【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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ルルティエがハクを攻略するための話が始まります。


第八話 交渉するもの

 自分は、特注で作らせたオシュトルの仮面を被り、オシュトルのお古の服装を纏い、オシュトルと並ぶ。

 

「……こうしてみると、どっちがハクの旦那で、どっちがオシュトルの旦那なのか俺達でもわからなくなるじゃない」

「本当じゃな! 馬子にも衣装とはこのことじゃ!」

「それ褒め言葉じゃないぞ」

 

 エントゥアとともに、皆のお茶と菓子を運んできたネコネを見て、悪戯を思いつき開口一番声をかける。

 

「ネコネ、愛しているぞ」

「あ、ああああ兄様!? こ、こんな皆のいるところで何を言っているのですか!」

 

 エントゥアの、オシュトルにはそういう趣味があったのかという疑いの眼差しと、ネコネが顔を真っ赤にして動揺したのを見て、仮面を外す。

 

「自分はハクだ」

「……っ!!」

 

 ネコネのげしげしと遠慮のない蹴りが脛を襲う。

 

「相変わらず仲のよろしいことで」

「今のは旦那が悪いじゃない」

「うむ、乙女心を弄ぶのは関心しないな、ハク!」

「の、のぉハク? その姿で構わぬから、後で余にも……でゅふふ」

「ずるい」

「私たちにも言ってほしいです、主様」

 

 先ほどの愛してるのセリフが気にいったのか、三人程自分も自分もとせがんできた。

 

「……では、皆が集まったところで、協議を始める」

 

 オシュトルは場がわちゃわちゃしてきたのをさっと締めると皆に座るよう促した。

 

「以前協議したクジュウリとの交渉の件であるが、ルルティエ殿を通し、クジュウリからの返答が今朝方届いた。事前会合の場として国境に近い、この村を指定している」

 

 そう言い、中央にある巨大な地図を指さす。

 

 自分とクオンの最初の拠点でもある、あの村だ。そして、オシュトル――ウコンと出会った村。その場へと、クオンもオシュトルも行けないことが残念だが、仕方がない。

 

「各国が我らと朝廷を天秤にかけている今、クジュウリをこちらに引き込むことは朝廷側への大きな牽制であり、我らが大きく動くためには必要なこととなる」

 

 帝都に進軍する際、クジュウリはエンナカムイの後背をいつでもつける立地となっている。いわば味方でなければエンナカムイは戦力を防衛に割かなくてはならなくなる。

 

「そのため、この遠征には聖上もご同行願います」

「なぜじゃ?」

「戦果のない今、このオシュトルめだけでは諸侯は納得しないのです。聖上の御威光によってクジュウリを説得しなければなりませぬ」

「うむ、なるほど。このエンナカムイと……オシュトルと離れるのは心苦しいが、任せるのじゃ! 余の顔をオーゼンが見間違うはずがないしの!」

 

 そうであれば、いいんだがな。

 その懸念を、オシュトルもまた理解しているようだった。

 

「しかし、いくら聖上が本物であっても、ひとたび朝廷に負ければ本物は本物でなくなり、クジュウリもまた裏切者の末席を飾ることとなる。であれば、此度の遠征においてクジュウリはこちらの戦力を謀る目的がある筈」

「つまり、戦力を測るという名目で一戦あるかもしれないので、少数精鋭であるこの場にいる殆どは遠征に参加せざるをえないわけですね」

「ほぉ……腕がなるじゃない?」

「……」

 

 ルルティエが少し落ち込んだ表情を見せる。

 まあ、直接言いはしないが、裏切りの可能性もあると示唆されていい気分にはならないよな。

 

「しかし、これだけの精鋭を揃えてくれるのはいいんだが、エンナカムイの護りは良いのか? 主要な自分たちが遠征していることを草に知られれば、ライコウは確実に軍を送ってくるだろう」

「それに関しては、某に任せてもらおう。ハクは顔見知りであるだろうが、某の元配下が集ってくれたのでな、後で紹介しよう」

 

 ウコン時代の部下たちか。

 それに帝都での他の部下もいるんだろうな。

 

「彼らをエンナカムイの兵長にすれば、少なくともここでの防衛に関しては心配ない。未だ朝廷は混乱の時期にある。であれば動かせる軍も少数であるはずだ。たとえ多くとも、日数を耐え抜けば、クジュウリからの援軍も期待でき、十分に勝機はあると某は見ている」

「援軍を期待ってことは、確実に同盟締結は果たされると思ってくれているわけか」

「無論。信頼しているからこそ。それに、同盟締結の機は今を置いて他にない。このエンナカムイでただ座して待ったとしても、経済制裁による餓死か、大軍による蹂躙しかない。強くなるには同盟しかないのだ」

「旦那は責任重大じゃない」

「おいおい、自分ばっかりに責任押し付けるな。お前らも一緒に行くんだぞ」

 

 こう言う時に、自分ばっかり責任取らなきゃいけなくなるのは、形だけでも自分がリーダーとなってしまっているからかね。

 

「しかし、一国確実に味方へ引き込めれば、諸侯の動揺は広まり、いずれ雪崩をうってエンナカムイへと同盟の使者が駆け込むであろう」

「まあ、そこまでうまくいくかはともかく、希望が見えてくるな」

「しかし、エンナカムイにもオシュトルさんがいることで、クジュウリ側に影武者がばれてしまう可能性はありませんか?」

「その点についても心配はいらぬ。なぜならば……」

 

 オシュトルは仮面に手を当てて、ウコンという仮の姿へと変身しようとしたが、場にアンジュがいることに気付き思い留まる。

 そういえば、皇女さんはオシュトルがウコンであることを知らなかったな。オシュトルもその点に思い至ったのだろう。そして、ウコンの正体を知る者も、言わずとも何となく理解していた。

 オシュトルは堪えるように仮面からゆっくりと手を離すと、尤もらしく頷きながら説明する。

 

「……変装し、正体を隠すのでな。オシュトル不在の際には、御前に政務を任せることになる故、御前にもそう伝えてある。敵に攻められた際などの緊急時には、変装を解き、オシュトルとして采配を振るうこととなるが、それまでは政務も御前と共に行うから心配ない」

 

 ウコンになれないこと、随分ストレス溜めていたんだなあ。

 オシュトルは、ウコンとしての姿の方が、目指した父の姿に近いと思っているようだから。

 

「まあ、どちらにしても、オシュトル不在の空白期間を埋めるために、とりあえずさっさと交渉しに行ってさっさと帰らなきゃならんということだな」

「うむ、そういうことになる」

 

 協議はそこまでとなり、メンバーを確定した後、使節団の用意と相成った。

 

 そして、数日も立たずして、ウマに乗った使節団を率いてクジュウリへと出発する。

 メンバーは、まず使者代表としてルルティエ、アンジュ、そしてオシュトルの影武者をした自分、そのサポートとしてネコネ、またエンナカムイ代表としてキウル、までが確定だった。

 隣にはウルゥルとサラァナ、この二人は自分が行くなら必ず行くと言って聞かないので連れていく。ノスリは聖上のいるところには自分がいなければというので連れていく。オウギは姉上のいるところには自分がいなければというので連れていく。アトゥイは力を示すならぜひ自分がと言い、ヤクトワルトもまた軍よりも少数での戦いになれているためか連れていく。となるとシノノンもついてくる。

 クオンはいないが、結局、いつものメンバーだった。

 

「おお~ゆきたくさんだ。ゆきだるまつくれるぞ!」

「いいねぇ、ほらシノノン、ここに雪を集めるから丸めるじゃない」

「聖上、これが雪うさぎです」

「ほほ~、ノスリは手先が器用じゃの」

「勿体無きお言葉……聖上、これが雪ウォプタルです」

「流石姉上、手先の器用さでは右に出る者はいませんね」

 

 可能な限り素早く秘密裏に事を進める、となっていたが、何やら遠足気分のものが数名いた。

 まあ、偵察に出ているキウルを待っている間はいいか、とルルティエとともに時間を潰す。

 そこで、気になっていたことを問うた。

 

「そういえば、この前執務室に呼び出されていたが、何か言われたのか?」

「この前……あ、その、私にはクジュウリと誼を通ずるための使者となってほしいということと、オーゼン殿からお預かりしている身だから、一度里に帰ってほしいと、言われました」

 

 それで了承したからこそ、今回の遠征にこぎついたわけだ。

 

「なるほど。それで、ルルティエはどうするんだ?」

「な、何がでしょうか?」

「いや、一度里に帰るよう言われたけど、そのままクジュウリに居続けるのかってことだ」

「それは……確かにオーゼン殿に引き留められた際は戻ってもいいとは言われました」

「そうか……」

 

 やはりオシュトルとしては無理に引き留められんよな。

 今まで善意でついてきてくれたこともあって、ルルティエには強く出られんからな。

 

「あの……」

「ん?」

「ハクさまは……私に、その、どうしてほしいと思っているんでしょうか?」

「どうして……って、ルルティエの選択は尊重するさ。ただ……」

「ただ……?」

「ルルティエがいなくなったら、美味しいご飯が食べられなくなって、皆寂しがるだろうなあ」

 

 特に皇女さんとはルルティエのご飯と菓子を巡って取り合う仲だからな。

 

「まあ、でも選ぶのはルルティエ次第さ」

「そ、そうですか……」

 

 ルルティエはその言葉を聞き、思い悩む表情をするが、パッと表情を変えて微笑んだ。

 

「ありがとうございます、ハ……オシュトル様」

「なんでお礼を言うんだ、礼を言わないといけないのはこっちだ。こんな危険な旅に同行させちまって」

「いえ、自分で……選んだことですから」

 

 そう言うルルティエの表情は、相変わらずにこやかなままだった。

 

「ハクさん」

「ん? どうだった?」

 

 いつの間にか、道の先から先行し偵察していたキウルが戻ってきていた。

 

「この坂の先に集落が見えます。先方から指定された村だと思われますが、出迎えの者が……」

「そうか。まあ、じゃのんびり坂を上るとしますか……ああ、あとキウル」

「はい? なんですかハクさん」

「今の自分は?」

「す、すいません……兄上です、ね」

「オシュトルの威厳も何もないのはわかっているが、村についたら襤褸を出さんようにな」

「はい」

 

 キウルに一応注意しておき、坂を上る。

 登りきると、懐かしい風景がそこにはあった。

 

 自分が目覚めて初めてクオンと訪れた村。

 そして、オシュトルと出会った村。相も変わらず、だな。

 キウルを長のところへと挨拶させに行き、他の皆は村の外で待機する。敵か味方か判断できない者がぞろぞろとは入れんからな。

 それに、村が罠だとしたら袋の鼠だ。

 

 いつもまにかちょこんと隣に座っていたネコネに、これから先のためのことを伝える。

 

「ネコネ、ちゃんと兄さまと呼んでくれよ」

「任せてくださいなのです。ただ、それならちゃんと兄さまの口調でお願いするのです」

 

 そりゃそうだよな。

 本物のオシュトルと離されてなのか、ネコネ愛してるよ事件のせいなのか、今まで機嫌が悪かったが、一応仕事は仕事として果たすつもりでいるらしい。

 

 暫くして、遠くからキウルの呼び声が響いた。

 村長の元から帰ってくるには随分早い。見ると、キウルの後ろから兵の一団が列を成して駆けてくるのが見えた。

 ルルティエがその一団を見て顔を綻ばせ、普段のルルティエからは想像もつかない大きな声をあげた。

 

「お兄さまっ!!」

「息災だったか、ルルティエ!」

「お兄さまこそ、お元気でしたか?」

「ふふ、俺がそんな柔な男ではないことは知っているだろ? 俺はガウンジが踏んでも死なんわ」

 

 ガウンジってなんだろ。

 ボロギギリより怖いのかな。

 

 お兄さまったら、っと兄の胸に顔を押し付けるルルティエ。そこで自分たちの存在を思い出したのか、兄から離れた。

 何やらルルティエは目の前の男を紹介しようと懸命だが、恥ずかし気にもごもご言っていて何を言っているか聞き取れなかった。

 すると、兄と呼ばれる青年が自ら前へ進み出た。

 

「貴殿が噂に名高きエンナカムイのオシュトル殿か。この緊張下に僅かな手勢で、よくぞこのような地まで来られたオシュトル殿。道中、朝廷に見つかれば命は無いというのに……なんと豪胆な!」

 

 確かに見つからなかったのが奇跡だけどな。

 まあ、泳がせている可能性もなくはない。

 

「一度貴殿とは手合せをしたいと思っていた。クジュウリのヤシュマだ。我が妹、ルルティエが世話になった。感謝の言葉もない」

「いや、礼を言うは某の方、優しきルルティエ殿には幾度となく助けられた」

 

 自分の言葉にルルティエは顔を真っ赤にして俯く。

 オシュトルの言葉を借りてはいるが、本音なんだけどな。

 

「はっはっ、オシュトル殿のその言葉は何よりの土産だ」

 

 すると、ヤシュマは村の旅籠屋で話をしようと持ちかけてきた。

 それに頷き、よく見知ったあの旅籠屋へと皆を先導する。やがて、見覚えのある旅籠屋を見つけた。

 

 変わってないな。

 

 中に入ると、出迎えてくれた女将は相変わらず綺麗だった。

 不満とすれば、今自分は影武者なので、あのころの思い出話ができないくらいか。

 無理な仕事で筋肉痛が酷い思い出ばかりだが。

 

 一番奥の部屋へと招かれ、そこに一同座る。

 ちょこんと、当然のようにオシュトルの隣に座るルルティエを見て、ヤシュマは驚きを隠せなかったようだったが、何かを納得したのか、すぐさま話を始めた。

 

「そちらの事情はルルティエからの文で大凡理解している。俺個人の意見としてはヤマトの一大事、剣を振るうのに躊躇いはない。ましてルルティエが聖上の御側付だと言うではないか。我が妹の忠義には報いたい」

「それでは」

「だが……本来城へ直接案内するものを、こうした形で迎えていること……我らクジュウリの懸念をおわかりいただけるだろう」

「……我らの掲げる御旗が真の物であるか、か」

 

 ヤシュマはそれに頷きを返し、その場の空気が凍りつく。

 クジュウリの懸念は尤もだ。聖上が偽物なら話はできない。やはり皇女さんを連れてきておいて良かった。

 しかし、ルルティエは顔を真っ青にし、兄と呼び親しむものの言葉を受け止め切れていなかった。

 

「お兄様! それはどういうおつもりでおっしゃっているんですか? まさか……」

「ル、ルルティエ?」

 

 ルルティエの剣幕にヤシュマは目に見えて動揺していた。

 まあ、ルルティエが迫ってくることなんてめったにないしな。

 

「俺は貴殿の掲げる御旗は真の物であると信じている。だが、皆がそうとはいかぬ」

「では、皆が信ずるに値するものがあれば、良いと申されるわけか」

 

 頷くヤシュマを見て、自分も覚悟を決める。できれば、この切り札はこんな序盤で使いたくなかったが、仕方がない。

 

「聖上」

 

 自分が右に避けて跪くと、皆も左右に割れて跪いた。

 その先から、一人の少女が進み出る。

 

「久しいのう、ヤシュマ」

 

 そこにいたのは、このような場にはそぐわないただの小柄な娘だったが、その正体はアンジュである。

 ヤシュマはすぐさまその正体に気付くと、反射的に深く頭を垂れた。

 

「せ、聖上!!」

「さて、ヤシュマ。余が本物だとその寝ぼけ眼ではわからぬか?」

「い、いえっ! その声、その姿、いと高き血を引くお方に間違いございませんっ!」

 

 何卒ご容赦を、と平に平伏するその姿を見て、アンジュは満足したようだった。

 

「余が城へ赴こうぞ。そしてオーゼンに会って話をするのじゃ」

 

 オーゼンの腹が決まればクジュウリにて異を唱えるものはいない。何しろ、聖上を本物だと判断できる人物のなかで、一番の権力者だからな。

 

 しかし、ヤシュマはまだ納得していないのか、言葉を濁した。

 謀略など得意には見えないが、まだ何かがあるのか。

 

「どうした? 余の気が変わらんうちにさっさと城まで案内せんか」

「は、ははあっ!」

 

 返事は元気だが、表情は心なしか元気がない。

 少しばかりの休憩の後、馬車を先導するヤシュマの案内をもとに皆の乗った馬車は動いていたが、その間もずっとヤシュマはため息を吐いている。

 

 自分としてはヤシュマの態度に気を張っていたのだが、それをかき消すように皇女さんが甘えた様子ですり寄ってきた。

 

「のぉ、ハク。先ほどの余の啖呵、見事であったじゃろ? もっと褒めてもよいのじゃぞ」

「聖上、この場では」

「なんじゃ、ハク、影武者のくせに堅いことを言うでない」

「聖上」

 

 危うい会話を続ける皇女さんに冷や冷やものだったが、またもやヤシュマの溜息が聞こえてきて、どうやらヤシュマは何かに集中していて話を聞いていないようだった。

 しかし、その溜息の数に流石のアンジュも疑問を持ったようだ。

 

「ハク、ヤシュマはいったいどうしたのじゃ?」

「……聖上、この場ではオシュトルとお呼びください」

「そ、そうじゃったな。オシュトル。すまんすまん」

「ヤシュマ殿の態度は確かに怪しい。お覚悟が必要やもしれませぬ」

「な、なんじゃ、脅かすなハク」

「……聖上? 某のことは」

「お、脅かすな、オシュトル」

 

 何度言ってもオシュトルと呼んでくれないので、その仕返しとしてついつい脅かしてしまったが、実際あり得る話だ。

 ビビり倒している皇女さんに、言葉を繋げる。

 

「聖上、我らが切り開いた道のみが、聖上の通る道ではございませぬ。聖上は己の力で道を切り開かねばならない時が来る、そのための覚悟が必要なのです」

「己の力で切り開く……覚悟じゃと?」

「この場で最も生き延びねばならないのは、聖上です。であるならば、某らを置き去りにし、死体を踏み越えてでも生きねばなりませぬ。己自身の判断で、生き延びるための道を切り開かねばなりません。某らは、その聖上の道を荒らすものを、討ち果たすまでの存在に過ぎませぬ」

「……」

 

 少しきつい言い方だが、これからも皇女さんが闘うというなら、持ってもらいたい感覚だ。

 自分としては、早々に諦めて隠遁生活でも勿論構わないんだが、そうじゃないんなら、甘い覚悟で戦うと取り返しのつかない代償を払うことになる。

 アンジュはしばらくその言葉をかみしめていたが、すっと笑うと、こちらに向き直る。

 

「ふん、普段よくサボる奴の言葉とは思えぬ忠心ぶりじゃの」

「似た者同士故の忠言とお思いください」

「な、なんじゃとハク! 余がサボりだと言うのか!」

 

 それ以外のなんだってんだ。

 しかし、相変わらずオシュトルと呼ばないな皇女さんは。

 

「聖上、オシュトルとお呼びください」

「す、すまん、オ、オシュトル……」

「ふふ……あ、見えました。あれがクジュウリの城です」

 

 ルルティエは、自分と皇女さんのやりとりに笑顔を見せたあと、視線の先にあるものを指さした。

 そこには、遺跡を再利用して建てられたという、巨大な城だった。

 

「す、すごいのです……」

 

 旧時代、大いなる父の技術の結晶。興味がある奴には垂涎ものだろうな。

 皆は思い思いの表情で、門をくぐり、城内へと入った。

 そこでは給仕が忙しそうに駆け回り、こちらを見た兵がどこかに足早で去っていく。

 

「何やら慌ただしいじゃない」

「貴殿らが来ると聞き、人数分の部屋を用意してあるのだ」

「なるほど、お気遣い感謝致しまする」

「いやいや、当然のことだ。それよりも……はぁ」

 

 ヤシュマはまた溜息をつくと、謁見の間へと自分たちを通した。

 

「しばし、ここで待たれよ。父上を呼んで参る」

 

 ヤシュマが謁見の間を立ち去った後、皆は思い思いにぐるりと見回した。

 

「最悪、囲まれれば……その時は聖上を頼んだぞ。クジュウリ皇には某とオウギが。退路確保はヤクトワルトだ」

「わかりました」

「血路は開くじゃない」

「聖上」

「わ、わかっておる。余裕じゃ」

「……皇女さん」

 

 小声で囁き、皇女さんの隠しきれない手の震えを、手を重ねることで抑えた。

 皇女さんは少し驚いた顔でこちらの目を見つめ、少し頬を染めると、「大丈夫じゃ」と小声で返して手を振り払った。

 

 それぞれが己の役目を意識し、覚悟を決めた。

 

 しかし、そんな緊張の場に響くは、誰かが猛然とこちらに向かって走っている音。

 皇女さんを護るように周囲を囲み、固唾を飲んで扉を見つめていると、扉が乱暴に開け放たれた。

 

「ルルティエぇ~っ!!」

「お、お父さま……?」

 

 ルルティエから父と呼ばれた男はどさっと玉座に座り、その膝をばしばし叩いた。

 

「ほれ、ルルティエ、いっつも通り、おとんの御膝に座りんさい」

 

 いつも座っているのか。

 

「どしたん? ひょっとして太ったゆぅん? おとんはぽっちゃりしたルルティエも大好きじゃけぇ」

 

 太っても好きということに関しては同意だが。というかルルティエはやせ過ぎだ。

 しかし、ルルティエは困惑しているのか頬を真っ赤に染めて照れていた。

 

 そこに、ヤシュマが息を切らせて駆けつけてきた。

 興奮するオーゼンに何事か耳打ちする。そこで、ルルティエの後ろにいる唖然と見守る自分たちにようやく気付いたのか。慌てて居住まいを正し、こちらへ向き直った。

 

「よ、よう参られた、オシュトル殿」

「オーゼン殿も息災で何より」

 

 今の一連の流れがこちらを油断させる策なら、大したもんなのだが。

 

「ところで、ルルティエは姫殿下のお役に立っておりますかの?」

「無論です。聖上にも、某たちにとっても、ルルティエは心の支えとなっております」

「それは何より何より」

 

 顔を赤くして俯くルルティエ。

 まあ、自分はあまり面と向かって言わないので、オシュトルの姿を借りて普段言えないことを言わせてもらっている。

 恥ずかしいことを言っていることは自覚してるが、本当のことなのだ。

 

「オシュトル殿、此度の御用向きは文にて伺っております。そして、ヤシュマからはアンジュ様が来られたことも伺っております」

 

 オーゼンの言葉を受け、アンジュが、前に進み出る。

 

「久しいのぉ、オーゼン」

「おぉ……その眼差し、そのお声……その御姿、見間違うことなどありませぬ。ヤマトの民が戴くべき唯一無二のお方……」

 

 何とかなったか。

 同じように仲間内にも弛緩した空気が流れる。これで交渉がうまくいくだろうことは明白だった。

 

「オーゼン殿、ヤシュマ殿……某が掲げる御旗に偽りなしであることを納得いただけたところで、改めてお願いいたす。クジュウリにも聖上の御旗の下に集って頂きたい」

 

 しかし、二人は何がまずいことがあるのか、言葉を濁した。

 

「オーゼン! まさか余と知ってなお、納得ができぬと申すか!」

「ま、まさかっ! 我らもそのような不埒な真似はしたくはありませぬ。皆、姫殿下の御旗の元に集う覚悟にございます――た、ただ……」

 

 ヤシュマが尋常ならざる動揺を隠さず、その先を言わせぬとオーゼンに詰め寄った。

 それに言い訳を繰り返す形で、二人がやり取りをし始めた時、オーゼンがやって来た時のように、何かがすごい速度で走ってくる音が聞こえてくる。

 

 再び勢いよく開け放たれた扉から、ルルティエに向かって何かが飛びつく。

 すわ敵襲かと身構えるが、どうやらルルティエに飛びついたものの正体は――

 

「ああん、ルルちゃん、お帰りなさいぃ~!!」

「お、お姉さま!? だ、ダメですっ! こんなところで……」

「彼女は……「ルルティエの姉、シスでございます」

 

 問い掛けようとしたところ、女性は自ら名を名乗った。

 こちらの疑惑に、ヤシュマはシスという女性が姉であることを肯定したが、しかし困ったことになったと言わんばかりに頭を抱えた。

 一同が困惑した表情で見つめる中、シスはあくまでルルティエを離そうとしない。

 

「ん~……ほうほう、ふむふむ……安心したわ、ルルティエ、大事なところがちゃんと前より成長してる」

「そ、そんなこと言っちゃダメだからぁ……」

 

 自分の方をちらちらと伺いながら、嫌々と逃げるルルティエ。

 流石にこれ以上はまずいとオーゼン殿が諫めた。

 

「シス! 姫殿下の御前でなにしょぉるん!!」

「……妹との感動の再会を邪魔するようなら、父上でもその頭くびりますわよ」

 

 オーゼン殿も人のことを言えないが、この姉上も相当なもんだな。

 しかし、ここで思い至る。クジュウリ同盟の障害に。

 

 ヤシュマに確認するも、やはり事実であったようだ。ヤシュマが流れる汗を必死に拭いながら謝罪してきた。

 その間、ルルティエとシスの間で嫁にいったのではなかったのだの、チャモックの肝すら食えないあんな男ならココポと結婚したほうがマシだの、何か踏みつぶしただの、という不穏な話が漏れ聞こえていた。

 

「だからぁ……これからはずーっと、お姉ちゃんはルルティエと一緒だからねっ!」

「……お姉さまも一緒に来て下さるの?」

「そんなわけないじゃない。ルルティエはずーっとお姉ちゃんとこのお城で一緒でしょ?」

 

 ルルティエは姉の思わぬ言葉に動揺しながらも、言葉を返す。

 

「で、でも、わたしはアンジュさまの御側付きとしてずっと……」

「御側付き? まさか、まだあのことを言っていなかったのかしら、父上?」

 

 じろりとシスはオーゼンとヤシュマを見る。

 二人は震えあがり、何も言わない。

 

「ならば、私から伝えます。姫殿下、我が妹をルルティエを、私の……我らの元へとお返し頂けませんか?」

「な、なんじゃと!?」

 

 彼女の言い様は、皇女さんの意向に異を唱えたと受け止められかねない。そりゃ、オーゼンもヤシュマも止めに入りたいだろう。話の転がりようでは国の命運すら決まるのだから。

 皇女さんの威信としても勝手を許せば他国との交渉時にも影響する。下手すれば同盟結束自体が揺るぎかねない。

 

「お姉さま!」

「姉上、血迷ったか! ルルティエは聖上の御側付き、そんな誉を――」

「じゃあ、貴方はルルティエが過酷な戦に耐えられるとでも? 人には向き不向きがあるでしょう!」

「お姉さま! お兄さま! ルルティエはもう泣いてばかりいた昔のルルティエではありません。わたしはアンジュさまと、共に行きたいと思います……」

 

 ルルティエは、二人の間に割って入り、思いの丈を叫んだ。

 アンジュはその言葉に大きく頷く。ヤシュマも驚きを隠せないながらも、ルルティエの成長に涙腺を緩ませた。

 

「うむ、よう申した!」

「ううっ、ルルティエ、お前がそんな立派なことを言うようになったとは……」

「判る、おとんにも強ぉなったの判るけえの……」

 

 しかし、シスは納得しないようだった。

 冷ややかな表情で、ルルティエの言葉を信じていないという態度を隠さない。

 

「……これから、もっともっとたくさんの悲しいことが待っているのよ。親しい仲間が死んで、あなたは立っていられるの?」

 

 ルルティエは、そこで自分を不安げに見た。

 シスは脈ありとみて、さらに言葉を繋げる。

 

「上辺の雰囲気や勢いに流され、後で悔やんでもいいの?」

「いや、ルルティエ! 戦は誰にとっても怖いもの。しかし、その痛みや苦しみを乗り越えてこその誉れ! 命惜しさに引きこもるは生きた屍。真の生ではない! この兄も父も共に戦場に立つのだ、安心するがよい!」

 

 しかし、ルルティエは兄の訴えにも困ったような笑みを浮かべるのみ。何かの強い不安を感じているようだった。

 誰も何も言えぬ膠着状態の中、アンジュの声が響いた。

 

「双方の言い分はわかった。余もルルティエが大事じゃが、やはり一番大事なのは本人の気持ちであろう。ルルティエはどうしたいのじゃ?」

「わ、わたしは……」

 

 ルルティエは助けを求めるように、視線をこちらに向けた。

 ルルティエはシスの言う通り空気に流されてしまう。シスも皇女さんも、自分の考えを押し付けてきている状態では混乱してしまうだろう。

 

「聖上、それを聞くのは少なくとも今でなくとも良いのでは。こうも皆にみられながらでは、ルルティエの考えも纏まらぬかと。しばしの逗留を許していただけるのであれば、彼女自身が決める暇も作れるというもの」

「そ、そうじゃな」

「ヤシュマ殿の話では人数分の部屋を用意していただいているとか。忝いが、そこで暫しの休息を取らせてはもらえぬか。聖上も長旅で疲れている」

「そ、そうじゃな、今日のところは茶でも飲んでゆっくりしたいのじゃ」

「こ、これは姫殿下がおわすのにとんだご無礼をっ! ただいま部屋にご案内を……」

「うむ、しばし世話になろう」

 

 オーゼンは改めて居住まいを正すと、決意した表情で言った。

 

「姫殿下の元へ馳せ参じる事、今ここでお約束致します。しかし、ルルティエのことは……」

「うむ、勿論待つつもりじゃ。ルルティエ、それでよいな」

「え? あ……はい」

 

 結論が先延ばしにされたことにほっとするヤシュマと、何やらこちらをにらむシスが対象的だった。

 こちらが、ルルティエに対する兄や姉による心理的圧迫を牽制したのだ。ま、切り出した自分は恨まれるわな。それに、それをアンジュの言葉にしたことで、反論を許さない。ますます恨まれるわな。

 しかし、ルルティエの件は家の問題でもある。先延ばしにしたところで、迂闊には口を挟めない。自分としては勿論皇女さんの傍に残ってほしいが、さてどうするか。

 ルルティエ自身の真意を引き出し、それを後押しできればいいんだがな。

 

「オシュトル殿、申し訳ないが、落ち着いてからで良いので、話を聞いてはくれまいか?」

「もとより、いつでも構わぬ。ヤシュマ殿の都合の良い刻に訪ねてこられよ」

「忝い。では、後ほど部屋に伺わせていただこう」

 

 お互い気苦労が絶えないということか。

 皆が部屋へと案内される際、兄妹だからということでネコネと同室にされそうになったが、「兄さまと一緒になったら、何されるかわからないのです」という言葉で、女性組の部屋に行った。

 影武者だが、一応オシュトルなんだが。一緒の部屋にされても確かに困るが、クジュウリの者がいる前であんまり誤解を招くようなことを言わないで欲しいものだ。

 一人ぽつんと自室にて溜息をつきながら、ルルティエについて想いを巡らせたのだった。

 

 




ハクがオシュトルに扮しているということが、仲間にはわかっている場合のクジュウリ遠征。
本編との微妙な違いを楽しんでいただけるとありがたいです。

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