「あ、そう言えば、お前、怪我はもういいのか?」
なんだかんだですっかりと忘れていたが、レイナーレはグレモリー眷属にコテンパンにやられていたのだ。当然、無傷とはいかずにいくらか負傷している。
「ああ、うん。まあ、大丈夫よ。怪我と言っても赤龍帝に腹パンされただけだし」
俺はレイナーレが滅ぼされる寸前に乱入しただけでそれ以前の経緯はほとんど知らない。怪我の深度についても知らなかったが、どうやら杞憂に過ぎなかったようだ。
隣を歩くレイナーレの姿は、無理をしているようには見えない。時々、腹部を摩ってはいるが精々が打撲程度だと本人も言っている。。堕天使の回復力があれば、時間経過で鈍痛も消えていくことだろう。
視線を横から正面へと移せば、白亜の居城がそびえ立っている。人間界で言うところの西洋建築でありながら魔術もふんだんに盛り込んだ、俺と配下たちの最高傑作だ。
「ここが、お前の新しい家だ」
旧魔王が現魔王に敗北した煽りを受けて、俺の城は広大な冥界の中でも辺境と呼ばれるところにある。ちなみに俺以外の旧魔王の関係者も辺境に追いやられたが、俺は彼らとそりがあわないこともあり、旧魔王派の関係者の中からもハブられて、辺境中の辺境に居を構えている。利点もそれなりにあるので、俺としては好都合なので大歓迎である。
「大きいのね。屋敷と言うよりは、もう城じゃない」
「これでも旧レヴィアタンの末裔だからな。相応のものを使ってんだよ」
周りが自然だらけの中にポツンとそびえ立つ白亜の巨城は違和感がある。俺自身、自然が好きだから気にしないが、他の者では納得しかねるのも理解できる。
「城の感想はこれくらいにしてさっさと入ろうぜ。お前以外の眷属がいるから、紹介し合わないといけねえし」
「ええ。……嫌われたりしないわよね?」
「案外シャイなんだな」
「これから先、長い間一緒に過ごす相手なんだからこれくらい当然でしょ。……それとリアス・グレモリーがなんか叫んでいたけどよかったの?」
そう、俺がレイナーレを眷属にした後、断罪しなくてはならないとかなんとか言っていたじゃじゃ馬姫を俺はガン無視して冥界に帰ってきたのだ。現魔王の妹として名を馳せる、あの女の不興を買うのが得策ではないとレイナーレは思っているらしいが、それは杞憂である。
「心配するな。普段から方々に喧嘩売ってるから今更だ」
「むしろ心配しかないんだけど!?」
そう驚かれても、必要なことなのだから我慢してもらう他ない。一族から追放された俺には『家』という力がない分、どこか別の場所で無理を通さなければいけないのだ。
「あのじゃじゃ馬姫はやたら有名だけどな、結局魔王の妹の次期当主でしかないわけだ。今はまだ実質的な権力はほとんど持ってねえから、精々文句垂れるくらいしかできねえよ」
最強の魔王の妹。最強の女王の義妹。グレモリー公爵家の次期当主。どれもこれもそうそうたる肩書だが、所詮は肩書でしかない。権力、財力、武力、あの女は実質的な力を持っていない。対して俺は『旧レヴィアタンの末裔』と言う切り札がある。これも肩書に過ぎないが、じゃじゃ馬姫の持つ肩書よりも強力だし、年齢が自分でもわかっていないせいで、公式に『成人した悪魔』と認められているわけではないが、すでに俺は数々の仕事をこなした実績があり、一人前の悪魔として周囲には見られている面もある。じゃじゃ馬姫と争うことになっても、俺が負けることはないだろう。
「それに最悪、冥界から逃げるって手も使えるしな。北欧、ギリシャ、インド、ケルト、須弥山から勧誘受けてるおかげで、いつだって冥界を切り捨てることができる」
そんな感じに話をしつつ、ところどころでレイナーレが額を押さえて若干呻く様を愉悦混じりに眺める俺。
しかし、その愉しい時間も終わりの時がきた。あらかじめ呼びかけておいた眷属の集まる部屋の前に到着してしまったのだ。隣を見ると緊張を隠せずに冷や汗を流すレイナーレの姿がある。教会のシスターまで巻き込んだ一連の騒動では、最後の命乞いの場面以外で常に自信を保っていた姿とはかけ離れている。自信満々の美女が自分の前だけでは弱い所を曝け出す。心躍るロマンがそこにはあった。
「入るぞ」
一声かけてから扉を開け放つ。そこにあるのは絢爛豪華な一部屋だった。貴金属と宝石をふんだんに使われた、豪奢なシャンデリア。天井には魔法を使って一面の星空が映し出され、いくつもの彫刻が描かれた壁面に、いつか集まる眷属全員で食事ができるようにと用意した十メートルを超える長机、その上には和洋中を問わないいくつもの料理が並べられており、部屋の入り口にいる俺の鼻にまで食欲をそそらせる香りを届けてくる。
「早く席に着いたらどうだい? せっかく用意してくれた夕飯が冷めてしまう」
「うん? そのヒトが新しい眷属なの?」
すでに席に着いている二人はもちろん俺の眷属だ。現在は故郷に帰省中のためにここにはいない『戦車』と新入りのレイナーレを足しても四人、同年代の若手と比べても眷属の集まりが悪いとたびたび忠告染みたことを受けてきたくらいに、俺の眷属集めは捗っていない。まあ、それも俺の気に入るやつが見つからんと突っぱねているわけだが。
「ああ。元
レイナーレが勢いよく頭を下げて、口上を述べる。その勢いは、女は度胸と言わんばかりのものであり、緊張を強引に振り切るためのものだろう。人と人との付き合いは第一印象が肝心だ。ここで滑っては今後の生活が精神的に辛くなってしまう。失敗は許されないぞ、レイナーレ!!
「よよ、よろしくお願いしましゅ!」
などと心の内でふざけ半分に応援した甲斐も虚しく、静寂が部屋を支配した。
「へー、じゃあレイナーレはグラナに命を救われて眷属に加わったんだね。うん、慣れない悪魔生活でわからないこともあるだろうから、いつでもボクを頼ってくれていいよ!」
常ににこにこと笑顔を浮かべている、小柄なボクっ娘。動き易いようにショートボブに切り揃えた薄茶色の髪が、激しい挙動の影響を受けて常に跳ね回っているのが特徴だ。名前はルル・アレイス。裏に関係する人間たちの間で『剣聖』の異名で知られるアレイス家の才女であり、現在は俺の『騎士』を務める剣士だ。使用された『騎士』の駒は『
俺は武芸百般に高い適性を持つ天才だとと多くの神から言われたが、ルルの剣術の才気は、そんな俺から見ても異常の一言に尽きる。便宜上、俺は天才だと呼んでいるが、口の悪い者の中には彼女を化け物呼ばわりする者もいると言えば、その才能の凄まじさの一端程度は理解できるだろう。
「こう見えてルルは実力者の上、ここでの生活も長いから、案外頼りになるよ。まあ、少しばかり頭の捻子が緩いのが欠点だがね」
どこか学者然とした雰囲気を纏い、話し方も冷静さを窺わせる。長く伸ばした金色の髪を三つ編みにまとめて右の肩から垂らしており、赤い瞳と鋭く尖った犬歯を持つ。彼女の名はエレイン・ツェペシュ。高レベルのウィザードタイプであるために、『僧侶』の駒を二つ消費してようやく眷属に加えることができたハーフ
ビスクドールのような美貌とドレス衣装は非常に良く似合い、惜しげもなく晒された胸元や白い肌は眼福である。
「ええ、気を利かせてくれてありがとう。それに二人が凄く気立てが良くて助かったわ」
「ははは。あんなに緊張してたもんね。そんなに他の眷属のことが不安だったの?」
「そりゃあもう。だって私の先輩にあたるヒトでしょう? 私は新参だし、関係が拗れでもしたら厄介すぎるじゃない」
「心配いらないさ。ここにいるのは面倒な過去を抱えてる者ばかりだし、王のグラナが一番のトラブルメーカーだ。そう易々と愛想を尽かれることはあるまいよ」
「……さりげなく俺をディスるなよ」
「つい先日、どこからかヒュドラの幼体を拾ってきたのは誰だったろうね?」
「俺だな」
「三か月ほど前にとある上級悪魔の顔面にワインを浴びせたのは?」
「……俺だな」
「半年前には眷属候補と共闘してエクソシストの部隊を全滅させたそうだね?」
「……」
心当たりがありすぎて何も言えない。今、エレインの挙げたものは全て正しく、そして彼女が把握していないところでも俺は事件を起こしているのだ。認めるのは癪だが、そうしなければ更に追い込まれてしまいかねない。
「まあ、俺がトラブルメーカーだということは認めてやるよ。だが、お前らだって大して変わんねえだろうが。ルルはどっかから変な魔獣を次々に連れてくるし」
「変じゃないよ! 可愛いもん!」
頬をぷくりと膨らませたその抗議こそ可愛いと思う。その様子は楽しむけれど、反論を受け付けることはない。カーバンクルは小動物のようで可愛いと認めるが、超巨大蛞蝓には生理的嫌悪しか感じないのがまともな感性だろう。あれは、使い魔は使い魔でも、エロゲの悪役ポジのやつが使役するものだ。
「エレインが収集した本の中には付喪神やら魔導書が混じってやがる。この前だって力ある本が再生能力持ちの魔獣を次々に吐き出したおかげで、使用人まで動員した城全体の事件になっただろ」
「う、うむ。悔しいけれど反論できないな。けれど、あれらの書物は宝と言っても良い物だろう? 君の言う通り、厄介ごとは起こすけれど、手元にあったほうがいざという時に頼りになるはずだ」
力ある魔導書などそう易々と手に入るものではなくだからこそ機会があれば積極的に手に入れる方向に力を注ぐ気持ちはわかる。だが、それならそれで、まともに扱うだけの用意などをしなければならないはずだ。
「いざという時に、制御できるかも怪しいもんに頼りたくねえよ。最悪、それが止めになりけねないし」
「その点、ボクの魔獣たちは言うこと聞いてくれるもんね! 頼りにしてくれていいよ?」
「……確か三日前にドラゴンに頭からガブリと咥えられたまま空を飛んで行ったよな?」
ドラゴンとしては親愛の印だったのかもしれないが、頭を口に加えたまま空を飛ぶ様は巣に餌を持ち去られる餌にしか見えなかったくらいだ。体を張ったギャグの度合いを遥かに超えたあれには肝を冷やされた。
「………上手くやっていけるか、ものすごく不安になってきたんだけど」
誰かの小さな呟きも、慌ただしく言い争う俺たちの耳には全く入ることはなかった。