【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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 お久しぶりです。
 斬2クリアにかなーり時間かかりました。育成系は楽しくて辞め時ががが……。
 そして、何度やってもトリコリさんのところは泣ける。ぼろぼろ泣く。あかん。


 そんな訳で、今回の後日談はトリコリさんです。後、男連中。
 時系列としては、前回ハクオロさんの話の直前くらいです。

 混乱期にあったヤマトも徐々に落ち着き始めた頃ですね。



四 母なるもの

 ハクが遺跡巡りと称して様々な地を巡っていた頃であった。

 

「母上を帝都にお連れしたと?」

「ああ、事後報告になってすまんが……」

 

 ハクはどうやら旅の途上にてエンナカムイに居られる母上と会い、病弱な母上を連れ帝都に戻ってきたというのだ。

 

「……今の母上は病状も落ち着いているとはいえ、あまり感心せぬな」

 

 たとえあの不可思議な機械──ゲートといったか、を使ったとしても慣れぬ空気を吸うのは体に障る。

 危険な賭けを、身内である某に相談もせず行うとは。

 

 某の怒り──というよりも困惑をハクも感じ取ったのだろう。

 謝罪するように、その真意を語った。

 

「すまん、オシュトル。ただな……トリコリさんの目を治してあげたくてな」

「母上の目を?」

「ああ」

 

 そこで思い浮かぶは、前帝の存在である。

 なるほど、数多の薬師に不可能と言わしめたとはいえ、奇跡の御業を持ち得る前帝であれば確かに成し得るかもしれぬ。

 

「……良いのか、ハク」

 

 その問いは、ウィツァルネミテアに対し、前帝と共にこの世界に干渉し過ぎないことを誓った漢の行動として良きものかというものである。

 

 しかし、ハクの目に迷いは無かった。

 

「まあ、自分のことを家族と言ってくれたヒトだからな……オシュトルとネコネさえ秘密にしといてくれれば、いいさ」

「ふっ……某が喋る訳もあるまい。其方の想いは十分に伝わった」

「……そうか」

「母上は何処に?」

「下だ。今から来られるか?」

 

 下、つまり聖廟地下のことであろう。

 タタリ騒動もあり、施設の多くは壊れた筈。今はもう最低限の機能だけ残した状態であると聞き及んでいたが、母上を治すために幾つか復旧させたのかもしれぬ。

 

 外に控える伝令に声を発するも、届いた様子は無い。

 どうやら、鎖の巫により防音の術式を組んでいるようである。

 

 仕方が無いと書き置きだけ残し、ハクに行けると返事をした。

 

「ウルゥル、サラァナ、道を繋いでくれ」

「「御心のままに」」

 

 周囲に靄がかかり、彼女達によって異次元へと渡る道ができたことを知る。

 そこで、もう一人の家族の存在について言及した。

 

「……ネコネは良いのか?」

「ネコネは既にトリコリさんと一緒だ」

「なるほど、そうであったか」

 

 そういえば、此度の旅はネコネも連れていっていたのであったな。

 エンナカムイより母上を連れ出す決断は、ネコネとの相談の上だったのかもしれぬ。

 

「オシュトル、離れずについてきてくれ」

「ああ」

 

 母上の目を治すこと。

 それがどのような意味を持つかは分かりきっていることである。

 

 ──ハクにとっても、大事な母であるということか。

 

 母からの無償の愛。

 その返礼もまた、無償の愛である。

 

 ハクと並び歩きながら、もはや誰も見ていないかとウコンの口調で話しかける。

 

「母上の目を治してくれるたぁ……随分な親孝行だな、アンちゃんよ」

「ん? ん、ま、まぁ、な……はは」

 

 違和感。

 何故動揺するのだろうか。誤魔化すように変な笑みを浮かべている。

 

 ハクの頬は、少し朱が差し、思いがけない言葉に照れているようである。

 

「……アンちゃん?」

「……」

 

 この世には、必要以上に母に尽くし尽くされる者もおり、そういった者を親離れできぬ未熟者とも称される。

 しかし、今回のハクの行動はそのようなものではない。ただ、母に無償の愛を向ける素晴らしい行動であるため、照れることなど無いような気もするのだが──

 

 気になって、傍に居る二人に話を聞くことにした。

 

「鎖の巫様よ、母上とアンちゃん、なんかあったのか?」

「熱望」

「トリコリ様より、主様の御尊顔を見てみたいと希望されたのです」

「ちょ、言うなよ!」

「……」

「い、いや、違うぞ? もちろん、邪な想いは無い! トリコリさんのためを思ってだ」

「……」

 

 ハクは慌てたように数多の言葉を重ねるが、もはや某の耳には届かない。

 ネコネにも随分な恋敵ができたものだと、頭を抱えたのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 オシュトルの疑いの目線から逃れるように聖廟地下についてからである。

 タタリ騒動の一件でほぼ壊れかけた施設であったが、兄貴と共に諸々修理して、ようやくその一部が復旧できた。

 かつて兄貴自身が己を治療していた最奥の場所、見覚えのある一施設まで辿り着き、オシュトルを連れて中へと入る。

 

 すると、一番に出迎えてくれたのは記憶を無くしたウォシスであった。

 

「あっ!! 来てくれたんだね。ハク叔父さん!」

「おう、ウォシス。元気してたか?」

「うん! 僕ね、父上と母上と一緒に本を書いたんだよ。ほら、ハク叔父さんと、オシュトルさん!」

 

 見せられるは、自分とオシュトルがくんずほぐれつボンバーしている邪悪な本である。

 兄貴とホノカさんに、非難の視線を送るも──

 

「ウォシスは絵が上手じゃのう」

「ええ、とても凄い躍動感です。上達しましたね、ウォシス」

「えへへ、うん! ありがとう、父上、母上!」

 

 駄目だ、親馬鹿を発揮しているせいか、にこにこと成果を褒めたたえている。

 

「ハク叔父さんも、僕の本はどうかな!?」

「い、いいんじゃないか。まあ、できれば、その、自分をもう書かないで欲しいかなあって」

「なんで!?」

「う……ま、まあ、他の奴も書いたほうが上達するだろ?」

「あ~、そっかぁ……なら、今度、ライコウさんっていう人と一緒に来て欲しいな!」

「いや、それはちょっと……」

 

 嫌な予感しかしない。

 ライコウとのくんずほぐれつハリケーン本は流石のライコウも激怒する気がする。焚書騒ぎや言論統制を敷くぞとか言いだしたら面倒である。

 

 オシュトルが若干引き気味に自分達の会話を眺めているので、ウォシスとの会話はこれくらいでと兄貴に視線を移した。

 オシュトルもまた、前帝の姿を目に収め、平伏する。

 

「御壮健で何よりであります。前帝」

「久しいの、オシュトル。余はもう力無きただの人。畏まらずとも良い」

「しかし、こうして我が母上の病すら治して頂けるとは」

「ハクの願いもあった。弟にできた可愛らしい嫁の願いものぉ。それに、其方が齎したものに比べれば些細な返礼であろう」

「有難き幸せであります」

「そんで、トリコリさんはどうだ。兄貴」

「うむ……今は治療カプセルにて様子を見ておる。娘もそこで待っておるよ」

 

 兄貴の体はもはや完治し、今はまた車椅子で移動する状態まで戻ることができた。

 空いた治療カプセルを、トリコリさんに使ったという訳である。

 

 兄貴よりそこ、と指示された部屋の奥では、確かにカプセルの中にトリコリさんが浮かんでいた。目を瞑り、眠っているようである。

 

 そのカプセルの下に、ネコネはちょこんと心細げに座っていた。

 オシュトルを呼びに行くとここに置いていったからだろうか、頬を染めこちらを睨んでいる。

 

「ぅ~……」

 

 いや、あれは兄貴が自分に連れ添うネコネを見てからというもの、弟に嫁ができたやったーとはしゃぎ続けた記憶があるからだろうか。

 弟の嫁呼ばわり云々の件が多分恥ずかしいんだろう。前帝に無礼な返答はできんとか考えて、否定するにもできない結果、こちらを睨むに留まっているような気もする。

 

 ネコネの視線には触れずに兄貴に再び聞く。

 

「治りそうか?」

「ふむ……彼女の正常な時機のデータが無かったのが少し手間ではあったが……問題ない。デコイ種は人間と比べその治癒力も桁外れ。もう暫くすれば、完治するじゃろう」

「そいつは良かった」

「忝い、前帝」

「礼は治ってからで良い」

「はっ」

 

 ウルゥルとサラァナは、ホノカさんと話があるようで別れる。

 オシュトルを連れ、トリコリさんのいるカプセル前へと足を運んだ。

 

 すると、ネコネが恨めし気に非難の声をあげた。

 

「……随分と遅かったのです」

「すまんすまん」

「ネコネ、母上は大丈夫なのか」

「最初は苦しそうでしたが、今は落ち着いたのか……眠ってしまったのです」

 

 そういって、三人はカプセルの中に浮かぶトリコリさんを見上げる。

 

 ──美しい。

 

 あまりじろじろ見るのはどうかと思うが、一瞬その美しさに見惚れてしまう。

 ネコネも将来こうなると思えば嬉しい限りではあるが、トリコリさん自身の気高さというか、儚さもあるのかもしれん。

 

 しかし、デコイは長寿種とは言うが、ここまで若々しいというか美しさを保てるものなのだなあと感心する。

 改めて、人間とは色々と違う存在なのだなと思い知った。

 

「……不潔なのです」

 

 邪な感情は一切ない忌憚なき感想であった筈が、ネコネから久々に道端のンコを眺めるような目線を頂戴する。

 

「母さまも、じろじろ見られるのは恥ずかしいと思うのです。終わったら声をかけるので、あっちに行っておいてくださいです!」

「ぅぉっ、お、押すなって……!」

 

 遅いだの、あっちに行けだの、どっちか判らん奴である。

 なあ、とオシュトルを振り返るも、オシュトルもまた非難の視線を向けていた。

 

「今のはアンちゃんが悪い」

「何だよ、オシュトル。お前もネコネの味方か」

「ネコネと母上の味方だ。ま、男はあっちでウォシスの相手でもしてようや」

 

 まあ、オシュトルがそう言うならば、そうしよう。

 ウォシスが舐めるように自分とオシュトルを見比べ、鬼気迫るように絵を書き始めた数時間後であっただろうか。

 

「む……どうやら、終わったようじゃ」

 

 兄貴の声と共に、ネコネが母さまと叫ぶ声がする。

 振り向けば、カプセル内の水分が排出され、横たわるようにトリコリさんは眠っていた。

 

 ネコネが慌てたようにトリコリさんに服を着せ、その体を抱き起こす。

 

「母さま! 母さま!!」

「眠っておるだけじゃろう。心配せずとも良い」

 

 兄貴がゆっくりとした口調でそう告げる。

 しかし、ネコネは不安そうにトリコリさんを見つめ続けている。

 

「で、でも……」

「ネコネ、前帝がそう言うのだ」

「兄さま……はいなのです」

「ホノカ殿、寝台をご用意願えないでしょうか」

「はい、オシュトル様。直ちに」

 

 オシュトルがトリコリさんを抱え、ホノカさんが用意した簡易寝台に横たえる。

 

 皆がじっとトリコリさんが目を覚ますのを待っていると──

 

「──ぁ」

「母さま!?」

 

 トリコリさんの目が薄らと開き、周囲の光景にぼんやりと視線を動かす。

 そして──

 

「……ネコネ?」

「母さまぁ!」

「あらあら、ネコネ……貴女、こんなに美人になっていたのね」

「わ、私の顔が見えるのですか?」

「ええ、くっきりと……」

「母さまぁ!!」

 

 ぎゅっと、母娘の抱擁が交わされ、涙なしには見られない感動の光景であった。

 

「オシュトル……」

「母上……某が、俺が見えるのですね」

「ええ。貴方も、あのヒトによく似て、凛々しくなったわね……」

「……母上からお墨付きであれば、某も精進した甲斐がありました」

 

 オシュトルは仮面を外し、その涙を堪えるように素顔を晒していた。

 

 傍と見れば、兄貴やホノカさん達、ウルゥルサラァナも既に姿を消していた。

 感動の再会に自分達はいらぬと、見られると余計な嘘を言わねばならないとでも思ったのだろう。

 

 誤魔化すのは、自分の仕事ってことだ。

 

「もしかして……貴方が、ハクさん?」

「はい、トリコリさん」

「あぁ……やっぱり、想像した通り」

「そ、そうですか?」

 

 どんな想像だったんだろうか気になるところではあるが、予想を下回ってないようで安心する。

 

「優しい土の香りがする人……きっと貴方は優しい顔をしていると思っていたの……私の想像通り、素敵な顔……」

「……」

 

 だめだ、好きになっちゃう。

 

「……」

「な、なんだよ、ネコネ」

「ちっ、何もないのです」

 

 心暖かになるトリコリさんの台詞と、心寒くなるネコネの舌打ちに翻弄されながらも、トリコリさんの病状が改善して良かったと強く思う。

 これでダメとなったら、ネコネ達に申し訳が立たんからな。

 

「久々に目が見えるようになって、改めて見た光景が貴方達で良かった……」

「これから、様々なものを見ましょう。母上」

「ええ、とりあえず……次は孫の顔かしらね、ふふっ」

「なぁっ、は、母さまぁ……!」

 

 自分とネコネを見比べてから言う台詞は、ネコネにとっては恥ずかしいものだったのだろう。

 

 さて、と一段落したところで、説明に入る。

 ここの施設のことは他言無用であること、目が治ったことは明かしてもいいが、治療方法については薬のおかげであると嘘をつくこと、等々。

 

 前帝や大いなる父の技術の片鱗が表に出ないように、トリコリさん達の口封じを行った。

 

「できますか、トリコリさん」

「ええ……何が何だかわからないままだったけれど、こうして治していただいたもの……ハクさんを困らせないように協力できることはさせて下さいね」

 

 難儀するかとも思ったが、トリコリさん他、皆快諾してくれ、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 ウルゥルとサラァナを呼び、今度はトリコリさん達を連れ、再び帝都へと戻ったのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「帝都を案内してほしい?」

 

 トリコリさんの目が治り、その他諸々の病状が完治した影響もあるのだろう。

 オシュトルの屋敷に泊まっていたトリコリさんが外に出たいと言ったそうだ。

 

「オシュトルは?」

「某は、昼間は流石に政務があるのでな。ネコネであれば都合がつく。共に帝都を案内してくれないか」

「いいぞ」

「……」

「なんだ?」

 

 オシュトルは不審な者を見るかの如く、仮面の下より疑わし気な視線を送ってくる。

 

「……其方は、母上のこととなると快諾するのだな」

「そうか?」

「うむ」

 

 そうかな。

 そうかも。

 

 トリコリさんには、色々甘えちまっているというか、数少ない癒し要因でもある。

 大切にしなければならない人間関係と思えば、やる気も違うものだ。

 

「某も夜からならば合流できるだろう」

「ああ、あの店か?」

「うむ、予約はしてある」

 

 かなりお高いが、酒も飯も美味い、金払いさえ良ければ多少暴れても目を瞑ってくれる最高の料亭である。

 オシュトルとミカヅチ、オウギ、ヤクトワルト、マロロ、キウルといういつものむさい漢面子は常連。たまに、ライコウも参加してどんちゃんやっている場なのだ。

 

 オシュトル自身も気にいっているのだろう。

 守秘義務もしっかりしている手前、安心だろうしな。

 

「わかった。夕方になったら行くよ」

「ああ」

「そういや、皇女さんは? トリコリさん、アンにも会いたいって言っていただろう」

「聖上は……クオン殿、フミルィル殿、ムネチカ殿と世直しの旅である」

「またか」

 

 話を聞けば、トゥスクルにムネチカの武者修行を兼ねてお遊びに行っているらしい。

 相変わらず帝都にいる時間の方が少ない皇女さんである。

 

「……同盟国と仲良くするのは悪いことではない……が、もし帰還なされたらハクからも進言してくれぬか」

「自分が言っても聞かんぞ」

「……」

 

 さぼりがちの皇女さんに仕事をさせる気にするには、ムネチカの折檻が一番である。

 ただ、そのムネチカも此度の旅に同道しているとあれば、もはや誰にも口は出せんだろう。

 

「それじゃ、トリコリさんのところに行ってくる」

「ああ、某の屋敷にいる。迎えに行ってやってくれ」

 

 皇女さんの代わりに色々やっているんだろうなあ。

 政務で疲れた笑みを浮かべるオシュトルを尻目に、せめて頼まれ事くらいはしっかりやろうとオシュトルの屋敷へと足を運んだのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 トリコリさんを屋敷へと迎えに行き、ネコネと共に帝都を見回るということで三人仲良く帝都観光となって数刻。

 観光といえばやはりここだろうと、ヤマト最大級の市場へと足を運んだ。

 

「あら……凄い活気ね。エンナカムイとは比べ物にならないくらい……」

「エンナカムイにはエンナカムイの良さがあるですよ」

「そうだな、こっちの商売人は形振り構ってられない押しの強い奴が多いからな」

 

 エンナカムイならば、無理に勧められることなど皆無であるが、ここらの商売人は商魂逞しく道を塞いで呼び込みかけたり、顔馴染みを増やそうと一度来た客の顔は忘れぬよう覚え書きしたりとか、かなり切磋琢磨している様子が窺える。

 

 そして案の定、市場に足を踏み入れて暫くである。

 自分もここには足繁く通うので、顔見知りも多いのだ。

 

 故に、物凄く声をかけられる。

 

「おっ、ハクの旦那ぁ、また新しい嫁さんですかい」

「おいおい、人聞きの悪いこと言うな」

 

 トリコリさんに女たらしだと誤解されたらどうするんだ。

 

「ふふ、残念だけれど違うの」

 

 しかし、トリコリさんは大して動揺した様子も無く、薄ら笑みを浮かべて否定する。

 大人の女性感がたまらん。

 

「私の母さまなのです」

「お、そうでしたかい。こいつはめでてぇ、ネコネ様の母君にも夫婦仲公認ってわけですかい」

「そ、そういう訳でもないのです!」

「あら、公認よ」

「ぅなっ!? は、母さまぁ!」

「そいつはいいや! おまけしときやすぜ、ハクの旦那! 相手方の親御さんにはいいとこ見せにゃ!」

「あんたに言われる筋合いはないが、仕方が無い。三本くれ」

「まいど!」

 

 相変わらず商売上手な親父である。

 串焼きをそれぞれ買い、皆に手渡す。日頃酒に飯にと使ってはいるが、これくらいの財力はあるのだ。

 

 仲良く市場を眺めながら、トリコリさんはずっと楽しそうである。

 量はそれほど食べられないようであるが、以前よりも活力に満ちており、あっちをきょろきょろこっちをきょろきょろと久しく見なかったものに興味深々であった。

 

 とりあえず市場をぶらぶらするだけでも楽しめるものだが、ネコネはちらちらとこちらを窺っている。

 トリコリさんも歩きっぱなしで休ませたいという想いがあるのだろう。ネコネは一体どこに行くつもりかと気になったのか、声をかけてきた。

 

「それで、これからどこに行くですか?」

「競犬場」

「ふんっ!」

「いでぇっ!!」

 

 だって、座って観戦できる場所はそこしか知らんのだもん。

 

 ノスリとか皇女さんと行く時は大体そこである。

 夜には料亭も待っているからして、あまり腹いっぱいになる訳にもいかんし、という説明すらできん痛みを脛が襲う。

 

「そんなところに母さまを連れていくわけないのです!」

「だって、他にあんのか」

「観光名所は他にもあるです!」

「なら、ネコネが決めろよ。ついてくから」

「なあっ、この甲斐性なし!」

「んだと!」

 

 街のど真ん中でまた始まったぞと言わんばかりに民が周囲を囲み始める。

 

「ハクの旦那、謝っちまえって!」

「カミさんを泣かせるなよ!」

「うるさいぞ、あんたら!」

 

 変に知名度が高い割には、全然敬われてないのが癪である。

 いくら顔見知りとは言え、面白がり過ぎである。

 

「あ、あぅ……」

 

 ネコネもそこでようやく周囲の喧噪に気づいたのであろう。

 縮こまるように照れてしまった。

 

「──ふふ、孫の顔は思ったよりも早く見れそうね」

「んなっ……は、母さまぁ!」

 

 ネコネは照れるようにトリコリさんの口を塞ごうとするも、身長が届かない。

 最近少し背が高くなったとはいえ、まだまだトリコリさんには届かないようである。

 

 背丈を補うようにぴょんぴょん飛んで抗議するも、トリコリさんに堪えた様子は無く、心底楽し気であった。

 

「ハクさん、私はどこでもいいのよ」

「そうですか、なら……」

「賭け事はだめなのです」

「……わかってるよ」

 

 観光地といえば、植物園とかか。全然自分は楽しくないが、まあ、仕方が無い。

 

「ふふ、こんなに楽しいのは久しぶり」

「そいつは……よかったです」

 

 こうして三人並ぶと、トリコリさんと夫婦みたいだなと思い嬉しくなる。

 クオン辺りに見られたら殺されるけど。

 

「トリコリさん、あっちの店も美味いんですよ。どうですか」

「は、ハクさん、母さまは病み上がりなのですから……!」

「……そういえば、そうだな」

「いいのよ、こんなに足が軽いのは久々だもの。もう少し歩きましょう?」

 

 植物園への道すがらも、市場の中に楽しみを見つけつつ歩き続けたのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 一通り帝都の観光が終わり暫くしてである。

 夕闇を辺りが包み始め、そろそろいつもの料亭に足を運ぼうとした時である。

 

「一応、夜用の薬を取ってくるのです」

「そう、だな」

 

 兄貴は完治したと言うが、まだ病み上がり。発作等が起きる可能性も無いとは言えない。

 なんかあってからじゃ遅いからな。

 

「一人で行けるか?」

「む……もう子どもじゃないのです、屋敷はすぐそこですから、先に始めていて欲しいです」

「わかった」

「ありがとう、ネコネ」

 

 まあ、以前に比べ検非違使体制も充実しているし、ネコネ自身も猛者である。心配はいらないだろう。

 

 ネコネの言葉に甘え、オシュトルの待つ料亭へと足を踏み入れた。

 

「ウコン様で承っております」

「ああ」

 

 相変わらずの仮名で予約するオシュトル。

 まあ、重鎮であるからして、仕方が無いよな。

 

 煌びやかな一室に通され、二人対面で座る。

 

「オシュトルは……まだか」

「綺麗なお店……凄く高いのではないかしら」

「まあ、オシュトルは稼いでますから。たまの日だし、親孝行したいんだと思いますよ」

「ふふ、なら、私も久々にお酒を飲んでみようかしら」

 

 それはいい案である。

 トリコリさんと酒が飲めるなんて男冥利に尽きるというものである。

 

「じゃ、先に始めますか」

「ええ。もう大丈夫だと言うのに……きっと、飲もうとしたら怒られちゃうもの。なら、先に飲んでいたほうがいいかもしれないわね」

 

 悪戯好きな笑みを浮かべ、トリコリさんはそう囁く。

 

 店の者を呼び、酒に弱いものでも嗜める度数の少ない酒を注文し、二人して乾杯する。

 

「あら……美味しい」

「でしょう?」

「美味しいけれど……駄目だわ、体が直ぐに熱くなって……久々だから、かしらね……ふぅ」

 

 トリコリさんは頬をうっすらと紅潮させ、パタパタと首元を仰ぐ仕草を見せる。

 

「……」

「? 何かついているかしら」

「いえいえ」

 

 眼福である。

 クオンもこういう色気のある仕草とかしてくれるとなあと、無いもの強請りに悲しい笑みを浮かべた頃であった。

 

 隣の部屋から聞き覚えのあるどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。

 ここの料亭、防音設備はかなり力を入れている筈、それを尚突き抜けてくるとは。

 

 もしや、と思い店員に聞いてみる。

 

「隣の部屋がやけに煩いが……もしかして、サコン達か?」

「ええ、ハク様。いつもご利用ありがとうございます」

「やっぱりか……」

 

 サコン、つまりミカヅチがいるということは、いつもの面子もいるということだろう。

 オシュトルと自分がいないから宴会はしないかと思ったが、気にせず自分たちで開催していたようである。

 

「あら? ハク様のお知り合い?」

「まあ、知り合いというか、自分の友人達ですよ」

「それならもしかして……オシュトルの御友達でもあるのかしら?」

「まあ、そうですね」

「なら、是非ご挨拶したいわ」

「……えっ」

 

 まずい。

 

 今隣にいるは野獣と化した男達である。むさくるしい場にトリコリさんのような可憐な花を置けばどうなるかわかったものではない。

 というか、オシュトルに何故合流させたとこっぴどく叱られそうである。

 

「いや、そ、それは、余り、おすすめは」

「どうしてかしら? 息子の大事な御友達ですもの、きちんとお礼を言っておきたいわ」

「……」

 

 高貴な生まれであるのか、その志は立派であるが今の彼らに会わせるのは誰にとっても酷である。

 どうしたものかと頭を悩ませるも、トリコリさんの意志は固い。

 

 というか、酒が入ったからなのか目が少し据わっており、拒否するならば自ら行くとでもいうような風貌である。

 まさか、トリコリさんもオシュトルのような覇気を出すことができるとは。いや、母だから当然なのか。

 

「あ、あの、皆多分、そのべろべろで、トリコリさんに迷惑をかけると……」

「いえ、オシュトルの方が普段迷惑をかけていると思うわ。お酌ぐらいしないと、割に合わないもの」

 

 そんなことないんだがなあ。

 まあ、母である以上、息子の交友関係が心配なのもあるのだろう。

 

「なら、その……挨拶! 挨拶だけにしましょうか」

「ええ」

 

 一瞬開いて挨拶して帰る。

 そうすれば、トリコリさんの要望も聞き、皆の名誉も守られる筈である。

 

 がらりと襖を空け放ち、中の面子と顔を合わせた。

 

「おや? ハクさんではないですか。オシュトルさんと用事では?」

「おお、ハク殿ぉ、来てくれたでおじゃるかぁ? マロ達と飲むでおじゃ!」

「ハクさん? ……って、トリコリ様!?」

 

 やはりいたか。

 サコン(ミカヅチ)、マロロ、オウギ、ヤクトワルト、キウルが、既にかなりの酒を飲んでいるのだろう。その頬を真っ赤にしてこちらを見ていた。

 

 この店の常連──迷惑客である。

 まあ、どいつもこいつも重役で金払いは良いので女将さんも笑って許してくれるが。

 

「な、何故ここにトリコリ様が……!」

「もしかして、キウルかしら? 漢前になって……」

「は、はい! あ、もしや、目が……?」

 

 キウルも、いつもと違って視線が合うのに違和感を得て、そこで気づいたのだろう。

 

「ええ、ハクさんから……新しい薬を貰ったおかげでね」

「それは、おめでとうございます! トリコリ様!」

 

 エンナカムイにいた頃は、トリコリさんと会ったことのある人物は限られるからな。この中ではキウルくらいだろう。

 しかし、トリコリさんの病については皆も知っていたのか、口々に祝いの言葉を向けた。

 

「そいつは喜ばしいじゃない!」

「オシュトルより母君の病については聞き及んでおりましたが……御快復おめでとうございます」

「貴方達は、もしかしてミカヅチ様? そして、ヤクトワルト様かしら」

「はっ、お初にお目にかかります」

「会うのは初めてじゃない」

 

 酒の随分入った赤い頬でも、最低限の挨拶はできるようだ。

 まあ、ミカヅチはサコンの恰好なので、禿げ頭のカツラが目立って真剣身が薄れるが。

 

「そして、貴方がオウギ様とマロロ様かしら。オシュトルから聞いているわ」

「はい、オシュトルさんには随分良くして頂いていますよ」

「オシュトル殿は、マロの親友でごじゃる。母君の快方……マロにとっても真めでたいでおじゃる!」

「あらあら……ふふ、皆さん、御上手ね」

 

 一連の自己紹介が終わったところで、キウルの疑惑の視線が再び自分へと向けられた。

 

「で、何故ハクさんはここに……」

「本当はトリコリさんと、ネコネ、オシュトルと家族水入らずで宴会するつもりだったんだがな。トリコリさんが、是非挨拶したいって」

「そうなの、いつもオシュトルと仲良くしてくれてありがとうね」

「そんな、兄上は偉大な方です。こちらの台詞ですよ!」

「ああ、オシュトルがおらなんだら、こうして宴会も味気ないものであるからな」

 

 サコンの恰好のまま、にいとした笑みを浮かべるミカヅチ。

 味気ないにしては、めちゃめちゃうるさかったぞ。

 

 このまま巻き込まれれば余りいい展開にはならんだろうと、早々にお暇することにする。

 

「まあ、トリコリさんは挨拶に来ただけだから。じゃ、戻りますか」

「まだオシュトルは来ていないでしょう? 皆さんにお酌くらいはしてあげたいわ」

「えぇ……?」

「おう、そいつは嬉しいじゃない!」

「折角の機会でありますからな、聞きたいこともあるでしょう」

「ええ、そうね。皆さんからオシュトルの話も聞きたいわ」

「ほう……」

「それはそれは」

「ふふ……」

 

 キウルとマロロ以外の皆がにたりと、嫌な笑みを浮かべる。

 まずいな、オシュトルから怒られるのは自分なのだ。どうすればここから回避できるか考えるも、トリコリさんは母の行動力ですっとミカヅチの隣へと腰を降ろした。

 

「ふふ、さあ、ハクさんもいらっしゃって。ミカヅチ様、オシュトルは家ではああしていい子を続けてくれているんだけれど、余り辛い顔を見せてくれないから心配で……」

「ほうほう、母に心配かけまいとする親心ですな」

「流石はオシュトル殿でおじゃる!」

 

 駄目だ、トリコリさんは皆からオシュトルの情報を引き出す気満々である。

 

 しかし、と考える。

 オシュトルは清廉潔白を地で行く奴でもある。

 

 穢れ仕事は大体自分が担っていたし、そこまで評価を落とす様な話が出てくることは無い筈──

 

「そういえば、オシュトルに良い人はいるのかしら?」

「ふむ、昔であるが、母上のような気高き女性でなければ婚姻に値しないと、よく言っていたな」

「まあ」

 

 やばい話あった! 

 トリコリさんは嬉しそうだが、オシュトル的にはめちゃめちゃ恥ずかしい話だぞ、それ! 

 

「? ハク殿どうしたでおじゃるか?」

「オウギ、これ、強い酒か?」

「ええ、ここにある中では一番度数が高いですよ」

 

 それを手に取り、ぐいっと飲み干す。

 

「ひゅー、旦那、いい飲みっぷりじゃない」

 

 もう、この場から逃げる方法は無いのだ。

 つまり、オシュトルに自分に責任が向きさえしなければ良い。

 

 つまり、自分もべろべろになっていたので何も覚えてない作戦。

 これであれば、オシュトルには怒られない。

 

 腹の奥がかっと燃えるような、強い酒を飲み思考をとろけさせる。

 

「ハクさん、手酌なんて駄目よ。お酌してあげるわね」

「ありがとうございましゅ、トリコリさん」

 

 すまん、オシュトル。

 母の愛に勝てるものは無い。そして、母の押しの強さにも勝てるものは無いのだ。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「母上、ハク? 店の者より場所を移したと聞いたが、ここか……って──げぇっ!?」

 

 オシュトルが身形良く部屋に入り、その阿鼻叫喚となった場に驚愕する。

 

 そこには、各々が好き勝手に飲んだり食べたりするだけではない。

 トリコリさんを楽しませようと、それぞれが面白おかしく芸を披露したり、オシュトル談議に花を咲かせたりと、トリコリさんを中心にむさくるしい連中が集っているのだ。

 

「おう、オシュトル、先に始めてるぞー!」

「は、ハク……母上……な、何故ここに……」

「私が頼んだのよ、オシュトル。オシュトルの御友達に是非、ご挨拶したいわ……って」

「な……は、母上、それは……ちょっと」

 

 オシュトルの表情から引き攣った笑みが見える。

 まあ、そりゃ嫌だよな。普段のまともな姿であればいいが、酒でべろんべろんになったこの汚らしい面子と会わせればどんな災難が降りかかるか。というか、もう振りかかっているからな。

 

「さ、オシュトル。母の隣にどうぞ、お酌してあげるわね」

「か、忝い」

 

 ぎこちなくオシュトルは盃を受け取るも、その表情は固まりきっている。

 

「そうです、オシュトル」

「は、はい?」

「私のような女性を探すのはやめなさい。貴方は、自分の辛い部分を見せられる女性を探すのです」

「は、はい……」

 

 誰が言ったのだ、とオシュトルは周囲を赤面して睨む。

 酒を飲んだ故の赤みではなく、ただ猛烈に照れているようである。

 

 犯人であるミカヅチを見れば、我知らずとばかりにヤクトワルトと肩を組んで歌っていた。

 

 そんな中、震える程に恐縮しているオシュトルに違和感を得た友が一人。

 

「ん? オシュトル殿ぉ、今日は元気が無いでおじゃるなあ」

「そうじゃぞ、ウッちゃん。いつもなら、儂と裸踊りをしておる頃じゃ」

「む、ミカヅチ、や、やめろ……」

「どうした、ウッちゃん? 母の前では素顔は見せられぬか?」

「くっ……」

 

 マロロの追撃とばかりに、サコン形態であるミカヅチの嫌らしい攻撃がオシュトルを討つ。

 まあ、オシュトルの動揺した姿って中々見られんからな。気持ちは分かる。

 

「あら、オシュトル。母に遠慮せずとも良いのですよ。御友達と楽しんで」

「し、しかし母上……」

「御母堂もこう言っておられるのだ、ウッちゃんよ、今宵は無礼講ぞ」

「くっ、てめぇら……ここぞとばかりに……っ!」

 

 びきびきと、オシュトルの蟀谷に力が入る。

 いつもは超無礼講で全員裸祭り開催だからな。

 

 トリコリさんの目が見えてなければ機会があったかもしれんが、今はばっちし見えてるというのが問題である。

 まあ、トリコリさんも結構お酒を飲んでいるので、大抵のことはもう気にしないとは思うが。

 

 仕方が無い。

 母に友達との醜態を見せたくない気持ちはよくわかる。

 

 しかし、オシュトルは勘違いをしているのだ。

 トリコリさんはきっと、オシュトルがどれだけ友達と仲良くしているか知りたいだけなのだ。ならば、やるべきことは一つである。

 

 ここは自分が一肌脱いでやるとしよう──物理的に。

 

「ハク、いきます!!」

 

 ばっと服を脱ぎ、純白の褌一丁となる。

 

「ほっ、ほっ、ほあっ!!」

 

 盆で前を隠しながら、しゅるしゅると褌すらも脱ぎ捨て、マロロの顔に褌を投げ捨てる。

 

「あっはっはっは!!」

「ハクの旦那ァ、見えてる! 見えてるじゃない!!」

「は、ハクさぁん!? 兄上の母君の前で、だ、駄目ですってぇ!」

 

 腹を抱えて笑うミカヅチ、ヤクトワルトとオウギ。そして悲鳴を上げるキウル。

 オシュトルは笑っていいのか迷っているのだろう。ほぼ引き攣った笑い状態。そして、トリコリさんの顔は怖くて見れない。

 

「それでこそ大戦の英傑ハク! サコンもいくぞ!」

「マロもハク殿に続くでおじゃる!!」

 

 悪酔いしたミカヅチとマロロが己の服に手をかけ、裸踊りの面子が増える。

 

「こいつはいいねえ! 男の美、友の結束を見せるいい機会じゃない」

「キウルさん、こうなれば一蓮托生ですよ」

「おら、キウルも脱げ!」

「いやあぁ! やめて、脱がさないで! 兄上! 助けてください!」

「すまぬキウル……某にはもはや母上の目を塞ぐことしかできぬ!」

「やだあああっ! 兄上の母君の前でやだあああ!!」

 

 既に裸踊りも佳境に入り、もはや裸になっていない漢はキウルとオシュトルのみである。

 

 そんな阿鼻叫喚となった場を沈静化させたのは、がらりと襖が空け放たれた音と、ある少女の声であった。

 

「母さま、お待たせしたのです。薬の期限が切れていたので、薬師様に新しく薬を……って」

「お、おう? ネ、ネコネ……」

 

 ネコネは中の惨状を見た後、その瞳に炎を灯し、声は憤怒に震え始めた。

 

「……何を……してるですか?」

「ま、待て……これは誤解……」

「折角、折角、母さまの目が良くなったというのに……」

「その札は何だ、や、やめ──」

「母さまに、汚いものを見せるなです!!」

 

 男連中の裸祭りは、遅れてきたネコネの火の法術で尽く焦土と化したのであった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「帰る──のですね」

「ええ、貴方達の故郷はあの家だもの。私は、私達の家を守るわ」

「……そう、でありますか」

 

 トリコリさんをいつまでもオシュトルの屋敷にて住まわせることはできた。

 しかし、トリコリさん自身が、もう帰ると言いだしたのだ。

 

 その真意は、息子たちの帰る故郷を守るためであるという。

 オシュトルも、無理に引き止めることはできないと知っているのだろう。ただただ残念そうに、視線を落としていた。

 

「顔を上げなさい、オシュトル。母はいつまでもあの家で待っています。お勤めを終えたら、いつでも帰って来てね」

「……はい、母上」

「ネコネも、早くハクさんを許してあげてね」

「……母さまがいいのなら、私だってもう怒らないのです」

「ふふ……それと、孫の顔を早く見せてね。教えた技をきちんと使うのですよ」

「ぅ……」

「ネコネ?」

「わ、わかったのです」

「ふふ……よろしい。貴方達に、心を許せる友が……愛する人がいる姿がこの目で見られて、本当に良かった」

 

 トリコリさんは、二人との別れを済ませると、自分の元へと足を運ぶ。

 

「ハクさん……護衛、ありがとうね」

「いえいえ、このくらい」

 

 途中で賊に襲われんためにも、近くにあるゲートを使う予定である。

 手を振るネコネとオシュトルに手を振り返しながら、自分とトリコリさんは帝都を後にした。

 

 暫く二人で街道を歩いていると、トリコリさんは憂鬱気に言葉を発する。

 

「……顔が見えるというのも、難儀なものね」

「? そうですか?」

「ええ。悲しそうな顔を見ると、つい残って甘やかしたくなってしまうわ」

 

 そこには、親としての哀愁に満ちた顔。

 しかし──

 

「……甘やかしていいと思いますよ。オシュトルもネコネも、十分頑張ってきましたから」

「ふふ、そうね……ハクさん、また皆と一緒に帰って来てね」

「ええ、勿論。今度はアンも連れていきます」

「ええ……その時は、沢山甘やかしてあげないと……私も、まだまだやることは沢山あるみたい」

 

 次に見た表情は、母として幸せであると語る──月明かりのような優しき笑顔であった。

 

 

 




 オシュトルが生きていると、トリコリさんも生き生きする筈。(確信)



 そして、話は変わりますが……
 斬2クリアして後日談ロスに陥りました。
 マシロ様がただただヒロインといちゃいちゃする話が書きたくなり、大神マシロ様の道中記というタイトルで新たに投稿しました。
 影とうたわれるものが未完(本編は完結しているけれども)ながら、浮気してしまってすいません。
 
 もしお時間ありましたら、そちらの方も是非読んで感想等いただければ幸いです。

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