ハイスクールD×D 嫉妬の蛇   作:雑魚王

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謳歌する日常は次の激動までの間隙にすぎない。
奪われた聖剣と再燃する復讐心。
彼らが出会うのは予てよりの仇敵か。怨恨は、憎悪は正しいのか。その思いの向かう先はどこなのか。

ハイスクールD×D 嫉妬の蛇 第二章光輝聖剣奪還~月光に輝くエクスカリバー~




第二章 光輝聖剣奪還 駒王 ~月光に輝くエクスカリバー~
1話 新たなる激動の幕開け


 ――球技大会

 

 それは青春を彩る一ページとして挙げられる一例であり、駒王学園では目前に迫った学校行事でもある。球技大会に備えて、この時期の体育の授業では毎年、球技が実施されることもあり、運動部の生徒たちのテンションは常にハイだ。

また、球技大会の種目は公平を期するために、本番まで前もって公開されることがないので、授業で行われる種目は毎回変わるというのも一役買っていることだろう。

今回の授業内容はドッチボールだが、サッカー部だろうと、野球部だろうと、バスケ部だろうと、等しく活躍の機会を与えられるというのは、人なら誰もが持つ事故承認欲求を満たす切っ掛けとなる。

 

 ―――というのは建前だ。

 

 実際のところ、思春期真っ盛りの男子高校生がそんな高尚な動機を持っているはずがない。彼らの心の根底にあるのは――

 

 ――女子にカッコイイところを見せたい。

 

 ――そして、あわよくば彼女ゲットまで!!

 

 俗な思惑である。

元は女子高であるために駒王学園の生徒の大半は女子であり、時にはそれを目当てに入学を志す男子がいるくらいだ。中には、異性目的に球技大会に向けて気合を入れる男子生徒がいてもおかしくない。

 

「死ねええええ!!」

 

「このクソリア充野郎が!! てめえの幸運を俺にも分けろおおおおお!!」

 

「幸せは皆で分かち合うべきだろう! 不平等は間違ってる! ならば正すのが俺たちの役目だ! そして――新世界の神になる!!!」

 

 だから、まあ……異性に飢えている男子生徒に、グラナ・レヴィアタンが狙われるのも当然の帰結だった。

 噂の美少女転校生の後輩と付き合っている上に、美少女だらけの生徒会と懇意にしている。おまけに休日には金髪の美女とデートをしているという目撃証言まであった。これで狙われないはずがない。

 

「うるせえ! 女が寄ってこねえ責任を俺に押し付けんな、アホども!!」

 

 しかし、そんなことは彼らの論理であり、グラナからすれば知ったことではないのだ。グラナは歴戦の猛者としての能力を遺憾なく発揮して敵コートと自陣の背後にある外野から投げ込まれるボールを左右それぞれの手で軽く受け止め、次々に相手チームの選手へと当てていく。狙いは男子の急所たる股間だ。狙われる理由がグラナからすれば濡れ衣に近いこともあり、情け容赦なく金的を喰らわせ続ける。

 

「ほぎゅ……!?」

 

「お、俺の息子がァアアアアッ!!」

 

「やばい、腹痛くなってきた」

 

「あ、あれ? 俺の玉が一つしかないんだけど……もう一つはどこ行った?」

 

 ボールを当てる、跳ね返る、キャッチする、ボールを投げる、跳ね返る、キャッチする。

 無限コンボによる阿鼻叫喚の嵐。鶏が首を絞められたかのような、憐みを誘う悲嘆を叫ぶ相手チーム。その光景には、自分が狙われることはないとわかっていても、男子ならば恐怖を覚えるものがある。事実、グラナの味方の膝までもが笑っていた。

 

「自業自得だ、バカ野郎ども」

 

 一切悪びれることなく、そう宣う下手人(グラナ)を前に、クラスの男子生徒の心は完全に一致した。そこには、ドッチボールで分かれた敵味方というチームの垣根も存在しない。彼らはチームに分けられるよりも以前に『男』なのだから。

 

 ―――絶対にあいつに逆らっちゃダメだ!!

 

 そうでなければ、『男』としての人生がそこで終わってしまう。未だ女体の神秘を知らない少年たちにとって、それはあまりに酷なことだ。というよりも、昔の中国の文官でもあるまいし、去勢されたいと思う男子はそうそういない。

 

 しかし。しかしだ。ここまで恐怖に体が震えようとも。心を怯えに支配されようとも。逆らってはならないのだと、頭が理解しても。

 

「グラナ君、カッコイイ!!」

 

「ちょっと、そこの男子どきなさいよ! グラナくんが見えないじゃない!」

 

「グラナくん、こっち向いてー!!」

 

 数多の女生徒から黄色い声援を送られる姿を見てしまうと、グラナへの殺意が湧くことを、男子生徒たちは止められない。

 

「付き合いの長さで言えば一年の頃から、この学園にいる俺たちのほうが有利なはずなのに……!!」

 

「なぜ、なぜなんだ。どうしてグラナのやつばかりッ!」

 

「……知るか、そんなこと」

 

 ギリギリと体育館のあちこちから発生する歯軋りの音。甘い歓声と黄色い声援。そして、一人の男子の呆れ声。今日も今日とて、平和に時間が過ぎていく。似たようなことはすでに何度も起きているが、それでも感情を抑えられないのが思春期の少年少女たちなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソーナ・シトリーという名の少女がいる。悪魔の世界では名門中の名門、七十一柱が一つシトリー家に生まれた才媛であり、次期当主でもある上級悪魔だ。同年代の有望な若手悪魔の中では、魔力の才能はリアス・グレモリーに劣るものの、知略は侮れないといった評価を下されている。内に秘めた知略と性格を表に出したような、美貌には多くの男性悪魔が惹かれている。

 そんな多くの悪魔から注目されるソーナ・シトリーだが、現在は人間界の教育システムと政治体系を学ぶために、駒王町で仮住まいをしている。

 最近は、学園で行われる球技大会に向けて生徒会の仕事が増え、しかしそんなことは知ったことではないとばかりに依然と同じ様に要請される悪魔の仕事。学生としての義務である勉学。それぞれが疎かにできない三重の責めは、ソーナをして疲労に追いやっていたが、避けたいと思うことはない。むしろ、その疲労には心地良ささえ覚えるのが、周囲から真面目と評される所以だろう。

 

「椿姫」

 

 隣を歩く、己が腹心『女王』の真羅椿姫へと声をかける。椿姫は護衛として、登下校を共にしているが、なにも護衛だけが理由ではない。ただの友人として付き合いも兼ねているこの時間は、二人にとって楽しさを覚える一時なのだ。

 

「なに、ソーナ?」

 

 余人を交えない二人だけの会話。主従の関係を意識しないで済むそれは、貴族主義のはびこる悪魔社会では貴重なものであるだけに、二人とも笑みを浮かべている。

 

「球技大会、絶対に成功させましょうね」

 

 すでに二度経験した行事だが、ソーナは三年生であるためにこれが最後となる。それだけに、これまでの二度の時よりも、行事にかける思いは大きく固いものとなっているのだ。

 

 それは椿姫も同様である。

 

「ええ、そうね。頑張りましょう」

 

 椿姫は元々、退魔の家系の出だが、生まれ持った『神器』が悪い方向に――それこそ呪いとして椿姫を苦しめていた。そこで彼女の両親は娘を助けるために悪魔を頼ることを選び、その時に現れたのがソーナだ。

 結果として椿姫は救われたが、代わりに両親は『悪魔と関係を持つなど真羅の名に相応しくない』として家から椿姫ともども絶縁されてしまった。ソーナは椿姫を『女王』として眷属に迎え入れ、椿姫の両親についても真羅の本家から襲われないようにと手を回している。

 椿姫にとって、ソーナ・シトリーとは、命の恩人であり、使える主であり、生きる道を用意してくれ共に歩む友人であり、両親を守ってくれる庇護者でもある。

 椿姫にも友人としての情はもちろんあるが、それ以上に大恩あるソーナには報いたいという気持ちが強い。それだけに、ソーナが意気込む球技大会を絶対に成功させなければならないと、椿姫も強く決意を固めていた。

 

 だからこそ、なのだろう。その声と気配に瞬時に反応して、ソーナを庇うように前に出ることができたのは。

 

「この土地の管理者ソーナ・シトリーで合っているかな?」

 

 路地から現れたのは二人組の少女たちだった。一人は短く切り揃えた青髪の中に、一房だけ緑のメッシュを入れており、もう一人は長い茶髪を二つに結び活発そうな雰囲気を纏っている。共通点は、二人が真っ白いフード付きのローブに身を包んでいることだ。胸元にあしらわれた十字の紋章は、彼女たちが教会の関係者――戦闘を生業にするエクソシストだと告げていた。

 

「そうですが……あなたたちは一体、何者ですか?」

 

 ソーナが答える声が後ろから届く中、椿姫は一切視線を二人組のエクソシストから逸らさない。愛用の薙刀を所持していない状態で戦闘ともなれば、この距離はかなり分が悪い。ソーナは中・遠距離を得意とする魔力型であるし、椿姫は獲物が無い状態では『神器』によるカウンター待ちしか打てる手がないからだ。

 冷や汗が垂れる。背筋に怖気が走る。しかし、椿姫が下がることはあり得ない。椿姫は今も危険に察らされているが、それは主のソーナも同様だ。ここで怖気づくようでは恩に報いることなど到底できない。

 

「やれやれ、そんなに殺気立たれては満足に話もできないな。少し落ち着くように君のほうから何か言ってやってくれないか、ソーナ・シトリー?」

 

 青髪のエクソシストの視線を追って、ソーナへと目を向ける。彼女がコクリと小さく頷くのを確認してから、椿姫は戦闘態勢を解いて一歩下がる。無論、もしもの時のためにいつでも動けるように心構えだけはしておくのだが。

 

「この通り彼女は下がらせました。それで、教会のエクソシストがこんな朝早くから一体、何の用ですか?」

 

「用件を話すにはまず私たちのことから話したほうがいいだろうから、まずはそうさせてもらうよ。――私はゼノヴィア、『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』の担い手さ。それでそっちの茶髪のツインテールのほうは――」

 

 青髪のエクソシスト改め、ゼノヴィアの言葉をもう一人の少女が引き継ぐ。

 

「――紫藤イリナよ。私は『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』の所有者なの。ちなみに所属はプロテスタント。ゼノヴィアはカトリックの所属ね」

 

 ふむ、と顎に手を当てていたソーナが小さく呟く。状況から導いた推測を二人のエクソシストに投げかけた。

 

「わざわざ、こうして名乗り出てきたところを見ると抗戦の余地はない。エクソシストが悪魔に歩み寄るとも思えませんし……何らかの交渉のために来たのですか?」

 

「ああ、話が早くて助かるよ。私たちはとある任務を受けてこの町に来たんだ。用件というのは、我々の仕事が片付くまで悪魔の介入をやめてもらいたい、というものだよ」

 

「……その用件の内容によります。この町は悪魔(私たち)の管理地ですから、町に被害が出るようなことになるのなら見過ごせません」

 

「悪魔が人間の町の心配をするとはね……、利用する相手がいなくなると困るって魂胆からかな? まあ、それは置いておこう」

 

 皮肉気にゼノヴィアは言ったが、ソーナと椿姫の雰囲気が若干険悪なものとなったことと話が脇に逸れていることを自覚し、本題へと戻す。

 

「先日、教会で保管されるエクスカリバーの内の三本が奪われた。事件の首謀者は堕天使の幹部コカビエルだ。私たちの目的は奪われた聖剣を取り戻すことさ。わかり易いだろう?」

 

「確か大戦の最中に、かの聖剣は砕け、今では破片を核に七つのエクスカリバーとなっているのでしたね。その中の二本があなたたちの持つ、破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)。奪われたものと合わせて五本。今も行方不明になっているものが一本。そして最後の一本は教会に保管されているはずですが……そちらの使い手は来ていないのですか?」

 

「ああ。最後の一本の祝福の聖剣(エクスカリバー・プレッシング)は正教会が保存しているんだが、どうやら正教会は奪い返すことよりもこれ以上奪われないようにする、という方針のようでね。かの聖剣は今も正教会の最深部で厳重に保存されているとのことだ。今回の任務でこの地を訪れた聖剣使いは私とイリナの二人だけだよ」

 

 聖剣は、教会のシンボルの一つと言ってもいいものだ。ましてや、それがかのエクスカリバーならば、教会としても奪われたままではいられないだろう。戦力の低下もそうだが、信仰の揺らぎに繋がりかねないのが、一番のネックだ。

 

「なるほど……。では、聖剣を盗み出した実行犯は? 先ほど、コカビエルが事件の首謀者だと言いましたが、その言い方だと協力者がいるんですよね? 堕天使の幹部が単身で教会に突撃するとも思えませんしね。そちらについても情報を掴んでいるのでしたら教えてください。でないと、判断が付きませんから」

 

「我々が要求を呑んでもらう立場だし、それで不介入を得られるのなら儲けものだ。イリナもそういうことで構わないな?」

 

 一度、ゼノヴィアが相方に確認する。イリナにも反対するつもりはないようで、快活に笑いながら返す。

 

「ええ、そうね。機密じゃないし、知られて私たちが困ることでもないしね。それで交渉が進むのなら、話しちゃっていいんじゃない?」

 

「というわけでだ、そちらの要求にも答えようと思う。聖剣奪取の実行犯はフリード・セルゼン。若干十三歳でエクソシストとなった天才でありながら、魔の存在を殺すことのみに執着する狂人だったために教会から追放されたはぐれだよ。特徴は若い身なのに白髪という点、使う武器は光剣と光銃、注意点は実戦経験を積んでいるせいで引き際を弁えていて中々仕留められないことだろうな」

 

「あと……もしかしたらの話なんだけど、バルパー・ガリレイっていう研究者も関与しているかもしれないの。こっちの人は聖剣に詳しい研究者で、しかも教会から追放されているから、堕天使の傘下に下っていてもおかしくないって上の人は考えているみたい」

 

 蛇の道は蛇といったところか。聖剣を盗み出したということは、如何なる方法によるものかはわからないが、活用する目論見があるのだろう。でなければ、盗み出すことなく、その場で破壊するはずだ。

 そして、聖剣には錬金術を始め、いくつもの技術が使われているので素人に扱える代物ではない。専門の研究者を使うというのは理に適っている。

 

「ということは、今回の件の犯行グループは少なくとも二・三人以上ということですか……」

 

 ソーナの呟きは重く、暗い響きを伴っていた。

 バルパーは研究者なので戦闘力は無いだろうから、町への被害も出さないだろう。問題は残りの二人、特に首謀者のコカビエルである。

 

「エクソシストはどれだけ強いと言っても人間ですから、破壊半径には限りがあります。問題はコカビエルですね。古の大戦から生き残っているという堕天使の大幹部の一人、彼が全力で戦闘した場合、被害を広げないように付近に張った結界がどれだけ()つことか……」

 

「仮に戦闘になったとすれば、一時間と()たないだろうな。とはいえ、私たちとしてもわざわざ堕天使幹部を正面から撃破するなんて真似をするつもりはない」

 

「……盗み返す気ですか?」

 

「理解が早くて助かる。それなら町への被害も抑えられるし、正面から撃破するよりは成功率も高いだろう?」

 

 例えば、コカビエルが留守にしている間に盗みに入れば、周囲への被害はかなり抑えることができるだろう。エクスカリバーの警護にフリード・セルゼン等を置く可能性は高いが、人間同士の衝突ならば戦闘範囲も広がらない。コカビエル以外の上位堕天使が(くみ)していた場合はその限りではないが、もしそうだったら、もはやなるようにしかなるまい。

 

「………それが一番被害を抑えられると私も思います。ですが、この町の管理者は私だけではなりません。『悪魔側の意見』を聞きたいのなら、もう一人の管理者リアス・グレモリーにも今の話を通してください」

 

 数秒か、数十秒か。この場にいる四者にとって等しく、体感的に長い時間を沈黙が支配する。ようやく声を絞り出したのは、この町の管理者の一人であるソーナだった。

 

「『悪魔側の介入』を嫌うのは、悪魔と堕天使が水面下で手を組んでいる可能性を警戒しているからですよね? 実際、聖剣は堕天使と悪魔にとって脅威になり得るもの。共通の価値観を持つ者通し手を組んでいても不思議ではありませんしね」

 

 ですが、と一度区切ってからソーナは続けた。

 

「コカビエルと我々は手を組んでいませんよ。そして、これからも組む気はありません。シトリー家次期当主として、そして魔王さまの名に懸けて誓いましょう」

 

「それはなによりだ。私たちも本命の前に悪魔と争って消耗したくないのでね」

 

 ニヤリと笑うゼノヴィアに、ソーナも微笑みを返す。

 

「ところで質問なのですが……、具体的に聖剣を取り戻せる確率というのはどれほどのものなんですか?」

 

「およそ三割だ。奥の手があるが、それを使ってもね」

 

 三割。それはあまりにも低い勝算だろう。負ければ死ぬ戦いに望むのならば、最低でも五割、できれば八割以上の勝算が欲しいところである。

堕天使の幹部相手に三割の確率で奪われたものを取り返せると考えれば、それはそれで凄い。しかし、土地の管理者のソーナにとっては、三割という勝算は低すぎた。

 

「あなたがたを侮辱するつもりはない、と前置きしておきますが……、仮にあなたがたが殺されてしまった場合は、おそらく悪魔側で対応することになるでしょう。さすがに、そこまで制限したりしませんよね?」

 

「ああ無論だとも。もちろん、私たちは任務に失敗するつもりなんてないけどね」

 

「それを聞くことができて良かったです。リアスとの交渉も頑張ってくださいね」

 

 話も無難に着地点を迎えて、立ち去っていく二人の年若いエクソシスト。彼女たちの背中を見つめながら、ソーナは腹心へと声をかける。

 

「堕天使の幹部は彼女たちの手には余ります。私たちの手にもです。椿姫、あなたは今回の件を魔王さまに報告すべきだと思いますか?」

 

「どうかしら……。堕天使の幹部に対抗するとなれば、魔王様直属の部隊を派遣してもらうのがベターだとは思うけれど……、それほどの実力者同士が闘って、この町が無事である保証がないと思うの」

 

 一例を挙げてみよう。ソーナの姉のセラフォルー・レヴィアタンが援軍としてこの町に来たとする。広範囲の殲滅攻撃を得意とする彼女は、小国を瞬く間に滅ぼすことが可能だ。それほどの実力者が、実力の近い者と町の中心で戦えば、町全体が凍結されて御の字と言ったところか。

 無論、そんな結末を許容するつもりはない。駒王町を支配しているのは悪魔だが、それは何をしても良いという意味ではないのだ。この町の住民を守る義務がある。

 

「無難に行けば、でグラナに相談といったところでしょうか……?」

 

 赤龍帝のことを皮切りにグレモリー眷属のフォローへと回されたグラナだが、それに乗じて魔王少女もまた、妹のソーナとその眷属たちのフォローに回るようにとグラナに依頼しているのだ。依頼の内容に則ったものでもあるし、相談を無碍にされるということもないはずだ。

 シトリー眷属、グレモリー眷属では束になってもコカビエルに勝てる気がしないが、あのグラナならばあるいは、ソーナはそうも感じるのだ。グラナ個人が勝てないにしても、ソーナやリアスよりもはるかに多くの場数を踏んだ彼ならば、今回の件に関しても適切な策を講じてくれるだろうという思いも強い。

 

 そのような内心からこぼれた言葉は、椿姫に向けてものではなく、意図せずに漏れた独り言に近いものだ。それだけに件の人物から返答があったことには心底驚く。

 

「フォローつっても俺はサポートよりも、後詰めって言ったほうがいいと思うけどな。できる限り、グレモリーとソーナのやることに口出しするなって言われてるから」

 

 脇道から、グラナが『騎士』のルルを連れて現れる。瞠目する椿姫を尻目に、ソーナはグラナへ問い質す。

 

「一体いつから話を聞いていたのですか?」

 

「最初からだ。登校中に全身白ローブの不審者二人組がいたから、ストーキングしてみるとここに到着。話の最中に出て行っても、現レヴィアタンの妹と旧レヴィアタンの末裔が揃っているってのは他所から見たら妙なもんだろ? だから、話が終わるまで隠れていたってわけだ」

 

「あの二人、聖剣使いなのに…、これだけ近くに隠れてる悪魔に気付かないんじゃ実力もお察しだよねー」

 

 コカビエルが暗躍しているという話を聞いていたのに、グラナは緊張をまるで見せない。ルルもまた、緊張することは無く、ゼノヴィアとイリナのエクソシストコンビの実力を揶揄する余裕があるほどだ。

 

「単刀直入に聞きますが……、あなたがたはコカビエルに勝つことができますか?」

 

「楽勝だな」

 

 気負うことなく言ってのけるグラナに、ソーナは心の重荷が少し減るような気がした。これを言ったのが他の若手の上級悪魔だったら、自身の実力を過信していると侮蔑の視線を向けるか、不安を覚えるだけだっただろう。

 しかし、グラナの場合は決して過信しない。自己の実力を正確に把握し、相手の情報を収集することを怠らない彼は、おおよそソーナの知る限りでは過信や慢心とは最も縁遠い人物の一人なのだ。

 そのグラナが勝てると断言した。ならば、勝てるのだろう。そう思える程度には、ソーナはグラナの為人を知っているし、信頼していた。

 

「一応、その根拠を聞かせてもらえますか」

 

「堕天使陣営には今代の白龍皇がいてな、そいつが生粋の戦闘狂なんだが……、ちょくちょく殺し合うことがあって、まあ、どっちも死ぬわけにはいかないからほどほどのところで切り上げるってのを繰り返すうちに話も結構するにようになってな……その白龍皇が言うには俺はコカビエルよりは強いんだと」

 

 敵対陣営の者の言葉を鵜呑みにするというのは、典型的な悪手でしかないが、それは話をした者が『典型的な敵対陣営の者』であった場合に限られる。前提が破綻していれば、結論も破綻するのは自明の理だ。

 その点、今代の白龍皇は必要もない嘘を吐くようなタイプではなく、戦闘に関して言えばかなり真摯な人柄をしている。グラナのことを好敵手のように見ていることと合わせて考えてみても、やはり嘘を吐くというのはあり得ないと語った。

 

「それに……昔、コカビエルと戦ったことがあるから、あいつの実力は知ってるんだわ」

 

「堕天使幹部と交戦したなんていう話を聞いた覚えはないのですが」

 

「訊かれなかったからな」

 

 では早速とばかりに訊いてみると、グラナがコカビエルと交戦したのはまだ幼かったころの話だと言う。実戦で運用するには心許ない魔力しか持たなかった、ガキの時分に経験した敗北。生還できたのは、恥も外聞もなく、ただひたすらに逃走に専念していたからに他ならない。

 華も栄光もない、苦い敗北の思い出だ。わざわざ他人に語って聞かせたいと思える類のものではない。こうして聞いてみれば、成程、訊かれなければ、答えたくもない話題である。

 

「ま、ともかく、俺はコカビエル相手にも十分勝算がある。タイマン張って問題ないが、いざとなればルルたちの手を借りてタコ殴りにもできる。だから、心配するな。ソーナはソーナのやりたいようにやりゃあいい」

 

 軽く笑うグラナの顔を見ていると、緊張が和らいでいくことが自分でもわかった。

包み込むような優しさと実績に裏打ちされた自負、そして他者を引き付けてやまないカリスマ。改めて思い知らされる、グラナとの『(キング)』としての格の違い。己の目指す壁の高さを認識して、その上でソーナは諦めることは無い。

 

「……あなたには敵いませんね」

 

 今は敵わずとも、将来、必ず超えてみせる。そうすることでソーナの夢は実現へと近づくのだから。

 

 




 話を書いている最中に「どうせなら作品内の時間とも合わせたらいいんじゃね?」とか思ってたこともあってこの時期の投稿になりました。たぶん、聖剣編は六月ごろの話でしょう、きっと、おそらく!


 ちなみに一章の第六話、グレモリー眷属との言い合いの話を大幅改稿しました。気が向いたら、そちらのほうも是非ご覧になってください。

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