なんなの、この難易度の高さは。他の作者さん型はどうやってあんな臨場感のある文章を生み出してるんすか。自分の脳内には鮮明な戦闘シーンの画があるんですが、それを全く文章に起こせない……。己の非才が恨めしいです。
「ふぅ」
巨大ミノタウロスを打倒した日の翌日。朝から移動し続けて第四の城門まで少しの位置にまで到達し、一安心とばかりに息を吐く。今は建物の影に隠れているが、城門前の広場に踏み入れるまでの数十メートルの距離を進むうちには城門から数々の飛び道具が放たれて来るのだ。
挑戦する前に、一度くらいは呼吸を整えておきたいし、覚悟を決めるためにもこの行為は必要だ。
「――よし、行くか」
何度も深呼吸をするうちに瞑想のように閉じていた目を開いて、言葉を口に出す。
深く腰を落として、足を前後に開いた状態から、一息に駆けだした。
ヒュン! 風切音を立てながら、頭部目がけて飛来する矢を、首を傾げる様に躱す。当たれば俺の体を一瞬で蒸発させる熱量を持つ魔力砲が、二門の大砲から放たれる頃には、その場からすでに俺は消えている。
「これで四度目だけど、……やっぱ怖ぇなぁ、おい!!」
城門に近づくほどに増す飛び道具の雨を、ある時は躱し、ある時は弾き、ある時は防御しながらも、決して足を止めることは無い。一度でも足を止めれば、二度とその場から動く機会を与えられることなく、飛び道具の嵐に物量で蹂躙されることがわかっているだけに、前に進む以外に取り得る手段がないのである。
「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
止まりそうになる足を、恐怖を覚える心を、雄叫びで叱咤し鼓舞しながら走り続けた。
耳の横数センチを魔力砲が通り過ぎ、髪を揺らされる。それに構わず走り続ける。
太腿目がけて飛んできた矢を躱すために飛び上がったところを、周囲に潜んでいた魔獣が飛びかかってくる。
『ガルルァアッ!』
「うおおおおらああああああ!!」
魔剣を地面に突き立て、一時的に右手を空ける。大きく開いた顎から覗く鋭い牙を掴んで右腕一本で前方に投げ飛ばして、城門から飛来する矢の群れの盾にした。骨肉と血潮が撒き散らされるが、魔剣を地面から引き抜いて走り続ける。
躱すどうこうの話ではない。今も走り続ける道、視界に移るこれから進むべき前方には矢の雨が迫ってくる。数十、数百では利かないだろう。おそらくは数千、数万の域に達する矢の豪雨は回避や防御を許さない猛撃だ。かといって、ここで止まれば、放たれる矢の雨の照準は徐々に俺の現在位置へと修正され、蜂の巣のようにされることは想像に難くない。だが、だからこそ、それに構わず走り続ける。
「ほっ、と」
道が通れないのなら、道以外を通ればいい。道の左右に並び立つ建物の壁面を駆け上がり、屋上に躍り出る。単純な話、矢の雨が降り注いでいるのは眼下の道なのだから、こうして屋上を走ることは可能なのだ。
そして、もちろんのことだが、城門に設置された兵器の数々は照準を再度修正し直す。魔力砲が、バリスタが、弓が、等しく殺害を目的として放たれた。しかし、それに構わず走り続ける。
「堪んねえな。あの女王、鬼畜過ぎるぜ」
屋上を全力で疾走し、縁に着けば大きく跳躍して次の建物の屋上へと飛び移る。城門前の広場まではまだ距離がある。それはこれから更に攻撃される余地があるということを意味しているが、同時に、城門から放たれる攻撃が俺の元に来るまでに相応の時間がかかるということでもあった。
矢が、魔力の砲撃が当たる寸前。およそ一メートルも離れていない、ギリギリと呼べる距離に近づいてくるまで走り続け、そして屋上から飛び降りて建物と建物の間の路地に身を潜めることでやりすごす。
直後に鳴り響く轟音が、背後と上方から体を揺らす。城門からの攻撃が、先ほどまで俺がいた屋上に直撃し、破壊し尽くしたのだろう。落下してくるいくつもの瓦礫を回避しながら、路地から中央通りへと転がり出ると、息を吐く暇もなく走り出した。
そして城門前の広場へと足を踏み入れた。直後、張り巡らされる強固にして頑丈な結界が、高い殺傷性を秘めた遠距離攻撃の数々を弾く。
「ここまで来りゃ、もう城門の設備での攻撃はなくなるはず……これまでの経験上は」
代わりに新たな脅威が現れた。ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ、携帯電話のヴァイヴレーションにも似た音を鳴らしながら現れたのは、体長三十センチを超える大型の蜂だ。全身を覆う装甲のように分厚い甲殻は、一目でその強度を知らしめている。ガチガチと打ち鳴らされる顎は、牛の首を一噛みで千切ることを可能にするだろう。臀部の先端から伸びる、杭と見紛うような極太の針は鉄板を容易く貫くだけの強度と鋭さを持つ。その魔獣の名は―――――
「――――
蜂らしい高い機動力と獰猛な攻撃性に加えて、防御力まで備わった危険な魔獣の一種である。その戦闘力に反して、小柄であるがために小回りが利く
統率された軍隊のような連携。それこそが、この魔獣の最たる長所であり、脅威でもあり、名前の由来でもあった。
そして、眼前の
「ミノタウロスのときも思ったが……、ほんと、どっから連れてくるんだろうな」
ヴヴッヴッヴヴヴヴヴッヴヴヴ
第四の門番との戦いは、こうして幕を上げた。
前方からまっすぐに向かってくる蜂型の魔獣の群れ。所謂、長蛇の陣と呼ばれる柔軟性に優れた隊列を滞りなく組んで飛ぶ様は、名前の通りに軍隊を連想させる。使う陣形が戦国時代のものであってもだ。
「確か……この陣形は場面に柔軟に対応できるのが特長なんだっけか……?」
以前読んだ戦術書にはそのように記載されていた気がする。魔境に城を構えてから行われることのある、魔獣との集団戦闘のための知識がこんなところで役立つとは思わなかった。
この長蛇の陣は、甲斐の武田家が中国の有名な軍師・諸葛亮公明の作ったとされる『八陣の法』を元に作られた『武田八陣形』の内の一つだ。長蛇の列の語源にもなった陣形であり、名前の通り蛇のように縦一直線に長く伸びたものである。中央が攻撃されれば後尾と先頭が、先頭が攻撃されれば後尾が敵を討つといったように、蛇のようにクネクネとした動きを用いて柔軟性の高い戦いができるのが最大の特徴だ。
「とりあえずは様子見、っと!」
軽く
「……単純に火力不足か? いや、全力でぶっ放せばいけるか……」
飛翔速度は落ちるどころか、むしろ攻撃を受けたことに対する怒りによって上昇している。だが、その蜂の体をよく観察してみれば甲殻には罅が入っており、羽も傷ついている。全くの無傷というわけではない。
防御力はミノタウロス未満、速度はミノタウロス以上。攻撃力は武装や体格の関係上、間違いなくミノタウロスのほうが上だろうが、眼前の蜂たちの顎や針も馬鹿にできたものではない。あの顎は俺の骨を軋ませ、針は肉を貫くと見ていいだろう。そして、一体であったミノタウロスに連携もクソも無いので、その点はこのアーマード・ビーの軍勢が勝っている。
大雑把に分析すれば、そんなところだ。
軽く確認し終えると、背中を蜂の軍勢に見せながら全力で逃走する。真っ向から迎え撃つことに意味はないし、そんなことができるはずもない。仮に仁王立ちして待ち構えていれば、確かに最初の数匹は魔剣で殺せるだろうし、魔力も併用すれば更に殺せるだろう。が、いつしか手数が足りなくなって物量で押し切られるのは分かりきっている。あるいは、全力の
つまり、ミノタウロス戦でも理解していたことであり、もっと言うのなら、それ以前に理解していたことだが、消耗は極力抑えなければならない。そのためには真っ向からぶつかってはいけないし、敵に背後を見せることも必要になってくる。
「ここらでいいか」
立ち止まり、蜂の軍勢へと振り返った場所は結界の端から十メートル程度の位置だ。正面には百を超える蜂の群れ、その奥には巨大な第四の城門が威容を発している。
「
魔剣を持つ右手を前方へと向けて照準を定め、作り出したのは、轟轟と音を立てる渦潮だ。海ではなく宙に出現した渦潮は、渦を蜂の軍勢へと向けるように横を向いている。
飛んで火に入る夏の虫。そんな諺があるが、目の前で起きたことはそれに非常に近い。全力で逃走する俺に追い縋るには、
同胞が渦潮に飲まれて行く様を見ても、蜂の軍勢が及び腰になることはあり得ない。隣の者が死のうと、目的を完遂させるために行動し続ける。完成された軍隊とはこのようなものを言うのだろう。
直進するだけでは、横向きの渦潮に呑み込まれてしまう。ならば、当然の手段として、蜂の軍勢は迂回してくる。左側から、さながら蛇が木に体を巻き付ける様にして周ってくる姿は、長蛇の陣という名付けにも賛同したくなる。
対する俺の行動もまた単純明快だ。前方には渦潮を設置しているために塞がれてしまっている。左側からは敵が、攻撃が迫っている。なら、右側に逃げればいい。
追いかけてくる蜂たちが、結界と渦潮の間にきたタイミングで魔力を行使した。渦潮は形を崩し、瀑布となって蜂を結界へと叩き付ける。いくら甲殻が硬くとも、内部に響く衝撃までは防げない。それに、荒れ狂う水流によって機動力の根幹を担う羽をもぎ取られた蜂たちにはもはや追跡の術はないだろう。
「で、これでまた十数匹――いや、二十ちょい倒してるか……」
それでも先は長いと嘆息する。肩から振り返ってみる背後には、未だに百を超える蜂の群れが荒れ狂う水の本流を越えている。二度の攻撃で三十~五十の
軽快に走りながらも、後ろの蜂たちの観察は怠らない。陣形が変更された場合や、ミノタウロスの会得していた武術のような“特殊な何か”を警戒してのことだが、それらは杞憂だったらしい。
今も尚、蜂の軍勢は蛇のようにうねりながら迫ってくるし、隠し玉を使ってくる様子もない。異常なほどにこの蜂が用心深く、切り札を隠している可能性も無いわけではないが、蜂という生物の特性を前提に考えれば、切り札の内容もいくつか予想が立てられる。ならば、切り札を使わせない、効果を発揮できない状況を維持し続けることも難しくない。
タン、と魔力を込めながら軽く石畳を蹴って跳躍すると結界の側面へと足を着きそのまま垂直に駆け上がっていく。蜂たちも背後から――あるいは下方から?――追跡してくる。
それよりも下の、俺が跳躍の際に踏みしめた石畳には小さな水たまりができていた。
「
水たまりを起点として、間欠泉よろしく莫大な量の水が噴き出した。上空の敵を追いかけていたら、伏兵もいなかったはずの下方からの奇襲である。いくら軍隊染みた動きをするとは言っても、完全に虚を突いた攻撃に完璧に対処できる個体がどれだけいるだろうか。
あと少しで水柱が俺の背中に当たるといったところで、結界を強く蹴りつけて地面へと飛び降りた。
「ひー、ふー、みー……大体三十ちょいか」
それ以外のこれまで追いかけていた蜂たちは等しく水柱のなかでもがいている。魔剣を指揮棒のように振るい、水柱を一つの巨大な球体へと変化させ、水流を操り、蜂を中央へと集めることで脱出を防ぐ。水の操作と並行して、視線を周囲にやって蜂の数を数えつつ、ここから先の展開をいくつか予想する。そして、その中の一つが現実に起こる。
「長蛇の陣をやめて囲んでくるか。まあ、それも数の利を生かす方法だな」
一人の敵を多数の味方で包囲する。古今東西にありふれた、数の利を生かす戦術だろう。蜂たちは一定の間隔で前後左右と上方まで、さながら半球状のドームのように俺を取り囲む。
「――あっちはもう終わりだな」
軽く視線を向けたのは、上空で百体ほどの
「残りの死亡予備軍も、まとめて相手してやるからさっさとかかってこい」
完全に包囲され、死角を取られている。なら、視覚に頼る意味もたいしてない。瞼を閉じ、他の感覚へと意識を回す。
体内で高めた魔力を、薄く、広く、さながら波紋のごとく大気中へと放射する。レヴィアタンの魔力の特性は『水の支配』とでも呼ぶべきもの。大気中に存在する水分に干渉し、数秒と経たぬ内に掌握する。
大気中の水分に触れた物は魔力を通して、俺へと伝わるのだ。
ヴヴッヴヴヴヴッヴヴ
四方八方から発せられる無数の羽音が、不協和音となって俺の耳に届く。そして、水を通して羽ばたきの一つ一つまで感じ取る。
ギチギチギチギチ
顎を打ち鳴らすのは威嚇動作の一つ。何度も合わさる顎の凶悪さも水を通して理解できる。それを合図にして、一斉に蜂の群れが突撃してきた。
右手の魔剣では、間違いなく
全身鎧と呼ばれるものがある。名前の通り、全身を覆う鎧だが、中にヒトが入って動くためには関節部分まで完全に金属で覆うことはできない。この魔獣の甲殻にも同じことが言える。
正面から迫る
「正面のやつを相手してるうちに背後から襲う――これもありふれた手なんだよなぁ」
背後にいた蜂たちの中の一体が、俺の右足首に狙いを定めて飛来する。肩越しに確認する間でもなく、大気中の水分を通して得た情報から、針ではなく顎を向けてきており、足首を食い千切ろうとしているのだとわかる。即座に右足を上げて回避し、真下に飛び込んで来た蜂の背中を踏みつけた。甲殻の頑丈さゆえに潰すには至らないが、石畳に猛烈な勢いでぶつけられれば多少はダメージも入る。追加で踏み躙って、背中から生えた羽を破壊する。
「蜂の脅威はその攻撃力と機動力の高さ。そして機動力は羽に依存してるから、羽さえ潰しちまえば、戦力にはならない」
左腕は動かず、鞘に収めたわけでもない魔剣を左腰に持っていき、深く腰を落とす。日本剣術における居合の構えだ。
切先が地面につきそうな魔剣の刃には、魔力で生み出した水を這わせる。
数十もの蟲に囲まれているという危機感にギリギリまで耐え、残りの魔獣が全て射程範囲に入ったことを察知すると、即座に右腕を閃かせた。横薙ぎ、返す刀で流れるように二太刀目を刻む。勢いのままにその場で回転しながら剣を振ることでまとめて薙ぎ払う。その全ての斬撃は、刃の延長線上に高圧の水を伸ばすことで射程を増やしていた。縦横無尽に振るわれる斬撃。それに付随して動き、柔軟に形を変える水の刃は鞭に近い。鞭と言えど、高圧水流はダイヤモンドの加工にも使われる鋭利な刃だ。その切れ味は馬鹿にできたものではない。
「はあああああッ!」
関節から切り落とす。断面からはごぼごぼと体液が零れ、一目で致命傷だと判断できる。まあ、関節部位が弱点だというのは一目でわかることなのでこの結果に達成感を得ることはない。やはり、と確認するに留まる。
さらに剣を閃かせる。
ギギギャギャギィ! 耳障りな不協和音は、甲殻とそれにぶつかる高圧水流の奏でたものだ。水の刃が通り過ぎた先には、依然として飛ぶ蟲の姿。甲殻の表面は鑢で削られたかのように窪んでいるがそれだけで、戦闘は続行可能だ。
――まあ、それがどうしたという話なのだが。
甲殻が魔剣の刃で斬れないから、水の刃を用意した。水の刃で斬れないか試してみた。それが無理だったというだけで動揺するような柔な精神はしていない。魔剣の刃で甲殻を斬ることを諦めたように、水の刃で甲殻をきることを諦めるだけだ。そして、別の手段を取る。
返す刃で、再度蜂の躰を捉える。水の刃の中程が先と同じように甲殻に弾かれるが、その先は別だ。狙いは背中の羽である。紙のように薄い羽の耐久性は非常に低く、それこそ、半ばから絶たれて威力の落ちた水の刃でも切断できるほどだ。俺は剣を振るいながらも、宙に散った水へと意識を向けて薄羽を潰す。
「おおおおおおらああああああああああああああッッ!」
そして剣戟の速度をさらに引き上げた。関節部だけでなく、背中の羽という弱点への攻撃手段も得た俺にこれ以上様子見を続ける理由はなかった。
とにかく、斬って斬って斬りまくる。残像を生むほどの速度で剣を振るい、その先の水の刃が縦横無尽に暴れまわる。前方、右方、左方、上方、後方、ありとあらゆる角度まで射程に収めた斬撃の数々はもはや致死領域のドームと化していた。
然れど、第四の門番はこの一手のみで攻略できるほど甘い相手ではない。
何匹もの蜂が次々に墜落する中、攻撃を躱す個体が現れ始めたのだ。だが、その程度のことは想定の範囲内。すでに勝利までの布石は打ち終えている。
横に転がり、上方からの攻撃を回避。唐突に標的を失って、一瞬動きを止めた魔獣の首筋に、俺は起き上がると同時に魔剣の刃を滑り込ませる。引き抜けば、頭部と胴体が分かれて落下し、二つの音を鳴らす。
高圧水流の刃を振るう際に、その一部をわざと落とすことで、あるいは甲殻に弾かれて雫となることで、いくつも作っておいた水たまり。靴底を軽く石畳に当てて鳴らした音を合図に、その水たまりから一斉に水の槍が湧き立ち、
「―――チェックメイト」
討ち漏らしもなく、全ての蟲を水の槍に捉えることができたことに安堵の息をようやく一つ吐いた。魔力を解除し、溺死体がいくつも落ちてくる中、行動不能にするだけに留めていた蜂にも止めを一体ずつ確実に刺していく。
これで、第四の門番との戦いも終わりである。
そして、第五の城門の門番との戦いは苦も無く勝利した。門番は巨大な一つ目の魔人、サイクロプスと呼ばれる魔獣だったが、巨大な武人ならすでに第三の門番で経験済みだったというのが勝因に挙げられる。
大きな単眼からは冗談でも比喩でもなく『目からビーム』を放ってきて驚かされたが、それだけでしかない。光線の威力は高く、速度もあった。しかし、直進するだけのものなので、視線から攻撃個所を予測することは容易く、簡単に回避できたために脅威にはなり得なかったのである。
戦局は常に俺の優勢で進み、最後は単眼から脳髄までを
そして、三日程挟んで第六の門番と対峙する。
「ォォオオオオ」
地鳴りのように重苦しく、背筋に嫌なものを感じさせる声。音源は俺の頭より遥か高く、しかも複数ある。
ズリズリ、と這いずって移動しているがそこに緩慢さは感じられず、捕食者が獲物を狙う直前のような鋭い殺気を纏っている。
全身を覆う鱗が鈍い輝きを放つ。華美でも壮麗でもないが、どこか力強さを感じさせる輝きだ。
これらの特徴を持つ第六の門番。その名は――
「―――ヒュドラかよ」
多頭のドラゴンの中でも、一位二位を争う知名度を誇る魔獣だ。一つの体から九つの頭部が生え、ケンタウロスの賢者や人類史上最大最強の大英雄すら死を受け入れるほどの毒を持つ。鈍色の鱗は剣を通さず、矢を弾く。おまけに、頭部を斬り落とされようとも、すぐに生えてくるという化け物染みた――バケモノなのだから当然だが――再生能力を有している。
端的に言って、強敵である。
「……あー、嫌になる」
魔剣を握りながらも、苛立ちを紛らわすために右手で頭を掻いた。
ヒュドラは鎌首を擡げて、十八もの眼を向けてくる。背筋に寒気が奔るほどの迫力が、今から行う戦いの厳しさを知らせるようだ。
「ルァアアアアアッッ!」
俺の恨み言など知ったことないとばかりに轟く雄叫び。戦いの火蓋は、早々に切って落とされた。