されることも呆れられることも今までに割とあったことなので、首脳陣や若手悪魔らの反応はある意味慣れ親しんだ代物とも言える。

 話しかけられでもしない限りは視線を無視しても失礼には当たらないだろうと、軽く開き直ってエレインとヴァーリの戦いを呑気に観戦する始末だった。

 

「………二人とも遊んでるな」

 

「遊んでる? あれでか?」 

 

 アザゼルは上空を指さして、暗にグラナの言葉を否定する。そこには、信じられないという率直な思いが込めれられていた。アザゼルの器や物事を測る尺度が小さいのではなく、それほどにヴァーリとエレインの戦いは常軌を逸したものなのだ。

 

「ヴァーリとエレインはどちらもまるで全力を出しちゃいない」

 

 一進一退の攻防は、吸血鬼の姫君と白い龍の皇帝の名に相応しいハイレベルなものだった。しかし、グラナはそれよりも上がまだあるのだと言う。

 

「なぜならヴァーリは覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を使ってないじゃないですか。エレインもあれやこれやと能力を使っちゃいるが、出力はどれもかなり抑えられてる。」

 

「確かに言われてみりゃあそうだが………、ならどうして二人は全力を出さないんだ」

 

 アザゼルの問いは当然と言えば当然のものであるがゆえに、この場に集った面々のほとんどが聞き耳を立てた。

 

「出さないんじゃなくて出せないんですよ。今は互いに加減しているから拮抗しつつもそれなりに安全な戦いだが、仮にヴァーリが覇龍を使ったらそれこそ本当に命を懸けた戦いになる。そうなれば、当然俺がエレインに加勢して二対一でヴァーリを嬲り殺しにする。それが分かっているからヴァーリのやつは覇龍を使うことが出来ない」

 

 エレイン・ツェペシュがヴァーリと同等の実力者であることは誰の目にも明白だ。あの一対一の戦いに、彼らと同格以上の存在が一方に加勢する形で参戦するのなら勝敗はその時点で確定するだろう。

 では何故、すでにグラナが加勢していないのか。その当然の疑問を誰かが口にするよりも早く当人が答えた。

 

「俺が今、加勢しないのはヴァーリを追い込まないためです。二対一の不利な状況になったからって降参するようなタマじゃないでしょう、あいつは。つうか、そんな物わかりの良い頭をしていたら戦いのためにテロリストになるなんて真似しませんよ。

 ヴァーリは追い込まれれば余計戦意を沸かせるタイプだ。まさにドラゴンの典型ですね。きっと覇龍を使って最期まで暴れますよ」

 

 神と戦ってみないかという馬鹿げた誘い文句に乗るような戦闘狂ならば、自身と同格の物を二人同時に相手取ることさえも本望だろう。そして限界以上の力を振り絞って戦い続ける。背水の陣と呼ぶには、実に傍迷惑な在り様である。

 その迷いの無さこそがドラゴンであることの証明なのだと本人は宣うのだろう。そして、実際に強さに繋がっているのだから、ただの無謀と切って捨てることも出来ない。

 

「数の有利だけで楽に勝てるようなら二天龍の強さは伝説になっちゃいませんし、ヴァーリが全開になったのなら、俺とエレインだってほぼ全力になる必要がある。

 で、俺たち三人が加減を忘れて戦おうものなら、学園の周囲に囲まれた結界なんぞ吹っ飛ばしてこの町が灰になりますよ。その後は日本神話との戦争ですかね? それでもいいならますぐにでもヴァーリを仕留めますが?」

 

 種の存続のために三大勢力の和平が決まった途端に他の神話体系との戦争が勃発するのなら、それは本末転倒でしかない。国や組織の存続を第一とする首脳陣は、暗い未来を幻視し、首を横に振った。

 その様子を「でしょうね」の一言で済ませたグラナは、説明を続ける。

 

「エレインが全力を出さない理由は、味方をぶっ殺さないためです。この場を異界に変えた技は、内部の存在からエネルギーを無差別に略奪する超強力な代物なんですけど、敵味方を選んで効果を発揮することが出来ないっつう厄介なデメリットがあるんです」

 

 ほら、とグラナが指を向けた先には二人の眷属悪魔がいる。

 一人目は兵藤一誠。主のリアスと共に、旧校舎で囚われていたギャスパーと小猫を無事救出し、仲間の集う校庭に来た彼だったが、現在は冷や汗を流しながら息を荒くしてその場に膝を付いていた。

 二人目はアーシア・アルジェント。元々、教会の聖女として蝶よ花よと育てられた彼女に体力面を期待することはお門違いだ。そのことに頓着するはずもなく死森によって、少ない体力を吸い上げられた彼女の顔色は一誠以上に悪く、今にも気を失ってしまいそうだった。

 

 尚この二人以外にも、若く未熟なグレモリー眷属とシトリー眷属は結構な被害を受けている。流石に倒れる、膝を付くといったことまでには至らないものの、眷属全員が顔色を悪くし、健常とは言えない状態であることは明白だった。

 

 平気な顔をして立っている者は、首脳陣とその護衛だけである。

 

「エレインが異界の出力を少しでも上げたら確実に死んじまいすよ、その二人。いや、グレモリー眷属とシトリー眷属の全員が死にますか……、そんなことは魔王のお二人も嫌でしょう?」

 

 問われた二人の魔王が答えるよりも早く、強く叫ぶ者がいた。リアス・グレモリーである。

 

「少しでも力を上げたら死ぬ? ええ、そうでしょうね、二人は今でもこんなに苦しんでるんですもの! 早くこの力を解かせなさい! 私の下僕をこれ以上苦しませるようなら許さないわよ!!」

 

 細められた目には憤怒と憎悪が宿っており、ふざけた返答をしようものなら今すぐに攻撃してやる。そう言わんばかりの剣幕だったが、グラナは動じることなく唯々呆れだけを返す。

 

「これが最低ラインなんだよ、エレインがヴァーリと戦うためのな。これ以上手を抜けば、勝ちの目が一気に消える」

 

 今のところ、手を変え、品を変え、千変万化する攻撃と戦術の数々を用いてエレインが押していることは事実。攻撃を仕掛けているのはエレインのみでヴァーリは防戦一方。圧倒的にエレインが優勢に思えるが、その考えをグラナは否定する。

 

「例えば、今も展開されている死森の薔薇騎士(ローゼン・カヴァリエ・シュバルツバルド)。この出力が下がれば、ヴァーリの弱体化が遅延し、エレインの強化は滞る。それの不味さはわざわざ説明するまでもねえだろ?」

 

 薔薇の夜以外の能力にしても、エレインの全力というものはどうにも効果範囲が広すぎるので、グレモリーとシトリー両眷属が巻き添えを食らって死にかねない。魔王の妹とその眷属を流れ弾で皆殺しにするわけにはいかず、また結界をぶち抜いて町に被害を出すわけにもいかないので、必然的に全力を出すことを禁じられているのだ。

 

 そして上空の戦いの形勢は、これ以上手を抜けば容易に覆る程度のものでしかない。

 

 無論、実力で劣る者が格上を相手に勝利するという話は度々美談として聞くし、そういった可能性があることは事実。しかしそれは本当に稀有な事例である。稀有であるからこそ、ジャイアントキリングは称賛されるのだ。

 徒に配下が命の危険にさらされることを黙って見ているグラナではない。どれだけ文句を言われようとも、これ以上エレインの能力を低下させることを黙認するなどあり得なかった。

 

「ふざけないで! 戦いに勝つためなら何をしても構わないとでも言うの!? 私の下僕を犠牲になんてさせな――」

 

 愚かな妹の言葉を兄たる魔王が遮って問う。

 

「グラナ君、あの二人の命に危険はないのかな?」

 

「ないと思いますよ。元聖女は生い立ちからして仕方ないとしても、赤龍帝の脆弱さは予想以上でしたがね。どれだけ酷くても数日間寝込む程度で済むでしょう」

 

 殺さないためにエレインは手加減を強いられているのだから、これもまた当たり前の話だった。そのことに安堵のため息を吐いた魔王は妹へ言い含めるように告げる。

 

「リアス、落ち着くんだ。イッセー君とアーシアさんが苦しんでいることは確かでも、それはまだ取り返しの付く範囲でしかない。矢面に立って戦ってくれているグラナ君の配下をこれ以上危険に晒すわけにもいかないだろう?」

 

「でも、お兄様!」

 

 だからと言って納得できることではない。死なないのだとしても、数日間寝込むというのはかなり重い症状だろう。愛する眷属が何日も苦しむ姿を見るのは耐えられない。リアスはそう訴えた。

 しかし、堕天使の総督がそこにとある事実をもって否を唱える。

 

「まあ、実際、グラナ・レヴィアタンやサーゼクスの言う通りだぜ。ヴァーリは滅茶苦茶強え。なにせあいつは旧ルシファーの血を引いてやがるからな」

 

「それは本当なのか、アザゼル!?」

 

 瞠目、驚愕しているのは声の主たるサーゼクスだけではない。この場に集った者の大半が、魔王の末裔であり白龍皇という規格外の存在を知り、アザゼルの言葉と自身の正気さえ疑う。

 

「ああ、マジだ。あいつの母親は人間らしくてな、ヴァーリ本人はハーフなんだよ。そのおかげだろうな、神器を宿せたのは。まあ、宿った神器がたった十三しかない神滅具だってのはどんな運命の悪戯だと、俺もあいつと出会った当初は突っ込んだもんさ」

 

 しかし、とアザゼルは一人のグラナへと視線を向ける。そしてこの場でヴァーリの正体を知ってもまるで動じていない唯一の男へと問う。

 

「どうしてお前さんはヴァーリが旧魔王の血を引いてるって聞いても驚かねえ? もしかして本人からすでに聞いていたのか?」

 

「いや、そんなことはありませんよ。ただ、配下の剣士には劣るとはいえ、それなりに気配の察知には自信がありましてね、ヴァーリが悪魔の血を引いていることには気づいてました。で、その血筋について語らず、姓を名乗らないことから、訳ありか相当に位の高い悪魔の末裔だろうと予想はしていましたがね」

 

 グラナがそのように考えていたことにはもちろん根拠がある。

 第一に中級・下級悪魔の血を引いているのなら、わざわざ隠す必要もない。傲慢な阿呆ならば恥と思って隠すかもしれないが、少なくともヴァーリはそういうタイプではないとグラナは知っていた。

 第二に、ヴァーリの強さだ。当人の努力や指導者の存在もあるのだろうが、馬鹿に出来ないほどの才能を有していることも明白である。『下級悪魔の血を引くハーフが神滅具を持ち、しかも特急の才能を宿している』より、『やんごとなき悪魔の血を引くハーフが神滅具を持っている』と言われた方がいくらか説得力もあるだろう。

 

「と、まあ、アザゼル総督の善意から有益な情報提供が為されたわけだが………、リアス・グレモリーよ、さっきから嫌だ嫌だの繰り返しをするだけの馬鹿よ。俺の、俺たちのやり方が気に入らないってんなら、てめえが何か代案出せや。お前がヴァーリを止めてみせろ

 過去・現在・未来において最強と称されることになるだろう白龍皇を何とかする方法を考え実行してみせろ。あーだこーだと文句を言うだけなら、そこらのクソガキにだって出来る。が、それが世間で通用しねえことくらい分かるだろう? 自分の無知・無力・無能から目を逸らして、上から目線で指図すんじゃねえよ。鬱陶しんだよ」

 

 リアス・グレモリーは才媛と呼ばれてはいるが、その実力は若手有望株のフェニックスに負ける程度のものでしかなく、堕天使総督の秘蔵っ子には到底及ぶものではない。この場でいくら奮い立とうとも、リアスがヴァーリに勝利することなど敵わない。そんなことは誰の目にも明らかだ。

 

「何も出来ない、何もしない自分を棚上げして他人のやることに文句つけるなんて良いご身分だなぁ、おい。てめえ、もう黙ってろ。それ以上口を開いても、悪魔と公爵家の恥を晒すだけだ」

 

 七面倒な外野が漸く黙ったことで、観戦に集中できると思ったのも束の間。馬鹿との口論が終わったことを機と見た男が声を掛けてきたのだ。

 

「質問を一つしても構いませんか?」

 

 その男を形容する言葉はいくつもある。

 蛍光灯のような輪を頭上に浮かべて恥ずかしげもなくキラキラとオーラを四六時中垂れ流し、夜の風情を台無しにする阿呆。

 金色の髪と碧眼に垂れ目といった容姿の、いかにも女受けのしそうな外見をしているくせに経験のない万年童貞。

 ついでに、空気と他者の心を読むことの出来ないKY野郎。

 その男の名はミカエルといった。

 

 ―――天使長(お前)からの問いかけを拒否できるわけねーだろ、馬鹿野郎。

 

 心の内でメンチを切り野次を飛ばしながらも、グラナの鍛えられた表情筋は自然な笑みを作る。

 

「無論です」

 

「では……、あなたと配下の彼女は、デュリオの拘束から容易く逃れましたが、あれは事前に予想できていたことなのですか?」

 

「会場に入った瞬間から、俺はずっとその場の面々を観察して実力を推し量っていた。そこから、禁手(バランス・ブレイカー)無しのデュリオの拘束から抜け出せる確率は半々だろうと予想を立てていました。」

 

「ずっと観察していた? それは何のために?」

 

「………あなた方と戦う可能性があったからですが?」

 

 問われたグラナは、逆に問い返すように、心底不思議そうに答える。

 それを聞いたミカエルだけでなく、アザゼルやサーゼクスまで絶句していた。凍り付いた空気、とはこのような状況のことを言うのだろう。

 その空気を作り出した本人だけが態度も口調も崩さない。

 

「いやいや、だって考えてみてもくださいよ。バラキエルの件を含めて俺は色々やってるんですよ。高名なエクソシストをぶっ殺したり、どこぞの研究施設を爆破したり……。和平を結ぶ条件として、グリゴリや天界が俺の処刑を求めるってことは予想できたことだ。その場合魔王陛下は確実にその条件を飲むでしょう」

 

 他種族を強引に眷属に加える、純血か否かを理由にかつての戦友の末裔さえ排斥する、保身のために仕えた主の子孫を殺そうとする―――それが現在の悪魔だ。そして、国の存続を理由にそれを許してしまっているのが魔王だ。

 

 そんな種族、そんな国、そんな王たちならば、子供一人を生贄に捧げることに否応もあるまい。

 

「まあ、俺はどこぞの国だとか顔も知らん誰かのために死ぬなんざ御免だし、死ぬわけにもいかない身の上だ。処刑の要求が出た時点で、離反する心算でしたよ。

 そのための前準備の一環として、あなた方の戦力を観察し続けていたわけです。無論、ここに来る前に、仮にあなた方と敵対する羽目になっても確実に逃走できるように保険はかけておきましたがね。戦力分析の観察は駄目押しに近い」

 

 思考を止めれば死ぬ。ならば、必勝の更に先まで考えればいい。

 準備を怠れば死ぬ。ならば、金と手段を選ばずに備えればいい。

 修羅道を地で行き生き残る中で鍛えられたものは、何も戦闘能力だけではないのだ。むしろ、用心深さ、計算高さこそがグラナの真骨頂と言っても過言ではない。

 

「デュリオの拘束……あれがただの拘束で終わると思っていませんでしたよ。なにせ生粋の嫌われ者ですからね、俺は。下手に無罪証明が遅れれば解凍は先送りにされ、俺を嫌う豚貴族どもの手でどこぞ牢獄にぶち込まれて二度と日の目を見ることもない……ってことだってあり得た。

 ………ああ、ミカエル様。言わんでも言いたいことは分かりますよ。そんな短絡的なことを本当にする者がいるとは思えないんでしょう? ところがいるんですよ、悪魔社会にはいくらでもね」

 

 息子が魔力を持たずに生まれてきたために己の妻を責めて息子共々追放する、父として夫として男として最低の大王。貴族社会の存続に執心し視野を狭め、とうの昔に誇りある上級悪魔など消えたことにすら気付かない老害。己の無知無力無能に気付かず、威張り散らすだけの馬鹿姫。家名を背景に暴力を好き放題に振りかざす、礼節の欠片も知らない糞餓鬼。血統と姓しか自慢するものを持たない塵貴族。

 一万年の歳月は、特権階級を腐らせるには充分に過ぎたのである。

 

「ならば尚のこと、凍結を受け入れるわけにはいかないのでは? 半々の確率で失敗を引き当ててしまえば、その後は抵抗することも出来ずに、その悪しき未来を辿ることになるのですから」

 

「だから先にエレインが凍ったんですよ。俺とエレインの実力はほぼ同等、防御力に関しては完全に俺が上だ。エレインが封印を抵抗(レジスト)出来るのなら俺も出来ると証明される。逆にエレインが抵抗(レジスト)に失敗するようであれば、即時に保険を発動してトンズラかませばいい」

 

「? 凍った状態では、意識を保てていてもそれを伝える手段がないのでは? 声を出せないのは当然として、身振り手振りもできませんよね?」

 

「共に何年過ごしていると、共にいくつの戦場を越えてきたと、何度あいつを抱いたと思ってるんですか。身動き一つ取れなくても意思の疎通くらいできますよ。それが愛ってもんでしょう?」

 

 




一万五千文字て……。前話に続いて文字数多い……。

なんか疲れた……。次はもうパパッと戦闘は飛ばそうかな。
ぶっちゃけ次章で戦闘がかなり多い予定だし……、三章ではここらでお暇しちまうのもあり……?
考えてみますね。




名称:死森の薔薇騎士(ローゼン・カヴァリエ・シュバルツヴァルド)
出典:Dies irae
原典使用者:ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ
本作使用者:エレイン・ツェペシュ
効果:本編を参照、もしくはDies iraeをプレイしてください



名称:彷徨う死神(ブラッドストーカー)
出典:ブラッドラッド
原典使用者:ブラッド・D・スタズ
本作使用者:エレイン・ツェペシュ
効果:血を自在に操る。




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