ハイスクールD×D 嫉妬の蛇   作:雑魚王

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 今話は原作とほとんど変わらないので、ぶっちゃけ読み飛ばしても問題ないと思います。
 


3話 ファミレスでの邂逅

 とある平日の午後。学園での授業を終え、一度帰宅した俺は、三人の連れを伴って町中を歩いていた。

 

「こうして眷属メンバーが揃うことは久しぶりだね」

 

一人目は、俺の右腕であり『僧侶』のエレイン・ツェペシュ。百六十代後半の長身に金髪赤目の女だ。私服の八割ほどがドレスに占められ、しかもその大半が赤系という彼女だが、そのような恰好を平日の昼間から街中でしていては目立ってしかたない。よって、今の彼女の服装は、ロングのスカートとベージュのカーディガンを引っ掛けたものとなっている。ありふれた服装であっても、その所作や雰囲気から気品を漂わせるのだから、服とは人を選ぶものだと感じさせられる。

 

「新しく入ったレイナーレはここにはいないけどね」

 

二人目はルル・アレイス。歩くたびに跳ねるブラウンの髪は彼女の快活な気質を表しているようで、ホットパンツとチューブトップという服装がそれに拍車をかけている。どこぞの女神からは、『史上最高の才能を持つ剣士』と評される自慢の『騎士』だ。

 

「だとしても、こうして私たち三人が揃うのは久しぶりでしょう。できれば、私も新しく入ったという『騎士(ナイト)』と話してみたかったですが」

 

そして三人目は、先日、長期任務から帰還したばかりの『戦車(ルーク)』。長い銀髪をポニーテールにして一つにまとめた碧眼の美女。キリッと引き締まった美貌と整った姿勢から真面目そうな印象を受ける『戦車』。

 忠誠心皆無のルルやエレインとは正反対の、忠誠心カンスト勢の筆頭たる彼女の名はレイラ・ガードナー。

 黒のスーツを着こなし、カツカツとヒールを鳴らして歩く様はまさしく『できる女』だ。当人は不本意だろうが、町中を彼女が一人で歩けば同性からナンパされるのも納得できる。

 

 

 なぜこの面子で出かけることになったのかと言えば、ルルの一言が原因である。

 

『お出かけしよう!!』

 

 唐突にルルが出した提案は、『最近デートしてないから』や『レイラの帰還祝い』といった理由によるものだとルル本人は述べていた。俺は、ただ久々に仲間内で外出して遊びたいだけなのだろうとは思っていたが、それを口にはしない。そんなことを言えば、妙なところで子供っぽい部分のあるルルが拗ねることは目に見えているし、ルルの挙げた理由も全く心にもないというわけではなく、少しくらいならそういう思いもあるだろうと考えたからだ。

 

「メニューの一番上から下まで一通り」

 

 というわけでテキトウに着飾り外出した、俺とルル、エレインにレイラは昼食を取るために入ったファミレスでこれまたテキトウに注文する。注文を取りに来た店員の顔が若干以上に引き攣っていたが、どの店でもこの注文をすると大抵はあの反応なので気にすることもない。

 

「新入りの『騎士(ナイト)』は不在ということでしたが……どちらに?」

 

 店員が去っていく後ろ姿を見送ってから、ふと思い付いたとばかりにレイラが言った。もののついでのような言い方だが、面識がまるでなく有名でもない相手のことなど、あまり興味が沸かない気持ちも理解できる。

 

「弱すぎてこのままだとうっかり死にかねないから、影の国で修業中だ」

 

 ルルが先んじてドリンクバーで取ってきてくれていたジンジャエールに口を付けながら、俺は答えた。レイラは「成程」と一つ頷いてから同じようにグラスを傾ける。話しながら飲めばいいものを、飲む行為と会話を並列ではなく別個に行うことから彼女の忠誠心の度合いが滲み出ている。エレインをして、忠誠心が天元突破していると言わせるだけのことはある。

 

「成果が出る前に死んじゃうかもしれないけどねー。あの女神さま、容赦なさすぎるし」

 

「縁起が悪いことを言うものじゃあないよ。そういうことは殺したい相手にだけ言っていいのさ」

 

ルルは冗談めかして笑い、エレインがそれを軽く嗜める。

 

 席は俺が一番奥の窓側で隣にはレイラが座り、俺の正面にエレイン、レイラの正面にはルルという配置である。

 ルルがふざけて、エレインが注意を口に出し、レイラが偶に会話に参加する。今までどおりの光景だ。

 

 

「ご注文の品の一部をお届けに参りました。どちらに置きましょうか?」

 

 視界の端で捉えていたために、店員が来ることはわかっていた。妙な勘違いをされても困るので一度会話を区切り、店員に返事をする。料理が机の奥――俺とエレインの間――あたりに次々に並べられていき、一通り並べ終わると、店員はまた戻っていった。

 

 俺たちは各々が好きなものを手に取って自分の前へと持ってくる。そして、そそくさと各々が料理を口に運んでいく。このメンバーの中には、過去に泥水を啜る生活を営んでいた者もいるだけに食事には厳しい面がある。食べながら話すのは構わないのだが、食べ残しは確実にアウト、早い話が『もったいないこと』は全面的に禁止されていると言っていい。誰が言い始めたことでもないが、まあ、暗黙の了解というものだ。

 

「もぐもぐ、んんっ……。それでどんな風に動くつもり?」

 

 俺はガツガツと周囲の客が胃もたれしそうな勢いで料理を口に運び込んでいく。ルルは一口ごとの量こそ少ないもののテンポがかなり速い。エレインとレイラは育ちの良さを感じ差せるマナーに準じた食べ方だが、やはりこちらもかなり食べる量が多い。外見の美しさも然ることながら、動作の一つ一つにまで目を奪われそうになるが、気づいた時には皿が積み上がっているので、若干手品染みている。

 

 一通り、レイラの土産話を聞き、反対に俺たちの近況を話して一心地付いた頃。ルルが皿の上に残った最後のからあげを咀嚼してから、俺へと問いを投げかけた。

 

「基本は放置。危なくなれば介入するって感じだな。あれこれ世話焼くなんてのは俺の柄じゃないし、ソーナとグレモリーもそんなに子供じゃないだろ」

 

「私とグラナの二人で、昨晩に話し合った結果だよ。依頼の内容がそもそも、フォローということだったからね、主役はグレモリー眷属とシトリー眷属に譲ることになる」

 

「私はグラナ様の御意向に従うのみです」

 

 参謀の役目も持つエレインと忠義が限界突破しているレイラの言だ。エレインはあくまで依頼の本旨に則るべきという、理解しやすい考え方だ。対するレイラはまともなようでいて、その実、俺がGOサインを出せばどんなことでもやってみせる気概の持ち主なだけに危険な面もあったりする。

 

「ふーん……。じゃあ、とりあえずは待機ってことなんだ」

 

「まあ、そういうことだな」

 

 グラスの中身を一口だけ嚥下し、目を閉じて思考に意識を沈める。

 現状、受け攻めいくつも手がある(・・・・・・・・・・・・)。例えば、コカビエルの拠点に攻め込む。これは、依頼の趣旨と合致しない部分があるので却下。では、反対に最後まで静観するかと言えば、その選択肢もあり得ない。上級悪魔の家の次期当主であり、魔王の妹二人を眷属共々死なせたとあっては、俺の受ける被害が大きすぎる。

 やはり、死なない程度にまでシトリー眷属とグレモリー眷属が追い込まれてから動くのが最適か――

 

「――うん?」

 

 思考の波に揺蕩う意識を、エレインの声が引き戻す。エレインが演技でもなんでもなく、純粋な疑問を孕んだ声を出すのはほとんどないために、俺の興味は自然と引き寄せられた。

 

「どうした?」

 

「いや、ああ……アレだよ」

 

 動揺を隠しきれないままにエレインが指差す。その先はファミレスの入口部分であり、丁度、五人組が入ってきた。年齢は遠目に見ても十代だとわかる。五人のうちの三人は女で、残りのふたりは男。これだけなら問題ない。年齢から考えて、彼ら彼女らが学生だということや仲の良い友人同士で昼食を一緒に取りにきたとの推測も立つ。何も不思議も不信もない、ありふれた日常の一コマにすぎない。

 普通に考えればそうなる。

 一般的に見ても、そうなる。

 

 では、普通でも一般的でもなかったらどうなる。ファミレスに入ってきた五人組が普通や一般という言葉から縁遠い存在だった場合はどうなる。

 例えば、男二人が生まれつきドラゴンをその身に宿していて、悪魔に転生していたり。二人の女が先日見かけたばかりのエクソシストだったり。最後の一人の小柄な少女までもが悪魔だったとすれば。

 

「は? なんで悪魔とエクソシストが一緒に?」

 

「仲良く一緒にランチとか? 親睦会的な感じに」

 

 少なくとも、ルルの能天気な予想が正答ではないことだけはわかる。なにせ、先日、ソーナとその『女王』の真羅に対して高圧的に交渉し、不干渉をもぎ取るような性格をしたエクソシストたちが悪魔と仲良くなんてするはずがない。

 それに赤龍帝と白髪ロリ――グレモリー眷属はレイナーレとの一件で堕天使と教会が敵だという認識を強めていることだろうから、安易に近づくとは思えない。そして、短い金髪の少年はシトリー眷属に所属する新入り『兵士』なのだが、明らかに場違いだ。グレモリー眷属二、エクソシスト二に対して、シトリー眷属は彼一人なのである。

 

「? あの者たちに何か不審な点でもあるのですか? この時期の昼間に白いローブを着ていることは不自然と言えば不自然ですが……、教会の者の制服のようなものですし」

 

 不審者一歩手前の服装だが、あれはレイラの言うとおりに教会の者――その中でもエクソシストが着用する制服のような役割を持つ。そのため、見る者が見れば、一発で教会の関係者だとわかるのだ。

 

「ああ、そうか。レイラはまだ資料を見てないんだっけな。家に戻ったら見せるか。―――んで、まあ、あの五人組についてだったな。あの内二人がエクソシストで、残り三人が悪魔なんだよ」

 

「ちなみにエクソシストは二人共が聖剣使い。悪魔の内二人は伝説のドラゴンを宿している、とびっきりのスターさ。ファン(トラブル)に好かれているのは確かだろうね」

 

 エレインのように茶化しても事態が変わるわけでもない。こうも早々とトラブルを招き寄せるのはドラゴンとしての性質なのだろうか。封印された後も面倒を起こすとは、本当に傍迷惑なドラゴンたちだ。

 俺はソーナに対して自由にやれと言った。それは彼女の将来のためでもあるし、彼女の思慮深さならば、地雷を踏みに行くこともないと予想したからだ。

 しかし、眷属がエクソシストと一緒にいるところなど、他所の上級悪魔にでも見られれば、一発でスパイの容疑をかけられかねない。それに、先日は交渉にきたが、悪魔と教会は敵対関係にあるのだから戦闘に突入することもあり得る。それらの事態を防ぐためには、最低でも監督役として主人たる上級悪魔が同席し常に事態の推移を見守る必要がある。

 

 だが、この場にはソーナ・シトリーもリアス・グレモリーもいない。もしも、眷属の行動を看過しているとすれば、それは思慮が浅すぎる愚行だ。グレモリーはともかくとして、ソーナがそんな真似をするとは思えなかった。

 

「……眷属たち(あいつら)の独断か?」

 

「ふむ。そうだとして、そんなことをする理由がわからないね」

 

 エレインのつぶやきに首肯する。実際のところ、情報が少なすぎるのだ。推測ならばいくらでも立つが、証拠がないためにどれが正答なのか見当もつかない。

 

「じゃあさ、訊いてこよっか?」

 

 パパーンと手を上げながら出された、ルルの提案。しかし、主人に秘密で行動しているのなら、部外者のルルに事情を教えることもないだろう。

 

「却下。とっくにこいつらに尾行させてるしな(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 俺の袖口から覗くのは、白い使い魔だ。体長は十五センチほどで、外見は栗鼠(りす)(いたち)に近い四足獣。種族名を管狐というこの妖怪は、戦闘能力は非常に低いが、その小さな体躯と群れで行動する習性から優秀な斥候となる。グレモリー眷属+αがエクソシストたちに接触した知らせがなかったのは、単純に、それがつい先ほどの出来事であり、俺に情報を寄越す時間がなかっただけだろう。

 ちなみにこの場に召喚した個体は、群れの長ということもあり取りまとめ役として、管狐の中で唯一俺が名付けた個体である。

 

白英(びゃくえい)、あの五人には予備として三匹、監視役を追加しろ。それとグレモリー眷属、シトリー眷属の他のメンバーの監視に付けている個体にも、何かあれば即時に連絡を寄越すように再度徹底させるんだ。いいな?」

 

「キュッ!」

 

 可愛らしい返事をするや否や、白英はピョイッと袖口から飛び出し、机の上をトコトコと歩き回り、帰還用の魔方陣を形成し、光の中に姿を消していく。俺の指示を実行するために同胞たちの元へ向かったのだろう。

一連の動きをルルがキラキラとした眼差しで見ていたが、その気持ちはなんとなくわかる。見た目と仕草が相まって、管狐には小動物的な可愛らしさがあるのだ。男の俺でさえ愛らしく思うのだから、年頃の少女からすれば破壊力は抜群である。

 

「は~、やっぱりかわいいなぁ………いや、ボクの使い魔たちも負けてないけどね!?」

 

「いつ競ったんだよ……」

 

 競う気もないのだが、なぜかやる気をみなぎらせているルルの耳にはまるで届いていないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、残りの品はまた後ほど」

 

 空いた皿を抱えて、来た時よりも明らかに気落ちした声を残して、店員は去っていった。その足取りが重いのは皿を持っているからだけでなく、おそらくは精神的な要因もあるだろう。まあ、だからといって、俺たちが自重する理由はないし、するつもりもない。

 

「あー!! それ、ボクが食べようとおもってたのに!」

 

「早い者勝ちだろ、こういうのは」

 

「ルル、グラナ様に献上できたのだと思えばいいだけのことでしょう?」

 

「君の食べたいものはそれ一つじゃないだろう? 次に運ばれてきたものの中から好物をすぐに取ればいいだけじゃないか」

 

 俺、レイラ、エレイン、順に諭していくが、当のルルはぐぬぬぬぬと唸ってばかりいる。その反応が可愛らしくて、ついついからかいたくなってしまった。

 

「いやいや、ここはルルの仕事の報酬として応えてやるよ」

 

 と、スプーンで皿から料理を掬って、ルルの口元へと差し出す。

 彼女は途端に輝かんばかりの笑顔を浮かべる。

 口を大きく開き、さあ食べようとした瞬間に、俺はスプーンを引き戻し、ガチンと空振りした音を鳴らすルルの目の前で、ゆっくりと見せつける様にしてスプーンを自分の口へと運んだ。

 もぐもぐと咀嚼し、無駄に訳知り顔で解説も付け足す。

 

「うぅん、ジューシーな味わいが舌を楽しませつつも、食欲をさらに掻き立てる香りが鼻を直撃するダブルパンチ。シンプルでありながらも、いや、シンプルだからこその美味さがある」

 

「グラナの意地悪!」

 

 身長差――座っているので座高差のほうが適切かもしれないが――により、見上げるような状態で、美少女が涙目となる。この状況で喜ばない男がいるだろうか、いや、いない。

 

「はっ、その顔が見たかった」

 

「同感。そして眼福だよ」

 

 満足気に頷く俺と、それに続くエレイン。ルルは俺たちの反応を見て更に憤慨するのだが、如何せん可愛いばかりで威厳は欠片もないので、その様子までも俺とエレイン、そして表情にこそ出さないもののレイラも楽しむのだった。

 

 

(……しかし、俺たちはこれだけ食いまくって、容姿も目立つってのに、あいつら一向に気付く様子がねえな。今は好都合だが、注意力が散漫なままだとフォローが面倒になりそうだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖剣計画。一誠が主であるリアス・グレモリーから聞かされた、多くの子供たちを襲った悲劇の名前だ。教会に保管されていた伝説の聖剣エクスカリバー、それを扱う者を作り出すための計画だったが、計画が失敗だと判断されると同時に実験に付き合わされていた少年少女たちの廃棄(・・)が決定したのだという。その唯一の生き残りが木場佑斗、一誠の友人であり、仲間であり、悪魔家業では先輩でもある少年だったのだ。

 

 そんな過去を背負っていれば、当時の実験を恨むのはヒトとして当然のことだろう。実験のそもそもの原因とも言えるエクスカリバーが目の前に現れれば、我を失ってしまうのも無理はない。

 

 事の発端はつい先日。この町に訪れたエクソシスト二名は、堕天使に奪われた聖剣を取り戻すことを目的だとリアスに告げ、手出しは無用だと忠告した。理由は主犯の堕天使と悪魔が水面下で手を組んでいる可能性があるかもしれないから。レイナーレの一件で一誠は堕天使に良い印象を持っていないため、エクソシスト達の言い分には憤りを覚えざるを得なかった。リアスや他の眷属たちも同様だったようだが、結局はグレモリーと魔王サーゼクスの名にかけて、堕天使とは手を組んでいないとリアスが宣言したことで事なきを得た。

 これで終われば問題ないのだが、そうは問屋が卸さなかった。事件解決のために教会から派遣されたふたりのエクソシスト、彼女らが木場の憎むエクスカリバーの使い手だったのだ。

 憎悪を隠しもしない木場と、二人の聖剣使いが激突するのはある種、運命染みたものがあったかもしれない。木場は二人に模擬戦を挑み、一誠も参加。そして、その結果が一誠と木場の敗北に終わった。二人の敗因は、一誠の場合は単純な実力不足、木場の場合は冷静さを失ったことによって長所を生かせなかった点にある。

 

 以前から不自然さの目立つ木場だったが、その日を境により悪化する。友人の有様を見ていられなくなった一誠は主から事情を聞き、友人の抱える悲嘆の大きさに愕然とした。佑斗の抱える問題を解決することは想像よりもはるかに難しいことなのかもしれない。それでも、何もしないではいられなかった。

 

 

 

「頼む! 匙、どうか手を貸してくれ!!」

 

 一誠と志を同じくする『戦車(ルーク)』の塔上小猫とともに向かった先は、シトリー眷属の新入りの『兵士(ポーン)』匙元士郎の元である。

 リアスがエクソシストたちの要求を呑み、不干渉を決めたために同眷属内での助力を望むのは厳しかったのだ。小猫は一誠に協力を申し出たが、『女王(クイーン)』の朱乃は主のリアスよりの考えだろうということは親友という関係性から想像が付くし、戦闘手段を持たないアーシアに頼ることもできない。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが匙だ。

匙は、一誠がグレモリー眷属入りするのとほぼ同時期に、シトリー眷属入りした転生悪魔である。消費した駒は『兵士(ポーン)』を四つ。それだけの消費数になったのは匙が生まれつき『神器(セイクリッド・ギア)』を宿していたことが起因する。名称は『黒い龍脈《アブソープション・ライン》』、龍王の一角ヴリトラの魂を封じた、ドラゴン系の『神器』だ。

 悪魔に転生した時期、宿した『神器』の特性、性別、年齢など多くの部分で被ることもあって、一誠は匙のことを少なからず気にしていた。使い魔の獲得に際してもともに行動し、なんだかんだ言って気が合う面もあったのだろう。眷属以外で頼れる者と考えた際には、匙の顔が一斉の脳裏には一番最初に浮かんだのである。

 

「木場を助けるにはお前の助けが必要なんだ!」

 

「いや、そう言われてもな……。俺も会長から今回の件には手を出すなって釘を刺されちまってるし」

 

 オカルト研究部を訪れる前に、ソーナ・シトリーから許可を取ってきたとエクソシストの二人も言っていた。ソーナの眷属である匙が、ソーナから忠告されているのも当然のことだ。

 だが、それでも、諦められるはずがない。何もできずに、のうのうと日常を謳歌することなど、一誠には到底想像もできない。

 

 リアスが望まぬ婚約を迫られた際のレーティング・ゲーム。あの時には、一誠は最後の重要な局面で体力がそこをついて何もできなくなってしまった。愛する女性が涙を流す姿を眺めることしかできなかった。

 

 もう、嫌なのだ。大切な誰かが苦しむ姿を見ているだけの自分が。

 

 もう、嫌なのだ。何も出来ないでいるだけの自分が。

 

 何度も頭を下げ、何度も頼み込む。視線が地面に固定されているせいで匙の顔は見えないが、しばらくすると観念するかのようなため息が聞こえた。

 顔を上げてみると、匙はガシガシと頭を掻きながら言う。

 

「……少しだけだからな」

 

「ありがとう! 匙、マジで助かるぜ!」

 

 小猫と匙の協力を取り付けてまでしたいこと、木場を救うためにしたいことの見当はすでにつけていた。しかし、それを実行するためには、木場は当然のこととしてエクソシストたちの協力も必要だった。

 先日、不干渉を申し込んできたエクソシストたちの手を借りることは難しいとわかっている。というか、それ以前に、彼女たちがどこを拠点にしているのかさえもわからないのだ。これでは、まずコンタクトを取る段階から厳しい。

 

 ――と思っていたが、その考えは杞憂に終わった。

 

「えー、どうか寄付を。主への信仰のために寄付をしてくださーい!」

 

「迷える子羊たちに手を差し伸べてください!」

 

 顔を隠すようにフードを目深に被った、白コートの二人組。怪しい新興宗教の関係者か、不審者にしか見えない者たちが駅前の広場にいたのだ。

 先日の勇ましさはどこへやら。今では頭の出来が残念な二人組にしか見えなかった。周囲では、彼女らをケータイで写真を取る若者がちらほらと居り、警察が呼ばれるのも時間の問題だ。

非常に話しかけたくない。常ならば、見かけた途端に回れ右をするか110番通報するところだが、彼女らと話をつけることが木場を救うために必要なことなのだ。そう割り切って二人のエクソシストに向かって歩を進める。……割り切らなければ、近づきたくもなかった。

 

「あー、ちょっと話があるんだけど」

 

 彼女らに話しかける一誠の背を匙と小猫が尊敬混じりの目で見ていたことは余談である。

 エクソシスト二人はどうやら軽い詐欺に遭い、持ち金が尽きていたらしい。そこで昼食をご馳走することを交換条件に会談の約束を取り付けることに成功した。

 

 

 

 

 ガツガツ。バクバク。そんな擬音語が似合いそうな勢いで、質素倹約を旨とするはずの宗教家とは無縁の食い意地を発揮するエクソシストたち。つい奢ると言ってしまったが、一誠は次々に運ばれて来る料理を見るうちに財布の中身が心配になってきた。匙はご愁傷さまとばかりに手を合わせ、小猫は申し訳なさそうにしているが、まさか後輩の少女にたかるわけにもいくまい。

 

「――で、赤龍帝。今日は一体何の用かな?」

 

 一心地つき青髪のエクソシスト――ゼノヴィアがフォークを机の上に置き、質問を飛ばす。キリッっと張り詰めた表情は先程までの食事風景とは似ても似つかない。そしていくら格好をつけても、駅前での物乞いや女子力の欠片もない食べっぷりという醜態を散々目にした後では、いくら格好をつけられてもまるで格好良く思えない。

 

「ああ、うん。そのことなんだけど、もう一人話してほしいやつがいるんだ。そいつを呼んでもいいか?」

 

「構わないとも。承諾しなければ話が進まないしな。こうして一食の恩も受けたのだし、ちゃんと話を最後まで聞くくらいの配慮はするさ」

 

「そうか、ありがとう」

 

 一度頭を下げて礼を言ってから、あらかじめ店内の別の卓に待機していた、親友とも呼べる少年を手招きして同じ卓にまで呼び込んだ。

 金髪碧眼の優男。グレモリー眷属の『騎士』であり、聖剣エクスカリバーには並々ならぬ憎悪を燃やす少年、木場佑斗だ。

 

 ゼノヴィアとイリナの二人も、エクスカリバーの使い手ということもあって、『聖剣計画』についての知識はあったし、昨日の会談の折に木場佑斗本人の口から『聖剣計画』の犠牲者だということも聞き及んでいる。そのこともあって、二人のエクソシストは別段驚いた様子もなく、成程と小さく頷いた。

 

「頼みってのは俺たちにも聖剣を奪い返す手伝いをさせてほしいんだ」

 

 教会側から見れば、戦力が増えることで聖剣の奪還に成功する確率は上昇する。一誠たちから見れば、介入の機会を得ることで仲間の復讐を果たさせ、過去に踏ん切りをつけさせることができる。どちらにとってもメリットのある話だ。

 

「つまり一時的な共同戦線を張るということでいいな?」

 

「ああ」

 

「そうか」

 

 それだけ言うと、ゼノヴィアは暫し黙考し、彼女なりの答えが出たのだろう。イリナへと確認の意味も込めて問を投げかけた。

 

「私は協力するのもありだと思う」

 

「そんな! ダメよ、ゼノヴィア! 主の使いたる私たちが悪魔と協力するなんて!!」

 

 数年ぶりに再会してわかったことだが、狂信者と化した幼馴染はやはり悪魔と轡を並べることに強い抵抗感があるらしい。まあ、彼女は浄化と称して幼馴染に躊躇なく斬りかかる自分に酔うほどだ。ここで反対意見を出さないはずがなかった。

 

「ま、まさか悪魔にたぶらかされてしまったの? なんてこと! イッセーくんがエッチだっていうことは知ってたけど、こんなにも早くゼノヴィアに手を出すなんて!?」

 

「出してねえよ!? 冤罪だから、小猫ちゃんもそんな変態を見るような目を向けないでくれ!!」

 

「でも、実際に変態じゃないですか」

 

「うん、それは否定できないよね……」

 

 まさかの裏切りである。同性であるがゆえに、どこか同士だろうと期待していたこともあって、一誠のショックは大きかった。

 

「木場ぁぁああああ!? お前まで裏切るのか!?」

 

「裏切るも何も本当のことだろ。生徒会に何度も注意されてる覗きと盗撮のことを忘れたわけじゃねえよな?」

 

 匙の述べたことは事実そのもののため、反論もできない一誠を見て小猫と佑斗がため息を漏らす。おまけに、エクソシスト二人からは軽蔑するような目線まで貰い、一誠にとっては踏んだり蹴ったりだ。

 

「オホン! まあ、赤龍帝の常日頃の行いは置いておくとしよう。―――イリナ、まず言っておくが私は別に悪魔の言葉に惑わされても踊らされても誑かされてもいない」

 

 そこからゼノヴィアが語ったのは、任務成功のためには少しでも確率を上げるべきだろうという考えだった。元々の成功率は三割。失敗すれば死ぬ確率も高いが、それを承知した上で二人は任務を引き受けたのだ。ゼノヴィアは死に恐れをなしたわけではなく、生き残った後も進行を捧げることこそが信徒の本懐なのだと言う。

 

「でも、でもでも! 悪魔と手を組むなんてダメよ!!」

 

「悪魔じゃない。私たちはドラゴンの力を借りるんだ。教会の規則でも、ドラゴンと協力することを禁止するものはないのだから別に構わないだろう」

 

「そんなの屁理屈じゃない!」

 

「屁理屈でも何でも任務の成功率は上げた方がいいだろう。私たちの心情を優先した挙句に失敗するよりも、ときには柔軟に対応することも必要だと思うがね」

 

 ゼノヴィアも協力体制を如くことに賛成はしても、不満がないわけではないのだ。一誠が赤龍帝であっても、現在は『悪魔の駒』でリアス・グレモリーの眷属悪魔に転生している。一誠はドラゴンであると同時に悪魔でもあるのだ。『ドラゴンの力を借りる』というのが詭弁にすぎないことくらいゼノヴィアにもわかっている。要は、詭弁を弄してでも聖剣を取り戻したい。そういうことなのだろう。

 

「だって、そうだろう? 私とイリナの二人だけでは成功率は三割だと上司にも言われたじゃないか。三割が成功ということは、七割は失敗に終わるんだぞ? 死が怖くなったわけではないが、意地を張っている場合でもないだろう」

 

 任務に失敗してしまえば、聖剣を奪還することができないばかりか、二人の持つ聖剣まで奪われかねない。それでは本末転倒もいいところだと、ゼノヴィアは語る。

 

「う、う~ん。それなら、いい、のかなぁ………」

 

「まあ、教会の本部にバレれば確実に罰則物だから気をつけなければならないな」

 

「……グリゼルダさんにだけはバレないようにしないとね。特にゼノヴィアは」

 

「イリナ、余計なことは言わないでくれ。バレた時のことを想像してしまう……」

 

 グリゼルダという名の人物が、どういう存在なのかは一誠にはわからない。ただ、顔を真っ青にしてガタガタと震えるゼノヴィアの姿から、余程怖い人なのだろうと想像がつく。

ちなみに一誠の中での『怖い人』の筆頭は依頼の常連でもあるミルたんだ。アレに怒られる場面を想像すると一誠も震えが止まらない。かなり失礼な言い方になるが、正直、命と貞操の危機を本気で感じてしまう。

 

「まあ、そっちにも色々あるんだろうけど、とりあえずは協力してくれるってことでいいんだな?」

 

 確認のための問いかけに、二人のエクソシストは頷く。

 

「ああ。……そうだな、一時的なものとは言え、共に戦うんだ。そちらの魔剣使いの探しているだろう人物についての情報をやろう」

 

 眉根を寄せる佑斗を見ながらゼノヴィアは告げる。

 

「教会でも最大クラスの汚点とされる『聖剣計画』の首謀者のことだ。その男は、聖剣に関して深い知識を持つことから今回の件にも関わっていると目されている」

 

 瞬間、佑斗の顔からは微笑みが消え、憎悪が漏れ出す。彼はその悲惨な過去から聖剣エクスカリバーを憎んでいるが、実験を行っていた者たちについても同様だ。むしろ、突き詰めれば物に過ぎない聖剣よりも、実験に組みしていた研究者や教会への憎悪のほうが強かった。

 

「それはありがたい。是非聞かせてほしいな」

 

「ああ。その男の名はバルパー・ガリレイ。今では『皆殺しの大司教』と呼ばれ、教会から追放された聖剣狂いの男だよ」

 

 

 




 真面目に暴走するグレモリー眷属と、おちゃらけているように見えて仕事をこなすグラナチームの対比でしたね。
 

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