【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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 そろそろお盆だからという訳ではありませんが、エントゥアの話となるとこんな話になるかなと。

 時系列は、後日談参、ハクオロさんの話の後くらいです。
 登場キャラは、エントゥア、ヤクトワルト、シノノン、オシュトル、オウギです。


陸 墓を参るもの

 その相談は、クオンと共にトゥスクルから帰還して暫くのことであった。

 

「一緒に墓参りに行きたい?」

「はい、亡き父の墓前に花を届けたいのです」

 

 エントゥアはそう言い、胸に抱えた見慣れぬ花を見せる。

 そういえばと記憶を探れば、かつて兄貴がまだ帝だった頃のヤマトとウズールッシャで起こった戦乱、その終戦日が近づいていた。

 

「……ゼグニの墓か」

「はい……」

 

 エントゥアの父は、ウズールッシャ元頭目グンドゥルアの敗走の殿を務めた千人長である。

 軍の殿を任された結果、オシュトルとの一騎打ちで敗れ、エントゥアに遺言を託し死んだ漢だ。

 死した後であっても、ヤムマキリ他ウズールッシャ各勢力から影響力のある人物として認知されていた傑物でもある。

 

「ハク様の、あの大きな輪っかのようなものがあれば、と思ったのですが」

「……うーん」

 

 大きな輪っかとはゲートのことだろう。

 大いなる父の遺産であるゲートを使えば、ウズールッシャの地にも瞬時に辿り着くだろう。

 ただ、余りあれを表沙汰にしたくないこともエントゥアは理解している筈である。それでも、こうして誘ってくれる理由は何だろうか。

 

「あの……駄目でしょうか?」

「いや、駄目じゃないぞ、行こうか」

 

 ゼグニには伝えたいこともあるしな。

 

 エントゥアを奥さんにしましたと。

 あと、嫁さんがいっぱいいてすいませんと謝罪しなければならんのだ。

 

「ゲートを使うのもいいが、一応ちゃんとした旅程を記録しなきゃな」

「はい、その辺りは抜かりなく行わせていただきます」

 

 オシュトルやネコネの補佐をすることも多いエントゥアだ。

 言葉通り、その辺りは任せても良さそうである。

 

「そうか、なら大丈夫だ。いつにする?」

「ハク様の御力を使えるならば、旅程は三割程短縮できそうですから……明後日から一週間程でいかがでしょうか?」

「いいぞ、空けとく」

「ありがとうございます」

 

 あからさまにほっとした笑みを浮かべるエントゥア。

 

 その辺は、ノスリと全国の賭博場巡りを約束していたが、別に一週間遅れるのは訳ないことである。

 公にできない旅でもあるからして、ノスリに一言断っとけばいいだろう。

 

 後は、自分がまた帝都を空けることを他の奴らに伝えんとな。

 

 そう思って、後日。

 オシュトルに今度の墓参りのことを伝えにいったのだが──

 

「ゼグニ殿の?」

「ああ、まずいか?」

「いや……」

「?」

「今や、エントゥア殿はヤマトの重鎮、確執を抱え続けるのも良くない……か」

 

 オシュトルは幾分迷った表情をした後、何かを決意したように口を開いた。

 

「ハク……その墓参り、某も共に行こう」

「えっ」

「某はエントゥア殿の仇敵でもあるからな……遺恨を残さぬためにも、墓くらいは参らねばなるまい」

 

 そういうオシュトルの表情には幾許かの懺悔が含まれている。

 エントゥアとしてもオシュトルにもう怨恨は無いと断言しているんだが、やはり気にしているようだ。

 

「エントゥアはもう気にしていないと思うが」

「いや、エントゥア殿の本心は聞いている。しかし、内乱を画策する輩は吐いて捨てる程にいるのだ……痛くない腹を探られるのもな」

「……なるほど」

 

 エントゥアは元ウズールッシャ勢力であるというのは、周知の事実でもある。そして、オシュトルがかつてはエントゥアの父を斬ったというのも。

 

 そこに反乱分子が目をつけるなど、エントゥアに悪い虫が付くのを牽制する目的もあるとなれば、確かに墓くらいは参った方がいいのかもな。

 

「わかった、オシュトルも行くんだな」

「ああ」

「なら、シノノンもいくぞ!」

「おっ、シノノンが行くなら、俺も行くじゃない」

 

 そこで、オシュトルの執務室に偶然居合わせた皇女さんの影武者役をこなしてくれているシノノンと、補佐のヤクトワルトから声が挙がる。

 ゲートに人数制限は無いが、余り大所帯だとエントゥアも旅程を誤魔化しきれないだろう。

 

「おいおい、帝都を空にしてもいいのか?」

「聖上もお戻りになられている。某がいなくとも、マロロやネコネが支えてくれるであろう」

 

 皇女さん、また逃げようとしたところを今度ばかりはとムネチカに捕まっちまったからな。

 オシュトルにとってもこの時期は都合が良かったんだろう。

 

「旅程に関してはエントゥア殿と調整する。アレを使うのであろう?」

「ああ」

「であれば、もう一件きな臭い事件を解決しておくとするか……」

「きな臭い事件?」

「ああ」

 

 どうやら話を聞けば、ウズールッシャとの国境近く、治安が不安定な地域で変な一団が拠点を置いている──との報告があったようだ。

 現在、オウギ他調査員が現地で勢力の調査を行っているらしい。

 

「おいおい、オウギが調査中なんだろう? 危なくないか?」

「だから行くのであろう」

 

 そう言って、にやりとこちらを見て笑う。

 なるほど、自分の力に頼りたい訳ね。

 

「近頃、帝都の平和を隠れ蓑に悪辣な商売をする者も増えた。戦後の混乱期に乗じ、身に余る権力を持った者も多いのだ」

「炙り出したい、ってか」

「ああ、今後の内乱防止もある。かつてのデコポンポのような存在を許せば、非合理組織がまたもや帝都を席巻しよう……不自然な一団は警戒しておかねばな」

 

 ノスリ旅団みたいな義賊ならまだしも、ウズールッシャとの国境近くとなれば、確かにきな臭さは感じるよな。

 

「まあ、普段好き勝手させてもらっている手前、それくらいの協力ならば惜しまんさ」

「そうか、助かる……アレを使えるならば、旅程に関しては心配いらぬ。エントゥア殿との墓参りが真の目的ではあるが、余った時間で調査くらいはできるであろう」

「おう、エントゥアに伝えておく」

 

 そういうことになった。

 

 そうして、ゼグニの墓参りとウズールッシャに蔓延る勢力の調査をかねた旅、当日である。

 

「イヤイヤ! エントゥア殿! 吾輩も付いて行きたいであります!」

「ボコイナンテさん、私のいない留守を預けられるのは貴方だけです。よろしくお願いしますね」

「し、しかし……」

「ボコイナンテさん、貴方を信用しているのですよ」

「……そ、そうまで言われれば仕方ないのであります……くっ!」

 

 そう言って、キッとこちらを一瞥して大股で去って行くボコイナンテである。

 エントゥアも、随分ボコイナンテの扱いが上手になったというか雑になったというか。

 

「では、行きましょうか」

「ああ……っと」

 

 エントゥアはそっと隣に立つと、自分の腕をぎゅっと抱いてくる。

 その肢体は豊満ではなくとも、女性らしいしなやかさと柔らかさを兼ね備え、また煌く青い髪からは花の蜜のような甘い香りがした。

 

「ど、どうかなさいましたか?」

 

 エントゥアも少し恥ずかしいのだろう。

 普段はしない行為に動揺しているのは自分だけではないらしい。

 

 エントゥアって、時たまこうして大人っぽいところを見せてくるんだよな。

 それでいて恥じらいがあって、かなりくらっとくる。

 

 しかし、墓参りってこんな風にいちゃいちゃしながら行くもんなのだろうか。

 ゼグニは常世から見ていて怒らないだろうかといらぬ不安が頭を駆け巡る。

 

 そして、帝都の街道を二人歩いて暫く──

 

「この遺跡のゲートを使って行くか」

「はい……」

 

 待ち合わせ場所でもある遺跡へと足を運び、中へと促す。

 そうすると、オシュトル達は先に着いて暫く待っていたのだろう、遺跡内でどっかりと腰を下ろし、揶揄交じりの視線でこちらを見上げていた。

 

「ったく……アンちゃんが遅かった理由が知れたな」

「おう、ハクの旦那と、エントゥアの嬢ちゃん。実にお似合いじゃない?」

「おー、こいびとみたいだぞ」

 

 こいびとみたいじゃなくて、一応奥さん扱いなんだが。

 エントゥアは、揶揄われることには慣れていないのだろう。ぱっと抱いていた腕を離すと、恥ずかしそうに縮こまってしまった。

 

「もしかしたら、嬢ちゃんの計画を邪魔しちまったのかもしれないじゃない」

「済まぬな、エントゥア殿」

「い、いえ、そんなことはありませんから」

「みんなでいったほうがたのしいぞ!」

「え、ええ、そうね。シノノン」

 

 誤魔化すように前髪を直すエントゥア。

 そこで、今更ながらにエントゥアは二人きりになりたかったのかもしれないと気づく。

 

「旦那は相変わらず鈍感じゃない」

「遠慮なく付いて来たお前らが言うな」

「っくっくっく、違いねえ」

 

 こっそりと耳打ちしてくるヤクトワルトにそう返したのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「これが、ゼグニの墓か……」

「ええ、簡素ですが……」

 

 かつて、ゼグニがオシュトルとの一騎打ちにて敗れた地。白き岩肌に囲まれた小高い丘の上にそれはあった。

 

 遺体は無く、魂だけがここにあると、名すら刻まれていない簡素な墓である。

 自分達以外に参る者もいない寂しい墓だと、そう思っていた。しかし──

 

「あら……これは……」

「? どうした」

「誰かが……」

 

 そこには、英傑ゼグニここで眠ると、墓石の裏に刻まれていた。

 最初はエントゥアが彫ったのかとも思ったが、エントゥアの戸惑いを見るにそうではないようだ。

 

「エントゥアじゃなかったのか?」

「私は何も……」

 

 よくよく周囲を見れば、綺麗に掃除された後や、簡素な摘まれた花が添えられている。

 

「! これは……故郷の花です……」

「そうか……」

 

 エントゥアが涙ぐんでその花を手に取る。

 オシュトルは、そんなエントゥアの背に向かって、ゼグニを偲んで言う。

 

「やはり……某の討った漢は、良き将であったようだな……墓石に名は無くとも、その名を彫り、参る者はいたようだ」

「……そうですね」

「惜しい漢を亡くした。改めて、謝罪を……」

「いいえ、オシュトル殿。我が父は……死んで尚、魂の価値を認められたのですから……」

「……そうであったな」

「ええ……」

「では、亡きゼグニ殿に……某から最上の敬意と、鎮魂の言葉を」

「はい、是非お願いします……」

 

 人の本質は死んだ後にあるとも言われ、葬式や墓石にどれだけ人が参るかでその人の価値が決まると言われていた時代があった。

 ウズールッシャの死者に対する認識はどうかわからんが、エントゥアの父を覚えて慕い続けている者がいる。それだけで、幾分救われた気がした。

 

「ハク様も」

「ああ、エントゥアを、娘さんをくださいって頼んでくるよ」

「う……は、はい、是非おねがいします」

 

 表情を隠すように頬を赤く染めて俯くエントゥア。

 ゼグニの今際の際に──女としての幸せを掴め、と言われたそうだ。その幸せを自分が与えられると自惚れちゃいないが、一緒に作っていけたらとは思うのだ。

 

「シノノンも、おねえちゃにせわになったとつたえるぞ!」

「ふふ……そうね、お願い。シノノン」

 

 皆でゼグニの墓に手を合わせる。

 魂に、常世にきっと届くと、エントゥアの幸せな姿が見えると、ただただ拝んだのだった。

 

 そうして、暫くしてである。

 周囲の掃除を済ませ、御供え物を置いてその場を後にした。

 

 墓参りは終わった。

 しかし、ゲートを使って帝都に帰ればとんでもない旅程になってしまう。大いなる父の遺産を扱っていることは、公にしたくない手前残りの日数は調査に使うのだ。

 

「──さて、では宿を取ろうか」

「ああ、オウギから信頼のおける宿を聞いているから、そこに行こう」

 

 帳尻を合わせるためにも、近くで宿を取り、そこを拠点にしながら調査に赴くこととなった。

 

 たとえオウギの息がかかった隠密衆御用達の宿であっても、刺客がいる可能性もある。

 護衛も含め二部屋借りることとなり、とりあえず部屋割を決めることとなったのだが──

 

「では、ハク。明日の朝にな……あまり遅れるなよ」

「シノノンはおねえちゃといっしょがいいぞ……」

「まあまあ、シノノン。今日はオシュトルの旦那が遊んでくれるじゃない。んじゃ、まあ、旦那、エントゥアの嬢ちゃん。ごゆっくり……邪魔はしないじゃない」

 

 そうなった。

 

「……」

 

 残されるは、もじもじと体をくねらせ、自分の袖をちょいと掴み、唇を噛んで俯くエントゥアである。

 その頬は邪推されても仕方ないくらいに火照っていた。

 

 こんな時に抑止力というか、煽ってくることもあるウルゥルとサラァナは、ホノカさんのところで何やら修行中であると偶然にも旅の道連れではない。

 

 つまり、二人っきりである。

 

「い、行きますか……?」

「……そうだな」

 

 夜は長そうである。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 朝、宿にて朝食をもてなされながらも、愚痴をこぼす。

 

「遅いな……」

「まあまあ、オシュトルの旦那」

 

 随分、仲の良いことだ。

 

 最愛の妹ネコネも、ハクのところに漸く嫁にいったとはいえ、エントゥア殿に比べればまだ進展が少ないとも言えるかもしれぬ。

 まあ、ネコネの体を気遣っていると言えば聞こえはいいが、ハクとしても周囲の女性の包囲網が強過ぎるため時間をかけられないといったところか。

 

「オシュ、シノノンがだんなをおこしてやろうか?」

「いや、止めておいたほうがいい」

「そうだな、シノノンには見せられん惨状かもしれんじゃない」

 

 こうなれば、ハク達は放っておいて我らで先に赴くのも良いかもしれぬ。

 身分を隠した旅、旅路を簡略化できる遺産も用いられるとはいえ、あまり長居もできぬ。

 

 ゆっくりと味わった朝食は既に完食した。

 

 現地で調査しているオウギとの待ち合わせ、その刻限も近づいている。

 謎の組織は時間によって拠点を変えるとの報告も受けているのだ。急がねばなるまい。

 

「行くか」

「俺達二人で大丈夫かい?」

「ふ……ヤクトワルト、本気で聞いているのか?」

「くくっ、愚問だったかね」

 

 今や仮面による根源との繋がりを断たれ、仮面の者としての力を発揮できなくとも、そこらの刺客に遅れを取るほど耄碌はしておらぬ。

 

 どの程度の勢力かは知らぬが、我らにかかれば造作もあるまい。

 オウギからも、既に尻尾は掴めたと聞いている。

 

 いざとなればハクの力も借りたかったが、仕方ない。

 

 昔から、恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死ぬと相場は決まっているのだ。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 目覚めた時には皆の姿はなく、オシュトル達は先に向かったと宿の者から聞いた。

 

 慌ただしく二人で準備を整え、オウギとの待ち合わせ場所まで駆けつけたところ、そこでは全てが終わっていた。

 

「ふむ……ここまで口が堅いのは、義理堅き証でもある。よほどあくどい者か、それとも義侠心ある者か……雇い主は誰か気にはなるが……」

「どうしますか、オシュトルさん。ハクさんもいない今、口を割らせるには……おや?」

「お……噂をすれば、じゃない」

 

 オシュトルの不敵な笑み、オウギのまたですかという笑み、ヤクトワルトのにやにやした笑みに囲まれ、遅れてきたエントゥアが真っ赤になって縮こまる。

 嫁と自分の汚名返上のためにも、ここから挽回しなきゃいかんようだ。とりあえず、止むに止まれぬ事情故に遅刻した件を謝罪する。

 

「すまん、遅れた!」

「やっときたか、だんな。おねえちゃも、まったくおねぼうさんだぞ」

「ご、ごめんなさい、シノノン」

 

 シノノンの純粋な非難に自分とエントゥアは心を痛めつつも、周囲を見回して状況を整理する。

 どうやら、オウギ手引きの元、オシュトル、ヤクトワルト他隠密集団によって怪しい組織は既に一網打尽、お縄についていたらしい。

 

「こいつらか?」

「ああ、報告にあった通りである」

 

 規模としては数十名でそこまでは多くはないものの、もし盗賊団や人攫い集団とすればかなりの規模である。

 

「目的は何だったんだ?」

「それがわからぬのだ」

「ウズールッシャとの境界線でもありますからね。盗賊団、もしくは人攫いの可能性もあったので調査を進めましたが……装備を見るにどうやら、そういう訳でも無さそうです」

「内乱を企てていた、とか?」

「それは無いだろう。それにしては今度は装備が不十分である」

 

 装備は盗賊団や人攫いにしては良質な武器や装備が揃っているようである。

 しかし、盗賊や人を攫う際に必要な移送手段が余り見られないことから、そうでもないとのことだった。

 故に、あくどい目的でも、内乱なんて大それた目的でも無さそうという結論である。

 

「しかし、何か企んでそうなのは確かなんだろう?」

「む……そうであるな。丁度良かった。ハク、彼らの口を割ってくれぬか」

「……それで帳消しにしてくれるか?」

「勿論だ」

 

 オシュトルが自分を連れてここに来たかった理由はこれのためであろう。

 そう、大いなる父の力──言霊による縛りである。

 

 彼らデコイには、大いなる父が命ずる言葉には従わざるを得ないよう遺伝子に刻まれているのだ。

 自分は仮面を無くし非力な存在へと戻りはしたものの、この大いなる父の言霊があるおかげで、悪漢から襲われ様とも切り抜けられる故に、護衛も無く過ごせるようになったということである。

 

 頭目らしき人物の前に進み出て、視線を合わせる。

 その瞳には怯える様子は無いが、絶対に口を割らぬという強い意志も見え隠れしていた。

 

「お前に聞く。お前の雇い主は誰だ?」

「……う、うぅ」

 

 言霊が弱いようである。

 かつてウォシスが用いていたように、強く意思を込めて、命じた。

 

「命ずる──お前の雇い主を言え」

 

 余りこういうことはしたくないが、仕方ない。

 こうすることで、自分の愛するヒトが、国が、平和で保たれるならば、幾許かは協力したいのだ。たとえ、目の前のヒトの権利を侵害しようとも。

 

 目の前の男は、暫くくぐもった声を上げた後、ある名前を呟いた。

 

「ぼ、ぼ……」

「ぼ?」

「ボコイナンテ様で……あります」

「……なに?」

 

 その名を聞き、一瞬皆の表情に戦慄が走る。

 あのボコイナンテが内乱を企てている。エントゥアにお熱であるからして今更逆らうこともあるまいと放置していたが、元々の禍根を考えればあり得ぬ話ではない。

 

 オシュトルも真剣な表情で思案しており、それ以上に動揺を見せていたのは、彼を庇護しているエントゥアであった。

 

「そんな……まさか、ボコイナンテさんが……」

「陽動……か?」

「!」

 

 数段早い思考であるオシュトルの呟きが響き、遅れて周囲の者もまた気づく。

 この墓参りにより、総大将と自分は帝都から離れている。仕掛けるとすれば今──そこまで思考が回りかけ、エントゥアの声がその懸念を吹き飛ばした。

 

「あり得ません! ボコイナンテさんが、反乱など!」

「エントゥア……?」

「あの方は、私に恩を返すと……私の幸せを願うと言ってくださったんです。ですから……あり得ません」

「……では、聞いてみるしかあるまい」

 

 オシュトルが厳しい声でそう告げる。

 そうだ、全ては聞けば分かる話である。それに、エントゥアがここまで言うのだ、憶測で物を言うのはまだ早い。

 

「ボコイナンテは、お前達に何を命じた? 答えてくれ」

 

 再び、大いなる父の言霊でもってそう命じる。

 すると、先程口を割られたことで何か術を使われたと思ったのだろう。男は諦めたように言葉を漏らした。

 

「……我らは、運び屋、そして伝言役である」

「何を」

「……花を……そして墓の在り処……」

「! まさか、あの花……」

 

 そこで、エントゥアが思い至ったようにその口を綻ばせる。

 

「貴方達が、置いてくれたのですか……?」

「ボコイナンテ様は……エントゥア様のために、ゼグニ様の墓の場所を、ウズールッシャにいる元配下の面々に知らせたいと……そして、彼らから手向けの花を届けたいと、我ら傭兵を雇ったのです」

 

 墓参りにあった、既に手入れされた後。それは、彼らによって齎されたものだったらしい。

 ボコイナンテがやたらとついてきたがったのも、その辺りが関係していたのか。

 

 オシュトルやヤクトワルトも、疑ったことを申し訳なく思ったようだ。

 

「そうか……あのボコイナンテがな……」

「ひゅ~……随分な漢気じゃない」

 

 エントゥアの言葉は正しかった。

 しかし、一つ疑問が残る。

 

「何故、こそこそ隠れてやっていたんだ? 堂々としてればいいじゃないか」

 

 そう、志立派な行いである。

 自分やオシュトルに予め打診してくれれば、このような手間もかからなかった筈だ。

 しかし、男は首を振って否定した。

 

「ここは、境目……ヤマトの敵国でもあるウズールッシャの民を、ヤマト近くへ誘導することは、許可が下りぬだろうというのが、ボコイナンテ様の考えであった」

 

 なるほど。

 確かに墓参りを利用してあくどいことを考える輩も出てくることを思えば、ヤマトに明かすよりも秘密裏に動いたほうがよいと考えたのかもしれない。

 墓参りを口実にヤマトへの密入国が横行するとなれば、一番傷つくのはエントゥアだからな。

 

 彼らがこの辺りを怪しいくらいにウロウロしていたのも、ゼグニの墓に案内するだけでなく、密入国目的の者を判断し、打倒する役目も担っていたからだろう。

 

「ボコイナンテ様は、愛する者に振り向いてもらえなくとも……知られなくとも、できる全てを尽くすと……我らは、その志に惚れてこの職務についたのだ」

「ってことは、お前達はボコイナンテの私兵か」

「そうだ」

 

 口が異常に堅い姿には、そんな理由があったのか。

 ボコイナンテも、初めて会った時より随分と漢気が増したように思う。その理由も、エントゥアの持つ優しさのおかげだったんだろうな。

 

「ボコイナンテさん……」

 

 一件落着、といったように皆の表情に安堵が戻る。

 エントゥアは、感動で涙を拭う様子も見られた。

 

「……」

 

 しかし、何故だろうか。

 エントゥアが、そうやって別の男に感謝し、嬉し涙を流す様を見て──少し、胸の奥が燻ぶった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 帝都に帰って来れば、御留守番を命じられたボコイナンテはもじもじそわそわと気持ち悪い挙動でこちらを見ている。

 エントゥアは、この旅路で知ったことについて礼を伝えねばと思ったのだろう。ボコイナンテに駆け寄り、事のあらましを話した。

 

「──何故、それを……」

「ですから、ありがとうございました……ボコイナンテさん」

「いえ……吾輩は、ただエントゥア殿に恩返しをしたかっただけでありますので……」

 

 エントゥアがボコイナンテに笑顔を向け、言葉で礼を尽くしている。

 二人の中には、友情や主従ではない、深い信頼関係が見えた。

 

 それを見て、少しばかりの嫉妬が芽生える。

 あの時はこの気持ちに言葉を当てはめられなかったが、これはそう──間違いなく嫉妬だ。

 

 これだけ嫁さんがいて図々しいとも思うが、違う男と仲良くしているとどうも焼きもちを焼いてしまうものらしい。

 ホノカさんが兄貴とくっついた時も同じような感情が芽生え、自分の中でそれを抑える術を身に付けたつもりだったが──

 

 ボコイナンテと別れ、エントゥアと二人で帝都宮廷内の自室へと帰る。

 そしてつい──エントゥアの肩に手が伸び、その華奢な体を抱き寄せた。

 

「……っ? は、ハク様、どうかしましたか」

「いや、エントゥアが嫁さんで良かったと思ってな……」

「な……も、もう、急にどうしたんですか?」

 

 普段言わないことを聞かされ、頬も真っ赤に耳をパタパタと動かし動揺するエントゥア。

 

「ちなみに……今回のこと以外で、なんか他に頼みたいことは無いか?」

「え? でも……今回の墓参りに付き合ってくださっただけで十分ですから……」

「いや、他にも……ほら、あるだろう?」

「……もう、本当にどうしたんですか? 今は、大丈夫ですよ。何もありません」

「そ、そうか……まあ、できたら言ってくれ……」

「ふふ……はい、また頼らせてもらいますね、ハク様」

 

 自分には去って行く女性を縛ることはできない。

 ならばせめて、自分を好きでいてくれるよう、傍にいてくれるよう、言葉と行動は尽くすとしよう。

 

 世間一般で言う、一夫多妻制のお股八つ裂き浮気漢ではあるものの、手を出した責任は死ぬまで取らねばと、エントゥアを抱く手に力を込めたのだった。

 




 ハクって嫉妬とかするんかな……。

 この二次創作で、原作と大きく展開が変わったエントゥアとボコイナンテのお話でした。
 前々から、読者の方の中にエントゥア好きな方がいて、要望を沢山いただいていました。遅ればせながら執筆しましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか。楽しんでいただけたら幸いです。

 あと、アニメ……ついに始まりましたね。
 トネケンさんが喋るたびにハクらしさを感じて素晴らしかったです。
 様々な名シーンをどうアニメ化してくれるのか、楽しみで仕方が無いです。

 特にラスト! 原作と多少変えても良いので、マシロ様と皆の再会を!!
 アニメ会社さんお願いします! 300円あげるから!

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