【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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クリぼっちの怒りを小説にしました。

時期は59話後、暫くしてのあたりです。



伍 聖なるもの

 二日前のことである。

 

 珍しくクオンがしおらしい様子でもじもじと体をくねらせながら、あることを聞いてきた。

 今思えば、これが災難の始まりだったのであろう。

 

「ねえ、ハク……その、明後日、予定あるかな?」

「ん? いや、特に無いが」

 

 オシュトルやマロロを連れて、その辺の酒屋を飲み歩こうかと思っていたところだが、それも別に約束したものでもない。

 暇だと返すと、クオンの表情には花のような笑みが咲いた。

 

「ほんと!? じゃあ、絶対に空けといて欲しいかな!」

「あ? あ、ああ……」

「絶対だから!」

 

 念押しのように絶対絶対繰り返しながら、クオンは何処かへと嬉しそうに駆け出して行ってしまう。

 何かしらがあるのだろう。何処へ行くとも、何をするとも言われていないが、特に予定は無いのだからクオンの言う通りに付いて行けばいい話だ。

 

 そう思いながら、帝都宮廷内にある自室へと足を運んでいる最中である。

 背後から聞き覚えのある少女の控えめな声がした。

 

「ハクさん」

「ん? ああ、ネコネか。おはよう」

「……」

 

 自分から声をかけてきたくせに、ネコネは自分と視線が合うと照れくさそうに視界を下に向ける。

 

 気まずい理由に心当たりは色々あるが、多分──あれだけ憎まれ口を叩いていたネコネであるが、恋人的な関係性に進んでしまった今、二人っきりになると以前と同じように話しかけにくい──というあたりだろうか。

 出会ったころより随分成長したとはいえ、ネコネもまだまだ少女。悩み方もお年頃特有である。

 

「……」

「ぅ……その……」

 

 ネコネはもじもじと要領を得ない。

 このままでは無言の気まずい空間が形成されるだけである。

 

 仕方が無い。

 世間からは、幼女から人妻まで何でもイケル性欲魔人と仇名され、肖像権など無い現代で数多の鬼畜艶本のお題にされ、もはや人間としての尊厳も地に墜ちている自分ではあるが、ここは大人の余裕を見せておくのが吉であろうか。

 

「なにか、用事があったんじゃないのか? ネコネ」

「ぅ……あ、あの」

「ああ」

「……ハクさんは、その……明後日、予定はあるのですか?」

 

 たっぷり時間をかけて絞り出すように言ったのが、それである。

 ふと過った顔はクオンの顔。しかし、特にどんなことをするとも聞いていない。そして、集まる時間も聞いていない。

 ただ、先約は先約である。ネコネのお誘いは嬉しいが、ここはと断りの言葉を出そうとした時である。

 

「……もしかして、もう誰かと過ごすのですか?」

「ん? あ……いや」

「……」

 

 うるうると瞳を濡らし、心底悲しそうに──いや裏切られたとでも言うべき表情をするネコネ。

 ある、と言いかけた口を噤み、クオンもきっと一日中ではないだろうとあたりをつけ、その言葉を口にした。

 

「いや、多分、その~……無いが」

「本当ですか!! で、でしたら、私の用事に付き合ってもらうです!」

「え……いや、その、ただそんなに時間は……」

「約束なのですよ!!」

 

 先ほどまでのしおらしさはどこへ行ったのか、ずんずんと遠くへ消えていくネコネの姿にはもはや迷いはない。

 失敗した。この世の終わりみたいな顔をするので動揺してしまい、つい約束してしまった。

 

「クオンに、時間を聞いとくか……」

 

 午前中と午後で分ければ何とかなるだろう。

 そう楽観的に思考を切り替えた時であった。

 

「おお、ハク!」

「ノスリか」

 

 今日はよく誰かと会う日だ。

 快活な表情で屋根から飛び降りてくるは、ノスリである。

 

 ノスリとも一応許嫁のような形になったが、それ以来特に甘い雰囲気になることも無く、以前のような悪友のような関係が続いている。

 ノスリは自信満々に自分の傍に寄ってくると、ふわりと髪をかき上げた。

 

「どうだ」

「? 何が」

「……」

 

 むー、と不満そうなアヒル口を見せるノスリ。

 

「わからんか?」

「……ああ」

「……はぁ」

 

 やれやれと呆れたように嘆息するノスリ。

 いつもは肩幅広く堂々とした姿勢も、今はどこかしらしゅんとしているような気がする。

 

「どうしたんだ」

「もう良い……くぅ~高かったのに……」

 

 嘆く様に、懐から何かしらの瓶詰を取りだし、眺めるノスリ。

 ノスリの悩みはよくわからんが、きっと賭博に負けて機嫌が悪いとかだろう。変な匂いするし。

 

 ノスリは瓶を懐に仕舞うと、切り替えるように自分に向き直った。

 

「まあいい、ハク。明後日、何か予定はあるか?」

「明後日?」

 

 ある。

 既に午前も午後も埋まっている。

 

「ああ、あ……る……」

「──ん? 聞こえんな」

 

 じり──と、矢じりがこちらに向けられる。

 一体いつの間に取りだしたのか、流石エヴェンクルガ族である。身体能力に劣る自分としては言霊くらいしか抵抗できないが、声を発するよりノスリの矢の方が早いだろう。

 

「予定は、無い。そうだろう? ハク」

「いや、その……」

「……」

 

 きらりと光る矢の切っ先。

 おかしい、今日のノスリはいつになく強引である。一体、何の用事だと言うのか。

 

 しかし、このままでは股を三つに裂かれること請け合いである。駄目元で聞いてみることにした。

 

「明日、とか明明後日とかじゃ、駄目か?」

「駄目だ、明後日がいい」

「……」

 

 なぜだ。

 なぜこんなにも明後日に予定が集中するのか。一体明後日に何があるというのか。

 自分が知らないだけで、とんでもない行事があったりするのか。しかし、元大宮司の身としてもそんな行事に覚えはない。

 

 しかし、この窮地を脱するには無理やりにでも予定に入れるしかない。

 その結果、絞り出した言葉が──

 

「そ、早朝なら……」

「そ、早朝だと!?」

「? あ、ああ」

「む……そ、それは流石に私の体が……」

 

 一転、衝撃を受けたように頬が真っ赤になり、もじもじと照れ始め、矢の切っ先がぶれ始めるノスリ。

 何の用事なのかますます気になるが、矢の切っ先が今にも放たれそうになっていることの方が気になって思考が回らない。

 

「ま、まあいい! わかった! 早朝だぞ! 約束だ!」

「あ、ああ……」

 

 ではな、と再び屋根に跳躍してその姿を消すノスリ。

 何故、皆約束だけ取りつけて去って行ってしまうのか。一体何があるというのだろうか。

 

 自室に帰ったら、大宮司の文献を漁ろうと心に決めて帰路についていると、またもや誰かの声。

 

「おにーさん」

「アトゥイ……もしかして、明後日の予定か?」

「っ当たりやぇ! なんでウチの思ってることがわかったのけ?」

 

 この流れはもしやと思って聞いたのだが、正解だったようだ。

 アトゥイは偶然でも無いこの必然の推理を、自分の察しの良さだと勘違いしたようで、心を読まれた礼にとばかりに、どぉんと削岩機がぶつかってきたような衝撃を与えてくる。

 

「やっぱりウチとおにーさんは心が繋がってるんやぇ!」

 

 アトゥイは心底嬉しそうに抱き付いているが、弱体化した身では命に関わるのである。

 

 命からがら、アトゥイの拘束を抜けだし、疑問に思っていたことを訪ねてみた。

 

「ごほっ、な、なあ……明後日、一体何の用事があるんだ?」

「何の……って、いややなぁ、おにーさん。おにーさんの方が詳しいくせにそないなこと言うんは……いけずやぇ」

 

 囁く様にそう言って、妖艶な笑みを浮かべるアトゥイ。

 思わずどきりとする笑みであるが、色っぽい意味でなく、まるで捕食者に睨まれた蛙みたいなもんである。

 

 恐怖に身を震わせていると、アトゥイはわかってるよなとでも言わんばかりに元の笑顔に戻る。

 

「ほな、おにーさん。夜は空けといてな~」

「ちょ、待──行った……」

 

 機嫌よく鼻歌を響かせながら廊下の先に消えていくアトゥイ。

 自分の方が詳しいとは何なのか。そして、こう女性陣から誘われるような祭りとは何なのか。

 

「……全くわからん」

 

 元大宮司じゃなく、今も大宮司の職務についていればわかったのだろうか。

 しかし、一刻も早く調べなければ命に関わりそうである。少し急ぎ足に廊下を進んでいた時であった。

 

 廊下の進行方向の奥に、ムネチカの姿が見えた。

 

「……」

「っ、あい待たれよ!」

「……」

「ハク殿! なぜ小生から逃げる!」

 

 ずんずんと大足飛びで近づいてくる何者かに肩を掴まれる。

 振り向けば、些か額に青筋を浮かべた様子のムネチカがいた。

 

「ハク殿、小生から逃げた理由を窺おう」

「……いや、厠に行こうと思ってな」

「ふむ……そうであったか。それは邪魔をした」

 

 良かった。

 完全に嘘であるが、誤魔化せたようである。

 

「それはそれとして、明後日に何か予定はあるだろうか」

 

 誤魔化せてなかった。

 がっちり肩も掴まれているので、完全に逃げ場を塞がれている。

 

「いや、その……先約がだな」

「ほう……それは、小生との用事よりも大事か」

 

 だから何なんだ、その用事ってのは。

 

「いや、その……ムネチカの用事ってのは」

「……それを聞くのは野暮と言うものである。ハク殿」

 

 頬を染めて、照れたようにそっぽを向くムネチカ。

 視界から外れた今の内に逃げようかとも思ったが、肩は変わらずがっちりつかまれているので動けない。

 

「就寝前に……少しだけで良い。ハク殿も小生も忙しい身である。無理は言わぬ」

 

 肩を掴んで無ければもう少しグッとくる台詞だったんだが。

 

 どうするか迷うが、うんと言うまでこの場を離れられんだろう。

 

「わかった、ちょっとだけだぞ」

「ああ、感謝する」

 

 そこでようやく肩を掴んでいた手が離れる。

 厠の件は嘘ではあるが、もう少し経っていればその嘘も露見して詰められそうであった。

 とんでもない悪い予感は多々あるが、仕方が無かったのだろう。

 

 それに、ムネチカとも許嫁関係を結んだ割には、多忙で一緒に過ごす時間は少ない。たまの要望くらいは叶えねばなるまい。

 

「では、失礼する」

「ああ」

 

 相変わらずお堅い口調であるが、あれがムネチカの良いところでもある。

 まあ、絶対に譲らない頑固さはちょっと勘弁してほしいが。

 

 しかし、このままだとかなりまずいことになる。

 明日も明明後日も何も無い筈だが、明後日だけ忘我の忙しさである。

 

 ひとまず現状の予定を確認しよう。明後日には既にクオン、ネコネ、ノスリ、アトゥイ、ムネチカの五人と予定がある。

 しかも、時間もまちまちで、クオンとネコネに至っては時間すら決めてない。まあ、明日は暇である。もう一度明後日の予定について話し合って調整をすればいいか。

 

 嫌な予感をふつふつと感じながらも楽観的に考える。

 そうしなければ、自分の精神が容易く壊れそうな不安に襲われるだろうからな。

 

「さて……」

 

 元大宮司であるからして、一応許可を取れば祭事の文献等は自由に読める。

 衛兵に印を見せて書庫に入り、明後日は一体何の祭りかと情報を探るも、一向に出ない。

 

「何かお探しですか?」

「ん? ああ、エントゥアか」

 

 エントゥアは、オシュトルからここの文献管理も任されているのだった。

 ヤマトを揺るがす重要な書物も存在する書庫である。ここを任せられるほどの信頼は、決して裏切らぬと確信が無ければあり得ない人事である。

 それだけエントゥアがここで貢献してきたということと、自分の許嫁であるということも加味しているのだろうが。

 

 まあ、エントゥアなら、自分よりもここの書物について詳しいだろう。

 そう思って聞いてみた。

 

「いや、明後日の祭事についてな」

「明後日、ですか?」

「ああ」

「ハク様から……誘ってくださるのですか?」

「えっ?」

 

 エントゥアは、優しげな笑みを浮かべると、そっと自分の手を握ってくる。

 

「嬉しい……是非、明後日、一緒に過ごさせてください」

「え、あの……」

「ふふ……約束ですよ」

 

 ちゅっと、軽く頬に接吻され、書庫の影に姿を消したエントゥア。

 残されたのは、鼻腔をくすぐるエントゥアの香りと、湿った頬を抑えて呆然とする自分の姿である。

 

「絶対におかしい……」

 

 書庫では何も情報を得られなかった。

 それどころか、新しい約束まで取りつけてしまった。

 

 オシュトルならば何か知っているかと、オシュトルの書斎へと足を運ぶ道すがら、思案する。

 

「皆が、自分を試しているのか……?」

 

 意図したように明後日に予定をぶっこんでくる女性陣。

 いつ八つに股が裂かれるか賭けようぜと道行く人が楽しそうに喋るくらいの浮気性と仇名される自分であるが、これは女性陣によるお試し行動なのではないだろうか。私を愛してるなら私を選べ的な。

 

 穏便な状態を望んでいるためか、誰が一番だと明確に決めたことは無かった。

 まあ、一番に惚れたのはクオンであるが、他の女性陣の好意を無下にできなかった結果、このような歪な関係性になっていることは事実である。

 

 まあ、時代的に一夫多妻制が当然ではあるようだが、自分としては皆への申し訳なさも勿論感じている。

 だからこそ、皆が求めるならばそれに十全以上に応えたいとは思っているが、このような愛のお試し行動をされると困ってしまう。

 クオン、ネコネ、ノスリ、アトゥイ、ムネチカ、エントゥア。

 六人の内、誰かとの約束を破らねば、体が六つなければ足りない事態に陥ってしまう。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、廊下の角で小さな何者かが突如現れ、危うくぶつかりそうになった。

 

「うぉっと、すまん。余所見していた」

「あっ……!? は、ハク様でしたか」

 

 どうやら、ぶつかりそうになった影はルルティエだったようだ。

 

「ルルティエだったか、すまんな」

「いえ、その……丁度良かったです」

「ん?」

「あの……明後日に何かご予定はあるのでしょうか?」

「……」

 

 どうやら、体が七つ無ければ足りない事態に突入したぞ。

 しかし、ルルティエは自分の顔を見て何かを察したのだろう。申し訳なさそうに視線を落とした。

 

「……もしかして、もうご予定が?」

「あ、ああ……すまんな。ルルティエ」

「いえ……いいんです」

 

 ルルティエはいつも優しげな笑みを浮かべる女性であるが、今回は今にも消えそうな儚げな笑みを浮かべて、消え入りそうな声でそう言う。

 胸中を罪悪感が襲うも、これ以上話をややこしくすると、命に関わる。

 ここは心を鬼にしてとも思ったが──

 

「ルルティエ、その……」

「い、いいんです! わかってますから……誰か、他の人と過ごすんですよね……いいんです」

「……すまん嘘!! 空いてる空いてる!!」

 

 今にも泣きそうな様子を見せられて、断る言葉があるだろうか。否。

 各々との予定は短くなるであろうが、ルルティエとも過ごそう。何をして過ごすのか全然わからんが。

 

「無理、してませんか?」

「してないしてない。ただ、あんまり時間は取れないかもしれんが……」

「そうなんですね……でも、少しでも一緒にいられるなら……」

「いいか?」

「はい。明後日、楽しみにしていますね」

「あ、ああ……また、時間は伝える」

「はい、ありがとうございます。ハク様……」

 

 ルルティエは、自分の言葉を聞いて申し訳なさそうにしながらも、少し嬉しそうに頬を染めてその場を後にした。

 

「やっちまったな……」

 

 まずいことをしたことは自覚している。

 既に明後日の予定は、ぎちぎちに入った弁当箱に無理矢理モロロを潰して詰め込んだような超過密さである。

 さてどうすればこの予定を上手く捌けるか──

 

「──もし」

「!? な、何だ、シスか……見ていたのか?」

 

 後悔も束の間、突如背後から現れたシス。

 まるで暗殺者のように気配が無かったが、どこから見ていたのか聞く。

 

「ルルティエと過ごすんですってね」

「全部見てたのか」

「ええ。それで……つまりは、お姉ちゃんである私も一緒に過ごすってことね」

「はい?」

「それでは、明後日、お誘いお待ちしておりますわ……ふふっ」

 

 話は終わったとばかりに踵を返すシス。

 ちょっと待てと言いたかったが、あまりに一方向からの弾丸会話過ぎて、返しの弾が打てなかった。

 なぜそんなに堂々としているのか不思議なくらい、シスの足取りは軽く、傘をくるくる回しては機嫌の良さを誇示していた。

 

 これで、八人である。

 八つ裂きとは具体的にどう裂かれるのだろうか想像に震えながら、オシュトルの執務室へと辿り着き、明後日の行事について尋ねる。

 しかし──

 

「いや、某は何も知らぬ」

「そうか……」

 

 オシュトルとの会話も要領を得なかった。

 結局、明後日に何があるのか。去り際、オシュトルから骨は拾ってやるとだけ声をかけられたが、普段は頼りになってもこういう女性問題ではオシュトルの後ろ盾が役に立った覚えがない。

 ある種絶望的な観測のまま自室へと向かうと、室内から何者かの姦しい声がする。

 

 客かと思い、一声かけてから戸を開けて、中を確認する。

 

「「おかえりなさいませ、主様」」

「お邪魔しています、ハク様」

「ただいま、ウルゥル、サラァナ。客はフミルィルだったか」

「ええ、お二人の話が面白くて……」

 

 そう言って、フミルィルはくすくすとウルゥルとサラァナの方を向く。

 面白い話とは何だろうか。つい気になり、興味本位から問うた。

 

「ふーん、面白い話ねえ……どんな話だったんだ?」

「旧時代の文化のお話です」

「旧時代の文化?」

「ええ、お二人のお話は新鮮なことばかりで……つい聞いてしまいました」

 

 フミルィルもクオンに連れられて遺跡巡りをしていたようだから、そういうのに興味はあるのだろう。

 三人の楽しげな様子からも、流石のウルゥルサラァナも、デコイ種含めた暗い話はしていないだろうから、本当にただの文化の話をしていたのだろう。

 ただ、一応確認のため聞いておく。

 

「兄貴から聞いたことでも、あまり今の時代に影響の無い話か?」

「当然」

「主上とお母様より伝え聞いたことを、後の時代に良い形で伝えていくのが私達の役目ですから」

「そうか、当たり前のことを聞いたな。すまん」

 

 ウルゥルとサラァナも、兄貴や自分がいずれ旧時代のものを全て無くしてデコイだけの世界を作ろうとしていることは知っている。

 だからこそ、影響の無い話だけしてくれているんだろう。

 

「ちなみに、フミルィルに何の話をしてたんだ?」

「宗教文化」

「主様の時代には、神が誕生した聖夜に恋人同士が一晩中ぬっちょぐっちょする素晴らしい文化があったそうですね」

「まさに性夜」

「いや、それ一部の国の汚れた文化だから!」

 

 基本的には家族で過ごすのが定番である。

 それに、自分の時代にはもはや宗教自体が下火にあったのもあり、そういった変な風習も廃れていた筈である。そういう、変な一文化もあったというのは知識として知ってはいるが。

 

 いや、待て──とこれまでの不可思議な体験と今回の話が結びつく。

 恐る恐る、そのことを二人に問うた。

 

「ちなみに……旧時代の暦を今の時代に合わせたら、聖夜はいつだ?」

「明後日」

「正確には、明後日の夕刻から朝方にかけてを性の時間としていたそうです」

 

 やたら明後日誘ってくる現象は、二人のこの話の流布があったせいか! 

 

 それで全て合点がいく。

 旧時代の文化であるからして、旧時代の人間である自分はその日を確実に知っている。つまり、その日は必ず恋人と過ごそうとするに違いないと。そして一晩中ぬっちょぐっちょ融け合うのだと。

 

 だが、早合点の可能性もある。

 一応の願いを込めて聞いてみた。

 

「……その話、他にもしたか?」

「だいたいは」

「私達、鎖の巫はその日を主様と共に過ごしますと勝利宣言しました」

「……」

 

 無表情ながらも少し勝ち誇ったような表情を浮かべるウルゥルとサラァナ。

 二人による、両手の人差し指と中指で示されたブイの文字を見ながら、その約束を思いだした。

 

 以前、その日の夜を共に過ごしたいと言われていたことを。

 約束しなくともいつも一緒だろうと返したが、あれはそういう意味だったのか。

 

「……兄貴が、そんな話を?」

「だいたいはお母様」

「主上の言葉を歴代のお母様が解読した結果かと」

 

 全然、良い形で後世に伝わってないじゃないか。

 

「でも、愛を確かめ合うって、とっても素晴らしい文化です~! それに、恋人だけでなく、家族で過ごそうというところもあるのですよね?」

「というか、家族と過ごすのが基本だ」

「主上は、お母様や、ウォシス様、聖上と共に家族で過ごすそうです」

「水入らず」

「おい、自分も一応身内なんだが」

 

 誘われてないぞ。

 まあ、誘われたら誘われたで今は困るんだが。

 

「ハク様、私もその聖夜……御一緒したいのですが、駄目でしょうか?」

「う……」

 

 フミルィルとも婚姻を結んでいる身としては、今の話を聞いた後には断りにくい。

 恋人や家族ならば、共に過ごそうと言われているようなものだ。断ると言うことは、そうでないと否定することになる。

 しかし──

 

「あ、あくまで旧時代の文化だ。今は違うだろう?」

「でも、ハク様は他の方とは過ごす約束をしたのでしょう? 私もご一緒させてください」

「む……ぅ」

 

 フミルィルは他の人とご一緒でも良いようだが、最初の方に約束を交わしたクオンやネコネについては絶対にそう思ってない。

 寿命では死なぬ身ではあるが、もしかすればある一部分の命日となる可能性もある。

 

「そうだ。今はどなたと御約束しているのですか? 私から皆さんに、この素晴らしい文化についてご説明します」

「名案」

「私達も手伝います。主様との聖夜を邪魔されたくはありませんから」

「火に油注ぐからやめてくれ!」

 

 既にどっぷり油に浸かっている身ではあるが、これ以上火元を近づけられたらとんでもない勢いで燃え上がる。

 

「では……皆様との約束を破ってしまわれるのですか?」

「いや……そんなことはしない。自分が説得する」

「? 一体、どうするのですか?」

 

 その一筋の光明が如く名案は、これまでの過酷な戦乱を生き延びたが故に生まれたもの。

 それは──

 

「──都合の良い文化を、でっちあげる」

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「できなかったよ……」

 

 今、自分は縄に縛られ、十一人の女性に囲まれている。

 

 計画は上手くいくはずだったのだ。

 

 明後日に全ての女性を集め、皆は聖夜において共に過ごす家族だと紹介する。

 朝、昼と家族は共に食事をして過ごし、夜には仲良く並んで寝る。家族と平和な夜を迎える──それが正しい文化だと喧伝した。まあ、実際ウルゥルとサラァナが吹聴していたものよりは正しいのだが。

 

 今回の騒動は、家族と共に過ごす、そのために皆を誘い、約束したのだということにした。

 フミルィルやウルゥルとサラァナとも口裏を合わせた。何だかんだ女性陣は仲良しな面子である。途中までは上手くいっていたのだ。しかし──

 

「それで──誰がおにーさんの隣で寝るん?」

 

 アトゥイの余計な一言が、その場の流れを一変させた。

 

 まず対抗心を燃やしたクオンが名乗りを挙げ、その対抗心に対抗心を燃やしたウルゥルとサラァナが名乗りを挙げ、その二人はいつも隣だろうとムネチカが不平を言い、では誰がするのですか最年少に譲ればとネコネが計算高い提案をし、ルルティエが控えめながら枕を自分の隣にこっそり置いたのを見て、シスが便乗して枕だけでなくルルティエと共に寝ようとし、エントゥアが皆を落ち着かせようとおろおろしている横で、ノスリが賭けで決めようと言いだし、いやいや槍で勝負がいいとアトゥイは言いだし、フミルィルはクーちゃんの隣がいいと関係ない話をし始める混沌とした場が出来上がった。

 

 この場を収めるには、一先ず騒ぎを収めなければと、原因である自分がいなくなれば解決するとこっそり抜け出そうとしたところ、女性陣の手によって注連縄のような太い紐で拘束されているのが現状である。

 

 争いは激化。

 誰が隣に寝るのかと、自分の枕を奪い合っている。

 

 この混乱を収めるには、言霊であればなんとかなる。

 しかし、愛する人に対して、無理やり言葉で縛るなどという行為ができよう筈も無い。

 

 しかし、早く収拾をつけねば、いつ自分の体が十一に裂かれるかわからない。

 何とかするしか──そう思い、口を開こうとした瞬間であった。

 

「──こんなことしたくないけど、ごめんね」

「もが!?」

 

 いつの間にか背後にいたクオンは、自分の口内に布を突っ込み、目にもとまらぬ早業で猿轡のようなものを噛ます。

 

「本当はこんなことしたくなかったんだけど……皆を騙したお仕置きかな」

 

 騙したとは人聞きの悪いと抗議しようと考えたが、確かに騙していたのは事実である。

 

「そうですね。本当はこんなことをしたくありませんでしたが……やっぱり、皆さまはハク様の一番になりたいようです」

「ふふりぃる! まふぉか……」

「ごめんなさい、ハク様……クーちゃんハク様のことになると鋭くって……」

 

 フミルィルが、諦めたようにそう言う。

 口裏を合わせていたが、度重なる追求から裏事情をクオンに喋ったのだろう。争いに注視していて、クオンとフミルィルの動きに気付かなかった。

 

「それで? ハク、誰が一番か今夜決めよっか」

「うむ。夜は長い……誰が一番か、判断できる時間は十分にあるぞ」

 

 クオンとノスリの猛獣も怯えて逃げだすような圧気を受けて震える。

 

「本当はこんなことはしたくないんやぇ? でもおにーさんずっとのらりくらり……ええかげん、ウチらもはっきりさせときたいんよ」

「懸想する者全てを呼んだ代償であるな……今宵は覚悟してもらおう。ハク殿」

「むー!! むー!!」

 

 したくないしたくない言いつつ、女性陣の呼気は荒い。

 獲物を前に舌なめずりする捕食者そのものである。

 

 ──死。

 

 これまでで最も避けられぬ死を感じた。オシュトルとの死闘よりも、ウィツァルネミテアとの闘争も、今この瞬間に比べればはるかに絶望は少ない。

 

 口を塞がれ、言霊も封じられてしまった。

 もはや頼れる者は二人しかいないと。助けてくれウルゥル、サラァナと、最後の希望に目をやると──

 

「──こんなこともあろうかと」

「主上から賜れた御業」

「何度出しても復活できる優れもの」

「万事解決」

 

 かつて、デコイといちゃこら大好きな研究員がその生涯を賭けて生みだした最低最悪の傑作である。

 まさか、兄貴が所持していたとは。そして、それを一番渡してはいけない二人に渡していたとは──

 

「むーむー!!」

「おにーさん、往生際が悪いぇ」

「私を口説いた責任は取ってもらいますわ。ハク様」

 

 じりじりと迫りくる女性陣に、もはや自分にできることは無い。

 

「あ、あわわ、あ、姉さまと、ハクさんが……!」

「は、ハク様……の、ぅ……わぁ……」

 

 まだ幼いネコネや、純真なルルティエには、かなり刺激の強い光景であろう。

 しかし助け舟を出すわけでもなく、顔を真っ赤にして成り行きを見守っている。

 

「聖夜とは、愛を奪い合うもの……かくも恐ろしい、聖なる闘争の夜だったのですね……」

 

 熱を持った声色でそう言うエントゥア。

 その呟きが、意識が途切れかけた自分の耳に、いつまでも木霊して離れないのだった。

 

 




 メリークリスマス。良い子は家族と過ごそうね。

 遅くなってすいません。楽しみにしていた方がいたら感謝を。
 ただ、クリスマスに間に合わせようとあまり推敲できていないので、後日消すか修正するかと思います。

 もう一つのうたわれ作品も、少しずつ書き溜めていますが、多忙につき暫くかかります。
 気長にお待ちいただけたら幸いです。

 皆様、よいお年を。

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