【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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ハクは頼まれると断れない。
オンヴィタイカヤンだから、じゃなくて、人間性にも魅力があるんだよなあ。


第七話 覚悟を決めるもの

 オシュトルより、エンナカムイの防衛策について話があるとネコネから言伝があり、ネコネとともに、オシュトルの執務室へと向かっていた。

 道すがら、ネコネに今回呼ばれた訳を説明される。

 

「エンナカムイは正面の城門こそ厚く高いですが、他は国を囲む山に頼った防備になっているのです」

「それは知っている。だから、その穴を埋めるための人員と物資を手に入れるという方向になってなかったか?」

「それが……エンナカムイの懐事情に問題が出てきたのです。それで、どこかに援助を求めることを提案する、と」

「……なるほど、その援助をどこに求めるか、ってことで相談か」

 

 執務室に到着し、横戸を開けると、オシュトルは相変わらず忙しなく手を動かしていた。

 

「来たか、ハク。大体のことはネコネから聞き及んでいると思う」

「ああ」

「あの商人に戦支度を頼んだ際に予想よりも少々足が出た。周囲の山に砦を作るどころか、崖に返しを設置することも難しい」

「んで、どこに支援を……か」

「そうだ」

 

 んー、と考えを巡らせている時だった。

 

「い、いけません、まだお休みになられていないと」

「もう大事ないのじゃ! いつまでも病人扱いするではない!」

 

 足音に続いて、賑やかなやりとりが聞こえてくる。

 すぐさま、外れんばかりに勢いよく横戸が開け放たれた。

 

「ハクはどこじゃ!!」

 

 エントゥアに、ノスリとルルティエを後ろに控え、ズカズカと部屋に入ってくる。

 そして、目ざとく逃げようとしていた自分と視線が合う。するとパッと顔を輝かせ、掴みかからんばかりの勢いで接近してきた。

 

「おお、ここにおったかハク! よくもこの前は余の夕餉を勝手に平らげよったな! お主に仕返しせんと気が納まらぬ! まずは菓子じゃ! 余の快気祝いの菓子を山ほど支度するのじゃ!」

「皇女さん、皇女さん」

「なんじゃハク! 余から逃げようとしても許さぬぞ!」

「あっちあっち」

 

 部屋の奥で、興味深そうにこちらを眺めるオシュトルを指さす。

 

「オ、オオオオオ、オシュト……っ!?」

 

 まあ、憧れの人の前でこんな姿を見せればな。

 我に返ったのか、顔を真っ赤にして、こちらをにらむ。自分のせいじゃないだろ。

 

「い、いるならいると、早くいうのじゃ!」

「申し上げる前に部屋に入られました故」

「う、ううぅぅ……そ、それもこれもハク、お主のせいじゃ!」

「えぇ……?」

 

 再び矛先がこちらに向かいそうなのを察してくれたのか、オシュトルは素早く話題を代える。

 

「姫殿下、元気になられたのは喜ばしいことでございます。しかし、病み上がりの身、快気祝いでしたら、ご所望の通りハクに作らせます故、どうかご自愛ください」

「そうか! 流石オシュトル、話がわかっておるの!」

 

 クオンの薬のおかげもあり、アンジュの容体は驚くほど早く快方に向かった。

 しかし――

 

「治るのが早すぎというか、前にも増して元気すぎるというか……」

「なんじゃ、ハク。お主は元気な余の方が好きだと申していたではないか。だからこうして元気な姿を見せに来たと言うのに」

 

 ちょっと、そんなこと言ったっけ。

 あ、なんかネコネが冷たい目をしているんだけども。私も性的対象なのですかと言わんばかりに警戒するのはやめてくれ。

 ルルティエ、そんな小さな子が好きなんですかという疑問の表情を浮かべないでくれ。

 オシュトルは面白そうな表情を崩さないし。

 

「私はわかるぞ、ハク!」

 

 うんうん、と同意しているノスリだけが救いだった。

 

「わ、わかった、皇女さんが元気なのは十分わかった。だが、折角帝都から助け出して、薬も効いたっていうのに、無理してまた体壊されてもかなわんだろ? それに、今オシュトルと大事な話をしているんだから……」

「大事な話……?」

 

 一瞬皇女さんは怪訝な表情になるが、何か垂涎の光景を思い浮かべたのか、だらしない表情で、うんうんと頷き始めた。

 

「そ、そういえばそっちも好きものであったな。でゅふふ、うむうむ、余はよく理解しているぞ。そ、それでは邪魔したのじゃ」

「ちょっと待て、何を誤解しているか知らんが、大事な話というのは軍拡の話だぞ」

「軍拡……そうじゃ、布告じゃ、布告をせねば! 余が、帝の真の後継者がここにおるという布告じゃ!」

 

 オシュトルと自分は視線を交差させ思案する。

 果たして、これをそのまま認めてよいものか、と。

 発言したのは、オシュトルが先だった。

 

「……では、姫殿下の御所望のとおりに致しまする」

「待ってくれ、オシュトル」

 

 オシュトルとして、皇女さんにいう訳にはいかないもんな。

 邪道を任された身としては、こういった役回りはお手の物だ。こういう不敬行為は自分によく似あう。

 

「皇女さん、既に皇女さんの偽物が帝として名乗りを上げている。これがどういうことかわかるか?」

「? しかし、そやつは偽物であろう?」

 

 やはり、わかってなかったか。

 

「ああ。だが、それで都の秩序が保たれているのもまた事実なんだ。兵力差を考えれば、今名乗りを上げたところで笑われるのがオチだ」

「な、なんじゃと……余が笑い者になるというのか!? そうなのか、オシュトル!!」

「……」

「そうだろ? オシュトル」

「……この一件の黒幕は姫殿下の偽物まで仕立てるような者。某を打ち取り、偽の姫殿下を擁立した逆賊を喧伝することなど造作もないことでしょう」

「……なぜ黙っていたのじゃ、オシュトル」

「姫殿下の願いを叶えることこそ、某の役目。たとえそれがどれほど困難で血に塗れた道だとしても、それを黙って被るのは某が役目なのです」

「オシュトル……」

 

 その言葉に何か感じ入るものがあったのか。

 アンジュは少し俯くが、反発するように詰め寄ってきた。

 

「しかし……ならどうすればいいというのじゃ、ハク! 余にずっとここにおれとでも言うのか!?」

「それでもいいんじゃないか」

 

 そうだ。皇女さんが安らかに生きていてくれているだけで、兄貴の想いとしては十分なはずだ。

 勿論、皇女さんがトップに立ってほしいという想いも聞いてはいるが、それで皇女さんが死んじまったら元も子もない。

 その言葉が意外だったのだろう。真意を量るようにアンジュが問い返す。

 

「名乗りを上げず、亡くなったようにでも見せかけりゃ、命を狙われることはない。勿論、身分を捨てる道を選ぶとしても、自分たちはついていくさ。いや、それどころか、自分としてはのんべんだらりの旅に出れるし、そっちの方がいいくらいさ」

「……」

「だが……あくまで真の皇女さんとして名乗りを上げるなら、オシュトルの言う通り、血に塗れた道になる。相手は帝位簒奪を狙う連中だ。道を譲ることなんてあるはずがない。ということは、容赦なしに叩き潰すしかない」

 

 現状の兵力を記した書簡を引っ張り出しながら、説明を続ける。

 

「それどころか、そん中には八柱将もいるだろうし、兵力は圧倒的。こっちにはオシュトルの近衛衆の生き残りに、初陣経験のない兵。まともな戦いにすらならん」

「そっ、それを何とかするのがハク、其方の役目ではないのか!」

「そんなに期待されても困るんだが……まあ、その努力はするが、今聞いているのは、皇女さんの覚悟の話だ。今帝都は平穏、つまり民だって進んで戦を望みはしないってことだ。最悪、民すら敵に回すことだってある」

 

 そこで、その場にいる全員の顔を見まわして、最後の問いを放つ。

 

「自分達に、戦って死ねと言えるか? それだけじゃない、敵兵だってヤマトの兵だ。皇女さんの選択によって沢山の命が失われる。その覚悟があるか、と聞いているんだ」

 

 誰も彼もが押し黙る。

 オシュトルは堅く目を閉じ、聖上の言葉を待つ。

 そう、決断ができるのは、運命を決められるのはアンジュただ一人だ。

 

「余は……」

 

 言いかけて、大きく首を振る。

 

「そ、そんなことを言われても、わからんのじゃ! 帝という地位そのものなど、どうでもよい……じゃが……余にはもう……何も残されておらぬ。今やこの身だけが、御父上の残してくれたものなのじゃ……それすら奪われるというのか。それだけはイヤじゃ……」

 

 震えるように言うアンジュの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「御父上の、残してくれたものを取り戻したい……それは我儘なのか……?」

「ならば御命令を。某は姫殿下の御決断に従うまで。姫殿下の意思に、このオシュトルの身命をかけましょうぞ」

 

 オシュトルが、その場に跪き、恭しく頭を垂れる。

 

「オシュトル……」

「我が忠義、アンジュ様に捧げましょう」

「どこまでもアンジュ様と共に」

「ホノカ様に拾って頂いた命です。アンジュ様のために使うは当然のこと」

「……」

 

 ノスリ、ネコネ、ルルティエ、エントゥアもそれに続く。

 

「其方達……良いのか、本当に良いのか?」

 

 だが自分は、未だ立ったままだった。

 

「は、ハク……? 其方は……共に来てはくれぬのか?」

 

 不安そうな瞳でこちらを見るアンジュ。

 チイちゃんそっくりの顔、姿、チイちゃんの無邪気で元気な姿が、自分は好きだった。

 おじちゃんおじちゃんと、元気にまとわりついてくる、あの姿を――。

 

「……皇女さん、確かに自分は皇女さんが悲しんでいる姿より元気な方が好きだ。だが、血で血を洗う闘争の中で、本当に笑っていられるのか? 後悔はしないのか?」

「わからぬ……だが、余が笑顔を見せぬ時は……後悔する時は、其方らが死ぬときだけじゃ。戦って死ねなど、余は言わぬ。戦って生きよ、生きて生き抜き、余の傍に居続けよ! ハク!」

「……涙でぐしゃぐしゃのままじゃ恰好つかないぞ」

 

 袖で皇女さんの顔を拭う。

 目を瞑りわぷわぷ言いながらその行為を享受するアンジュ。

 自分は跪かずに、しかし兄貴と約束したことを思い出す。

 それは、タタリ(元オンヴィタイカヤン)を救うという旧人類の行く末と、アンジュという新人類の行く末だ。

 

「今は言えないが、皇女さんのことについて、ある約束をした人がいるんでね」

「約束……?」

「そうだ。皇女さんが帝になったら、ヤマトを今まで以上に良い国にする覚悟と自信はあるか?」

「……それは、わからんのじゃ。しかし……努力するのじゃ! 決して後ろは向かぬ!」

「そうかい……相応の覚悟があるってんなら、せいぜい、皇女さんの願いを叶えられるよう頑張らせてもらうよ」

「……良いのか、ハク? 本当に……?」

「ああ、だが、諦めるならさっさと諦めてくれよ。旅行先は早いうちに決めておくに限る」

「ふ、ふん! ヤマトを取り戻した後、余と一緒に各国を行脚するまで、ハクには旅などさせんのじゃ。つまり、旅がしたければ、余がヤマトに辿り着くまで、余の傍で支え続けるしかないのぉ!」

「はいはい」

 

 嬉しそうに、心底嬉しそうに頷く表情には、既に涙の後はなかった。

 

「オシュトル! 余は既に覚悟を示した! 余こそが帝が一子、そして後継者たる天子アンジュである! そう世の隅々にまで喧伝せよ! これは勅命じゃ!!」

「聖上の、御心のままに。ヤマトを取り戻すその日まで、何処までもお供致しましょうぞ」

 

 オシュトルは深く頭を下げる。

 ネコネが、ルルティエが、ノスリが、エントゥアが、そして自分が、アンジュへ頭を垂れた。

 この時、誰もが、状況はよくなるだろうと思っていた。

 

 しかし――アンジュ皇女、エンナカムイにありという布告をもってしても、偽皇女の疑いは晴れるどころか、わざわざこちらに偽物がいるという喧伝にしかならなかった。

 帝都では、偽皇女が剣を取り、疑うものは自らを斬れと大立ち回りしたそうだ。それにより、帝都内で偽皇女に歯向かうものはおらず、それどころか、忠誠を誓う者ばかりであるとのことだった。

 

 翌々日の秘密裏に行われた会議の中で、その報告を聞いたアンジュは、愕然としていた。

 

「なん……じゃ……それは……」

 

 予想していたこととは言え、アンジュの驚きは大きいものだったのだろう。思わず、アンジュの手の中にあった湯呑が砕け散る。

 丁度自分がアンジュの隣にいて、わざわざ自分の膝の上にアンジュは湯呑と手を乗せていたためか、熱湯が膝から太腿にかけて広がる。

 

「熱っ!? ちょ、な、何するんだ皇女さん!」

「お? おお、すまぬなハク。思わず握りつぶしてしもうた。仕方がないのぉ、余が直々に……」

「拭く」

「主様の濡れたところ、しっかりねっとりお拭きいたしますね」

 

 手拭を手に取ろうとしたアンジュを遮り、双子が嬉々として膝から太腿にかけてまさぐってくる。

 

「……不潔なのです」

 

 その光景をネコネが相変わらず冷たい瞳で見ていた。

 話が進まないと見たのか、オシュトルが冷静な口調で非難の視線を送ってくる。

 

「聖上」

「じゃ、じゃがハクが……」

「ハク、あまり話を遮るのは関心せぬな」

「す、すまん。悪かった、こっちは大丈夫だから続けてくれ」

 

 こちらを心配そうに見てきたが、ルルティエはアンジュの手の裏表を確認するが、傷も火傷もないようだった。こっちは大火傷だがな。

 というか湯呑を簡単に握りつぶすなんて何事だよ。

 

「は~、もう一人のお姫様け」

「やれやれ、偽物はウチの姫さまより威厳に満ち溢れてるじゃない」

 

 ヤクトワルトの言葉に反応しそうになるアンジュだったが、先ほどまでの醜態を思い出し口をつぐんだ。

 

「自分を斬れ……ですか。効果的だと思うのです。躊躇えば叛意ありとみなされるですし、そう言われて動ける者はいないですよ」

「……」

「聖上におかれましては、くれぐれも、そのような挑発に乗られぬよう」

「わかっておる。余も……余が天子アンジュなのじゃ。そのような挑発には……」

 

 しかし、そこでキウルが疑問に思ったのか、声を挙げた。

 

「ですが、そのように発したのにも関わらず、動きがないような……」

「当然だ、義は我らにあるのだからな。所詮はニセモノ、すぐに襤褸が出ると言うことだ」

「……案外そうやもしれぬ。ハクはどう考える」

「こちらの出方を待っているんじゃないか? 向こうの有利は動かないんだ。下手に動いて馬脚を現すのを避けているか、または敢えて動かず帝として威風堂々とした姿を、様子見決め込んでいる諸侯へ見せつけているんじゃないか?」

「ふふん、私の予想は当たっていたか。流石は私だ」

 

 むん、とノスリが胸をはって鼻を高くする。

 ヤクトワルトがそんなノスリを横目にオシュトルに問うた。

 

「それでどうする、オシュトルの旦那。一泡吹かせて見るのかい?」

「うむ……ハクを使う時が来たかもしれぬ」

 

 おいおい、何を言いだすんだ。

 

「今は力を蓄える時。それは間違いない。少しでも体勢を整えねば、いずれ来るであろう帝都からの討伐隊の相手ができぬ。しかし、打って出る程の兵力もない」

 

 前よりもマシとはいえ、倉はスカスカ、兵の練度はまだまだ、だもんな。

 

「故に、更なる勢力の拡大を謀るため、未だ沈黙の立場を取る国や豪族達を味方につける必要がある……ネコネ」

「ハイです。中でも一大勢力であるルルティエ様やアトゥイさんの祖国である、クジュウリとシャッホロなのですが――」

 

 ネコネの話によると、アトゥイの祖国、シャッホロは中立を宣言。ルルティエの祖国、クジュウリは立場を明言していないとはいえ、偽皇女に忠誠を誓う動きは見せなかったそうだ。そのため、どちらもこちら側についてくれる可能性は、十分に高い。

 祖国を敵に回す可能性がなくなったと、アトゥイとルルティエは安堵の溜息をもらす。

 

「それと、遠いため連携は取れないですが、ナコクはエンナカムイ支持を掲げているみたいなのです」

「気になるのはイズルハだが、ここはノスリ殿の故郷であったな」

「気になるとは、どういうことだ?」

「イズルハの氏族長である八柱将トキフサ様が、帝に歯向かうことは出来ないと声明を出したです」

 

 どちらにつくかは明言してないわけで、つまりは事実上の中立宣言。

 

 だが、偽皇女に疑いを持つ者、どちらにつくか思案している者が少なからずいるということでもある。

 皇女さんは、さっき人に熱湯ぶっかけたことも忘れ、不安なのか沈黙している。心配するなというように、頭を撫でた。

 

「大丈夫だ。自分は頼りないかもしれんが、こっちには天下のオシュトル様がついてる」

「そうです、私では頼りないかもしれませんが、兄上や皆さんがついております」

「そんなことないぞキウル、キウルといっしょにいるとあんしんできるからな、もっとじしんもて」

「えっ? う、うん、ありがとうシノノンちゃん」

「シノノン、自分には言ってくれないのか?」

「ふっ……ククク……旦那、すまねえ、シノノンはキウルにお熱なんじゃない」

「私はハクさんに期待していますよ。主に面白方面で」

 

 なんだその面白方面って。オウギのために面白いことなんてした覚えはないんだが。

 

「……うむ、そうであったな」

 

 一連のやり取りを見て自信を取り戻したのか、頭を撫でていた手をぺしりとはたかれる。

 馬鹿力だから凄い痛い。

 

「ハク、余を子ども扱いするでない! 余は心配などしておらぬ! ちょっと……そう、オヤツが何か気になっただけなのじゃ」

 

 おやつを気にしている方がよっぽど子どもっぽいんだが。

 

「……でしたら、少し早いですけど、オヤツの時間にしますね」

「ルルティエ、余も手伝うぞ! そうじゃ、ハク、其方も手伝うのじゃ、其方は菓子作りだけは天下一じゃからな!」

「だけ、は余計だ」

「……お菓子ですか」

「……」

「なぜこっちを見るです」

「いや、別に」

 

 オヤツと聞いて反応したネコネも子どもっぽいとか考えてませんよ。

 アンジュに連れていかれそうになる自分を見て、オシュトルが声を挙げた。

 

「聖上。申し訳ありませぬが、ハクには別件で頼みたいことがございます。少々お時間をいただきたく……」

「そうか……なら、ルルティエと二人で作るのじゃ。ハク、今度は一緒に作るのじゃぞ、約束じゃぞ!」

「ああ、はいはい」

「帝に対してなんじゃその態度は!」

 

 ぷりぷりと怒りながら出ていくアンジュを尻目に、オシュトルの前へと座る。

 

「で、聞いてもいいのか、自分を使うっていうのはどういうことか」

「うむ……ハクには、このエンナカムイより動けぬ某に代わり、某の影武者として諸侯を回ってもらいたい」

 

 その言葉は、執務室に残った面々を驚かせるには十分のものだった。

 

「度重なる交渉事を其方に任せてきたが、諸国を引きこめるか否かは、其方に分があると見ている」

「……そうか?」

「ルルティエ殿、アトゥイ殿、そしてノスリ殿……クジュウリ、シャッホロ、イズルハとの交渉事においては、核となるであろう方々だ。その際、彼女たちをいかに深く知っているかが肝となる。某は、未だ浅い付き合いの身、某よりも其方の方に分がある」

「別におにーさんとめちゃんこ仲いいってわけじゃないぇ?」

「そうだぞ、オシュトル。恋仲でもなし、何を言っているのだ」

 

 この場にルルティエがいなくて良かった。

 ルルティエからもこんな心無い台詞が出ていたらこの場で自害しているところだ。

 

「いや、深い仲である必要はない。どれだけ知っているかが肝なのだ」

「しかし、現八柱将とは、オシュトルの方が付き合いは深いんじゃないのか?」

「確かにそうであるが、右近衛大将としての付き合いしか持ち合わせておらぬ。顔を合わせるのは式典のみ。其方と関係性の深さではそう変わらぬ」

 

 いや自分なんか兄貴――帝に双子を賜った時に見たくらいで全く関係性がないんだが。

 一応シャッホロとはトゥスクル遠征の際世話になっているので関係はあるが、あくまでハクとしてだ。

 

「いや、ルルティエの件に関しては、クジュウリの皇オーゼンに頼まれたって言ってなかったけ?」

「あれは某の評判を聞いたオーゼン殿からルルティエ殿を預かってはくれぬかと申し込まれたもの。直接お会いしてのものではない」

 

 だからルルティエははじめ会った時、会う人全員にびくびくしてたのか。

 

「……影武者がばれる可能性は?」

「その点については心配ない。ネコネに其方を任せるつもりでいるからな」

「兄さま!?」

 

 自分はオシュトルの傍にいるのだと思っていたネコネから抗議の声があがる。

 しかし、オシュトルはネコネを抑えると、話を続けた。

 

「某の故郷であるこのエンナカムイで、暫くオシュトルを演じることができたのだ。早々に正体が露見することはまずない」

 

 それは、双子が傍にいて幻覚魔法を使っていてくれたのも大きいんだがな。

 

「それに、もし感付かれたとしても、聖上は本物であるのだから、無下にはできまい。それに、口八丁手八丁において、某はハクに全幅の信頼を置いているのでな」

 

 ちょっと待て。何か聞き捨てならないことを言った気がするぞ。

 

「聖上は本物って……皇女さん連れていくつもりか?」

「ああ」

「戦力を割くこともできないんだろ? つまり、大軍を率いての交渉ではなく秘密裏の少人数行動だろ? それに皇女さんを連れていくのか」

 

 かなり危険である。

 確かに、国内の関を今はこちらが抑えているとは言っても、防御力が高いのはこのエンナカムイ本陣だけであり、ヤマトの軍が押し寄せれば耐えきれる関ではない。

 だからこそ、戦力を割かずに交渉は秘密裏に行う、そこまではいい。

 しかし、その秘密裏においても、皇女さんを連れていくとなると一度の失敗がそのまま敗北になる。

 

「今、帝都は偽皇女を帝とした一つの組織にまとめ上げるため、緊張状態に陥っている。そして、聖上の布告にて、聖上はエンナカムイにいると宣言したのだ。この時期に聖上がエンナカムイにいないことなど誰も想像せぬよ」

「それに、絶対に失敗はさせぬ。失敗しハク殿が死んでしまうことがあれば、クオン殿に申し訳が立たぬ」

「なんでクオンがそこで出てくる」

 

 そう言うとオシュトルは心底不思議そうな顔をして答えた。

 

「なぜ、とは。クオン殿はハクの保護者と窺っているが」

「俺もそうだと聞いているじゃない」

「私も聞いたぞ」

「姉上に同じく」

「大きな子どもなのです」

「……く」

 

 思い出したくなかったが、そうだった。

 最近財布を自分で持ち歩けるようになったせいか、忘れていた。

 

「大丈夫です。私たちは主様の奴隷ですから」

「主様専用肉奴隷」

「それは庇っているつもりか?」

 

 ますます針の筵なんですけど。

 オシュトルがその場の空気を真剣なものに戻そうと咳ばらいをすると、話を続けた。

 

「しかし、相手はあのミカヅチの兄ライコウだ。ミカヅチから彼の評を幾度となく聞いてきたが、とかく読めても抵抗できぬ手を打つそうだ。故に密偵、草、刺客が国境に張っていることはまず間違いない。であれば、返り討ちにできるだけの戦力は投入するつもりだ」

「俺達の出番ってわけじゃない」

「任せろハク! 聖上は私が必ず御守りするぞ!」

「流石姉上、その見事な宣言大変天晴れです」

 

 少数戦力か。

 これまでも、これからも、この面子とやることは大して変わらないわけか。

 

「少数での行動はお手の物であろう、ハク」

「オシュトルの命令で溝攫いばっかりやってた気がするんだが……あんまり期待されても困るんだがなぁ」

「失敗はできぬ。今挙げている国全てを引きこんでようやく対立に値する兵力になるのだ。だからこそ、某ではなく其方と、聖上の威光に任せている」

「……色々建前を言っちゃあいるが、本音を話せよオシュトル。本当はオシュトルが自分で行った方がいいと思っているんだろ?」

 

 オシュトルは、自分の指摘に対し、少し驚きの表情を見せた後、ハクには隠せぬな、と嘆息した。

 

「クオン殿から、ハクに仕事をさせるにはのせた方が良いと聞いたのだが、中々うまくいかぬものだな」

「やっぱりな。懸念は……時間か」

「そうだ。今現在、我らは後手後手に回っている。先んじて手を打つには、オシュトルの権限を持つものが二人いる必要がある」

「オシュトルの権限を持つものが、二人?」

 

 ノスリは意味が分からないと思わず聞き返した。

 

「つまり、このエンナカムイで兵を動かすことのできるオシュトルと、他国と交渉のできるオシュトルだ。未だ聖上のみの力では、軍を動かすことも、他国との交渉事を行うことも、いささか不安である。であるならば、聖上に代わり、次なる権力を持つオシュトルが決定権を持つ必要がある」

「エンナカムイの皇子がいるじゃない」

「キウルはあくまで皇子であり皇ではないのだ。この場にいる権力者としては確かに某の次点ではあるが、いささか荷が勝ちすぎている」

「……」

「よしよし、キウル、だいじょうぶだ」

「あ、ありがとシノノンちゃん」

 

 落ち込んだキウルをシノノンが慰める。

 オシュトルはキウルを庇うように、真意を話した。

 

「すまぬなキウル。だが、他国の皇と接見するのだ、三番目の権力者では国として軽視していると先方は見るだろう。キウルの能力の話ではないのだ」

「つまり、軍を動かすにも、オシュトルさんでなければ兵は納得しない。国との交渉事もオシュトルさんでなければ相手の皇は納得しないということですね」

 

 オウギがまとめるかのようにノスリに伝えると、ノスリはようやく理解したようだった。

 

「ハクが軍を動かすのではだめなのか。同じ影武者なら、交渉事にオシュトルを向かわせたほうが良くないか」

「おいおい、勘弁してくれ。用兵なんざ全く知らんぞ」

 

 一応ネコネから何冊か渡され、ネコネに教えてもらいながら読んではいるけども。

 ネコネが補足するように付け足す。

 

「ハクさんに基本的な用兵術を教えてはいるですが……あくまで基本なのです」

「ということだ。用兵であれば、某には一日の長がある。しかし、こと交渉事に関しては、ハクの右に出る者はいない。これが一番適材適所であるのだ。頼まれてくれるな、ハク」

「……わかったよ。確かに、この要塞を守りながら、他国の支援を取り付けるには、それしかないな」

 

 自分が納得したのを見て、オシュトルはノスリの方へと向き直る。

 

「ノスリ殿、其方は元々イズルハのゲンホウ殿の娘だと聞き及んでいる」

「我が父上を知っていたのか?」

「今は八柱将の位をトキフサ殿に譲っているとはいえ、かつての八柱将であったお方だ。某が名を知らぬわけがあるまい。以前より話していたが、ノスリ殿、以前の配下のみならず、氏族に召集をかけることは可能か?」

「うむ、旅団の者に関しては任せろ。既に書状を送ったところだ。我らの結束は固い、近々必ず馳せ参じてくれるだろう! しかし――」

「氏族の招集に関しては、やはりトキフサ殿の影響が大きく、色好い返事をもらえるかどうかはわかりません。それに父上から姉上はまだ家督を譲ってもらっていないこともありますし……」

「全く、なぜ父上は……ぶつぶつ」

 

 そのまま不貞腐れるノスリを放置し、オウギが言葉を続ける。

 

「しかし、姉上の配下に関しては皆、オシュトルさんに口利きしてもらった恩があります。血気盛んな連中でもありますから、確実かと。まあオシュトルさんのことです、このような時を見越してのことでしょうが……」

「うむ……手をうっておいて良かった。配下に関して希望が持てるならば、十分助かる。他にも、某が心当たりのある者達へと書状を送り、既に色好い返事を貰っている。彼らとは半月ほどで、合流できるだろう」

 

 いつのまに。

 まあ、ウコン時代に貸しを作った奴は大勢いそうだしな。

 オシュトルにいくら提言しようとも、徴兵に関して首を縦に振らなかったことから、そういった者達に声をかけるのは、いわば仕方のないことだった。

 

「その者達がこのエンナカムイに到着し、軍備に余裕ができ次第、ハクは聖上とネコネ、ノスリ殿、ルルティエ殿、アトゥイ殿、そしてその護衛を連れて諸国の説得に回ってほしいのだ」

「わかったよ。ま、せいぜいオシュトルの顔を潰さないようにするさ」

「期待している。このエンナカムイの防衛に関しては任せてもらおう」

 

 そこで、会議はお開きとなった。もうできているであろうルルティエとアンジュ作のおやつを皆で食べに行こうと、ぞろぞろ執務室から出ていく。

 

 しかし、自分にはまだオシュトルに用があった。

 徴兵の件である。いくら何人かの関係者に声をかけたところで、兵力の無さは露呈している。

 強制的に兵役につかせるくらいのことをしなければ、志願兵だけではやっていけない。

 

「オシュトル、国を回るのはいいが、徴兵に関してはどうするつもりだ」

「……その話か……そうだな。ここには見知ったものも多い、戦いなどできぬであろう優しい者達ばかりだ。志願兵の中にも、そういった者ばかり。皆某のために、無理をしているのだ。更なる無理を強いるような選択はできぬ」

 

 ま、そうだろうな。

 お前はそういう切り捨てるなんてことができないやつだから。

 

「しかし、武具の仕立て、糧食の用意、やるべきことは山ほどある。槍働きができずとも、できる戦はあるのだ」

「ん?」

「だから、某も覚悟を決めた。其方のおかげだ、ハク」

 

 薄く笑い、書状を手渡してくるオシュトル。

 中を見れば、徴兵許可に関するものだった。

 

「早速今晩から徴兵の触れを出す。責任は某が取る。ハク、其方の責任は……」

「おう、同盟は任せておけ」

「まずどこに行くか、考えはあるか?」

「そうだな……まず行くとすれば、ルルティエの母国クジュウリだ」

 

 一番近いし。シャッホロやナコクは遠い。特にシャッホロを最初の同盟にすると帝都に危機感を与えすぎる。芽は短いうちにと摘まれる可能性もある。

 それに――

 

「ルルティエを溺愛しているオーゼン皇からすれば、ルルティエを通して願い出れば断りにくいだろう。ということは、どれだけの支援を取りつけられるかが勝負になる」

「徴兵するからには、不平不満が噴出せぬよう十分な俸禄と死亡者怪我人にも金を出すことになる。その分の金子だけでなく、戦争を維持するための物資、兵も借り受けてもらわねばならぬが……できるか」

「……それなら、大義と相応の見返り、勝算を示さなきゃな。ということは、何が何でも、初戦は勝ってほしい。小規模だろうが結構。勝てば、同盟できる。いや、してみせるぞ。同盟を組めれば、ヤマトの戦力も分散されるしな」

「クジュウリを防波堤にすると。それではオーゼン殿は黙ってはいまい」

「勿論、そんな魂胆を見せちまうと、ルルティエを人質にとったとみなされる可能性もあるな、そこはうまくやるさ」

 

 だが、まずは何かしらの武力を見せないと交渉すらできない可能性がある。互いの手の内を探り、かつ自国の利益になる道を選ぶのが、皇の、そしてオシュトルの立場だ。

 

「……ハク、覚えているか、其方に全てを託してもよいかと聞いたこと」

「ああ」

「やっぱりアンちゃんは、俺が認める以上の男であったようだ。どこまでも卑怯で、機転が利き……頼りになる。味方でよかったぜ」

「褒めてんのか、それ?」

「ああ、勿論だ」

「まあ、オシュトルも頼むぜ。自分が影武者としてクジュウリにいる間にオシュトルが戦に勝ってくれれば――」

「――クジュウリには、聖上とオシュトルなきエンナカムイにおいても勝利を収められる軍事力を示せる」

「任せたぜ、オシュトル」

「任せたぞ、ハク」

 

 これ以上後手に回らずに、先手を取るための作戦と日程調整を練ったのち、クジュウリには先触れの使者を出すことに決め、今度こそ、会議はお開きとなったのだった。

 

 

 




本編だと大分後の筈のクジュウリ編。
けどここではオシュトルが生きているので先にルルティエ編いきます。

タグにもある通り、ハーレムできたらいいなあ。
つまり、一番最初にハクを攻略するのはルルティエになるかも。

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