【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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第五十九話 うたわれるもの

 大神ウィツァルネミテアとの決戦は終わった。

 タタリによって倒壊した家屋や、ウォシスの救いの声に呼応して消滅した者もおり、その混乱はヤマトだけでなく信者の多かったトゥスクルも大きい。

 しかし、ヤマトとトゥスクルが協力して復興に当たった結果、また元の平穏な生活へと戻っていった。

 

 それから少し時が過ぎて、自分は大宮司の任とトゥスクルへの親善大使の任を解任され、特務大使の任についた。

 

 特務大使は、遺跡調査の名目で各国を自由に回れる権限を持っている。

 その背後には帝──皇女さんの印があるとして、まるでこの印籠が目に入らぬか状態で各国を行脚できる。

 

 また、前トゥスクル皇であるハクオロさんの口聞きのおかげで、トゥスクルでの実権も握っているので、ぶっちゃけるとヤマトとトゥスクルならどこでも行けるし、行った先では歓待を受けることになっている。

 

 兄貴とホノカさんは、もうヒトの世に我らはいらぬと、今度こそ愛を育むのだと、記憶を無くしたウォシスと家族団欒といって一緒に何かの本を書いたりしている間、自分は兄貴の意志を継ぐために各地の遺跡を回ることとなったのだ。

 タタリのほとんどは、ウォシスの救いの言葉に応え成仏したが、その声に応えず未だタタリのまま蠢く存在も多かった。残りの同胞をこの手で救うためにも、兄貴の意志を継ぐためにも、様々な遺跡にマスターキーを以って足を運べることは良かった。

 

 ──って、まあ偉そうなことを言ってはいるがその実、特務大使とは名ばかりで、いつでもどこでも好きに旅していいよっていう、腐敗政治まっしぐらの権力者である。

 オシュトルが自分を狭間から呼び戻す時に約束してくれた、一代限りの特別労働手当ってやつだ。

 

「ふう、いい湯だねえ……」

 

 なので、今はここトゥスクルで一人、いや二人で温泉に浸かっているのだ。

 ここは高台に作られた露天風呂らしく空気も澄んでおり、陽の光に当てられ煌く木々も眼下の街並みも、全てが美しい。

 

 これまで随分働いたんだ。

 急いだところで何か変わるわけでもない。ゆっくり回り道してみることも、タタリ解放の糸口になるかもしれないからな。

 

 自分ともう一人この湯につかっている人物が、湯の感想に同意するように言葉を続けた。

 

「ふふ……お気に召したようで何よりだよ。トゥスクルでもここはかなりの泉質を誇っているからね」

「ああ、眺めも良いし、酒も美味いし……流石、ハクオロさん御用達の温泉だな」

 

 そう、今自分はハクオロと共に、男同士の裸の付き合いというやつを実践しているのだ。

 

 ハクオロさんは、遺跡巡りのついでだと言い、互いに愚痴りたいことや、話したいことがあったそうだ。こちらとしても、いい機会だと誘いに乗った形になる。

 

「日々の疲れが癒えるだろう……私も仕事に忙殺されていた時は、よくここで一人体を癒したものだ」

「ベナウィ、だっけか……あんな堅物が横にいたんじゃあな。忙しいのもわかるよ」

「ふ……それは君もだろう? ライコウもベナウィに並ぶかなりのやり手と聞いている」

「……今はあいつの話は勘弁してくれ」

 

 復興予算だの、試作大筒の件だの、色々外堀埋められた結果やらされそうになったので、こうしてトゥスクルに逃げてきたのだ。

 ライコウは帝都タタリ騒動の功績が認められ一将兵として復帰したり、ミカヅチやシチーリヤの復権があったりした。しかし、彼らの持ち得る権力は以前に比べればまだまだ弱い。

 故に自分に頼って来た手前、勝手に逃げた自分に今頃ブチ切れだろう。

 

「ま、とりあえず忙しいのはお互い様ってやつだな……ほい、ハクオロさん」

 

 温泉に浮かした盆の上から徳利を手に取り、ハクオロさんの空いた盃に注ぐ。

 

「ありがとう……さあ、返盃だ」

「ああ──ふう……うまい……!」

 

 互いに酒を飲み交わし、体の芯から温まる。

 温泉もあるし、体の内も外も熱っぽくなってきた。疲労が湯に融けるような感じがする。

 

「ふむ……お互い、こうして語り合う時が一番落ち着ける瞬間とはね……」

「ハクオロさん……いっつも、追っかけられているもんなあ」

 

 温泉に入る前は、自分以上に青い顔をしてげっそりしていたからな。

 

 その理由としては、ハクオロさんはオボロに現皇の位を譲っているとはいえ、オボロも皇女クオンもよく逃げるのでその皺寄せがハクオロさんに向いて執務室から出られないことも多いらしい。この間ベナウィから拘束されていたからな。

 それに、随分長い間トゥスクルの妻達を待たせていたようなので、そこでも大人気のハクオロさんは寝室から出られないこともあるらしい。

 

「ふふ……それは、君もだろう」

「ん? ……まあ、自分はこうしてヤマトとトゥスクルを行き来できているからな……ハクオロさんよりまだマシさ」

 

 自分も世が平穏に戻ったため、保留していた彼女達の気持ちに自分から応えたのだ。

 

 皆は涙を流したり、頬を染めたり、笑みを見せたりして喜んでくれたが、一人だけの気持ちに応える訳にもいかず──そこから先はあまり思い出したくない。

 

 誰が一番だと血の気の多い連中による修羅場とそこからの逃亡、しかし身体能力の落ちた自分に彼女達から逃げられる術も無く。

 そんな風に、毎日毎日ヤマトの女は手加減を知らんなあとげっそりしていたが、全ては己の撒いた種でもある。彼女達の気持ちに応えようと全力を出してはいるのだ。

 

 ただ、ハクオロさんの場合は、十数年という長い時を待たせたために、鬱憤の溜まった女性陣に終ぞ囲まれ、その希望に常に応えようとしている。

 それを見れば、ハクオロさんに比べればまだまだ自分はマシな方であるとも思った。

 

 辺境の女は強い。

 誰が言っていたか忘れたが、その言葉が妙にしっくり来たものだ。

 

 特にエルルゥさんの変わりようは凄まじく、神秘的な女性だと思っていたのに実はクオンのような嫉妬暴力系だったんだと驚いたのは記憶に新しい。

 

「それで……体の方はどうだ?」

「ん? そうだな……身体能力が下がったからか、特に腰が痛くてなぁ」

「いや、そっちじゃなく……」

 

 ああ、そういうことか。

 彼のウィツァルネミテアと契約を交わした代償について言っているのだろう。

 

「力も無いし頑丈でもないが──どうやら、老いない、死なない躰が、手に入っちまったようだ」

「そうか……」

 

 そう、自分は永遠の命なぞ願ったわけではない。

 しかし、ウィツァルネミテアが眠り、根源の力を引き出せなくなった結果オシュトルと分かたれ、半身を失う瀕死状態へと戻る筈が、ピンピンした健康状態に戻ったこと。

 他にも、気になって兄貴のところで自分の体を調べた結果、そのような結論に達する現象が多々見られたのだ。

 

 願ったのは、ウィツァルネミテアの眠りであった筈。

 何故望んでもいない永遠なる命を与えられたのか──その代償は、余りに不可思議なものであった。

 

「ウィツァルネミテアは……自らが永遠の眠りにつく代償に、君に何を求めた?」

「ええと……力無き大神として、我の孤独、絶望、咎を背負うこととなろう……だったかな」

「……今や、私は不要な依代として切り離された身でもある。その真の意味がどうだったのかはわからないが……元大神として、その言葉の意味と、君に齎された現象について……考えていた」

 

 ハクオロさんは一転して真面目な表情になると、その予想を話し始めた。

 

「ウィツァルネミテアにとっての、孤独と絶望……それは自らでは死ぬことができないという点と……種として違う者と出会い、愛を育み、別離を経験すること」

「愛、別離……」

「そうだ。きっと君は……ウィツァルネミテアと同じくその孤独と絶望を体験し続ける。己の孤独に恐怖し、愛する者と出会い、子を育み、しかし愛する者も、愛した子も、孫も……君より先に死んでいく」

「……」

「永劫に続く……愛と別れと孤独と絶望の繰り返しが、君を待っている可能性がある」

「そうか……」

 

 しかし、気になることがある。

 かつての大いなる父が願った代償に比べ、自分はなぜこの姿のままなのか。

 

「永遠の命と不死の肉体を願った大いなる父は……タタリになった。なら、何故永遠なる命を持ちながら……自分はタタリにはならなかったんだ?」

「タタリは……永遠の命と不死の肉体の代償に、その知性と姿を奪われた。知性がなければ……孤独も絶望も、何一つ感じることはない。姿が無ければ……君を君として認識する者はいない。故に出会わない、愛を育むこともない」

「……なるほどな」

 

 ウィツァルネミテアとしての孤独と絶望を感じるためには、永遠の命に加え、知性と姿は必須であったということか。

 

「そして、ウィツァルネミテアの咎とは、まさにタタリのこと。この世にウィツァルネミテアが犯した罪の残滓であるタタリを、その全てを救いきるまでは……」

「……死ねないってことか」

「そうだ。君はウィツァルネミテアから齎された代償より逃れる術はない……そう仮説が立つ」

 

 元々タタリを解放するためには長い時間がいるとは思っていた。

 兄貴のように体をいろいろ弄らなくて済む手前、楽でもあるとは思っていたが──

 

「だが、自分は……同胞を解放した後に、本当に死ねるのか?」

「……タタリのような不死の肉体である可能性も大きいが……あまり積極的に試さない方がいいだろう」

「ああ、そんな気がしてきた」

 

 肉体が壊れても死なぬまま意識だけが漂い、永遠に地獄の苦しみを味わう可能性もある。

 

「君には酷な話だろうが……大いなる父の姿と知性を奪ったのは……むしろ温情でもあるのだ」

「温情? それは、どういうことだ?」

「少なくとも、ウィツァルネミテアはそう考えていた。永遠なる命など、精神を蝕むだけであると……神ですら耐え切れない孤独に、人が耐えられるのかと……君もそう思っているのだろう?」

「……そうだな、皆と一緒に死にたかったとは思うよ」

「本来であれば、私がその永劫の呪縛につく筈だった……君が肩代わりしてしまったのだ。私の使命も、罪も……だから、私にできることがあれば、何でもしよう」

 

 ハクオロさんの口調は、自分に説明するものからやがて懺悔するかのように変わっていた。

 盃を掴む手は震え、自分への謝罪は本心からなのだろうと、自分の行く末を案じてくれているのだと理解できた。

 故に──

 

「そう……悪いことばかりじゃないぞ、ハクオロさんよ」

「?」

「自分は、大神とやらにならずに済んだ。大事なクオンも血から解放され、同じ人として生きることができた」

「……そうだな」

「だから……ありがとう」

 

 それは、本心から言った礼であった。

 ハクオロは、その言葉に感じ入るように目を瞑って無言となり、唇を噛んで何かを堪えていた。

 

 暫くすると、ハクオロは自分の目を正面より見つめ、大神としての意識が残っていた時の真実を語った。

 

「狭間の世界で、君にこう言ったね……君は大いなる意志に選ばれた、新たなる大神となる者だと……」

「ああ、そう言っていたな」

「この世から大いなる父の系譜は絶え……新たな神がこの世を見守ることとなる……筈だった。だが、そうはならなかった。それは──」

「──仲間の、おかげだな」

 

 自分一人で成せたなど、一度も思ったことはない。

 自分の命の淵を救ったオシュトル。仮面の力で魂を削って戦ったミカヅチ、ムネチカ。神と相対しながら戦いを挑んだヤマトとトゥスクルの仲間達。神に取り込まれながらも抗ったクオン。帝都に残ってタタリの対応をしたマロロや、敵であったライコウ。

 誰か一人でも欠けていたら、この未来はあり得なかった。

 

「そうだ……君の力と、君を信じる仲間の力によって……何の因果か君は人として生きる道を掴んだ。しかし──」

「──大いなる意志が、待っている……」

「そうだ。大いなる意志に逆らい続けることはできない。いつになるかはわからないが……いずれ、君の前に再び根源は現れる」

「……ウィツァルネミテアが復活するってことか?」

 

 オンカミヤムカイ地下で眠る化石を見れば、今にも動き出しそうな姿勢で固まっていた気はする。

 

「いや、それは無いだろう」

「じゃあ……」

「君の未来に、何が訪れるかはわからない。しかし、それは根源よりの使者であると見るのがいいだろう」

 

 根源よりの使者、ね。

 自分にはちんぷんかんぷんであるが、こっちから行かずに待っているだけでいいなら気が楽である。

 

 しかし、ハクオロさんとこうして問答してみたが、やはり未だ明かされぬ疑問点も多い。

 

「根源だの、大いなる意志だの……結局未来はよくわからんってことだな」

「ふふ、彼のウィツァルネミテアであっても根源の力──その深淵の一部しか理解できていないのだ。人の思考で理解できる筈も無い。しかし──私達には、一つだけわかっていることがある」

「? それは……」

「君達は運命に打ち勝ち……たとえ世界にとってほんの僅かな時間だとしても……君は、私の娘を愛する時間を勝ち取った」

「……」

 

 ハクオロはそこで、意味深な笑みを浮かべ、己の瞳を除く。

 

「狭間の中で……最後に君に言った言葉を覚えているかな……」

「いや……」

「私の娘を、よろしく頼む──ハク」

 

 そこに見えるは、父親の笑み。

 最愛の娘を、お前であれば預けられると心の底から信頼している笑みであった。

 

 それに返すは、何て言葉がいいのだろうか。

 こういうのは慣れていないからわからん。

 

「……こういう時、お義父さんって言った方がいいのか?」

「っふ……そうだな。君にそう言ってもらえたら……私は嬉しい」

 

 そうであれば、きちんと大いなる父としての御約束をやることにする。

 互いに裸ではあるが、姿勢を整えばならんだろう。

 

「では、えー……お義父さん。娘さんを、クオンを……自分に下さい」

 

 余り頭を下げ過ぎると、湯の中に顔を突っ込んでしまうので、少し頭を下げるだけに留める。

 ハクオロはその様子を見て苦笑するように笑みを浮かべ、父親らしい言葉を返してくれた。

 

「うむ……浮気、は私も人のことを言えないからね……その分、しっかりとクオンに時間を割いてやってくれ」

「ああ、愛想尽かされんように、贈り物は欠かさないようにしておく」

「ははっ……ああ、そうだな、そうしてくれ」

 

 誓いの盃を交わし、互いに笑みを浮かべる。

 久々にドタバタの無いゆっくりとした時間を過ごせた。

 

 新たなお父様ができた和やかな時間の中、再び酒に口をつけた時だった。

 

「ハクー? お父様―? まだ入ってるのー? ここに余った手拭置いとくよー?」

「ああ、クオン、ありがとう!」

 

 更衣室の暖簾越しに聞こえてくるクオンの声である。

 トゥスクルには、クオン、ウルゥルとサラァナの三人で逃げて来たのだ。

 

 隣の女風呂に三人で入っていたようだが、先に上がったようだな。

 つまり、男二人で随分長風呂をしていたってことだ。

 

「……行くのかい?」

「ああ、早く行かんとまた三人で喧嘩しそうだからな」

 

 ウルゥルとサラァナは何をするでも必ず自分と一緒なのだ。

 クオンがいくら自分を連れて逃げようとも、必ず追ってくる。故に二人になりたい時もなれないので、よく喧嘩するのだ。

 まあ、本気の喧嘩ではなく、仲が良い故のじゃれ合いのような気もするが。

 

「ふ……そうか」

「そうだ。ついでに……その辺りの遺跡も一緒に見に行かせてもらってもいいか?」

「ああ、構わない。ここは君の国でもある。どこでも見ていってくれたまえ」

 

 その言葉に安心して、一足先に湯から上がろうとした時であった。

 

「……ハク」

「ん? どうしたんだ、お義父さん」

「これからの──君だけの旅路を祝して」

 

 ハクオロさんはそう言って、盃を高々と掲げた。

 その頬には、迷いなく透き通った笑みが浮かんでいた。自分も迷いなく盃を手に取り、かちんと打ち鳴らす。

 

「「……乾杯」」

 

 ぐっと最後の盃を飲み干し、互いに酒臭い吐息をつく。

 

「……ふう」

「……ありがとう、またこうして一緒に呑んでいいか?」

「ああ、勿論だとも」

 

 そうして湯からあがろうとするが、ハクオロさんもそういえば長風呂である。

 疑問に思って聞いた。

 

「ハクオロさんも一緒に上がらないのか?」

「ああ、エルルゥに見つかるとね……もう少しいるよ」

「なるほど……じゃあ、御先に」

「ああ、また今度」

 

 そう言って気まずそうに笑うハクオロさんと別れの挨拶を済ませ、更衣室へと歩みを進める。

 そして、籠の中に自分の服や手拭を見つけた時である。

 

「主様」

「御着替えをお手伝いいたしますね」

「ぬあっ!」

 

 突然背後より出てきたウルゥルとサラァナ。

 彼女達の気持ちに応えてからというもの、自分が裸であっても前より遠慮なくこうして入ってくるようになったのだ。

 

「い、いいって……自分で着替えられるから、クオンと話しておけよ」

「話すことない」

「クオンさんとは、お互いの優位性を主張するばかりで平行線です」

「先んじる」

「ここで主様の子などをもうけられれば決着がつくのですが……」

 

 どこで争ってんだよ。

 中にはまだハクオロさんもいるのにここでおっぱじめようってのか。

 

「「……」」

「照れるなよ」

 

 押せ押せかと思えば、こうして急に照れるので二人の心はよくわからん。

 とりあえず、クオンに見つかれば何を言われるかわかったものではないので、二人を追い出し早々に着替える。

 そして暫く身なりを整え、温泉の出入り口へと足を運べば、クオンとウルゥルとサラァナが三人自分を待っていた。

 

「あ……は、ハク!」

「すまん、待たせたな」

「う、ううん、全然、全然待ってないかな!」

 

 頬を染めて手を振るクオン。

 どうやら、横にいるウルゥルとサラァナをちらちらと見ている。嫌な予感がする。

 

「……なんか、話したのか?」

「私たちの優位性」

「クオンさんには、私たちが持つ夜伽の技法を事細かに、臨場感たっぷりにお話を──」

「き、聞いてない! 聞いてないかな!」

 

 クオンは殊更に目を泳がせ、両手を猛然と振っている。

 これは聞いてるな。

 

「ね、ねえ、ハク。今度私と……その……」

 

 頬を染めてもじもじしながら迫ってくるクオンに、嫌な予感がする。

 このままだと恥ずかしい話に転がりそうだったので、話を強引に変えることにした。

 

「そうだ、ハクオロさんから近所の遺跡を見ていいって言われてな」

「あ、ほんと? じゃあ、これから一緒に見に行く?」

「ああ」

 

 何か手がかりがあるとも思えないが、マスターキーもあるのだ。

 何もないことが知れれば、それはそれで収穫なのだ。

 

「じゃあ、行こっか!」

 

 クオンはそうするのが自然というように自分の手を取り、楽しげにその歩みを進めようとした時であった。

 

「──ああーッ!! おにーさん、いたぇ!!」

「げっ、アトゥイ!?」

「あちゃぁ……見つかっちゃったかな……」

 

 温泉の入り口から出た瞬間だった、遠方より大声で自分の存在を叫ばれる。

 そこには、帝都にいる筈のアトゥイ──だけではなかった。

 

「クオン、ずるいぞ! ハクを独り占めする気だったな!」

「クオンさま……信じていたのに、酷いです」

「ああ、可哀想なルルティエ! ついに捨てられたと勘違いしたものね……!」

「あ、え、えっとルルティエ、これは違くて……」

 

 憤怒に燃えるノスリに、悲しみに俯くルルティエと、それを煽るシス。

 他にも──

 

「あ、あのね、これはハクが特務大使でトゥスクルの遺跡を巡るっていう大事なお役目があって……!」

「ふむ……であれば、クオン殿、そのような行脚であれば小生達も誘ってくだされば良かったのでは?」

「そうですよ、クーちゃん。抜け駆けはめーって言ったはずですよ?」

 

 ムネチカにフミルィルまでいる。

 ちょっと待て、ここに聖上御側付のムネチカがいるってことは──

 

「そうじゃぞ、クオン! 皇としての責務から逃げて何をしておるのじゃ!」

「ちょ、アンジュにだけは言われたくないかな!!」

 

 おいおい、やっぱり皇女さんまでいるぞ。

 

「おい、皇女さん……帝都はどうしたんだ?」

「影武者にシノノンを置いてきたのじゃ!」

 

 笑顔でそう言う皇女さん。

 兄貴やホノカさんが生きていると知ってかなりやる気が出たようだったが、為政者としての心構えはまだまだのようだ。

 

 皇女さんの後ろに控えているエントゥアに聞く。

 

「……本当なのか、エントゥア?」

「はい、今頃オシュトルさまが嘆かれている頃だと思います……」

 

 シノノンの影武者姿を見て、額に手を当てて溜息をついている我が親友の姿を思い浮かべる。

 仮面から根源の力が引き出せなくなったとはいえ、無茶もしたんだ。あまり過労させると早々にへばっちまうぞ。

 

「姉さま……」

「うっ、ネコネ……」

「姉さまは、今度は私も一緒に連れていってくれると……そう、約束していたのに……」

「ご、ごめんなさい……」

 

 自分の知らないところでそのような盟約が交わされていたようである。

 ネコネのうらめしそうな視線に耐え切れず、クオンは冷や汗をだらだらと流していた。

 

「というか、それもこれもだな──ハク!」

「は、はいッ!?」

「お前がしっかりしていれば済むことなのだ! 皆に手を出すだけ出しておいて……ッ!」

 

 ノスリが急に己の名を呼び、憤怒のままにそう言う。

 手を出すとは人聞きの悪い。というか、問答無用でそっちから無理矢理迫られたり襲われたりした事も多いんだが──

 

「──聞いているのか、ハク!」

「は、はいいッ!」

 

 直立不動で返事をする。

 漢は言い訳無用だとハクオロさんから学んだのだ。

 

 ノスリの言に他も言いたいことが噴出したのだろう。

 女性陣が連なるように、わっと自分の周囲へと集った。

 

「そうやぇ! いくらおにーさんでもこの数は浮気しすぎやぇ!」

「わ、私はその……時間を作ってくれれば……」

「ルルティエ、こういう時はしっかり言う方がいいのですわ。ハクさま! 余りにも浮気性だと、その大事なモノ縊りますわよ!」

 

 ──どこを!? 

 

「シスさまの提案はとってもいいと思うのです。浮気性のハクさんは、切り落とされて包んでポイされても文句言えないのです」

 

 ──だから、どこを!? 

 

 永遠なる時を大事なモノ無しに過ごすことを思い、咄嗟にある部分を抑えて恐怖に震える。

 

「む? 縊るだの切り落とすだの、皆はどこの話をしておるのじゃ?」

「いえ、聖上はお気になさらず。女の戦いであります故」

「ちょ──ムネチカ、余も立派な淑女であるぞ! 余もその戦に参戦させよ!」

「いえいえ、幼いアンジュ様にはまだお早いかと……」

「なぜじゃ、エントゥア! 数多くの艶本を参考に大人になるための勉強をしておるのに!」

 

 そう憤慨する皇女さんであるが、皇女さんが持っているのは腐った艶本である。

 ただ、今はこの頓珍漢な空気を出す皇女さんだけが救いであった。

 

 この修羅場をどう凌げば自分の命は八つに裂かれずに済むのか考えるも、一向に良い案が浮かばない。

 

 ──ハクオロさんであれば、どうするんだろうか。

 

 そう思考に耽る自分の手を、ぱっと掴んで引く存在があった。

 

「──ハク、一緒に逃げよっ!」

「あ、おいッ!」

 

 クオンから強く手を引かれ、憤怒の表情で追ってくる女性陣から二人で逃げる。

 縺れる足を何とか必死に前へと動かしながら、掌に感じる暖かさに意識を向けた。

 

「ハク──今度は絶対に離さないからッ!」

 

 そう言って振り向き、クオンは笑う。

 

 彼女はもう──うたわれるものではない。

 その笑みは、ただの少女のように朗らかで──太陽のように眩しく輝いていた。

 

 

 

 

 

 影とうたわれるもの ── Happy end

 




 きっとこのendでも夢想歌が流れる。(流したい)

 皆様の期待していたハッピーエンドだったかはわかりませんが、私にとってはこれが最も書きたかったifエンドになります。

 最後はハッピーエンドになるよう気をつけながら、それまでの道筋でも自分が見たい書きたい展開を優先して物語を書くも、仕事との両立がしんどく、途中で三年も投稿できない時期があってエタリかけた身ではありますが、読者さまの応援のおかげで拙作ながらもここまで書ききることができました。

 ハクとオシュトルが共闘とか依代フュージョンしたり、クオンが薬師として成長した姿をエルルゥに見せたいなとか。
 マロロやライコウが生きているからこそできる展開にならないかなとか。
 原作では見送る側だったオシュトル達が、引き止める側になるところが見たいなとか。
 見たい展開を作るために、ウォシスにも随分悪役として働いてもらいました。改めて思うのは、彼もまた大いなる意思に翻弄されただけの可哀想な役回りだったんだなと気付き、今ではすごい好きなキャラとなりましたね。

 そして、この回では、ハクが人のまま皆と生きられたらいいな。
 ハクとハクオロさんが大事なクオンについて話し、酒を飲み交わすことができたらいいな。
 なんていう、オシュトルが生きており、ハクトルではなくハク自身が歩んだからこそ、こんな未来もあったかも……という独自解釈も多いですが、一つのifシーンが書けて良かったです。

 ただ、この作品を書く上で、最後にもう一人救いたいと思っている人物がいます。
 なので、もう少しだけ話は続きます。

 次回「影とうたわれるもの」最終回。

 最高の最後を迎えた筈の原作を、畏れ多くも再構成という形で切ったり貼ったりした無礼なる二次創作ではありますが、途中で切らずにここまで見てくれた読者の方々に感謝です。
 あと残り一話、お付き合いいただけたら幸いです。

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