ハイスクールD×D 嫉妬の蛇   作:雑魚王

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3話 会談

 ――危険だ。

 

 僅かに弛緩した空気の中でアザゼルが最初に思ったことはグラナの危険性だった。

 グラナには嫉妬の蛇(レヴィアタン)の末裔に相応しいだけの力があるのだろう。それだけならば優秀な若手の一言で済ませることも可能だ。しかし、グラナには祖先から継いだ力とは全く別の『強さ』がある。それが問題なのだ。

 

 例えば、知力。『悪魔の頭脳』と称しても良いほどの悪辣さと計算高さを同居させたそれは、容易く世界を混乱に陥れることが可能だ。数年前の策略ではグラナの望み通りとは行かなかったが、あれは運に助けられた部分もある。成功するまでトライ&エラーを繰り返されれば、衰退した堕天使勢力では抵抗できるかさえ怪しい。

 

 次に精神力。件の戦争を引き起こそうとした件だが、その当時はグラナの手元に仲間以外には何もなかったという。その状態からあれだけの計画を発案し、実行に移した胆力と精神力は並ではない。あるいはそれさえも過小評価か。地獄の底を疾走し続けた男の精神力を測ろうとすることが、そもそもの間違いなのかもしれない。

 

 それほどの存在が、今では己の城を持ち、かつてより力を蓄えているというのだ。配下が増えているだろう。個人の実力は高まっているだろう。より多くの知識を取り込んでいるだろう。その手元にはかつては存在しなかった道具や物資もあるのだろう。

 グラナが動乱を望めば、その影響はかつての比ではあるまい。例え計画を看破することができたとしても、その掌の上から逃れるためにはどれほどの被害が必要となるのか。

 

 堕天使の総督として、アザゼルはそのことを考えずにはいられない。

 

 だから訊くのだ。動乱の原因ともなりかねないものを放置している現状について。

 

「なあ、サーゼクス、セラフォルー。お前さんらにとってそいつは大事なんだろう? 数少ない旧魔王の血族だもんな。混血となりながらも一族を絶やさなかった上級悪魔の末裔を保護しているお前さんらが、グラナ・レヴィアタン(・・・・・・)を大事に思わないわけがない。

 なら、なぜだ? なぜ、そいつが虐げられている現状を放置している? 数百年も魔王をやっているんだ。一部の貴族連中がそいつにやっていることについても把握しているんだろう? どうして、間に入って問題を解決しないんだ?」

 

 瀬領に記されし神や旧四大魔王と争ってきたアザゼルは歴戦の雄であると同時に、優れた為政者でもある。己の経験から質問の答えについては、すでに検討はつけていた。だが、それとこれとは別なのだ。現魔王としての考えを聞かねばならない。

 

「私たちも解決しようと努力している。だが、グラナ君の『旧魔王の末裔』という称号を疎む者、羨む者が多すぎるんだ」

 

 合議制をとっている以上、多数の貴族が意見を同調させた場合、それを撤回させることは難しくなる。

王とは少数より多数を選ばなければならず、その判断に私情を介在させることは許されない。グラナ一人よりも、グラナのことを排斥する多数の貴族を優先することは為政者として当然の判断だ。

 

「なあ、グラナ・レヴィアタンよ。お前さんはそれでいいのか?」

 

 いいわけがないだろう。訊くまでもないことだ。

 それでもこの質問を投げかけたのは、特級の危険人物をプロファイリングするための材料を少しでも得るためだ。

 

 アザゼルの考えを理解していないのか、あるいはした上での敢えての判断なのか。グラナは臆することなく答えてみせる。

 

「まあ、いいわけないですね。しかし、じゃあ文句を言えば何か変わるんですか? 状況が改善されるなら文句をこれでもかとばかりに言いまくりますが……魔王眷属に睨まれるだけでしょう?

 口より先に手を動かせってね。無駄口叩く暇があるのなら、せこせこと状況を改善するための努力を自分でしますよ」

 

 一見まともなことを言っているように思えるが果たしてそうなのだろうか。自分たちの安全のために戦争を引き起こそうなどと考える男が、ありふれた答えを出しただけに留まるものだろうか。

 アザゼルには、どうしてもグラナの言葉を額面通りに受け取ることが出来なかった。

 

 (……自分の本当の考えを隠している? あるいは今の回答には裏の意味があるとかか?)

 

 と、そこで思考が止まる。証拠がないからだ。

 グラナの過去は壮絶なものであり、今も苦境に立たされているのだろう。けれど、それが危険な発想に繋がるという証拠にはなるまい。

程度は違えど、苦境の中で騒動を起こすことなく真っ当に生きようとする者がいることは事実。グラナ・レヴィアタンがそうした例の内に入る可能性は当然のことながら存在する。

 

(現状じゃあ、どちらもあり得るな。今、結論を出すのは早計か……)

 

「殊勝だな。現魔王に対する恨みの気持ちなんかはねえのか? 今の魔王たちの政治を批判する気はねえが、彼らが内戦で勝利したことが原因でお前の一族は冥界の辺境に追いやられたんだぜ? 現状の問題だってある。……そのあたりについちゃどう考えている?」

 

「勝者には敗者の処遇を決定する権利がある。それを行使して追いやっただけではないですか。正当な行為だ。そのことについて兎や角言ったところで、それは負け犬の遠吠えにしかならんでしょうに。それに、普通に考えりゃあ一族皆殺しにされたっておかしくないんだ。処分が辺境に追いやるだけってのはかなり温情がある。

 今の貴族たちとの敵対に関しちゃ、仕方ない(・・・・)としか言えないでしょう。俺一人より多数の貴族を優先することの正しさは理解できるし……そもそも俺を優先するとしてどうするんですか? 貴族どもを監獄にブチ込む? いやいや、その程度で更生する真っ当な連中なら初めから暗殺者を送り込んだりしないっての。何なら、俺が逆恨みされるまである。なら一発で確実に黙らせることのできる処刑か? いや、これもありえない。ただでさえ純潔悪魔の保護が叫ばれているし、糞どもは糞どもなりに社会の歯車として働いているんだ。一度に大量にぶっ殺そうものなら国が立ち行かなくなってしまう」

 

 グラナの語った細かい政治的事情を抜きにしても、貴族の大量処刑などという真似はできない。そのようなことをしようものなら、かつての内戦で再び巻き起こされることは容易に想像がつくのだから。

 

「まあ、暗殺者をいくら送り込まれようとも、それを指示した上級悪魔をぶっ殺せない状況を歯痒いと思っているのが本音ですがね。……俺にとって悪魔の国は(タチ)の悪い闘技場みたいなものだ。保護の名目のおかげで逃走を禁じられ、対戦相手は殺す気で武器を向けてくるが俺に出来るのは防御と武器破壊のみ。対戦相手を斬りつけようものなら、ペナルティを課せられる。……ふざけた勝負だ。まるでフェアじゃない。が、実戦なんてそんなものでしょう。実力差、人数差、体の状態、その他諸々の条件がまったくの公正公平の戦いなんてあるかよ。それでも戦うしかねえんだから戦う。それだけです」

 

 嘆きたくなるような現実を直視しながらも決して逃げ出すことのない、不退転の覚悟がある。決して歩みを止めず諦めることのない鋼鉄の意志がある。

 アザゼルは、ヴァーリこそが若手において最強だと今日この時まで信じていた。血筋も宿した神器も強くなることに賭ける想いも、全てが突き抜けているヴァーリに及ぶ者がいるものか。

 その考えが揺らがされた。

 血筋はほぼ同等。地獄で生き抜いたグラナは努力の量で勝るだろう。そして意志の強さにおいてはグラナが圧倒的に上回っていると言わざるを得ない。

 

「………サーゼクス、とんでもねえの拾ったな」

 

「日々痛感しているよ」

 

「はぁ……。会談を始める前から色々と疲れたぜ。――――っておい、もう残り数分で会談の開始時間じゃねえか」

 

 時間の経過に気付かないほどに、この場の面々はグラナに呑まれていたらしい。問答に時間を取られすぎた。これでは休憩時間を取ることもできないではないか。

 

「あ~、クソ。失敗したぜ」

 

精神に疲労を溜めた状態で会談に臨むことに、ため息を再度吐くアザゼルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アザゼルがため息を吐いたおよそ五分後にソーナ・シトリーとその『女王』真羅椿姫が、更にその十分後にギャスパー・ヴラディと塔上子猫を除くグレモリー眷属会場入りし、和平会談の幕が上がる。

 

「では、まずは聖剣の奪還騒動において活躍した私の妹、リアス・グレモリーから事件についての説明をしてもらうこととしようか」

 

 実の兄であり、現魔王でもあるサーゼクスの指名に緊張を感じさせる返事をしたリアスは、その場で口頭による説明を始めた。彼女がやったことと言えば、駒王学園の校庭に陣取ったコカビエルに特攻を仕掛けて玉砕したことだけなので、説明は非常に薄っぺらく、騒動の大きさに反して僅か数分の内に彼女は口を閉じることとなった。

 

「―――というわけで聖剣エクスカリバーはコカビエルの手から奪還され、今は私の眷属となっている紫藤イリナとゼノヴィアの手によって教会へと返却されています」

 

「ありがとう、リアス。もう座っていいよ」

 

 ひと仕事終えたとばかりに安堵の雰囲気を漂わせるリアス。

 その姿を見てデュリオは苦笑する。ヴァーリは興味がないとばかりに完全に無視し、エレインとグラナも会議の腰を折るわけにもいかないので口を開くことはなかった。

 三大勢力のトップ人の反応が薄いのは、彼らがすでに例の騒動についての情報を入手しているためだ。

 

「アザゼル、コカビエルの行動についてあなたはどう思っているのですか?」

 

 優男風の外見に似つかない、ミカエルの詰問に対してアザゼルはあっけらかんとして答える。

 

「別に? 事前に渡した文書の通りさ。あいつの行動は完全に独断だ、俺や他の幹部連中とはまるで関わりがない。処分はすでに下し、コカビエルは冥府の底のコキュートスに落とされた。もうあいつが何かをすることはないだろうよ」

 

「それはそうでしょうけれど……はぁ、そう簡単に済ませていい話でないことくらいわかっているでしょう? 文書を寄越してはい終わりで済むのなら外交官はいりませんよ」

 

 ミカエルの言葉にうんうんとばかりに頷いているのは、四人の魔王の中でも外交を担当するセラフォルーだ。プライベートでは魔法少女のコスプレ趣味を持つ彼女ではあるが、数百年もの間、外交を担ってきた手腕と経験は侮れない。外見と能力に乖離があるという良い例がこの魔王少女である。

 

「これだからアザゼルちゃんは……。シェムハザちゃんの苦労が偲ばれるよ」

 

「はっはっは。総督の補佐を出来て、あいつも副総督冥利に尽きるだろ」

 

 パンパン、とサーゼクスが手を叩いて場を諌める。この会談の本旨を忘れるなという遠回しの警告だ。

 

「さて、……それぞれの勢力に思惑があるのだろうが、この場に来た主目的は一致しているはず。―――和平を結ぼうか」

 

 ほう、と息を吐いたアザゼルは若き魔王に問う。

 

「随分と直球じゃねえか。俺はてっきり細かい腹の探り合いの一つか二つくらいはすると思っていたぜ。どういう風の吹き回しだ?」

 

「どうもこうもないさ。……アザゼルとミカエルも分かっていることだろうけれど、私たち三大勢力はそれぞれの力を大きく落としている。このまま争い続ければ共倒れとなってしまうほどに。

だから手を組む。種の存続のためさ。分かりやすいだろう?」

 

 国力が低下していることは揺らぐことのない事実。そして、悪魔をはじめとする長命の異形は出生率が低い傾向にある。これでは早期に自陣営の復興を行うことは難しい。

国力は少なく回復も難しい状態のままさらに小競り合いを続けていれば、どこの勢力が勝利しても、勝者となった勢力も長続きしないことは明白だ。

 

「神に仕えた私が言うのも何ですが……、先の大戦において、大戦の要因となった魔王と神はこの世を去ってしまった。その事実だけでも、手打ちとする理由としては十分でしょう」

 

 サーゼクスの意見を補強するかのように、ミカエルは賛同を示す。その内容は、トップ陣が以前から抱いていたものだ。

自分たちが生き残る術は戦いではなく平和。

大戦が終わりを告げてから長い年月が経ち、漸く実現の兆しが見えてきたのだという思いを共有する。

 

「それ以外にも、私としてはもう一つ理由がある」

 

 指を立てて、注意を集めてからサーゼクスが続けた。

 

「時代の変化、新たな時代が近づいてきているように感じたからだ。かつては敵対していた二天龍が三大勢力に属している。上位神滅具を有する最強のエクソシストがいる。現悪魔政府側に旧魔王の末裔がいる。

 以前までなら考えられなかったことだ。いや、その内の一つくらいならあったかもしれないが、これだけのものが一つの時代に揃うなんてことを偶然で片付けるのは無理があるとは思わないかな?」

 

 今はまだ大きな動きがあるわけではない。最強のエクソシストは極めて優秀でいくつもの仕事をこなした実績があるだけだし、二天龍が魔王や神を弑逆したというわけでもないし、旧魔王の末裔は一応おとなしくしている。

 しかし、そのことを軽視してはならないのだと、サーゼクスは語る。

 黙示録の始まりにはラッパが吹き鳴らされるように、嵐や地震には前兆があるように。一つの時代を代表してもおかしくない英傑たちが同年代に集まったことは、『何か』の始まりを告げるものなのかもしれない。紅髪の魔王は、そのように推測していた。

 

「今が時代の節目なのだと私は考えている。そして、時代が変わる時には『何か』が起きる。……時代の潮流に呑み込まれないようにするために協力は必須だろう」

 

 聖書に記されし神が存命だった頃から生きている、アザゼルとミカエルは深く頷いた。長い時を生きてきた彼らは、それだけ多くの時代の変化を見てきた経験があり、時代の変化を乗り切ることは生半なことではないと経験で知っているからだ。

 

「時代が変わると言やぁよ……、お前らも知ってるよな? 九年前に北欧神話で神々の黄昏(ラグナロク)が起きたって話」

 

 裏の界隈では有名な話をアザゼルは挙げた。

 

「無論。ただ、親交があまり無いために詳しい事情まで知りませんが」

 

 肯定しつつも、天使長の口ぶりは苦いものだ。北欧神話の代名詞とも言える出来事についての情報を碌に集めることが出来なかったのだから意気消沈するのも仕方ないだろう。

 

「うん、悪魔も全然だね。何回か事情を訊こうとしたんだけど良い返事はまるでもらえなかった」

 

「悪魔としてはかなり譲歩したつもりだったんだけどね……、情報や技術を見返りに提示してもまるで考慮する素振りを見せることさえないのだから相当なものだよ。おそらくは我々だけでなく、他の神話大系もラグナロクの詳細については知らされていないんじゃないかな」

 

 魔王二名は残念がりつつも、仕方ないのだと諦観を滲ませている。衰退し和平を考える勢力の長として、諸勢力に対して無茶を言うことは御法度ということもあり、他の勢力も知らされていないのだから、と妥協する他ないのだ。

 

 天使長の気持ちも、二名の魔王の気持ちもアザゼルにはよく理解できる。彼自身もその気持ちを味わったのだから。

 故にこそ、アザゼルは己の思いが届くと確信した。

 

「俺のとこも似たようなもんだ。知っているのはラグナロクが起きたってことと、それ以降の北欧神話で改革が行われ続けているってことだけだ。

この一連の動きは今でも話題になることが多いが、北欧以外でも動きがある。

 およそ十年前から、アステカ、須弥山、ギリシャ、インドにケルト、そのほかの神話体系でも大なり小なり変化が起きてるんだよ。どこの勢力も時代の潮流を感じ取ってんだ。……俺たち三大勢力も備えを早くしねえと乗り遅れちまう」

 

「漸く和平が結ばれる和平ですが、それでも遅すぎると?」

 

「ああ、焦りを感じているくらいだ。なんたって、あの帝釈天の治める須弥山とハーデスの冥府の変化はキナ臭すぎるからな。前者はシヴァ相手に、後者は他勢力相手に戦争をマジで吹っ掛けるつもりじゃねえかと危惧しているくらいだぜ」

 

「実際にそんなことが起きれば私たちも知らんぷりってわけにはいかないよね。関わりたくなくても、戦争の規模が大きすぎて絶対に巻き込まれる……。しかもそれに耐えきるだけの力が悪魔にない」

 

 暗い未来を幻視したセラフォルーが憂鬱だと言わんばかりに項垂(うなだ)れた。自分たちの陣営が攻め込んだわけでも攻め込まれたわけでもなく、ただ巻き添えを食らっただけで滅びかねない現実は、為政者として相当辛いものがある。

 

 超越者と呼ばれるサーゼクスでさえ、その声には陰鬱とした感情が滲み出てしまう。

 

「衰退した状態で巻き込まれれば、戦いの勝敗がどうであれ我々の国は滅亡するだろうね」

 

「ただし、それは俺たちがそれぞれ一勢力ずつだったらの話だ。天使と堕天使と悪魔が手を結べば多少はマシになるはず」

 

 結論は出た。そして反論はない。

 一拍ほどの時間を取り、三大勢力のトップたちはそのことを認識し、会談の目的を果たす。

 

「……では、決まりですね」

 

「決まってた、の間違いだと俺は思うけどな」

 

「アザゼルちゃん、今のタイミングで話の腰を折るのはどうかと思うんだけど」

 

「私もセラフォルーと同意見だよ。妙な茶々を入れる必要はなかったね」

 

「……何か俺への対応が地味にきつい気がするな」

 

「そんなことは置いておいて……。

 ――今、この時を以って我ら三大勢力の和平を結びましょう」

 

 

 

 




グラナさんが危険視されてますなー、まあ過去にやらかしたことを考えれば当然なわけですが……。
アザゼルとの問答においてグラナさんは色々と別の意味がありそうなことを言ってましたねぇ。ではなぜ、そんな真意を悟られかねない発言をトップ陣の前で行ったのか……その辺りについても予想されては如何か? ちゃんと伏線回収するまでこの作品が続く自信が無いですけどね!!


原作との相違点

十年前から各神話体系において変化が生まれている。

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